とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第9章
大覇星祭編 祭前日


大覇星祭編 祭前日

 

 

 

<大覇星祭>。

 

9月19日から25日の7日間にわたって学園都市で催される行事で、簡単に言えば大規模な運動会。

 

ただ単純に、街に存在する全ての学校が合同で体育祭を行うのだ。

 

超能力開発機関の学園都市の総人口は230万、その内の8割が学生だと言うのだから、その規模は半端ではなく、さらには年に数回しかない一般公開される日であるため世界中で注目されている。

 

と、今日はその前日の18日。

 

もう準備は万全で、後は明日から始まる戦のために英気を養うだけ、とここ最近、忙しい日々を送っていた<風紀委員>は考えていたのだが……

 

学園都市上層部からあるとんでもない案が通ってしまった。

 

その案とは……

 

 

 

 

 

『全世界へのデモンストレーションも兼ねて、トップクラスの、隠しても隠しきれない人格破綻者集団、Level5に<大覇星祭>の選手宣誓をやらせろ』

 

 

 

 

 

路地裏 Case1

 

 

 

人気のないこの通りを真っ白な少年、一方通行が歩く。

 

リハビリがてらに、外で缶コーヒーを買いに……それと、適当にお菓子を……

 

自分のためではなくガキのためだ。

 

彼はとある理由からある少女の面倒を見なければならなくなった。

 

その少女が、

 

 

『やだやだやだやだーっ、ミサカも詩歌お姉様達の活躍を生で見たい、って、ミサカはミサカは駄々を捏ねて暴れてみる』

 

 

と、まだ調整が済んでいない身体で暴れて、それが原因で周りの大人達から愚痴愚痴と言われ、結局、お菓子で手を打つ事になったのだが、それでもこの胸の中で渦巻く怒りが消える事はない。

 

 

(はっ、なンでアイツの応援に協力しなンかしなきゃなンねーンだァ。メンドクせェ。ガキは大人しくテレビでも見てろ)

 

 

幼い頃に、アイツと初めて会った時、彼女から世の中のどうにもならない理不尽さを身をもって教えてもらったが、そうだとするならば本当に自分はこう言った運命の名の下に生まれてきたのだろうか……いや、そろそろ1発くらいは殴っても……

 

 

「いい格好だな、一方通行」

 

 

その時、建物の陰からサングラスをかけた厳つい男が現れた。

 

 

「暫くぶりだな。『絶対能力進化(Level6シフト)』計画が頓挫して以来―――」

 

 

「失せろ」

 

 

男の誘いが終わる前に、簡潔に断る。

 

あの『実験』が終わって以来、身の程をわきまえない『小石』が出てくるようになったが、交渉人が現れるのは久しぶりだ。

 

昔、実験施設を転々としていた時はひっきりなしに現れてはいたが……

 

とにかく最悪だ。

 

ガキにパシリにさせられて、最悪の気分の時に最悪の奴に出くわした。

 

 

「……相変わらずだな。だが、今日、俺が来たのは―――」

 

 

―――ゴンッ、と鈍い音を立てて男の頭にコンクリートブロックがぶつかる。

 

 

「実験に失敗した俺に何の用だァ? またクローン殺しを再開させようってかァ?」

 

 

サングラスが割れ、無残にも転がる男を、心底どうでもいいように見下ろす。

 

 

「3秒で視界から消えろ。じゃねェと……」

 

 

「ちょ……!? 待てバカッ」

 

 

ヤバい。

 

アイツの身形はひょろいもやしで、つい最近、どこぞの魔法少女にボコボコにされた(笑)と聞いてはいるが、第3位のクローンを1万体近く殺してきた化物だ。

 

たとえ護身用に拳銃があろうが、一瞬で殺されてしまう。

 

 

「話を最後まで聞けっ! 今日の俺は<大――――」

 

 

3秒後。

 

路上に野太い男の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

殺しはしない。

 

適当に一発だけ、ぶん殴ってやった。

 

何か言おうとしていたみたいだが、どうせくだらない話だろう。

 

 

「ガキのおもりで忙しいンだ。オマエみてェのは迷惑なンだよ」

 

 

まあ、でも行き場のない拳を振るったおかげか、一方通行の気が少しだけ晴れた。

 

 

 

 

 

とあるホテル Case2

 

 

 

垣根帝督。

 

Level5序列第2位で暗部組織<スクール>のリーダー。

 

学園都市の闇に生きるもの……なのだが、

 

 

『……だからさ。<大覇星祭>の件受けてくんない。これって、一応、上層部からの命令なんだよね』

 

 

テーブルに置いたパソコンから聞こえてくる暗部のエージェントの声。

 

どんな仕事が<スクール>に入ったかと思えば、こんな……

 

 

「いい加減にしろっ! あんなのは努力や希望やらをまだ信じてるガキ共の遊びだろーがっ!!」

 

 

そうだ。

 

あんなのは自分から見ればお遊びもいい所だ。

 

何も知らない奴らがアホ面引っ提げて、はしゃぎまくって……

 

……だが、もしかすると彼女はこういうのが好きなのかもしれない。

 

あの時、心底楽しそうに、そして、美し――――

 

 

(――――ああ、くそ。そんなのはどうでもいいっ! さっさとこんなくだらねぇ)

 

 

『そう言ってるけどさー。第2位って、そーいうお子様にウケるビジュアルの能力じゃないかww』

 

 

その後、空気を読まないエージェントのおかげでホテルの一室が半壊し、その後やってきた少年1人が半殺しにされた。

 

 

 

 

 

常盤台中学 応接室 Case3

 

 

 

御坂美琴。

 

Level5序列第3位で、唯一まともなLevel5で安牌だと高をくくっていたが……

 

 

「ええっ、無理なんですかっ!?」

 

 

交渉しに来た<風紀委員>は思わず腰を上げて、身を乗り出す。

 

 

「はい、今回はちょっと……」

 

 

「で、ですが、御坂さんはロシアでのデモンストレーションの経験もありますし、非公式ながら幻想御手事件の解決にも尽力されたと耳にしています。名実ともに学園都市の顔として申し分ないかと……」

 

 

しかし、美琴の教師でもある綿辺先生は、

 

 

(だから、なのですけどね……)

 

 

知名度が上がるに従って、彼女の不名誉な目撃情報が次々と……

 

 

『何かの間違いだと思うのですが、お宅の御坂さんが自販機を蹴って……』

 

『御坂さんに似た人が男子高校生を追い回して……』

 

『御坂さんと思われる人物が路地裏でサバゲーを……』

 

 

元々型破りな所もある子なのに、噂話やマスコミの演出が先行してイメージが美化され過ぎている。

 

こう言った所も、彼女の先輩である上条さんに影響されたのかしら……

 

あの子も何だかんだ言って、型破りな所もありますし……

 

それに夏休みの間に精神が不安定になっていたとも聞いてます。

 

今、このような場に出すのは彼女のために良くないでしょう。

 

 

「今回は辞退させていただく方向で……」

 

 

「そ、そんなぁー」

 

 

 

 

 

第3学区 とあるレジャー施設 Case4

 

 

 

麦野沈利。

 

Level5序列第4位で、第2位と同じく暗部組織<アイテム>のリーダー。

 

少し前まである任務の失敗が原因でLevel5の位が危ぶまれたが、とある一件を機に復活。

 

そして、昨夜任務を成功させ、見事復活を果たした記念に皆でプールに……来たのだが、

 

 

『―――って話が来てるんだけどー、どーする?』

 

 

こちらも第2位と同じように、エージェントを介している。

 

プライベート中ではあるが、任務と言う訳で電話に出た訳なのだが……

 

 

「おい」

 

 

『ん?』

 

 

「『どーする?』じゃねェーだろォーが! ウチらの仕事で面が割れて何のメリットがあんだよ!?」

 

 

麦野の言う通り、彼女は闇に生きる掃除屋。

 

こんなどうしようもないイベントで個人情報なんて漏れたら今度こそこの仕事はやっていけなくなる。

 

だが、所詮は他人事なのか、エージェントは、

 

 

『いーじゃん。表の顔はアイドルww。裏の顔は闇の狩人ww。そういや、アンタ、この前、『超機動少女カナミン』について聞いてこなかったっけ? そういうのに興味あるんじゃないの?』

 

 

あ、まず、と横で聞いていたフレンダは思った。

 

麦野が復活したあの日、確かにあの日は自分達にとっては祝福すべき日だったのだが、本人にとったらそういう訳ではなく、むしろ最悪の日だった。

 

詳しく話してはくれなかったが、精神系能力者に変なものを見せられ、そして、その精神系能力者が巷で人気が高いアニメ『超機動少女カナミン』の服を着ていたらしい。

 

暗部の人間だと言うのに随分と派手な服を着ている。

 

まあ、でも、暗部にはそう言ったおかしな奴らが時々いるからそう珍しいものではない。

 

が、それを知った麦野はそれ以来、どこぞの第2位のようにメルヘン系が嫌いになった。

 

もし許されるのであれば学園都市中に存在する『超機動少女カナミン』のグッズを自身の能力で跡形もなく消滅させていただろう。

 

虚仮にされた事も気に喰わないのだが、その精神系能力者に“借り”を作ったのが最も気に喰わないんだとか。

 

 

「ねえよ!! つーかテメェ、今度その話をしやがったらぶち殺すぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

と、ここまで4連敗。

 

ついでに、八方手を尽くしたのだがLevel5序列6位は見つからず、5連敗。

 

流石は人格破綻者集団。

 

いや、コレの半分は交渉人、特にエージェントのせいだと言えなくもない気がするが……

 

が、捨てるLevel5もいれば、拾うLevel5もいるようで……

 

 

 

 

 

学舎の園 カフェテリア Case5

 

 

 

「その依頼。受けてもいいわよぉー」

 

 

Level5序列5位、食蜂操祈、一度断ったものの受託。

 

 

 

 

 

とある高校 グラウンド Case7

 

 

 

「あーでも、大丈夫ですよ。先ほどのお話お引き受けします」

 

 

Level5序列7位、削板軍覇、本人の承諾を直接得ていないが受諾。

 

 

こうして運営委員会は明日の<大覇星祭>までに任務を達成する事が出来た。

 

ただ、彼らはLevel5。

 

こちらの常識が一切通じない相手である事には変わりない。

 

この何か良からぬ事が起きそうな嫌な予感までは消え去りそうにはなかった。

 

と、<大覇星祭>に事を巻き起こしそうなのはLevel5に限った話ではなく。

 

 

 

 

河川敷 Case鬼

 

 

 

今、ここに、Level5にも匹敵する鬼と常識外れの漢が相対し、真正面から、

 

 

「火拳っ!!」

 

 

「超すごいパーンチっ!!」

 

 

灼熱業火の鬼の拳と、解析不能の漢の拳。

 

両者ともふざけているような技だが、どちらもその破壊力は常識外れにふざけていた。

 

その2つが衝突。

 

そして、相殺。

 

だが、その余波はこの河川敷に天変地異とも言える大災害を巻き起こす。

 

草木は全て蒸発し、周囲一面は火の海に。

 

2人を中心に地盤が所々めくれ上がっている。

 

 

「……なかなかの根性だったぞ」

 

 

漢――削板軍覇。

 

先ほど消息不明だったLevel5は鬼を認めた。

 

彼女は自分達と同じ、Level5(怪物)の領域に立つ者だと。

 

 

「ありがとね、軍覇っち。おかげで自信が付いたよ」

 

 

鬼――鬼塚陽菜は笑う。

 

学園都市に求めた怪物の力が手に入った、と。

 

 

 

 

 

とある学生寮 Case兄妹

 

 

 

「―――んっ! ああっ! 当麻、さん! す、少し強すぎ、です……」

 

 

「あ、ああ、すまん。しっかしお前、こんなに硬くなってるじゃねーか」

 

 

「最近、色々と、忙しかったから…んっ! 溜まって、はぅ! たんです!」

 

 

「そうか、じゃあ次は、えっと確かここを……」

 

 

「あ、待って。そこは、優しく……ぁん……」

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、とうま。私の目には、とうまがしいかにもの凄くいかがわしいことしてるように見えるんだけど」

 

 

この部屋の居候、インデックスがジトーっと湿気った視線を、ベットの上、サマーセーターを脱ぎ、制服を着崩してうつ伏せになっている妹の上に跨る上条当麻に向ける。

 

 

「はぅ、んぁ、あっ……そこっ、です」

 

 

甲高い声。

 

まだ夏の暑さが残る残暑なのか、彼女の服はしっとりと湿っており、下着のラインが若干透けて見える。

 

が、これは何も色っぽい話でも状況でもない。

 

 

「お、ここか? で、何言ってんだ、インデックス? ただ詩歌にマッサージしているだけだろ?」

 

 

今、当麻がしているのは、マッサージだ。

 

日頃の感謝の気持ちと迷惑の詫びも込めて、妹、上条詩歌の華奢な体を労わっているのだ。

 

……声だけ拾うと誤解されるかもしれないが。

 

 

「あっ、んっ…やっぱり、当麻さんの、手は、気持ちいい、です……んぁ」

 

 

「痛くねぇか?」

 

 

肩、背中、腰と揉み終わった後、詩歌の足の裏――土踏まずの辺りをグリグリと刺激する。

 

 

「んっ、だい、じょうぶ…これくらいの痛みが、ちょうどいいんです……」

 

 

普通の思春期真っ盛りの男子高校生なら、美少女の肢体を揉んでいくと言うのは、ご褒美であると同時に拷問なのであろうが、鍛えあげられ、耐性が付きまくっている当麻の鉄壁の鈍感さは伊達ではない。

 

ちょっとやそっとの誘惑には動じない。

 

……まあ、それでも、この甘い匂いと、悩ましい声、それにすべすべで柔らかな感触に少しも胸が高鳴らなかった、と言えば嘘になるが……

 

 

「ふあっ、あっ、そ、そこっ……もう少し、強く、してっ」

 

 

「そ、そうか……?」

 

 

刺激する場所を脹脛へとスライドさせていく。

 

背中や腰などの服越しからではなく、乙女の素肌にそっと、傷つけないようにそっと手を置く。

 

 

「はい、そうです。…んはっ…にしても、当麻さん、マッサージ…あふぅ…意外と、上手ですよ。後は…あぅ…もう少し、だけ…ん…力加減を、覚えれば完璧です」

 

 

にしても、凄い。

 

このずっと触っていたくなるようなキメ細やかな肌もそうだが、その肌の下には、しなやかで無駄のない柔らかな筋肉が発達していた。

 

知識もなく、データなんて取ってないがこうして直に触れているだけで、これが極上であると良く分かる。

 

これがあの常人では不可能な俊敏な動きの基になっているのか……

 

膂力では負ける気はないが、ボディバランスでは負けている。

 

妹の努力の結晶に素直に感心させられていると、

 

 

「あふっ、んぁ……今度は、太股も、お願い、します……」

 

 

「え? えっと、その、いいのか?」

 

 

「はい? 何の話ですか? お願いしてるのは、私の方なんですが」

 

 

確かにその通りだ。

 

自分は一体、何で確認したのだ?

 

自分で自分が良く分からなくなってきている。

 

横でインデックスが、軽蔑と怒りを込めた視線をぶすぶすと当麻の背中に刺しているが、詩歌はただうっとりと微睡んでいる。

 

 

「お、おう、じゃあ……いくぞ」

 

 

「はい……来て下さい」

 

 

揉む個所をそのまま太股へとスライドさせる

 

しかし……さっきから、そこは絶対領域とばかりにスカートの内側は見えない……

 

 

(いや、見てない! 見てないですよ! 見てませんよ! 当麻さんは紳士ですからね!?)

 

 

「ふあっ! あんっ、んっ…うん、すごく、いいですよ……でも、少し物足りない、かも……当麻さん、もっと、強くして?」

 

 

「強く、か?」

 

 

「はい、ぎゅ~っと、強く、揉んで……」

 

 

「……わかった」

 

 

ゴクリッ、と喉を鳴らす。

 

その時――本当に、ほんの一瞬の事だが――『妹の身体をマッサージしている』が、『女の子の肉体を揉んでいる』と、認識が変わったような気がした。

 

みるみると顔が紅潮していく。

 

当麻は一度、大きく息を吸って、覚悟を決めると、ゆっくりと、太股に置いてある五指に力を込め、その内側へ侵入させる。

 

 

「はふっ、んぁ…揉まれて、こんなに、気持ちいいなんて……お兄ちゃんの手……んっ、くせに、なりそうです」

 

 

声もどこか艶っぽいし、息も若干上がり気味。

 

兄妹だ。

 

自分と詩歌は兄妹だ。

 

兄と妹で血の繋がった家族だ。

 

だから、イヤらしい気持ちなんて一切抱かないし、これはあくまでマッサージの筈……だ。

 

……とりあえず、ここにインデックスがいてくれてよかったと思う。

 

第3者の目がなければ、色々と不味かったのかもしれない。

 

いやいや、なくてもそんな気は一切ありませんけど! 保険として、ね?

 

とりあえず、これで終わり―――と思ったのだが、

 

 

 

「じゃあ、最後に……お尻も、お願いします」

 

 

 

「はいぃ!?」

 

 

思わぬ発言に、当麻はスルっと手を滑らし、そのままスカートの内側、絶対領域の内部、太股の根元まで入り込み―――

 

 

「あん////」

 

 

―――むにゅぅ。

 

 

や、柔らかい。

 

そして、かなりのボリューム。

 

手触りが良過ぎて、触っているだけでも気持ちが良い。

 

な、何なんだこの手に吸い付いてくるぽわぽわとした魔性の塊は!?

 

すぐに離したいのに、手が命令を聞いてくれない。

 

 

「とうま」

 

 

その時、もう一度、横から冷たい声音が聞こえてきた。

 

 

「はい、何でございましょうか、イン、デックス……さん?」

 

 

振り向くと、そこにはかつてないほど険しい表情を見せる居候の姿があった。

 

 

「鼻血が出てる」

 

 

と、簡潔に罪状を述べると、沸々と溜めこんできた怒りを爆発させ、

 

 

「とうまーっ! 前回はピーナッツだったけど今回は何なの! マッサージなのにどうして興奮してるの! 妹のしいかに欲情するなんてやっぱりとうまはシスコンなんだよっ!!」

 

 

「うおお! これはちょっとした不慮の事故なんですっ!! ですから、ご慈悲をっ!!」

 

 

「問答無用なんだよっ!!」

 

 

「不幸だーーーーっ!!!」

 

 

愚兄の頭を噛み砕く。

 

その夜、少年の悲痛な叫びが学生寮全体に響き渡った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから、明らかに入院しないと不味いんじゃないんですか? と思えるほどの重傷を受けた当麻だが、速攻で回復。

 

もう彼は隣室の土御門元春以上の<肉体再生>なのかもしれない。

 

とにかく、当麻は復活し、インデックスと共に詩歌を玄関から見送る。

 

 

「おっと、うっかり私忘れる所でした。はい、これ」

 

 

玄関口に立った詩歌がカバンの中から小冊子を2部取り出し、当麻とインデックスに其々手渡す。

 

 

「ん? なんだこれ?」

 

 

「これは私と当麻さんの<大覇星祭>におけるスケジュール表です。時刻や会場への行き方、それに近くの売店の情報も書き込んであるので、是非使って下さい」

 

 

丁寧にそして詳細に、でも簡潔にまとめた地図とスケジュール表が書かれている。

 

学園都市だし、こう言ったのは、データで渡されるものではあるが、そこは機械音痴であるインデックスに気を使ったのだろう。

 

 

「ええっ!? って言う事は、こんなに屋台が並ぶの、しいか!?」

 

 

流石は、何においても食欲を優先するインデックス。

 

競技とかではなく、まず最初に目が付いたのは売店の情報らしい。

 

 

「はい。と言っても、これには陽菜さんのご家族の方が営業しているものしか載っていませんので、実際にはもっとあるかと思いますよ」

 

 

「ほんとにっ!?」

 

 

目を輝かせるインデックスに詩歌はにこにこと笑いながら頭を撫でる。

 

が、食欲魔神になるのもいいが、こちらの財布にも気を使ってくれ、と当麻は思う。

 

一応、詩歌から<大覇星祭>の特別手当は貰っているし、父、刀夜から、色々とお小遣いが貰える手筈となってはいるが、流石にこの出店を全店制覇するとなると1日でパーになりそうだ。

 

と、そんな悲観的な未来はさておいて、当麻はスケジュール表を見る。

 

すると時間的に重ねっていたり、地理的に離れていたりと無理なのもあるが、互いの競技を見に行けそうなのもいくつかある。

 

 

「ありがとな。それから明日は詩歌も頑張れよ。中学最後の<大覇星祭>だ。絶対に応援に行ってやっから、大活躍するんだぞ」

 

 

互いに違う学校ではあるが、兄妹だ。

 

自慢の妹が活躍する姿は見てみたいし、絶対応援してやりたい。

 

普通は同じ学校の奴らの応援に行かなければならない所だが、当麻は兄としての務めを優先する。

 

 

「ふふふ、じゃあ私も当麻さんの応援に行きますから、頑張ってくださいね。当麻さんは色々とアクシデントに巻き込まれやすいので、心配ですが……」

 

 

「安心しろ。何があろうと妹との約束は絶対に守って見せる」

 

 

その言葉に、一瞬ではあるが詩歌の動きが止まった。

 

 

「ほれ。指切りだ」

 

 

昔の事をもう覚えていない当麻は、何でもない事のように右手の小指を差し出す。

 

 

(約束、ですか……)

 

 

不意に、未だ癒える事のない深い心の傷が疼く。

 

そう、あの時も、このように、約束した。

 

だが、それは守られなかった。

 

初めて、上条当麻が自分との約束を破ったのだ。

 

だから――――

 

 

(考え過ぎ、ですよね……)

 

 

いや、躊躇う理由なんてないはずだ。

 

あの時のように、何か危険が迫っている訳ではない。

 

そうこれは、他愛のない日常の約束のはずだ。

 

詩歌も当麻の小指に自身の右手の小指を絡め、

 

 

「はい。指切りげんまん、嘘付いたら針千本呑ーますっ♪」

 

 

最後に、ギュッとすると、

 

 

「指切った♪」

 

 

「おう」

 

 

ぱっと指を離す。

 

 

「ふふふ、明日が楽しみです」

 

 

兄妹の誓い。

 

一度だけしか破られなかった兄妹の誓い。

 

だが、詩歌の中で渦巻く“不吉な予感”は消え去る事はなかった。

 

 

 

 

 

??? Case騎士

 

 

 

『“侵入者共、潰れろ”』

 

 

 

その一言。

 

たったその一言で私達は潰された。

 

巨象がアリを踏み潰すように、一瞬で全滅。

 

油断が全くなかった、とは言い難いのかもしれないが、仮にも誉れある騎士団の一員で、私には隊随一の槍の腕があった。

 

その先遣隊が、何もできずに言葉だけで倒されるなどありえない。

 

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 

しかし、それは紛れもない事実。

 

事実なのだ。

 

そして、

 

 

 

『……お願い…死なないで…っ!』

 

 

 

多くの仲間達が散っていったのも…事実。

 

裏切り者に潰された後、異教の学徒達に頭を、体を、腕を、足を轢かれ、這いつくばる私の前で次々と息を引き取っていく。

 

生き残った者たちなど片手で事が足り、死んでいった仲間達の屍など直視する事も憚れる。

 

そうして、生き残った者達は、この異教の地の『科学』の力で一命を取り留め、やがて、この汚名を注ぐために再び隊の一員として復帰した…………私を除いて……

 

……私にはもう……右腕がなかった。

 

圧倒的な力で潰され、何度も轢かれた私の腕は、もう2度と動かなくなった。

 

そう………騎士としての私はもう死んだのだ。

 

『科学』の技術に、義手、というのがあるそうだが私はそれを断った。

 

おめおめと生き残ってしまっただけでも不名誉なのに、異教の力にこの身体、そして、心を汚す事など耐えられない。

 

それから、生き残った仲間たちを見送り、足手纏いとなった私は、騎士団の、そして、ローマ正教への発展を望み鍛えあげられた力を失った私は、ただ虚ろに、日々を過ごしてきた……

 

そんなある日。

 

生きる理由を失った私に、ある報せが耳に入った。

 

 

 

 

 

『ビットリオ=カゼラ率いるランスロット隊50名をローマ正教13騎士団から除隊』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――様。貴女に、そして、我らが神の教え、ローマ正教に騎士としての身命を賭しましょう」

 

 

連絡を切り、男はこの暗い部屋、その闇の奥へと鋭い視線を差し向ける。

 

たとえ戦線から退き、片腕を失おうとも戦場で培われた五感は少しも錆びついてはいない。

 

そして、

 

 

「オー、アナタが今回の取引相手デスネー」

 

 

軽薄な笑みを浮かべたビジネススーツを着た男が夜の闇から浮かび上がる。

 

一見、ごく普通のただのビジネスマンにしか見えない。

 

しかし、その姿は所々虫食いのように黒い霞に覆われている。

 

外は夏が終わったものの残暑厳しい暑さなのに、この部屋は冷蔵庫の中のように空気が冷たい。

 

気温が下がったのではなく、冷たく感じる。

 

そう、本能が“アレ”は危険だと言っている。

 

 

「いや~、ココにはしばらく来ないつもりだったんデスケド、お得意様のお願いとあってはそう無碍にはできませんネ。お客様のためなら火の中水の中、そして、戦場の中が私のモットーデス」

 

 

<魔法名>を捨て、今はただのビジネスマンだとかほざいているが、“アレ”はあの裏切り者と同じ元ローマ正教の<隠秘記録官(カンセラリウス)>で、ローマ正教の上層部にも一目を置かれていた。

 

だが、その<原典>はどこにも残っておらず、書物庫にすらも存在しない。

 

しかし……噂によれば、“生ける”<原典>を書きあげた、とも言われている。

 

 

「余計な戯言はいい。さっさと俺に手配させた武器と“アレ”をよこせっ!」

 

 

恐怖を押し殺しながらも、噛みついてくる男にやれやれと両手を上げ、そして、窘めるように、

 

 

「武器はとにかく、“コイツ”はオススメしねーデスヨ」

 

 

「うるさいっ!! 貴様が“不死”の<原典>を書きあげた事は知っているんだぞ! 如何なる傷も癒し、絶対に死なない不死の体に……それを使って商売している事も知っている! ……それさえ、それさえあれば、私は再び戦場に騎士として―――」

 

 

腕さえ無くならなければ、自分はローマ13騎士団に復隊していた。

 

そうなっていれば、仲間達は除隊なんて不名誉な傷を負わなくても良かったのかもしれない。

 

このままのうのうと生き恥を晒すくらいなら、死んだ方がマシだ。

 

戦場を自身の死地と定めた。

 

たとえ、この身を悪魔に捧げる事になろうと、魂が汚されようと、もう一度、戦場に舞い戻ってみせる。

 

あれから学園都市で目標を見失っていた毎日を過ごしていたが、それが無駄にならないのかもしれない。

 

怪我をして、騎士として致命的な欠陥品となった自分は完全に奴らからノーマークとなっている筈だ。

 

そう、今までこうして生きてきたのは、あの宣教師の計画を成就させる為の、世界を変える為の潜伏期間だったのだ。

 

だから――――

 

 

「……もう一度言う。<原典>をよこせ。金はもう十分渡してあるはずだろ。私はもう一度は死んだ身だ。この身がどうなろうと後悔はしない」

 

 

――――騎士としてローマ正教の礎とならん、その誓いを今度こそ果たして見せる。

 

 

 

つづく


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