とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 二人三脚

大覇星祭編 二人三脚

 

 

 

道中

 

 

 

競技場からインデックスと別れた場所までは結構な距離があった。

 

なので、上条当麻はバスで移動することにする。

 

現在、学園都市のバスのほとんどは無人の自立走行バスである。

 

当麻がバス停の横に臨時で取り付けられた停車ボタンを押すと、エンジン音を響かせない電気主力のバスが滑るようにやってきた。

 

いくら学園都市で無人操縦の技術が進んでいるといっても自動車の無人操縦はもっとも難しく、<大覇星祭>のような交通制限がかけられた期間しか運用できない。

 

当麻は自動で開いたバスのドアを潜り車内を見渡す。

 

一般の車両は来場を禁止されてるので車内は結構混雑しており、運転席には誰も居ないが、ハンドルやアクセルなどのペダルが勝手に動いている……なんとも不思議な光景だ。

 

しばらく客席から外を眺め、大画面で妹の上条詩歌が表彰されているのに目を細めていると目的地に着いた。

 

バスから降りる。

 

ここはインデックスと別れた場所ではなく、少し離れた場所。

 

吹奏楽部のパレードで通行止めされている道路があるため、一時的にバスの運行ルートが変わってしまっているのだ。

 

トコトコと道を歩いていると、街の雑音に混じってあちらこちらから競技の放送が聞こえてくる。

 

競技場のスピーカー、飛行船や先ほど見ていたビルに設置された大画面モニターなどなど、様々な媒体が利用されている。

 

 

『えー、先程の男子障害物競争の結果についてですが、判定を行った結果―――』

 

『今後1時間に開催される競技が開始される競技場は次の通りです。競技が1度始まりますと途中入場は受け付けておりませんので、くれぐれもお気をつけ―――』

 

『4校合同の借り物競争でしたが、やはりというか期待を裏切らないというか、いや、期待以上に、常盤台中学の圧勝でした―――』

 

 

あちらこちらでボリュームをガンガン上げて垂れ流される放送を耳にしつつ、携帯からインデックスの位置情報を検索しながら、若干急ぎ足で進む。

 

できれば、インデックスに何か屋台でお土産の1つでも買っておきたいところだが、生憎時間がない。

 

先程、スピーカーからお知らせされた通り、一旦競技が始まると途中参加はできないのだ。

 

遅刻なんてして、しかもその原因が妹がいるとはいえ他校の応援する為だと言うなら、クラス全員から袋叩きにあってしまう。

 

なので、急ごうと思い、さらに足を速めたが―――その足が、不意にピタリ、と止まる。

 

見知った顔が人混みの向こうに見えたからだ。

 

赤い髪に耳のピアス、両手の指輪に、口にはタバコ、左目の下にバーコードの刺青のある、とても神父には見えない神父――ステイル=マグヌス。

 

イギリス清教の<必要悪の協会>という部署に所属する、本物の魔術師。

 

 

(??? 何だろう、インデックスに会いに来たのか?)

 

 

魔術サイドの人間であるステイルが<大覇星祭>に興味があるとは思えない。

 

となると、普段はなかなか会えない元同僚のインデックスの顔を見に来た、と考えるのが妥当だが…

 

とりあえず、知り合いは知り合いだ、出会ったら挨拶ぐらいはしておかないと、それにインデックスを競技中は預かってもらおう、と思い当麻は何気なく近づいていったが、

 

 

「―――だから……そうだね。―――考えられる事だろう?」

 

 

(ん? 誰かと話してんのか?)

 

 

誰かと話しているのか、声が聞こえる。

 

相手を確かめるように前に進むと、金髪に青いサングラス、クラスメートであり隣人である。

 

そして、ステイルと同じ<必要悪の協会>のメンバー………で、学園都市のスパイ――土御門元春がそこにいた。

 

 

「ああ、そりゃ……そうだ―――。確かに……連中にとっては、今ほどの―――チャンス……他に無い」

 

 

嫌な予感がする。

 

背筋にゾクゾクという嫌な悪寒を感じる。

 

2人とも遠目には、ごく普通に穏やかそうな顔で話している。

 

笑っているようにも見える、でも少しも楽しそうではない、何かが決定的に欠けている造り物の笑み。

 

道行く人達が浮かべる笑みとは方向の違うマイナスの笑み。

 

当麻はそれを振り払うように、更に前へ前へと進んだ所で、ステイル=マグヌスは静かに告げた。

 

 

「だから、この街に潜り込んだ魔術師をどうにかしないといけない訳だ。僕達の手で」

 

 

上条当麻の、科学によって形作られた平穏で楽しい世界は。

 

その一言で、魔術によって彩られた殺意と欲望の交錯する世界へと切り替わった。

 

 

 

 

 

道中 特別競技会場

 

 

 

ここは、街の道路を歩行者天国のように交通整理して臨時に作られた特別競技場。

 

道路脇の歩行者通路には大勢の一般客が詰めかけている。

 

ここで行われるのは2人3脚で、ルールは、

 

 

・バンドが解けたチームの負け。

 

・選手を直接負傷させる能力の使い方は禁止。

 

・高位能力者は一部能力制限。

 

 

これも借り物競走と同じく平和的な競技かと思えば、そうでもない。

 

あくまで、直接的に負傷させる能力の使い方がNGであって、バンドを解かせて失格にさせるという攻撃的なやり方はOK。

 

つまり、レースという枠組みの中で勝ちを競うなら、採る戦術次第では波乱も起きうるのだ。

 

 

『………第2コースはこの2人――――常盤台中学所属、上条詩歌・鬼塚陽菜ペアだ!』

 

 

この競技の解説をしている2人の内の1人、海賊ラジオDJが高らかに選手名を競技場全体へと響かせる。

 

 

「しゃーーっ!! 燃えてきた燃えてきたーーっ!! 詩歌っち、全力全開だよっ!!」

 

 

「ええ、美琴さんと婚后さんが1位を取ったんですし、これは先輩である私達も負けてられませんね」

 

 

鬼塚陽菜と上条詩歌が観客席に向けてやる気をアピールする。

 

先程、彼女達の後輩でもある常盤台中学の(自称)風神・雷神コンビ――婚后光子と御坂美琴のペアが他校と戦術を跳ねのけ、見事1位に輝いたのだ。

 

先輩として、やらない訳にはいかない。

 

常盤台中学の最高学年、しかも親友(ライバル)同士が手を組んだ黄金タッグ。

 

最大火力はLevel5に匹敵するハイスペックな鬼塚陽菜に、誰とでも合わせられるオールマイティな上条詩歌。

 

この2人3脚という選手同士の連携が試される競技で、常盤台中学の中で彼女達の右に出るものはいない。

 

きっとこのレースも常盤台の1位が決まっただろう……と思ったのだが、

 

 

「―――そして、第4コースには…………所属、削板軍覇―――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

削板軍覇。

 

学園都市、能力者の頂点。7人いるLevel5の内の1人。そして、この<大覇星祭>の選手代表。

 

解析は未だにできていないが、天然の能力者――<原石>の中でも最高級で、その性能は、超電磁砲を歯で受け止めたり、音速の2倍で動けたりとLevel5の名に恥じぬ反則級。

 

この競技、高位能力者には制限が施されているものの、彼の能力はそれでも十分に驚異的だ。

 

 

『さてこのレース。常盤台といえどLevel5が相手では連続1位は厳しいかな?』

 

 

『ふむ、普通に考えればそうだろう』

 

 

もう1人の解説者、『へそ出しカチューシャ』は、そこで意味ありげに常盤台組の1人に視線を向け、

 

 

『でも、私は常盤台が勝つと思うけど』

 

 

『おや? その根拠は一体?』

 

 

『根拠なんてないけど……強いて言うなら―――』

 

 

そこでくすくすと笑いながら、

 

 

『―――彼女に期待しているって所かしら。“お姉さん”として』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――ビキッ。

 

 

 

切れてはいけないナニカが断裂した音。

 

鬼塚陽菜は恐る恐る隣にいる相方の様子を窺う。

 

 

「フフフ、何だか私をとても不快にさせる声が聞こえましたね。なんでしょう……何かこうイラっとくるんですが」

 

 

笑っている。

 

笑ってはいるが、顔の筋肉を完全に制御している不自然な笑みで、上品と言うよりも機械的だ。

 

お怒りだ。

 

お怒りになってる。

 

詩歌様がお怒りじゃーっ!

 

陽菜は少しずつ相方から距離を取ろうとするが、残念な事にこれは2人3脚。

 

足元がしっかりと結ばれていて、逃げられない。

 

 

『あれ? 『へそ出しカチューシャ』さんって、妹さんがいらしたんですか?』

 

 

『いるけど。でも、彼女じゃない。彼女はそう……将来的に『お義姉さん』って呼ばせたいって所だなぁ』

 

 

―――ビキビキッ。

 

 

(やめてーっ!! これ以上詩歌っちを刺激しないでーっ!!)

 

 

真っ黒な重圧に陽菜は半泣きの状態である。

 

安全地帯にいるからこそ、堂々とそんな発言ができるのだろうが、そのとばっちりに陽菜が被害を被りそうだ。

 

 

「本当に“先輩”は調子に乗ってますね。これは可及的速やかにその天狗の鼻を叩き追ってやろうかしら」

 

 

唇は1mmたりとも動いていないのに、声が聞こえる。

 

ぶるぶる、と身体を小刻みに震わせながら、解説者のいる放送席へなごやかに笑みを向ける。

 

やはりというかなんというか、目が全く笑っていない。

 

 

「あ、あの~、詩歌っち…さん。もうすぐスタートだから準備して欲しいなぁ…なんてね」

 

 

「ええ、大丈夫ですよ。もう“先輩”への対処法は3つは浮かんでいますから」

 

 

駄目だ。

 

既に、相方は正気を失っている。

 

ルームメイトはあらゆる面で完璧で、いつも冷静なんだけど、ただ1つだけの事に関しては螺子が2,3本外れている。

 

と、陽菜が本気でこれどうしようか? と頭を抱え込んだ時、

 

 

 

 

 

「この時を待っていた」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

横、第4コースから学ラン――ではなくジャージを羽織った漢――削板軍覇がゆっくりと近づき、目の前で止まる。

 

 

「詩歌さん。俺は今、貴女と勝負がしたくてたまらない。この日をずっと待っていた」

 

 

軍覇の身体から抑えきれぬ闘志が湧き出てくる

 

そして、真剣な眼差しに詩歌の震えが止まる。

 

初めて出会い、そして、渾身の一撃を貰ったあの日、軍覇はえも言われぬ充実感を得た。

 

誰にも、自分すらも理解できない<第七位>。

 

その一端を詩歌に見せつけられたのだ。

 

そして、彼女の在り方に、強さに強く惹きつけられた。

 

 

「へぇ~、軍覇っち。私は眼中にないってか?」

 

 

陽菜が軍覇にメンチを切り、威圧する。

 

 

「無論、鬼塚、貴様は俺が認めた“男”だ。勝負も楽しみにしている」

 

 

―――ブチッ。

 

 

今度は陽菜の方から何か切れた音が聞こえた。

 

彼、削板軍覇は己がその根性をみせたなら『男女問わず“男”として称賛する』。

 

一部、詩歌のように例外もあるが、陽菜はかつて手合わせした際、彼女の根性を軍覇は認め、それ以降、“男”として扱っている。

 

一応、陽菜もその事を重々知っているし、悪意がない事も知っている……が、やはり、こう、イラッと来るものがあるらしい。

 

漢ではあるが、紳士ではない軍覇はデリカシーのない発言をした事には気付いていない。

 

 

「ふふふ、私も軍覇さんとの勝負非常に楽しみです。制限があるのは残念ですが、勝っても負けても恨みっこのない勝負にしましょう」

 

 

Level5序列第7位の軍覇、最強の火炎系能力者の陽菜には、その高過ぎる能力に制限がされており、ついでに言えば、詩歌もこの注目される競技ではあまり目立つ事はできない。

 

しかし、だからこそ燃えるものがあるかもしれない。

 

制限され限られた状況の中で、どう己を生かすのか。

 

そして、どう強敵を打ち破るのか。

 

 

「ああ、全力で力は使えねーが、根性は全部出し切る」

 

 

上条詩歌と削板軍覇が互いの健闘を祈り握手を交わす。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

削板軍覇の<第7位>は驚異的な能力。

 

だが、上条詩歌の<幻想投影>はそれさえも呑み込む。

 

 

「さて、陽菜さん」

 

 

「何だい、詩歌っち」

 

 

しかし、

 

 

「ここは、干渉(じゃま)はなしでいきましょう」

 

 

詩歌は<第七位>を投影しなかった。

 

 

「いいね~、大賛成だよ。でもいいのかい? 軍覇っちは並大抵の相手ではないよ」

 

 

「おや? 陽菜さんは自信がないんですか?」

 

 

「はっはっはーっ! 何言ってんだい、詩歌っち。ウチらがタッグを組んで、負けることなんて想像もできないね」

 

 

「なら問題はありませんね。真っ向勝負で行きましょう」

 

 

詩歌と陽菜はスタートラインに立ち、そこで軽く体を慣らす。

 

そして、集中。

 

2人の世界から余計な音が消え去り、視界がクリアになっていく。

 

詩歌と陽菜は長年寝食を共にしたルームメイトで、心を通わせあった親友でもあり、互いを互いに認め合った宿敵でもある。

 

癖なんて分かり切ってるし、動きなんて見なくても分かる。

 

同調させる事なんて、当たり前だ。

 

呼吸音が重なり、心音ですらも重なり、全体の歯車を噛み合わせる。

 

それが5回ほど続いた時。

 

 

 

―――パァン!

 

 

 

銃声が鼓膜を打った。

 

瞬間、2人の姿が消えた。

 

影すら残さず、一気に超加速した。

 

<鬼火>を生かしたロケットスタート。

 

その速さに真横にいた他校のペアの姿はもう見えない。

 

爆音と共に2人は一気にトップに躍り出る。

 

そのまま鏡のように同調した動きで2人は地面を蹴り、同時に、その足場が<鬼火>で炸裂する。

 

破壊力のない、ただの衝撃だ。

 

だがそれは2人の身体を後押しし、ありえない速度を叩き出す。

 

陽菜はこういった繊細な作業は苦手だが、今、こうして詩歌と同調している時なら難なくこなせる。

 

弾丸の速度で動く2人を誰も追う事はできない――――かに思えた。

 

 

―――キュガッ!!

 

 

風が後ろから2人を押した。

 

それが奴のプレッシャーだったと気付いたのは、その背中が目の前に現れてからだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<第七位>。

 

制限されていようとLevel5。

 

しかし、これは2人3脚。

 

相方がついていけないようでは……

 

 

「――――あばばば!!」

 

 

その相方は軍覇の身体に絡みついていた。

 

彼の能力は柔軟性に特化した<軟体強化(ラバーポイント)>。

 

そのゴムのような体を活かし、軍覇にへばり付いたのだ。

 

文字通り足を引っ張っている形で。

 

しかし、彼は軍覇の動きについていける訳がないし―――その程度で軍覇が圧倒的である事に変わりない。

 

例え、制限されようとも、片側だけ重心のバランスを崩されていようと削板軍覇は削板軍覇である。

 

この漢にかつて助けられた事のある彼は、足を引っ張る形になるだろうが、それでもこちらに構わず根性を出せ、と試合前に発破をかけた。

 

そう彼がするのは軍覇が失格にならないよう紐が切れないようにする事。

 

足も速くなく、頭も良くない彼はただ1つ。

 

身体の柔らかさを生かして相方をサポートする。

 

その意気が軍覇の根性をさらに燃え上がらせた。

 

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(くそ、これだけハンデされてんのに、ここまでの速度を出すなんて。普通ならどんだけのスピードが出るってんだよ、軍覇っち)

 

 

陽菜の身体は普通以上に軽やかで力溢れている。

 

体の隅々まで行き渡る同調の感覚、それは満ち溢れるように体の力をぐんぐんと強めていく。

 

地面を蹴る足に、空を裂きながら振る腕に、絶妙かつ的確に同調された衝撃波が後押しているのを感じる。

 

詩歌は制御に関しては達人(エキスパート)である。

 

故に陽菜でも制御困難な<鬼火>の手綱を握り、同時に陽菜のカバーする事も事ができている。

 

それに対し、陽菜は詩歌に制御に関しては及ばないものの、超人的な視力――<鷹の目>がある。

 

鬼の血を引き、鍛えてきた陽菜だからこそできる一朝一夕では身につかない技がある。

 

そこで、詩歌は2人3脚の役割を分担する事を考えた。

 

詩歌はただ陽菜の動きに同調しながらサポートに集中し、陽菜は走行に集中する。

 

2人が得意分野を分担することで、その精度を格段に高めようというのが狙いである。

 

各々が長所で力を補い合う。

 

それが常盤台の黄金タッグの選んだ戦い方。

 

<鷹の目>を持つ陽菜だからこそ、この世界を完全に把握できているのだ。

 

陽菜は、詩歌に<鬼火>の制御を半分以上補助してもらい、その制御に割いていた意識を解除することで、驚くほどに<鷹の目>の視野が広がる。

 

詩歌は、身体の動きを陽菜に同調させ、<鬼火>だけに集中する。

 

自分自身だけで動く時は、身のこなしなどにも意識を割いていたが、それを陽菜に任せる事で、より正確に、より繊細に、<鬼火>を制御。

 

それにレースの流れも客観視できている。

 

更には、2人で<鬼火>を同調すれば、単純にLevel5級に匹敵する。

 

速い。

 

しかも、目で追えない。

 

それでも、削板軍覇、最高級の<原石>との差は縮まらない。

 

むしろ、刹那刹那で遠ざかっている。

 

その時、ふと、詩歌の視線の先に、

 

 

(当麻さんっ!?)

 

 

今、大玉転がしに出場している筈の愚兄の姿を詩歌の瞳が捉えた。

 

一瞬ではあったが、見間違いない。

 

表情までは分からなかったが、あれは上条当麻だ。

 

詩歌は一瞬その事に驚き、手綱を放しかけるが、すぐさま今まで以上に<鬼火>の手綱に力を入れる。

 

当麻の前で無様な姿は晒せない。

 

だから、勝つ。

 

それだけ考えればいい。

 

刹那的な世界で、詩歌の思考速度がそれ以上の速さで超加速していく。

 

最後のストレート前の急なカーブ――――

 

ここで、勝負をかける。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

急なカーブ。

 

だが、それでも削板軍覇はスピードを緩めない。

 

それどころか、元から前傾姿勢の身体を一層、前のめりにする。

 

一歩踏み損なえば、顔面から地面に激突するほどの距離に路面を見つめながら、体重を掛け、無理矢理スピードを上げていく。

 

このままだとカーブする際、さらなるGがかかる。

 

普通なら無茶だと非難するだろうが、この漢は常識外れの怪物だ。

 

人間に不可能であっても、<第七位>、削板軍覇なら出来る。

 

この全身から燃え滾る根性なら、如何なる困難も乗り越えられる。

 

このコーナーもコースアウトせずに曲がり切れる。

 

視界の端に曲がっていくガードレールが見え―――

 

 

「―――なっ!?」

 

 

揺らめく。

 

軍覇が捉えていたガードレールの景色全体が陽炎の如く揺らめく。

 

 

(よしっ)

 

 

上条詩歌が<鬼火>で、カーブ直前に蜃気楼を発生させたのだ。

 

<鬼火>は火炎や爆発だけでなく、熱流や温度も操れる。

 

陽菜はこういった加減の難しい小手先のフェイクは苦手だが、詩歌なら難なくできる。

 

距離感を失い、タイミングも失った。

 

 

「うわっ!?」

 

 

さらに、急激なGの負荷に、軍覇にしがみ付いていた男子高校生の身体が離れる。

 

バランスも崩れてしまった。

 

 

「ぐおおおおおおっ!!」

 

 

足首に悲鳴が起きるのもいとわずに、相方の身体を支えながら、姿勢を立て直す。

 

何とかコースアウトは避けたものの、目の前には強敵の背中があった。

 

この一瞬の隙。

 

だが、この一瞬の隙で十分。

 

詩歌・陽菜ペアはトップに躍り出た。

 

しかし、まだ射程圏内だ。

 

このカーブが終われば、後は直線のみで、もうゴールである。

 

重心のバランスが傾いている軍覇にとってコーナリングでは分が悪いかもしれないが、純粋なスピード勝負なら負けるつもりはない。

 

カーブが終わり、ゴールテープが見える。

 

 

(今だ! 根性を出し尽くせええええっ!!)

 

 

最後の、直線!

 

再び、前傾姿勢への準備に取り掛かる。

 

持てる力を、根性を振り絞り、限界まで顔を地面に近づける。

 

前に転びそうになるのを防ぐように無意識に大きく前へ踏み出す足を利用して、加速を開始。

 

足首、脹脛、太股、付け根。

 

その全てに今まで感じた事のないような、ばちばちと引き裂かれるような痛みが走る。

 

息をしている暇などない。

 

もうすぐ直線が終わる。

 

地面しか見えていない軍覇には、詩歌と陽菜が今、前にいるのか、横にいるのか、はたまた後ろにいるのか分からない。

 

何とか姿勢を取り戻そうと眼前の地面から顔を背けるように上半身を持ち上げる。

 

視界が開けた。

 

 

詩歌と陽菜は……………いない!

 

 

目の前に見えるのは、ゴールテープのみ。

 

勝った、そう確信できる光景だった。

 

空を、見上げるまでは。

 

 

「なっ」

 

 

既に遅かった。

 

最後の直線に勝負を掛けていたのは向こうも同じだった。

 

熱流を纏い、2人の背中からはそれぞれ紅蓮の炎が迸っている。

 

先程の威力を抑えたものではない。

 

制限ぎりぎりまで詩歌が調整し、速度重視の爆炎の衝撃波。

 

今の2人の姿は合わせると赤き双翼を持つ怪鳥のよう。

 

 

「「いっけええええええぇっ!!!」」

 

 

そのまま低空を滑空しながら、軍覇よりも速く、そして、先へ飛んで、ゴールテープを打ち抜いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『すごい! すごいぞ! 常盤台! 何とLevel5を打ち破ったーーっ!!』

 

 

 

勝利宣言が高らかに響き渡り、この場にいた観客達は一斉に歓声を上げる。

 

競争は本当に一瞬で終わってしまったが、それでもその凄さは十分に伝わった。

 

 

「はぁ、はぁ、ふぅ~~」

 

 

詩歌は熱い吐息を吐きながら、復活した生命活動に集中。

 

ふらつく体を同じく、ふらついている相方――陽菜の身体に、ちょうど『人』の字になるようによりかかる。

 

 

「やった、ね。詩歌っち。ウチら、勝っちゃった、よ」

 

 

爽やかなそよ風が頬を撫で、熱で火照った体を冷ましていく。

 

それが心地よくて詩歌は目を細め、それから勝利の余韻に浸るように、

 

 

「ええ、ギリギリ、です、けどね」

 

 

にこっ、と笑みを深める。

 

と、そこに、無茶した相方を医務室へと運んで行った強敵――軍覇が目の前に現れた。

 

その顔は、汗だくで、どう見ても、子供が目一杯遊んだ後の清々しい顔にしか見えなかった。

 

そのまま、2人の目の前で、軍覇は座り込んだ。

 

 

「負けた。今度こそ勝てると思ったんだがな」

 

 

後腐れもなく負けを認める。

 

今回の勝負、明らかに軍覇にとって、条件が悪く、不利であったのにもかかわらず、彼は負けを認める。

 

そもそもこれは2人3脚。

 

軍覇のように力任せの強行突破ではなく、2人の連携にこそ重点を置くべき競技なのだ。

 

だから、2人の息の合った連携、特に最後の双翼を見た時、それが羨ましく、そして、己の根性よりも高尚であると感じた。

 

その時に、もう負けを認めてしまったのかもしれないのは確かだ。

 

 

「さて、と」

 

 

そうして、グッと伸びをして立ちあがると、最後に、レース前と同様に詩歌と握手を交わし、

 

 

「詩歌さん。まだ<大覇星祭>は始まったばかりだ。再び相まみえた時、負けねぇよう、根性を鍛え直してくる」

 

 

「ええ、私達も簡単には負けません」

 

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

大玉転がし。

 

あれから上条当麻は同学年の学生達とこの競技に参加した。

 

学園都市ならではと言うべきか、これもまた棒倒し同様に能力の使用が認められており、『外』では味わえない中々ハードな競技である。

 

でも、これも当麻は異能なら何でも打ち消す右手と並外れた身体能力で難なく直径2m強ものボールをゴールラインまで運び切った。

 

今まで経験からすれば、この程度はどうって事はない。

 

 

「悪ぃ、ちっと抜けるわ」

 

 

「あれ? カミやん? どしたん?」

 

 

「トイレだ」

 

 

しかし、当麻は適当に理由づけして自分の番が終わると決着がつく前に、競技場を出る。

 

途中、応援に来ていたインデックスは押しつけるように担任の小萌先生に預けた。

 

それから、当麻は急いで人混みの多い路上を走り抜ける。

 

目的地は、妹のいる特別競技会場。

 

彼女の出番は最後だと聞いている。

 

今からでも急げば間に合うかもしれない。

 

彼女の作った特製のパンフレットを参考に、最短のコースを割り出し、当麻は全速力で進んでいく。

 

この競技の前に、土御門、そしてステイルとの会話を思い返しながら……

 

 

 

 

 

 

 

『今の学園都市は、一般来場客を招く為に警備が甘くしてるだろう?』

 

 

『その隙をついて、この中に魔術師が侵入してるって訳だぜい』

 

 

 

「くううう~~~っ! 怪我さえなければ隣に立っていたのは、わたくしのはずでしたのにィ~~!」

 

 

すぐ前に、知り合いのスポーツ車椅子に座っているツインテールの少女が悔しそうに唸っているが、考え事をしている当麻は気付かない。

 

 

 

『でも、何の為に? またインデックスを攫いに来たのか!? だったら!』

 

 

『慌てるな、上条当麻。今回の敵の狙いはおそらく彼女じゃない。向こうにしても、あの子に触れれば厄介な事情を増やす羽目になるかもしれないからね』

 

 

『あん? どういう意味だ?』

 

 

『そっちは後で答えるとして、カミやん。まずは主題から進めようぜ。街に入った魔術師達が何をしようとしているか、ってトコを』

 

 

 

「流石ですねぇ、御坂さん」

 

 

「あ、婚后光子! カブって、お姉様が見えませんわよ!!」

 

 

大画面に、妹の後輩達がインタビューされているが、当麻は足を止めずに、ただ前へ前へと進む。

 

 

 

『魔術師、達? 1人じゃねーのか?』

 

 

『現在、確認されているだけでも2人いるよ。ローマ正教のリドヴィア=ロレンツェッティ。そしてそいつが雇ったイギリス生まれの運び屋であるオリアナ=トムソン。両方女だ。さらに、彼女達の取り引き相手である人間が最低1人はいるはずなんだけど、こちらは判然としない。ロシア成教のニコライ=トルストイが怪しいと言われているが、確認は取れていないね』

 

 

『運び屋だって? 取り引きって、一体ここで何をやろうってんだ?』

 

 

『そのまんまさ、カミやん。ヤツらはこの街で、教会に伝わる霊装の受け渡しを行おうとしている訳ですたい』

 

 

 

おっ、と人にぶつかりそうになったが身体を捻って躱す。

 

 

「くそっ。通話ボタンはどれだっ。最新型だか知らないが変な携帯渡しやがって。名由他め……まだ私より全然歳が下のくせに生意気な。私だって普通のタイプなら扱え……」

 

 

謝ろうかと思ったが、相手の方も何やら手元の口紅のような小型携帯に夢中なので、そのまま軽く会釈して進む。

 

 

 

『何でこんな場所で……。だって、学園都市ってオカルトから1番縁のないトコだろ?』

 

 

『そうだにゃー。“だからこそ”、って答えておこうか。学園都市の<警備員>や<風紀委員>は、オカルト側の魔術師を無闇に迎撃・捕縛してはならない。そして同時に、オカルト側の十字軍や<必要悪の教会>も、無闇に科学側の学園都市へ踏み込んではならない。ほら、どちらの勢力も手を出しにくい場所なんだぜい、ここは』

 

 

『<大覇星祭>期間中でなければ、警備体制(セキュリティ)の関係で、リドヴィア達の行動もかなり制限されていただろうね。しかし今だけは、半端に警備を緩めなくてはならないから、その機に乗じて大胆に動く事もできるという話だよ』

 

 

 

「あれ? 今のはお兄さん?」

 

 

後ろ姿を視界の端で捉え、同じ白い鉢巻きを付けた黒髪の少女が振り向くが、当麻はもう人混みの中へと消えていた。

 

そして、彼女は少し首を捻るも、そのまま振り向いた先にいた、先程、携帯の扱いに困っていた少女の方へ関心を向ける。

 

 

 

『だったら、そこに居るステイルみたいに、こっそり<必要悪の教会>の味方をたくさん潜り込ませれて捕まえれば良いんじゃねーの?』

 

 

『僕は『君の知り合いだから、個人的に遊びに来た』という大義名分になっているんだ。他の魔術師は呼べない。『イギリス清教という団体として』やってきた事になれば、それに乗じて今の事態を傍観している、それ以外の多くの魔術組織も『では我々も』と要請してくる。彼らの全てが学園都市に友好的だと思えるかい? 破壊工作に走る者が出てくるに決まっている。こんな、オカルトとは正反対の位置に属する街を守ろうなんて考えるものか』

 

 

『科学サイドの長である学園都市と、魔術サイドの名も知れぬ一組織じゃ発言力は違うにゃー。でも、この状況で迂闊に魔術サイドの意見を突っぱねれば、今度はその揚げ足を取る形でもっと大きな魔術組織が口出ししてきちまうんだ。ま、そんな感じでリドヴィアやオリアナ達の問題はデリケートなんだよ、カミやん。ただでさえ厄介な状況下で、さらに余計な連中を呼び込んだら学園都市は間違いなく混乱の渦に呑み込まれちまう。そういった連中・事態を抑える為にも、あくまで事件で動けるのは『学園都市にやってきた知り合いの魔術師』だけと思わせておくんだよ。学園都市の人間と接点のある魔術師なんて、ほんの一握りだ。どうしても少数精鋭の攻め方になっちまうのは仕方がないぜい』

 

 

『??? でも、知り合いってんなら神裂火織は? あいつ、確か<聖人>とかいうメチャメチャ強い人間なんじゃなかったっけ。人手は多い方が良いんじゃねーの?』

 

 

『神裂は、使えない。今回は特にね。何しろ、取り引きされる霊装が霊装だ』

 

 

『あん? どういう事だよ』

 

 

『カミやん。その霊装の名前は<刺突杭剣(スタブソード)>っていうらしいんだぜい。そいつの効果はな―――』

 

 

 

最後の人混みをかき分け、目的地に辿り着くと、

 

 

 

『―――あらゆる<聖人>を、一撃で即死させるモノらしいんだよ』

 

 

 

―――パァン!

 

 

 

と、空けた道路――特別競技会場の先から、小さな銃声が聞こえた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<聖人>。

 

十字教の『神の子』に良く似た体質を持つ人間で、魔術世界では、その価値は、核兵器にも等しいと言われている。

 

だが、その<聖人>にも弱点はある。

 

<聖人>の元になった『神の子』は刺殺で一度死んだ。

 

この歴史的に曲げられない事実から作られたのが<刺突杭剣>。

 

“処刑”と“刺殺”の宗教的意味を抽出し、極限まで増幅・凝縮・収束させた『竜をも貫き地面に縫い止める』とまで言われた霊装。

 

魔術的価値・効果は共に絶大。

 

『刺し殺す』という『神の子』の弱点をも<聖人>は受け継いでいる。

 

なので、普通の人間には何の効果もないが、『切っ先を向けただけで距離も障害物も関係なく<聖人>を殺す』ことができる、とされている。

 

まさに、最悪のアンチ聖人殺しに特化した霊装。

 

これさえあれば、容易に敵対勢力の<聖人>を殺す――つまり、相手戦力を大幅に削り取る事ができる。

 

そう、この<刺突杭剣>は、持っていると匂わせただけでも戦争の引き金にできるのだ。

 

そして、今回、魔術世界の叡智、<禁書目録>――インデックスに頼る事はできない。

 

彼女は、魔術の知識に関しては右に出るものはいないほどの知識量を誇り、きっと、土御門やステイルにも知り得ない<刺突杭剣>の情報や対策法を教えてくれるに違いない。

 

だが、事件の現場に近づける事も、事件に関する情報を伝える事も許されない。

 

何故ならインデックスは、魔術は使えないが、彼女の<禁書目録>という名は、魔術世界ではものすごくメジャー過ぎるからだ。

 

先程の言ったように、この学園都市で魔術サイドが干渉するのはあまりよろしくない。

 

特例でステイルと土御門がこの事件の解決に動いているのだが、それさえも快く思っていない組織が存在する。

 

彼らは、少しでも動きがあれば、即座に学園都市に潜入できるように『外』からレーダーみたいな術式を使って、魔力の流れを感知している。

 

これはある意味どちらにとっても不幸な事だが、魔術業界では、今まで上条兄妹が解決してきた事件、三沢塾事件、御使堕し事件、9月1日のテロ事件、法の書事件は、彼ら兄妹が解決したのではなく、インデックスが解決したのだとされている。

 

なので、何かあるなら『上条兄妹の周り』ではなく、『10万3000冊の魔導書の管理者であるインデックスの周り』で起きたと思われている

 

つまり、その探索術式の照準点となっているのは<禁書目録>なのである。

 

魔術組織を刺激しないためにも、インデックスは迂闊に動かす事はできない。

 

 

『で、詩歌ちゃんについてだが……』

 

 

そして、妹の上条詩歌もまた<禁書目録>程ではないが、その名は密かに魔術世界へと広まっている。

 

 

『カミやんに決めてもらうにゃー』

 

 

『は? どういう事だ、土御門』

 

 

『詩歌ちゃんもカミやんと同じく『<禁書目録>の管理人』で、紛れもない“天才”なんだぜい。頭も良いし、戦力として申し分なし。この事件に協力してくれるなら、それはもう百人力だにゃー。だがな――――』

 

 

下手をすれば、上条詩歌は<禁書目録>以上に危険視されるかもしれない。

 

これまで詩歌のしてきた事は、あまりに計り知れなさ過ぎて、『奇跡のような偶然』、と思われている。

 

誰も、たった1人で、しかも1日で城を建てた、と言えば、例え実物を見せられたとしても冗談だと思うだろう。

 

上条詩歌はまさにそれなのだ。

 

今はまだ、<禁書目録>のネームバリューの陰に隠れて、あやふやで不確かな状態なのである。

 

だが、それが『奇跡』ではなく『必然』だとするならば、それこそ土御門が恐れていた上条詩歌の争奪戦が始まりかねない。

 

しかし、そのリスクを背負ってまでも、上条詩歌は、最高の人材である。

 

<必要悪の教会>のトップ、<最大主教>も彼女に任せれば、『どんな事件であっても必ず解決させられる』と言わしめるほどに。

 

 

『だから、カミやん。妹をこの事件に巻き込むか、巻き込まないかは、兄であるカミやんが決めろ』

 

 

上条詩歌は切り札(ジョーカー)

 

その切り札を使うか、それとも捨てるかどうかは、上条当麻が決める。

 

……いや、違う。

 

その権利を土御門は譲ってくれたのだ。

 

 

『ふん。君の妹の助けがなくても、こちらの人手は足りている。だから、僕はどちらでも構わない』

 

 

ステイルは、プロとして詩歌の能力を認めているし、信頼しているのにもかかわらず、素人(とうま)の私情に付き合う。

 

戦争を止めるためとはいえ、最も守りたいものを、何があろうと絶対に守りたいものを危険に晒す。

 

それに、彼女は、こういった血生臭いことは似合わない。

 

詩歌の力を発揮すべき所は、平穏な表世界であるこそ相応しい。

 

土御門も、それに賛成しており、あの才は裏世界で埋もれさせる訳にはいかない。

 

 

『分かった。ありがとな』

 

 

海へ、旅行に言った時の事を思い出す。

 

その時、自分が土御門に言った言葉を、

 

 

―――お前がそこまで気負うことはねーよ。それに、詩歌に関しては俺の責任だ―――

 

 

だから、上条当麻は感謝した。

 

この愚兄の私情に付き合ってくれた事を。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「当麻さん!」

 

 

捜し人は、向こうからやって来てくれた。

 

たぶん、競技中に気付いたのかもしれない。

 

妹は、知り合いの視線に敏感で、遠く離れていても自分のいる位置を察知できる。

 

 

「おう、詩歌。1位、おめでとう。すごいな、Level5に勝つなんて。流石、俺の自慢の妹だ」

 

 

ぽんぽん、と詩歌の頭を軽く撫でる。

 

 

「ふふふ~」

 

 

少し照れくさそうにはにかみつつ、詩歌が上目遣いでこちらを見つめてくる。

 

その表情には『全く自分の競技をほっぽり出すなんて』という呆れや、『でも、見に来てうれしい』と喜びが交互に浮かんでいる。

 

 

(……、)

 

 

やはり……思う。

 

この楽しそうな笑顔を見れば分かる。

 

詩歌はこの<大覇星祭>を心から楽しんでいるのだ。

 

それに、常盤台中学での最後の<大覇星祭>、今年こそ1位を目指すって、気合も入っているのだろう。

 

この幻想は、壊す訳には、いかない。

 

 

「……なあ、詩歌。話が、あるんだ」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「詩歌にこの事を話そう」

 

 

当麻の言葉に、土御門とステイルは険しい表情で、目を細める。

 

 

「……いいのか、カミやん。妹を危険に巻き込むかもしれないんだぞ」

 

 

「詩歌には、『インデックスの相手を任せる』。インデックスを事件の現場に近づけないためにも、詩歌に預かってもらうんだ。そうすりゃ、インデックスにもしもの事があっても安心だし、俺達も事件解決に集中できるだろ?」

 

 

その言葉に、2人は納得したように頷く。

 

『外』の魔術組織を刺激しないためにも、インデックスを事件現場に近づける訳にはいかない。

 

その為に詩歌を付けるのだ。

 

事情を知っている詩歌が側にいれば、安心だし、インデックスは詩歌の言う事なら素直に聞くから誘導もしやすいだろう。

 

……しかし、それは、切り札に最低限の働きしかさせない事だ。

 

インデックスを守るために、詩歌は<刺突杭剣>の捜索と奪還に参加できない。

 

インデックスから秘密にするために、詩歌に最低限の情報しか伝えない。

 

そう、インデックスが枷になってしまい、詩歌の性能は封じ込められてしまうのだ。

 

だが、そうすれば、2人を戦況から遠ざけ、傷つけることなく守る事ができる。

 

 

 

 

 

道中 特別競技会場

 

 

 

「………だから、私にインデックスさんの保護を……」

 

 

詩歌は渋面を作る。

 

勝利の余韻も吹っ飛ぶような話を聞かされた。

 

しかし、その事で詩歌は微笑みを崩したのではない。

 

 

「ああ、俺と土御門とステイルが、この犯人をとっ捕まえるから、詩歌はインデックスをさりげなく事件の現場から遠ざけて欲しいんだ」

 

 

それは簡単だ。

 

自分の応援にインデックスを連れていけばいい。

 

そうすれば、自然にインデックスは当麻達から離れるし、もしもの時はすぐに助けに行ける。

 

合理的なやり方だ。

 

……が、納得できない。

 

これはあまりにも当麻に都合が良すぎる。

 

この作戦。

 

別にこれは、インデックスの相手をするのは当麻でも良いのだ。

 

正直、この意図の裏に『自分を事件に関わらせたくない』という考えがあるのはバレバレだ。

 

得体の知れない相手に不用意に出てくるのは危険。

 

しかし、詩歌は、

 

 

「……嫌、です。私も<刺突杭剣>の捜索に加わります。そっちの方が事件を早期解決できます」

 

 

「駄目だ。戦争を阻止するためにもインデックスには誰かが付いてなきゃなんねーんだ」

 

 

「嫌です!」

 

 

当麻は戸惑う。

 

説得するのは一筋縄ではいかない、とは分かってはいたが、こうまで拒絶されるとは思わなかった。

 

当麻は一度俯き、どうにかして説得しようとしたが、

 

 

「私は、当麻さんが大事です。大事なんです! なのにっ! どうして、当麻さんばかりが不幸にならなきゃいけないんですかっ!!」

 

 

大きな瞳がこちらを見つめる。

 

純粋な瞳。

 

その純粋で強い瞳に気圧される。

 

脳震蘯でも起こしたように、頭の芯がグラグラと揺れる。

 

だが、気付いた。

 

目は口ほどに物を言う。

 

かつて、当麻は一度『死んだ』。

 

妹との約束を破り、妹の目の前で絶望を味合わせながら、『死んだ』。

 

その不幸がまた起きるのではないか、とその瞳が当麻に訴えている。

 

それでも、当麻は、

 

 

「頼む、詩歌。言う事を聞いてくれ。お兄ちゃんは詩歌が傷つくのが一番不幸なんだよ」

 

 

詩歌は力を失くしたように俯くと、それきり黙ってしまった。

 

周囲の喧騒が、やけに大きく聞こえる。

 

詩歌は俯いたまま、いつまで待っても何も言わない。

 

気まずい沈黙。

 

それを破ろうと当麻は口を開こうと、する前に、

 

 

「……約束。私の応援をしてくれるって……」

 

 

ポツリ、と呟く。

 

 

「それは……」

 

 

そうだ。

 

今年の<大覇星祭>は詩歌の常盤台中学での最後の<大覇星祭>。

 

絶対に応援に行ってやるって、約束した。

 

でも、仕方がない。

 

『学校行事に応援に行く約束』と、『魔術と科学の戦争を阻止する』では、どちらが重要かなんて比べるまでもない。

 

土御門やステイルならば、迷いもせずに後者を選ぶ。

 

彼らは大切なものを守るためなら、何だってするし、それこそ、その大切なものと敵になる事さえも躊躇わない。

 

 

「悪い。あの約束は破るかもしれねぇ」

 

 

これでいい。

 

この選択で正しいはずだ。

 

 

「そう、ですよね。……いえ、今のは、聞かなかった事にして下さい。私が悪いです。無茶を言ってすみません」

 

 

いや……、と当麻が返事をしようとしたが、その前に、くるっと詩歌は当麻に背を向ける。

 

 

「それと、インデックスさんは私に任せてください」

 

 

声が、震えている。

 

詩歌は笑っている、けれど、泣いている。

 

 

「詩歌……」

 

 

何で、こうなった。

 

たかが約束を破るくらいで、その程度の事で、どうしてこんな……

 

 

(あ―――)

 

 

その時、自分の思考に、当麻は愕然とした。

 

思わず、当麻は奥歯を噛み締める。

 

約束とは、守らなければならないもの。

 

長く生きていれば、どんなに努力しても、約束を守れない時もあるだろう。

 

でも、約束とは、守るべきもの。

 

破ってもいい。

 

守れなくても仕方がない。

 

そんな軽いものではない。

 

特に、上条当麻にとって、上条詩歌との約束は絶対だ。

 

詩歌は賢い……が、どうしようもないトラウマがある。

 

自分の死だ。

 

それは、自分が愚かしい兄の尊厳を優先して約束を破った際に起きたトラウマだ。

 

あの時の絶望を連想させてしまう。

 

だから、たとえどんな些細な事であろうとも守るべきだったのだ。

 

それに、きっと当麻が来て、約束通りに応援に来てくれたのだと詩歌は思ったのだろう。

 

だから、あんなに喜んだのだ。

 

それなのに、当麻は、たかが約束だから仕方ない、と軽々しく扱った。

 

彼女の気持ちを弄んだも同然の罪だ。

 

どうすればいい。

 

謝ればいいのか。

 

言い訳をすればいいのか。

 

何を言えばいいのだろうか、こんなときは。

 

分からない。

 

全然分からない。

 

 

「本当に、忘れてください。……気にしてませんから」

 

 

そして、詩歌は賢い。

 

当麻の心情を全て察し、自分の弱さのせいで困らせてしまった、と気付いている。

 

詩歌もまた己を責めている。

 

 

「でも、これだけは守ってください。もう2度とあんな思いはさせないで……絶対に、絶対に、私を置いてかないで……」

 

 

「ああ……」

 

 

最低な愚兄なのかもしれない。

 

だが、この約束だけは絶対に守ろう、当麻はそう心に深く刻みつけた。

 

 

 

つづく


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