とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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武装無能力者編 七人の侍

武装無能力者編 七人の侍

 

 

 

虎屋

 

 

 

『何故、アンタ程の男がこんな所で寂びれた店の主など!』

 

 

深夜。

 

閉店時間を過ぎ、暖簾を片付けようと外に出た時の事。

 

店前で2人の男が言い争いをしていた。

 

 

『ほう、久々に会って、いきなりその言い草とは、随分見ない内に偉い口を叩けるようになったもんだな、小僧』

 

 

『……っ!』

 

 

猛虎の唸り声の如き、心胆震わす凄みのある声。

 

もう現役を退いたとはいえ、その眼光に含まれる覇気は十分に歴戦の強者である。

 

しかし……

 

 

『俺は……アンタを超える。アンタみたいに2番手なんぞに甘えたりはしない。そして、ヒヨコを喰らってやる』

 

 

『……俺の事でお嬢を逆恨みするのは筋違いだと言ったはずだが。そして、この片目を引き換えにお嬢を守れたのは光栄であると』

 

 

『認められねぇ! 次期組長だと認められるか! アンタがその目を失ってから最初の頃はまだ良かった。強さに飢えているってのが見てるだけでもわかった。だが、この街に来てから奴は変わった! 腑抜けた! 堕落した! そう、あの頃の恨みを、テメェの命にどれだけの犠牲があったのか忘れちまっていやがる! 今の姿を見ればよくわかんだろ! たかが最強の火炎系能力者になった程度で満足しちまってんだ!! それでも、分からないようなら、アンタの残った片目は曇ってんだ!!』

 

 

『誰の目が曇ってるって? 笑わせるな、小僧!!』

 

 

<十二支>の大幹部の一人で、『虎』と恐れられた男の拳。

 

誰であろうと容赦なく、振り落とされる鉄拳。

 

しかし……

 

 

『なんだよ』

 

 

わかる。

 

ずっとその男に憧れ続けてきた者ならわかってしまう。

 

 

『なんだよ、これ』

 

 

頭が真っ白になる。

 

その“難なく受け止めてしまったその拳の軽さ”に。

 

これが甥の自分に向かって、手心を加えたものではない。

 

なのに……

 

 

 

『ハエが止まった見てぇじゃねぇか。あの鉄拳がよ……!!』

 

 

 

この男が失ったのは片目だけではない。

 

肉を引き裂く爪も、骨を噛み砕く牙も失ってしまった。

 

もうこの『虎』は、ただ吠えることしかできないのだと、嫌でもその現実を押し付けられてしまう。

 

今、凄まれても、感じるのは恐怖でも、畏怖でもなく、尊敬の念でもなく、哀しみと憐れみ。

 

そして、どうしようもない怒りだった。

 

 

『……俺は明日。腑抜けたアンタらに代わって、この街に鉄槌を下す。止めたければ、ヒヨコにここへ来いと伝えろ』

 

 

 

 

 

第10学区

 

 

 

ゴバッ!! と。

 

<警備員>の前で、建物が次々と瓦礫の山と化していく。

 

ドラム缶型の警備ロボットに手足をつけたような機体。

 

舞い上がる粉塵の中を切り裂き、縦横無尽に暴れ回っているのは『HsPS-15』、通称『ラージウェポン』と呼ばれる駆動鎧の試作品。

 

その大きさは建物の天井に頭を擦るほど巨大で、その両腕に付けられた装備品の威力は強大。

 

<スキルアウト>用の軽装備とはいえ、<警備員>の一部隊を圧倒できるほどに。

 

 

「くっそ! 一体どうなっていやがる! どうして、コイツらこんなモンを! 拳銃程度にしか聞いてなかったぞ……ッ!!」

 

 

今の彼らに止める術はない。

 

第10学区に突如現れた駆動鎧の全身を覆う特殊な装甲は、<警備員>の攻撃を弾き、一斉にその両腕に取り付けられた戦車の砲台のような銃口から轟音を響かせる。

 

その数は軽く10体を超えている。

 

そして、それら全てを指揮しているのは1人の少年。

 

ネット対応のGPSカーナビを改造し、それ専用の受信機を取り付ける事で<微弱電流>の一斉統括が可能になった『HsPS-15』の関節の駆動部を電子制御して、遠隔操作している。

 

さらに、余計な<風紀委員>の介入を防ぐために附近の支部にハッキングも仕掛けている。

 

ただ、その演算に全意識を集中させている為、ほとんど寝たきりの状態ではあるが、その身柄は彼の仲間が運転する改造車の中という安全地帯に匿われている。

 

 

「よし、リス。次のポイントへ向かうぞ」

 

 

少年は反応しないが、代わりに駆動鎧が鈍く頷いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ガッハアアアッ!!」

 

 

突進しながら、<鉄腕>により硬化された腕を振り回し、<警備員>を薙ぎ払う。

 

所詮は<スキルアウト>と軽装備で立ち向かったのが不味かった。

 

超音波収縮性の軍用特殊テーピング――<発条包帯(ハードテーピング)>。

 

これをつけた人間はその運動能力を飛躍的に向上させる。

 

彼はそれを足と腕に装着している。

 

そう、今の呉里羅は単なる<スキルアウト>という壁を大きく超えていた。

 

 

「くっそおおっ! <赤鬼>は一体どこにいやがる! <警備員>の雑魚を片付けても昨日の鬱憤は全く晴らせねーぞ!!」

 

 

吼え猛る呉里羅に、真正面からゴム弾が撃たれる。

 

非殺傷ではあるが高威力なそれを、その大きな鋼鉄の両腕は難なく弾く。

 

そして、次の瞬間、<警備員>達の頭上が翳り、上を向いた彼らが見たのは、軽やかに跳躍した呉里羅の巨体。

 

 

「ガッハアアアッ!!」

 

 

両手を合わせて振り落とした拳の鉄槌を、<警備員>は横に跳んで避けようとするも、

 

 

―――ドガンッ!! と。

 

 

強化された身体能力とその巨大な身体が生み出した衝撃は、それだけで<警備員>を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

第10学区 ストレンジ

 

 

 

「美偉……」

 

 

黒妻綿流が突然、現れた彼女の名前を口から漏れるように呟く。

 

固法は<ビックスパイダー>に入っていた当時の黒妻とは色違いの赤い皮ジャンを身に纏い、そして、その右腕には<風紀委員>の盾をモチーフにした腕章が巻かれている。

 

その華々しい今の彼女の『居場所』に心底、感動し、囲まれている状況であるにも拘らず、しばらくその姿に意識を奪われ、

 

 

「格好良いじゃねぇか」

 

 

「ふふっ……」

 

 

憧れの先輩に褒められ、固法は照れ臭そうに微笑する。

 

 

「こ、固法さん!?」

 

 

そして、自分を見て、恐れ戦くかつての<ビックスパイダー>の仲間であった蛇谷次雄へ冷やかな視線を投げとばし、

 

 

「蛇谷くん、あなたずいぶん下種な男になり下がったわね。数に物をいわせて、その上、武器?」

 

 

「う、うるせぇ! 俺達を裏切って<風紀委員>になった奴に何がわかる!! おらっ! こいつらに俺達の力を見せてやれ!!」

 

 

『黒妻』――蛇谷の命令で、固法と黒妻に銃口が向けられ―――たが、乱入者は固法だけではなかった。

 

そう、“ドレス”を着飾ったお姫様が舞踏会にお城へやって来た時、そのカボチャの馬車には従者がいる。

 

とても心強い味方が。

 

 

シュン、と。

 

 

<空間移動>は『移動する物体』が『移動先の物体』を押し抜けて転移する。

 

双方の硬度に関係なく。

 

故に、白井黒子は紙切れでもダイヤモンドを割断でき、建物内にいる全ての<スキルアウト>が持つ拳銃の銃口に鉄の矢を飛ばす事で使い物にするのは容易である。

 

 

「今度は直接体内にお見舞いしましょうか?」

 

 

鉄の矢を見せびらかすように相手を脅す。

 

一瞬であれだけの鉄の矢を精確に銃口へ転移させた実力。

 

銃口よりも遙かに的のデカい自分の身体なら目を瞑ってでもやってのけてしまいそうだ。

 

と、そんな中、全員が怯んでいたが、黒子のすぐ背後にいた1人だけが口の端を吊り上げ、ポケットの中に手を入れた。

 

しかし、その男の不審な動作を見逃さない者がいた。

 

 

「私の後輩に何をするつもりかしら!」

 

 

固法美偉の<透視能力>。

 

その名の通り、物体を通して向こう側を見る能力で、これの前ではその企みを隠す事は出来ない。

 

固法の眼光が、即座に男のポケットにある物を見透かす。

 

そして、一気に近づき、ポケットから出される前に相手の手首を捻り上げる。

 

 

「ぐあ!」

 

 

悲鳴を上げると共に男の手から銃が零れ落ちた。

 

 

「これは没収ね。このスタンガンもね!」

 

 

さらに、同じく男が胸のポケットに隠し持っていた武器も抜き取り、駄目押しの一撃。

 

男は完全失神し、そのまま床へ倒れる。

 

その鮮やかなお手並みに黒妻が、

 

 

「それがお前の能力か! すげぇじゃねぇか!」

 

 

「……でしょ?」

 

 

固法は照れながら黒妻に笑い返し、それを見て、蛇谷は<風紀委員>達の強さに危機感を覚える。

 

だが、自分達には多くの能力者達を封じてきた<キャパシティダウン>という詳しい仕組みは知らないが、超高周波で脳の演算能力を混乱させる秘密兵器がある。

 

これさえあれば生意気な能力者を、ただの小生意気な少女に落す事ができる。

 

 

「はっ! 調子に乗るんじゃねぇ! 俺達にはアレが―――「あれって?」」

 

 

最後の少女が右腕を伸ばした刹那、空気が裂けるような甲高い音が響き渡る。

 

雷鳴の爆音が周囲一帯を支配し、その右手から一筋の閃光が瞬き、壁を貫き、<キャパシティダウン>が搭載された車両を一瞬でスクラップにした。

 

 

「これのこと? ごめんね。詩歌さんに相手が不意に動いたら近くにある車を破壊しろって警告されてんのよね」

 

 

その前髪から高圧電流の紫電が走り、蛇谷、<スキルアウト>達に動揺が走る。

 

学園都市最高の電撃系能力者――<超電磁砲>。

 

1人で軍にも匹敵するLevel5に、自分達が立ち向かえるのだろうか。

 

しかし、その中でミハエル=ローグが自然な歩みで帯電する美琴に接近。

 

 

 

キィィイイイイイイイ―――――ッ!!

 

 

 

そして、その掌には携帯型の<キャパシティダウン>が。

 

<キャパシティダウン>は<ビックスパイダー>に渡された物だけではなかった。

 

それを起動させたまま美琴の足元へ放り投げる。

 

その甲高い雑音は美琴、黒子、固法の動きを封じ込める。

 

 

(奴が、あの……)

 

 

学園都市きっての神童、と。

 

まだ、真面目に任務をこなそうとしていた時に、彼女の名を聞いている。

 

かつての自身と同じ神童。

 

そう考えた瞬間、あの男への憎悪が暴れ出し、黒い感情に塗り潰される。

 

悪魔の如き素早さで、音もなく、頭を抱える美琴の頭上に日本刀を振りかざし、

 

 

「くっ―――」

 

 

本能的な危機に、美琴は反射的に乱された集中力を掻き集め、演算式を組み上げて雷撃の槍を放つ。

 

が。

 

刹那、タイミングを合わせたように日本刀を振り落とす。

 

 

「―――<雷切り>」

 

 

高圧電流そのものの雷撃の槍が斬り裂かれ、霧散する。

 

 

(え、私の電撃を……切った?)

 

 

その物理的ありえない光景に美琴の意識に一瞬の空白を生む。

 

そして、返す刀で――――

 

 

 

 

 

???

 

 

 

その男の名は、無悪有善。

 

『虎』と呼ばれる鬼塚組の懐刀、東条英虎の甥で、その尊敬する叔父のように彼もまた将来はその一員となる事を目指していた。

 

その為に、力を求めて、学園都市へとやってきた。

 

鬼塚鳳仙の代になってからというものの、鬼塚組は学園都市との交流を持ち始め、反骨の相が見え隠れする三船という元学園都市出身の男を組に幹部として受け入れた事から、彼が科学という力に興味があるのは明らかだ。

 

故に、叔父のようになりたければ、この街の力を手に入れるべきだと。

 

そう、無悪は考えたのだ。

 

しかし、目覚めたのはLevel0、彼が欲しかった力は手に入らなかった。

 

が、科学の力は何も能力だけではない。

 

それ単体で1部隊の戦闘力を要するような高性能な戦闘機に、駆動鎧。

 

能力を1つの『道具』と見るならば、Level1~2程度の能力よりも、<オモチャの兵隊(トイソルジャー)>、<鋼鉄破り(メタルイーター)>の方がよっぽどわかりやすく、彼の求めた力に合っているだろうし、こうした武器なら『外』にいる鬼塚組の戦闘員にも扱える。

 

1つの軍事兵器が、優れた人材で勝敗を決する個の戦から、装備で勝敗を決する軍の戦へ変えていく。

 

例えば、長篠の戦いで、火縄銃という兵器を用いた兵士が、騎馬隊を駆る優れた武将に圧倒的勝利を収め、1つの時代に終止符を打ったように。

 

たった数人で、<警備員>を圧倒している現状が、その歴史の正しさを証明している。

 

だから、無悪は能力1つに拘るという事はなく、知識や技術にも手を伸ばす。

 

そして、それはある報せにより、より過熱していく。

 

 

 

 

 

 

 

<警備員>による『能力者狩り』の一斉摘発。

 

しかし、予測を大きく上回る抵抗に苦戦。

 

至急、部署関係無しに応援を要請。

 

 

「あそこは事実上孤立無援。別の部署にキナ臭いと思われるくらい、警戒心は強い。まあ、当たり前だ。無理矢理、表側でも使える兵力を求めようと新設したんだ。それに、今朝<風紀委員>を介して、どうせすぐに揉み消されるのだろうが疑念が持たれる情報をリークしてやった。まあ、そう仕向けたのは俺達なんだがな」

 

 

事件の発案者は、まるで他人事みたいに流暢に語る。

 

 

「そして、今、奴らの駆動鎧が暴れ回っている。しかし、活路もまた用意している。それが<ビックスパイダー>だ。そうだ。こいつらのせいにしよう。全部こいつらが仕組んだことにして、捕まえて口を封じてしまえ。あいつらは俺達とは違って、裏を洗ってもほとんど繋がりがないからな。遠慮なく切れる都合の良いスケープゴートになれる。『HsPS-15』も、ついでに<キャパシティダウン>も<警備員>に押収される前に全て破壊して証拠隠滅。そうすれば、あとは自分の権限であの女の都合の良いシナリオにできるだろうよ」

 

 

だから、

 

 

「あの女は、この一斉摘発に積極的に動く。当然、俺達に矛先を向けるはずだ。<ビックスパイダー>とは違って、<警備員>に捕まれば、自分により疑いの目が向けられるはずだからな。<ビックスパイダー>に全てをなすりつけた後で、極秘裏に潰してくる」

 

 

だがな、

 

 

「俺は人の手に弄繰り回される実験動物(モルモット)じゃない。虎だ。虎は人の手では飼い慣らせず、首輪すらも噛み千切る。それを見誤ったのがあの女の失敗だ。一瞬でも隙を見せれば、その喉笛に噛み付いて致命傷にしてやる」

 

 

と、

 

 

「来たか」

 

 

 

 

 

とある研究所前

 

 

 

建物内から大型車両が飛び出し、警備の薄くなった所に潜入工作に向いた2人を忍ばせたその時、真っ赤なバイクが秒を跨がず、無悪の前へ現れた。

 

 

「久しぶりだな、ヒヨコ。だが、遅過ぎだ」

 

 

「悪いね、ちっと野暮用があって。で、私に用があるって、聞いてんだけど何?」

 

 

ヘルメットを外し、壮絶に面倒臭そうな顔で陽菜は、恩人の甥である無悪と対峙する。

 

 

「貴様に最後のチャンスをやろう。鬼塚組次期組長として、な」

 

 

「はい?」

 

 

疑問符を浮かべる陽菜に対し、無悪は侮蔑の嘲笑を交えた表情で、

 

 

「貴様も一応は、鬼の血を引いているのだから知っているだろう? この街と鬼塚組が過去に対立していた事を。今は停戦しているようだが、この街は俺達のシマを荒らした侵略者だ」

 

 

はあ、と陽菜は呆れかえったように窘める。

 

 

「まった昔々のお伽噺を。そんな詰まらない話をするために東条を使ってまでも私を呼んだのかい」

 

 

「詰まらない、か。ふん、がっかりだ。冷静に考えれば、分かるものを」

 

 

「何を?」

 

 

「本家襲撃事件。あの犯人が誰か、分からないのか?」

 

 

「……おい、何か知っているのか……」

 

 

スッとその瞳に剣呑な色が浮かぶ。

 

その反応に、無悪は僅かばかり満足したように口の端を歪め、

 

 

「どうやら、そこまでは堕落してないようだな。少しは安心した」

 

 

「まさか、学園都市が犯人とでも言うんじゃ……」

 

 

「ああ、その通りだ。考えても見ろ。単身で本家を相手取れるような化物はここにしかいねーだろうし、ここだけは調べ切れてねぇ。それにこの街は元々敵だ。ヒヨコの貴様は知らないが、この街の裏側はドス黒い。研究のためならなんだってする人間が腐るほどいる。なあ、そんな奴らにこの土地の上でのさばらせておくのは鬼として許せないんじゃねーのか」

 

 

だから、潰す。

 

今日、この研究所に眠る最悪の暴走兵器で。

 

その為に今まで虎視眈々とあの研究者に従ってきた。

 

だが、その前に、今、目の前にいる小娘に最後のチャンスを恵む。

 

 

 

「力を使え。その最強の火炎系能力、<鬼火>を思う存分開放しろ」

 

 

 

本家を焼き滅ぼされた借りを、この街を全てを焼き払い、焦土と化す事で返す。

 

 

「安心しろ。邪魔な<警備員>なら俺の力であり仲間である<七人の侍>が蹴散らしてやる。貴様はただ燃やし尽くすだけに集中すれば良い」

 

 

それこそが、あの時無念で果てた者達の願い。

 

そして、この腐った街に鉄槌を下す事こそ『鬼』の責務――――

 

 

 

――――くだらない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

何を言ったのか、理解できなかった。

 

両目を大きく開けて呆然とする。

 

そんな無悪の前に、心底がっかりしたように陽菜が、

 

 

「あのねぇ……。勘違いしてないかい? 鬼塚組は正義の味方なんかじゃないんだよ。粛清しようだなんて柄じゃない」

 

 

「貴様……っ! この街は俺達の全てを奪ったんだぞ!」

 

 

「確かに、この街は疑わしいけどさ。犯人じゃない可能性もある。それにこの街の人間全てが腐っているわけじゃあない」

 

 

「そんな綺麗事を並べて、所詮は貴様、堕落してしまっただけなのだろうがっ! それともそれほどまでに力を手に入れておいて臆したのか!」

 

 

「臆した、ねぇ……。まあ、そうなんだけどアンタが見ているのとは違う。私がしたいのは復讐じゃなくて、けじめ。そして、今ここに私はアンタにけじめを取りに来たんだ」

 

 

「けじめ、だと」

 

 

「ああ、私はね、他人が悪事に加担しようが構わない。裏で謀を企てようと気にしないし、罪を犯すのも構わない。誰かに暴力を振るうのだって好きにしな、けど―――私の身内を喰うつもりなら私に喰われんのも覚悟しろ」

 

 

「っ……!!」

 

 

「それに、この街をあまり舐めない方が良い。アンタの企てを無茶苦茶にするようなイレギュラーな奴らなんざ幾らでも居る」

 

 

 

 

 

第10学区

 

 

 

パパパン!! と。

 

<警備員>を圧倒した直後、背後から複数の弾丸が飛んできた。

 

 

「ぐっ……」

 

 

<鉄腕>を盾にして防ぐ。

 

しかし、これは<警備員>のゴム弾とは違い、実弾で、しかも、マグナム。

 

さらに、1回の引き金で自動的に3連射される三点バースト。

 

銃の反動に負けて狙いこそ甘かったが、その威力は鋼鉄の腕に傷をつけ、

 

 

―――ギシッ・

 

 

脚を軋ませた。

 

<発条包帯>は使用者の身体能力を飛躍的に向上させるが、その分負担も大きい。

 

元々これは駆動鎧の運動性能部分のみを抜き取ったもので、安全装置と言う部分は削除されている。

 

いくら身体的プロテクトを<鉄腕>で代用しようと、頑丈にしているのは特化した腕のみで、脚部の負担は興奮剤を打って誤魔化さなければならないほど限界だった。

 

だが、興奮している所を不意撃ちされて自慢の腕に傷をつけられ、さらに逆上して血が上った頭ではその事に気付かない。

 

 

「テメェエエエッッ!! よくもこの俺様の腕に傷をつけやがったなあああぁっ!!」

 

 

うお!? と背後で拳銃を撃った鼻にピアスをした男は、その大声に身体をビクッとさせながらも、急いで路地裏へ逃げ込む。

 

呉里羅もまたその後を追い駆け、路地裏に回り込み、その腕を振り落とそうとした―――瞬間、

 

 

ゴンッ! と。

 

巨大な拳が顔面を捉えた。

 

逃げた男の―――ではなく、

 

 

「っぶねー。間一髪。助かったぜ、駒場のリーダー」

 

 

囮になった浜面はバクバクと五月蠅い心臓を深呼吸して鎮める。

 

彼の前には、呉里羅に匹敵する巨体を持つ大男が、腕を突き出し、壁のように聳え立っていた。

 

 

「き、貴様は、駒場利徳……!?」

 

 

よろよろと呉里羅は尻餅をつく。

 

鼻を潰された。

 

いくら感覚が麻痺しようと息苦しさだけはどうにもならない。

 

そして、連鎖的に身体の負担が、その精神的衝撃と連鎖する。

 

<スキルアウト>の中でも力のある3人の内の1人が、何故、ここに?

 

そして、どうして自分の邪魔をしたのだ?

 

信じられない、と言う表情で見上げてくる呉里羅を、駒場は嘲笑を投げつけた。

 

 

「ふん……。調子に乗り過ぎだ。貴様らがしているのは、腐った能力者達と何ら変わりない」

 

 

くっそ! と立ち上がろうとするが、脚に力が入らず、その鋼鉄のように重い腕に身体を取られ、ぐらり、とよろけ、その背後から忍び寄り、

 

 

―――バチンッ!

 

 

白目を向いて、気絶。

 

その背後には、違法改造したスタンガンを手に持った半蔵。

 

 

「ってなわけで、その装備品は俺らが有効活用してやる。安心しろ、命まではとらねーよ。身ぐるみを剥いだ後に、そこら辺の<警備員>に突き出してやる」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(―――ん?)

 

 

違和感。

 

不意に<七人の侍>、情報処理担当のリス――栗鼠諜吉は違和感を覚えた。

 

その頭脳と繋がり、自分の身体のように支配下に置いた電子情報世界で、異物が混じったような感覚。

 

多数の能力者を有する学園都市には、もちろんそれに対抗するための防壁の開発も進んでいる。

 

が、この<微弱電流>は今まで一度も止められた事はない。

 

<風紀委員>の専用回線を使って<警備員>のセキュリティにハッキングを仕掛けた時も痕跡さえも残さなかったと自信がある。

 

そして、あの研究所の裏をかく事さえもした。

 

 

(あ、そういえば……)

 

 

先日、サイバーテロを仕掛けたあの第177支部には<守護神(ゴールキーパー)>と言う都市伝説のような凄腕ハッカーがいる、と訊いた事がある。

 

その実力は飛び抜けており、その知識と技術をフルに駆使して作られたセキュリティは学園都市十指にも入るらしい。

 

しかし、ただの噂程度のものだろう。

 

この情報操作に特化した電撃使いの自分でさえも、個人でそこまで強固なセキュリティを作り上げるのは困難だ。

 

一応、あそこには、情報処理で一点突破した子がいるが彼女の能力はそういったものには適していない。

 

まさか、全盛期と比べれば落ちているとはいえ、能力を使わずに――――

 

 

(なっ――――!?)

 

 

瞬間、彼の周囲の電子情報世界が、次々とシールでも貼り付けられるようにモザイク化していった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「何か……駆動鎧の動きが鈍っている……?」

 

 

いきなり錆びついたかのように駆動鎧の動きが鈍る。

 

それに<警備員>の1人が気付いた時、無線に通信が入る。

 

こんな時に一体誰だと出て見れば、その声は何と少女のものだった。

 

 

『ザザ……こちら<風紀委員>第177支部所属の初春飾利です』

 

 

「<風紀委員>……。一体―――まさか、これは君が……っ!」

 

 

『はい』

 

 

訊けば、現在、<風紀委員>に能力者によるハッキングに遭っている。

 

だが、先日あったサイバーテロのものと同じもので、今日、とある発電系能力者の助言を得て、もう既に攻撃パターンの解析は終わっており、防壁に応用していた為、迅速に対応。

 

何と相手の<自分だけの現実>さえも解析し終えてしまった。

 

この情報処理の一点のみで試験を突破した<風紀委員>、初春飾利。

 

例えほんの僅かなデータでも、それを接点に、そのシステムと言う『花』を思い浮かべる事ができる。

 

ハッキングを仕掛けられた情報を、根の先端とし、そこから茎や葉、水や栄養の流れ、そういったものを想像で補填していき、やがては、花と言う大きな全体像を頭の中で仮組みする。

 

『とある機構を様々な角度から想像する』この計算式こそが、初春飾利を、都市伝説のような凄腕ハッカー――<守護神>として活躍させているものの正体。

 

才能こそないが、その高度な思考方法は、恐るべき<自分だけの現実>を組み上げて、強大な能力者になれる可能性を秘めており、普通の手段で、能力者のハッカーを相手取る事ができる。

 

現在、逆探知した後、

 

 

『少々骨が折れましたが、そちらのシステムのフォーマットしてます』

 

 

「フォーマット!?」

 

 

『あれが電子情報操作によって動かされているなら、その回線をハッキングして書き換えてやれば良いと思って。幸い、昨日のサイバーテロに利用されたハッキングシステムと同じで、それを踏み台にしましたので随分楽ができました』

 

 

栗鼠の失態は、たった一度のサイバーテロの成功で、初春飾利の能力を過小評価してしまった事。

 

もし先日の対応の速さからその力を警戒していれば、<風紀委員>にまで、少なくても第177支部にまで手を回そうとは思わなかっただろうに。

 

ただ、システムを掌握したとしても、<微弱電流>を止めることはできず、謂わば、仕掛けては、修復されていくモグラ叩きのようなもの。

 

それでも、そこに意識を裂く限り、駆動鎧の動きは確実に鈍る。

 

さらに、

 

 

『あ、あれ? まさか私以外にも―――』

 

 

その電子情報世界のシステムにもう1人、初春のように通常の手段ではなく、裏技的なハッキングを仕掛ける猛者がいる事に、栗鼠は、そして、初春も気付いていなかった。

 

6割以下の性能での精密な作業なら、かの本人、電撃姫さえも上回る<超電磁砲>の使い手が………

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ベゴン!! と言うまるで空から降って来た人間が着地したような鈍い音が炸裂した。

 

 

時速80kmで走り回る車両の天井から。

 

は? と運転手、雉村騒兵衛が思わず目線を上に向けようとした瞬間、

 

 

バン!! とエアバックが胸を圧迫。

 

 

ハンドルから手を離し、ペダルを踏んでもいないのにブレーキが作動。

 

キキイィーッ!! と耳を劈く音を掻きたてながら急速な減速にかかり、廃ビルに直撃する寸前で停車する。

 

そして、最後にバチンッ! と車両全体を紫電が包み込む。

 

 

「ふふふ、買い物帰りに“ちょっと”寄り道してみたら、昨日、陽菜さんが写メで教えてくれたのと同じ車両を見かけて、思わず上に飛び乗っちゃって、その機能を全てショートさせてしまいました」

 

 

雉村、そして、栗鼠は、その天井から感じる同系統の能力の余波に、気絶してしまいそうになる。

 

逃げたい。

 

だが、逃げられない。

 

アクセルを踏んでもタイヤは回らず、駆動鎧との信号手段は強制的に切断された。

 

そして、ふわりと天井から前方に鮮やかな柳髪の尾を引きながら、買い物袋を片手に、もう片方の手に携帯端末を手にした可憐な少女が舞い降り、くるりと回って、万人がそれだけで一目惚れしそうな微笑みと共にこう述べた。

 

 

 

「安心してください。半殺しは得意中の得意です」

 

 

 

 

 

第10学区 ストレンジ

 

 

 

「―――ッ!?」

 

 

黒の革ジャンが視界を奪う。

 

<キャパシティダウン>の影響を逃れようと<沈黙>により、自身の聴覚を断絶していたミハエルはその気配に気が付かなかった。

 

そう、ただ1人、<キャパシティダウン>の影響を逃れ、ずっとミハエルを警戒していた男が、

 

 

「おいおい、そんな物騒なモンで女の子を狙うのは無いんじゃねーのか?」

 

 

早く、速く、疾い。

 

瞬時に回り込み、拳を振り下ろす。

 

頭に拳がクリーンヒット。

 

 

「それにアンタには俺の目の前で仲間を斬った借りも忘れてんじゃねーだろうな!!」

 

 

鳩尾に渾身の膝蹴り。

 

鍛え抜かれた身体を深く衝撃が貫くその一撃に、日本刀を手放してしまう。

 

さらに、

 

 

バジッ―――!

 

 

(がっ、拒絶反応―――)

 

 

指が、腕が、鼻が、服の内側が―――全身の至る所が、まるで皮膚の内側に仕掛けた爆竹でも爆発させたように吹っ飛んだ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

予想外の反応に、黒妻はギョッとし、攻撃の手を休めてしまう。

 

その間に、正気に戻ったミハエルは落ち行く自身の愛刀を掴み直しながら、小走りで距離を取り、自身の血を投げ放って、黒妻の視界を真っ赤に潰す。

 

そして、未だ携帯型の<キャパシティダウン>の効力が発揮している内にそのまま走り去ってしまった。

 

 

 

つづく


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