とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 妹尾行作戦

閑話 妹尾行作戦

 

 

 

道中

 

 

 

もうすぐ<大覇星祭>が差し迫ったこの日。

 

繁華街は<大覇星祭>の話題で持ち切り、学生達も沸々と活気を溜めこんできており、大覇星祭運営委員や<風紀委員>も本番に向けての準備に余念がない。

 

なんとなく、外にいるだけで浮き浮きしてくるような空気が今の学園都市の雰囲気だ。

 

が。

 

そんな街並みの中、ツンツン頭の少年が周囲の空気とは正反対の負のオーラを漂わせていた。

 

 

「はぁ、不幸だ」

 

 

いつも不幸な少年ではあるが、今日はどこか一味違う。

 

一体何があったのだろうか?

 

そこで、少しだけ時間を遡る。

 

そう、それは昨夜の夕食時のことだった……

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

「―――当麻さん、どうかしましたか?」

 

 

上条詩歌が、不思議そうに首を傾げる。

 

今日も綺麗な濡れ羽色の長い髪がそれに合わせて、そっと流れる。

 

 

「あ、いや、ちょっと……な」

 

 

久々に詩歌の作った手料理を感謝の念を込めて、一噛み一噛み味わって食べているインデックスを他所に、当麻はどことなく神妙な表情を作っており、箸の進みが遅い。

 

今も声を掛けられて、吃驚し、何か言いたいような、でも言えないようなそんなもどかしい感じさえする。

 

いつもは深く考えず、自身の意見を口にしてしまう当麻だが妙におかしい。

 

 

「もしかして、今日のご飯は美味しくなかったですか?」

 

 

「とうま、しいかに失礼だよ! 今日も美味しくご飯を作ってくれたのに。それなら、私がとうまの分も――――」

 

 

と、差し迫るインデックスの箸を、当麻は自分の箸でビシッと挟んで食い止める。

 

 

「そんなんじゃねーよ。詩歌の飯はいつも通り美味いぞ。もう、お兄ちゃんは毎日食べたいくらいだな」

 

 

当麻の褒め言葉に詩歌は頬に手を添えて喜びを表現するよう笑みを深める。

 

 

「それはそれは、とても嬉しいですよ。―――で、料理の事でないなら何でしょうか? 当麻さん、また何か厄介事に巻き込まれたんですか?」

 

 

一瞬、びくうっと硬直。

 

そして、当麻はあ~、とか、う~、だとか頭を掻きながら呻き声を上げた後、

 

 

「よし! 詩歌、訊きたい事があるんだが?」

 

 

意を決した表情で詩歌と相対する。

 

身体の端々に、シリアスな雰囲気を滲ませながら、

 

 

「はい。何でしょう?」

 

 

そんな当麻はきょとんと見つめる。

 

ここ最近ではあるが、当麻が自分に何か質問してたそうにしていたのは詩歌は気付いていた。

 

なので、『これはもしかすると告白ですか!? 告白なんですね!? 告白ですよね!? はい! ばっちこい!!』、と内なる詩歌さんが気合を入れたのだが、

 

『いや、よく見なさい。あれが告白する雰囲気に見えますか? どう考えてもしょうもない事を考えている顔です。全く、それしきの事も見抜けないなんて何年あなたは付き合っているんですか』、ともう1人の内なる詩歌が叱責する。

 

そして、もう1人の予想通り、当麻の口から飛び出してきたのは、しょうもない事で、でも当麻にとったら死活問題にも等しい大問題だった。

 

 

 

 

 

「なあ、最近、詩歌って誰かと付き合ってるのか?」

 

 

 

 

 

「はい? すみません、もう一度言ってもらえませんか? よく聞き取れなかったので」

 

 

「だ、だからな、彼氏が出来たのかと訊いてんだよ」

 

 

詩歌は、うんうんとゆっくりと首を上下にさせながらテーブルに箸を置く。

 

うん、やっぱりこいつは鈍感だ。

 

前も、そのような事を訊いた事があったが、その時はあれほどそういった者は“いない”と躾けてやったのに、また訊いてくるとは、やはりこの愚兄の教育は一筋縄にはいかない。

 

何事も反復が一番。

 

よし、もう一度――――

 

 

「とうま、まさかあれの事?」

 

 

詩歌が愚兄を“教育”しようとテーブルから立ち上がろうとした時、思わぬ方向から待ったの声が掛けられた。

 

 

「あれの事、とは? 一体何の話ですか、インデックスさん?」

 

 

「うん。しいか、最近、よくお友達のお見舞いによく行っているでしょ。その友達が幼い女の子と“同年代の男の子”って聞いてたから…………」

 

 

ふむ、大体分かった。

 

確かにインデックスの言っているのは真実で、少しは勘違いする要素もあったのかもしれない。

 

しかし、

 

 

「インデックスさん、それに当麻さんもそれは見当外れもいい所です。私も、それに向こうもそんな気は一切ないですよ。ただのお友達です。それに――――」

 

 

と、動揺を一欠片も見せず、それは勘違いであると断じて、

 

 

「――――……当麻さんにだって、異性のお友達はいるでしょう? むしろ異性の方が割合が大きいかと思いますが」

 

 

最後はゾクッとする声音で締める。

 

もうこれで話しは終わったとばかりに、詩歌は冷ややかな目で当麻を射抜きながら残り少ない食事を再開する。

 

うぐっと当麻は冷汗を流しながら座ったまま後退する。

 

詩歌の言う通り、今までの交流リストを思い返してみたが、名前を覚えている同年代の男なんて、土御門、青髪ピアス、ステイル、削板……アレ? 片手にも満たない。

 

うん、これは仕方のない事だな、と今までなら普通にそう考えるが、しかし、今日の当麻はいつもと少し違った。

 

 

「な、ならさ! 今度、俺もさ、お見舞いに付き合っても良いか?」

 

 

当麻と詩歌の異性の友達の違い、それは、顔を知っているか知らないかだ。

 

さりげなく訊いても、さりげなく受け流されてしまう。

 

当麻としたら、物凄く歳が上か下かで離れていれば、問題がないと思うが残念ながら相手は同年代。

 

さらに詩歌の評価は甘い。

 

以前、当麻のクラスの中では自分の妹として仲が良くさせてもらっていると言っていたが、あれはもうトップアイドル並の人気だった。

 

詩歌の予想を上回り向こうがただの友達以上の感情を抱いていても、何ら不思議ではない……

 

 

「ほら、彼氏でもないにしても、一度くらいは兄として挨拶もしときたいしな」

 

 

しどろもどろになりつつも、何か言い訳じみた事を言う。

 

確かに、挨拶くらいなら何らおかしい事ではないのかもしれない。

 

でも……

 

 

「……それは、やめておいた方がいいでしょう」

 

 

バッサリと断られた。

 

 

「まだ時期ではないと言いますか……とにかく、今は止めておいた方が無難です」

 

 

「ちょっと待てよ! ただ挨拶をするだけだぞ!?」

 

 

「でも、当麻さん。夏休みの時、軍覇さんの事をぶん殴りましたよね? アレも挨拶に入るんですか?」

 

 

「いや、アレは……つい、というか、ちょっとした男の挨拶だ。妹に近づく男達をふるいにかける兄の義務だ。他の野郎共にもやってるぞ」

 

 

どうやら当麻のしたかった挨拶は少し暴力的な表現も含まれているらしい。

 

 

「はぁ……だからですよ。当麻さん、“お見舞い”なんですよ? お見舞いなのになんで“拳”をプレゼントしなきゃなんないんですか? 言っときますけど、アレ、軍覇さんでなかったら間違いなく“重傷”でしたよ」

 

 

「とうま、しいかの言う通りだよ」

 

 

不味いぞ。

 

インデックスも詩歌側についてしまい2対1。

 

このままでは……――――

 

 

「さあ、これで話しは終わりです。もうそろそろ時間ですし、後片付けの方はよろしくお願いしますね」

 

 

「うん、今日もとっても美味しかったんだよ、しいか」

 

 

「ふふふ、ありがとうございます。インデックスさん、冷蔵庫にデザートもあります。食べ終わったら、ちゃんと歯磨きもするんですよ?」

 

 

「さっすが、しいかなんだよ!」

 

 

不味い。

 

インデックスもすっかり詩歌に懐柔されてしまっている。

 

何だかこのままだとこの話は流されてしまう。

 

それだけは、それだけは、なんとしてでも阻止しなければ!

 

 

「頼む! 詩歌、お兄ちゃんのお願いだ! 一度だけでも会わせてくれ!」

 

 

土下座。

 

帰り支度を整えている詩歌の前で土下座。

 

漢の意地と言うのはあるのかもしれないが、兄の尊厳はかなぐり捨てている。

 

その光景にインデックスも頬を引き攣らせる。

 

 

「とうま、それはちょっと……」

 

 

しかし、これは兄としての死活問題だ。

 

いつかは自分の元を離れていくが、どうしようもない男の元に行くならなんとしてでも阻止せねば――――

 

 

「ダメです」

 

 

またバッサリと断られた。

 

 

「……これは、当麻さんのためでもあるんですよ。もしその“挨拶”をして、騒ぎになれば……――――」

 

 

と、そこで少し躊躇うように間を置いて、

 

 

「――――最悪、病院がなくなるかもしれませんね。少なくても大怪我は免れないかと」

 

 

「おい!? 一体そいつはどんな奴なんだよ!?」

 

 

あまりのスケールのでかさに土下座を止めて思わずツッコミを入れる。

 

だが、これはボケではなく、真面目な話であって、

 

 

「まあ……とにかく会わない方がいいです。……特に当麻さんは」

 

 

「え!? 俺も会った事あるのかそいつに?」

 

 

引き止める当麻を無視して、詩歌は玄関へ。

 

そして、有無を言わさぬ威圧を漂わせながら、笑顔で、

 

 

「当麻さん……もし、私の警告を無視するようなら、竜神家裏整体術フルコースをお見舞いしますからね♪」

 

 

怖い。

 

背後で死神が『破れば殺す』と言っている。

 

どうやら詩歌は余程、その友達を当麻に会わせたくないらしい。

 

 

「ま、マジか!? いや、でも、ちょっとくらいなら……」

 

 

「はぁ、あまりしつこいようだと“嫌い”になりますよ、お兄ちゃん」

 

 

グサッ!

 

シスコン軍を壊滅させた最終兵器。

 

それが引き金にかけられ、当麻はこれ以上何も言えなくなる。

 

そうして、詩歌は当麻を見下ろして部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

そして、現在。

 

当麻はゾンビのように街をうろついていた。

 

詩歌はしっかりしているように見えるが、自分が『可愛いよ』というだけで照れてしまう純情な女の子だ(注:何故、そうなるのかは当麻は知らない)。

 

これでは簡単に悪い奴らに騙されてしまうのではないかと心配(注:何度も言いますが当麻は知りません)。

 

駄目だ。

 

詩歌にはまだ恋は早過ぎる! (注:当麻は以下略)。

 

と、あっちへふらふら、こっちへふらふら、と不安定な足取りではあるが辿り着いたのはやはり―――

 

 

 

 

 

学舎の園 正門前附近

 

 

 

―――妹の学校のある<学舎の園>だった。

 

当麻は、近くのコンビニの陰に隠れて、常盤台中学に近い<学舎の園>の正門を覗いていた。

 

この前言っていた事だが、今日は、確か詩歌は進路相談とかで他の生徒達よりも帰りが遅い。

 

だから、学校が終わってすぐにここに来れば、詩歌の後を追跡できる。

 

病院に入院している事は分かったのだが、どの病室どころか、どこの病院かまでは分からない。

 

なので、こっそり後をつけて詩歌にそのお友達の所へ案内してもらい、そして―――

 

 

 

『……なあ、土御門。もし、もしだ。たらればの話だが、妹に…男が出来たら…どうする……?』

 

 

『はっ、そんなの――――ぶち殺すに決まってるんだぜい』

 

 

 

(――――ぶち殺すッ!!)

 

 

 

……過去に神裂に対して、何だか格好良い事を言っていたようだが、今の当麻さんはまだ心の準備が出来ていないようです。

 

もうしばらくお待ちください。

 

と、危ない目付きで拳を握り締める当麻を、付近の学生の皆さんが奇異の目で見ていき、

 

 

 

「ねぇ、アンタ、こんな所でこそこそと何してんのよ?」

 

 

 

そして、彼の知人ともいえる少女――御坂美琴が若干引きつつも声をかけてきた。

 

放課後、詩歌が進路相談で、黒子が病院で入院しているため、コンビニでお見舞いの品を買いがてら、立ち読みしようかとやってきたのだが、その陰で、愚兄の姿を目撃。

 

……正直な所、あまり話しかけたくなかったが、一応、この少年は自分の尊敬する姉の兄であり、このまま放っておくと何だか嫌な予感がしたのだ。

 

そう、この感じは……以前、暴走した姉に出くわした時の感覚に近い。

 

 

「ねぇ、聞いてんの?」

 

 

あ、と2回声をかけてようやく当麻が美琴の存在に気づく。

 

そして、美琴の姿を下から上へと視線を持ち上げていき―――閃いた。

 

 

「御坂、頼みがある」

 

 

「な、なによ? いきなり……////」

 

 

不審者を見る目つきの美琴に対して、当麻はがしっといきなり肩を掴む。

 

いつになくキリっとした凛々しい目付き。

 

普段、のほほんとしているから、そのギャップで、いつもよりも………

 

あ、あれ? 顔が何だか熱くなってきたような……

 

突然の行動に美琴が『!?』と驚き、慌てふためく隙も与えず、当麻は真剣な顔で迫られ、告げられた。

 

 

「付き合ってくれ!」

 

 

「―――ふぇ!?」

 

 

その時、美琴は、世界が止まる音を聞いた。

 

 

「詩歌の尾行に」

 

 

「は――――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………で、結局、アンタは詩歌さんの尾行に付き合ってくれって言いたい訳ね」

 

 

「はい。そうでございます、御坂様。ですから、その黒くて物騒なモンは仕舞って下さいますでしょうかっ?」

 

 

と、当麻が土下座するのを、美琴はゴミを見るように見下す。

 

あれから、言葉足らずの説明で一瞬とはいえ勘違いさせ、乙女心を弄んだこの愚兄に、羞恥のあまり電撃の槍を連発。

 

その間、当麻は右手で防ぎながら、事情を説明したのだが、それが『詩歌に男が出来たかもしれない』とかいうシスコン全開な妹馬鹿発言。

 

最早、コイツには電撃ですら生温い。

 

美琴は徹底的に、手加減なく、<超電磁砲>と詩歌から教わった体術でボコボコにK.Oしてやろうかと……

 

しかし、それも当麻の神業的緊急回避によって全部避けられ、それがまた美琴の負けず嫌いに火を点け――――

 

 

 

――――コンビニどころか周囲一帯から人影がいなくなり、今は砂鉄で作り上げたチェーンソーを持つ美琴と土下座する当麻しかいない。

 

 

 

以前のように、雷を落とす事まではしなかったが(当麻に電撃は効かないので)、Level5の力は凄まじく、特に『ちぇいさー』との掛け声から放たれる稲妻蹴りは、流石の当麻も肝を冷やした。

 

詩歌から護身術の指導を受けた事のある美琴は格闘スキルが高く、暗部組織に所属する少女を蹴りで打ちのめした事もあるくらいだ。

 

まあ、とりあえず鬱憤は晴らせたのか、ふん、と美琴は手元に集めた砂鉄を霧散させる。

 

それを見て、ようやく当麻はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「ったく、アンタは本当にシスコンね。前にも言ったけど、詩歌さんに彼氏なんていないわよ。それに、別に男友達くらい―――」

 

 

「―――甘いっ!!」

 

 

美琴の発言を遮り、当麻は魂の叫びを発する。

 

 

「甘いぞ、御坂! 詩歌は誰にでもすぐ懐くし、野郎からの好意に鈍感だからな。無自覚に勘違い野郎が後を絶たねーんだよ! まあ、詩歌は可愛いくて優しい女の子だし、交際を申し込んでくるような野郎が出てくるのは当然だけどな。でもな、アイツにまだ男は早過ぎる! 詩歌はな、しっかりしているように見えて、所々抜けてる奴なんだよ! だからな、もし男友達が出来たら、その友達だと思っていた野郎がクソみたいな狼だったとしたら、どんな風に騙されて泣かされたりするか知れたもんじゃねぇ! そうなんねーように、保護者の代わりとして、詩歌の兄である俺が……………」

 

 

 

……駄目だ、コイツ。早く何とかしないと。ついでにまずは鏡を見ろと言いたい。

 

 

 

当麻の重度のシスコンっぷりを途中から聞き流しながら、美琴は頬をヒクヒクと引き攣らせる。

 

確かに、美琴の目から見ても、詩歌はうっかり者で、人の好意に鈍感で危なっかしい面もあるにはあるが、流石に悪い男に引っ掛かる事はない。

 

それに、たとえ無理矢理迫られようと、彼女なら容赦なく叩き潰せる。

 

現に、名門長点上機学園のLevel4に脅された時も、詩歌は蹴りだけで片付けた。

 

一体、この愚兄はどれほど過保護なんだと、口に出したくなるが何も言わない。

 

今の当麻に関わるのは非常に面倒だ。

 

酔っ払った母、美鈴や暴走した姉、詩歌と匹敵するくらいなこのシスコン愚兄は止められそうにない。

 

だから、今、火に油を注ぐような行為は避けるべきだ。

 

と、しばらくして、

 

 

「………………つー訳だ。御坂。お前は詩歌の幼馴染でアイツの行動に詳しいだろ? だから、協力してくれ頼む」

 

 

当麻は再び頭を下げる。

 

途中から聞き流していたので内容は分からないが、とりあえず話が終わり、自分に尾行の協力をお願いしているのは分かった。

 

普段ならそんなくだらない要求なんて突っぱねてしまうのだが、当麻には『実験』とか、『残骸』など色々と借りがあるし、

 

 

(まあ、コイツには夏休みに世話になったしね)

 

 

偽彼氏にもなってもらった事がある。

 

それに美琴は割と面倒見の良い性格で、

 

 

(詩歌さんがここ最近何しているのか気になるのよね……)

 

 

上条詩歌は神出鬼没。

 

美琴も、かつて詩歌と別々の小学校に通っていた時、1回だけ、こっそりと後を付けた事があるがすぐに見失ってしまった。

 

この常盤台中学にある秘密結社の女子学生でも、詩歌の学校外での行動を把握する事は出来ていない。

 

学園都市で最も働き者の女子学生である彼女の行動範囲は広く、移動速度も速く、パターンもランダムであるので一日の行動スケジュールは美琴ですらも完全に掴み切れていない。

 

RPGとかで、エンカウントしたらすぐさま逃げてしまう希少なモンスターのようなものだ。

 

そして、この前、いつも忙しい詩歌に何か手伝う事はないのかと聞いた事があるのだが……

 

 

『う~ん……美琴さんはちょっと不味い……というかやはり、まだ時期が早いですからね』

 

 

と、断られてしまった。

 

『時期が早い』……その言葉がどうも……何となくそれが妙に気になる。

 

 

「わかったわ。アンタには色々と借りがあるし、それに興味があるしね。付き合ってあげるわよ」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「こっちの路地は封鎖した方が良いかしらね……あっちに大通りあるし」

 

 

<大覇星祭>運営委員、吹寄制理。

 

変人ばかりが集うと評判のとある高校に在籍する女子学生で、背も高くてスタイルも良い美人ではあるがちっとも色っぽくない鉄壁の女。

 

真面目で規律正しい性格をしており、その鉄壁さは、クラスで唯一、あの男でもフラグが立てられないほど強固であると言われている。

 

そんな彼女が皆の楽しい思い出作りのために、<大覇星祭>を成功させる為に、タッチ操作可能な携帯電話を片手に準備に勤しんでいた。

 

 

「当日。……車両通行禁止になるとはいえ。大通りは屋台でスペースを取る。人の流れも滞る。ただ通過したいだけの人には利用しづらい」

 

 

と、今学期から吹寄と同じ高校に通う事になり、クラスメイトになった姫神秋沙が意見を言う。

 

姫神は元々霧ヶ丘女学院と言う名門校に在籍していた事もあってか中々頭が回り、大人しく吹寄と同じ真面目な学生であり、そして、転入してきた際、吹寄には世話になったためこうやって<大覇星祭>の準備を手伝っている。

 

 

「そっか、じゃあここは一方通行にしてあっちの路地を逆側から……」

 

 

吹寄は姫神の意見を素直に聞き入れ、もう一度、案を練り直し―――と、その前に、

 

 

「ありがと手伝ってくれて。助かるわ。それに比べて、あいつらは……」

 

 

「別に。かまわない」

 

 

礼を言われて、姫神は少し照れる。

 

学園都市に来る前は隠遁生活を送っていて、学園都市に着いてからも貴重な<原石>として三沢塾で囚われの身。

 

あまり人付き合いをしてこなかった姫神だったが、あの兄妹と出会った事で始まっためまぐるしい状況の変化に合わせて、ここ最近、自分自身も少しずつ変わっているような気がする。

 

そう、こうやって普通に友達と過ごせるように―――

 

 

「―――吹寄さん。姫神さん」

 

 

その時、彼女を変えてくれた兄妹の内の妹が駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

上条詩歌を良く知る御坂美琴の協力を得られたのは良いが、

 

 

「!? おい! 早く隠れろ!」

 

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 

2人は急いで路地裏へと隠れる。

 

あれから、詩歌が正門から出てくるのを待ち伏せし、今は尾行中の2人だが、ターゲットとの距離は500m以上は離れている。

 

今日は1人で行動する日なのか、詩歌は進路相談が終わった後、街を散策しながら目的地へ向かっている。

 

で、先ほど当麻の同級生と少し会話をした後、今はあるお菓子屋さんに入って、何やら物色している。

 

上条詩歌は一見、のほほんとしているが五感はとてつもなく鋭い。

 

それだけでなく勘(特に悪意には)も優れている。

 

さらに、<幻想投影>の感知能力を持っているので、能力の波長をぶつけてしまえば一発でバレる。

 

かつて、美琴の尾行がばれたのも、彼女が発するAIM拡散力場を感知されたからである。

 

やっぱり、そう一筋縄ではいかないわね、と美琴は唇を噛む。

 

能力が使えれば、コソコソと隠れる必要はないのだが、使えば逆探知される。

 

追う立場になってみると、なんと厄介なことだろう。

 

当麻とは別ではあるが、異能の天敵みたいな相手である。

 

 

「とりあえず、この距離を一定に保つわよ」

 

 

詩歌を良く知る美琴は、彼女の五感における感知範囲を大まかにだが把握している。

 

 

「おう、わかった……わかったんだが、本当に手を繋がなきゃ駄目なのか?」

 

 

当麻は左手で頬を掻きながら、協力者の美琴に訊く。

 

そう、今2人は手を繋いでいる。

 

が、これには理由があって、

 

 

「し、仕方ないじゃないっ! 詩歌さん、私が無意識に発している電磁波を察知できちゃうんだから……アンタの右手で……」

 

 

<幻想投影>対策のためだ。

 

流石にLevel5、学園都市でも最強の電撃使いと言う事もあってか、美琴のAIM拡散力場は並外れて大きい。

 

波長を感じられるものなら、一発で普通の電撃使いとは明らかに違うと分かる。

 

美琴が1回だけで詩歌の尾行を断念したのは、これが理由である。

 

だが、今は上条当麻がいる。

 

230万分の1の天災の右手、<幻想殺し>なら美琴のAIM拡散力場を完全に抑える事ができる。

 

そう、御坂美琴の気配を<幻想投影>から隠せるのだ。

 

でも、それには右手に触れてなければいけないため……

 

 

「いや、別に当麻さんは気にしないんだがな……」

 

 

目立ったら不味いため不自然でないように当麻の右手に触れる―――そう四六時中年頃の男女が手を繋ぐ。

 

これだとまた偽恋人の時のように、

 

 

「お前って、結構有名なんだろ? ほら、こうしてっと余計な噂が―――」

 

 

「べ、べべべ別に私だってこんなのどうって事はないわよっ! ただ手を繋いでいるだけじゃない! それに噂なんて私は全然! 全く! 気にしないわ!」

 

 

そう言っているが、あの時、学生寮の前で皆に見られて暴走したのはどこのどいつだ。

 

と、ツッコミたくなるが余計にあわあわしそうなのでやめておく。

 

妹じゃない可愛い女の子と手を繋ぐなんて、出会いがまったくない(と思っている)男子高校生にとって、嬉し恥ずかしドキドキイベントなのかもしれない―――が、相手は中学生。

 

高校生が中学生に手を出すのは如何なものだろうか?

 

当麻はツッコミの代わりにやれやれと溜息を吐く。

 

当麻のそんな態度にどこか不満があったのか、美琴は少し顔を赤くしながらも、口を尖らしてバカと呟いた。

 

と、そこで不意に誰かが声を掛けてきた。

 

 

 

「何をしているのですか、とミサカはあの人と手を繋ぐお姉様に軽い嫉妬を覚えながらも問いかけます」

 

 

 

その声に当麻は右手を繋いだまま振り返ると、そこに美琴とそっくりの顔立ちをした少女が立っていた。

 

表情豊かな美琴とは違い無表情だが、微かに怒っているようにも見える。

 

 

「よう、御坂妹か」

 

 

が、当麻は微細な表情には気づかず、のんきに左手をあげて挨拶した。

 

 

「いいえ、私は10032号ではなく9982号です、とミサカは間違えられたことに落胆しつつ答えます」

 

 

美琴と同じ、常盤台中学の制服につけられたカエルの缶バッチを強調するのを見た当麻は、悪い悪いと軽く謝ってから、もう1度、挨拶し直す。

 

 

「よう、美歌。久しぶりだな」

 

 

美歌……検体番号(シリアルナンバー)9982号。

 

あの『実験』で生き残り、今はRFOに在住している<妹達>の1人。

 

一応、<妹達>の中では長女である(この事は<ミサカネットワーク>では納得がいかないと非常に問題視されているが…)ので、詩歌から夏休み最終日直前にRFOの雑務を引き継いでいる。

 

 

「こんにちは、とミサカも挨拶を返します。で、こんな所で何をしているのですか? と訊きつつミサカはまだ手を離そうとしないお姉様を冷たく見つめます」

 

 

「ッ!?!?」

 

 

美歌にそう言われ、美琴は慌てて当麻の手を振り解こうとしたが、途中で中断し、

 

 

「い、いいいや、これは違うの。違うのよ! これには理由があって、本意じゃないというか……」

 

 

「そんなに嫌なら別に―――」

 

 

「だ、だから嫌じゃないって言ってるでしょ! ああもう、なんていうか、こう、ねえ!」

 

 

「これが私の素体かと思うとがっかりです、とミサカは失笑を隠せずに述べます」

 

 

「っ、この……」

 

 

これは<妹達>全体に言える事なのかもしれないが、何故か彼女達のオリジナル、そして、姉である美琴への態度はぞんざいである。

 

特に、このミサカ9982号は、猫を助けるために美琴を踏み台にさせたり、勝手に美琴の分のアイスを食べたり、美琴にお茶を奢らせたり、美琴が気に入ってた缶バッチも返さなかったり……

 

性格的なものなのかと言えばそうでもなく、詩歌には躾の行き届いた忠犬のように従順だ。

 

うん……ちょっと調子に乗り過ぎじゃないかしら、と……

 

 

「おいおい、姉妹喧嘩はやめろよ」

 

 

当麻が険悪な雰囲気になり始める前に、姉妹2人に横槍をいれる。

 

 

「あなたそういうのであれば、ミサカはあなたに従います。で、こんな所で何をしているのですか? とミサカはもう1度訊いてみます」

 

 

と、そこで、

 

 

「おや? あそこにいるのは詩歌お姉様でしょうか」

 

 

バッと視線を美歌と合わせると、1km以上先に詩歌がゆったりと、だが、速やかに移動していた。

 

どうやら、目を離した隙に買い物を終えたらしい。

 

そして、豆粒となった詩歌はそのまま曲がり角を曲がってしまう。

 

 

「おい。御坂、早く追い掛けるぞ!」

 

 

「う、うん!」

 

 

「あ、美歌。悪りぃけど急いでっから、また今度な」

 

 

当麻はそのまま美琴の手を引き、慌てて詩歌の後を追う。

 

手の繋いだ男女が街中を駆け抜けるなんて、はっきり言って目立つが、今の当麻はただ姿を見失った妹を尾行することしか考えていない(美琴の方はそうでもないが)。

 

と、そんな2人を見送りながら、美歌はおもむろに<妹達>の中で緊急時用にと、唯一与えられた携帯電話を取り出し、

 

 

 

 

 

 

 

「―――様、ビンゴです、とミサカは報告します」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

幸い、曲がり角を曲がると詩歌の姿はすぐに見つかった。

 

 

「あ、あそこ!」

 

 

遠くからなので良く見なければ分からない。

 

ちょうど、公園の入り口からは死角となりがちな、バス停。

 

そこで、ターゲット――詩歌は、2人の女子学生と話をしていた。

 

 

「佐天さんに初春さん……」

 

 

目を細めて、その顔を確認する。

 

雰囲気的に何か相談していると言ったところだが、彼女達は美琴、それに当麻の知り合いでもある佐天涙子と初春飾利だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……それで、初春さん。何か悩みごとですか?」

 

 

「え、いえ別に悩み事なんて……」

 

 

「……そういうことですか。黒子さんの事ですね」

 

 

「―――!?」

 

 

「黒子さんは決して初春さんを責めてはいないと思いますよ」

 

 

「で、でも、私がちゃんとあの時白井さんを止めてれば、白井さんが怪我するなんて事は……」

 

 

「そうですね。現場の人間を危険に晒してしまうのでは、オペレーターとして半人前です」

 

 

「詩歌さん、それはちょっと……」

 

 

「ですが、黒子さんもまた半人前です。彼女は実力はあるのですが、まだまだ目先のことしか考えられません―――でも、相方の情報処理能力は大変素晴らしいと黒子さんは言っていましたよ。きっと彼女は自分の、そう先を、全体を見渡せる目になれると」

 

 

「え?」

 

 

「要はバランスだと思います。初春さんも、白井さんも、1人ではバランスの取れない半人前。そう、あなた達半人前は2人一緒になってようやく<風紀委員>として一人前。だから、今度こそ、初春さんが危険だと思ったら、黒子さんを後ろへ引っ張りなさい。サポート役だからと言って遠慮する必要なんてないんです。そうすれば、おあいこでバランスが取れますよ。きっと」

 

 

「そう、ですか……」

 

 

「はい。だから、初春さんは視野を広くするように。そうですね~―――ふふふ、まずはすぐ近くにいるお友達の事を気に掛けてみてはいかがでしょうか?」

 

 

「佐天、さん……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ったく、アイツは……」

 

 

用事があるはずなのに、後輩達の相談に乗る。

 

悩みというのは、話を聞いて温かく見守るだけでも解消できるものもある。

 

悩み事があると分かっていても、それを聞くには勇気が必要だ。

 

だけど、彼女は何でもない事のように一歩踏み出す。

 

そうやって、時には説教し、また時には助言をして多くの人間を導いてきた。

 

多分、記憶を失う前から、少女の日常はこんな感じだったのだろう。

 

そうして、詩歌は最後に初春の体を抱きしめ頭をポンポンと撫でたら、そのまま2人を残して立ち去る。

 

 

「……詩歌さんらしいわね」

 

 

美琴も頷く。

 

昔から変わらない。

 

あの頃から――美琴の知っている、ずっと幼い頃から何一つ変わってない。

 

Level5よりも彼女のあり方に憧れを抱く。

 

どんな能力よりも、ずっとずっと不思議で、ずっとずっと大切なものを持っているからこそ自分は上条詩歌の事を姉と慕うのだ。

 

と、詩歌が十分、離れた事を確認すると2人は前に―――

 

 

「あれ? 御坂さんに、お兄さん?」

 

 

―――出たら、佐天に見つかってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「へぇ~、詩歌さんに男友達ですか。気になりますね……」

 

 

すぐに詩歌の後を追いかけたいが、今、佐天達に事情を離さなければ、後で詩歌の耳に尾行していた事が届いてしまうかもしれない。

 

というわけで、簡単に美琴が(当麻も面識はあるが、妹の事になるとまた暴走する恐れがあるので)事情を簡潔に説明。

 

ちなみに、当麻とはもう手は離している。

 

<妹達>ならとにかく、佐天と初春の場合だと事が大事になりそうだからだ。

 

少なくてもしばらく彼女達とは顔を合わせられなくなるに違いない。

 

幸い、詩歌は少し離れた先の服屋へと入っていったので、また買い物しているのだろう。

 

 

「………という訳なのよ、佐天さん、初春さん」

 

 

と、説明し終わったその時、

 

 

「あっ、そういえば――――」

 

 

不意に、ぽん、と何か思い出したように手を叩き、

 

 

 

 

 

「――――昔、『あー君』っていう友達がいたそうですよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

はっ、と美琴は当麻の方に振り向く。

 

佐天達は、上条当麻が重度のシスコンである事を知らない。

 

そう、今の発言が、爆弾である事を知らないのだ。

 

 

「お、お兄さん……」

 

 

が、投下して、すぐにそれが爆弾であると分かった。

 

動物には本能という危険察知能力が備わっている。

 

すぐ近くに天災が迫り来ようとしているのに悟ったのだろう。

 

すぐさま、濃密な覇気が渦巻いている中心から距離を取る。

 

どこぞの根性男のように、いや、それ以上に理解不能なパワーを感じる。

 

今、天に拳をつきだしたら空が割れるかもしれない。

 

 

「『あー君』、だと……?」

 

 

確か、妹は基本『さん』付けだ。

 

人は呼び方によって親密度が分かると言うが、もしそうだとするなら『あー君』なんて呼び方は、相当親密であるという事だ。

 

まあ、妹本人は、相手の本名が分からなくて、代わりに能力名で呼ぼうとしたが、それだと長いので、単純に頭文字だけ取ったのだけれど、それだと『さん』付けが合わないから『君』付けにしたと言うだけで、特別扱いなんてさらさらないなのだが、そんな事は知らない。

 

否、どうでもいい。

 

そう呼ばれている事実が重要なのだ。

 

 

「俺でも『当麻“さん”』なのに……『お兄ちゃん』って滅多に呼ばれねぇのに……」

 

 

嫉妬。

 

果てしなく渦巻く嫉妬の炎。

 

それが上条当麻の兄の怒りと噛み合って、火山大噴火のように覇気を吐き散らす。

 

 

「「「―――」」」

 

 

美琴、佐天、初春は、上条当麻の天を割り、海を裂き、地を燃やし尽くす巨竜のようなオーラに足が固まり、ごくりと唾を飲み込む。

 

上条当麻の右手がゆっくりと、だが、極限まで拳が固められていく。

 

そして、

 

 

 

愚兄の右拳が真っ赤に燃える。

 

幻想をぶち殺せと轟き叫ぶ。

 

イマジン! ブレイカァァーーーッ――――

 

 

 

「―――見つけたわよ、上条」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

と、これから『あー君』とやらに必殺イマジン・ブレイカーをお見舞いしてやろうかと力を1点に集中させようとした瞬間、

 

 

「貴様、作業をサボって、後輩の女の子を侍らしているとは言い度胸ね」

 

 

上条当麻のクラスメイトで鉄壁の女、吹寄制理が出現。

 

すでにクラスの女子全員がフラグを立てられてしまっている中で、唯一カミジョー属性完全ガードを誇る凄い人。

 

カミやん病撲滅を目標と掲げるDr,K.Sも、

 

 

『ええ、幼い頃からずっと当麻さんといたんですけど彼女のような人は初めてです。いや、もう本当に凄い人です。吹寄さんのおかげで、もしかするとワクチンが作れるかもしれないと夢見る事が出来たんですからね』

 

 

と、珍しく興奮を交えて語り、出来れば、彼女のDNAマップが欲しいがそれは流石に倫理観に背くので現在は彼女が通販で購入している健康食品に何か原因があるのではないかと研究中である。

 

さらに、彼女の凄い所はそれだけではない。

 

健康食品を愛用する吹寄はその身体能力も高く、デルタフォースと呼ばれるクラスの三バカ(当麻、土御門、青髪ピアス)を一瞬で、しかも、一撃で仕留められるほどの実力者なのだ。

 

 

「吹寄―――」

 

 

―――ズドンッ!!

 

 

言い訳無用の捌きの鉄槌。

 

このアイアンヘッド……今まで当麻が受けてきた技の中でも上位に食い込むほどの破壊力だ(2位は恐妹の一夫多妻去勢拳)。

 

フラグを立てられていないので精神的に躊躇する事はなく、異常なタフさを誇っていようが、その鉄塊のような頭突きが吹き飛ばす。

 

流石はアンチカミジョー属性。

 

美琴、佐天、初春、そして、吹寄の付き添いで来た姫神は、その迫力に唖然とする。

 

だが、上条当麻も負けてはいなかった。

 

吹寄の渾身の一撃を貰ったはずなのに、バネ飛び人形のようにすぐさま起き上がる。

 

医者にも褒められた? 不死鳥の如き回復力。

 

そして、妹に徹底的に仕込まれた回避力。

 

当麻は本当に人間なのかと、4人は再び唖然、呆然。

 

当麻はすぐさま何事もなかったように、話の続きを再開。

 

 

「つ、土御門はどうした!? 確か、アイツを俺の仕事を代わってくれている筈だぞ!」

 

 

そう、詩歌の事を相談した時、土御門が同じ兄として同情してくれて、今日頼まれていた力仕事は代わりにやってくれる、と固い握手を交わしたはずなのに。

 

 

「何を言っている。奴ならとっとと帰ったわよ」

 

 

土御門の得意技、嘘、騙し打ち、そして、裏切り……

 

 

『カミや~ん、そういや今日は舞夏が来る日なんだにゃ~。だから、ごめんなんだにゃ~』

 

 

土御門元春………やはり、テメェは上条当麻の敵だ!!

 

と、メラメラと土御門への怒りを燃やしていると、大凡の状況を察したのか幾分か優しい声で、

 

 

「元気を出しなさい。仕事が終わったら、詩歌さんがマッサージしてくれる、と言ってたわよ」

 

 

「は? マッサージ……」

 

 

マッサージ……?

 

吹寄はご褒美的な感じで言ったのだろうけど、どうも引っかかる。

 

……あれ? そういえば確か……

 

 

『当麻さん……もし、私の警告を無視するようなら、竜神家裏整体術フルコースをお見舞いしますからね♪』

 

 

……って言ってたような気がする。

 

ということは、

 

 

「あ、あの~、吹寄さん? 1つ聞きたい事があるんですけどよろしいでせうか?」

 

 

「何よ。仕事についてなら学校で指揮している人がいるからその人に聞きなさい」

 

 

「いや、そうじゃなくてですね。もしかして、当麻さんがここにいるのは誰かから聞いたんでしょうか?」

 

 

「ん? ついさっき、貴様の出来の良い妹の詩歌さんから電話で教えてもらったわよ」

 

 

教えてもらったという事は……

 

 

「ッ!?」

 

 

急いで服屋の中に入る。

 

店内をぐるっと見回したが、妹の姿はない。

 

 

「あはは、やっぱりバレてたようね」

 

 

続いて、美琴も店内を見回したが、詩歌の姿は確認できなかった。

 

が、入ってすぐ目の前にあったマネキンの額にメモ帳が、

 

 

 

『当麻さんと美琴さんへ

 

尾行は止めなさい。

 

前にも言ったかと思いますが、まだ時期ではないのです。

 

いつか紹介しますから、今は私を信じて待っていてください。

 

 

 

PS

 

当麻さんはお仕事が終わったら早く帰ってきてください。

 

腕によりをかけた“フルコース”が待ってますので。     』

 

 

 

がっくりと当麻は膝を店の床に付ける。

 

そして、

 

 

 

「不幸だぁ~~~~っ!!」

 

 

 

上条当麻の激痛ランキング第1位――恐妹による竜神家裏整体術フルコース。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふふふ、美琴さんは予想外でしたが、当麻さんの行動パターンは単純ですからね~」

 

 

当麻と美琴の2人は、完全に尾行していたつもりなのだろうがはっきり言って、正門から出た直後から分かっていた。

 

詩歌は当麻が近くにいるかいないかを察知できる。

 

美琴のような能力者の波長は、外側から感じるけれど、当麻が近くにいると、何となく……だが、自身の内側から妙な感覚を覚えるのだ。

 

まあ、第六感みたいなものだろう。

 

それに、前日から当麻がきっと来るだろうとは予測がついていた。

 

何せ幼い頃からずっと慕い、当麻の事を見続けてきたのだ。

 

いざという時ならとにかく普段の当麻の行動パターンなど簡単に読める。

 

だから、ミサカ9982号――美歌に正門から出たら自分の背後をそれとなく探ってくれと頼んでおいたのだ。

 

 

「まあ、これで2人も懲りたでしょう」

 

 

詩歌が今日尾行を許したのは、後をつけても無駄だと、警告ではなく実力で分からせる為。

 

そう、足に杭を打ち込むためだ。

 

釈迦が、手の平の上で孫悟空を転がしたように、当麻の行動パターンを誘導し、最後は大岩を落として反抗心を失くさせる。

 

結局、当麻は今回も妹の手の平の上だったという訳だった。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

“反射”。

 

降りかかってきた災厄をそのまま相手に跳ね返す力。

 

それ故、俺の近くには誰も近寄らないはずなのだが…

 

 

「はい、あー君。お洋服です。ちゃんと指定されたブランドから買ってきましたよ。リハビリが終われば退院ですからね。少しずつリハビリをしておきましょう。あ、その前にお着換えしましょうか。手伝いますよ」

 

 

「勝手なことすンじゃねェー! つーか、テメェは近過ぎンだよ!」

 

 

「ダメです。まだ怪我は完治していないんですから」

 

 

「服の着替えなンざ、テメェに手伝ってもらわなくても1人でできンだよ! だから、とっとと離れろ! テメェは糞ガキの面倒でも見てろ!」

 

 

あいにく、コイツは他人との距離の測り方が独特で、肩が触れるほど近くにいても気にならないという性質で、

 

 

『別に“反射”って、こっちが何もしなければ対して怖いものじゃないですよ。あー君が変な事をしない限りは』

 

 

強く殴れば、強く跳ね返される。

 

弱く触れば、弱く弾かれるだけ。

 

と、“反射”を全く恐れていない。

 

昔なら“反射”を自動で展開していたが、今はそういう訳にはいかない。

 

が、コイツは初めて会った時から“反射”なんてそう恐れていなかった。

 

まあ、それはもう慣れたし、別にどうでもいい。

 

コイツとの距離感を考えるだけで色々と面倒だ。

 

それに……

 

 

「にしても、全く、私とあー君は“ただのお友達”ですのに。ね、あー君?」

 

 

……何故かは知らないが心臓の辺りがざわつく。

 

 

「ふふふ、“これからもずっとお友達でいましょうね?”」

 

 

 

……………………………………。

 

 

ずっと、ねェ…まァ、コイツは……

 

 

「……あァ……」

 

 

少女の笑顔に、少年は適当に返事をした後、色々と複雑な心情を抱きながら、疲れたようにそっと溜息を吐いた。

 

 

 

つづく


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