とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
幻想御手編 多才能力
車内
私にはやらなくてならない事がある。
それはたとえどんなに障害が多くても、どんなに犠牲を払ってでもやらなくてはいけない。
なぜなら許しがたい罪があるから…
あの時から眠り続ける私の……
彼女達を救う事だけが、私に唯一できる贖罪だろう。
そう、あの時、何も考えず、何もできず、何もしなかった愚かな私に唯一与えられた…
しかし、あれほど私が心血を注いでも、どんなに時間を犠牲にしても彼女達を目覚めさせる事が出来なかった。
だけど、あきらめなかった。
なぜなら、私はその程度で絶望することすら許されなかったから…
そして、個人の力では叶える事が出来ない、そう考えた私は今度は学園都市にあるありとあらゆる技術に頼ることを決意した。
そう<
あの世界最高の
最先端技術の使用希望者は数多くおり、私が使う事望んでもかなりの時間を待たなくてはならないだろう。
私は彼女達を救うことを、人生の全てをかけてでもやると決めていたので、どんなに時間がかかろうがやり遂げると決めていた。
ただ彼女達のこれからの未来のためにも、少しでも早く終わらせたかったが……
しかし、私は救う機会すら与えられなかった。
5回申請を断られた時は個人的な用件ではなかなか使わせてもらえないと思った。
10回断られた時、何かおかしいという事にようやく気付いた。
23回断れたとき……私は確信した。
学園都市は私に使わせないつもりだという事を。
そして、私は思い出した。
彼女達が眠り続ける原因となった事件が揉み消されたことを。
そう、学園都市は彼女達がいなかった事にしたがっている。
だから、私に彼女達を救う機会すら与えず、希望すら与えさせない。
与えてくれたのは絶望のみだった。
「木山春生だな。<幻想御手>頒布の被疑者として拘留する。ただちに降車せよ」
しかし、私は立ち止まらない。
絶望に浸ることすら許されないのだから
「よし、そのまま両手を後ろに組んでその場でうつぶせになれ」
そして、私は決意した。
「あー、悪いが――――」
何人もの屍の上に立つことになろうと彼女達を救う事を。
「<警備員>程度で私は止まらない」
河原
これはまだ1学期……あの馬鹿に出会った後の頃。
あいつにどうしても勝てない私は詩歌さんと久々に対峙した。
時々、『能力開発』には付き合ってもらっているけど、こうして対峙するのはおよそ1年ぶり。
と言っても、ルールは決められている。
先に相手の体と繋がった風船を割った者が勝ちで、超電磁砲に使えるコインは3枚。
詩歌さんの<幻想投影>の事も考慮して制限時間は30分。
そして、Level5序列第3位<超電磁砲>の能力を用いる事。
物騒かもしれないけど、私と詩歌さんなら相手を怪我させる事なく風船だけを割る事は簡単だ。
<超電磁砲>は電気と磁力を扱い、その威力は桁外れ、且つ様々な応用が利く万能のオールラウンダー。
私はその力を使って、初っ端から全力で仕掛けた。
電光石火の一撃―――電撃の槍。
変幻自在の一撃―――砂鉄の剣。
そして、伝家宝刀の一撃―――超電磁砲。
……でも、それは、
電撃の槍は掴まれ、
砂鉄の剣は弾かれ、
超電磁砲は避けられた。
余裕の笑みを崩す事もできずに全て防がれた。
一瞬で蹴りがつくとは思ってなかったけど、こうも翻弄されるとはね。
悔しいけれど、あの人の応用力はLevel5の私よりも上だ。
そして、残り時間が後3分を切った所で私の手持ちのコインは1枚、詩歌さんは3枚だ。
私が、7:3で攻めに行っているのに対し、詩歌さんは1:9で守りに入っている。
私が攻めた後の隙を狙って、小技でカウンターを仕掛けるといった具合だ。
「くっ!?」
今も電撃の槍と砂鉄の槍を同時に仕掛けた攻撃を捌ききった後、手の平から無数の光線を放つ。
数え切れぬほど細い雷が。まるで意思を持った蛇のように、うねりながら襲い掛かる。
怪我をしないように威力が分散され、当たってもビリビリする程度。
だが、数が数だった。
身体も使って風船を守るが、痺れた私はさらなる追撃を許してしまう。
「う、そ―――――っ!!?」
右手に1つ、左手に1つ。
2つのコインが宙を舞う。
そして、それらは彼女の2つの発射台に乗った瞬間、強烈な閃光が噴いた。
電磁力を制御して放つそれは超電磁砲。
彼女はそれを<超電磁砲>を完全に制御し、統制する事で、両手で文字を描く複雑な作業を鼻歌交じりに簡単にこなせる彼女は、両手で同時に超電磁砲を放った。
狙いも完璧。
それらの交差点には私の頭上1mに浮いている風船があった。
足が痺れて動けない。
だが、私はまだ負ける気はなかった。
詩歌さんがコインを2つ宙に舞わせてすぐに私も最後のコインを弾いた
私の右手の周囲に膨大な電磁力が集中する。
今にも溢れだしそうな高密度の私の全力を集中させる。
そして、
「――――これが私の全力だアアアァァッ!!!」
カッ――――!
私の超電磁砲は、激しい轟音と閃光と共に、詩歌さんの放った2発の超電磁砲と衝突。
目を晦ますその超強大なLevel5の力の衝突。
なんと私の渾身の力を込めた1発の超電磁砲は、ほぼ同時ではあったが後から発射されたのにもかかわらず、詩歌さんの2発の超電磁砲を相殺した。
同じ力を使っているはずなのに。
でも呆けている時間はなかった。
まだ、詩歌さんにはもう1枚コインが残っている。
詩歌さんはもうほとんど余力の残されていない私に向かって、コインを弾き、そして、最後の超電磁砲を――――
「―――残念。引き分けです」
コインはそのまま地面に落ちた。
それと同時にタイマーの音が響いた。
正直、あそこで攻撃していれば私の負けだったのではないかと思ったのだが、それでも詩歌さんは引き分けだと言い張り、それどころか、
『もう美琴さんに
―――むしろ私がルールに助けられました。試合は引き分けでしたが、今回の勝負、美琴さんの勝ちですよ。
……でも、私は納得できなかった。
まだ私はこの姉の背中を追い抜いてはいない。
そう、まだ―――――
棚川中学附近の公園
「ええっ!? 木山春生が事件の犯人!!?」
『はい。先ほど詩歌さんから連絡があり、調べてみたところ、どうやら木山春生が犯人であることがわかりました』
「それで、詩歌さんは?」
『私に<警備員>への連絡を頼んだ後、研究所へと向かったそうです』
佐天の友達が気絶してから、すぐに美琴と佐天は病院へと連絡した。
そして、美琴はバックアップを担当している初春に状況報告をしてみたところ、彼女の姉貴分である詩歌からこの事件の犯人は木山春生であるとの報告を受けた。
(詩歌さんのことだから、自首を促しに行ったんでしょうね。……あの人、なんだかんだ言って他人に甘いから……これで詩歌さんの説得が成功したらこの事件はほとんど解決――――)
美琴が事件はもう解決したと思い、気を抜いた瞬間。
電話から初春の切羽詰まった声が聞こえた。
『ええっ!? 木山春生が研究所から逃亡!? <警備員>の部隊を半壊!!?』
美琴は初春の急に慌てた口調から、電話の向こうの初春の顔が青褪めてパニックになっているのがわかった。
「初春さん、落ち着いて。今、何が起きたの?」
初春の様子から事態が予想外の方向に進んでいる事を察した美琴は状況を整理するため、初春が冷静になるようにゆっくりと話しかける。
『すみません、御坂さん。もう大丈夫です。落ち着きました。……どうやら、木山春生は研究所から逃亡し、阻止しに来た<警備員>の部隊を壊滅させたみたいです』
「そう……それで詩歌さんは」
美琴はどうして研究者である木山春生が高位能力者すら捕まえる<警備員>を壊滅させたかが気になったが、それよりも説得にいった詩歌の安否が気になった。
(詩歌さんは絶対に無事……)
『それはまだ――――あっ、今、情報が入りました。車内で詩歌さんは気絶している模様。どうやら人質にされているそうです』
初春からの報告に美琴は頭が真っ白になり、携帯を落としてしまった。
「う…そ……詩歌さんが……」
美琴にとって詩歌は幼馴染でもあり、姉のような存在だ。
間違ったことをした時は叱ってくれ、寂しい時は一緒に遊んでくれ、泣いた時は泣き止むまで一緒にいてくれ、困った時は助けてくれた。
Level5になり周囲の人間から孤立した自分の傍にずっと一緒にいてくれた。
そして、まだ追い抜いていない目標で、誰にも負けないと思っていた頼れる存在。
おそらく、御坂美琴の上条詩歌への依存度が誰よりも大きい。
「御坂さん! 大丈夫ですか!?」
美琴の様子がおかしい事に気づいた佐天は声をかけるが、その声は美琴に届かない。
『御坂さん! どうしたんですか!?』
心配した初春が落ちた携帯から声をかけるが、その声も美琴には届かない。
親よりも自分を支え、導いてくれた詩歌が危ない。
そのことで頭がいっぱいになっている美琴は周囲の声が全く聞こえなくなり、何も考える事が出来ずにいた。
嘘だ。
あの姉が負けたなんて絶対に嘘だ。
と、その時、
「―――」
そんな美琴の目の前にいきなり何者かが現れ、右手を振り上げ
――――お姉様、失礼します。
そのまま、美琴の頬へ振り抜かれた。
パンッ、と。
乾いた音が木霊する。
その光景を見た佐天は信じられないかのように大きく目を見開き、
「し、白井さん!?」
御坂美琴の事を『お姉様』と慕う白井黒子がその『お姉様』に手を出した!?
音から状況を察した初春は、その黒子の行動に絶句する。
だが、黒子は厳しく鋭い視線で美琴を射抜き、
「お姉様、いつまでそこで立ち竦んでいるおつもりですか?」
「黒子……」
「詩歌先輩がいない今、お姉様がしっかりしないでどうするんですか!? 早く目を覚ましてください!」
自分の事を誰よりも慕ってくれる後輩。
そんな彼女が今の腑抜けた自分を叱責している。
そうだ。
あの姉が自分の前で勝負から逃げる情けない姿を見せた事があったのか?
いや、ない。
自分はいつまでも姉に守られるだけなのか?
いや、違う。
なら、今自分はどうするべきなのか?
そんなのは決まっている。
黒子の説得で、美琴の目に強い意志が宿る。
「黒子、ありがと。おかげで目が覚めたわ」
美琴は今度は自分でもう一度喝を入れ、奮い立たせる。
「情けないところ見せたわね。……後輩の佐天さんがあんなに頑張ったもの、今度は先輩の私が頑張らなきゃね。佐天さん、悪いけどここお願いね」
凛とした表情を浮かべ、真っ直ぐ前を向く。
「御坂さん。……頑張ってください! 御坂さんなら絶対に詩歌さんを助けてくれるって信じてます」
佐天からの応援を受けた美琴は、黒子の方を振り向いた。
「黒子、情報の整理が終わったら。悪いけど私を木山の所に連れてってくれる?」
「はいですの」
高速道路
「くっ、奴はただの研究者じゃなかったのか!?」
荒れ果てた道路の上で、1人の<警備員>がこの状況に悪態をつく。
「鉄装! 応援はまだか!?」
彼の隣にいた<警備員>、鉄装綴里が無線からの応答を待つが、
「い、いえ、まだです。あと30分は最低かかるそうです」
返ってきた答えは、今すぐ応援に来れないというものだった。
「くそっ、わずか数分で俺達以外が全滅だと……ふざけるな! 対能力者用の装備をしていないとはいえ、たった1人に……」
周りには大勢の<警備員>たちが倒れており、彼らしか動けるものがいなかった。
人質がおり、うまく手が出せなかったが、それでもこの状況は彼らには予期し難いものだった。
そして、2人は瓦礫の後ろで脅威から身を潜めていたが、
「先輩、来ます!!」
彼らの目の前にアルミ缶が飛んできた。
「くそっ、ふせろ!」
アルミ缶は急に圧縮したかと思うと、爆発を起こした。
その爆風により、瓦礫は破壊され、その後ろにいた2人の<警備員>は吹っ飛ばされてしまった。
「先輩っ!!」
幸い軽傷だった鉄装はもう1人の<警備員>を探すが、彼は彼女の横で頭から血を流して倒れていた。
彼女は急いで容態を診ようとするが、
「君でようやく最後か」
彼女らの脅威、真っ赤な目をした木山春生が目の前に現れた。
「き、木山春生!」
「悪いな、私もこの能力はあまり使いこなせていなくてね。気絶させようと思ったが、加減を間違ってしまったようだ」
木山は、最後に残った<警備員>、鉄装にゆっくりと歩みより手を伸ばす。
「安心したまえ。これはついさっきも使ったから、気絶程度で済むはずだ」
鉄装は、あまりの恐怖に逃げる事も、立ち向かう事も出来ずただ立ち竦んでいた。
「ッ!!」
そのとき、突然、木山の上から数百万ボルトの電撃の槍が落ちてきた。
常人では避けられないそれを木山は間一髪で避けるも、その余波で吹き飛ばされてしまう。
「あれを避けるなんて、<肉体操作>などで強化してるのかしら」
そして、木山の前に1人の女子中学生、御坂美琴が降りてきた。
「どうやら、アンタが最後の1人のようね」
いきなりの出来事に鉄装は何も言えず、ただ混乱するのみだった。
「お姉様、いきなり飛び降りるのはおやめ下さい。もしお怪我でもしたらどうするんですか!?」
さらに、今度は美琴の隣に<風紀委員>の少女、白井黒子が<空間移動>でいきなり現れた。
彼女達が着ている制服はあの常盤台中学のものだ。
一体、何の為にこの戦場に?
そういえば、人質だった少女も同じ常盤台の制服を着ていたような…
その状況にますます鉄装は混乱し、気絶しそうになる。
「大丈夫よ、黒子。あれくらいの高さからなら、落ちてきた方が早かったしね」
美琴は黒子をあしらうと周囲の状況を確認する。
「黒子、この場から負傷者を運び出してちょうだい。なるべく重症の人からお願いね。……これからここはもっと荒れると思うから」
「承知いたしましたですの、お姉様」
黒子は美琴からの指示を受け取るとすぐに鉄装の先輩の<警備員>を連れて、この場から離れた。
「さてと、私はこれから木山の相手ね。……にしても、本当に<警備員>を全滅させてるとはね。……初春さんの言うとおり、複数の能力を使うのかしら? こりゃ、気を引き締めないとヤバいかもね」
美琴は軽く手足を動かすと木山が吹き飛ばされた方へ向かう。
(何考えてるの!? もしかして、木山春生を相手しようというの!?)
鉄装はようやく意識が正常になったのか、木山の所に行こうとする美琴を止めようと声をかける。
「どこに行こうとしてるんですか!? 今すぐ、ここから離れなさい! 彼女はただ者ではありません。いくら能力者でも彼女には歯が立ちませんよ!」
常盤台の制服を着ているという事は高位能力者で実力があるのだろう。
だが、木山春生は街で見かけるような喧嘩レベルを遥かに超え、戦闘レベルの、下手すれば戦争クラスの危険度だ。
彼女は避難勧告を出すが、美琴は立ち止まらなかった。
「悪いけど、私は彼女に用があるの。でも、大丈夫。だって私も――――」
美琴は一呼吸置き、鉄装に振り向く。
「
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はあ、はあ、はあ……」
<警備員>と木山春生との戦闘で荒れた道路の上を美琴は走っていた。
「詩歌さんは一体どこに……あっ!!」
美琴は周囲を見渡すと目の前の車の中に詩歌を見つけた。
「詩歌さんっ、大丈夫ですか!? 聞こえるなら返事してください!」
美琴は慌てて駆け寄り、ドアを叩きながら車の外から声をかけるが詩歌は全く反応しなかった。
見た目に派手な傷は負っていないようだけどももしかして―――
「安心していい。彼女は頭に電撃を受けて気絶しているだけだ。命に別条はない」
その様子に美琴がますます心配したとき、後ろから先ほど吹き飛ばされた木山がゆっくりと歩いてきた。
(そう、詩歌さんは無事……)
美琴は木山から詩歌が無事だと聞き、少し安心する。
と言っても、これから“敵”として対峙する相手であるためどこまで信用していいか分からないが。
「そこにいる彼女、<警備員>の次は学園都市に7人しかいないLevel5か……私のネットワークにLevel5は含まれていないが、さすがの君も私のような相手とは戦った事はないだろう。君に一万の脳を統べる私を止められるかな?」
その言葉と共に、木山は大気中の水分を凝集させ、全長3mほどの槍のオブジュを生み出す。
「はあっ!」
高圧縮された水の槍の突きを、美琴はほとんど抜き打ちで放った電撃の槍で迎え撃つ。
彼女が一瞬で練り上げた雷は、巨大な槍を触れただけで爆散できる破壊力を持っていた。
美琴が電撃で相殺すると、今度は地面に亀裂が走るほどの衝撃波を発生させる。
「ッ!」
衝撃波。
相殺するより回避の方が容易いと悟ると美琴は自身の内面に意識を集中する。
体内を駆け巡る電気の流れを美琴は掌握。
明らかに避けられないタイミングで放たれた衝撃波を美琴は能力で神経を強化した運動能力で回避する。
御坂美琴は学園都市最強の電撃系能力者。
電気と磁力が通じるものなら何でもこなせる万能のLevel5。
(危なかった。……このまえ詩歌さんにこれを教わってなかったら喰らってたかもね。にしても、推理通りに彼女は……)
移動中 車内
『ねえ、木山はどうやって詩歌さんや<警備員>を倒したのかしらね』
移動中、美琴の疑問に回線がつながっていた初春が答える。
『<書庫>には木山春生が能力開発を受けた記録は載ってませんけど、木山は複数の能力を使って、<警備員>と交戦したそうです』
『どういう事ですの? どうして、木山は能力を使えますの? しかも、複数の……』
初春の声が聞こえたのか黒子は驚愕の声を上げる。
『詩歌さんの推測通りなら、木山は<幻想御手>で患者達の間に脳波のネットワークを作り、一体化する事で処理速度を向上させる事で能力を効率的に扱えるようにしたんだっけ』
『はい。それで、患者達が昏睡した原因はネットワークに完全に取り込まれたからだと言っていました』
美琴は先ほど、初春が話してくれた詩歌の推論を思い出し、この状況を推理する。
『なら、脳波の原型を持つ木山はその患者達の脳とネットワークという名のシナプスでできた一つの巨大な脳を操る事が出来る。……だから、木山には患者達の能力を使える事ができるかもしれない……』
さらに、美琴は詩歌が捕まった原因を推測する。
<幻想投影>は1つの能力しか複製することができない。
そのため、脳波の原型を持つ木山に触れない限り、木山が繰り出すネットワークから借りた複数の能力に干渉ができず、木山の繰り出す攻撃に対応する事が出来なかった。
美琴の考えた通り、詩歌の<幻想投影>は複数の能力を扱う木山春生とは相性が悪かった。
『お姉さまの推測が正しいというなら、木山は実現不可能と言われた幻の存在……』
『ええ、木山春生は―――』
高速道路
「驚いたわ、本当に能力が使えるのね。しかも……<
美琴は先ほど推理した通り、木山が<多重能力者>だと確信する。
だが、
「その呼称は適切ではないな。私の能力は理論上不可能とされたアレとは方式が違う。言うなれば、<多才能力者>だ――――」
美琴の推理に木山はすかさず訂正を求めるが、
「呼び方なんてどうでもいいわよ。こっちがやる事は変わりないんだか、らっ!」
美琴は無視して、再び神経を強化した運動能力で常人を遥かに超える速度で木山に近づき、複数の電撃の槍をそれぞれ死角から放つ。
相手が複数の能力で来ようと美琴は万能の<超電磁砲>の汎用性で対抗する。
「やれやれ、君は彼女と同じで人の話しを聞かないのかね」
複数の能力を持つ。
それは複数の手札を持つという事。
如何に万能といえど、欠点はあり、弱点はあり、相性がある。
そして、何も出せる手札は1枚ではない。
木山は電撃の槍を複数の能力を組み合わせ、周囲に避雷針のようなものをつくりだすことで誘導する。
「!?」
瞬間、道路全域に黒い亀裂が走り、崩壊。
美琴の足場が、欠けたコンクリートの破片と共に墜落する。
「どうした複数の能力を同時に使う事は出来ないと踏んでいたのかね?」
木山は全ての電撃を誘導すると、道路を<念動能力>で破壊し、美琴の足場を無くした。
美琴の体が宙を舞う。
翼を持たぬ人間が空中……
しかし、美琴には能力があった。
「いっ!?」
<超電磁砲>は電気だけではなく、それに密接な磁力でさえも手札の1つ。
美琴はすかさず、磁力を発生させて、柱を足場にする事で避難する。
さらに、避難した際に黄金色の雷光を木山に落とす。
しかし、手札は使い捨てではなく、何でも使える。
先ほどと同じように避雷針で誘導されてしまう。
やっぱり電流が誘導されている?
さっきの台詞からすると、いくつかの能力を組み合わせて周囲に避雷針のようなものをつくりだしているみたいね
……なら――――
「拍子抜けだな。常盤台というのはこの程度のものなのか。君も彼女も私に触れることすらできないからな」
美琴が木山の能力を分析し、対避雷針対策を組み立てていると、木山は嘲るように口角を歪める。
「まさか! 詩歌さんは滅多に本気を出すことなんてないし、電撃を攻略したくらいで……勝ったと思うなっ!!」
顔を真っ赤にして美琴が怒る。
自分より先を歩く姉が負けたのなら、自分が勝ってその負けを帳消しにする。
美琴の手札は電撃だけではない。
磁力で周囲にある瓦礫を操り、木山に放り投げる。
土砂崩れのように木山の頭上を無数の瓦礫が降り注ぐ。
これなら避雷針を作ったとしても――――
「ふむ」
しかし、木山は冷静に対処し、美琴の攻撃を防ぐ。
木山には無数の手札があるのだ。
何も、対電撃に特化したものだけではない。
「……アリ?」
そして、複数の手札を同時に使える。
これが<多才能力>。
能力者による軍隊を1人でまかなえるもの。
指先から高出力のレーザーを放ち、足場の柱を破壊する。
「しまっ……」
美琴が吸い付いていた壁の壁面がベリベリと剥がれる。
再び足場を失い、バランスを崩した美琴はそのまま重力に引かれ、背中から地面に叩きつけられてしまう。
木山はその美琴の姿を見下ろす。
能力者の頂点に立つLevel5といえど、所詮は1人。
大勢の能力者の前では集団の暴力に蹂躙される。
「もう止めにしないか? 私はある事柄について調べたいだけなんだ。それが終われば全員解放する。誰も犠牲にするつもりはない―――「ふざけんじゃないわよっ!!」」
木山の説得を美琴は大声で遮る。
「確かに、アンタは犠牲にするつもりはないんでしょうね。もし周囲の人たちを犠牲にするような人なら、詩歌さんが自首を促そうなんてするはずがないもの。あの人、人を見る目は確かだから」
美琴はふらつきながらも立ち上がる。
「でもね。アンタの身勝手な目的のためにあれだけの人間を巻き込んでおいて、人の心をもてあそんで……こんな事をしないと成り立たない研究なんてロクなもんじゃない!! そんなモノ見過ごせるわけないでしょうがっ!!!」
怒りに駆られ美琴は吠える。
<幻想御手>で力に溺れた能力者達。
それに巻き込まれ、平穏を掻き乱された者達。
意識を囚われた患者。
そして、佐天涙子とその友達。
皆が皆、彼女が作った<幻想御手>のせいでっ!!
「はーー、Level5とはいえ所詮は世間知らずのお嬢様か……」
だが、木山は平然としていた。
美琴の怒声を浴びても顔色一つ変えなかった。
その反応、その表情、その態度。
何処にも後ろめたさがないのは、彼女が詭弁を弄している訳ではない証拠。
本心から、何も感じていないのか。
それとも、それらを上回る何かが彼女にはあると言うのか。
「アンタにだけは言われたくなかった台詞だわ」
木山はやれやれと頭を振り、溜息をつく。
そして、なにも知らない子供にものを教えるかのような口調でゆっくりと諭す。
「学園都市で君達が日常的に受けている『能力開発』、アレが安全で人道的なものだと君は思っているのか?」
「!?」
「学園都市は『能力』に関する重大な何かを我々から隠している。学園都市の教師達はそれを知らずに180万人にも及ぶ学生達の脳を日々『開発』しているんだ。それがどんなに危険な事かわかるだろう?」
『記録術』や『暗記術』とか、そんな名前で誤魔化して学園都市は平然と『頭の開発』を時間割りに組み込んでいる。
姉のその能力による『能力開発』は例外中の例外で特例もいい所だ。
血管に直接薬を打ったり、耳の穴から電極を刺し込むなど、もし何も知らない『外』の人間が見ればどう思うだろうか?
ズレてはいるようだが、これが科学に捧げた学園都市の常識だ。
そして、学園都市には人の犠牲を苦にしない別次元の理論を持つ者が存在する。
彼らには当然の倫理感すらなく、自身の目的のためなら何人も犠牲にする。
美琴も能力者になるのに多くの代償を払ってきた人たちがいることを予想する事ができ、木山の言葉を否定する事が出来なかった。
「……なかなか、面白そうな話じゃない。アンタを捕まえた後でゆっくりと……調べさせてもらうわっ!!」
美琴は磁力で砂鉄を操り、無数の槍を形成し、木山へ放つ。
「調べる……か。それもいいだろう。君が関わっているのも少なくはないしな……」
木山はぼそっと何かを呟いたあと、即座に瓦礫を盾にし、砂鉄の槍を防ぐ。
「まだまだっ!!」
美琴はさらに磁力で複数の瓦礫を操る。
「ッ!!」
木山は強化した身体で瓦礫を避け、周囲の大気中の水分を圧縮して形成した巨大な水塊を美琴へ放つ。
「はっ、甘い!!」
美琴は瓦礫を立てにする事で攻撃を防ぐ。
木山は複数の手札を持っている。
それに対して美琴の手札は1つ。
だが、それでも対応している。
恐るべきことに美琴はたった1枚の手札で今まで無数の手札と拮抗していたのだ。
まさに
Level5とは最強の切り札なのだ。
(凄いな……正攻法で攻略するのは不可能、か――――なら)
「正面が駄目なら搦め手に回るまでだ」
真正面が無理なら、不意打ちや騙し打ち。
木山は美琴の死角にあるゴミ箱のアルミ缶を全て<量子変速>で爆弾に変える。
「!?」
連続虚空爆破事件で大勢に怪我人を出した高威力の爆弾。
周囲一帯を灼熱に巻き込む爆風が美琴を包みこむ。
この爆発に巻き込まれたらただでは済まないだろう。
木山は美琴の姿を爆風で舞い上がった砂塵の中から――――
「もっとてこずると思ってい――――」
そう思った木山が油断した瞬間だった。
粉塵の中から視認する事が困難な速さの人影が飛び出す。
「なっ!?」
その人影は木山の強化した反射速度ですら上回る速さで移動していた。
「残念ね。私は常に電磁波を周囲に発していてね。その反射で周囲の動きがわかるの。―――だから、私には死角がない」
その人影、極限まで強化した御坂美琴は、木山が驚愕している隙に懐に潜り込む。
(彼女の攻撃で最も早いのは電撃……なら)
木山は電撃を恐れ、咄嗟に誘電力場を形成する。
しかし、
「それと私が詩歌さんに教わったのは―――能力の扱いだけじゃない!」
美琴の持つ手札は、<超電磁砲>だけではない。
木山の考えとは裏腹に美琴は拳を握りしめ、手が届く範囲まで接近する。
そして、美琴は詩歌から教わった踏み込みからの体重移動、体全体の捻りを加えた一撃を木山の顎に最短距離で引っ掛けるように揺さぶった。
「かっ……!?」
そう護身術。
美琴は詩歌からいざという時のために護身術も教わっていた。
美琴の振り抜かれた一撃に脳を揺さぶられ、平衡感覚を奪われた木山は立つ事ができなくなり、へたり込んでしまった。
「残念だけど、これを受けたら、能力はしばらく満足に使えなくなっちゃうし、立てなくなるから無理しない方がいいわよ」
(詩歌さんから覚えるにはまず自分で受けるべきと言われてやられた時、30分くらい能力がうまく使えなくなったっけ……)
美琴は、かつて詩歌から喰らった時の事を思い出す。
あの時は、ふざけ半分で詩歌さんが使う体術を教えて欲しいって言ったら、その日一日中徹底的にこれを教え込まれたんだっけ……
そのときのスパルタな指導を思い出した美琴は背筋に震えが走った。
詩歌曰く、師匠から教わっている身としては中途半端に教える事が出来ないらしい。
詩歌と比べればまだまだと言ったところだが、美琴の格闘能力は大柄な<スキルアウト>でさえ相手取れるほどだ。
これで決着がついた―――――かに思ったが、
「がッ……」
木山は無理矢理、能力を使おうとしたが制御することができない。
「だから、無理しない方が―――「黙れっ!」」
木山は揺さぶられたせいか頭を抱えながら、美琴の制止を振り切り、立ち上がる。
「私は立ち止まる訳にはいかない。……あの子たちのためにも、あんな悲劇を二度と繰り返しはしない。……そのためなら私は何だってする」
木山は自身の胸の内に秘めた誓いと決意をぶちまけた。
「この街の全てを敵に回しても止まる訳にはいかないんだっ!!!」
そのとき、木山の頭に今まで感じた事がないような激痛が走った。
「ぎッ――――」
あまりの激痛に木山は頭を抱えてしまう。
「ちょ……ちょっと」
明らかに様子がおかしくなった木山に美琴は心配するが異様な雰囲気に近づく事が出来なかった。
「がッ…ぐ…ネットワークの…暴走? いやっこれは…<虚数学区>…の」
そのとき、木山の頭からナニカが産まれた。
「……は?」
(胎児……? こんな能力……聞いた事ないわよ。<
そして、そのナニカ――――<幻想猛獣>は目を開けるとこの世に産声を上げた。
つづく