とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

131 / 322
残骸編 新人研修

残骸編 新人研修

 

 

 

道中

 

 

 

<風紀委員>。

 

各校より志願し、選抜された生徒達によって運営される学園都市の治安維持機関である。

 

危険を伴う職務であり、また高いモラルが求められるため、9枚の契約書にサインし13種類の適性試験と4ヵ月の研修をクリアした志願生にのみ資格が与えられる(一度取得すれば進学・転校を経ても資格は継続される)。

 

 

 

 

 

 

 

上条詩歌が拳を振るったのを見たのは黒子がまだ<風紀委員>を始めて1年も経っていない頃。

 

その時の黒子は座学・実技・能力判定の全てにおいて優秀な成績を修めているのにもかかわらず<風紀委員>になってから未だに実戦に参加させてもらえなくて不満を抱いていた。

 

そんな黒子に……

 

 

「ふむ。こっちは特に異常なしですね。では、次のポイントに行きましょう」

 

 

「……少しお聞きしたいのですが。…え、っと……」

 

 

「はい? お名前なら先ほど申し上げたように上条詩歌と言います。是非、下の名前でお呼びください」

 

 

「いえ、そういう事を聞きたいのではなくてですね」

 

 

「何故、今日あったばかりの見ず知らずの、しかも、<風紀委員>でもない人間に指導されなくてはならないか、ですか?」

 

 

「……分かっているじゃありませんの」

 

 

昨日、<風紀委員>の先輩、固法美偉からパトロールを行う、と言われ、指定された場所に来たらそこにいたのは見ず知らずの美少女………何故か婦警の姿をした。

 

彼女は挨拶運動のつもりなのか道行く人に気持の良い笑顔を振りまきながら声を掛けている。

 

黒子はその姿に目を奪われ、

 

 

『おや? 白井黒子さんですね。初めまして。上条詩歌です。今日は固法さんから白井さんと一緒にパトロールをするように頼まれました。期待の新人をビシバシ鍛えてくれとの事です』

 

 

『………?』

 

 

声を奪われた。

 

彼女は黒子に向けて自身の右腕に付けている『教官』の腕章を見せつける。

 

そのままあれよあれよと流され、現在に至る。

 

その間に彼女が話してくれた事をまとめてみると、

 

 

・固法美偉とはルームメイトを通じて知り合い、互いにあるブランド乳飲料を好む事から意気投合。そこから、ルームメイトの愚痴を言い合う親しい仲に(ルームメイトはどうやら相当な問題児らしい)。

 

・そして、先日、固法から黒子を見てくれないかと頼まれ、承諾。

 

・<風紀委員>には所属していないが、それと似たような事を体験した事があり、仕事については大凡の事は分かるとの事。

 

・婦警の格好については、何にしてもまず恰好から入りたいから(『教官』の腕章もわざわざ手作りで用意したらしい)。

 

 

まあ、色々とあるようだが結局、彼女は<風紀委員>ではない。

 

 

(何故わたくしが何でもないただの学生に指導されなきゃいけないんですの。裏方の雑用や先輩同伴のパトロールしか仕事を与えてくれないだけでも不満ですのに)

 

 

「あら、事件を未然に防ぐのは、起こった事件を解決するよりも大切な事ですよ、白井さん」

 

 

「うぐ……っ!?」

 

 

図星を突かれた。

 

顔に出ていたのかもしれない。

 

その反応を詩歌は面白そうにくすくす笑いながら、

 

 

「白井さんは、<風紀委員>として優秀な成績を修めているようですし、小学生だから単独行動が許されていないという訳ではないです。むしろ、能力が高過ぎるからこそ団体行動を主とする<風紀委員>には向いていないんですね」

 

 

不満をズバズバと言い当てられ、言葉が詰まり何も言えなくなる。

 

そんな黒子の頭を詩歌は優しく撫でる。

 

 

「ふふふ、もう少し周りと合わせられるようになれば、きっと固法さんも認めてくれますよ。白井さんの<空間移動>は大変汎用性の高い能力ですからね」

 

 

「ぅぅ……」

 

 

子供扱いされて悔しいが、撫でられるの気持ちいい。

 

頭のつぼを的確に押さえている…まさにゴットフィンガー。

 

それに<空間移動>の事も―――

 

 

(―――あれ? わたくし、<空間移動>についてお話はしましたかしら?)

 

 

まあ、これも固法先輩から聞いたのだろう、と黒子は結論付ける。

 

それよりも、

 

 

「そんな事より、<風紀委員>でもない貴女がわたくしに一体、<風紀委員>の何について教えてくださいますの?」

 

 

「さあ?」

 

 

ちょこん、と首を傾げる詩歌に今度こそ黒子は唖然とする。

 

 

「固法さんから指導してくれと頼まれましたが、白井さんの方が本職な訳ですからね。逆に教えてもらいたいくらいですよ」

 

 

なんて無責任な……

 

というか、どうして先輩はこんな人に自分の指導を……

 

黒子は思わず頭を抱えそうになるが、ギリギリの所で堪える。

 

 

「ま、とりあえず今日はパトロールです。挨拶しながら元気よくやりましょう」

 

 

黒子の不満など何処吹く風。

 

詩歌はそのままパトロールを再開する。

 

 

「そうそう、白井さんは春から中学生なんですよね? ついでに第7学区の中を見て回りましょうか。案内しますよ」

 

 

 

 

 

郵便局

 

 

 

あれから、黒子はまたあれよあれよと流されてしまった。

 

どうやら、彼女の微笑みは有無を言わさぬ強制力が働いているかもしれない。

 

そして、今、黒子は1人で郵便局の見回りに来ている。

 

つい先ほど、詩歌がばったり会った学生から相談を持ち掛けられたからだ(パトロールの間、彼女達以外にも道行く人に声を掛けられていた。もしかすると、そこそこ名の知れた人物なのかもしれない)。

 

なんでも能力についての相談らしく、しばらく時間がかかりそうなので、

 

 

『すみませんが、少しこの子の相談に乗りますので、1人で次の巡回個所に行ってもらえますか? 向こうの郵便局です。よろしくお願いします』

 

 

と、黒子が1人で行く事になったのだ。

 

 

(全く任務中だというのに……それにたかが学生に相談するなんて)

 

 

とりあえず、巡回のチェックが終えると、黒子は郵便局の出入り口である自動ドアへ―――

 

 

「「あ」」

 

 

自動ドアが開いた先に、<風紀委員>の志願生、初春飾利がいた。

 

彼女とはこの前、先輩に参加させられた研修で知り合った。

 

そこで少し世間話をしてみると、どうやら彼女は、自分と同い年で(見た目から、2,3歳くらい年下だと思っていた)、今度中学校に通う際の寮の下見に来たらしい。

 

 

「白井さんはもうどこに行くか決まっているんですか?」

 

 

「わたくしは常盤台中学という所へ……」

 

 

いきなりぽか~んと初春停止。

 

 

「トキワダイって、あの常盤台ですか?」

 

 

上手く聞き取れなかったのか確認を取ってくる。

 

おそらく、初春の言っているのは5本の指に入るお嬢様名門校、常盤台中学の事だろう。

 

 

「ええと、学園都市に同名の学校はありませんから多分それかと」

 

 

またまた、今度は口も開けて初春停止。

 

それから少しして、

 

 

「ふえええええ~、スゴイですねー」

 

 

瞳を輝かせながら、こちらを偉人のように尊敬の念を送ってくる。

 

流石は学園都市、5本の指に入る名門校常盤台中学。

 

そこに在籍するというだけで女子学生からは羨望の眼差しを向けられ、男子学生からは高嶺の花と崇められている。

 

 

「気品爆発のセレブなお嬢様が通う学校ですから学園生活もきっと優雅なんでしょうねー」

 

 

初春は『常盤台中学のお嬢様』に並々ならぬ憧れと興味をお持ちらしい。

 

今も夢見る乙女のように、セレブリティーな生活を妄想―――

 

 

「……実際はそんな綺麗事ばかりではないようですわよ」

 

 

が、そんなのは黒子から言わせればただの妄想で幻想だ。

 

初春のように常盤台中学をお嬢様の聖域と勘違いする人間が多いようだが、

 

 

「何やら生徒間で派閥なんてものを作っているようですし、どうもキナ臭い印象を受けますわ」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

わたくしもあまり詳しくは知らないのですが、と前置きして、

 

 

「世間知らずの金持ちで、その上高レベルの能力者の集まり。自分達は特別な人間だと思っている歪んだ方達が多く集まっていても不思議ではありませんわ」

 

 

「はあ……」

 

 

「中でも<超電磁砲>などと呼ばれるLevel5や<微笑みの聖母>などと学生の分際で教師よりも崇められている者がいるらしいのですが、きっとコーマンチキでいけ好かない性悪女共に決まってますの」

 

 

「知らない人の事をよくそこまで言えますね……」

 

 

初春は若干、口元を引くつかせる。

 

もし今の発言を常盤台中学に通う学生に聞かせたらどんな恐ろしい事になるのやら……

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「……そういえば、貴女、郵便局に何用で?」

 

 

「あ、そーでした。帰りの電車賃がなくなっちゃったんでお金おろしに来たんだった」

 

 

と、初春がATMでお金をおろしに行った直後、

 

 

「(しーらいさん♪)」

 

 

「―――ッ!!?」

 

 

いきなり、後ろから肩を叩かれた。

 

不意をつかれ、体がビクッと震える。

 

後ろを振り向くと、やはりにこにこと笑っている婦警がいた。

 

いや、しかし……<風紀委員>として実技も得意だと思っていたのだが、全く気配を掴めなかったなんて……いや、これは彼女が神出鬼没だからか?

 

そんな黒子の考えを他所に詩歌は小声で、

 

 

「(し~~、ですよ、白井さん)」

 

 

人差し指で『お静かに』とジェスチャーを送ってくる。

 

 

「(あそこをご覧ください)」

 

 

詩歌が視線で示す場所へ顔を向けてみると、キョロキョロとしきりに周囲を窺い、大きめなスポーツバックを肩にかけている男の姿があった。

 

 

「(あの男……明らかに挙動不審です。ほら、今も順番待ちもしてませんし、ATMを利用する様子もないですね。局員の居場所や監視カメラの位置を探っていますね。それに……)」

 

 

クンクン、と鼻を鳴らし、

 

 

「(硝煙の臭いがします。それにあの右手を入れているジャケットのポケットの不自然な膨らみ……拳銃も所持していますね。学園都市製のものではなく、『外』のものでしょうけど)」

 

 

黒子は思わず声を上げそうになった。

 

 

「(強盗!?)」

 

 

「(はい。十中八九、ATM強盗でしょう。郵便局の金庫には大した額のお金はありません。肩にかけているスポーツバックの中にはバールやワイヤーなどがあるでしょう。ATMには蛍光塗料の入ったカプセルが備え付けられていますが、それに注意を払い工具で分解すれば簡単に取り外せますからね)」

 

 

「(……やけに詳しいんですのね。<風紀委員>でもないのに……)」

 

 

「(ふふふ、ルームメイトがこういった事に詳しくて―――ま、そんな事よりもこの現状をどうしましょうか。あの様子を察すると彼はあまり度胸がないものかと見受けられます。大抵、ああいったタイプは1人で強盗なんて大それたことはできないはず。能力の方も拳銃を所持している事から、それほど実戦には向いていないのか、Level0のどちらかでしょう。つまり、犯人は彼以外にもいますね)」

 

 

「(―――ッ!?)」

 

 

周囲を探ろうとする前に黒子の頭を詩歌の手が抑えつける。

 

 

「(落ち着いてください。今、ここで迂闊に周囲を探ろうとすれば、怪しまれます)」

 

 

「(じゃあ―――)」

 

 

「(先ずは安全の確保が優先です。局員にも協力してもらいましょう。白井さんは何かあったら利用客の避難誘導をお願いします)」

 

 

「(逮捕はしませんの?)」

 

 

「(<風紀委員>は治安維持が本分です。金銭よりも人命を優先すべきですね。誰も怪我なく終えられたらそれで十分です。それに先ほども言いましたが、強盗犯は1人じゃない可能性が高い)」

 

 

尤もな事を言っている。

 

だが、黒子は不満だった。

 

今、こうして犯人をとっ捕まえるチャンスをみすみす見過ごしていいものかと。

 

 

<風紀委員>でもないくせに……

 

そんな消極的な事をしていたら犯人に―――

 

 

パァン、と。

 

乾いた音が鳴り響いた。

 

 

(―――先に動かれた!)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「お、おかしな真似すんなよ」

 

 

強盗犯は拳銃を局員に向け、脅しにかかる。

 

 

「きゃ……!?」

 

 

「おっ、お客もあんま騒がないでくれよな?」

 

 

悲鳴をあげそうになった客に対しても拳銃を向ける。

 

震える言動や今の反応から察するに強盗犯はかなり神経質。

 

ちょっとでも迂闊に触れれば即座に炸裂する導火線の短い爆弾のようだ。

 

だから、今、局員が電話に手を掛けようとすれば―――

 

 

―――パァン。

 

2度目の銃声。

 

 

「おおお、おかしな真似すんなって言ったよな? な、なんでわからないんだ?」

 

 

(不味い。彼を早く止めなければ)

 

 

強盗犯は迂闊な行動を取った局員の額のど真ん中に拳銃を向ける。

 

局員ももちろんそうだが、拳銃を向けている強盗犯の方でさえ焦りの色が浮かんでいる。

 

相当な臆病者で余裕がない。

 

 

「みせしめに、ひ、ひとりくらい殺っといた方がいいのかな? ねぇ?」

 

 

そこへ強盗犯の背後から小さな影が忍び寄る。

 

 

「?」

 

 

強盗犯は振り向くがその影は、真下の死角を通っている。

 

その影の正体は白井黒子。

 

 

(訓練通りにやれば……)

 

 

ガンッ! と、黒子はまず強盗犯の足を全体重を乗せて思いっ切り踏みつける。

 

 

「ぎっ!?」

 

 

杭でも打ち込まれたような激痛が強盗犯の足から全身を稲妻のように駆け巡る。

 

 

「っんだテメェは」

 

 

黒子は初撃で動きの鈍った相手の反撃を見抜き、足を崩してそのまま地面に倒す。

 

強盗犯はその衝撃で拳銃を手放してしまう。

 

 

「このガキ! ぶぶぶぶっ殺してや―――」

 

 

そして、

 

 

「ゴフぁッ!?」

 

 

ドスッ! と、今度は鳩尾に杭のような一撃を加える。

 

胃液が押し出され、強盗犯の口から漏れだす。

 

黒子が拳銃を遠くに蹴り飛ばした頃には強盗犯の意識はもうなかった。

 

白目を剥いて眠っている強盗犯を見下ろし、黒子は言いようのない達成感に満たされていた。

 

 

―――何だ。簡単ではありませんの。

 

 

やはり、自分には実力がある。

 

もう十分1人でもやっていける。

 

こんな奴が相手なら何人来ようが自分の相手ではない。

 

 

「きゃあっ!!」

 

 

が、

 

 

「チッ。何、ガキにノされてんだクソがっ」

 

 

(初春!?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『強盗犯は1人じゃない可能性が高い』

 

 

詩歌の言葉が黒子の頭の中をグルグルと駆け廻る。

 

目先の事しか考えられず、行動した結果がこれなのか。

 

 

「オマエ、<風紀委員>か? 他にもいるなら出て来い。後んなって分かったら、このガキをぶっ殺す」

 

 

もう1人の強盗犯が、これ見よかしに初春の首筋にナイフを突き付ける。

 

少しでも動けば初春を危険にさらす事になる。

 

黒子は考える。

 

今、ここにいる<風紀委員>は自分だけしか―――

 

 

(ん? 何か忘れているような……)

 

 

と、黒子の『?』を浮かべた時、

 

 

「おい!」

 

 

強盗犯が、黒子の背後に向けて脅し掛ける。

 

 

「そこのコスプレ女! テメェは<風紀委員>じゃねーのか!」

 

 

そう背後にいた臨時指導員、上条詩歌に、

 

 

「ふっふっふ~、私は<風紀委員>じゃありません」

 

 

……何故か、というか、いつの間に付けたメガネを、くいっと上下に、光を反射させるよう位置調節し、

 

 

「厳しいチェックで目を光らせる臨時指導員です!」

 

 

と、キメ顔で言った。

 

 

「……、」

 

 

黒子はもう……色々と言葉を失う。

 

人質に囚われている初春でさえもぽか~ん、としている。

 

 

「はぁ? 何言ってっか全然分かんねーが、そこにいるガキの仲間なんだろ。とっとと前に出て来い」

 

 

そう、今の詩歌は『婦警』。

 

格好だけなら黒子よりも怪しまれるに決まっている。

 

一体何考えてんですのーっ!? と黒子は口内で呟く。

 

もしそんなコスプレなんてしてなければ、強盗犯の目を盗めたのかもしれないのに……

 

とりあえず、強盗犯の要求に従い、詩歌も黒子と並んで前に出る。

 

強盗犯はもう一度周囲を見回し、最後に黒子に倒された仲間を見下ろすと、

 

 

「チッ、ガキにノされやがって……」

 

 

役立たずは必要ないとばかりに、侮蔑の言葉を吐きだす。

 

そして、その仲間が持っていた大きめのスポーツバックに視線を向け、

 

 

「……仕方ないな。そのバックの中に工具が入ってる。それで、ATM(こいつ)を取り外せ」

 

 

より儲けが出来そうな多くの金が預けられているだろう銀行よりも、この郵便局を選んだのは、防犯のチェックの甘さ、とATMだ。

 

たとえ、郵便局に預けられている額が少なかろうと、ATMには一定の多額の金が詰まっているはずだ。

 

少なくても、1人でしばらく豪遊できるほどに。

 

 

「外し終わったら、ATMをワイヤーで外の車に繋げ。簡単だろ?」

 

 

強盗犯はそこで、人質――初春の首筋にすっ、とナイフを押し当て、

 

 

「<風紀委員>がガキを見捨てるなんて事はしないよな?」

 

 

まずい……

 

もし、このまま初春を連れて逃亡されたら<警備員>も手を出せない。

 

それに、用済みになったら何をされるか……

 

 

(どうしたら……)

 

 

黒子は迷う。

 

訓練で優秀な結果を収めていても、これは実戦。

 

予め決まったマニュアルなんて存在しない。

 

次々と予測不能の事態が巻き起こっていく。

 

経験不足の黒子にはどうしていいのか―――

 

 

 

―――ビィーーー ビィーーー

 

 

 

その時、強盗犯の狙いに気付いた局員の1人が緊急スイッチを押す。

 

すぐさま警報がけたたましく鳴り響き、防犯シャッターが降り、強盗犯の退路を塞ぐ。

 

おそらく、<警備員>にも連絡はいっただろう。

 

 

(これは、ちょっとまずいですね)

 

 

局員は強盗の際のマニュアルに従ったのだろうが、この人質が取られている状況では危険を増やすだけだ。

 

この郵便局の意向は、客の命よりも金の方が優先。

 

おそらく、スイッチを押した局員も命令に従っているだけで、もし考えているとしてもせいぜい、『これは上司から命令された事で、私の意思じゃないし責任もない』というぐらいが関の山だろう。

 

と、局員に対する感情的な面はさておき、この状況をどうにかしなければならない。

 

 

(さて、まずは―――)

 

 

その時、詩歌達の背後から、学園都市中にある掃除ロボットに似た―――

 

 

「セキュリティ信号ヲ受信シマシタ。侵入者ヲ排除シマス。武器を捨テテ、床ニ伏セテクダサイ」

 

 

―――警備ロボットが作動。

 

警報装置の作動と同時に起動する設定だったのだろう。

 

すぐさま3本足の警備ロボットが警告を発しながら歩いてくる。

 

危機的状況がさらに悪化した。

 

警備ロボットは、人質の事など一切考慮に入れず、機械的思考で効率的に強盗犯を捕らえようとするだろう。

 

 

(本当に世話を焼かせますね、全く)

 

 

しかし、強盗犯は、

 

 

「面倒な事を……」

 

 

舌打ちすると、おもむろに懐を探る。

 

そして、右手から何かを取り出し―――

 

 

(ッ!?)

 

 

焦った黒子がまたもや飛び出す。

 

強盗犯が何か行動を起こす前に、力尽くで捉えようと言う魂胆だろう。

 

その機をただ只管に待ち、この警備ロボットが前に出てきた時にできた死角を突いて、一気に接近し不意打ちを試みる。

 

 

(先ほどのように―――)

 

 

だが、その前に強盗犯は右手から何かを放り投げ―――

 

 

ドボン!!

 

 

―――警備ロボットが破裂。

 

 

「!!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

拳銃に撃たれても傷一つ付かないはずの装甲で覆われていた警備ロボットが破裂。

 

 

「……っ、何が……」

 

 

しかし、警備ロボットを盾にしようとした白井黒子に、爆発による怪我は1つもない。

 

なぜなら、

 

 

「そんな……どうして?」

 

 

そう、爆発の寸前に危険を察知した詩歌が黒子を抱きしめて床に伏せたからだ。

 

黒子の目の前に、警備ロボットの破片が容赦なく背中に突き刺さり、倒れ伏す詩歌の姿が……

 

 

「し…しっかりして……」

 

 

黒子はただ呆然と、恩人である詩歌の―――

 

 

「―――ッ!!?」

 

 

顔面に重い一撃。

 

強盗犯、体格の良い男が黒子の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばしたのだ。

 

その衝撃で黒子の小さな体は吹っ飛ばされる。

 

 

「オマエ、警備ロボに隠れて妙なコトしやがったな」

 

 

さらに、

 

 

「あぎっ……あぁあアッ!!?」

 

 

細い、細い黒子の足を強盗犯は全体重を乗せて踏みつける。

 

足から激痛に黒子は耐え切れず、思わず悲鳴を上げてしまう。

 

そうだ、如何に黒子が優秀であろうとまだ中学生にもなっていない幼い女の子。

 

下手をすれば、その足の骨を折ってしまうかもしれない。

 

 

「あのバカみたいに俺もヤれると思ったのかよ? ナメやがって」

 

 

だが、強盗犯はそれでも、たとえ黒子の細足が折れようが構わず、足に全体重を乗せ続け、黒子に悲鳴を絶えさせる事はない。

 

 

「白井さんッ! 白井さんッ!」

 

 

人質に取られている初春が悲痛な顔で叫ぶ。

 

その叫びを聞きながら、黒子は、ただ……後悔する。

 

 

わたくしのせいですの……

 

わたくしの軽率な判断のせいで初春が捕まって……

 

先輩も負傷させて……

 

何てザマですの……半人前以下ではありませんか……

 

でも―――

 

 

「クソッ、余計な時間食っちまった……」

 

 

もう黒子は悲鳴を上げる事すらしない。

 

強盗犯はこれで黒子が気絶したのだと判断したのだろう。

 

しかし―――身体を力なく震わせながら、白井黒子は上半身を起き上がらせる。

 

そして、その手を―――

 

 

「しつっけーな! あんま手間かけさせんなよ」

 

 

だが、強盗犯はそれに気づくや否やその小さな手を踏み潰す。

 

グリグリ、と黒子の小さな手の骨を鳴らしながら、再び悲鳴を上げさせる。

 

 

「もう……っ! もうやめて下さいっ!! なんでこんな……」

 

 

涙を流しながらグシャグシャに顔を歪めて、初春は強盗犯に懇願する。

 

もう見てられない……

 

自分さえ、自分さえ捕まっていなければ、彼女はきっとこの強盗犯を倒していたはずなのに……

 

と、その時、

 

 

「!?」

 

 

初春の足が、グッと掴まれる。

 

足元を見てみると、黒子の小さな手が、今踏み潰されているのとは別の、もう片方の手が初春の足を弱弱しくながらも力強く握り締める。

 

 

「ハッ、何のつもりだ? <風紀委員>が人質に助けを求めるってか?」

 

 

「……、―――」

 

 

黒子が何か、ぼそっと呟いた―――瞬間。

 

初春の姿が虚空に呑まれて消えた。

 

<空間移動>だ。

 

黒子は触れているものを跳ばす事が出来る。

 

人質の初春を黒子は防犯シャッターの向こう―――店の外へと跳ばしたのだ。

 

半人前以下ではあるが、それでも、ここで諦める訳にはいかない。

 

絶対に……

 

 

「初春…無事…ですわね?」

 

 

黒子の微かな声に、

 

 

『白井さん!!』

 

 

シャッターの向こうから初春が答える。

 

どうやら無事に<空間移動>による人質の救出は成功。

 

よし、“まずは1つ”。

 

 

「外の事はよろしく頼みますの」

 

 

『白井さんも早く外へ……!』

 

 

「そうしたいのですけど……わたくしはまだ自分はとばせませんの」

 

 

立つ事も満足できない細い足で、

 

握る力も出ない小さな手を支えに、

 

顔を蹴られた際に出た鼻血を拭い、

 

 

「それに―――」

 

 

白井黒子は意思の籠った瞳で強盗犯を見上げる。

 

 

「―――事件はまだ解決してませんから」

 

 

不屈の闘志を滾らせながら。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて……大見得を切ったものの、どうしたものでしょうか……

 

 

 

黒子はまだ小学生だ。

 

鍛えていようが、先ほどの不意打ちでなければ成人した男性と戦えば負けてしまう。

 

それに今の黒子は負傷しており、満足に身体を体を動かす事は出来ない。

 

と、

 

 

「くっ!?」

 

 

再び、黒子は蹴り飛ばされる。

 

強盗犯との接近戦は絶望的。

 

しかし、

 

 

「この状況で随分と余裕じゃないか」

 

 

「何を言って……」

 

 

黒子の顔には笑みが浮かんでいた。

 

そう、先程までと今は状況が違う。

 

初春がいない。

 

初春がいないので強盗犯は拘束に割いていた片手が自由になり、両手を使う事が出来るようになったが、それでも―――人質はもういない。

 

他の客達も警戒しているため、そうそう強盗犯に捕まって人質になる事はないだろう。

 

 

「ふん、オマエが何を考えているか当ててやろうか」

 

 

が、それでも強盗犯は特に慌てた様子はない。

 

子供の浅知恵を嘲笑うかのように、つかつかと倒れている黒子に歩み寄り、

 

 

「警報が鳴ってだいぶ経つ。間もなく<警備員>が到着するだろう。コイツはここから出られないのだから人質を取られないよう引きつけられればこちらの勝ち……図星だろ?」

 

 

バレてる……

 

だが、彼にはどうする事もできないはずだ。

 

退路は頑丈なシャッターで閉じられ、余程の能力者でもない限り、<警備員>と対峙するのは不可能だ。

 

だから、強盗犯の言う通り、このまま時間が過ぎれば………

 

 

「<警備員>がいくら来たところで怖くはない」

 

 

と、傲岸不遜に強盗犯は軽く、黒子の予想を裏切るかのように言い放ち、

 

 

「だが、まあ確かにウジャウジャ囲まれるのは厄介だ」

 

 

懐から取り出したビー玉サイズの鉄球を横へ放り投げた。

 

 

「なっ?」

 

 

放り投げたはずなのに、ゆっくりと、でも落ちる事なく真っ直ぐ鉄球は進む。

 

そして、その先にはシャッターがあるが、

 

 

「<絶対等速(イコールスピード)>」

 

 

そのゆっくりと低速のままシャッターを―――

 

 

メキ メキ メキ メキ  ブチッ ブチッ  ベキン!!

 

 

―――不気味な音を発しながら鉄球は突き破った。

 

 

「俺の投げた物体は動きはニブいが……前に何があろうとも同じ速度で進み続ける。俺が能力を解除するか、投げたものが壊れるまでな」

 

 

<絶対等速>。

 

如何なる障害物があろうとこの力は強引に無理矢理突破し、止める事は出来ない。

 

ただ、蹂躙する。

 

 

「残念だったな。思惑が外れて」

 

 

<絶対等速>がある限り、黒子は強盗犯を抑えて止める事は出来ない。

 

その鉄球の進路に立ち塞がろうと、シャッターでさえ突破したそれを黒子の小さな体が止められるはずがなく、また、鉄球を破壊する事も不可能だ。

 

 

「分かったか、どう足掻こうとオマエに勝ち目はない」

 

 

いくら考えようとも<絶対等速>の攻略法が思いつかない。

 

かと言って、直接強盗犯の方を止めようとしてもまた蹴り飛ばされるだけだろう。

 

最悪、あの無惨にも破られたシャッターと同じ末路を辿るかもしれない。

 

強盗犯の言う通り、黒子にもう勝ち目はないのか……

 

 

「だが俺の方も時間がないのは確かだ。だから―――」

 

 

強盗犯はニヤリと悪辣な笑みを浮かべながら、黒子を見下ろし、

 

 

「―――オマエの能力で金を取り出せ」

 

 

「!?」

 

 

「最初はATMごとブン奪って、後でバラすつもりだったが、アレは無理矢理抉じ開けると紙幣にインクを噴射するんで厄介だ」

 

 

が、黒子の<空間移動>で、外側だけを跳ばしてしまえば、中身はなんなく取り出す事が出来る。

 

そう、難しい解体技術は何にも要らないのだ。

 

 

「俺を手伝えば解放してやる」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「いや……そうだな。よかったら俺と組まないか? 俺とオマエが組めば無敵だ。そうだろう?」

 

 

どうする……

 

今ここで拒絶すれば最悪殺されるかもしれない……

 

わたくしがこの男を見逃した所で、学園都市の監視網を突破できるとは思えませんし……

 

蹴られた顔も、踏みつけられた手足にも痛みが走る。

 

初仕事にしては十分頑張ったではありませんの……

 

 

「そうですわね……」

 

 

<風紀委員>は所詮は学生で治安維持さえできればいい、犯人逮捕はもう他の、<警備員>の教師達に任せればいい。

 

これ以上、無駄に傷つくなら、要求に従い強盗犯の暴威に屈する、屈したフリをするのが賢い選択だ。

 

だが、

 

 

 

「絶~~~~~っ対にお断りですのーッ!」

 

 

 

イーーッ! と白井黒子は愚かにも強盗犯の要求を突っぱねる。

 

 

「わたくしの能力はそんな事のために使うような安っぽいものではありませんし、仲間になる? わたくし、郵便局なんか狙うチンケな泥棒はタイプではありませんの」

 

 

黒子は強盗犯を挑発すると、ズキズキと痛む足に力を入れる。

 

<絶対等速>は、威力はあってもスピードがない。

 

脚が満足なら、と思う事もあるが、痛みに堪えれば避けられる。

 

だから、相手の攻撃を避けつつ、時間を稼ぎ、焦り出した隙を突けば―――

 

 

「そうか……残念だ。なら―――」

 

 

黒子はまた1つ見逃していた。

 

 

「―――ここで死ね」

 

 

無数の鉄球。

 

そう、<絶対等速>は1度に1つだけとは限らない。

 

1つだけなら、この負傷した脚でも避けられたかも知れなかったが、これでは―――

 

 

「ふふふ」

 

 

―――が、強盗犯も1つ見逃していた事があった。

 

そうここにいるのは“白井黒子だけではない”という事を。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「一度に一つしか使えないとは言って―――」

 

 

強盗犯が全て言うより早く、

 

 

「―――全く、私の後輩となる期待の新人に変な勧誘はしないでくださいますか」

 

 

突然立ち上がり、黒子の盾になるように割り込んだ詩歌が強盗犯の投げ放った鉄球を全て掴み取った。

 

一つ残らず。

 

<絶対等速>で、どんな障害があろうと、強盗犯が能力を解除するか、投げた鉄球が壊れるまで進行を止められなかったはずなのに。

 

全て掌握した。

 

詩歌はジャラジャラ、と手の中に全ての鉄球がある事を確認すると、ゆっくりと強盗犯にゾクッとするような冷徹な視線を向ける。

 

 

「残念でしたね、思惑が外れて」

 

 

詩歌の顔に笑みはない。

 

黒子を殺そうとした男に、詩歌は本気で頭に来ていた。

 

 

「テ、テメェ、一体何をしやがった……!」

 

 

「あなたと同じ事です。ほら」

 

 

詩歌は掴み取った全ての鉄球をキャッチボールで返すように、強盗犯に向けて投げ放つ。

 

 

「なっ!?」

 

 

投げたはずなのに、ゆっくりと動きが鈍い。

 

これではまるで―――

 

 

「い、<絶対等速>なのか!?」

 

 

男は腰を抜かし転がるようにして後退。

 

自分の能力の恐ろしさは自分が誰よりも知っている。

 

だが、それよりも早く詩歌は男の退路に回り込み、

 

 

「能力に意思はない。使う人自身によって何色にでも染まる。あなたは、こんな風にしか使ってこなかったんですね」

 

 

左ジャブ一発でKO。

 

 

「残念ですよ、本当に」

 

 

強盗犯が倒れると同時に、詩歌の投げた鉄球が電源が切れたように雨のようにパラパラと郵便局の床を打った。

 

強烈な一撃。

 

だが、ピンポイントで顎の先端を打ち抜いたみたいで、男は脳震盪起こしただけでまったく怪我を負っていなかった。

 

あの上条詩歌の拳は、まさに活人拳の理想だ。

 

相手を殆ど傷つけずに無力化し、そして自分も自分の大切なものも守りきる。

 

自らの腕力を振るうという最終手段に訴える前に、言葉や知恵でどうにかするのが最善。

 

しかし、世の中にはこちらが何かアクションを起こす前にいきなり殴りかかってくる連中も少なくない。

 

そんな輩すらも傷つけずに制する。

 

白井黒子は初めて見た詩歌の実力に、畏怖と尊敬の念を覚える。

 

ちなみに、黒子はその後、とあるLevel5と同室になる際、身をもってその一撃を味わう事になる。

 

 

「さて、白井さん」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

背中を怪我しているはずなのに、黒子を椅子に座らせると、怪我の具合を触診して確かめ、携帯している応急処置セットで、淀みない手捌きで手足に包帯を巻いて、治療を施していく。

 

中々熟練しており、キツ過ぎず、ゆる過ぎずと言った絶妙な力加減だ。

 

そして、治療が終わると詩歌はじっと黒子の目と視線を合わせる。

 

が、最初に感じた穏やかな雰囲気は一切ない

 

相手に視線を逸らす事を許さない、妙な迫力を感じさせる目だ。

 

 

「あなたは自分の実力なら事件を解決できると、ただ犯人さえ倒せば事件を終わらせられると、でも思ったのですか?」

 

 

「う……ただわたくしは<風紀委員>として自分が正しいと思った事を……」

 

 

「その結果がこれだとしてもあなたは最善を尽くしたと言えますか? 自分の『正義』を優先して先の事を考えない、率直に言って判断ミスが多過ぎです。そんないい加減な気持ちで誰かを助けようなどとは甘過ぎですね」

 

 

黒子の臨時指導員として、今回の件を冷酷に批評する。

 

ひょっとすると強盗犯よりも厳しいのかもしれない。

 

実際、初春には悪いが、黒子の本質を見抜くため、可能な限り、詩歌はしばらくタヌキ寝入りをしていた。

 

そこで、採点した詩歌の評価は……

 

 

「いい加減だなんて、そんな―――」

 

 

「あの時、私が出てこなかったら、あの鉄球をどう対処したというんですか? 片足が満足に動けない状態で避けられるとでも? 甘い甘い。相手の手の内が読めない状況で一か八かの行動に出るなど愚者のする事です。そして、愚者は早死にする。白井さんはそれでも良いんですか?」

 

 

「わ、わたくしは―――」

 

 

黒子の真意を見抜こうとするかのように、詩歌の目が細められた。

 

嘘や誤魔化しは許さない、と無言でそれは語っていた。

 

 

「―――それでも自分を貫きます。<風紀委員>として、1人の人間として、この街の治安を脅かすああいった輩は誰であろうと絶対に見過ごせません」

 

 

黒子は真正面から、詩歌の鋭い眼光を受け止める。

 

今回は確かにミスが多かったのかもしれない。

 

半人前である事も痛感させられた。

 

それは事実だと黒子は受け入れる。

 

でも、この選択肢を選んだのには後悔はない。

 

あの時、強盗犯に屈しなかったのは間違っていない。

 

 

「ほう。それは私が相手でもですか? 言っておきますが、白井さん程度の実力では無手でも仕留められますよ。それでも、白井さんは自分を曲げませんか?」

 

 

それは分かる。

 

今なら、彼女の静寂を感じ取れる今なら、目の前にいる少女の強さが身に染みて良く分かる。

 

彼女にかかれば、あそこで気絶している強盗犯と同様に、自分も瞬でやられる。

 

それほどの実力差があると分かっている。

 

それでも黒子は、

 

 

「はい、たとえ貴女が相手でも黒子のやる事は変わりません」

 

 

凍てつく威圧感に黒子が耐え始めて30秒後。

 

詩歌の眼差しがほんの少しだけ和らいだ。

 

そして……

 

 

 

 

 

「ふふふ、ごーっかくです♪ それに、どうやら反省もしているようですしね」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「この世界は優しくない。目先の事にしか考えられないような愚者は早死にする。でも―――」

 

 

ふふっ、とそこで詩歌は花咲くような笑みを浮かべる。

 

 

「―――だからこそ、私は白井さんのような人は好きですよ」

 

 

黒子はその笑みに一瞬、心を奪われた。

 

そうして、

 

 

「では、固法さんには白井さんは合格だと伝えておきます。ま、始末者の書き方は教わった方が良さそうですけどね」

 

 

と、言い残し彼女はこの場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

後に、<風紀委員>の先輩、固法から聞いた事だが、

 

 

『<風紀委員>のやり方よりも、詩歌さんのやり方の方があなたに合っている気がしてね。だから、今回は特別に彼女に指導員を頼んでみたのよ』

 

 

彼女、上条詩歌は<風紀委員>の指導を行える<警備員>の経験がある学生で、その実力は無手で高位能力者を仕留められるのだとか。

 

そして、黒子が春に通う予定となっている常盤台中学で『完璧』と称される『最優の指導者』であり、唯一、<超電磁砲>、<心理掌握>、<鬼火>を抑えられる学生で半分は教員であるともされている。

 

最後に、彼女が<微笑みの聖母>だと聞いた時は黒子は絶句し、しばらく開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。