とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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残骸編 譲れぬもの

残骸編 譲れぬもの

 

 

 

RFO 屋上

 

 

 

「……本当にやる気なの……」

 

 

見れば分かる。

 

白井黒子の体力は底をついており、本気で力を振るって戦うとなれば、10秒も保たないだろう。

 

そんな状況下で、欠陥を抱えている<空間移動>よりも圧倒的に性能が上の<座標移動>との戦闘。

 

 

「もう、<空間移動>の計算式は組み上げられないほど限界なんでしょう?」

 

 

結標を黒子は睨む。

 

あの時、強盗犯と対峙した時のように。

 

結標は冷静に黒子のガス切れ状態を見切ったのか、緊張が取れ、余裕の笑みを浮かべる。

 

 

「もう一度だけチャンスを上げる。この奇襲もさっきの借りで構わないわ。ああいう子供のような仕返し嫌いじゃないわ。だから、私と仲間にならない?」

 

 

「お断りですわ、そんなもの」

 

 

満身創痍の今の状況……あの時と愚かな選択肢を取った時とよく似ている。

 

そして、あの時、あの強盗犯と対峙した時、尊敬する大お姉様――上条詩歌は言った。

 

 

『能力に意思はない。使う人自身によって何色にでも染まる』

 

 

白井黒子はその言葉を今でも覚えている。

 

その言葉はその時の彼女の憂いと共に、黒子の胸の奥に刻まれている。

 

 

「何度も言わせないでくださいます? そんな自分に酔っ払った台詞で、『この白井黒子を丸め込めると思っていますの?』 それとも、もしかして貴女。わたくしに冷めた目で見られる事でゾクゾクしたかったんですの?」

 

 

だが、あの時のように助けが来るとは限らない。

 

だからこそ、黒子は自分の足で立つのだ。

 

今度こそ己の手で決着をつけるために。

 

 

「分かってないの? もしもヒト以外のものに超能力を宿せるとしたら、私達だって空間移動能力者なんて怪物にならずに済んだじゃない。そもそも私達は、こんな危険な能力を持たなくても良かったはずなのに―――」

 

 

「馬鹿馬鹿しい、と切り捨ててあげますわね。どんな可能性を示された所で、わたくし達の能力が消えてなくなる訳じゃありませんもの」

 

 

「……、」

 

 

「もしも貴女が、これからの子供達のために可能性を追求しているのなら、わたくしは素直に感動の涙を流したでしょうね。けど、すでに能力者になってしまったわたくし達に、他の可能性を提示した所で何になりますの?」

 

 

尊敬する大お姉様――上条詩歌が数多の能力者を開花してきた理由。

 

それはその人自身の道を貫かせる為に。

 

色を……その人の可能性を輝かせる為に。

 

皆を幸せにするために……

 

決して―――

 

 

「能力が人を傷つける、何て言い草がすでに負け犬してますわよ。わたくしならその力を使って崩れた橋の修復が済むまで、橋渡しの役割でも担ってあげます。地下街に生き埋めになった人々を地上までエスコートしてご覧にいれますわ。力を存分に振るいたければ勝手に振るえば良いんですの。“振るう方向さえ間違わなければ”」

 

 

―――不幸にさせる為ではない。

 

 

「……力が怖い? 傷をつけるから欲しくない……? 口ではそう言いながら! 人にこんな怪我を負わせたのはどこの馬鹿ですのよ! 自分達の行いが正しいか否か知りたければわたくしの傷を見なさい! これがその答えですわ!!」

 

 

能力に意思はない。

 

人を救う道具にもなれば、他者を傷つける武器にもなる。

 

そう、それは能力者によって決まるのだ。

 

彼女をよく知る者が『詩歌さんは滅多に本気を出す人ではない』、と言う。

 

万能の使い手である上条詩歌が、誰よりも能力を上手く使える天才が、大体の戦いにおいて、能力ではなく体術、その拳を主体とするのを好む理由はここにある。

 

他者の色を、武器として、暴力として、人を不幸にさせる道具として、使いたくないからだ。

 

危険な能力を持っていれば、危険に思われるなんてありえない。

 

大切な能力を持っていれば、大切に扱ってもらえるはずがない。

 

自分やお姉様、大お姉様が、そんな楽な方法で今の場所に立っているなんて勘違いも甚だしい。

 

皆努力して、頑張って、自分の持てる力で何ができるか必死に行動して、それを認めてもらってようやく居場所を作れている。

 

能力とはその人次第で、他者からの見方は変わるのだ。

 

ぐらぐらと、身体は揺れているものの、精神は、2人のお姉様の共通の確固たる信念という1本の芯が入っているように決して曲がらず真っ直ぐに。

 

お姉様がその気になれば、本気の超電磁砲を一発ぶっ放して解決だ。

 

しかし、それでも血の惨劇で幕を閉じるのが嫌だからという理由だけで最短の解決方法を自分から捨て、大お姉様と一緒に、味方である自分ばかりか、敵である貴女まで救う方法なんて馬鹿なことを真剣に考えて。

 

わざわざその身を危険にさらしてまでもそれを実行する。

 

 

 

だからこそ、白井黒子はあの2人をお姉様とお呼びしている。

 

 

 

今の白井黒子を支えるのはその確固たる信念。

 

開いた傷口から溢れる血で服も身体もベタベタに汚して。

 

その小さな手で拳を作る。

 

あの時見た上条詩歌の拳のように。

 

宿る能力などに関係なく、相手を“無傷”で仕留めた活人拳。

 

あの一撃を投影して見せるかのように、黒子は1歩1歩前に、結標へ近づく。

 

 

ひ、と結標が短い悲鳴を上げる。

 

 

あまりの気迫に結標の身体が後ろに押されてしまう。

 

今、目の前にいる白井黒子は強い。

 

能力の有無を問わず、そんなものとは別の次元で、根本的に、強い。

 

その強さに圧倒され尻もちをつき、そのまま後ろへ下がろうとする。

 

<座標移動>を使えばもっと効率良く動けるはずなのに、彼女はそんな事も忘れている。

 

焦りと恐怖で計算式の組み上げができないのだ。

 

先ほどとは立場が逆転し、黒子が結標を見下ろす。

 

そして、結標の目は最早他の現実を映さず、ただゆっくりと歩いている白井黒子のみに固定化されている。

 

 

―――負ける。

 

 

結標淡希は根拠もなしに漠然と思う。

 

 

―――負ける。理屈じゃない。これは、絶対に負ける。

 

 

両者の距離はもう3mもない。

 

あと2,3歩で結標まで拳が届く。

 

もう彼女は、<座標移動>では、<空間移動>の自分には勝てないと認めてしまっている。

 

と、その時、

 

 

 

『(硝煙の臭いがします。それにあの右手を入れているジャケットのポケットの不自然な膨らみ……拳銃も所持していますね。学園都市製のものではなく、『外』のものでしょうけど)』

 

 

 

ふと、白井黒子の脳裏にあの時の詩歌の言葉が甦る。

 

そう、確かこの匂いは―――

 

黒子は咄嗟に手を伸ばす。

 

 

「ひ、ひひ―――」

 

 

結標が肩にかけている制服の内側、腰に備えつけていた軍用懐中電灯とは別の、外部組織の連中から預かった武器――拳銃を取り出し、白井黒子に向け―――

 

 

「―――ッ!?」

 

 

―――拳銃が消えた。

 

分からない。

 

どういう事なのか、何が起きたのか理解できない。

 

黒子に向けようとした瞬間に、拳銃が虚空に呑みこまれ―――黒子の伸ばした右手の中に収まっていた。

 

 

(ど、どういう―――ま、まさか!!?)

 

 

 

「あら、わたくしにもできましたわね―――“<座標移動>”」

 

 

 

格下の空間移動系能力者だと思っていた彼女が、自分と同じ<座標移動>を使った!?

 

まさかの逆襲。

 

上条詩歌の応用コースで感覚を掴み、

 

<座標移動>を何度も見せてもらい、

 

そして、結標淡希の精神を投影した。

 

結標の精神を投影する為に、強引に自身の枠が広げた今だからこそできたのかもしれない。

 

おそらく、もう一度は無理であろう。

 

だが、白井黒子は結標の取り出した拳銃を自分の手元に跳ばさせる<座標移動>を成功させた。

 

まずい。

 

撃たれる―――と、結標が思った瞬間、

 

 

「でも、わたくしにこんなものはいりませんわ」

 

 

と、黒子は結標から奪い去った拳銃を―――

 

 

「え」

 

 

―――何の躊躇いもなく後方へと放り捨てた。

 

この拳さえあれば十分だと、本気で必要ないかのように、拳銃を、武器を、不要だと断じた。

 

結標は拳銃が遠く、彼方へ行くのを目で追う。

 

 

―――カン

 

 

そして、落ちた音が響いた瞬間、

 

 

「は、は」

 

 

結標淡希は笑った。

 

白井黒子の先ほどの言葉が本物であると、そして……認めてしまった。

 

能力など関係ないと。

 

今まで誰かを苦しめてきたのは、こんな怪物みたいな能力――<座標移動>があるからだと思っていた――そう思い込んでいた。

 

しかし、そんなのは関係なかった。

 

結標淡希は能力がなくても他人を傷つけられると。

 

 

「能力あろうとなかろうと自分の目的の為に他人を傷つけたのは―――」

 

 

結局悪いのは自分の能力ではなく、それを操っていた―――

 

 

 

 

 

「―――貴女ですのよ!!」

 

 

 

 

 

白井黒子の拳が結標の顔面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

……衝撃はそれほど強くはなかった。

 

あれほどの重傷を負っているのだ。

 

それに、無理をして<座標移動>。

 

白井黒子の拳に結標淡希を倒すほどの衝撃はなかった。

 

だが、痛かった。

 

だが、重かった。

 

そして、その拳と共に放たれた言葉は―――

 

 

「結局、悪いのは……」

 

 

―――結標淡希の心を折った。

 

 

唇が渇く。舌が乾く。喉が渇く。白井黒子の言葉に反論できない。

 

 

「くっ―――」

 

 

殴ったはずの黒子の方が倒れてしまう。

 

渾身の力を振り絞らず、ただ拳銃の引き金を引いていればこんなことにはならなかったはずなのに……

 

結標はただ無言の沈黙のままに結論を出す。

 

全ての元凶は。

 

自分の周りで、今まで誰かが傷ついたのは。

 

目の前の彼女を、拳銃で撃とうとしたのは。

 

己の不幸を能力のせいにして安心していた、自分の弱さにあったのだと。

 

結標淡希は、思い出す。

 

自分と同じ志を持っていたと信じていた能力者達。

 

怪物のような自分の力に脅え、本当にその力を持つ必要があったのか、それを求めるために戦っていた仲間達。

 

建設途中のビルで、御坂美琴の雷撃から結標を守るために、自ら盾になるとまで進言してくれた人々。

 

結標は、自分が彼らと同じ人間だと信じていた。

 

信じていたのに、答えは違った。

 

自分は……怪物だった。

 

力ではなく、結標自身が人を傷つける怪物だった。

 

彼らを騙して、彼らと同じ居場所に立っているだけに過ぎなかった。

 

 

「は、ァ……ァ、がっ。ガァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 

両手で頭を抱え、結標は仰け反って絶叫する。

 

掴んでいたブレザーをかなぐり捨て、裸の上半身が露わになる事など頭になく。

 

ただ頭を掻き毟り、叫び、吠え、顔面の筋肉を存分に歪ませて、腹の底に溜まった物を全て吐き出そうとするように。

 

 

「が、あァ!! あ、あ、あ、ああああああああああァァあああああああああああああああああああああァァあああ!!」

 

 

結標は歪んだ獣のような顔で、感情のままに軍用懐中電灯を引き抜き、<座標移動>ではなく、それ自体を鈍器として黒子の頭上に―――

 

 

「ひっ、あ。あ、あ?」

 

 

―――感触が消えた。

 

振り上げた瞬間に、握っていたはずの軍用懐中電灯の感触が消えた。

 

結標は首を捻る。

 

こん、という軽い音が遠くで聞こえた。

 

15mほど横合いの床に、唐突に軍用懐中電灯が落ちた。

 

<座標移動>。

 

白井黒子のではなく、結標淡希自身の……

 

だが、結標は転移させようなんて考えてなかった。

 

そして、“考えていなかったのに勝手に飛んだ”。

 

その意味を、結標がほんの少しだけ思いを巡らそうとした瞬間、

 

 

ゴッ!! という轟音と共に彼女の能力が暴発した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(最悪、ですの……)

 

 

失敗した。

 

結標淡希はトラウマを持つ、不安定な空間移動系能力者だ。

 

だからこそ、彼女を追い詰める際には細心の注意を払う必要があった。

 

 

 

『でも、あまり相手の嫌がる事をしますとしっぺ返しを喰らいますので要注意です』

 

 

 

その事を大お姉様から忠告されていたというのに。

 

 

『殺す……』

 

 

低く唸るような、今の彼女と同じように歪んだ声。

 

 

『絶対殺す! 貴女だけは、貴女だけはッ!! よくも、“この私を壊してくれたわね”!! 

貴女がいなければ、私はまだどうにでもなったのに!!』

 

 

わたくしは彼女を壊してしまった。

 

 

『―――何があっても貴女を殺す。離れた所にいたって、私は貴女を仕留められるのだから。“不出来な貴女と違って、優秀な私なら”』

 

 

壊された彼女に向けられたわたくしへのドロドロに濁った憎悪。

 

 

『……1000kg以上は体に障ると<開発官(デロペッパー)>から止められているけど、私の<座標移動>は最大重量は4520kg。逃げながらでもここへ叩きこめるわ。貴女はもちろん、この建物だって巻き込んで倒壊させられるでしょうね』

 

 

地に伏すわたくしに突き刺さる純然たる殺意。

 

 

『うふ、ぶち壊してあげる。貴女が私を壊したのだから、私もしっかりお返ししてあげるわね、白井さん。この建物ごとまとめて押し潰したら、貴女の体はどこまで押し潰されてしまうのかしらね』

 

 

最後に、感情のまま蹴り飛ばすと、崩壊し、ぐちゃぐちゃになった目的と手段を抱えて、その先の未来すら分からず虚空へ消えた。

 

己が怪物だと自覚してしまった彼女に歯止めはない。

 

きっと、彼女は宣言通り殺しに来るだろう。

 

迷える羊の群れの中にいたから、自分も羊だと思っていたのだろうが、結標淡希は狼だった。

 

羊として生活していた道化のような狼。

 

その羊の毛皮に少し破いてしまっただけで、ボロボロと崩れ去り、元の狼に戻ってしまった。

 

もう、彼女が、再び羊たちの群れに戻るのは困難。

 

なんと憐れなのだろう。

 

だが、彼女に対して憐みはあるかもしれないが、それよりも、

 

 

(無惨、ですわね)

 

 

お姉様達の計画を台無しにしてしまった事への謝罪の念の方が大きかった。

 

彼女を壊してしまい、

 

そして……白井黒子は殺される。

 

結標の<座標移動>最大重量4520kgのその力を駆使して、圧死させられようとしている。

 

けれど、黒子にもう力はない。

 

身体も動かず、能力も使う事……<空間移動>で逃げる事は出来ない

 

そして、今すぐここから逃げなければ、黒子は終わりだ。

 

 

(敵を残し、処刑を待って、その上で愚かにも相手を活性化のみならず暴走までさせて。白井黒子は本当に大馬鹿野郎ですわね)

 

 

尊敬するお姉様達の力になりたいと願い……結局、自分は2人を不幸にさせてしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

上条詩歌と御坂美琴。

 

2人は小さい頃から幼馴染で、家族ぐるみの付き合いがあり、そして、深い絆で結ばれた義姉妹。

 

常盤台中学に入学し、以前お世話になった詩歌から、自慢の妹であると美琴を紹介され、その時に、黒子は2人の信頼関係の深さを知った。

 

血ではなく、心で結ばれた姉妹であると。

 

そして、教えられた。

 

時たま2人と顔を合わせる程度の接点しかなかったが、それでも白井黒子は大切な事を教わった。

 

 

礼儀とは、自分を飾るのではなく、相手に安堵を抱かせる為のものだと知った。

 

作法とは、相手に押し付けるのではなく、自分から導いてあげるものだと知った。

 

教養とは、見せびらかすためではなく、相手の悩みを聞くためのものだと知った。

 

誇りとは、自分のためではなく、相手を守る時に初めて得られるものだと知った。

 

 

ただ、見ていれば分かる。

 

そういう風に扱われれば、嫌でも自分の小ささが身に染みる。

 

<微笑みの聖母>と謳われる詩歌は言うに及ばず、美琴であっても、一見、乱暴で雑に見える行いの中に、そうした基本事項を全て理解した上で形を崩しているだけに過ぎない。

 

路上の喧嘩にすら『決闘の流儀(フラーズダルム)』を代表とした、様々な戦いの作法を組んでいる節がある。

 

上っ面だけを真似て土台の分かっていない自分とは大違いだ、と黒子は今でも思う。

 

彼女たちなら。

 

上条詩歌と御坂美琴なら。

 

きっと、ヘマなんかしないし、それどころか敵ですらも助けてしまうのかもしれない。

 

身勝手で、図々しくて、恩着せがましい蚊帳の外からの意見に過ぎないけど、黒子は思う。

 

あの2人なら、この程度の危機なら危険の内にも入らない。

 

ニコニコ笑って現場へ真正面から突撃し、相手に反撃の暇も与えず一気に制圧して、そのまま無傷で現場から戻ってくるだろう。

 

こんなピンチだってものともせずに。

 

どれだけの状況であっても決して後ろへは退かず。

 

まるでヒーローのように、ここで倒れている馬鹿な後輩を助けてくれるかもしれない。

 

そう……

 

 

「―――黒子さん。助けに来ましたよ」

 

 

こんな風に微笑みながら……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ミシリ、と空間が音を立てた。

 

 

来る。

 

おそらくもう10秒もしない内に、4520kgもの重圧が空間を超えて襲い掛かってくる。

 

だというのに、

 

 

「ふぅー、疲れました。陽菜さんが<風紀委員>に御用になって美偉さんと口論になったり、もう疲れた私帰ると駄々こねる操祈さんにちょっとお願いしたり、まー急いでやってきたのですが、骨が折れますね……それに、どうやらここはもうすぐ崩壊するでしょう。……まあ、暴走していたからすぐに場所は分かったのですが」

 

 

と、いつもと変わらぬように上条詩歌は冷静に状況分析していた。

 

何故、どうやって、ここにきたのか?

 

それは分からない。

 

だが、今彼女は、使い古されたヒーローのように、ギリギリのタイミングでここへやってきた。

 

 

「この性能(パワー)……流石はLevel5になりかけた空間移動系能力者ですね。それに、暴走ですか。……出来れば、こうなる前に会いたかった」

 

 

詩歌はそれだけは惜しいと呟き、すぐに切り替える。

 

 

「今すぐ<空間移動>でこの建物から脱出したいのですが、黒子さんを連れて<空間移動>出来ませんし、この建物が崩れれば周囲へ甚大な被害を及ぼすでしょう。仕方ありません」

 

 

いつものように微笑んではいる……が、疲労の色が濃い。

 

やはり、彼女も美琴や自分とは別の所で何かと戦っていたのだろう。

 

そして、どこからか自分の危機を聞き付け、無理をして駆けつけてきてくれた。

 

でも、もう遅い。

 

この建物から黒子を抱えて、脱出するには時間がないし、かといって、空間移動系能力者である黒子を<空間移動>させる事は出来ない。

 

だから、

 

 

「早く……少しでも、ここから離れて下さいまし、大お姉様。大お姉様の言いつけを守らなかった愚かな後輩と道連れなんてしないでくださいですの」

 

 

この人を死なせたくない。

 

もう結標淡希からの攻撃は避けられない。

 

そしてそれは間もなく開始される。

 

いくら詩歌でも、この危機的状況から黒子を救い出す可能性は低い。

 

最悪、ここで2人とも倒壊に巻き込まれて死ぬ可能性だって低くはない。

 

なのに、

 

それなのに、

 

 

「ふふふ、言ったでしょう。私は黒子さんのような馬鹿な子が好きだって」

 

 

少しも迷わず、彼女はこの空間の撓みに、<座標移動>に触れた。

 

 

「それに、如何なる状況であろうと、自慢の後輩を置いて逃げ出すなんてしませんよ。それに、そもそも私は黒子さんを助けにここに来たんです」

 

 

そこで、詩歌は口の端を吊り上げ、

 

 

「それに、この程度の不幸をどうにもできないと本当に思っていますか?」

 

 

白井黒子の高望みな想像以上に、虚勢でもない、本当に不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――解析終了。

 

―――投影終了。

 

―――同調及び干渉開始。

 

 

ごお、と暴走し乱雑なAIM拡散力場がうねった。

 

竜巻のように。

 

稲妻のように。

 

砂浜の何もかもを、海へと浚っていく大波のようだった。

 

この建物に襲いかかろうとしていた不気味な寒気が薄くなっていく。

 

上条詩歌の<幻想投影>が<座標移動>による4520kgの重圧の発生を抑えて―――広げる。

 

余計な力を注ぎ込みながら干渉し、拡散させながら、演算式の完成を遅らせているようだが、これでは間に合うかどうかも微妙だ。

 

だが、詩歌は淡く微笑んでいる。

 

不敵に頬を歪めながら、少女の目は糸のように細められていた。

 

 

「流石に、これを無力化するには大きすぎますし、時間もないですね。それでも、どのようなものかは見抜いていましたし、それを弱めて、遅らせる事なら出来ます」

 

 

干渉で時間を稼いで、拡散させる事で衝撃を弱める。

 

詩歌はこれでこの場所に襲いかかるはずだった4520kgの重圧を、およそ5分の1にまで縮小。

 

だが、それでも約900kgの重圧なら充分に人を押し潰せるし、さらには、拡散させてしまった事で被害はさらに広がってしまうのではないのか?

 

 

「それに、私がやるのは、これを少しでも触れられやすいようにする事」

 

 

でも、これでいいのだ。

 

上条詩歌のやるべき事は、彼の力が発揮しやすい状況を作る事。

 

あの右手は、どんな異能にも一部に触れただけで打ち消してしまう為、点よりも面で広げた方がやりやすい。

 

そう、この不幸に立ち向かっているのは詩歌1人ではない。

 

詩歌は息を吸う。

 

まるでそれが、この場での最後の一息であるかのように、深く。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……っ!!」

 

 

 

 

 

と、叫んだ。

 

 

「ぉぅ―――」

 

 

下から声が聞こえた。

 

賢妹の求めに応じる愚兄の叫びが響く。

 

愚兄はただ前兆の感知とも言うべき己の直感で、賢妹の登場を察知し、階段を走り抜け手を伸ばす。

 

そして、賢妹も、手を伸ばし、愚兄の右手へ、異様な圧力を誘導させる。

 

歪んでいる空間を見据え、愚兄は右手を岩のように固く握りしめた拳を突き出した。

 

まるで、幻想のような、強大で、しかし現実味に欠ける結標の一撃へ。

 

その巨軍をまとめて押し返す、凶暴なハンマーのように。

 

 

ドゴン!! と愚兄の拳は、空間が激突し、あっさりと空間を無視してその先へと突き抜けた。

 

 

瞬間、ここに振りかかろうとしていた災厄が霧散した。

 

何事もなかったように建物の揺れが静まる。

 

撓みかけていた空間も、鋼鉄を打ったように轟音と共に、平らに、元に戻っている。

 

三次元ベクトルによる一一次元的特殊軸への直接的かつ強制的な干渉。

 

賢妹の<幻想投影>を上回る愚兄の<幻想殺し>の不条理な干渉力。

 

まさに異能の天敵とも言える最強最悪の拳。

 

あまりの出来事に黒子が呆然としていると、愚兄は、

 

 

「あー、詩歌。お前に色々と言いたい事があるんだが、まだ事情を良く呑み込めてないからな。途中で美琴と合流してなかったらどうにもならなかっただろうし―――っつか、ちょっと待て! 何で白井はそこまでボロボロになってんだ!?」

 

 

まるで今、黒子の状態に気付いたように、愚兄は慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「私も当麻さんに言いたい事があるんですけど、それは後回しです。先に黒子さんの応急処置から始めます。当麻さんは少し離れていてください」

 

 

と、詩歌は懐から<調色板>を取り出し、

 

 

「混成、<梔子>」

 

 

柔らかな生命の光が、白井黒子の体を優しく包み込んだ。

 

 

「お、大お姉様!? これは一体!?」

 

 

初めて見る力。

 

ただ包まれているだけで、身体の内側から温かな生命力が満たされていき、傷口が徐々に塞がっていく。

 

 

「<治癒能力(ヒーリング)>です。病院で、治療を受けてもらう必要はありますが、大抵の怪我なら繋ぎ止められます。詳しい話はまたいつかに。だから、今はもう眠りなさい」

 

 

詩歌は優しく黒子の額を撫でる。

 

そうして、安堵した拍子に今までの疲れがどっと押し寄せてきて、黒子はただ深い微睡みへと堕ちていった

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

黒子の意識がないのを確認すると、

 

 

「で、当麻さんはまた土壇場になって、やってきましたね。本当に美味しい所を持ってきますね」

 

 

じろり、と当麻へ視線を向ける。

 

 

「あのな……つーか、説教したいのはこっちだぞ。御坂妹から聞いたがお前また無茶しやがって……」

 

 

と、今度は当麻がじろりと詩歌を睨む。

 

うぐっ、と若干詩歌は怯む。

 

『何があっても置いていかない』、その約束を少し破っている事を気にしていたのだろう。

 

 

「むむ~、今回の件は当麻さんのお力がなくても解決できると思ったんです。まったく、彼女達は口が軽いようですね。これは後でお説教――――痛っ!?」

 

 

と、バツ悪そうに顔を背ける妹に、当麻はコツン、と額を軽くお兄ちゃんチョップ。

 

 

「ったく、今度内緒にしたら本気で怒るぞ! 俺に気を使ってくれんのは分かってんだけど、俺もお前が傷つくのは見たくねーんだよ! 大体、お前は働き過ぎなんだよ! 今も、調子悪そうだし、大体その<調色板>って奴は結構な負担なんだろ? 大丈夫なのか? すぐに休んだ方が良いんじゃねーのか?」

 

 

本人は怖い怒りの表情をつくっているつもりなのだろうが、眉は逆ハの字ではなく、普通のハの字で、どこからどう見ても大切な妹を心配する兄の顔のそれで、説教もほとんどが労いの言葉だった。

 

当然だ。

 

御使堕しの際、刀夜が息子を叱りつけたのと同様に、当麻も、詩歌が嫌いだからではなく、妹の事を心底心配したから怒っているのだ。

 

その姿に、小突かれた額に手を置きつつ、詩歌はぷくぷくと頬を膨らます。

 

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。前にも言いましたが私はそれほどヤワではありません。全く、心配性なんですから………まあ、今回は皆に助けられましたけど」

 

 

でも、すぐに、どことなく嬉しそうに顔を綻ばす。

 

こうやって、本気で自分を叱って、心配してくれる兄がいてくれた事を本当に幸せだと思う。

 

 

「とりあえず、説教はこれでお終いにしてやる。今は、やらなくちゃいけない事があんだろ?」

 

 

そう。

 

被害者からの証言で<警備員>への疑いは晴れたが、結標淡希はまだ捕まっていない。

 

けれど、もう解決した。

 

そして、遠くを見つめ、想いを馳せる。

 

 

「もう大丈夫ですよ。きっと、あそこには彼がいるでしょうから」

 

 

当麻と同じく今回の件を内緒にしたかった少年の事を。

 

詩歌の冤罪を晴らすために裏で色々と働いてくれた彼の事を。

 

 

「ええ、彼に出会う前に“忠告”はしときたかったんですが」

 

 

 

 

 

病院付近 路地裏

 

 

 

結標淡希は安全なルートを辿りながらとある病院へやってきた。

 

しかし、全身に貫通傷があり、服装もボロボロ、熱のある息の塊をひっきりなしに吐き出し続け、しかも、その事に気付いてすらいない。

 

彼女の脳裏を占めるのは嫌な記憶。

 

それは自分の能力で自分の体を転移させた後遺症のようなものだ。

 

2年前の時間割り(カリキュラム)の暴走事故、そして、あの“出来そこない”との出会い。

 

 

『うふふっ、この子。“出来そこない”なんだけど、実はすごい力の持ち主なの。それはAIM拡散力場に深く関わるものだから、他の能力者に影響されやすいのよ。才能を開花させる為にも、空間移動能力者のサンプルとしてこの子にアナタの時間割りの様子を見させてもらってもいいかしら?』

 

 

鍵のかかった部屋の中へ移動させる、という簡単なものだったし、ここ霧ヶ丘女学院は希少価値の高い能力者が集う場所。

 

たとえ、まだ幼い少女であろうと能力さえあれば重宝される。

 

教員達からの説得も受け、結標はそれを了承した………が、

 

 

『よろしく……お願い……します』

 

 

学園都市でも有名な一族の研究者に連れて来られた“出来そこない”の目に一瞬、たった一瞬だけ目を合わせた途端、自分の中の何かが崩れた。

 

そして、無意識に結標は自分の足がちょうど壁に埋まる形で、体を転移してしまった。

 

でも、痛みはなかった。

 

だからこそ、結標は特に迷わず、壁に埋まった足を引っ張り、一息で壁の中から引き抜こうとした。

 

“してしまった”。

 

その直後。

 

ベリベリという音。

 

足の皮膚が、壁の建材のギザギザになった断面に削られる感触。

 

激痛。

 

壁から引き抜かれた、ズルリと皮膚の消えた足。

 

まるで。

 

まるで、オレンジの皮を剥いたような、プルプルと水気のある柔らかい肉と、その上を網の目のように走る細かい血管と……そして、

 

 

『お姉…さん…大丈…夫……?』

 

 

“出来そこない”の血のように紅く濁った眼が……

 

 

(ぎ、ぎ、ぎぎ……ッ!!)

 

 

結標淡希は体をくの字に折る。

 

腹の底から吐き気が襲いかかったが、かろうじて押さえつける。

 

びくんびくんと背中が震えるのが分かる。

 

ふらふらと動いていた足は、その吐き気をきっかけに、完全に止まってしまっていた。

 

吐き気が収まる。

 

しかし、一度止まった足は、次の一歩を踏み出そうとはしない。

 

 

(ここ、に……)

 

 

結標淡希は、もう何度目かになるかも忘れた疑問を繰り返す。

 

 

(<最終信号>、が、いるのかしら……)

 

 

砕かれた心は、完全に目的を失っていた。

 

そして喪失した精神は、かりそめでも良いからとにかく目的を持つ事で、心の破片をもう一度書き集めようとしていた。

 

最初に思い浮かんだのは、<最終信号>

 

最早これで何をしたかったのかは思い出せない。

 

とにかくこれを探すんだ、という手段だけが空回りしている。

 

 

(病院……)

 

 

与えられた情報によれば、それがいる場所は、二つ可能性がある。

 

一つは、あのRFO。

 

そして、もう一つはこの病院だ。

 

意味の分からない条約があるだけで、警備の薄いRFOを先に狙ったが、病院は人が多い。

 

体力を回復するためにも、夜まで待つ―――とそこまで思考が進んだ時、真っ白な少年が目の前にいた。

 

狂ったように白く、歪んだように白く、淀んだように白い怪物が。

 

 

「っつーかよォ。あのガキども全体に関わる事だっつーのに、勝手に余計な気遣いをしやがって、ほンきで腹が立つ」

 

 

彼は目の前にいる結標ではなく、今ここにはいない、負傷している自分に態々内緒で事を解決しようとし、面倒な濡れ衣を被せられたあの少女に向けて愚痴を言う。

 

 

「ったく、何の為にこの世界に2つとないチョーカー型電極を渡したンだっつーの」

 

 

額やこめかみ、首筋に不自然な電極を貼り付けて、右手にはト字トンファーのような、長い棒を横に取っ手がついたような現代的なデザインの杖をついて、

 

 

「ンで、せっかく出向いてやって、よォやくこの俺にこンな思いをさせ、アイツの手を焼かせている馬鹿に出会えて、さァさァどンな愉快な馬鹿だと思ってみりゃあよォ……何だァこの馬鹿みてェな三下は!? オマエは俺を本気でナメてンのか!? つーか、アイツも手抜いてンじゃねーよ! 何回も、まんまと逃げられてンじゃねーかよ! こンなモンならノコノコ出てくるンじゃなかったぜアイツもガキ共に三下だっつとけよなァ」

 

 

暗がりに佇むのは学園都市最強のLevel5。

 

闇に浮かぶような、白く、白く、白い、本名不明の一方通行が、そこにいた。

 

学園都市Level5序列第1位、<一方通行>。

 

<超電磁砲>ですら、敵わない能力者。

 

その彼が今、敵意をむき出しで目の前にいる。

 

終わりだ。

 

<超電磁砲>ですら逃げ回っていた結標が彼に勝てるはずがない。

 

そもそもこんなのは場違いにもほどがある。

 

たかがこの程度の事件で、第1位が出てくるなんて大判振る舞い過ぎる。

 

スケールの違いで言うなら小さな子供の喧嘩を止めるために、空爆を行って国ごと吹き飛ばすようなものだ。

 

 

「……、知ってるわ」

 

 

だが、それは少し前なら、という条件付きの話だ。

 

 

「私は知っている! そうよ、今の貴方に演算能力はない。かつての力なんてどこにもないわ! あるはずがないもの! 今の貴方は最早最強の能力者でも何でもないのよ!!」

 

 

8月31日。

 

彼は、その日に大怪我を負って、学園都市最強の能力の大半を失った、とあの<窓のないビル>で聞いている。

 

そう、一方通行はもう最強ではない。

 

 

「哀れだなァ、オマエ」

 

 

でも、一方通行は、呆れたように、余裕を見せつけるように、

 

 

「本気で言ってンだとしたら、アイツが手を抜くのも納得しちまうほど哀れだわ」

 

 

「ハハッ! 強がらなくても分かっているのよ! 私はあの人の近くにずっといた。だから学園都市の内情について少しは知識があるわ。一方通行、貴方は8月31日にその名の由来となるべき力を失っている。でしょう? でなければ、何故貴方はさっきからそこに突っ立ったままなの? どうしてさっさと攻撃しないの? “やらないんじゃなくてできないんでしょう?” かつての名声を盾に、ハッタリで私を追い詰めようとしたのかしら?」

 

 

嘲るような宣告に、しかし、一方通行は僅かに目を細くするだけ。

 

舐められた、と解釈した結標の目の下が、片方だけ引きつる。

 

 

「……ッ!! 何か言ったらどう! 黙るな気持ちが悪いのよ!!」

 

 

結標は叫ぶ。

 

それに対して、一方通行は、

 

 

「……聞こえねェか?」

 

 

ポツリ、と呟く。

 

 

「この音が聞こえねェのか?」

 

 

―――……ィー………ォ………

 

 

その時、結標の耳に、微かな、どこか遠くから、サイレンの音が聞こえた。

 

その音は徐々に大きくなっている―――そう、その音源がここに近づいてきている。

 

 

(まさか、<警備員>―――)

 

 

「違ェ。これは救急車のモンだァ。きっと、アイツが“これから”出る怪我人のために呼ンだんだろォ」

 

 

“これから出る”、と宣告する。

 

 

「オマエは本当に哀れだよ。イイか。時間ねェが、今からオマエにたった1つの答えを教えてやる」

 

 

一方通行は両手を緩く左右に広げて、

 

 

「確かに俺はあの日、脳にダメージを負った。今じゃ、電極を使って演算に任せている身だ。あのクローン共の電波の届かねェトコに入っちまったら演算補助もできねェし、アイツに治して貰ったが、回復した力なンざ元の半分もあるか分っかンねェし、コイツのバッテリーはフル戦闘で使えば15分も保たねェよ―――」

 

 

だがな、と言葉を区切って、

 

 

「―――俺が弱くなった所で、別にオマエが強くなった訳じゃねェだろォがよ。あァ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「悪りィが、こっから先は一方通行だ」

 

 

勝敗は一瞬で決着した。

 

 

「この病院は侵入は禁止ってなァ! 大人しく尻尾ォ巻きつつ泣いて無様に引き返しやがれェ!!」

 

 

結標淡希は狼であったが、一方通行はそれを上回る常識外れな化物だった。

 

同じ捕食者であっても、生物として、格が違う。

 

たとえ、手負いであっても、ハンデがあっても、その圧倒的な差は埋める事は出来ない。

 

<座標移動>もまったく通じず、ビルの屋上の縁にある墜落防止用の金網にサッカーボールがゴールネットに突き刺さるように、磔にされている。

 

第3位と同じく、冗談のような蹂躙劇。

 

だが、

 

 

「確かにこのザマじゃ、アイツに気を使われても仕方ねェかもしンねェが」

 

 

不満だった。

 

“第3位と同じ程度では”不満だった。

 

一応は同じLevel5なのだが、それはあくまで最高位。

 

視力検査が、2.0までしか測らないのと同じように、能力者の強度もLevel5までしか測らないから、仕方なく甘んじてLevel5の立場にいるだけだ。

 

そう、彼が目指したのは最強(Level5)の上の無敵(Level6)

 

静かに、目を細めて、

 

 

「礼は言わねェし、借りを作ったなンて思ってねェぞ。俺はアイツらの前じゃ最強を名乗り続ける事を決めてンだよ。くそったれが。……まあ、侮辱した件については今回でチャラにしてやる」

 

 

誰ともなしに言った台詞は夜風に流され、彼はこの場から立ち去った。

 

 

 

つづく


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