とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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残骸編 調査

残骸編 調査

 

 

 

道中

 

 

 

昨夜、美琴と詩歌たちと別れた後、事件が起きた、と同僚の初春から黒子に連絡が入った。

 

 

キャリーケースひったくり事件。

 

 

どんな事件かを簡単に言えば、大したことが無いように聞こえるが、初春によると、これは、妙な状況で、黒子も奇妙な目に遭った。

 

気になる点を上げてくと、

 

 

1、 被害者は10人がかりでケースを奪われている点。

 

2、 ケースの荷札の送り先が常盤台中学名義だが架空の施設である点。

 

3、 さらに被害者は拳銃を所持、プロ仕様の無線機を使用しており、1人でひったくり犯を追っている点。

 

 

確かに普通の事件とはどこか違和感を覚える。

 

<学舎の園>や常盤台中学に詳しい<風紀委員>である白井黒子は、<警備員>よりも適任なのかもしれない。

 

犯人と被害者、どちらも怪しいが、ここは事件の重要品(キーアイテム)とも言えるキャリーケースを強奪し、現在所持しているであろう犯人を捕まえ、その物品証拠を回収すれば、それを運んでいた被害者はこちらが追わずとも、向こうからやってくるであろう。

 

犯人はキャリーケースを盗んだ後、おそらく人工衛星の目を警戒して、車ではなく、徒歩で地下街へ入った。

 

<風紀委員>や<警備員>といった治安維持組織の監視網から逃れるためだろうが、もちろん地下にしても全くカメラがない訳ではなく、設置型のカメラの他に自立ロボットも巡回している。

 

しかし、地上よりは逃げやすい。

 

衛星による上空撮影が封じてしまえば、その他のカメラは人混みの壁を上手く使えば死角を作れるし、こちらとしても民間人に被害を出させないためにも大勢の人がいては犯人確保のために派手な行動はしにくい。

 

不用意に後を追いかけて、強盗犯たちを精神的に追い詰めてしまえば、地下街にいる一般人を巻き込むような暴挙に出る可能性が無いとは言えず、もし武器を所持していれば、最悪の事態が起きかねない。

 

かといって、前回の謎の能力? を使うテロリストはこの街を攻める事を目的としていたのとは違って、彼らはこの街から逃げようとしている訳で、出口の限定された地下街では難しく、地上よりもデリケートな対処が求められる避難活動を悠長にしている時間もない。

 

取り押さえるなら、可能な限り一般人のいない地上の方がいい。

 

それに、

 

 

『信号機の配電ミスか何かのトラブルで3号線、48号線、131号線など現場周辺の主要道路に混雑が起きているから、地下を走った方が速いんです。特に車を使った移動は絶望的ですよ。走るなら地下を通った方が速度と隠密性の両面でお得でしょうね』

 

 

渋滞に巻き込まれれば車両の足は止められるだろう。

 

<警備員>に連絡したとはいえ、この事件がどれだけの重要度を示すか分からない現状では、ヘリなどの申請も時間がかかる。

 

これは組織が生んだ、現場個人の独断専行を防ぐために用意された何重ものプロセスという足止め―――小回り利かない弊害だ。

 

 

『はぁ。わたくしが手っ取り早く向かった方が良さそうですわね』

 

 

だから、黒子が単独で面倒事を片付ける。

 

支部を飛び出し、消えたり現れたりしながら、歩道、手すり、自販機の頭など、次々と足場を変えて飛び跳ねる。

 

周囲から驚きの声が上がるが、騒ぎにはならない。

 

サイレンを鳴らして道路を走って、現場へ向かう救急車やパトカーを見ても、驚いたりしないように。

 

高位能力者の証とも言える常盤台中学の制服に、実戦派の能力者ともいえる<風紀委員>の腕章を見れば、この街の大半の住人なら、大人しく道を開けるのが常識だと分かっているからだ。

 

白井黒子は、単独で、移動させる最大質量は130.7kg、最大飛距離は質量に関わらず81.5mのLevel4の―――つまり、己の身体を起点において『黒子自身を移動できる』空間移動系能力者。

 

ヒュン、ヒュン、という小刻みに響く空を裂きながら、80mの距離を移動するたびに、次の80mに目的地を指定して飛ぶ。

 

その速度は時速に換算して288km。

 

それも直線の移動ではなく、点々との移動なので、慣性の力が働かず、空気抵抗とか浴びることもないのでスカートでも大丈夫。

 

 

『しら―――い、さん。犯人達に、動き、です。……地下街『エリアセール』出口A03、から、地上へ、出たようです。―――地下街の突き当たりから、次の地下街へ……向かっているみたいで……』

 

 

ただ、唯一の弊害とすれば<空間移動>は瞬間的に空間を渡っているので電波の受信位置が次々と移動していき、ブツッブツッ、と通話が途切れがちになるが、<空間移動>の速さはその犯人達の背中を捉えられるはず……だったのだ。

 

黒子は、追い掛けた、追い掛けたのだが、捕まらなかった。

 

スタートが遅かったせいもあるだろう。

 

だが、黒子の眼は、一度支部のパソコンに映っていた強盗犯達の姿を捉えた。

 

地下街の出入り口が設置されている建物の近くの車道を10人の男達が走っており、車が渋滞に遭っているので、轢かれる心配はないが、時折クラクションを受けて、路地裏に入ろうとするその瞬間を。

 

 

『えっ―――これは一体……!?』

 

 

だけど、次に転移した時、男たちの姿は消えていた……

 

 

 

 

 

 

 

「一体あれは……」

 

 

今考えても奇怪な事件。

 

その後、これ以上の現場調査は無意味であり、<風紀委員>は基本学生なので、初春に監視画像からさらなる情報解析を任せ、黒子は帰宅した。

 

今もバスを待ちながら見ているメール、キャリーの蓋を封じるように、側面に貼ってあるガムテープのような荷札――ICチップを埋め込んだ紙幣に似た緻密な印刷が施されている――を拡大表示で分析した調査結果が送られた。

 

 

 

『『常盤台中学付属演算補助装置』……

 

荷札の番号の照会したところ、この番号で登録されているのは並列演算機器を束ねるホストコンピュータの熱暴走を防ぐための大規模冷却装置……

 

専門の機械を通さなければダミーかは判別できないので、荷札の画像からこれ以上の情報を抽出するのは困難……

 

だが、どう考えてもキャリーに収まらない……

 

また荷札は学園都市発行の本物であるが、『常盤台中学付属演算補助施設』という建物は存在しない……    』

 

 

 

常盤台中学白井黒子の意見として、<学舎の園>では金属部品ならまだしも、機材そのものの搬入は聞いた事はない。

 

 

 

『キャリーケースの表面に荷札とは別に直接刻印されたマークを発見……

 

スタンプのような丸い縁の中にいくつかの四角形を重ねたこのマークは第23学区のエンブレム……

 

第23学区は航空・宇宙開発分野で、それもその開発のために一学区分を飛行場、発射場、及び関連施設で丸々独占した一般生徒立ち入り禁止学区……

 

しかも、その機密性の高さからあまり詳細な情報は漏らさぬよう荷札の送り主の情報は第23学区のみとなっている……

 

改めて荷札の日付を見てみると学園都市のシャトルが地上へ帰還した日時と合致し、このキャリーケースは、宇宙服やシャトルの表面にも使われている素材で出来た高気密性と各種宇宙線対策を施された特殊ケース……    』

 

 

 

黒子は宇宙関係の専門的な知識や事情に詳しくないが、改めて考え直してみると、ここ最近、学園都市を始め、世界各国各機関がロケットやシャトルを相次いで発射している。

 

『完璧』と言われる成績を収め、常盤台の最上級生であらゆる物事に精通している上条詩歌なら(美琴の事を神童と称えているが、Levelを除けば詩歌も十分それ以上に匹敵する才媛である)他にも何か思い浮かぶかもしれないが……

 

あとこれは盗難の被害者――この怪しいキャリーケースの運び人――を取り調べした他の透視系の先輩と読心系の同僚がいる他支部からの(ハッキングした)極秘情報だが、相手は『外』にいる人間らしい。

 

第23学区の施設のどれかが宇宙から特殊ケースに保管して持ち帰ったモノ? を存在しない施設(おそらく何者かだけに伝わる暗号なのかもしれない)へ運ぶ途中で、それを横から『外』の人間達が奪い取られた―――これがこのひったくり事件……の推察である。

 

やり方はやや強引だがたった一晩でこの情報量。

 

初春は実技と能力では半人前なのだが、情報処理は人並み以上の才能があり、座学、実技、能力の全てにおいて優秀な成績を収めるが、1人で突出しようとする黒子の行動をサポートする優秀なオペレーターである。

 

書庫(バンク)>へのアクセス権限も持っており、その調査能力は黒子でさえも舌を巻く。

 

そして、突然消えた『外』の人間にはありえない現象―――空間移動系能力者でもある白井黒子の勘にも、当たりをつけてくれた。

 

 

 

『一度に複数の物体を動かせるのは白井さんも含めて19人。でも、一度におよそ大人10人となると、アリバイが無いのは1人だけです』

 

 

 

とりあえず、ますますこの『外』の男達の正体が気になったが、黒子は情報調査をしてくれた初春に礼だけ言っておこうと思い、この人物に昨晩の事情聴取をする前に支部に寄ったら詳しい情報を聞きがてら直接感謝を―――

 

 

「お、やっと来ましたか―――」

 

 

と、数分遅刻してやってきたバスへ乗り込み、席を探そうと視線を走らせ―――目が止まった。

 

一番奥の席に陣取る女性。

 

そこにいるのは、黒子がつい先ほどまで写真で見ていた人物だった。

 

 

「あなたは……」

 

 

「うふふ、初めまして。それとも昨日ぶりかしら?」

 

 

突然の遭遇に生まれた空白。

 

バスは構わず、出入り口のドアを閉め、退路を塞がれる。

 

漠然と、何か危機感のようなものだけを掴み取った瞬間、

 

 

ドン! と。

 

黒子の右肩に、何かが食い込んだ。

 

 

 

 

 

風紀委員第177支部

 

 

 

いつもは学生同士和気藹々とした<風紀委員>の職場。

 

しかし、今、初春飾利は、先輩である固法美偉と対峙していた。

 

 

「………首を突っ込むなってことですか?」

 

 

「言葉が悪いけど、概ねその通りよ。もうこれは<警備員>が動いている。要請されない限り、<風紀委員>の出る幕じゃない」

 

 

眼鏡を直しながら固法は言う。

 

子供を危険にさらす訳にはいかないのと、子供にそれほどの危険を蹴散らすぐらいの巨大な力を持たせる訳にはいかないという2つの理由から、学生主体の<風紀委員>よりも、教員主体の<警備員>の方が重要な仕事に就く事が多い。

 

学生としての、<風紀委員>としての固法の対応は、間違っていない。

 

だけれど―――これは、おかしい、黙って見過ごすわけにはいかない。

 

 

「こうやって、頭ごなしに言い聞かせれば、反発感情も湧くでしょうが、学生風情が命懸けになった所でどうにかなる問題じゃないのよ。これは断言できる。だから、くれぐれも軽はずみな行動はとらないでちょうだい。これは先輩として、貴方達を思えばこそ出た言葉と理解してくれればうれしいわ」

 

 

「むぅ……でも、そんなの納得できませんよ、固法先輩! きっと偽情報(ダミー)です。詩歌さんがこんなことするはずがありません!」

 

 

教師が主体の<警備員>が、学生に対し冤罪をかけるような適当な捜査を行わないはずだ。

 

だとするなら、あの人は表ではにこやかに振る舞いながら、裏では人を傷つけ、この事件を引き起こしたのか?

 

けど、初春はそんなはずはない、と。

 

その根拠は『違うと思う』というところにしかない。

 

夏休み前までの初春であれば、<警備員>の情報を鵜呑みにし、彼女がやったと考えていたかもしれない。

 

『研究員二名に重傷を負わせた学生』と今朝の情報に、まだそれを明確に否定できる材料はない。

 

しかしこのおよそ二ヶ月。

 

全てではないとはいえ、いやほんの一端に過ぎないとはいえ、初春は彼女の事を知った。

 

一緒にセブンスミストへお買い物した。

 

盛夏祭を案内してもらった。

 

球技対決を応援した。

 

モデル撮影を共にした。

 

夏祭りで一緒に楽しんだ。

 

様々な事件を助けてくれた。

 

親友の佐天涙子、ルームメイトの春先襟衣の悩みを解決に導いてくれた。

 

そして、<風紀委員>のパートナー、白井黒子が尊敬している。

 

だから、違うと思った。

 

憧れの先輩を、こっちの勝手な理想の色眼鏡で見ているかもしれないとしても、上条詩歌は何の理由もなく人を傷つける人間ではないと思った。

 

『と思った』という合理的とは言えない考え方だが、そのおかげでこの『MAR』という<警備員>の一部署からの情報に何らかの作為を初春は感じたのだ。

 

 

「中途半端な情報規制は荒唐無稽な憶測の温床になるねぇ。特に私ら思春期真っ盛りの十代には、ちゃんと冷静に踏みとどまるだけの情報が必要だとは思わないかい?」

 

 

第三者……固法美偉に連れてこられた鬼塚陽菜が言う。

 

彼女は、親友が追われている事態にさほど動揺せず、いつも通りのケラケラとした笑みを崩さない。

 

それは、薄情だからか、それとも、信用しているからか。

 

 

「はぁ、ものは言いようね、陽菜……確かに、このまま放っておいてもどうせ調べるんでしょうし。でも、直接的な行動には出ないで。それが彼女の状況を不利になるかもしれないんだから。あくまで私たちは<風紀委員>、第三者として対応するのよ」

 

 

何もするな、とレンズ越しから固法の視線で釘をさす。

 

そもそも何が起きてどうなったかさえも把握していない現状で、そう忠告されれば、迂闊な行動はできなくなる。

 

 

「じゃあ、初春さん、余計な混乱が起きないよう<風紀委員>以外の部外者には見られないようにね」

 

 

とはいえ、ここに『はいわかりました』と素直にジッとしているような者がいるのかなど疑問で―――また約一名、<風紀委員>じゃない者もいるのだが、

 

 

「美偉の姉御、眼鏡、曇ってるよ」

 

 

「あら、“気付かなかったわ”。ありがと、陽菜。でも、眼鏡拭きを持ち合わせていないのよ」

 

 

「そりゃあ、大変だねぇ。初春っちも姉御も忙しそうだし、“私が代りに”紅茶入れてくるよ」

 

 

そこは“うっかり”気付かなかった。

 

眼鏡が曇っているから仕方ない。

 

そのやり取りに初春はちょっとだけ嬉しそうに、機嫌よくリズム良くキーをタイピング。

 

最初はとても怖い人だと思ってたけど、結構気さくな人で、何だかんだで固法先輩と良く通じ合っているようだし、きっと良い人なんだ、と……

 

 

「あら? 気がきくわね。でも、陽菜が入れる紅茶って何だか怖いわね」

 

 

「かかか、姉御、昔よく隣で見てたじゃないか? 私がバイク(紅茶)の(エンジン)入れるトコ。荒っぽいんでボディ(容器)傷つけちゃう(割っちまう)ことはあったけど、兄貴は怒んなかったよねぇー……姉御のように」

 

 

ピキッ―――と初春は聞こえた。

 

何かガラスのような、眼鏡のようなものが割れた幻聴が。

 

 

「ホント、懐の大きい男だったよねぇ。ちょっと傷つけただけで一々気にするような人じゃない」

 

 

初春には先の会話の意味が読み取れなかったが、それでも雰囲気で分かる。

 

前に集中し、後ろを向いてはいけない。

 

先輩がキレてる、と……

 

 

「形あるもの全て壊れる。コレ、真理也」

 

 

「ひぃ~なぁ~」

 

 

とっても優しい猫撫で声。

 

だけど……調子に火がついちゃった陽菜は気付かずに、

 

 

「うん、姉御がケツの小さい女じゃないってことを私は信じてる! だから、減刑、を、お願、い……しま、すぅー……」

 

 

にかっと会心の言い訳どうだ! と言わんばかりに調子の良い笑みを浮かべながら振り向く陽菜の声の調子が尻すぼみに小さくなる。

 

火消しの名人もこうはいかない鎮火っぷり。

 

パソコンの画面にうっすらとその顔が青くなっていくのが映る。

 

彼女の目の前には、透視の力か、それとも別の要因かは知らないが曇ったレンズ越しでも分かるほど、その双眸に燐光が宿した……

 

 

「準備が終わるまでに、しっかり反省文を書いておきなさい。後、『紅茶』を使うなら、“一つたりとも”傷を残さないように“丁寧”に扱いなさい。―――じゃなきゃ、弁償、させるわよ」

 

 

「了解であります! 美偉の姉御!」

 

 

ガガガガガガガ!! と鬼気迫る勢いで反省文を書き進める音。

 

それを背後から一文字も逃さずチェックを入れる視線。

 

……鬼塚陽菜という人物は良い人は良い人なんだけど、調子の良い人なんだと初春飾利は理解した。

 

 

(そう言えば、白井さん。まだ来てないけどどうしたのかな。もしかして、直接会いに―――)

 

 

 

 

 

建設途中のビル 跡地

 

 

 

「くそっ、『案内人』はどこにいるんだ!」

 

 

飛ぶ声は野太い、大人のもの。

 

リーダー格の男は舌打ちをしながら、この昨夜に能力者が爪痕を残した交戦地帯へ視線を巡らす。

 

 

「隊長、手掛かりとなる痕跡は見つかりません」

 

 

部下の報告に、<迎電部隊(スパークシグナル)>のリーダーは凝り固まった苛立ちを流すように深呼吸する。

 

 

「俺達の仕事は秘匿すべき情報の操作。そのためには『案内人』の存在は危険だ」

 

 

今回のターゲットは、とても厄介な能力を持っている。

 

おかげで、部下も何人もやられ、何度も逃げられた。

 

そのために昨夜は対能力者に特化したあの部隊に応援を要請したがどうもきな臭い。

 

『案内人』が集めた子供は何人か回収したクセに、肝心の奴を取り逃がすなんて。

 

まさか匿ってるのか……

 

いや、奴らにそんな事をして得をする理由なんてないはずだ。

 

そう、考え込んだ時、現場に男性が一人。

 

 

「おい! そこのお前、何してる!」

 

 

ここは今、封鎖されているはずだ。

 

表の人間も、裏の人間も。

 

なのに何故ここに人がいる。

 

 

「え、ーっと道に迷ってしまいましテ」

 

 

片言で話す奇妙な男。

 

その匂いは―――自分達と同じだ。

 

危険。

 

 

「そうか。だったら、案内してやろう」

 

 

これはあの統括理事長に飼われている『犬』のところでも同じだが、目撃者は案内することになっている。

 

 

「―――あの世にな」

 

 

後頭部に拳銃を押し付ける。

 

ガチリ、と撃鉄を親指で押し上げる。

 

情報秘匿を専門とする自分達が口封じで最も簡単なのは、死人に口なし――殺す事だ。

 

 

「お、おー、いきなり何するんですカ!?」

 

 

「下手な演技をするな。俺達と同じ暗部の人間は匂いで分かるんだよ。誰の命か知らないがマナーを守って、他の縄張りまで出しゃばらなければ、ここで死ぬ事はなかっただろうに」

 

 

キリキリという小さな音。

 

それは頭に押し付けられた拳銃が、引き金にかける指と連動して、内部の小さなスプリングが収縮する音。

 

そして、銃口から―――そこへ、新しい音が聞こえた。

 

 

 

「―――うふっ、案内してくれるのねぇ」

 

 

 

金髪の少女が、こちらにリモコンを向けていたと同時に、彼女は能力を発動していた。

 

まさしく、問答無用。

 

<迎電部隊>の全員が武器を出す間も与えられずに、身体が凍りつき、停止した。

 

しかし停止した、だけでは留まらない。

 

女王の命令は、それほどちゃちなものではなかった。

 

この金縛りが精神系能力による攻撃だと言う事は、少なくとも<警備員>よりも実戦的な特殊部隊<迎電部隊>に所属する者なら、その程度の判断知識は備わっている。

 

そして、自分達の前に陽の光を浴びて煌々しく照る満月のような金色の長髪をなびかせ、こちらを見下す少女が、その能力を行使しているのだと言う事も、理屈ではなく理解できたはずだった。

 

だが、だからといって、抵抗できる余地などありはしない。

 

 

「ぷふっ、そのインテリ面が、慌てるの見てて面白かったわぁ♪」

 

 

「見てないで早く助けてくださいヨ。おかげで寿命が縮まりましタ」

 

 

「女の子を待てない男はダメねぇ~。じゃああなた達、知ってる事、全部教えてもらうゾ☆」

 

 

 

 

 

能力実技室

 

 

 

これは、白井黒子が初めて上条詩歌の能力開発に参加した時のことである。

 

 

「教員達の能力開発は性能を大きくするのを目的とするのに対して、私が得意とする能力開発はむしろ性能が小さい状態でも運用できるようにしようというのが目的です。<空間移動>でより重い物を、より遠くへ飛ばすのではなく、精確に、効率良く、応用ができるくらい制御力を身に付けようというものです。無論、教員同様、基礎を見直し、一歩先の性能に慣れさせる事で性能の向上もできます」

 

 

何の器具のないただの実技室の中で、詩歌はいつも通りの口調で話す。

 

 

「そうですね。基礎コースならば、性能を上げる事を目的としていますので、いざという時により多くの人間をより遠くへと避難させるように鍛えます。時間割り(カリキュラム)で良い結果を残したいのであれば、おそらく基礎の方がいいでしょう」

 

 

これは教員達が器具を用いて行うものだが、詩歌は器具を使わないで<幻想投影>の同調をする事で行っている。

 

これは、まだ基礎が出来ていないLevel0の能力者達に適した能力開発。

 

 

「そして、応用コースは効率を上げる事を目的としています。私が今まで見たきた能力から適用できるものをその演算方法に組み込み、新たな利用法を生み出すといったものです。あまり良い印象ではないですが、小細工や小手先のテクニックと言うようなものですね」

 

 

一方、こちらは基礎が十分にできているものの、伸び悩んでいる能力者に適した能力開発。

 

効率の良い利用法を考える、というのは詩歌の性格による所も大きいが、<幻想投影>の性質もまた大きい。

 

触れただけでその構造を理解する事は出来るが、力が使えるのは1回30分の使い捨て。

 

つまり、詩歌は有効に、有用に、能力を使わざるを得ない。

 

 

「黒子さんもご存知の通り、<自分だけの現実>は能力発現の根本的な法則とされています。望む現象を発現しようとする能力者が『自分の力で不可能を可能にする』事への意識を『現実』として理解し、演算し、自然に表現できるかどうか。そう如何に非常識な現象を<自分だけの現実>に組み込めるかどうかで性能の大きさが変わっていきます」

 

 

と、そこで一端区切り、

 

 

「さて、黒子さん、『(フレーム)問題』と言うのは知っていますか? 機械工学の専門用語の1つです」

 

 

『枠問題』……1969年に、マッカーシーとヘイズによって指摘された人工知能の最大の難問である。

 

その逸話として、警備員ロボット1号が、『ある部屋に時限爆弾が仕掛けられたので、美術品を運んでほしい』という命令を受けた。

 

ロボット1号は、命令を認識し、思考を回転させ、『目的の遂行のためには美術品を持ち上げて動かす』という結論に達した。

 

しかし、時限爆弾は、美術品に取り付けられていた。

 

そのため、美術品を運び出すことには成功したが、そのうち爆弾は爆発し、美術品もろとも、哀れ、ロボット1号は粉々に吹き飛んでしまった。

 

ロボット1号は『美術品に爆弾が取り付けられている』ということは、ちゃんと認識していたのだが、『美術品を運ぶと、爆弾も一緒に運ばれる』→『美術品が破壊される』という推論ができなかった。

 

そこで、この問題を改良したロボット2号が作られた。

 

今度のロボット2号は、『自分の意図した行動だけでなく、その行動の結果として、周囲に何が起こるかを推論する機能』が追加されている。

 

だが、ロボット2号は、部屋に向かい、美術品を運んだときに起こりえる可能性を考え始め……

 

 

『え~と、

 

 

・もし美術品を運ぶと,天井は落ちくるか? ―――落ちてこない。

 

・もし美術品を運ぶと,部屋の壁の色は変わるか? ―――変わらない。

 

・もし美術品を運ぶと,壁に穴が開くだろうか? ―――開かない。

 

・もし……………』

 

 

と、無駄なことを延々と思考しているうちに、爆弾は爆発し、哀れ、ロボット2号は粉々に吹き飛んでしまった。

 

さて、『べつに美術品を動かしても天井は落ちる可能性なんてない』と言いたいところだが、人工知能のプログラムには、そんなことは事前にはわからない。

 

だから、一応、考えてみないと『関係ない』と結論づけることができないのだ。

 

そして、『美術品を運んだときに、考えられる可能性』というのは、無限にある。

 

だから、その無限の可能性について、1つ1つを処理をしていたのでは、無限の時間がかかってしまうのだ。

 

では、『爆弾と美術品に関係ないことを考える必要はないじゃないか?』と考えて、『爆弾と関係のあることしか考えないロボット3号』を作ったとしても、やはり同じこと。

 

ロボット3号は、『爆弾と何が関係があって、何が関係がないのか』を無限の可能性の中から、延々と考え始めてしまい、やっぱり、爆弾が爆発してしまうのだった。

 

このように、『まわりの環境から、何が関係あって、何が関係ないか』を調べるために、無限の計算が必要になって人工知能が止まってしまうこと、これを『枠問題』と呼ぶ。

 

つまり、人工知能は、チェスやオセロのような、閉じられたルールの枠の中では、有効に働くが、ひとたび、現実の世界のように開いた世界に飛び出すと、逸話のロボットのように、情報を処理しきれずに、動きが停止してしまう。

 

刻々と変わる状況、流れ込む大量の情報、次の瞬間に起こりえる無限の可能性……

 

人工知能には、有限の処理能力しかないのだから、何も動作できずに止まってしまう。

 

しかし、人間、何の知識も、先入観もない赤ちゃんでさえも、このような『枠問題』は発生していない。

 

もちろん、人間も有限の処理能力しか持っていない。

 

にもかかわらず、人間は、思考が暴走して停止することなく、動作することができている。

 

例として、『机の上に乗った皿を手に取る』、これは人間なら当たり前に行える作業だが、ロボットでは『どこまでが机で、どこまでが皿か』が判別する事が困難だ。

 

何故なら、皿は1つ1つ形状が異なるため、その全てを記録していなければ『皿』を判別できないからだ。

 

現に、学園都市の清掃ロボットでさえも、斬られて血を流している少女を人ではなく『ゴミ』と判別してしまった事がある。

 

それほど人工知能にとって、枠を作る境界線を引く事が難しい事である。

 

でも、人間は『漠然と、皿のようなもの』と区別する事ができる。

 

机の上にあるのが、『皿』が初めて見るものだとしても、『皿』と『机』の判別はできる。

 

常人なら路上で倒れている瀕死の女の子の事を『ゴミ』だなんて、判別する事は絶対にない。

 

だが、何故、人間には『枠問題』が発生していないのか?

 

その答えの1つとして、

 

 

「『人間は、自分勝手に『自分の世界』という閉じられた狭い世界を頭の中に作り出して、その中で生きているから』……つまり、考える範囲が少なくて、しかも自己完結しているので、思考が暴走せずに済んでいるのではないか、ということですね」

 

 

もちろんそうすると、『自分の世界』の外側を、まったく意識できないのだから、多くの間違いや失敗を繰り返すことになってしまう。

 

しかし、『自分の世界』という枠をやたらに広げて、思考が暴走しては元も子もない、ということはあるだろう。

 

あまりに『枠』が広すぎると、検討すべき事項が多すぎるため、脳が暴走して、うまく機能することができない。

 

『枠問題』の解決法は、如何に『自分の世界を狭めるか?』ということ……つまり、『どうにもならないこと、自分の能力以上のことは、考えない』ということだ。

 

 

「能力者に強度(レベル)があるのは、単純にその人個人の精神力の大きさだけでなく、<自分だけの現実>にも認識・想像の『枠問題』があるから、と私は考えています。つまるところ、Level0の大半の理由は、きっちりと『枠』ができていない、自分の許容思考・想像範囲よりも遥かに『枠』が大きすぎる、自分にあった“視野の大きさ”を持っていない、悪い言い方ですが、高望みのし過ぎですね。私達の先人が言う『なんでもかんでも視野を広く持てばいい』ということが決して正しいという訳ではないです」

 

 

詩歌がLevel0達を目覚めさせるにやる事は、まずその間違いを正す、自転車に補助輪とナビを付け、正しい運転方法を身に付けさせるように、力の使い方と枠の大きさを教える事からである。

 

 

「もちろん、成長したいのなら、『枠を広げる』のが手っ取り早いです。基礎コースは『枠』を壊さないように少しずつ外側から広げるといったものです。そして、応用コースは『枠問題』が起きない範囲で内側に『他人の現実』を組み込み、効率化を図る。ほら、三角形の面積にしても、『底辺と高さから』という一般的な公式もありますが、『2辺と夾角から』、『3辺からヘロンの公式』、『1辺と2角から』と様々な角度からでも解を導き出せます。応用はこれと似たようなものです」

 

 

少し、そこで視線を外し、

 

 

「まあ、敢えて既存の『枠』を全て捨て、再び組み立てる事で新たにより大きな『枠』、<自分だけの現実>を構築するといった方法もありますが、その場合、絶対なる自己を持っていなければ精神崩壊が起きかねませんね」

 

 

と、溜息を吐くと詩歌は5m先に転がっているボールに視線を向け、

 

 

「黒子さんの<空間移動>には『手で触れなけれたものでなければ』という枠があります。でも、私はそれに『視角から力を発現する』、例えるなら陽菜さんの<鬼火>は視界の範囲内であるならば炎を発生させる事ができる、その演算処理方法を超えない程度に加え、枠を柔らかくし、新たな抜け道を見つける……相当な想像・認識能力が必要ですが、『視角内に存在するものは、漠然と手で触れている』と考える事ができれば――――」

 

 

瞬間。

 

 

「――――このように、自分の手から遠く離れた物を<空間移動>させる事ができます」

 

 

詩歌の手元にそのボールが出現した。

 

 

 

 

 

バス

 

 

 

結局、黒子は詩歌の同調があれば自身の半径1mの範囲内で、10kg以下であれば<空間移動>出来るようになったが、1人の場合では出来なかった。

 

詩歌曰く、もう『枠』が基礎でしっかりと固められているからなのだそうだ。

 

Level5の美琴ですら詩歌の応用力・思考の柔軟性には舌を巻くのだというのだから、黒子ができないのも無理はない。

 

その詩歌でさえも、通常の<空間移動>の距離も重さも半分以下、飛ばすのに数秒の時間を要し、しかも、遠く飛ばせば飛ばすほど移動地点の誤差が大きくなる。

 

が、

 

 

 

その空間移動系能力者の最上級はそれを、手に触れずとも大の男を十人も、難なく可能にさせる。

 

 

 

「がっ………!」

 

 

灼熱する痛み。

 

体の中でブチブチと何かが千切られるような感触。

 

耳ではなく、体内を直接通って響き渡る鈍い音。

 

激痛が発生する部分を見れば鋭い金属が突き刺さっていた。

 

白い陶器のようなグリップに、バネのように渦を巻いた太い針金のような切っ先。

 

 

(ワインの、コルク抜き!?)

 

 

黒子は痛みで混乱しかけていた頭を無理矢理平静に留め、<空間移動>を実行。

 

移動距離はほんの数cm、倒れている自分の体を90度垂直に移動させ、結果として一瞬で起き上がる。

 

ぼとぼと、と。

 

重たい液体の零れる音が地面に響く。

 

それを楽しげに眺める高校生。

 

その少女は黒子よりも背は高く、髪を頭の後ろで二つに束ねてまとめている。

 

服装は学校の制服だが、冬服だ。

 

青い長袖のブレザーの袖に腕を通してはおらず、ただ肩にかけてあるだけでボタンも留めていない。

 

ブレザーの下にブラウスはなく、上半身は裸で、胸の所には薄いピンク色の、インナーのような布をサラシのように巻いているだけだ。

 

腰にはベルトが巻かれているが、スカートを留めるためのものではなく、ただの飾りだ。

 

革ではなく、金属板をいくつも合わせて作ったベルトにはホルダーのような輪が付いている。

 

それには、長さ40cm強、直径3cm程度の黒い金属筒――警棒にも使用できる軍用の懐中電灯が挿し込まれてあった。

 

 

「結標、淡希……ッ!」

 

 

「あら、名前まで知ってるとなるとやっぱりお気づきだったのね? 流石に似た系統の能力者には気づかれるか。けど、調べたのなら分かるでしょ? 私はあなたとは少々タイプが違うの」

 

 

昨日、黒子が追いかけていた『外』の人間の逃走補助した能力者で、初春に頼んで当たりをつけた容疑者。

 

 

「私の力は<座標移動(ムーブポイント)>といったところかしら。不出来な貴女と違ってね、私の『移動』は、いちいち物体を手で触れる必要なんてないんだから。どう素晴らしいでしょう?」

 

 

淡々とした声。

 

もし、それが本当だとするならば彼女の『枠』は完全に自分よりも広く。

 

黒子よりも、そして、詩歌に匹敵するほど<空間移動>の応用力が高い、という事になる。

 

さらに、彼女は、運転手も含めて、バスの中にいる、こちらに拳銃の銃口を向けている全員に『あなた達は手は出さないで』とジロリと見回す。

 

 

(どうりで、今日はバスが遅刻したんですのね)

 

 

その言葉だけで、黒子はここが敵地(アウェー)、そして、全員がグル。

 

捕まえるつもりが逆に捕まった―――そこまで把握して、黒子は相手を警告するように告げる。

 

 

「わたくしを、誰だか分かっての暴挙ですの?」

 

 

黒子の身分を示す肩の<風紀委員>の腕章は、すでに傷口から溢れる血でどす黒く変色していた。

 

 

「ええ。分かっているから安心して仕掛けたのよ。<風紀委員>の白井黒子さん。そうでなければ自分の手札を軽々とさらしたりはしないわよ」

 

 

言外に、黒子の事を情報が知られても負けるはずが無い格下だと見下しており、その実力差は黒子にも分かる。

 

何故、自分を……目の前の人物の意図も掴めないが、傷ついた黒子を見て浮かべる笑みが、このまま黙って黒子を帰すつもりなどないのも分かる。

 

そして―――敵。

 

そう、眼前にいる結標淡希は敵なのだ。

 

だとしたら、行動は早い。

 

まずは頭を打つ。

 

 

「チッ!!」

 

 

黒子は両足を大きく広げる。

 

反動で短いスカートが舞う。

 

露わになった太股には革のベルトが巻いてあり、そこには十数本の金属矢が差し込んである。

 

さながら、西部劇のガンマンのベルトに収まっている銃弾のように。それは彼女の奥の手だ。

 

点と点を移動する<空間移動>を使って、瞬間的に標的の座標へ金属矢を送り込む。

 

隠れようと空間を飛び越えるので『距離』という概念を無視し、間にいる障害物を素通りする。

 

それは同時に物体の区別なく、全てのモノを貫く必殺の矢となる。

 

<空間移動>は基本的に、『移動する物体』が『移動先の物体』を、割り裂いて移動するようにできているからだ。

 

故にどんなに移動先の物体が硬くても、ダイヤだろうが金剛石だろうが、紙切れ一枚で切断出来る。

 

 

「遅いわよ」

 

 

しかし、結標の方が速かった。

 

羽織っているだけのブレザーの内側にある細い手が、腰の金属ベルトに挟んである軍用懐中電灯を一息で引き抜く。

 

黒子のがホルダーから取り出す銃とするなら、少女は鞘から刀を引き抜いたように。

 

彼女はその軍用ライトをくるりと、バトンのように手の中で一回転させて黒子の方に向けると―――

 

 

「―――っ!?」

 

 

スカッ、と黒子の太股に収めた金属矢が虚空に消えて―――結標の手の中に現れた。

 

 

「分かるわよ。私は誰よりもあなたの理解者になれる。―――御坂美琴よりも、上条詩歌よりも」

 

 

驚く黒子に、結標はサイドスローで金属矢を帰す。

 

<空間移動>(彼女が言うには<座標移動>か)を使わない、三次元的な直線の飛行ルート。

 

ただしその矢は、真っ直ぐ正確に黒子の体の真ん中を狙っている。

 

高速で移動する狭いバス内では左右に避ける事は出来ないし、外へ逃げるわけにもいかない。

 

と言って、真っ直ぐ進む矢に対して後ろに下がっても何の意味もない。

 

なので、黒子が選んだ選択は、前へ、前へ<空間移動>する事だった。

 

前方に<空間移動>する事によって、矢を追い越した。

 

少女は黒子を<空間移動>させる事は出来ない。

 

黒子を壁にめりこませた方が、飛び道具よりも確実なのだが、空間移動系の能力者は同系列の能力者を<空間移動>させる事ができないからだ。

 

以前、詩歌と試した事があったが、空間移動能力者は三次元的な『見た目の位置』ではなく、十一次元上における自分の絶対位置座標を常に頭に入れて行動しており、同系列の能力者がずらそうとしても、その『位置座標情報』が楔のような役割を持って阻害するからだ。

 

そのまま、反撃、カウンターの拳を握り、目の前の敵を殴り―――

 

 

どすっ、と。

 

白井黒子の脇腹に、背後から金属矢が突き刺さった。

 

 

「………ぁ………ッ!?」

 

 

黒子は体の芯から湧き起こる震えのようなものを感じた。

 

それに耐え切れなくなったように、全身から力が抜けていく。

 

両足がカクンと折れて、そのまま地面に倒れ込んだ。

 

奇しくも、奥の座席に腰掛ける結標の足元に屈するように、

 

 

「調べたんでしょう?」

 

 

腰をかけたまま、足を組み直して、微笑む。

 

 

「私の<座標移動>には、貴女みたいに物体に手を触れる必要なんかないって」

 

 

嘲る声に対して、黒子は顔を上げる事も出来ない。

 

簡単な理屈だった。

 

まず、金属矢を自分の手で投げて黒子が避けると同時に、今度は空中に飛んでいた矢を<座標移動>させた。

 

黒子の背中の内側に出現するように。

 

180度方向を変えた金属矢は飛行の勢いを殺さず、黒子の背中に突き刺さり、さらに腹の方向へ突き進んで止まった。

 

ゴリゴリという嫌な音が体の芯に響き渡った。

 

『手で触れずに移動出来る』のは分かっていた。

 

だが、動く物体に対し、瞬時に、正確にできる<座標移動>は予想以上だ。

 

優雅に足を組んだまま、手の中に投げなかった無数の矢をカチャカチャと弄び、警棒にも使える軍用懐中電灯のスイッチを入れ、バントのようにくるくると回して光の輪を描きながら、足の下で這いつくばってあがきもがく弱者を心優しく見下し嘲る。

 

ヒュンヒュン、と空気を裂く音が連続して―――

 

 

 

 

 

 

 

浅い眠りに入れば、決まって人を傷つける夢を見る。

 

傷つけるのは決まった相手ではなく、大抵は行きずりの<スキルアウト>などといった不良だったりするが、理由はいつも同じ。

 

相手から一方的に押し付けられる『理不尽』を実力で排除しようとしてもいいような免罪符を得た結果、“つい想像の中でしかない事を実現してしまいたくなる”。

 

絶対に手放せないナイフを与えられ、それについて四六時中考えなければならない子供が、どんな性格に育つのは容易だ。

 

相手の態度についカッとなった訳でもなく、ただ単純に、試してみたいと思えば、何の躊躇いもなく、傷つけてしまう。

 

つまりは、魔が刺した。

 

 

「これでお終い」

 

 

空間を制する者が相手を制するのに1秒も必要ない。

 

無数の金属矢が飛び交い、乙女の澄んだ鮮血が飛び散り、絶叫が飛び立つ。

 

どす、と汚い布袋を落とすような音共に、床に転がる白井黒子は、磔の罪人のように縫いとめられていた。

 

金属矢が突き立ったその制服に、血で汚れていない場所はどこにもない。

 

命があるのは、結標淡希が急所を外したからに過ぎない。

 

 

 

「さあ、格付けの挨拶は済んだことだし、教えてもらいましょうか―――『RFO』、<妹達>、<最終信号>について知っている事全部」

 

 

 

つづく


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