とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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残骸編 それぞれの日々

残骸編 それぞれの日々

 

 

 

病院

 

 

 

翌日。

 

午前中に上条当麻は学校に連絡を入れて遅れる事を告げると、毎度お馴染みの病院へとやってきた。

 

でも、今回、当麻はどこも怪我を負っていないので、治療のためではなく、つまりは白井黒子の見舞いのためである。

 

本当なら詩歌も来るはずだったのだが、彼女は昨夜から相当な無茶をして、『外』から文字通り飛んで来た後も様々な事件に巻き込まれ、最後は<警備員>から『申し訳ない』と謝罪されたりしたらしくお休み中である。

 

タフな詩歌といえど、流石にグロッキーな状態。

 

ルームメイトの鬼塚陽菜から今朝は泥のように眠っていると報告を受けている。

 

それでも、後で病院にお見舞いに来るそうだ。

 

で、その事を上条当麻は深く感謝していた。

 

今、彼は病室から少し離れた所にある自販機コーナーと喫煙所を合わせたような談話スペースに突っ立っている。

 

そのほっぺたには真っ赤な手形が付いている。

 

訪ねてみたら、黒子はちょうど病室でお着換え中だったのだ。

 

顔面を吹っ飛ばされ、病室の外へ追い出された彼はすぐさま扉の外で土下座。

 

『どうか、どうか。ウチの妹にだけはご内密に』、と額を床に擦り続ける当麻に、同じく黒子のお見舞いに来ていた美琴は若干、頬を引き攣らせつつも当麻の願いを受理した。

 

で、おそらく女性の着替えには時間がかかるだろうと推測した当麻は、横でムカムカしているインデックスを引き連れて、同じ病院にいる御坂妹の方を訪ねてみようという話になった。

 

御坂妹は、現在、他の<妹達>とは別の病室にいる。

 

どうやら、調整中であり、病院から当麻の部屋への全力疾走は相当堪えたらしい。

 

その為、御坂妹は普通の病院ではまず見かけられないような、SF的な強化ガラスのカプセルに満たされた透明な液体の中でふわふわと浮いていた。

 

ちなみにカプセルの中の御坂妹は意識があるらしく、当麻を見て無表情なままぺこりと頭を下げたが、そんな彼女は全裸に白いシールのような電極が貼り付けただけのとんでもない格好をしていて、そこでは怒りを喰らうインデックスに頭蓋骨を噛み砕かれた。

 

それでも、当麻は『どうか、どうか。ウチの妹にはご内密に』とまた、今度はインデックスが頭にくっついたまま額を床に擦りつけた(当の御坂妹は全く気にしていなかった)。

 

午前中だけで渾身の土下座を2発。

 

そんなこんなで。

 

当麻はインデックスと共に、再び談話スペースに舞い戻り、今、ここに恐妹の姿がない事を心底安堵しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……不幸だ。ただでさえ日常的に不幸な当麻さんに不幸フィーバー(確率変動)がやってきましたよ! でも、ありがとうございます! 妹に殺されるだけは見逃してくれたんですね神様!!」

 

 

何だか、今ここに教会の聖母像があれば、黒子へのお見舞いの品である『黒蜜堂』の1個1400円もする(しかもサイズは大きくない)フルーツゼリーの入った紙袋を捧げそうな気がする。

 

様々なボコボコにされた当麻だが、それよりも恐妹の仕置きの方が怖いらしい。

 

と、そんな当麻の心情を知ってか知らずか、(詩歌と当麻によってSAN(正常)値が毎日右肩下がりの)インデックスは自販機の当たりルーレット付きのランプに興味が引かれている。

 

昔、インデックスの前で詩歌がこの自販機でドリンクを買った事があったが、5回連続で見事ルーレットを当てた事がある(話を聞く所によると、どうやら、母、詩菜も同じような経験があるらしい)。

 

そんな事を思い返しながら、インデックスは妹とは真逆の不幸な兄へと声をかける。

 

 

「で、結局とうまじゃなくて、しいかのお友達が片をつけたんだって?」

 

 

「うっ……。いや、一応、念のために詩歌に逃げたのは病院の近くだって教えてもらったけどさ、何か街の一角の窓ガラスが全部粉々になってて屋上にはボッコボコのにされた結標が引っ掛かってて―――その友達って奴がどんな奴かは教えてくれなったけどありがとうって感じだぞ」

 

 

「ふーん。で、とうま、そのお友達の事何にも知らないの?」

 

 

「ああ、何も知らないな……―――が、何となく野郎の気配がする」

 

 

「と、とうま!?」

 

 

いきなり当麻の体から沸々と真っ黒なナニカが出てくる。

 

 

「なあ、インデックス。詩歌の奴、お前にその『お友達』について何か言ってなかったか?」

 

 

言葉の端々に触れるたびに重圧のようなものを感じる。

 

何だかわからないが、詩歌の狂戦士モードに通じるものがある。

 

インデックスは以前、その友達について詩歌が言っていた事を完全記憶能力に収められた情報から引き出し、

 

 

「あ、そういえば、そのお友達はとうまと同年代の男の子だって、言ってた、ような……」

 

 

後半になるにつれて、インデックスの声が徐々に小さくなる。

 

何だかここの空気が重くなっているような気がする。

 

そして、当麻が怖い。

 

割と本気で。

 

 

「そうか……今回の件も含めてきっちり“お見舞い”をしとかなきゃいけねーな」

 

 

と、そこで何故かゴキゴキッ! と不気味な音を立てながら何かを握り潰すように拳を作る。

 

……一体彼は何を“お見舞い”するつもりなのだろうか?

 

ただ極限まで握り締めた拳を見つめながら、口角を吊り上げる当麻にインデックスは恐る恐る、

 

 

「ねぇ、とうま……一体何をお見舞いするつもりなの? しいかの“ボーイフレンド”に」

 

 

一瞬、空気が固まった―――否、死んだ。

 

当麻の握り締めた右の拳から、透明なナニカがズルズルと、そして、竜のような―――

 

 

「インデックス、表現を間違えては駄目だぞ。“ボーイフレンド”じゃなくて“お友達”だ。一度じゃ分かんなかったかもしれねーから、もう一度言うぞ。“お・と・も・だ・ち”だ。知り合いとか知人でも良いかもしれねーな」

 

 

大切な事だから2回言いました。

 

そして、笑ってはいるが、唇は全く動いてなくて、怖い。

 

どうやら、当麻も母親の血をちゃんと継いでいるらしい。

 

そして、当麻さんにとって、『ボーイフレンド』と『友達』の間には絶対に越えられない壁……ではなく、絶対に越え“させない”壁があるそうです。

 

 

「う、うん、お友達だね。分かったんだよ」

 

 

当麻の焦点が朧げな瞳を見て、インデックスは頭を首振り人形のように上下に何度も揺らした。

 

 

 

 

 

病院 とある病室A

 

 

 

「……なンか妙な重圧を感じンなァ」

 

 

一方通行はどこか……おそらく近くから自分を狙う重圧を感じていた。

 

“反射”をしても突き抜けそうな恐ろしい重圧。

 

まあ……学園都市最強の座を狙うどこぞ馬鹿共か?

 

いや……それとは格が違う。

 

それに、以前これと似たようなものを感じた事があるような……

 

……とりあえず、気のせいにしておこう。

 

個室とはいえそれほど広くない部屋の中、ポツンと置かれたベットの上で一方通行は再び布団を被り直す。

 

昨日は色々と大活躍だったが、彼は一般人なら自分の足で立てないほどの怪我を負っているのだ。

 

ベットには、それを道路の上をまたいでいる歩道橋のようにテーブルが設置してあり、その上で、本来の用途は食事をするための食卓なのだが、今、見た目10歳ぐらいの少女が寝そべって足をバタバタと振っていた。

 

かつては裸に毛布1枚と言うとんでもない格好をして、一方通行にあらぬ嫌疑をかけた彼女だが、今は子供ブランドが発売している空色のキャミソールを着ている。

 

これは、とある少女が買ってきたものではなく、ジャージ女が持ってきたものだ(少女が持ってくるのは全部が動物の着ぐるみで普段は寝間着として使っている)。

 

 

「それで詩歌お姉様は無罪放免! 『外』に出て<科学結社>とかいう外部組織をぶっ潰してきたり、それからそこに逃げ込んでいた天井亜雄を説得して捕まえてきたのは秘密だったけど、頼れる後輩に情報操作してもらったってミサカはミサカはミサカ達の得た情報を発表してみたり」

 

 

「あァそォ……」

 

 

「それでヨミカワがそのえむえーあーる? って所へ文句を言いに行ったんだけど、統括理事会の一人の息がかかっているらしく色々と政治的な問題で、門前払いされたって怒ってて、それで徹夜してるのに一時間も謝罪して、おかげで詩歌お姉様はぐっすりとスリープモードなんだって、ってミサカはミサカは詩歌お姉様の事を心配してみたり。……あれ、なんか普段とは想像がつかないほどあなたのテンションが下がってるかも、もしかして詩歌お姉様の事を心配しているの? ってミサカはミサカは首を捻ってみる」

 

 

「…………違ェ。単に朝方帰って来て眠みィだけだ」

 

 

「あーっ! 貴方に眠気は鬼門かもってミサカはミサカは目覚ましミサカにモードチェンジしてみたり! ほらほら朝だよあと2時間でお昼だよってミサカはミサカは詩歌お姉様のようにペチペチと叩いて眠気に負けつつある意識に覚醒を促してみる!!」

 

 

「……」

 

 

コイツは過去に何か俺が眠った事で不利益を被った経験があるのだろうか、と疑問に思いつつ安堵する。

 

もし、少しの間、言い淀んだのに気付かれたら……厄介だ。

 

今回、アイツは無茶したのかもしれないが、それは彼女自身の傲慢が招いた結果だ。

 

初めから、自分にも協力を………と、そこで一方通行は思考を停止する。

 

もう、これ以上この事について考えるのは面倒だ。

 

一方通行は布団を被って耳を塞ぐ。

 

電極を通してミサカネットワークに演算を補助してもらえば、以前と同じとまではいかないが、ある程度は能力が使えるようになる。

 

だが、普段のそれは一般的な言語・計算能力と紫外線など最低限の反射項目だけにしか割り当てていない。

 

無駄に試作品のバッテリーを消耗させる事になるからだ。

 

 

「っつか、今度、アイツが何か余計な真似しそうだったらすぐに教えろ。ドンくせェーアイツなンかよりも手っ取り早く解決してやる。わかったな。これ以上アイツを調子に乗らしたらメンドーなンだよ。ガキはガキらしく気楽に冷房の利いた部屋ン中でベットに潜ってグースカ寝てりゃ結果ァ出てるってンだから―――ごがっ。“他方どうか教義によってそこで標的の上に俺の言語能力を取り上げないでくださいです”っつってンだろ!!」

 

 

途中から言葉が崩れたまま一方通行は怒鳴る。

 

ミサカネットワークを使って一方通行の言語野の代理演算を干渉したのだ。

 

ちなみに本人は『人の言語野をそっちの都合で取り上げんな』と言っているつもりである。

 

 

「ミサカはそんな罵詈雑言を聞くために代理演算している訳じゃないもん。それに詩歌お姉様の悪口は絶対に許さないんだよ、ってミサカはミサカは可愛らしく反抗してみたり―――って、ぶわっ!? そんな掛け布団でミサカの体をくるんで一体どうするつもりなの、ってミサカはミサカはちょっぴり危機感を抱いてみる!!」

 

 

今度、アイツに会ったらこの機能を改善するように言っておこう、と一方通行は心に誓った。

 

 

 

 

 

病院 とある病室B

 

 

 

一方、病室Aの隣の病室Bでは、

 

 

「さ、さぁ、ささささささ、さあお姉様。この白井黒子にウサギさんカットのリンゴを食べさせる至福の時間がやって参りましたのよ! うふふ、うふふふふ!!」

 

 

「うるさい黙れ何で昨日の今日でもうそんなに活力溢れてんのよ黒子!?」

 

 

「それはもちろん大お姉様の“愛”のおかげですわ!! だから、お姉様も黒子に“愛”を!!」

 

 

黒子的にはあの光は詩歌の愛であり、形も重さもないけど、今も黒子の胸の奥にキラキラと輝いている―――そう、思えるだけで活力が湧き出てくる。

 

ニッコニコの笑顔と共に愛しのお姉様に迫ろうとする白井黒子を、御坂美琴はどうにかしてベットに押し戻して掛け布団をかける。

 

 

「あ、ああ……。お姉様の手で乱暴にベットに押し倒されるこの感触。や、やはり体を張って肉弾戦で取り組んだのは正解でしたの。世界が、世界が今とても輝いて見えますわ!」

 

 

「アンタ絶対安静って言葉の意味を知ってんの!?」

 

 

「大人しくして欲しければウサギさんリンゴを食べさせてくださいですの。そういえばさっき病室に来てたあの殿方だって家庭的な女の子の方が好みではありませんの?」

 

 

「……。そ、そう、なのかな。やっぱり詩歌さんみたいに。ねぇ、黒子、アンタ本当にそう思う?」

 

 

―――トントン

 

 

「って超適当に言ってみたワードになんてウブな反応してますのお姉様は! やっぱり、やっぱり先ほどわたくしの着替え中に入ってきた、あの野郎がお相手でしたのね!! あの若造がァああああ!!」

 

 

これだけの怪我を負ってこんな元気にバッタンバッタン跳ね回ってんだコイツは、と美琴は驚異の生命力を前に愕然とする。

 

 

―――トントン

 

 

また、怪我をして満足に動けない黒子の代わりに、覗き魔にビリビリビンタをぶち当てなくても良かったのではないかと彼女はちょっと後悔した。

 

 

―――トントン

 

 

あの結標淡希は母校の霧ヶ丘女学院では留学扱いされた事後報告など、そんなものはどうでもよさそうだ。

 

 

―――トントン

 

 

とそこでようやく、ドアが何度もノックされているのに気づく。

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

と、美琴が返事をすると、ドアが開き、先ほどお見舞いに来たインデックスと上条当麻と、

 

 

「ふふふ、黒子さん。お見舞いに来ましたよ」

 

 

上条詩歌がいた。

 

ただし、凶器的なナニカを柔らかな毛布で包んだ物凄く危ない笑顔を浮かべている。

 

 

「お、おう、し、しし白井さん。元気そうですね。これお見舞いの品です」

 

 

と、油の切れたロボットのようにギクシャクした動きで黒子のベットに備えつけられたテーブルに紙袋を置くと、そそくさと、

 

 

「じゃ、これで」

 

 

適当に挨拶を済まして病室を出―――

 

 

「当麻さん……少しお話しませんか?」

 

 

―――る前にガシッと詩歌の手が、指の第1位関節まで食い込むほど力強く当麻の肩を捕らえた。

 

 

「し、詩歌さんは後輩達と楽しくお話でもしてみたら良いかと当麻さんは思うのですが」

 

 

「ええ、そうですね。先ほどの『黒子さんの着替え中に入ってきた、あの野郎』の話について詳しくお聞きしたいですね。私、とっても気になるんですよ。その話……。黒子さん? 良ければ話してもらえませんか? 嘘偽りなく詳細に、ね?」

 

 

「は、はいですの!」

 

 

ゾクッとさせられる詩歌の冷笑にこの場にいる全員が凍りつく。

 

一応、この病室の主は黒子なのだが、今、ここに君臨しているのは間違いなく詩歌である。

 

 

「フフフ、当麻さん。今日は特別に女の子同士の会話の中に混ざってみませんか? とっても面白いですよ」

 

 

駄目だ。

 

この話題に入ったら間違いなく当麻さんは死んでしまいます。

 

早く。

 

一刻も早くこの部屋から―――

 

 

「し、詩歌様。当麻さんは女の子の会話に混ざれるほど経験値が少ないかと思うのですが」

 

 

「ふふふ、大丈夫です。何事も経験ですよ。それに“覗きもできるんですから会話なんて簡単ですよ”」

 

 

ヤバい。

 

本気でヤバい。

 

助けを求めるが、誰も当麻から視線を逸らされる。

 

何となくだがお通夜みたいにしん、と静まった雰囲気になっているような……

 

 

「詩歌様。そろそろ肩を放してくださいませんでしょうか? 当麻さんの肩はとにかく、詩歌様はまだ病み上がりなんですから……」

 

 

「大丈夫です。ええ、もう。本当! どこぞの覗き魔のおかげで、とっても力が漲ってきます、よっ!!」

 

 

―――メキッ! メキメキ! ズブッ!!

 

 

ああ、この音を聞くのは久しぶりだな、と美琴は思う。

 

それと同時に、やっぱりさっきのビリビリビンタはやり過ぎたのかな、いや、これと比べればそうでもないか、と諦めに似た乾いた表情を浮かべる。

 

ふと、せめてアイツの最後は見取ってやろう、と視線を向けると、姉の細い指が、第2関節まで肩に食い込んでいた。

 

いや、もうこれは突き刺さっていると言ってもいいのかもしれない。

 

 

「~~~~~~ッ!!?」

 

 

当麻はギリギリ声を洩らしそうになるのを堪える。

 

そして思う。

 

やっぱり神様(テメェ)はいつかぶん殴る、と。

 

妹と合流したのでもう一度、という事で扉の前に立ってみたら、部屋の中から楽しそうな会話が聞こえてきた。

 

 

『って超適当に言ってみたワードになんてウブな反応してますのお姉様は! やっぱり、やっぱり先ほどわたくしの着替え中に入ってきた、あの野郎がお相手でしたのね!! あの若造がァああああ!!』

 

 

……と。

 

そして、当麻は『逃げたら殺す』と文字が浮かんでそうな笑みと共に絶対零度のオーラを発しながら、病室の扉を叩く、淡々と扉を叩く、誰よりも怖い恐妹の隣で、ふと思う。

 

 

(あれ? 俺って病院に来るたびに殺されかけてね?)

 

 

……と。

 

きっとこの兄妹ともによくお世話になっている病院は上条当麻にとって鬼門的な場所なのかもしれない。

 

今度、ここにいるカエル顔の医者に建物のお祓いを頼んでみようか。

 

 

「黒子さん、お見舞いに来てすぐに悪いのですが。当麻さんが少し体調が悪そうなので、席を外させてもらいますね」

 

 

え、何? と心の中で神様への暴言を吐いていたら、知らぬ間に事態が動き始めている。

 

何だかこのまま連れてこられたらもう2度と現世には帰ってこれない気がする。

 

必死に元気ですよ、当麻さんは超元気でございますよ、と口には出さず、視線と肉体言語でアピールするも、やはり全員気の毒そうに視線を逸らしてしまう。

 

 

「は、はい遠慮なくどうぞ……」

 

 

その時、流石の黒子も当麻を憐れんだようだ。

 

 

(ああ、不幸だ……)

 

 

そうして、上条当麻は『ドナドナ』の歌をバックミュージックに黒子の病室から出ていき………そのままお帰りになったそうだ

 

体調不良だという事で、付き添いのインデックスと共に帰っていった。

 

部屋の外から聞こえてきた男の苦しみに喘ぐ声と、ニコニコと笑顔で戻ってきた詩歌の右手に真っ赤なものが付着していたような気がするが……

 

 

『フフフ、ちょっとトゥマトを握り潰しちゃったんです』

 

 

気のせいであろう。

 

発音がおかしかった気もするが気にしちゃいけない。

 

うん、一体どこからトマトが出てきて、何で握りつぶしたのかは分からないが、彼女の言う事は絶対である。

 

たとえ黒であろうとも……

 

 

 

閑話休題

 

 

 

ちょっと手を洗ってきますね、と再び詩歌は席を外し、美琴と黒子は2人きりになる。

 

兄妹に色々と場を騒がされた事もあってか、会話のリズムが途切れる。

 

僅かに静寂が訪れ、温めていた空気が冷えていく。

 

閉じた口を再び開くのには、想像以上に力が必要だった。

 

美琴はその原因を知っている。

 

今はほとんど塞がりかけているものの、自分の後輩の体には何か所も貫いた重い傷があった。

 

結局、自分はまた巻き込んでしまったのだ。

 

<妹達>に、姉に、愚兄に、そして今度はただの後輩まで……

 

 

「何となく、ですの」

 

 

そんな美琴の思考を断ち切るように、黒子はベットの上から声をかける。

 

え? と顔を上げる美琴に、白井は笑いかけ、

 

 

「何となく、気付かされましたわ。あの場所が、お姉様達が戦っている世界なんですのね。わたくしには何がなんだかサッパリな事ばかりでしたわ。特に最後にお姉様達が駆けつけてきた後なんて、馬鹿馬鹿しくて途中で思考が何度も止まりましたもの」

 

 

小さく小さく黒子は笑って、僅かに力を抜く。

 

 

「きっと今のわたくしでは、そこに立つ事ができませんの。大お姉様の助言があろうとも、無理についていこうとすれば、結果はこのザマですわ」

 

 

「黒子……」

 

 

美琴は僅かに痛みを受けたような顔をする。

 

しかしそれはすぐに新たな表情に隠される。

 

彼女はそれを隠せる人間だ。

 

彼女の姉である詩歌もそう。

 

彼女はどんな時であろうと笑みを崩す事はない。

 

だからこそ、2人は強いけれど脆いのだ、というのを黒子はよく知っているが。

 

 

「お姉様。もしも貴女が自分の力のせいでわたくしを事件に巻き込んだと思っているのなら、それは大間違いですのよ」

 

 

「え?」

 

 

「当たり前でしょう。わたくしが弱いのはわたくしの所為ですのよ。そこにどうしてお姉様が関わるんですの? 馬鹿にしないでくださいな。わたくしの自分の負った責任ぐらい自分で果たせる人間ですのよ。貴女に背負ってもらっては、わたくしの誇りはズタズタですの」

 

 

そして、黒子は病室の扉、その先にいるであろう彼女に、

 

 

「それから、大お姉様。今回もわたくしは自分の取った道に後悔はしておりません。たとえ大お姉様が止めようともわたくしはこの道を選んでいましたわ。皆が笑って終えられるハッピーエンドこそがこの白井黒子自身の絶対に譲れない『正義』なんですから」

 

 

―――だから

 

 

「お姉様も、大お姉様も笑って下さいな。失敗してそれでも無事に帰ってこれた後輩を見て、何やってんだこのヘタクソと指を指して爆笑すれば良いんですの。わたくしはその楽しい思い出が糧としてあれば、もう1度立ち上がろうと思えるのですから」

 

 

それに、と黒子は心の中で付け加える。

 

 

(あくまでも、『今の』わたくしには、ですわ。わたくしには、白井黒子は、こんな所で立ち止まる気など毛頭ありませんもの。ですから、お姉様、大お姉様、しばしのお待ちを。目的地を知った黒子は速いですわよ)

 

 

この場所の居心地の良さを知り、だからこそ、彼女は戦場へ戻る覚悟を決める。

 

 

 

 

 

こうして、白井黒子は自分の身の程を知った。

 

そうして、自分の手では届かぬ世界があると知った。

 

しかしだからこそ、彼女は諦めるのではなく、さらに上へと手を伸ばす。

 

決して、高い位置へのし上がりたいのではなく。

 

ただ1つ、今ここにある場所を守りたいが故に。

 

 

 

 

 

病院 とある病室B前

 

 

 

「ふふふ、やはり黒子さんは期待の新人です」

 

 

上条詩歌は笑みを零す。

 

直に見なくても、この声の響きで分かる。

 

きっと今の彼女の目は輝いている、と。

 

あの時、彼女を試した時と同じように、いや、それ以上の輝きを放ているに違いない。

 

あの強盗犯と対峙した後、黒子は<風紀委員>としてメキメキと成長していったのは知っている。

 

今でも多少無茶な行為をしてミスをする事があるが、そのぐらい積極的でなければ成長は上手く望めない。

 

だから、きっとすぐに自分に白井黒子にしかない色の輝きを見せてくれる。

 

そして、今回、成長したのは黒子だけではない。

 

<妹達>もだ。

 

彼女達は、自分達で考え、迷いの果てに、自分の課した約束を破った。

 

約束を破った事は怒るべきなのだろうが、それ以上に彼女達自身の意思で動き出したことは喜ばしい事だ。

 

そして、後もう1人、

 

 

「ふふっ、黒子さんのお見舞いが終わったら、次はちょうどお隣ですね」

 

 

詩歌は鞄の中にある小包の数が2つあるのを確認する。

 

1つは可愛い少女にあげる子供にも食べやすい甘いクッキー、そして、もう1つは彼が気に入ってくれたビター味のクッキー。

 

昨日、結局は彼の手を借りてしまったのだからこれはその礼だ。

 

親友と後輩にも感謝の気持ちを込めて贈ったが、まあ、きっと彼は素直には受け取ってくれないだろう(でも、何だかんだで受け取ってくれるに違いないと)。

 

 

(皆、成長していくんですね。少しだけ淋しい気がしますが、本当に嬉しいです。これはきっと祝福すべき事なんでしょうね)

 

 

そうして、少女は笑みを浮かべる。

 

いつものように幸せな笑みを。

 

 

 

つづく

 

 

 

ボツ案

 

 

 

「そう―――だから、貴女の事なんて本当は気にしちゃいないの」

 

 

結標は改めて黒子を迎え入れるように両手を広げ、黒子はその結標を見つめ、そして、そんな二人の耳についさっきまで聞いていた彼女“達”の声が聞こえてきた。

 

 

 

「邪魔するわ」 「邪魔するよ」 「邪魔しちゃうゾ☆」 「邪魔する」 「邪魔します」

 

 

 

上から降ってくる裂帛の気合。

 

 

 

「何者っ!?」

 

 

 

結標が、天井を睨み上げた。

 

つられて、館内にいる人間の視線が一斉に上に向く。

 

そこに見えるは、二階のギャラリーに立つ五人の人影。

 

 

「グリーンエース、御坂美琴!」

 

「レッドキング、鬼塚陽菜!」

 

「イエロークイーン、食蜂操祈!」

 

「ブルージャック、近江苦無!」

 

「ホワイトジョーカー、上条詩歌!」

 

 

掛け声とともにビシィッとポーズを決めて、

 

 

 

「「「「「五人揃って絶対可憐のお嬢様戦隊・ロイヤルストレートフラッシュ!!」」」」」

 

 

 

ドドドーン!!!!

 

 

「く、黒子にもデュースブラックを!」

 

 

「白井さん本気!?」

 

 

「怪人ショタコーン、覚悟!」

 

 

「ちょっと、何よ! その不名誉な呼び名!!」

 

 

 

つづきません


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