とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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残骸編 裂く夜

残骸編 裂く夜

 

 

 

道中

 

 

 

<樹形図の設計者>の『残骸(レムナント)』―――壊れてなお、朽ちてなお、莫大な可能性が残されたスーパーコンピューターの『演算中枢(シリコランダム)』……精密機械(アクセサリー)

 

学園都市が誇る世界最高のシュミレートマシンは、どうにかしようとした所で、地面に張り付いている限り絶対に手の届かない場所―――今も衛星軌道上に浮かぶ人工衛星に搭載して宇宙に保管されている。

 

もし仮に、あれが故障した(あるいは破壊された)となれば、大々的に報道されるであろう。

 

だが。

 

それはあくまで表向きの記録上は、だ。

 

 

 

『消息不明の<樹形図の設計者>に関する最終報告。

 

7月28日0時22分。

 

衛星軌道上より<樹形図の設計者>の姿が消失。

 

同日1時15分。

 

第一次捜索隊を派遣。

 

同日21時40分。

 

発見された『残骸』の一部を回収。

 

分析の結果、<樹形図の設計者>は正体不明の高熱源体の直撃を受け、大破したものと判明。

 

高熱源体の所属は不明。

 

本件に関わる報道は学園都市の統制下に―――    』

 

 

 

あの時、<樹形図の設計者>の定時交信を行う唯一の窓口でもある情報送受信センターで私は見た。

 

<樹形図の設計者>はとっくの昔に破砕されている。

 

そして、今、世界中で、壊れて衛星軌道上に漂っている『残骸』を回収し、<樹形図の設計者>を復元しようとしている。

 

 

 

『―――ええ、そんなこと絶対に止めましょう』

 

 

 

それが手を取り合っていった彼女の言葉で、

 

 

『………という訳で、こちらは大丈夫です。それよりも―――の方をお願い。詩歌さんが帰る場所、皆を守ってください。そこで、ぎゅ~っと抱きしめちゃいます』

 

 

(全くあの人はこんなときでも……)

 

 

トラックから彼女の携帯を見つけた。

 

自分が先に見つけたが、これは電波による位置特定を警戒している―――明らかにこれは、彼女が追われているという事ではないか。

 

でも、こうして、自分が追手よりも先に見つけてくれる事も考えてか、または信じてか、消去した上で直前に文章が書かれていた。

 

これなら他人には見られず、高レベル、それも最高クラスの電撃系能力者ならば、何の道具が無くてもその場で、データを復元できる。

 

 

『それから、アクセサリー、壊せたそうですね。流石です。これで、あなたの手で彼女達は救われました。彼女達のお姉ちゃんとして立派ですよ。頑張りましたね』

 

 

(本当に……)

 

 

携帯を閉じる。

 

『実験』の時、堕ちていく中で“助けて”と願って、真っ先に駆け付け、希望に向けて伸ばした手を掴んでくれたのは誰だったか?

 

上条詩歌だ。

 

そして、今はその上条詩歌が堕ちそうなのだとしたら、今度は自分が姉の手を引き上げる番だ。

 

妹だからといって、甘えてばかりではいられない。

 

 

『ああ、それでもし当麻さんが―――』

 

 

その時、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

 

「御坂!」

 

 

「……なんであんたが……」

 

 

「あー……アイツらから話は聞いたから大体は分かってる。細かい事情はまた後だ。とりあえず、移動しがてら、御坂の知ってる事教えてくれ。―――昨夜、何があったのかを」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

幼き頃、この街で手に入れた能力というものを、人間に与えられし特別な力であり、『正義の味方』として選ばれた証だと、彼は使命感を抱いていた。

 

能力を磨くと共に、犯罪者を取り締まる<風紀委員>から、学生を卒業しても<警備員>として街の平和のために戦うために教師免許を取得しようと、教育実習を受け、

 

 

『先生。私、将来、先生のような『正義の味方』になりたい』

 

 

それは教育実習先で出会った女子生徒。

 

彼女は自分と同じく<風紀委員>であり、この街の平穏を守るために日々働く学生は、自分と同じように初々しい夢を持っていた。

 

恐らくほとんどの人間が一度は胸に抱き、だが現実の非情さを知る内に諦め、捨てていくであろう幼稚な理想を、初めて共感できた相手だと言っても良い。

 

今まで何度も失敗し、この世の理に何度も潰された彼には、彼女の明るい気性が眩しい光のようで、また彼女も自分に未来を見たようで、互いに心が絆されるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『能力体結晶』、というものだと、後に調べて、その名が分かった。

 

Level6へ至る可能性の1つであり、能力者の演算処理能力を莫大に増大させるもの……能力暴走を引き起こす事によって。

 

 

『hギds? Daカッa!?』

 

 

その陽気で聡明だった彼女の顔には、青黒く浮き上がった静脈がひび割れのようにびっしりと覆われて。

 

苦悶に引き攣った表情は、まさに断末魔のそれ。

 

壊れている―――そう一目で知れた。

 

壊れているのに、まだ、能力が暴走している。

 

いや、暴走しているから、彼女は壊れている。

 

……どちらでもいい。

 

今までの悲劇を見てきた経験から、分かってしまった。

 

その時、唯一その場で力のある『正義の味方』に突き付けられた選択肢はたった2つ、ここでこの場にいる人間を見捨てて逃げるか、彼女を殺してしまうか―――どうしようもなく明白に理解してしまった。

 

<警備員>でも、<風紀委員>が何人来ても同じことで、誰かが助けてくれるなどと都合の良い展開などないのだと。

 

だから。

 

泣き叫びながら、その引き金を引いた。

 

 

 

 

 

道路

 

 

 

味も匂いも夜のものに空気が変わる頃。

 

夜遊び防止のため、夜遅くなると学園都市交通機関はほとんど眠りについており、通りには教員か大学生の車、もしくはタクシーかトラックなどの業者のものしかない。

 

渋滞はすでに解消されているようだ。

 

というより、元々車両の絶対数が少ないためスカスカになっているようにも見える。

 

渋滞は既に流れて、道路も空いているのも不思議ではない。

 

だが、これは不自然なほど空き過ぎていた。

 

何せ自動車の姿が一台残らず消え去っているのだから。

 

さらに直進方向にある信号が全て青に変わっている。

 

異様な光景だ。

 

帰り途中の通行人の中には、異変に気付いた者もいた。

 

不思議そうに車が消えた道路を見ている。

 

否。

 

完全に自動車が消え去った訳ではなかった。

 

青信号が並んだ道路の表面を乗用車のライトが照らす。

 

走るのは、盗難したマイクロバスと、それを追う数機の駆動鎧。

 

 

「<迎電部隊>、じゃないわね……」

 

 

仲間が運転するマイクロバスの中、結標淡希は最後尾で相手を確認する。

 

一般男性よりも二回り以上膨らみ、表面は非金属で緑色の素材を利用している。

 

頭の先から足の裏まで全部覆われて、各関節を曲げるための亀裂も走っている。

 

頭と首と肩のラインが滑らかに繋がり、一体化しており、背中のバッテリーからは手足を動かすたびに小さなモーター音が響き、足元のローラーからは激しく火花が散らせ、道路を焦がしている。

 

ずんぐりした外見をしているのに、このスピード違反しているマイクロバスとカーチェイスを繰り広げ、ドーム状の頭部を回転させ、無数のカメラでこちらを観察している。

 

 

「いいでしょう。軽く相手してあげる」

 

 

瞳を輝かせて、結標淡希は、笑みをもって闇への使者達を出迎える。

 

彼らが何者かは知らないが、明らかに今まで相手してきた、銃火器とプロテクターの特殊部隊連中とは違う。

 

この追われている状況も、誘導されたからだろう。

 

ここまでお膳立てされてしまった以上、たかが数機の駆動鎧で逃げるのは、

 

 

「お、おい大丈夫か?」

 

「奴ら、普通じゃないぞ」

 

「だったら、せめてあなただけでも……っ!」

 

 

また彼らを置いていくのは、結標のプライドが許さなかった。

 

 

「心配しないで―――暗部(あいつら)(いえ)に案内してやるだから」

 

 

『案内人』、結標淡希。

 

湧きおこる闘争本能のまま軍用ライトをその内の一機に照射し、

 

 

 

「おっ―――重いっ!?」

 

 

 

視界がブレた。

 

脳内に駆け巡った感覚は、許容重量オーバー。

 

一度に大人10人も飛ばせ、走行中の自動車だろうと軽々……

 

 

『これより『グリーンマーブル』対象捕獲に入ります』

 

 

機械音声が聞こえる同時に、両腕に備え付けられた銃器から火花を撒き散らしながら弾丸が襲いかかる。

 

結標は、『駆動鎧』の退場を諦め、咄嗟に交通案内の看板を盾にガードする。

 

 

「まさか、<座標移動>を……っ!」

 

 

書庫(バンク)>。

 

そこには学園都市に住む全ての学生のデータが網羅されていて、誰がどんな能力を持っているのかも記されている。

 

アクセスが許されているのは<風紀委員>や<警備員>といった、特殊な立場にいる人間に限定されており、一般人は許可が降りない限り<書庫>のデータを見る事が出来ない。

 

また、一部のLevel5や重要な能力を持つ者の閲覧は学園都市でもよほど『上』にいる者しか許されない。

 

だが、今回の『獲物(ターゲット)』はそこまでの人間ではない。

 

 

『一一次元特殊計算式応用分野を扱う空間移動能力者は、<書庫>に58人しか登録されてねー、レアな力だ』

 

 

彼らを指揮する女性研究者は言う。

 

 

『その中でも、一度に複数の物体を動かせるのは19人。そして、霧ヶ丘女学院2年、結標淡希は、あと少しでLevel5になれたかもしれないほど上等なもんだ。機密工作部隊程度じゃあ、止められねぇな』

 

 

座標移動(ムーブポイント)>。

 

離れた場所にある物体を触れる事なく空間移動させる能力。

 

普通の空間移動能力は、『自分の触れたモノを離れた所へ飛ばす、つまり自分の体という始点Oにある物体を座標Aへ送る』のだが、結標の場合は、『離れた所にあるモノを別地点へ運ぶ、つまり座標Aにある物体を座標Bへ送る』という性質を持つ。

 

故に<座標移動>。

 

即ち、始点と終点が固定されていない。

 

そのため接触に必要なく能力を発動可能であり、そして汎用性だけでなく、性能(パワー)も優秀。

 

効果範囲は800mで、最大重量は4520kg。

 

やり方次第ではLevel5であっても互角以上の戦えるだろう。

 

 

『だが、まるっと対策建てりゃあ、ただのガキだ。やり方次第ではテメェらでも簡単に攻略できる』

 

 

各部のパーツを変え、駆動鎧の総重量は3000kgを軽く超えている。

 

<座標移動>の最大重量は4520kgだが、それはあくまで最大で、1000kg以上は彼女の体に障る。

 

ウェイトリフティングのメダリストでも自己記録と同等のバーベルを持ち上げるのはベストな状態であり、その日のコンディション状態では不可能、また、バーベルは“動かない”。

 

フルスピードで逃亡中の揺れる車体の足場、

 

弾丸を放ちながら迫りくる駆動鎧の重圧(プレッシャー)

 

伝染する不安な同乗者の集団心理、

 

そして、軍用ライトの標準から、結標淡希の演算から、逃げる標的。

 

一つ一つの対策の積み重ね。

 

自由度の高過ぎる<座標移動>は道具を使って、制御しなければならず、銃撃音は集中を乱す。

 

その状態で、停止している物ではなく、移動する物を<座標移動>させるなど無理だ。

 

また、点から点への空間攻撃は、障害物関係なく相手を攻撃できるが、ピンポイントの狙いであるため、外れやすいのだ。

 

結標は看板や電灯等を移動されるも、既に研究済みの駆動鎧部隊には悉く避けられてしまう。

 

他の仲間達も応戦するも、彼らのレベルでは重厚な装備に切り替えた駆動鎧の装甲を脅かす事は出来ない。

 

 

(ちょっと、これは……舐めていたようね)

 

 

それでも結標は、どうにか、移動は無理でも向きを変えて相撃ち、二機は撃破。

 

だけど、まだ敵は三機も残っているが、これで迂闊には近づけないはず。

 

学園都市統括理事長(あの方)が住まう特殊な建物。

 

核ミサイルの衝撃波でさえも吸収拡散させるその名の通り窓もドアも一切の出入り口が存在しない、立ち入るには空間移動系能力者の協力が必要不可欠。

 

『窓のないビル』の『案内人』として、結標は一般人にも知らない事情に精通し、特殊な人間との接点を持っている。

 

今回、こちらと協力している『外』の組織が、第23学区から移送中の、世界中で欲されている<樹形図の設計者>の『残骸』を強盗なんて雑な方法ができたのは結標の能力と情報があってこそだろう。

 

あとは、このまま学園都市の『外』に控えている外部組織の元まで運んで、渡してしまえばいい……はずだった。

 

しかし、急に連絡がつかなくなり、応援が来ない。

 

 

(これだから『外』の連中は……!)

 

 

空間移動系能力に道路の制約などなく、事前に調査した学園都市のセキュリティに引っ掛からないよう死角を通るルートを選択しようとしたのだが、既にそこには<迎電部隊>が待ち構えており、結果、こうして強行突破を図る破目になってしまった。

 

 

(あと少し、あと少しで、仲間たちがいる拠点に―――)

 

 

 

 

 

 

 

高架道路に入り、<座標移動>の効果圏より遠い、およそ1km後方。

 

『グリーンマーブル』と『案内人』が乗るマイクロバスとの衝突を後方から窺う一機の黒い駆動鎧。

 

その三又の矛をモチーフにした『M』マーク――『ヨ』は黒く塗り潰され、その後に『AR』が続いている。

 

そして、内部からは、自動機械の如き速やかな、簡潔な指令が通信機から発せられる。

 

 

『―――『ピュアブラック』、仕留めろ』

 

 

『グリーンマーブル』は彼女達の誘導と、『案内人』を近づけさせて『ピュアブラック』――鼓啓瑚孝の仕事を邪魔させないようにするための壁だ。

 

二機やられたが、こちらの予定通りのフォーメーションで、道を開ける。

 

本来、学園都市の情報を外部へ漏らそうとする連中を潰すのは、<迎電部隊(スパークシグナル)>は専門で、自分達の出る幕ではない。

 

自分達『狩人(MAR)』や『猟犬(ハウンドドック)』と同じ特殊部隊である<迎電部隊>は不可思議な現象を生み出す能力者にも的確に対応でき、冷静に敵を見定め、打ち倒すための手段を算出できるだけの実力はある。

 

だが、今回の件に関わっており、『外』とコンタクトを取っているのは、あと少しでLevel5になれた高位能力者で、また、それは『暴走の危険性のある』能力者だ。

 

能力者戦闘というより、流出防止のため情報秘匿と機密工作に重きを置いてその方面に特化した彼らには荷が重いだろう。

 

面倒な外敵の駆除は『猟犬』の出番だろうが、今回は厄介な内敵は対能力者を専門とする『狩人』の獲物であり、そして、『ピュアブラック』は『暴走能力者を潰す』事を使命としている。

 

 

『<座標移動>は確かに脅威だが、その標準を決めるのは、あくまで結標淡希本人。第1位の『反射』とは違い、銃弾のように彼女の目には止まらない、さらには死角からの攻撃を<座標移動>することは不可能。精々壁をもってくるのが限界』

 

 

そして、結標淡希には致命的な弱点がある。

 

2年前、時間割りを受けている最中に転移座標の計算ミスから暴走し、片足が壁にめり込ませてしまった。

 

その時までなら単なる失敗談で済ませられただろう。

 

彼女が埋まっている片足の周りの部分を壁から切り離して、少しずつ肌に傷を付けないように処置すれば問題なかった。

 

だけど、パニックになった彼女に、担当の教員の指示は聞こえず、無理に引き抜いてしまったのだ。

 

結果、無傷だった足は、壁に皮膚が削り取られて……心身ともに大怪我を負ってしまい、このトラウマは、何度カウンセリングを行っても治っていない。

 

だから、壁も道路も無視して高速移動出来る空間移動能力者は普通の追跡方法で捕まることはないのに、結標は、最初から自分でキャリーケースを盗んで逃げた方が早いのに、外部のエージェントによる強奪やマイクロバスの逃走手段を選んでいる

 

いや、暴走事件のせいで『自分の体を移動させる』と、体調が狂わせるほど激しく精神を消耗してしまうようになってしまった彼女には、それ以外の選択肢を取りたくない、この方法を選ばざるを得ない。

 

これがLevel5になってもおかしくない空間移動系最高の能力者でありながら、Level4止まりの理由。

 

 

「了解」

 

 

今まで何人もの能力者を『捕獲』してきた相棒とも、呪いとも言える装備品。

 

『グリーンマーブル』の無数の弾丸を炸裂させる機関銃(マシンガン)タイプではない、長距離の標的を狙い撃つ狙撃砲(ライフル)タイプの右腕のパーツ。

 

 

「―――セット」

 

 

その中にあるのはただの弾丸ではなく、この『狩人』達の責任者とも言えるあの研究者が作成した深い血溝が刻まれた禍々しい杭が光る矢。

 

これに刺されて、動けた能力者はいない。

 

能力という翅で空を飛ぶ蝶を、虫ピンで留めて標本にするように、自由を奪う。

 

 

「―――ターゲットロック」

 

 

自動操縦に切り替えると、そこに己の精神を封入する。

 

物質感応(リプレイス)>。

 

卒業生であり、能力者でもある鼓啓瑚孝の精神感応系と念動能力系の複合能力。

 

鉄の銃身と、機関部と、銃床と、そして、矢杭と一つに呼吸を合わせる。

 

普通の<警備員>を目指していた<風紀委員>のころの昔の自分にはこんな能力の使い方は考えもしなかったが、もうすでに、ライフルで何人もの学生を『捕獲』した彼に、常識を語れるほど偽善者にすら、なりきれるはずがない。

 

 

「―――ショット」

 

 

感応を籠めた引き金を、感情のない指先が引いた。

 

同時に鼓啓瑚孝は<物質感応>で、完全に矢杭に憑依する。

 

機械による照準と人間による修正、その的中率は100%。

 

高架道路を、大気を裂きながら滑空する制御された凶弾は、蛇のようにうねりながら『グリーンマーブル』を避け、矢杭を通じて透視し、動くマイクロバス――より詳しくは結標淡希の死角を潜り、

 

 

 

パリンッ! と窓ガラスが割れた音。

 

 

 

その時、車内にいる全員は、そこでようやく魔弾の射手に気づいた。

 

結標が壁に飛ばせそうなのは、キャリーケースと―――

 

 

 

腹部を縫うように着弾した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あ、が――――」

 

 

盾となった少年は膝をつき、白目を剥いて痙攣する。

 

 

「う、うわああああぁぁああぁひゃああああぁああ!!」

 

「私達は狙われてる!? 殺されるの!?」

 

「す、スピードを出せ……、全速力で逃げろッ!!!」

 

 

腰を抜かし、パニックになる少年少女。

 

かろうじて、直に見なかった運転手はどうにかハンドルを離さず―――だけど、それはもうこの暴走車両のスピードメーターと同様に感情のメーターを振り切ってしまったやけっぱちな状況なのだろう。

 

もう彼の足はアクセルペダルと接着したように踏み込んでいる。

 

 

「がががぁぁああがあぁ―――」

 

 

撃たれた少年は、さらに苦しみの声を上げる。

 

矢杭には、外し難いように銛のように反しが付いており、また、

 

 

「だ、大丈夫かあ、ぎゃがががぐぁ―――」

 

 

その矢杭を取り外そうとした少年も同じように白目を剥いて痙攣する。

 

これは単なる矢杭ではない。

 

 

「な、何なんだ、どうなってんだ……!!」

 

 

パニックはさらに感染する。

 

標的の体内に直接刺して使う対能力者兵器<キャパシティダウン>の杭―――<能力封じ(エスパーキラー)>。

 

内部に音源があり、骨伝導で外界からではなく体内から脳の演算阻害する仕組みで、一度刺さった能力者を完全に封じる。

 

近くに仲間が助けようとも触れれば、<キャパシティダウン>が伝わってしまうため道連れに。

 

 

「落ち着きなさい!」

 

 

<能力封じ>が少年の腹から消え去り、車外へ放り捨てられる。

 

傷口から血が噴出するも、少年達から絶叫は消え、荒く息を吐きながら呼吸を整えている。

 

直接触れずに<座標移動>で転移させた結標淡希は一喝する。

 

 

「アイツらの本命は駆動鎧じゃなくて、狙撃!! 向こうは私達を完全に捉えている!! 早く高架線を降りて、視覚を遮る場所のある街中へ逃げ込むのよ!!」

 

 

結標淡希の思考は冷徹で、迅速。

 

運転手は無我夢中でハンドルを切り、その指示に従う。

 

おそらく800m以上からの純粋な物理エネルギーの攻撃―――即ち、狙撃手(スナイパー)

 

これが毒なのかどうかは結標には分からないが、自分が<能力封じ>を受ければ、間違いなく終わる。

 

そして、一番の問題は、それが自分にぎりぎりまで知覚出来なかったという事。

 

<能力封じ>は黒く塗られており、この夜間において気付かれるあらゆる可能性を排除しようとした結果である。

 

 

(どうにか、どうにかしないと……ッ!)

 

 

結標は考える。

 

高速で飛来する物を転移させるなんてできない。

 

だとするなら、<座標移動>でこの場から逃亡すべきか。

 

いや、そうだとしたら彼らはどうなる。

 

車両の重さだけでも、おそらく1000kgをオーバーしているだろう。

 

そして、ここには何十名も乗車している。

 

このマイクロバスごと確実に転移させるには、重過ぎる。

 

取捨選択に迷う結標淡希。

 

だが、相手はその時間を与えず、矢杭も一発で終わりではない。

 

 

 

何かないかと―――救いを求めて、月光も星明りもない夜空を見る。

 

その瞳に映ったものは、甘くも温かくもない無情な狩人と。

 

悪寒と共に走る、夜を裂く、光り輝く線が。

 

 

 

空から夜風の滑り台を、茶髪の少女が滑り降りてくる。

 

 

 

「―――見つけたわよ」

 

 

 

ゴガン!! と轟音が道路を揺るがした。

 

 

「―――」

 

 

視界が金色に染まる。

 

その強烈な閃光は太陽の明るさにも匹敵し、自然界において最高位に位置する強力な光だ。

 

運転手の視界は真っ白になり、同乗者全員、思考が一気に吹き散らされた。

 

 

 

 

 

建設途中のビル

 

 

 

戦場だ。

 

凶暴とも言える火花の炸裂音が爆撃のように響き渡る。

 

場所は、奇しくも8月31日に起きた鉄骨崩壊事故と同じ。

 

壊れて障害物となった鉄骨を取り除き、残った部分の強度を検査して、ようやく再び組み上げ始めた所……だったはずだ。

 

 

御坂美琴の指先から閃光が噴いた。

 

 

音速の3倍で撃ち出された小さなコインは、重厚な装甲を易々と引き千切る。

 

風力使い(エアロシューター)>の真空刃を容易く弾き

 

念力使い(テレキネス)>が射出した無数の木の杭を跳ね返し、

 

同系統の<電撃使い(エレクトロマスター)>でも全くダメージを与えられなかったのに、

 

直撃は免れた、というより外してもらったのに、超電磁砲が突き通った空気の余波だけで吹き飛ばされ、高圧電流を浴びて爆発し、駆動系は完全にショート。

 

たった一発で、彼らを追い詰めていた『狩人』――『グリーンマーブル』を沈黙させ、さらには逃げるマイクロバスをも横転させた。

 

 

「に、逃げろ!?」

 

 

自分達は助ったわけではない。

 

その逆、彼女は自分達が持つこのキャリーケースを狙っている。

 

こんな駆動鎧(オモチャ)相手よりも最悪な怪物。

 

しかし。

 

ビルの入口の前に横倒しとなったマイクロバスから乗っていたであろう人々は建設途中のビルへ逃げ込んでいる。

 

そして、大小合わせて30人近い男女はそこかしこにあるビルの鉄骨を盾にしながら、能力、拳銃……など、各々の武器を構える。

 

幸い、ここは運が良い事に仲間のいるアジトに近く、そして、先の追走戦で連絡してあったおかげで応援にも駆け付けてくれた。

 

彼女が、奴らを相手している隙に、

 

 

「喰らえ、Level5!」

 

 

常識的に考えれば、飛び道具を持つ数十名もの敵を前に、正々堂々とは馬鹿げてはいる……が、

 

少女、御坂美琴はその常識を軽々と打ち破る反則的なLevel5。

 

美琴は、今ここに<超電磁砲>の異名の所以を結標達に見せつける。

 

異様な大気の高鳴りと共に、その髪がふわりと揺らぐ。

 

集団の暴力を、強気な彼女は文字通り“片手間で”迎え撃つ。

 

何時ぞやの河原での風船割り対決で、幼馴染が見せてくれた両手二発同時超電磁砲(ダブルレールガン)の応用。

 

左手で機械を無力させながら、

 

 

ピンッ―――と右手で再びコインが弾かれる。

 

 

空気の爆ぜる音を道連れに、金色の力戦がその掌へと落下するように集まっていく。

 

そして、彼らへと、雷光が轟き放たれた。

 

 

 

―――――ガゴンッ!!!!

 

 

 

それは圧倒的で、

 

Level5が、Level5と呼ばれる理由を明かすための絶望の戦い(デモンストレーション)でしかなく、学園都市でも7人しかいない実力者が誇る実力差だった。

 

その同時刻に、別の場所で、別人ではあるが、その暴威が軍隊を蹴散らし戦争級であると証明している。

 

しかも、どちらも死者は出ていない。

 

自分の攻撃と人の動き、破壊された物体がどう動くのかまで考慮しなければ、この状況は作れない。

 

無力化するが殺さないよう手加減して、両者の戦闘に介入し、瞬く間に壊滅していく。

 

銃を構えていた男達は弾け飛んだ僅かな破片の煽りを食らって薙ぎ倒され、上階で美琴の頭を狙っていた能力者は足場の柱を失って真下へ呑み込まれていく。

 

20本近い鉄骨を纏めて突き破った<超電磁砲>の一撃は、別のビルの壁に亀裂を走らせてようやく動きを止まる。

 

泡を食った男達の内の何人かが奥へ下がろうとするが、美琴の電撃がそれを許さない。

 

前髪から放たれた青白い爆光は鉄骨の一部へ直撃すると、即座に建物全体に走り回った。

 

鉄骨に触れている者は瞬間的に跳ね飛ばされ、また、触れてない者達も、鋼鉄の檻から内側に向かい、四方八方から襲いかかる電撃に貫かれて地面に転がされる。

 

運よく何らかの要因が重なって電撃の嵐から逃れられた残り物の能力者が何とか巻き返しを図ろうとする。

 

だが、遅い。

 

そして、力の差があり過ぎる。

 

 

「これは助けてくれてありがとうというべきかしら?」

 

 

彼らを指揮するのは、『残骸』を外部組織へ渡そうと企てる結標淡希。

 

彼女もまた、己の武器である軍用懐中電灯を構える。

 

 

「出てきなさい、卑怯者。仲間の体をクッションに利用するなんて感心できないわね」

 

 

美琴は着地した所から最初から最後まで、一歩も動いていない。

 

結標たちは、彼女を一歩も動かすことすらできなてない。

 

美琴は、ただ正面を見据え、戦の終えた戦場に向かって侮蔑の言葉を放つ。

 

 

「仲間の死は無駄にはしない、という美談はいかがかしら?」

 

 

放たれた声に対し、答える返事にはまだ余裕が残されている。

 

大きな白いキャリーケースを片手で引き摺り、口元には笑みすら浮かべて、結標淡希は鉄骨を組んだ足場の三階部分に現れた。

 

彼女の周囲には、高圧電流を浴びて気絶した男達が転がっている。

 

おそらく攻撃の瞬間に自分の手元へ転移し、文字通り『盾』にしたのだろう。

 

右手の軍用ライトがゆらゆら揺れている。

 

 

「悪党は言う事も小さいわね。まるで40秒逃げ切った程度で、この<超電磁砲>を攻略したとか付け上がってんの?」

 

 

「いいえ。貴女が本気を出していたら、今の一撃でこの一帯は壊滅しているでしょう。ええ、さっきの駆動鎧のように。まあ、だから何なのかって感じだけど」

 

 

結標はキャリーケースを鉄骨の上で固定すると、そこに腰を掛けて、

 

 

「それにしても、今回は随分と焦っているのね。以前は情報戦が主流で、最初は誰にも頼らなかったのに。そんなに『残骸』が組み直されるのが怖いのかしら。それとも、復元された<樹形図の設計者>を世界中に量産流通される事が? あるいはその内の何基かで『

実験』再開されるのが?」

 

 

そこで、美琴の周囲を見回し、

 

 

「あら、今日は『常盤台の聖母』さんがいないのね。まあ、後方支援だけようだったし、いてもいなくても変わらないと思うけど。もしかして、見捨てられちゃった?」

 

 

「……、口を噤んでなさい。詩歌さんを侮辱するようなら本気でぶっ放すわよ」

 

 

バシッ、と美琴の前髪で火花が散る。

 

結標はケースの上に座ったまま、招くように軍用ライトを下から上へと緩やかに振るう。

 

Level5とLevel4。

 

もちろん戦いとは真正面から激突するだけでない。

 

むしろ結標の性質では暗殺や不意打ちの方が得意だ。

 

それでも、あの<超電磁砲>を相手にして、まともに立っていられるだけでも異常だろう。

 

 

「うふふ。弱い者など放っておけばいいのに。そもそも、貴女が大事にしている“あれら”は『実験』のために作られたんでしょう。だったら本来通りに壊してあげればいいのよ」

 

 

「アンタ、本気で言ってんの?」

 

 

美琴の声が一段と低くなる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「本気も何も。結局、貴女は自分のために戦っているのでしょう、私と同じく。自分のために、自分の力を、自分の好きなように振るって他者を傷つける。別に悪い事じゃないわ、自分の手の中にあるモノに対して自分が我慢する方がおかしいのだから。そうでしょう?」

 

 

仲間の体を盾に使って平然と笑う女は嘲るように言った。

 

結局は、私欲のために力を振るっているのだと。

 

両者は同類なのだから、そちらが一方的に憤るのはおかしいと。

 

 

「そうね」

 

 

対して、御坂美琴は小さく笑った。

 

最初、『実験』の事は何も知らなかった。

 

だが、あの『実験』は自分が過去に己のDNAを研究者に提供したのが始まりだった。

 

筋ジストロフィー。

 

原因不明の不治の病の1つ。

 

その病は人間の体の筋肉を少しずつ動かなくしていく。

 

やがて、全身を動かせる力も発揮出来なくなり、最後には眼球や肺、心臓の力も奪う。

 

生まれた時から思うように体を動かせず、どれだけ動かそうともどうする事も出来ず、やがてはベッドから降りれなくなり、最期は心不全で死んでいく。

 

そんな生き方はあまりにも酷過ぎると思った。

 

そう思っていた所に、彼らを助けてみたくないかと、君の力を使えば彼らを助けられるかもしれないと……そう、ある白衣の研究者が話しかけた。

 

脳の命令は電気信号で神経、そして筋肉に伝えられている。

 

ならば、仮に生体電気を操る力があれば、神経とは別のルートで筋肉に命令できるかもしれない。

 

自分が彼らの救いになれる。幼い美琴はそう信じた。

 

自分の力を解明して彼らに植え付ける事が出来れば、多くの命が助けられる。

 

そうして、彼女のDNAマップは<書庫>に登録された。

 

……もし、その時詩歌がいたら……いや、相談していれば、無垢な自分を諫めてくれたのかもしれない。

 

そして、今年の夏休み、真実を知る。

 

最低最悪な真実……

 

涙が枯れるまで泣いた。

 

自分の馬鹿さ、愚かさ、無力さに。

 

死のうと思った。

 

彼女達を……姉を守れるなら……それで良いと思った。

 

しかし、その幻想は姉、それに、あのツンツン頭の愚兄は殺してくれた。

 

だから……

 

 

「もう終わりにしてやるわ。アンタ達が私の『実験(ぜつぼう)』に引きずられなくちゃならない理由なんてどこにもないんだから」

 

 

前髪に限らず、全身から断続的に青白い火花を散らしつつ、まるで己の胸に刃を突き刺すように、美琴は叫んだ。

 

<樹形図の設計者>が関わった事件、それによっていがみ合う両者を共に止めるように。

 

この一件が『実験』を発端にしたものだって言うのなら、その責任は自分にある。

 

だから、この義務と権利を全て使って、美琴は誰も傷つかない道を貫こうとしていた。

 

人知れず……本来なら彼女は1人でこの悪夢を解決したかったに違いない。

 

しかし、それ以上に誰も悪夢に巻き込みたくなかった。

 

美琴にとって『悪』は結標ではなく、その悪夢なのだ。

 

 

キャリーケースの上で足を組む結標は、くすくすと笑って、

 

 

「甘ったるいほど優しいわね。別に貴女が『演算装置』を作った訳ではないのに。大人しく自分も被害者だと嘆いていればわざわざ戦わなくても済んだくせに」

 

 

「だけど、アンタが戦うきっかけになったのが、私達の実験のせいだって言うのなら。絶対進化実験(Level6シフト)にしても、それ以前の量産能力者(レディオノイズ)実験にしても」

 

 

「貴女の、ではなく、<妹達>と“最強の能力者”の『実験』でしょう? ……やっぱり倒された『仲間』から話は聞いていたのね。私の『理由』を。ならば分かるでしょう、貴女が1人の能力者なら。―――私はここで捕まる訳にはいかない。誰を犠牲にしてでも、どんな手を使ってでも逃げ延びさせていただくわ」

 

 

最後の言葉だけが、ふざけた口調ではなくなった。

 

美琴の目も僅かに細くなり、

 

 

「……アンタのちっぽけなLevel4で、私から逃げ切れると思う?」

 

 

「あら。確かに光の速度の雷撃は目で見てからでは避けられないでしょうけど、それだけよ。前触れを読み、それに合わせて転移すれば―――」

 

 

「無理よ」

 

 

美琴は簡単に遮った。

 

 

「アンタの能力は乱れている。自分でも気付いているでしょ。アンタは<書庫>に残っていた時間割りの暴走事故を引きずっている。そのトラウマのせいで、自分の体を飛ばす時だけは、2、3秒のタイムラグが出てくる所かしら」

 

 

美琴はくだらなさそうに息を吐いて、

 

 

「それに空間移動能力者共通の弱点もある。それは、精神的動揺によって演算がうまく行かなくなるってこと。アンタの<座標移動>は黒子のよりも演算が複雑だから余計にね」

 

 

結標は薄く笑っている。

 

だが、視力の良い者なら分かったかもしれない。

 

彼女の両手の指先が、ほんの僅かに、しかし不自然に震えている事に。

 

 

「……<書庫>に、そこまでの情報が記録されていたかしら」

 

 

「あら。アンタ、詩歌さんが常盤台中学の秘密兵器(ジョーカー)だと言われる所以を知らないの? 『能力開発』だけでなく、見ただけで能力を理解し、『素手でも仕留められる能力者の対処法を瞬時に組み立てられるからよ』」

 

 

結標の目が大きく見開かれる。

 

今思えば、彼女は後方支援に徹していた時も、こちらの<座標移動>のタイミングも完璧に見切っていたような気がする。

 

だとするなら、結標は弱点を見抜かれ、<座標移動>の攻略法も―――

 

 

「それよりもいいの? ―――」

 

 

その時、美琴はニヤリと笑い、

 

 

「―――もう、捕まえたわよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 

瞬間、結標に不快感が襲いかかった。

 

見えないし、匂いもないし、聞こえない。

 

しかし、全身の触覚が“耐え難い熱”を感じている。

 

 

「私くらいの発電能力者になると電磁波で空間把握もできるし―――」

 

 

美琴の体は、常に電磁波を周囲に発している。

 

その反射波を利用してレーダーのように周囲の物体を感知できるため、死角からの攻撃にも対応可能。

 

さらに、

 

 

「―――その支配領域では、電磁波を自在に操る事もできるの」

 

 

電磁波を操る。

 

そう、オルソラ教会で詩歌が<山吹>でシスター達を妨害したのと同じ。

 

美琴の支配領域内、結標の周囲の電磁波の周波数を上げた。

 

さらに、

 

 

「きゃ―――!」

 

 

結標が、鉄骨の上にひれ伏した。

 

強力な力に引き付けられ、鉄骨に頭から突っ込む。

 

能力の発動が早過ぎる!

 

演算の思考すら許さない。

 

これは、電子線や磁力線等、常人では捉えられないものを感覚的に認知できるごく一部の高位能力者だからこそできる制空圏能力。

 

感覚が捉えた情報を能力の枠、自身の存在の中に取り込む事で、体の一部のように操る。

 

そう、電子機器や金属だけでなく、“人体”にすら干渉する事が出来る。

 

つまり、結標は美琴の支配領域に入って、不可視の電磁波に包括された時点で、もう捕まったのも同然だった。

 

 

「くっ……!」

 

 

結標は立ち上がろうとするも、体はピクリとも動かない。

 

美琴は電磁波を操れる学園都市最強の発電能力者。

 

結標の体の駆動系に干渉しているせいで、腕を持ち上げる事もさせない。

 

さらに、この不快感による精神的動揺で<座標移動>の演算を妨害され、能力で逃げる事もできない。

 

電撃の槍を警戒していた結標は、不意をつかれ呆気なく捕らえられてしまった。

 

美琴の<超電磁砲>の恐ろしさは破壊力ではなく、万能な応用性だ。

 

電撃など彼女の技の1つに過ぎない。

 

だが、仕方がないだろう。

 

あの美琴の超電磁砲を目の当たりにして警戒するなというのが無理な話だ。

 

 

「他人を犠牲にしてまで救われたいアンタの事だから、気絶している人間を盾にして時間稼ぎしようなんて簡単に予測がつくわよ」

 

 

美琴の言う通り。

 

最初は、自分以外の人間、美琴の攻撃を受けて気絶した者達、学園都市内外老若男女、関係ない一般人であるかどうかも問わず盾にして逃げようとした結標だが、電撃とは違い、非殺傷に加減されたこれでは甘い美琴でも躊躇う必要がない。

 

 

「警告する。アンタの神経電位。この距離なら私には捉えられるわ」

 

 

人の脳は電気信号によって動く。

 

今は駆動系のみだが、美琴がその気になれば神経系すら操れる。

 

と言っても、これは元々、詩歌と美琴が独自に筋ジストロフィーの治療法について考えたもので脳神経を操る事までは研究していない、というか、研究するつもりはない。

 

やればできるのだろうが、それは美琴が毛嫌いしている常盤台の女王様の支配能力と近似しているので、敬遠しており、こういうのは性に合わない。

 

なので、実際にやるつもりは全くないただの脅しに過ぎないが、

 

 

「なっ!?」

 

 

この脅し文句は結標の心を縛り付けた。

 

美琴はその間に彼女の横にあるキャリーケースを破壊しようと照準を定めた―――

 

 

「これで全部おしまいよ!」

 

 

今度こそ雷光の槍が、悪夢の幻想(残骸)を撃ち抜いた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

―――直後、大地が震えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「今のは、一体……っ!!」

 

 

美琴は周囲を見回す。

 

電磁波による行動干渉は精密な制御力と極度の集中力が必要であり、先ほどの地震で乱されてしまった。

 

いや、地震だけが原因ではないような気がする。

 

あの時、一瞬、美琴の思考に雑音が入った……そう、まるで上条詩歌や木原名由他にAIM拡散力場を乱された時のように……

 

些細かもしれないが、一粒の小石が精密機械の歯車を止めるように、能力演算も止まってしまった。

 

分からない。

 

何にせよ、結標淡希はその隙に<座標移動>で虚空へ消えた。

 

当然ながら、目に見えるような場所には移動していないだろう。

 

空間移動系の能力の厄介な所は、点と点の移動であるため、線で結んだ追跡を行えないという事だ。

 

 

「でも、『残骸』は破壊できた……」

 

 

でも、もうこれで悪夢は終わりだ。

 

そして、美琴は今の騒ぎを聞きつけ、<警備員>が駆けつけてくるのに気付くと、すぐさまその場を後にした。

 

その後、『残骸』を破壊し、結標を追う理由が薄れたので、美琴は一端寮へ帰還する事になるが―――彼女を止めておくべきだったと後に後悔する事になる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

この悪夢の『残骸』を巡る戦いには、学園都市の技術を手に入れようとする『外』の人間と結標淡希、悪夢を止めようとする御坂美琴と上条詩歌、そして……

 

 

「『残骸』の……破壊を……確認、しました」

 

 

『ちっ、レールガンの奴め。――――。まあ、『ピュアブラック』らが撤退できたからよしとするか。引き続き、『案内人』の捜索に当たれ。だが、いいか、絶対に姿を見せるな。テメェは雑魚なんだからよ、見つかったらお終いだ。廃品回収は大人共に任せてろ』

 

 

そして、『残骸』を奪われた架空の研究機関。

 

 

『あ~、ったく、何で、こんなのに巻き込まれなきゃなんねーんだよ。ジジィもメンドクセェ仕事回しやがって。でも、ま、面白くなってきたけどな。こっちは―――のテストができさえすりゃあ十分だし、それにもしかするとエビでタイが釣れるかもしれねぇ。じゃ、適当にやんな、“失敗作(できそこない)”』

 

 

「はい……了解……しました」

 

 

通話が途絶えると、―――の姿が闇の中に呑まれるように消えた。

 

 

 

つづく


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