とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
禁書目録編 裏話 魔術師
とある高校
普通。
俺は妹と比べればまったく普通だ。
成績やや平均、身長平均、体重平均、社交性平均、運動神経……は、結構自信がある。
容姿もまあ普通だよな?
モテたことなんてないし、告白された事もない。
もちろん、彼女もいない。
……何だか悲しくなってきた。
俺が他人と違う点をあげよ、と言われるなら、世界一の妹がいる事と、“不幸”であるということだ。
物心がついた頃から俺は“不幸”で、偶然ではなく必然の域に達していると言っても良いくらい物騒な事に巻き込まれる。
まあ、学園都市に来る前、『疫病神』だと呼ばれていたのを除けば、正直もう笑い話として処理ができる。
昨夜、妹の後輩に追い掛け回された事も、今朝、妹に殺されかけた事も、いつも通りだ。
……何だかまた悲しくなってきた。
あ、そういえば、もう1つ違う点を上げろと言うのなら、この右手、<幻想殺し>。
この右手に触れたもの、それが異能であるならば、神様の奇跡でさえ問答無用で打ち消す能力。
っつても、<身体検査>ではLevel0で、これもまた妹の異能に触れただけで神様の奇跡でさえ問答無用で投影する<幻想投影>の方が使い勝手は良いだろう。
『私の異能なら何でも投影する<幻想投影>でも、異能なら何でも打ち消す<幻想殺し>を投影できません。それに異能の流れを意識的に捉える私に対して、当麻さんは無意識的に捉えますからね。これはきっと、当麻さんの能力が私よりも上と言う事です。流石、私のお兄ちゃんです』
妹は逆に俺の方が凄いっつうけどな。
それに、詩歌は妙に俺の事を持ち上げてくる。
『当麻さんは最強です』とか、
『当麻さんは格好良いです』とか、
『当麻さんは良い意味で、大馬鹿です』…とか―――ん?
『そして、罪深い鈍感野郎です』……これは持ち上げてるのか?
何にせよ、詩歌は俺の事を尊敬している。
詩歌に勝てる事など1つもないと言うのに、あいつは、
『本気になった当麻さんは私よりも強い』
と、断言する。
もし、その気になれば自分は俺に勝てない、と本気で言ってやがる。
きっと、幼い頃に助けた事が印象に残っているせいなのかもな……
―――なら、俺も断言しよう。
俺の妹、上条詩歌は天才だ。
誰が何と言おうと、あいつなら何でもできるって信じている。
何せ詩歌は“何でも真似ちまう”。
学生の身でありながら、教員、科学者、カウンセラー、<警備員>、看護師、メイド、忍者など………後半に変なのが混じっているが、極めつけは相手の能力でさえも真似る。
しかも時には自身の経験を生かし、応用も効かせたりもする。
これまた妹馬鹿なのかもしれないが、学園都市に来てから<幻想投影>で能力を生かし続けてきた上条詩歌は誰よりもスゲー奴だって思っている。
俺は、劣等感なんて無粋な気持は抱かない、ただ誇りに思うだけだ。
そんな奴が俺の事を自慢の兄と認めてくれて、誰よりも強いって信じてくれている。
そして、俺がいるだけで“幸せ”だと……
俺は、詩歌の兄である事を、あいつを幸せに出来る自分を誇りに思う。
だから、上条当麻は上条詩歌の兄であるよう何事にも逃げない強者であり続けよう。
たとえ何があろうとも……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夏休み初日、上条当麻はテストの点が悪かったため補習を受けていた。
中間テストはそこそこの点を取る事ができた当麻だが、ほとんど間違った範囲を勉強をしたためか、期末テストの結果は散々だった。
そこに、何者かの陰謀があるのを当麻は知る由もないが……
「はーい、今日の補習授業はお終いです。皆さん、お疲れ様でしたー」
今日のHRが終了し、当麻はカバンに荷物を詰める。
こうしてのんびりと補習授業を受けていたが、やはり、今朝会ったあの銀髪シスター、インデックスの事が心配だ。
詩歌との約束の手前もあるし、すぐに捜しに行かなくては、
「よし。補習も終わったし、捜しにでも行く―――」
と。
当麻がインデックスを捜しに教室を出ようとしたとき、
ぐいっ、と。
後ろから肩を掴まれた。
振り向くとそこにいたのは、当麻と補習を受けていた2人の内の1人。
結構な長身で青い頭髪に耳ピアスが特徴的、あだ名は容姿そのもの、青髪ピアスがそこにいた。
「なぁカミやん?」
「あんだよ?」
青髪ピアスは顔をにやけさせ、揉み手をしながら当麻にお願いをする。
「カミやんの妹の詩歌ちゃんを僕に紹介してくれへん。ほら、この通り、カミやんが好きな年上モノあげるから。な、お願い」
青髪ピアスはカバンから数冊のエロ本を取り出す。
またか、と当麻は溜息をつく。
当麻の妹、上条詩歌は時々ではあるが当麻の教室まで迎えに行く事がある。
そのため、担任の小萌先生とクラスメイトに面識があり、その整った容姿、穏やかな雰囲気、当麻への細やかな気配り、さらにときどき手作りのお菓子を差し入れしてくれるため、クラス全員から受けが良く、特に男子生徒からは学校全体で絶大な人気を誇っている。
あまりに出来がいいため、この前、クラスメイトの吹寄制理に本当に妹かと疑われた事があった。
しかし、詩歌は当麻を迎えに来るとすぐ一緒に帰ってしまうため、声を掛けられた事はなく、青髪ピアスのように当麻に紹介してくれとお願いする人が後を絶たない。
「あのなー、毎回言ってるけど、俺から詩歌を紹介する気はこれっぽっちもないぞ。声をかけるなら自分でやれ。それに、こんなもの渡されても困る。詩歌に見つかったら大変なことになるしな」
当麻はかつて詩歌にエロ本が見つかった時のことを思い出し、身を震わす。
あのとき、絶対に見つからないと思っていた場所に隠したが、3日も経たないうちに見つけられ、妹に全てのエロ本を目の前で淡々と朗読され、燃やされていく光景は、当麻の心の奥にトラウマとして刻み込まれている。
「なら、今度下宿先のパン、山ほどあげるから」
青髪ピアスは、この通り、ともう一度手を合わせ懇願する。
「そう言われても、妹を紹介するつもりはない」
(もし、パンと引き換えに売ったという事を知られたら……明日の朝日は拝めないかもしれない……)
当麻が、諦めろ、と何度も言うにもかかわらず、青髪ピアスはしつこく当麻に絡みつく。
「今日は、いつもよりしつこいな……何があったんだ?」
青髪ピアスは急に憂いを含んだ表情を作る。
「いや、これから夏休みやろ。そしたら、ここでしか縁がない僕といたしましては、しばらく会えなくなるのが寂びしくてなぁ―――それに」
(確かに、夏休みになったら詩歌はここに来る理由はないしな)
当麻は少し青髪ピアスに同情しかけるが……
「友達の妹なんて、エロゲーだと立派なヒロインの一人やないか! それに、詩歌ちゃん、めっちゃかわ―――ぐぼぉっ」
再び顔をにやけさせながらとんでもないことを言い放ったため、当麻は手加減抜きで青髪ピアスを殴り飛ばした。
「なにすんや、カミやん!」
「黙れッ! お前はそういう目で俺の妹を見ていたのかよ! もう2度と詩歌に近づくな!」
同情の余地なしと判断した当麻は青髪ピアスを詩歌に近づけさせないと誓う。
というか、こんな奴が友達だったのかと思うと不幸としか思えない。
「そんな殺生な! 詩歌ちゃんのあの笑顔を僕から奪うなんて、なんてことするんや」
その時、青髪ピアスの後ろから、もう1人の補習を受けていた男子生徒、土御門元春が現れ、肩を叩く。
「今のは青髪ピアスが悪いにゃー。同じ妹を持つ者として、その発言は許せないぜぃ。カミやんが手を出してしまうのも無理ないにゃー」
彼は唯一、クラスの中で詩歌を紹介してくれと頼まなかった男子生徒で舞夏という義妹がいる。
当麻とは時々、妹について相談し合ったりする仲でもある。
「詩歌ちゃんは確かにかわいいから、青髪ピアスの気持ちもわからんでもないけど――――まあ、“舞夏の方が断然かわいいけどにゃー”」
土御門の発言に、ぶちっ、と当麻から何か切れる聞こえる。
「はあ? この前も言ったが、“舞夏より詩歌の方がかわいいに決まってんだろ”。お前の目は節穴か」
「なん、だと……?」
当麻の発言に、今度は土御門から、ぶちっ、と切れる音が聞こえた。
周囲に一触即発な危険な空気が漂う。
「あのにゃー、舞夏は家事万能でしかもメイドだにゃー。しかも、ご奉仕までしてくれるんだぜい。詩歌ちゃんも家事万能だけど、メイドには勝てないにゃー」
「そんなことねぇよ。詩歌はあの常盤台に入れるほど頭が良く、小学校から俺の面倒を見てくれるだけでなく、勉強を教えてくれたりしてくれるんだぜ。高校受験の時もお世話になったしな」
「カミやん、残念だけど、舞夏よりかわいいものは存在しないにゃー。これは“世界の真理”だぜぃ」
「は? 詩歌よりもかわいいなんて幻想抱いてんじゃねーよ、土御門。“その幻想、俺がぶち殺すッ”!」
「やれるもんなら、やってみなッ!」
「「ああん!?」」
互いの胸ぐらを掴み、ガチでメンチを切りあう2人は爆弾処理班でも匙を投げるほど解体が不可能である。
「カミやん、妹に勉強を教えてもらうのはどうかと思うで」
2人は妹のことで時々喧嘩をする仲でもある。
このように、当麻は自覚していないが重度のシスコンであるため、同じ重度のシスコンである土御門とは妹についての意見が食い違い、喧嘩する事がある。
まさに譲れないものがここにある、といったところだ。
その後、当麻は土御門とどちらの妹が上かという議論を繰り広げるが、お互い一歩も譲らず、喧嘩にまで発展してしまい、小萌先生が泣いて止めるまで続いた。
青髪ピアスは二人の巻き添えを喰らい、しばらく保健室でお世話になった。
とある男子寮
「痛つつ、土御門のヤツ本気で殴りやがって……」
当麻はあれから学校を離れた後、インデックスは忘れ物、純白のフードを取りに来るかもしれないと考え、寮へと向かっている。
「そういえば、詩歌にメールでもしとくか……この前も少し怪我しただけで心配してたしな」
確かに詩歌は当麻が怪我をすることも心配しているが、当麻が新たなフラグを立てる事が心配で病んでおり、後輩達を戦々恐々とさせている。
そのことを知らない当麻は適当にメールを送りながら、寮へと入り、部屋の前へ着いた。
だが何故か、ドアの前で清掃ロボットがたむろってる。
「ん? ゴミでも散乱しているのか?」
訝しげに当麻が覗いてみると、そこには純白のシスター、インデックスが倒れていた。
清掃ロボットに何度も体当たりされているが、うつぶせになったまま動かない。
「なんだよインデックス。腹が減って生き倒れでもしたか?」
当麻は苦笑いをしながら抱き起こそうと近づき――――そこでようやく気づく。
「なん…だよ」
当麻は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
当麻の前には、背中の腰辺りを真横に切られ、血だまりの中に倒れるインデックスの姿があった。
「やめろっ! 邪魔だ!」
清掃ロボットが腐りかけた傷口に群がる羽虫のように見え、思いっきり乱暴にどかす。
「おい、インデックス、大丈夫か? なあ、おい!」
インデックスからは何の反応もなく、必死に呼びかける当麻の声が、むなしく寮内に響く。
「くそっ、くそっ……ふざけやがって。一体誰にやられたんだよ!」
誰に問うた訳でもない当麻の疑問に、返答する者がいた。
「うん? 僕達『魔術師』だけど?」
犯人である声の方を向くと、奇妙な男がいた。
赤い髪に、まだ10代半ばであろう、若い顔立ち。
背は高く、神父の格好をしているのに、不遜な態度でタバコをくわえている。
右目の下にあるバーコードが特徴的だった。
(明らかにこの学園都市に住む人間じゃないな。……それに)
そして、数多くの修羅場を潜り抜けてきた当麻でさえ一筋縄ではいかないと感じさせるほどの雰囲気を漂わせる。
のんびりとした学園生活を享受している普通の能力者や弱者を脅す<スキルアウト>や無能力者狩りの連中とは、格が違う。
今朝のインデックスとの会話を思い出す。
登校中の詩歌との会話を思い出す。
(もしかして、インデックスを追ってきた外部の能力者か?)
「『魔術師』なのか?」
「うん? そうだよ。あーあ、神裂のやつ、派手にやらかして。まあ、血まみれだろうが生きてさえいればいいか。ようはコレを回収できればいい話なんだからね」
当麻の問いに軽く応えた男は距離を詰め、まるでものを拾いに来たかのように、インデックスを無造作に掴み上げようとする。
「回収、だと?」
「うん? ああそうか、『魔術師』なんて言葉を知っているから全部筒抜けかと思ったけど、ソレは君を巻き込むのが怖かったみたいだね」
魔術師はそのあと煙草を吹かしながら、インデックスの正体を語る。
インデックスが10万3000冊の魔導書を記憶した<魔導図書館>であると。
当麻の脳裏にインデックスの言葉が甦る。
『じゃあ、私と一緒に地獄の底までついて来てくれる?』
少女は助けてなんて言わなかった。
きっとそれは―――
(アイツは俺と詩歌を巻き込みたくなかったんだな……けど!)
その瞬間、当麻は魔術師の前に立ちはだかる。
「やめろっ! こんな小さな女の子を、寄ってたかって追い回して、血まみれにして…てめぇらの正義か何だか知らねぇが、これ以上、インデックスに何かするようなら俺が相手してやる!」
拳を握り、インデックスを守るように魔術師の前に不退転の決意で立ち塞がる。
「ふん、能力者か? 厄介とまではいかなくても、うざったいな。まあいい。どうせ目撃者は殺すことになってるんだ。邪魔するなら排除すればいいさ」
彼は強者であるかのように余裕を崩さす、当麻を冷徹な目で見下す。
「なんだよ、お前。インデックスを回収するとか、目撃者は殺すとか。何様のつもりだ!」
不遜な笑みを魔術師は浮かべる。
「ステイル=マグヌスと名乗り上げたいところだけど、ここは『Fortis,931』と言っておこうか」
こちらを挑発するかのような芝居がかった態度に、当麻は怒鳴り散らしたくなった。
だが激情をどうにか抑え、じっと動かず相手の出方を窺う。
冷静でいなければ、勝てる相手ではない。
その身の内に今にも飛び掛かりそうな激情を強引に秘める。
(感情に捕らわれるな、相手を甘く見るな、過小評価は絶対にするな。詩歌と約束したんだろ。覚悟を決めろ。あいつにとって誇れる兄でいろ)
ステイルは悠然と語り続ける。
「<魔法名>だよ。といっても、君にはどうせわからないだろうから、わかりやすく説明してあげよう」
ステイルは煙草を手に持ち弾いた後、先ほどとはまるで質の違う、恐ろしい笑みを浮かべて宣言する。
「“殺し名”だ」
場の雰囲気が変わる。
「
爆発と共に3000度の炎で形成された剣を生み出された。
そこから放たれる人を焼き殺すには十二分な熱が、ただでさえ蒸し暑かった気温を一気に上昇させる。
「―――
ステイルは容赦なく灼熱の炎剣を横殴りに振い当麻に叩きつける。
そして、火山の奔流のように辺り一面に爆発を起こした。
それに巻き込まれたら、ただでは済まないだろう。
普通なら……
「少しやりすぎたか――――なッ!?」
しかし、上条当麻は何事もないかのように立っていた。
「なんだ、この程度か……これなら、妹の
当麻は冷静にステイルの戦力を分析する。
「それに、身のこなしからすると、あまり武術を嗜んでねーな。インドア派か?」
たいしたことはない、と言わんばかりの当麻の表情に今度はステイルが激怒する。
「舐めるなッ!」
ステイルは再び炎剣を生み出し、当麻に振りおろす。
「遅い」
ステイルは驚愕した。
当麻の右手に触れた瞬間、炎剣がバースデーケーキの蝋燭を吹き消すかのように消えてしまったことに。
当麻の右手、<
当麻は今朝、インデックスの<歩く教会>を破壊したことから推理していた。
「……なっ!」
そして、今、打ち消した事で確信した。
異能であるなら魔術でさえも打ち消す事ができる、と。
ステイルは咄嗟に周囲に炎を出しながら後ろに跳び、当麻から離れようとする。
「この程度の炎なんて、見慣れてんだよッ!」
当麻は炎恐れず前に踏み込み、ステイルの懐に潜り込む。
そのまま秘めた激情を解放した爆発的な勢いで足を踏みしめ、歯を食いしばり、腰の捻りを加えた全身を使った右手による一撃を顔面に叩きこんだ。
鈍い音が聞こえ、鼻の骨が折れる手応えを右手から感じる。
「ぐはっ!!」
錐揉み状に回転しながら吹っ飛び、その勢いのまま廊下の突き当たりまで転がっていく。
「はあ、はあ、はあ……」
当麻は親がいない学園都市で詩歌というたった一人の妹を守るため、学園都市に来てから体を鍛え続けた。
そして、自身の不幸のせいもあって、数多くの修羅場も経験している。
詩歌のように格闘術を師事してくれる人はいないが、弛まぬ鍛錬、実戦での経験により、その強さは本物。
そんな当麻の大柄な<スキルアウト>でさえ病院送りする一撃を受けたのだ。
ステイルは立ち上がろうとするが足元がふらつきうまく立つ事ができない。
そして、鼻の骨も折れているのか呼吸も苦しくなっている。
それでも相手の目が死んでいないため、当麻は構えを解かない。
「まだやんのか」
ステイルは言葉で返答する代わりに当麻を睨みつける。
「悪いが、詩歌にインデックスを助けるって約束したからな、手加減ができないぞ」
妹との約束は一度も破った事はないんだぜ、と当麻はふらつくステイルに告げる。
ステイルは降参せず、執念染みた表情で何かを紡ぎ始める。
「―――
ステイルの全身から嫌な汗が噴き出す。
怖い。
いや、それは目の前の男が怖いとか、そういう意味じゃない。
漠然とそこにいる『ナニカ』に恐怖を感じた。
魔術、それに、超能力とは全く異質な『ナニカ』。
触れてはならない、触れてはいけない。
危険。
男が一歩踏み出す。
自分の身体が震える。
目の前の夏服を着た生き物が、人間の形をしているからこそ。
その皮の中には、血や肉でもなくもっと得体のしれないドロドロとした何かが詰まっているような気がする。
得体が知れないというのはそれだけで恐ろしい。
だとするなら、異能なら何でも理解できる<幻想投影>でも計り知れない『唯一の例外』、<幻想殺し>は一体どれほどの恐ろしいものなのだろうか。
だから、ステイルは自身の最強の切り札を出すのに躊躇いを抱かなかった。
「
ステイルが紡ぎ終わると、2人の間に巨大な炎が生まれた。
周囲の酸素を貪り、より強く、より熱く燃えさかり、地獄の業火が顕現したといっても過言ではない炎。
それは次第に人の形をとり、炎の巨体をゆっくりと立ち上げる。
「<
ステイルはようやく立ち上がり、『必ず殺す』を意味する炎の巨人、<魔女狩りの王>の隣に並ぶ。
「殺す……君はここで殺す! 殺れ、<魔女狩りの王>」
ステイルからの命を受け、<魔女狩りの王>は当麻に猛烈な勢いで襲いかかる。
しかし、
「邪魔だ」
当麻は恐れず、右手で羽虫追い払うかのように<魔女狩りの王>を払う。
切り札だろうと異能なら<幻想殺し>の前では無力。
だが、
「何ッ?」
消滅したがすぐさま炎の根幹となった黒い塊が、寄り集まって再び炎の巨人、<魔女狩りの王>が甦る。
「くっ……」
その後も当麻は何度も<魔女狩りの王>を打ち払うが何度も復活し、<スキルアウト>よりもはるかに速い攻撃をしてくる。
「何度消そうと無駄だ。<魔女狩りの王>は何度でも甦る!」
ステイルは<魔女狩りの王>の後ろでふらつき、倒れそうなのを耐えながらも、指示を出す。
先ほどのダメージが残っているのか動きが鈍く、指示も遅い。
「ならっ!」
そこに当麻は勝機を見た。
不死身の怪物だろうと、その根本を倒せば止まるはず。
当麻は消滅させ、復活するまでのタイムラグの間に<魔女狩りの王>の攻撃を潜り抜け、指示を出しているステイルを仕留めようとする。
炎は生物的本能に訴えてくるほど恐ろしいものだが、当麻は『常盤台の暴君』の灼熱地獄のおかげでそう言ったのには“慣れている”。
学園都市に来て10年。
上条詩歌が多種多様な異能を経験し、その制御が達人級だと言うなら、右手1本で異能が飛び交う修羅場を潜り抜けてきた上条当麻の鍛えあげられた身体能力と本能がなす回避は神業級である。
当麻はただ無心に動き、無意識に危機を察知し、無敵の右手を振るう。
能力を殺す事に特化した最強最悪の異能の天敵、<幻想殺し>。
それに異能の力で立ち向かうというのは相性が最悪だ。
ステイルはその光景に、ギョッ、とする。
炎の巨神の攻撃を生身の人間が潜り抜けて、突破したのを、
「ッ――
その天敵がもうすぐそこにまで迫りくる。
ステイルは2本の炎剣を生み出し、吠えながら迎撃をしようとする。
「遅ぇよ」
しかし、足元がふらついているステイルの攻撃は当麻に見切られ、かわされてしまった。
そして、当麻は拳を、握る。
何の変哲もない右手。
異能でなければ全く効果がなく、テストの点や女の子にモテたりする事のない、右手。
だけど、この右手は最強だ。
何せ世界一の妹がそう信じているのだから。
だから、目の前のクソ野郎を思う存分ぶん殴ることなんて容易い事だ。
「これで最後だッ!」
当麻は飛び上がりながら、ステイルの顎を打ち抜いた。
ステイルの身体が竜巻のように吹き飛ばされ、後頭部から床に激突。
もう一度、当麻の渾身の一撃を受けたステイルは今度こそ意識を失い、主を失った<魔女狩りの王>は消滅してしまった。
つづく