とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 狩りモノ競走

大覇星祭編 狩りモノ競走

 

 

 

道中

 

 

 

4校合同借り物競争。

 

その名の通りの借り物競争。

 

第7学区・第8学区・第9学区全てを競技範囲内とし、当然ながら自律バスや地下鉄などの交通機関の使用は禁止。

 

競技場から出発し、指定の物品を探し出して、元の競技場に戻ってゴールと、コースも決められておらず、探す物品も難易度が高いため、スタミナなどの体力だけでなく、頭脳プレイも重要。

 

他にも条件として

 

 

『干渉数値5以上の能力使用を禁ず』

 

『指定された物品が第三者の物である場合は相手に許可を取り相手と共にゴールに向かわなければならない』

 

 

とあり、高位能力者等は全力を発揮できないのかもしれない。

 

 

「よし。このルールなら俺達でも常盤台に……」

 

「ああ、ここで勝利をもぎ取って、弾みを付けようぜ」

 

「そうだぜ。勉強と実戦と違うって事を見せつけてやんよ」

 

「ヒッヒッヒ、温室育ちのお嬢様達が泣き叫ぶ姿が目に浮かぶなぁ」

 

 

常盤台中学。

 

5本の指に入る名門校で、昨年の<大覇星祭>は2位。

 

そして、今年の優勝候補の一角。

 

彼女達はエリートではあるが、お嬢様でもある……が、

 

 

「くっくっく、どうやらウチらの事を舐めてるアホ共がいるようだね~」

 

 

 

 

 

競技場 保健室

 

 

 

ぽんぽん、ぴとぴと―――

 

 

「……っ」

 

 

「染みましたか?」

 

 

「いや、大丈夫……」

 

 

傍らに置かれた救急箱から脱脂綿と消毒液、ピンセットを取り出し、少女は擦りむいた右手の傷に丁寧に優しく脱脂綿を当てていく。

 

妙に安心させる、いい匂い。

 

右手に添えられたもう片方の手の、温かな感触。

 

治療中の右手の先には、大きく実った果実が2つ………

 

 

(いけません! 当麻さんは紳士! 紳士ですよー!)

 

 

鼻の先を伸ばしそうになるが、その前にすぐさま自分に喝を入れる。

 

彼ら以外に誰もいない一室で、上条当麻は、美少女とドキドキ治療イベント―――

 

 

「全く、あれはいくら何でも無茶し過ぎですよ、当麻さん?」

 

 

―――上条詩歌(いもうと)でなければ、だが…

 

いや、詩歌はとんでもなく魅力的で、これ以上ないと言えるほど完璧な女の子であるが……妹だ。

 

そして、当麻は兄、そう兄なのだ。

 

どこぞのメイド好きの陰陽師とは違い、当麻は兄として妹に邪な感情なんて一切―――

 

 

「―――っていってぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「聞・い・て・ま・し・た・か?」

 

 

ピンセットに挟まれた脱脂綿を当麻の傷口にグリグリと押し付ける。

 

それから、『本当に世話の焼ける兄ですね~』と呟き、ガーゼを下に敷き、包帯で右手を包むように巻いていく。

 

 

「どこの世界に大勢の能力者の中に開始早々突っ込む馬鹿がいるんですか? と私は言っているんです」

 

 

「あれは作戦で……それに……」

 

 

「<幻想殺し>は異能に対しては無敵の盾ですが、それ以外には全くただの右手なんですよ」

 

 

私、不機嫌です、と言いたげに詩歌は、ぷくぅ~、と小さく可愛らしいほっぺを膨らます。

 

色々とあって、あの時、カッと熱くなってしまったが、今思えばあれはちょっと無茶し過ぎたのかもしれない。

 

妹からの説教に、当麻は少し肩身を狭くする。

 

 

「ま、当麻さんがあの程度でやられるはずはないと信じていますけど、それでも本当にハラハラさせられました」

 

 

心配をかけて悪かった、と思いつつも、当麻は兄として一応進言する。

 

 

「それよりも詩歌。早く次の競技場に行かなくても大丈夫なのか?」

 

 

「当麻さんの方が大事です」

 

 

必殺の台詞。

 

夏休み、海に旅行に行った際、己を見失った当麻に想いを吐露した時と同様、詩歌は何の迷いなく告げる。

 

これが私の最重要事項です、と言わんばかりの詩歌に当麻は何も言えなくなる。

 

だが、当麻の心配も無用であったようで『はい、これでお終いです』と言って包帯の端をチョチョイと折り込み固定する。

 

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと時間も気にしてますから。今からでも少し走れば間に合います」

 

 

「そっか。じゃあ、インデックスの事は任せて先に行っててくれ」

 

 

はい、それでは、と詩歌が保健室を出る前に当麻は頬をぽりぽりと掻きながら、

 

 

「あと、怪我の治療ありがとな。……次は、なるべく怪我しないようにあんまり無茶しねーから……」

 

 

「それはどういたしまして。それと当麻さんが怪我するのはもう半分ほど諦めていますので気にしなくても良いです。それに、はっきり言って、当麻さんは馬鹿なんですから、余計な事を考えるとより大怪我しそうです」

 

 

おい、お兄ちゃんはそこまで馬鹿扱いですか!? と突っ込む前に、

 

 

「最後に、あの時の当麻さんは格好良かったです」

 

 

と、少し顔を赤らめながら微笑み、詩歌は保健室を出て行く。

 

それを見送り、しばらく右手に巻かれた包帯を見つめ、当麻はぼそり、と、

 

 

「……ったく、詩歌も怪我すんじゃねーぞ。俺の大事な妹なんだからな」

 

 

そう、それが上条当麻の最重要事項だった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

御坂美琴は街を走っていた。

 

区切られた競技場ではなく、本当に人の溢れる大通りを。

 

美琴は4校合同借り物競争中である。

 

この競技は第7,8,9学区画を会場として行われる広範囲競技だが、さらに『借り物』として必須な一般来場者を制限していないため、その配慮として能力の干渉数値が厳しい。

 

 

(ええいっ。こういうのは<空間移動>が使える黒子の得意分野でしょうが! ったく、せめて同じ学園都市の連中だけが集まってる中ならやりやすいのに!)

 

 

なので、絶大な威力を誇る<超電磁砲>もこんな平和的な競技では十分に発揮できない。

 

だというのに……

 

 

『むっふっふ~、美琴っちは常盤台(ウチ)のエースなんだからね! トップバッターに任命してあげよ~! 皆に勢いづけるよう、切り込み隊長として圧勝してきてねん♪ これは総大将命令だよ!』

 

 

と、エースの宿命も背負わされているのだ。

 

負けどころか、ぶっちぎりのトップでなければ駄目だと鬼の総大将から命を受けている。

 

美琴は給水ポイントに差し掛かってきたが、置いてあったスポーツドリンクは無視して先へ進む。

 

長距離走において、過剰な水分補給は逆に足を鈍らせるだけ。

 

……それに、

 

 

(アイツはどこにいんのよ~!)

 

 

この競技、毎年、借りモノは“探し物”だけではなく“捜し者”もあるためレベルが高い。

 

けれでも、幸いアテがある。

 

美琴は手の中にある紙切れをもう1度開く。

 

指令所に書かれた文字を確かめる。

 

 

(また面倒なものを引き当てちゃったわね。……っと!!)

 

 

指令所から目を離し辺りを見回すと、人混みの先に見覚えのある後姿を発見。

 

この借り物競走。

 

指定された物品が第3者の所有物である場合はその人物に了承を得てから、その第3者と共に競技場に向かわなければならない。

 

が、

 

 

(ようし!!)

 

 

美琴は高反発素材の靴底で地面を蹴り、一気に加速し借り物(ターゲット)との距離を詰めに行った。

 

 

 

 

 

競技場

 

 

 

先ほど、当麻達が棒倒しと行ったのとは別次元の競技場。

 

スポーツ工学系の大学が所有している物らしく、オレンジ色のアスファルトの上に道路に使うような白線が舗装された、公式陸上競技場。

 

客席もスタジアムのような階段式になっていて、報道用のカメラや警備に当たる人数も段違いだ。

 

 

「あー、あー。メイド弁当、学園都市名物メイド弁当はいらんかねー」

 

「さあ、はった、はった。今の所、二重丸は長点上機とウチのオススメの常盤台。それから対抗に、他の5本の指の学校が同率でずらっと並んでるよー」

 

「お、そこの可愛いお嬢さん。彼氏に料理とか作ってる? もし上手くいかないってなら、この包丁を使ってみてよ。このダイヤモンドをコーティングした万能包丁、あらゆるものをばっさばっさとなぎたお、もとい、切り刻むんだっ」

 

 

掃除ロボットに乗りながら弁当を売る見習いメイド少女に、オッズの書かれたホワイトボートにハンチングを被った予想屋気取りの遊び人っぽいオッサン。

 

競技場の周りにはぐるっと取り囲むように出店が立ち並び、何百という数の生徒と父兄達が食べ物を手に右往左往して場所取りに勤しんでいる。

 

そして、そのちょっと向こうに馬券売り場、もとい、賭博場のテントが張られ、そこに多くの学生が流れ込んでいる。

 

……しかし、いくらお祭りといえど学園都市で賭け事、それと、そこで<大覇星祭>には関係ない実演販売している奴は、野放しでも良いのか?

 

 

「さあって! どうやら美琴っち頑張ってるようだねぇ~。うんうん、流石はウチのエースだ」

 

 

「美琴さんは運動も得意ですからね。この調子でいけばきっと1位です」

 

 

と、それはさておき2人の先輩が大画面(エキビジション)から後輩の活躍を見守っている。

 

 

「これは私達も1位を取らなければなりませんね」

 

 

「そうだね。詩歌っち。先輩として後輩に負けないよう、ぶっちぎりで1位取ってやろうじゃないか」

 

 

そして、1番手の選手がスタートして5分後、終盤に差し掛かったのを確認すると運営委員の学生が後続に準備を促す。

 

それを聞き、2番手、上条詩歌がスタートラインに立ち、3番手、鬼塚陽菜が1つ前に進む。

 

どうやらエースに続き、Level5にも負けない秘密兵器な聖母と番長が連続で1位を取り、競技の流れを一気に常盤台に持っていくつもりらしい。

 

彼女達はこの競技では満足に能力を発揮できないが、それでも1位になれるだけのポテンシャルを秘めている。

 

そう、能力がなくても素で個人能力が高いのだ。

 

ふんす、ともう一度気合を入れ、鉢巻きを締め直すと詩歌はスタートを―――

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

初戦を見事な勝利で飾った当麻達は、次の競技の準備があるという青髪ピアスや姫神達クラスメイトと別れ、インデックスと共に詩歌の競技でも見に行こうという事になり、人混みの中をかき分けながら移動していた。

 

 

「とうま、とうま! あれ! あれが食べたいかも!」

 

 

「インデックス。当麻さんのお財布事情に少しは気を使って下さい。っつか、お前さっきあんなに食ってたじゃねーか!」

 

 

当麻は突っ込むがインデックスの視線は相変わらず屋台に向かっている。

 

よく女の子はお菓子は別腹だと言うが、インデックスの場合は1品1品を完全別処理できるような構造になっているのかもしれない。

 

途中、あちこち屋台から漂う芳しい香りにふらふらと釣られるインデックスにおねだりされながら(基本、インデックスは金銭の類を持っていない)、それでも首根っこを掴みながら進んでいた(なので、当麻の小遣いの半分はインデックスの飲食代として消えている)。

 

時間的にまだ余裕はあるがこの後、大玉転がしがあるし、詩歌の出る競技は競技場ではなく、3学区を用いたかなりの広範囲にわたって行われるため、もしかしたら詩歌の姿は見つけられないかもしれない。

 

と、背伸びして周囲の様子を窺おうとした瞬間―――

 

 

「とうまっ!?」

 

 

―――視界が横へ高速でぶれた。

 

何者かが当麻の首の後ろを掴んで勢い良く引っ張って行く。

 

 

「おっしゃーっ! つっかまえたわよ私の勝利条件! わはははーっ!!」

 

 

その何者かの正体は御坂美琴。

 

清楚で慎み深いはずのお嬢様……でなければならないはずなのだが、拉致犯――美琴は目的のものを手に入れて(未承諾だが)、山賊のような笑い声を上げる。

 

 

「ちょ、待…苦じィ! ひ、一言ぐらい説明とかあっても……ッ!!」

 

 

そのままインデックスの前で、2人の姿が人混みに紛れていった……

 

 

 

 

 

競技場

 

 

 

「あのさ、御坂。これって、確か第3者の了承を得て連れてくるように、って、ルールにはなかったか?」

 

 

「あーそんなのもあったわね。でも、事後承諾が駄目とも書いてなかったわよ」

 

 

「……、」

 

 

あれ? これって既視感?

 

 

美琴に腕を引っ張られながら、当麻はふと小首を傾げる。

 

何だか夏休み最終日にも同じような事があったような気がする。

 

理由は簡単に聞かされた。

 

4校対抗借り物競走、その美琴の借り物として、当麻が条件に当てはまったらしい。

 

なので、協力しなさい、と強引に承諾する事になった。

 

 

(あれ? 何で俺、敵に協力してんだろ?)

 

 

と、思いつつも足を動かす。

 

体力的にも問題はないし、インデックスの事が心配だが、まあ、美琴と詩歌は同じ競技に出ている筈だ。

 

詩歌の応援にここに来る事になってたし、後で、探しに行けばいいかと納得する事にする。

 

当麻と美琴――2人は足も速いし、夜通し追いかけっこするほど体力もある。

 

その勢いのまま当麻・美琴組は2位以下を大きく引き離したぶっちぎりの1位で競技場へ入ろうとした―――瞬間、

 

 

「?」

 

 

背後から、……こう、重圧を感じる。

 

何だろ……まるで浮気現場に妻が現れたような……

 

 

「…………」

 

 

何か聞こえる。

 

美琴も気付いたのか少しペースを落として、当麻と同時に後ろへ振り向く。

 

と、

 

 

「あははははははははははははははははははははは!!」

 

 

正気を疑うような地獄の底から湧いてくるのではないかと思えるような笑い声と共に、上条詩歌が包丁を持って追い駆けてくる。

 

 

「「ひいいいいいいいっ!?」」

 

 

焦点を失った瞳に、壊れた笑いを高らかに奏でながら、包丁を振り回しながら駆ける。

 

どこのスプラッター映画だ、とツッコミたくなる。

 

だが、これは現実だ。

 

これは確か、平和的な借り物競走の筈だったのだが、物理的にも精神的にも恐慌を来し、総毛立つ2人は、揃って震える絶叫を放ちながら手を取り合って詩歌から一目散に逃げる。

 

当麻もそうだが美琴も、詩歌が暴走した際は止める事が不可能だと知っているのだ。

 

何が原因かは分からないが逃げないと色々とヤバい。

 

 

「あはははははははははははははははははははははは!!」

 

 

背後からはどうやって呼吸しているのか疑問に思えるほど途切れない笑い声が追い掛けてくる。

 

というか、そもそも詩歌は1レース後の筈……だとするなら、美琴を除く先に出た選手を一気にごぼう抜きしてきたのか!?

 

どんだけ次元が違うんだよ、とツッコミたくなるが、その哄笑が耳元まで超接近しているため、振り返る余裕すらももちろんない。

 

1位はもう確定しているのだが、一秒でも早くゴールして、運営委員に保護してもらわなければ。

 

 

「くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!!」

 

 

さらに、その後ろから赤鬼が、強面の大男を連れてやってくる。

 

 

「ひいいいいいいいいいいいいんんっ!!」

 

 

ドップラー効果で泣き声を残しながら必死に全速力で走る。

 

よく見れば、第3走者の鬼塚陽菜と、その連れである東条英虎だと分かるのだが今の錯乱状態の2人にそんな事を確認する余裕もない。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

「御坂っ!?」

 

 

が、あと少しでゴールテープを切ろうとした時、気が抜けたのか小石に躓き、美琴が転倒してしまう。

 

咄嗟に受け身を取ったので怪我はなさそうだが、それでも体勢が崩れてしまったため、動きを止めてしまっている。

 

この命懸け? の狩りモノ競争。

 

一瞬でも隙を見せれば命取り? だ。

 

全てがスローモーションのように見える。

 

未だ立ち上がれない美琴。

 

視界に占める割合を肥大化させていく狂戦士(しいか)に、その後ろには(ひな)までいる。

 

そして、大きく振り上げられた(ように見える)包丁。

 

 

「――――」

 

 

瞬間、この危機的状況? に当麻の中で種? が割れた。

 

 

「くそっ!」

 

 

即座に背中と太股に腕を差しこみ、当麻は美琴の身体を抱えあげる。

 

俗に言うお姫様だっこというヤツだ。

 

美琴を抱えながら当麻は驚くようなスピードで疾走し、ハンター達から距離を引き離す。

 

 

「あ、ありがと……助かったわ」

 

 

美琴は自分を救いあげた人物に礼を言う。

 

 

「恥ずいかもしんねーが、そのまま掴まっててくれ。こっちの方が速いからな」

 

 

確かに、美琴を抱き抱えたままでも常人以上のスピードで当麻は走っていた。

 

先ほどまでは美琴のペースに合わせていたが、実際は当麻の方が断然に速い。

 

まあ、年上で男だから仕方はないだろう。

 

それに、上条当麻は妹を守るために身体を鍛え上げ、不幸に巻き込まれ<スキルアウト>を撒いてきたので、逃げる事なら誰にも負けない。

 

 

「う、うん////」

 

 

とくん、と胸が高鳴る。

 

逞しい腕の中で、スピードを緩めず、真っ直ぐ前方を見据える当麻の顔を眺めながら、少し顔の赤い美琴はコクン、と小さく頷く。

 

そうして、美琴は……いや、当麻は見事、トップでゴールテープを切った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ぜは―――――ぜは―――――ぜは―――――!!」

 

 

「あれは演技ですよ」

 

 

あれから、美琴を抱えたままゴールした当麻は息も絶え絶えの状態で詩歌の話を聞く。

 

包丁も借り物の『ダイヤモンド』の条件に当てはまるダイヤモンドコーティングの包丁で開始早々運良く競技場附近の出店から見つけてきたらしい。

 

先ほどのはちょっとした場を盛り上げる為のジョークで、のんびりと前を走っている(それでも他の1番手と圧倒的な差をつけてはいたが)美琴に喝を入れる為に一芝居を打ったのだそうだ。

 

ちなみに陽菜も運良く『ヤクザ』のくじを引き当て、それに当てはまる人物を近くで屋台を切り盛りしていた東条を強引に引っ張ってきて、それから詩歌の悪ふざけに乗ったらしい。

 

 

「ふふふ、痒い所はありませんか~?」

 

 

当麻の頭に自分のスポーツタオルを被せながら、両手でわしゃわしゃと汗を拭っていく。

 

子供が濡れた髪を拭いてもらうような仕草に良く似ていて、やや屈辱的だったが、今のオーバーヒートしてエンスト気味の当麻に逆らう余裕はない。

 

それに、バタバタと両手を振って抵抗しても、その仕草が余計に子供臭いので、当麻はもう黙って身を任せる事にした。

 

 

―――ぽにょぽにょ。

 

 

……時々、後頭部に当たる柔らかくて大きいものについては何も考えないようにする。

 

 

(しっかし、演技とはいえ本気で怖かったぞ)

 

 

詩歌は演技だとは言っているが、正直、初戦の棒倒しよりも本気で恐怖を覚えた。

 

あの殺意……本気で“狩り”に来ているのかと思った。

 

全くウチの妹は大した役者である。

 

 

(まあ、目の前で手を繋ぎながら走る2人を見て、イラッときましたけどね……ええ、特に最後のお姫様だっこは割と本気で……)

 

 

「フフ、フフフフ」

 

 

(あ、あれ? 嘘だよね!? 嘘ですよね!? 嘘でございますよね!? 詩歌さん!?)

 

 

妹の身体から滲み出る黒いオーラに当麻は思わず後ずさる。

 

もし、今も包丁(凶器)を運営委員に提出していなければ、この集団監視の中でも土下座を決行していたのかもしれない。

 

……にしても、無茶苦茶余裕である。

 

運が良かったとはいえ、詩歌は先に走っていた美琴以外の第1走者を追い抜き、陽菜に至っては第2走者、第1走者をごぼう抜きである。

 

決して、美琴が1位、詩歌が2位、陽菜が3位ではないのだ。

 

全員がぶっちぎりのトップ。

 

競技も始まって間もないのに、この4校対抗借り物競走に出場している常盤台中学の他の3校のムードはお通夜のように最悪だ。

 

能力しか能がないひ弱なお嬢様と思っていた奴らに、素でこうまで周回遅れをされては士気をどうやって上げればいいのかも分からない。

 

もう勝負は決まったも同然だろう。

 

実際、この後も常盤台の押せ押せムードのまま常盤台中学の学生達はトップを独占していっている。

 

流石に当麻も、ここは土下座でもして、常盤台中学との、美琴との勝負はなかった事にするのか悩みどころである。

 

そうして、詩歌は当麻から離れ、観客席にいる親、上条刀夜と詩菜に手を振りながら表彰式と簡単なインタビューの待ち合い席へと移動していく。

 

 

「ん?」

 

 

と、そこで背中から刺すような感覚が。

 

後ろを振り向くと、そこに選手達にドリンクを手渡している運営委員がこちらをジロジロと見ている。

 

何だ何だ、と当麻はちょっと身構えたが、その時運営委員は小声で、

 

 

「……(上条当麻。一応、『借り物』の指定は間違っていないみたいだけど、よっぽど女の子と縁があるようね貴様は!)」

 

 

「……(その声は……、うわっ! 吹寄サン!?)」

 

 

その運営委員は我らが堅物クラス委員(本当のクラス委員は青髪ピアスだが、実際的なまとめ役は彼女である)吹寄制理だった。

 

半袖Tシャツに短パンを穿き、上から薄いパーカーを羽織った吹寄は一瞬身動きを止めたが、今は仕事中だからか、声を荒げて絡んでくるような事はなかった。

 

なので、小声で、

 

 

「……(皆真剣にやっているのだから、とにかく選手と競技の運営だけは邪魔しないでよ!)」

 

 

そう言って、吹寄は当麻の返答を待たずに、待ち合い席にいる詩歌にスポーツドリンクと酸素吸引用ボンベを手渡しに行く。

 

やはり、というか一応、クラスメイトの筈なのに妹の方が待遇が良いような気がする。

 

 

「ありがとうございます。吹寄先輩」

 

 

「いいのよ、詩歌さん。これも運営委員の仕事なんだから」

 

 

「それから、初戦おめでとうございます。先輩の指揮、お見事でした」

 

 

「あら、そう。うふふ」

 

 

ほら、絶対に自分には見せないような笑顔を見せているし。

 

何で、こう対応が真逆なのだろうか? と当麻は2人の様子を遠目で見ながら首を捻る。

 

 

「何、鼻の下伸ばしてんのよ、アンタ」

 

 

と、今度は転んだ際、足の具合を診てもらっていた御坂美琴が少しムッとしながらやってきた。

 

当麻は何やら不機嫌な美琴の方へ振り返って、

 

 

「は? 鼻の下を伸ばしてるって何だよ」

 

 

「ふん! さっきからあの2人の……」

 

 

途中から声が小さくなり、最後の方は全く何を言っているのか聞こえない。

 

ただ美琴は、詩歌と吹寄のモノを見て、次に彼女のモノを見ながら、『私だって、大人になればあれくらい大きくなるわよ』、とゴニョゴニョ口籠っているが何の意味かさっぱり分からない。

 

思春期の女の子特有の悩みなのだろうか?

 

 

「ところで御坂。足は大丈夫なのか? 怪我とかしてなかったか?」

 

 

「だ、大丈夫よ!」

 

 

急に美琴は自分の身体を抱きしめるように両腕を組みながらそっぽを向く。

 

顔もどことなく赤くなっているような…

 

うん? なんだろう?

 

これは………………怒らせたのか?

 

プライドの高い彼女の事だから色々と余計なお世話だと思われたかもしれない。

 

それに、いくら危機的状況だったとはいえ、この衆人環視の中、強引に抱える(お姫様だっこ)のはやっぱり不味かったか……

 

もしかするとビリビリが来るかも!?

 

 

と、全く見当違いな方向へ進んでいく当麻は雷撃対策として徐々に美琴から距離を取ろうとする。

 

 

「そっちこそ大丈夫? 疲れていない?」

 

 

だが、帰って来たのはビリビリではなく、気遣いの言葉だった

 

いつものようにこちらに強気でつっかかってくる対応とは、大違いだ。

 

あれ? 頭打ったっけ、コイツ? と当麻は少々訝しむが、

 

 

「いや、別にそれほど疲れちゃいねーよ。……まあ、少し喉が渇いてるけどな」

 

 

「そう、なら―――」

 

 

美琴は選手に配給されたストローの付いたドリンクボトルを差し出そうとしたが、ふと飲み口を見て、手が止まる。

 

美琴は詩歌の対応が終わり、順位の記録付けを行っている運営委員の吹寄と視線を交わし、スポーツドリンクのボトルを軽く揺らす。

 

が、首は横に振られた。

 

1人の選手が2本以上のドリンクを要求するのは規則で禁止されているのだ。

 

 

「………………………………………………、」

 

 

美琴はしばらくそのまま固まっていたが、折悪しく、何やら喉に埃が入ったようにケホケホと咳き込み始めた当麻の様子を見て、うっ、と怯む。

 

そして、数秒、ぶるぶると震えると、

 

 

「ええい! し、仕方ないからあげるわよ! ほら!!」

 

 

「ぐあーっ!!」

 

 

ぐいーっと当麻のほっぺたにドリンクボトルの側面を押しつけた。

 

ストローから噴水のように液体が飛び出した気がするが美琴は見ておらず、そのまま顔を真っ赤にしながら当麻に背を向けて表彰台の方へ消えていく。

 

その様子を見て、吹寄は無言のまま、思い切り軽蔑の舌打ちを鳴らすが、やはり今は運営委員の仕事優先なので、彼女は次の選手を迎える為の準備に向かっていく。

 

そして、もう1人。

 

 

「ッ!?」

 

 

ビクッ、とハンターに見つかった野兎のように当麻の身体が跳ねる。

 

そして、待ち合い席の方へ視線を移動させると、詩歌が“ニッコリ”と微笑み(けれども目は全く笑っていない)口ぱくで、

 

 

―――あとで、お話があります。

 

 

当麻はしばらく雲1つなく晴れた大空を見上げる。

 

うん。

 

狩りはまだ終わってなかったのか……

 

死ぬにはもったいないほどいい天気だ。

 

 

「不幸だ……」

 

 

はは、と当麻は乾いた笑みを浮かべると競技場の出口へと向かう。

 

美琴や詩歌は表彰されるのだが、当麻の存在はパン喰い競争で言うならパンでしかなく、競技が終わればもう用済みである。

 

まあ、(しいか)が表彰される所は兄としてしっかりと見ておきたいところだが、インデックスの事がある。

 

インデックスをあの屋台地帯に放置すると色々と大変な事になりそうだ。

 

貰ったスポーツドリンクをチューチュー吸いながら、インデックスの携帯電話に取り付けられた迷子捜索アプリを開こうとするが、

 

ふと、風に流されて紙切れが飛んできた。

 

借り物競走の指令書だろう。

 

ダントツ1位の美琴、詩歌、陽菜以外にまだ後続は着いていないし、先ほど詩歌と陽菜から指令所は見せてもらったから、消去法でこれはおそらく美琴の物だ。

 

吹寄もクリップボードに何か記録を書き込んだ後だし、もはや必要はないのだろうか。

 

放っておいても清掃ロボットが処理するだろうが、何となく当麻は燃えるゴミを拾ってみる。

 

 

(な……、)

 

 

そこに書いてあったのは、

 

 

『第1種目で競技を行った高等学生』

 

 

(なんじゃ、こりゃー……。た、確かに『棒倒し』は開会式の後すぐにやったけどさ。俺以外にも条件の合いそうな人間なんて、軽く10万人以上はいそうな気がするんだが……俺が走らされた、のは、一体……?)

 

 

ずどーん、と急速に疲労が溜まっていく当麻は、肩を落としてトボトボと出口へ向かう。

 

向かいながら、あれ? でも何で御坂は俺が棒倒しやってた事を知ってんだろう? と疑問に思うが、

 

ま、詩歌にでも教えてもらったんだろう、と。

 

が、詩歌が競技場についた時、競技開始直前で美琴と話をする機会が全くなかった事を当麻は知らない。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

病弱なヒロインのように車椅子に座ったツインテールの少女――白井黒子。

 

と、車椅子を押す小柄で頭に大きな花畑が咲き乱れている少女――初春飾利が、<大覇星祭>で混雑している大通りの中にいた。

 

彼女達は学園都市の治安維持組織の1つ<風紀委員>の同僚。

 

そして、黒子は常盤台中学でも割と上位に食い込んでいるLevel4の<空間移動>の能力者で今年の<大覇星祭>でも1年生ながらにして主力として数えられていた。

 

……しかし、黒子は数日前のとある事件で受けた傷が完治していないため、<大覇星祭>には参加していない。

 

だから、病室で先輩達、特にお姉様の2人の活躍をTVから応援することしかできないはずだったのだが。

 

 

「入院中のわたくしをわざわざ連れ出してどうなさるおつもりですの、初春」

 

 

「いやぁ、私達が炎天下で頑張っている最中に、エアコンの効いたお部屋の中で白井さんが1人ぼっちで休養を取っている姿を想像すると、居ても経ってもいられなくなっちゃって。、白井さんにもお仕事手伝って欲しくなってしまったんですよ。てへへ」

 

 

「……、素敵すぎる友情をありがとうですわ。傷が完治したら真っ先に衣服だけを<空間移動>して素っ裸にして差し上げますから、心の底から楽しみにしていてくださいですの」

 

 

容赦ない日差しに黒子はぐったりした調子で答えたが、正直<大覇星祭>というイベントの中で自分だけ病室に……なんていうよりは良かった。

 

1人でゴロゴロするしかない病室は割と退屈だったのだ。

 

だから、初春の強引な申し出は嬉しく思っていた。

 

ただ、それを初春に悟られるのは死んでも回避したい。

 

この前、黒子の敬愛する大お姉様――詩歌が初春に何かを拭き込んだらしく、色々と大変だった。

 

まあ、そのおかげで初春は本調子に戻った……というか、今の様子から察するに調子に乗り過ぎているような気がする。

 

何にせよ、ああいうのはもう2度とごめんだ。

 

と、そんな黒子の耳に、競技場のアナウンスが聞こえてきた。

 

デパートの壁に付けられた大画面(エキビジション)のものだ。

 

生中継ではなく、少し前の競技のハイライトを流しているらしい。

 

聞き取りやすい、男性の声が説明を続けている。

 

 

『4校合同の借り物競争でしたが、やはりというか期待を裏切らないというか、常盤台中学の圧勝でした。中でも序盤の選手は他に比べて周回遅れをするという圧倒的な差をつけた状態でのゴールという快挙を成し遂げ―――』

 

 

パッと画面のモニターにどこかの陸上競技場が映る。

 

選手の顔はカメラに撮られていて、名前も公表される。

 

ちなみにそれは全世界で放映されているので、活躍すればとてつもなく知名度が上がりそう……と、思われがちだが、別にそんなことはない。

 

選手総数は180万人を超え、競技自体もオリンピックのような歴史に名を残す競技ではないのだ。

 

あくまでも運動会の延長、言うなれば、プロへのスカウトのない甲子園のようなもので、その場限りで盛り上がり、その時が過ぎれば普通に戻るのが、正しいギャラリーのあり方だ。

 

なので、黒子は大して大画面に興味はなかったのだが、

 

 

『―――第1走者1位の御坂美琴選手、第2走者1位上条詩歌選手、第3走者1位鬼塚陽菜選手。御坂美琴選手は若干アクシデントに見舞われたようですが、3人共、ゴールした後も体勢を崩すことなく余力のある様子を見せてくれました』

 

 

ガバッ!! と黒子は瞬間的に大画面の方へ振り返る。

 

スポーツ車椅子を押していた初春が、ビクゥ!! と震えあがるほどの勢いで。

 

 

「お姉様 大お姉様 お姉様(五七五)! やはり完全なる圧勝という形で、その躍動する肢体を皆へ見せつけていますのね! 生はおろか録画すらもしてないこの不出来なわたくしをお許しくださいですの!!」

 

 

キラキラキラキラァッ!! と黒子の両目が輝きまくる―――が、

 

 

『一緒に走ってもらった協力者さんを労わる所も好印象でしたね。この辺りが名門常盤台中学の嗜みと言った所でしょうか』

 

 

なんだと? と黒子の頭に『?』が飛び交う。

 

そして、次の瞬間、画面が切り替わり、映像が流れたおそらく録画だろう、ゴールした後の様子が映っている。

 

 

(んな……ッ!?)

 

 

白井黒子は見た。

 

御坂美琴が男子生徒にお姫様だっこされながらゴールテープを切ったのを。

 

上条詩歌が男子生徒の身体を自分のスポーツタオルで丁寧に拭ってあげているのを。

 

御坂美琴が男子生徒に自分が口を付けたスポーツドリンクを手渡しているのを。

 

 

(あんの若造が……ッ!?)

 

 

その後、2周抜かしという偉業を達成した鬼塚陽菜の話題へと移ったが、もう黒子は聞いていない。

 

身体から真っ黒で邪悪な炎のような嫉妬オーラを放出しながら、黒子は、大画面に映っていた幸福過ぎる男子生徒の顔を思い返す。

 

超見覚えがある。

 

というか、そいつは黒子の抹殺リストで堂々のトップを飾っている愚兄だ。

 

ガターン!! と白井黒子は渾身の力を込めてスポーツ車椅子から勢い良く立ち上がると、

 

 

「こっ、殺す! 生きて帰れると思うなですのよ!! それにしてもお姉様まで、公衆の面前であんなに頬を染めたりしまうだなんて! 悔しいったらありゃしませんわーっ!!」

 

 

「ちょ、待っ、白井さん!! 落ち着いてください!!」

 

 

少年漫画的に怒りで何かに目覚めかけている白井黒子と半泣き寸前の初春飾利がギャアギャアと騒ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「あははー……どうしよっか、あれ」

 

 

その様子を遠くから窺う2人の友達――佐天涙子。

 

偶然、見かけたのは良いが……

 

うん。

 

声を掛けるのはもう少し後……この騒ぎが収まってからにしよう。

 

初春には悪いけど……

 

ますます向こうがヒートアップしていく中、<大覇星祭>もますます盛り上がりを見せていく。

 

 

 

つづく


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