とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 開会式

大覇星祭編 開会式

 

 

 

道中

 

 

 

9月19日。

 

<大覇星祭>開催日。

 

平日の早朝であるにも拘らず、すでに街中は学生達の父兄で溢れ返っている。

 

外部見学者対策として、一般車の乗り入れの禁止や、学園都市での交通機関の便を増やす事で、外部見学者達はスムーズに学園都市に入る事が出来たが、それでもどこもかしこもラッシュアワーの駅のホームのような有様だ。

 

それほど<大覇星祭>の人気は高い。

 

が、それだけではないだろう。

 

この年に数回しかない学園都市の開放日、『外』にいる親御さん達は子供達に会う事ができる数少ない機会なのだ。

 

と。

 

学園都市に子供達の姿を見に、3人組の男女が歩いていた。

 

 

「おおっ、母さん、それに御坂さん。やはり何度来ても圧倒されますなぁ、学園都市って言うのは。子供の頃にクレヨンで描いた世界がそのまま広がっているような気がするよ。これでチューブの中を走る列車とか、空飛ぶスケボーなんかがあると完璧なんだが……」

 

 

そう言ったのは、上条刀夜。

 

とある兄妹の父親である。

 

地味なスラックスに、袖を肩まで捲り上げたワイシャツ。

 

贈り物らしき実用性に欠けるセンスのネクタイは緩めてあり、愛娘と愛息子から父の日の贈り物で送られてきた帽子を被り、履き潰した革靴の底がペタンペタンと情けない音を立てている。

 

そして肩にはビデオやカメラ、三脚、と子供達(特に娘の方を)を記録する道具を詰め込んだショルダーバックをかけている。

 

その刀夜に対して、

 

 

「あらあら。私の思い描く近未来にはまだ届いていない気がするのだけど。だって巨大宇宙船艦や人型兵器が連合とか帝国とかに分かれて戦ったり赤や青のカラフルなビームが飛んだり宇宙空間なのにピキュンピキュン音が鳴ったりしないでしょう? あと蛍光灯みたいなサーベルも見てみたいのに」

 

 

答えたのは、上条詩菜。

 

とある兄妹の母親である。

 

刀夜に比べて二回りぐらい若く見え、服装も並んで歩くには違和感を覚えさせる。

 

絹が何か、薄く滑らかな生地で繊細に作られた、足首まである長いワンピース。

 

その上からゆるりと羽織ったカーディガン。

 

そして、首元にはこれも子供達から母の日に送られてきた花をあしらったブローチが付けられている。

 

弁当でも入っているのか、腕には籐のバスケットの取っ手を通してある。

 

頭に載った鍔広の帽子も相まって、やたら上流階級な匂いを漂わせている。

 

2人は夫婦というより、貴族の令嬢と雇われの運転手のように見えた。

 

 

「母さん、それが『近』未来と呼ばれるのはまだずっと先の時代だろう。光熱源ブレードぐらいならこの街にもありそうだが……まぁ、物騒な話はやめにしよう。こういう雰囲気は良いものだ。壊すのが無粋というものだろう。っとそれよりも早く子供達を見つけなければ」

 

 

と、刀夜は子供達の姿を捜そうと周囲をぐるりと見渡す。

 

空には、ポンポンと白い煙だけの花火が上がっており、ヘリコプターが飛んでいる。

 

所々に『外』のマスコミの撮影のための野外スタジオが建てられている。

 

<大覇星祭>は『外』にも一般公開される事が許可されており、その視聴率はワールドカップやオリンピックにも匹敵する。

 

 

「そうですね。ウチの美琴も一体今はどこにいるのやら……。あ、確か、詩歌ちゃんが指定した待ち合わせ場所はこの辺ですよね」

 

 

答えたのは、御坂美鈴。

 

とある少女の母親で、上条夫妻とは近所同士のお付き合いである。

 

一児の母親とは思えないほど(それを言うなら詩菜もそうだが)若々しく、大学生くらいに見える(実際に大学に通っているのだが)。

 

淡い灰色のワイシャツに、薄い生地でできた漆黒の細長いパンツ。

 

デザインはシンプルだが、一目で高級ブランドの匂いを感じさせる一品で、この格好なら社長室のいすに座っていてもおかしくはない印象すらある。

 

が、衣服に反して中身に堅い雰囲気はなく、むしろ不良少女が無理矢理来ているような印象があった。

 

いつもだらけたスーツのまま社運をかけた取引に向かう刀夜とは対照的な女性だ。

 

ちなみに、美鈴の大学受験や、刀夜の仕事の都合等で、彼らがこうして一同揃って<大覇星祭>で子供達の様子を見にいくのは初めてである(これも彼らの息子と娘が長年知り合いにならなかった要因の1つでもある)。

 

それと、彼の夫であり、とある少女の父親である御坂旅掛は今は日本を離れているためここにはいない。

 

 

「え、っと。……ちょっと待って下さい、もう一度確かめてみますので」

 

 

刀夜はゴソゴソと海外旅行並みに厚い<大覇星祭>のパンフレット、ではなく、娘から送られてきたお手製の小冊子を取り出す。

 

携帯電話で連絡を取ろうかという案もあるのだが、開会式間近と言う事もあって電源を切っているのかもしれない。

 

でも、この小冊子にはスケジュールや地図、移動の仕方まで事細かく簡潔にまとめてある。

 

刀夜は待ち合わせについて書かれたページを目で追い駆け、

 

 

「あれ? それって詩歌ちゃんが作ったんですか? 良く出来てますね。にしても、ウチの美琴の奴は、パンフレットも送らず……。折角大学に休学届を出してここまで来たっていうのに!」

 

 

美琴ちゃんは確か中学2年生だし、思春期で、色々と気難しい時期に入っているのか? と刀夜は小冊子を読みながら適当に考えていたが、不意に美鈴がズズイと接近してきた。

 

刀夜に肩をぶつけるように、彼の広げているページを覗きこむ。

 

無防備な彼女のほっぺたが刀夜の無精ヒゲの生えた頬とぶつかりそうになった。

 

女性の柔らかい髪の毛が僅かに刀夜の耳をくすぐる。

 

その柔らかい髪から、ほのかに甘い匂いがした。

 

刀夜が慌てて顔を逸らすと、

 

 

「あらあら、刀夜さん。またですか?」

 

 

「か、母さん? ま、またとは何かな?」

 

 

刀夜が慎重に訊き返すと、詩菜は片手を頬に当てて、心の底から悲しそうな溜息をついた。

 

しかもその顔からやたら陰影が強調され始めているような気がする。

 

さらに、

 

 

「父さん……」

 

 

「し、詩歌?」

 

 

と、そこに赤い鉢巻きを付け、ジャージを肩に羽織った体操服姿の娘の姿を視界の端で捉えた。

 

刀夜の娘、上条詩歌が諦めきった冷えた視線を刀夜に突き刺している。

 

再会して早々、父としての威厳が底を突き抜け、マイナスに入っているような気がする。

 

うん、やはりこの年頃の娘と言うのは扱いが難しいのかもしれない。

 

時々、仕事先で御坂家の大黒柱、旅掛に会うたびに互いに気難しい思春期の娘がいる同士、『父として足りないものは何か』を議題に酒を呑みあう事があるが結論はまだ出てこない。

 

妻と娘の顔が千円札や五千円札に描かれた肖像画もびっくりな迫力を見せてはいるが、

 

 

(母さんこわーっ! だ、だけど、だけど母さんの軽い嫉妬も可愛らしいし。だが、娘もこわいし、うん、でも、やっぱり詩歌は母さんとよく似ているな。将来はきっと母さんにも負けないくらいの美人になるに違いない。っとここはどう動くべきか!?)

 

 

と、どう現状を打破すべきか悩んだ所で、

 

 

「あれ? 詩歌ちゃんじゃなーい! 久しぶりねー! 元気にしてたー?」

 

 

小冊子を見ていた美鈴が声を上げ、詩歌に再会のハグをする。

 

こういう所を見ると、本当に美鈴は大学生のお姉さんにしか見えない。

 

 

「はい。お久しぶりです。美鈴さん。母さんも今日は来てくれて嬉しいです」

 

 

「ふふふ、詩歌さんもお元気そうで。それと、当麻さんと美琴さんは?」

 

 

どうやら、詩歌が来てくれた事により、刀夜から興味が逸れたようだ。

 

が、

 

 

(た、助かった。でも私は何でちょっとガッカリしているんだろう? それから私だけ挨拶を跳ばされなかったか?)

 

 

と、密かに脱力しつつも心の中で首を捻る刀夜であった。

 

 

「はい。当麻さんは先ほど近くにまで来ている、と連絡が来ましたのでそろそろこちらに来るかと。それと途中まで美琴さんと一緒にいたのですが、この混雑の中を歩いていたら逸れてしまいまして。でも……」

 

 

感覚を研ぎ澄ませるように少しの間だけ瞑目すると、

 

 

「!! あそこにいますね」

 

 

視線を人混みの中、その大部分がデザインが違うものの同じ体操服で赤か白の鉢巻きをつけている学生。

 

だが、詩歌の視界は目的の人物を真っ直ぐ捉えていた。

 

 

「お、詩歌は勘が良いな」

 

 

刀夜は娘の勘の良さに感心する。

 

と、そこに、

 

 

「ふふふ、竜神家の女は勘が良いんですよ。特に“恋愛沙汰”に関してはね……」

 

 

詩菜の平坦な声が聞こえる。

 

竜神家の血を引く娘と自分に“浮気”は一切通じませんよ、と暗に示すように。

 

 

「どうしたんですか、刀夜さん? 顔色が良くありませんよ?」

 

 

「……いや、母さん。何でもない」

 

 

何となくだが、刀夜は娘の将来を不安に思い、息子に同情の念を送った。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

詩歌と同じランニングパンツに、ジャージは羽織ってはいないが本格的な陸上競技用のユニフォームを着ている肩まで茶色い髪の女の子がいる。

 

詩歌の後を追うように3人も視線をスライドさせると、

 

 

「あら。あれは当麻さんじゃありません?」

 

 

女の子の隣に見知った我が息子の黒いツンツン頭も見える。

 

彼も当然、<大覇星祭>の参加者であるため、当然ながら半袖短パンの体操服だ。

 

だが、間に雑踏を挟んでいるため、向こうにいる子供達は詩歌と親の姿に気付いていないようだ。

 

しかし、相当の大声で話しあっているらしく、言葉だけは鮮明に届いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、結局アンタって赤組と白組のどっちなの?」

 

 

「あん? 赤だけど。そういや、詩歌も赤だったし、御坂も赤なのか」

 

 

「そ、そうよ」

 

 

「おおっ、そっかー赤組か。って、詩歌と同じなんだから当然だよなー」

 

 

「じゃあ、あ、赤組のメンバーで合同の競技とかあったら―――」

 

 

「なんつってな! 実は白組でしたーっ!!」

 

 

「……ッ!?」

 

 

「見ろこの純白の鉢巻きを! 貴様ら怨敵を1人残さず葬りさってやるという覚悟の証ですよ!! っつか共闘なんてありえないね。チューガクセーだろうがコーコーセーだろうが、そして、妹だろうが知った事か! たまには兄としての威厳も示してやんねーとな。ボッコボコに点を奪ってやっから覚悟せよ!!」

 

 

「こ、この野郎!! ふん、人を年下だと思って軽く見やがって。白組の雑魚共なんか軽く吹っ飛ばしてやるんだから!!」

 

 

「吹っ飛びまーせーんーっ! っつか、詩歌ならとにかく、もしお前に負けるような事があったら罰ゲームを喰らっても良いし! 何でも言う事を聞いてやるよ!」

 

 

「い、言ったわね。ようし乗った。……何でも、ね。ようし」

 

 

「まーァあ常盤台中学のお姉様ったら! どうせ勝てもしないくせに希望ばかりが大きい事! その代わり、お前も負けたらちゃんと罰ゲームだからな」

 

 

「なっ。そ、それって、つまり、な、何でも言う事を……」

 

 

「あらー? 揺らいじゃうかな御坂さーん? オネーサマがたった今ここで放った大口にはそれぐらいの自信しかなかったのかなーん?」

 

 

「……良いわよ。やってやろうじゃない。後で泣きを見るんじゃないわよアンタ!」

 

 

「そっかそっか。その台詞が出てきた時点ですでに負け犬祭りが始まってますなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

何だとビリビリィ!! と雷撃混じりでぎゃあぎゃあと騒ぐ二人組を、父兄達は固まったまま見送る。

 

どうやら彼らの思い描く子供の理想像とは少しギャップがあったらしい。

 

上条詩菜はほっぺたに片手を当てて、

 

 

「あらあら。……言葉を巧みに操り、年端もいかない美琴さんにあんな無茶な要求を通させてしまうとは、一体どこのどなたに似てしまったのかしら。あらいやだ、母さん学生時代を思い出しちゃいそう」

 

 

上条刀夜はズドーン、とショックを受けた顔で、

 

 

「そ、そんな。女子中学生に対して勝ったら罰ゲームで何でも言う事を聞かせるだなんて、一体どんな命令を飛ばす気なんだ当麻ーっ!!」

 

 

御坂美鈴は片手をおでこに当てながら、

 

 

「若いっていうか青いわねー……ってか、ウチの美琴ちゃんと当麻君って、こんなに仲が良かったっけ、詩歌ちゃん?」

 

 

そして、上条詩歌は色々と思いの籠った溜息を吐き、父兄の前だと必死に己を抑えながら、

 

 

「ええ、まあ、色々とあって最近はあんな感じです」

 

 

そんなこんなで、7日間にわたる学園都市総合体育祭<大覇星祭>が始まる。

 

 

 

 

 

サッカースタジアム

 

 

 

体育学校の付属施設であるこのサッカースタジアムで今、開会式が始まっている。

 

といっても、いくら巨大なサッカースタジアムといえど180万人の学生達をいっぺんに収容できるはずなどなく、300か所以上の施設に分けて同時に行われている。

 

一応、このサッカースタジアムが中心で、選手宣誓もここで行うらしいのだが、その前に何人もの校長先生のお話や何通もの電報が読まれている。

 

と、学生達が炎天下極まる残暑の下で、校長先生のお話を聞いている中、老齢な女教師がその様子を画面越しから見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「綿辺先生!」

 

 

開会式の様子を画面を通して見ていたら、背後から声をかけられた。

 

振り向くと、少女が、とてとて、と駆けよってくる。

 

見た目からして小学生低学年かと思われるのだが……

 

 

「お久しぶりですー! 今年もついに始まりますねー!」

 

 

「月読“先生”」

 

 

そう先生だ。

 

姿格好、話し方全てにおいて小学生にしか見えないが、大学も卒業しており、とある高校のベテランの教師だ。

 

が、

 

 

「どうされたんですか? その格好……」

 

 

「えへへー、チアガールですよー」

 

 

服装が何故かチアガールだった。

 

フリフリとボンボンまで用意していて気合十分といったところである。

 

しかし、彼女はこう見えても常盤台中学でも通用する優秀な教師だ。

 

きっと、こんな服装なのも生徒達と一緒に<大覇星祭>を盛り上げようとしているのだろう。

 

本当に……生徒想いの良い教師だ。

 

だから、彼女は……

 

 

「そういえば、月読先生。来年から、ウチの問題児がそちらに進学するようで」

 

 

「鬼塚ちゃんですかー? いえいえ、ちょっぴりやんちゃなのかも知れませんがあの子はとってもいい子ですよー。それに私の専攻は<発火能力>ですから。彼女の担任になれないのが残念ですよー」

 

 

「まあ、そうですね。もう少し大人しくしてくれれば、言う事無しだったのですが……」

 

 

あの常盤台中学きっての問題児をやんちゃの一言で済ませるとは流石。

 

懐が大きく、彼女の所には頻繁に家出少女が転がり込んでおり、夏休み前までは、名門霧ヶ丘女学院の生徒を面倒見ていたらしい。

 

それに彼女は多岐にわたる心理学や、AIM拡散力場の研究者でもあり、専攻は<発火能力>。

 

学園都市最強の発火能力者の鬼塚陽菜とは相性が良いのかもしれない。

 

 

「……それと、ご存知かもしれませんが、もう1人。鬼塚さんとは別の意味で“手のつけられない”子が進学します」

 

 

「んー? 綿辺先生程の先生が手のつけられない問題児なんていましたっけー?」

 

 

「問題児、という訳ではないのですが……上条さんの事です」

 

 

常盤台中学は学園都市でも屈指の名門校。

 

毎年、大勢の大変優秀な生徒が入学している。

 

だが、それでも天才と呼ばれるような他の生徒とは一線を引くようなカリスマを持つ者は少なく、1学年に1人か2人が良い所だ。

 

天才というのは環境だけではなく、生まれついてのものがなければなれないものなのだろう。

 

その天才の中でも、『上条詩歌』は非常にやりがいのある生徒だったと言える。

 

綿辺が今まで見てきた中でも、屈指の才を誇り、おそらく百年に一人の天才だ。

 

非常に貪欲で教師達が教える事を吸収していき、さらには興味を持った事ならとことん突き詰めていく。

 

が、彼女はその先へ行き過ぎた。

 

彼女はこの常盤台中学で学べる事は全て習得してしまうどころか、常盤台中学の名教師とも言える連中すらも追い抜いてしまったのだ。

 

天才だと言われている生徒でさえも教えてこれたのに、『上条詩歌』という天才にはもう教えられない。

 

授業では、指せば教師の望んだ以上に120点の解答を出してくれるので進行を進めるのに助かる生徒なのだが、自分よりも優秀な人間に教えるという行為は劣等感が刺激させられる。

 

逆に、授業をしているはずなのに教えられることも多々ある。

 

それでいて誰にも慕われる、そう教師よりも慕われる人格者だ。

 

同じ天才であるLevel5の2人でさえも『上条詩歌』は制御している。

 

教師の中には授業計画の相談までしている者さえいる。

 

それ故に『完璧』。

 

もう教師では、常盤台中学では手の施せる事ができないから『完璧』なのである。

 

教師も彼女に負けず努力するのだろうが、その異様な成長速度にはついていけない。

 

追い抜かれたらもう“手のつけようがない”。

 

唯一欠点があるとすれば、能力の強度なのだが……

 

 

(上条さんは明らかに何かを隠しておりますしね)

 

 

気付いているのは自分だけなのかもしれないが『上条詩歌』には不可解な点がいくつかある。

 

あれほど能力について精通している彼女が、自身の能力をいつまでもLevel3に留まらせているのはおかしい。

 

人に物事を教えると言う事はかなりその物事について理解していなければ出来ない。

 

あの<超電磁砲>さえも能力について教えられるほど優秀な理解力を持っているというのに彼女はLevel3。

 

おそらく、いや、きっと彼女は学園都市に何人かいるとされている素性を隠している能力者の内の1人だ。

 

彼女の事だから、教師である自分にも隠しているのは何らかの訳があるのだろう。

 

それに彼女は学生だけでなく教師、研究者を含めても能力開発に関してはトップクラス。

 

だから、もう自分には……

 

 

「月読先生、上条さんを生徒に持つという事は非常に危険なのかもしれません」

 

 

天才の扱いになれている5本の指の名門校でさえも『上条詩歌』には手がつけられないのだ。

 

もし、何の変哲もない学校で、天才というのに出会った事がない教師が彼女の担当になれば、その教師の尊厳は折られてしまうのかもしれない。

 

と、そんな綿辺先生の不安を察しながらも小萌は、

 

 

「大丈夫ですよー。詩歌ちゃんはとてもいい子ですし、設備は悪いのかもしれませんけど、ウチの教師は生徒に真正面から向き合っている方たちばかりですー。きっと、綿辺先生ご自慢の秘蔵っ子を受け入れられると思いますよー」

 

 

「自慢…ですか?」

 

 

綿辺先生は『上条詩歌』の事を『完璧』な生徒である、と称しているが、自慢とまでは…自身の功績としてあげていいものかまでは…

 

 

「はい! こうやって進学先になるとこにまで気を使うなんてよっぽど詩歌ちゃんの事が気にいっているんですねー! 詩歌ちゃんも言ってましたよー。綿辺先生には勉強以外の事も含めてたくさんの事を教えてもらい、いつも気を使ってもらってる、って。ここまで成長できたのは綿辺先生の力添えがあったからこそだってー」

 

 

「――、」

 

 

小萌の、いや、生徒からの言葉に綿辺先生はしばらく言葉を失くす。

 

 

「まだ、泣くのは早いですよー、綿辺先生。詩歌ちゃんはウチの高校に進学するつもりですけど、まだ綿辺先生の子なんですからー」

 

 

『上条詩歌』は天才だ。

 

教師としてもう自分に教える事や大人として彼女のために役立てる事はないのかもしれないが、それでもやはり、

 

 

『お疲れ様です、綿辺先生。これ日頃の感謝のお礼です』

 

 

自分が見てきた生徒の中で誰よりも努力してきた頑張り屋で、彼女に能力開発の分野を最も教えてきた綿辺先生にとって、どこへ出しても恥ずかしくない自慢の生徒には変わりない。

 

 

「すみません……月読先生」

 

 

教師人生の中で、1番の教え子が自分の許から去る。

 

彼女との日々を思い返し、そして、その事実を改めて知り、断りを入れると目元を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、肝心の選手宣誓だが、

 

 

「消える事のない絆を……絆を……―――あー、なんだっけな? ―――ま、いっか。消える事のない絆とかの色々は漲る根性とかでどうにかして!」

 

 

とある漢の、

 

 

「日頃の鍛錬と根性の成果を十分に発揮しっ」 「日頃学んだ成果を発揮し……」

 

 

熱い根性による、

 

 

「その雄姿と根性を性根の腐った奴らに見せつけてっ!!」 「己の成長した姿を見せる事で父兄への感謝を表し……」

 

 

全てを気合で解決する気合論、

 

 

「この大会が最高に根性の入った思い出になるようっ!」

 

 

ならぬ根性論(アドリブ)によって、

 

 

「あらゆる困難障害艱難辛苦七転び八起きが立ちはだかろうともっ……―――全て根性で乗り切ることを誓うぜっ!!!!!」

 

 

―――バゴーーンッッ!!!!!

 

 

爆発した。

 

本当に爆発した。

 

 

「俺の根性見ていてくれ!!!!」

 

 

最後に、校長先生のいる壇上ではなく、今の爆発で吹っ飛んだ学生でもなく、選手側、斜め後ろに振り返り、とある少女に向けて、熱く滾る双眸と力強い拳を突き出す。

 

誰かへのメッセージなのか?

 

受け取った彼女もいつも通りにこにこしながら手を振り返すと、それで満足したのかゆっくりと壇上に振り返る。

 

漢――削板軍覇の根性論(アドリブ)は宣言通り、選手宣誓を根性、とかいう訳の分からない理不尽な力で乗り切った。

 

が、

 

 

 

 

 

 

 

「…失敗だったみたいですねー」

 

 

「ええ」

 

 

やっぱりLevel5によるデモンストレーションは失敗だった。

 

そして、もう1人のLevel5は『喰われた……』と、こちらも色々と失敗してしまったようである。

 

 

 

 

 

聖ジョージ大聖堂

 

 

 

<大覇星祭>の開会式でお偉い方、名門校の校長先生などが参加しているが、この学園都市の最高責任者は顔も見せる事はなく、声ですらも聞かせる事はない。

 

また、見てすらいない。

 

学園都市統括理事長『人間』アレイスター。

 

彼は、今、この聖ジョージ大聖堂の最高責任者と現在、学園都市にいる『科学』とは別の法則で動く侵入者の対策について話し合っていた。

 

 

「そちらが現在、一般の来場者を招き入れたるのは分かりているわ。そしてそのせいで、警備を甘くせざるを得ないのも」

 

 

……真剣な話題なのに、ふざけた口調を扱う、いや、それしか扱えない(その事を以前部下にきつく叱られたばかりなのに)ローラ=スチュアートはこの聖ジョージ大聖堂、魔女狩りに特化した組織<必要悪の教会>のトップである。

 

こんな少女(実際は見た目通りの実年齢ではないが)がトップとして会談に出ているなんてあまりに無礼で馬鹿馬鹿しいのかもしれないが、モニターに映っている学園都市のトップであるアレイスターも真っ赤な液体で満ちている透明な、円筒形の水槽に逆さまで浮かんでいるため、どちらもどっこいどっこいなのかもしれない。

 

とりあえず、話を進める。

 

学園都市全体で行われる大規模な体育祭、<大覇星祭>の運営スケジュールを円滑に滞りなく進める為、警備にある程度の『遊び』を入れていた。

 

だが、

 

 

「その隙間を縫いて、学園都市(そちら)に魔術師が手を出した。イギリス清教(こちら)の情報筋によりけりば、今の所、確認せしは2名との事。ローマ正教の重役と、彼女に雇われたる運び屋ね」

 

 

『運び屋、か。確認するが、これは戦闘や破壊を目的とした工作員ではないと言う事か』

 

 

「ええ。運び屋はオリアナ=トムソン。雇い主はリドヴィア=ロレンツェッティ。彼女達の目的たるは、とある物品の取引と言いたる所よ」

 

 

運び屋、オリアナ=トムソン。

 

追跡を振り切るためならどんな手段も用いる魔術師で、相手を撒く事に関しては右に出るものはいない。

 

それ故、通称<追跡封じ(ルートデイスターブ)>。

 

元の国籍がイギリスであることから、<必要悪の教会>も彼女を追跡した事があったが、魔術とは一切関係のない『自称・彼女の無二の親友』に立ち塞がれ、その間に人混みの中へと溶けてしまった。

 

 

ローマ正教宣教師、リドヴィア=ロレンツェッティ。

 

バチカン出身の生粋のローマ正教徒にして宣教師。

 

『布教のためなら何でもやる女』、または<告解の火曜(マルディグラ)>と呼ばれる。

 

彼女の類稀なる布教能力は、普通なら日の目の見ないような不出の天才から、凶悪犯罪者、邪教崇拝者など人間的・社会的に問題ある人物でさえも改心させ、ローマ正教に入信させる。

 

ある意味、社会不適合者を嫌う一部のローマ正教の上役などにとって、リトヴィアの行いは目の上のタンコブなのかもしれない。

 

そして、イギリス清教<最大主教>のローラにとっても苦手な相手で、あからさまに魔術師を育成しているのなら異端として堂々と妨害ができるが、不幸な人々に聖書と祈りを授けているとなると、妨害に回るこちらの方が悪人となってしまうのである。

 

 

“逃げる為なら何でもやる”運び屋に、“布教のためなら何でもやる”宣教師。

 

この相当厄介なメンツが、魔術の介入が一切ない学園都市でロシア成教のニコライ=トルストイという司教クラスの幹部と何か取引をするらしい。

 

そして、

 

 

『では、件の運び屋達が運搬してくる物品の方は……我々に説明するには差し支えがあるか?』

 

 

「名前と形ぐらいは説明せねば、そちらも追い掛けようがないでしょう」

 

 

その取引される物とは、剣。

 

大理石で作られ、長さがおよそ縦1.5m、横、剣の鍔は70cm。

 

太さは直径10cmほどで、刃は付いておらず、剣の先端だけが、まるで鉛筆を削ったように粗く尖らせてある。

 

そして、その名は<刺突杭剣(スタブソード)>。

 

『竜をも貫き大地に縫い止める』力を持ち、普通の人間、科学側の人間なら何の効果はないが、魔術側のある特定の人間のみ絶大な効果が働く魔術世界の戦術兵器。

 

アレイスターは説明を聞きながら、カメラ越しに、ローラが用意した贋作の<刺突杭剣>を眺め、

 

 

『それが利用されると、どのような危険があるかも説明できないのか? 状況によっては一般来場者の誘導や避難も考えられる』

 

 

「心配は無用よ。これは魔術世界に限り運用できる武器。そちらの世界で用いた所で何の効果もないわ」

 

 

『そうか。もう少し詳しいメカニズムの説明があれば、こちらも対策は練られそうだがな』

 

 

「ほう。科学の世界の住人に、魔術の対策など練られたるのか。まさか、“内に魔術師でも匿いたる訳でもあるまいに?”」

 

 

『……、』

 

 

「……、」

 

 

両者ともわずかに沈黙する。

 

呼吸の動作1つで切れてしまいそうなほどの、細く鋭い緊張の糸が周囲一面に張り巡らされる。

 

今のローラのアレイスターの核心に迫りたる発言は、触れてはいけない所をついてしまったのだ。

 

が、やはりどちらの顔にも焦りはない。

 

むしろ楽しんでいる風情すら感じさせる。

 

ローラは、ぴんと張った緊張の糸を指で弾くような明るい声で、

 

 

「余計なる牽制はなしにしましょう。今は時間が惜しい」

 

 

なかった事にした。

 

先ほどの発言は“冗談”だという事で流す事にする。

 

今、最大の問題はそんな戯言よりも<刺突杭剣>の取引が学園都市内部で行われる事だ。

 

出来る事なら、学園都市へ<必要悪の教会>の魔術師達を向かわせたいところだが、そうなると魔術を拒んでいた魔術組織から、イギリス清教だけ特例を認めるのは納得がいかないと異議を申し立ててくるだろう。

 

そうなるとさらなる火種を招きかねないので、両者の政治的にも悪手である。

 

まして、今は<大覇星祭>期間中だ。

 

表の人間、一般来場者やマスコミなどの前での混乱は、可能な限り避けたい。

 

惨事など論外だ。

 

かと言って、科学側の人間が、学園都市の内部で魔術師を倒したとなれば問題になる。

 

そう9月1日のシェリー=クロムウェルのテロ事件と同様。

 

科学と魔術は、互いの領分を分ける事で、それぞれの利権を得ている。

 

だから、科学側の人間が迂闊に魔術師を捕らえてしまうと、その領分を踏み越える危険性が出てくるのだ。

 

つまり、イギリス清教も、学園都市も、リトヴィアとオリアナの計画に直接手を出す事は出来ないのだ。

 

だが、それは“直接”手が出せないと言う事であって、

 

 

「今、そちらは一般来場客を招きたる最中だと聞く。ならばその中に、あくまで休暇中の者が紛れ込みても歓迎されたるわよね?」

 

 

<必要悪の教会>のトップ、<最大主教>の女狐の真剣な声に、モニタが二ヤリと笑う。

 

 

『ふむ。休暇中の旅行と装っても、流石にイギリス清教所属メンバーのみで構成される団体様がやってくるのはまずいな。一組織内で計画実行された集団行動と見られれば、やはり『学園都市へ組織的に侵入を果たした教会勢力がいる』と受け取られかねん。が、個人に限定されるなれば……それも学園都市で暮らす者と“旧知の間柄”であれば、ごまかしが利くかもしれない』

 

 

学園都市のトップ、統括理事長の古狸は楽しげに嘯いた後、

 

 

『……となると、旅のガイドとしてあの兄妹を起用するしかない訳だが』

 

 

ポツリと呟いた。

 

 

 

つづく


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