とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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法の書編 決戦準備

法の書編 決戦準備

 

 

 

薄明座前

 

 

 

あれから、すぐに、インデックスに指示された場所に斥候を放ち先行偵察させた結果、僅か15分で天草式と思われる不審者を発見。

 

やはり人数がいると断然進みが早い。

 

だが、オルソラや<法の書>、それに天草式本隊は発見できず、まだ8時前。

 

先ほど『渦』の場所に指定されたのは『パラレルスウィーツパーク』と呼ばれるテーマパーク、おそらくまだ営業中であまり派手な事は出来ない。

 

なので、一行は戦闘準備をして、それが終わった者から交代で食事と仮眠を取る事となった。

 

長期戦の戦場では少しの時間さえあれば、10分、20分でも眠って体力を回復させるのが彼女達の常識だった。

 

一方、当麻、詩歌、インデックス、ステイルの4人は戦闘準備の必要がないため、1番早く食事と仮眠を取る事になる。

 

ビスケットなど菓子類は口にしたが、夕食を食べていなかった当麻はアニェーゼ率いるシスター部隊の食事係のシスターさんからイタリア製のスープとパンをもらい、野営場の段差がある所に座っていただきますと言って、今日の晩御飯を口にしながら辺りを見回す。

 

薄明座の駐車場には小さなドーム型のテントがいくつも展開されており、250人余りのシスター部隊と50人のローマ正教一三騎士団、それに、当麻達4人の300人分があるようには思えないが、わざわざ、駐車場で眠らなくても、薄明座の中で休めばいいだろうし、それ以前に、準備に追われるローマ正教の半数以上は仮眠を取る時間も無い。

 

準備が完了してからやってきた騎士団を除いて休める者などごく一部。

 

もちろん、この光景を一般人に見られて警察に通報されるのもたまらないので、人避けの結界で防止する事も忘れてはいない。

 

手伝える事もないし、あまり手持ち無沙汰な人間がフラフラしていると気が散って邪魔になるので、当麻は食事が終わるととっとと決められたテントの中に入り、毛布にくるまって横になる。

 

隣にはステイルが同じように寝転がっている。

 

インデックスと詩歌は隣のテント。

 

やはり、年頃の男女が一緒のテントに入る事はさすがに問題があるのか、別々に分けられている。

 

過保護なのか、英国紳士なのかは分からないが、詩歌とインデックスのテントにはステイルのルーンのカードがびっしりと張り付けてあった。

 

少しでも何かあればすぐに、彼の最強の術式<魔女狩りの王>が発動できるらしい。

 

当麻はしばらくテントの中でごろごろと転がっていたが、やっぱり眠れなかった。

 

疲れがないとか戦闘前で緊張するとかいうより明らかに外でたくさんの人が仕事しているというのに自分だけ休むというのは気が引けるのだ。

 

そして彼女達の姿を思い浮かべると、同じ修道服を着たオルソラの顔を思い出してしまう。

 

 

「……やっぱり、なんか手伝ってくる」

 

 

もそもそと毛布から這い出しながら当麻が言うと、ステイルは鬱陶しそうに、

 

 

「止めはしないけど、くれぐれもその奇怪な右手で彼女達の霊装を破壊しないようにね……ちなみに壊した場合、君が弁償しろ。僕達イギリス清教はノータッチだからな」

 

 

とてつもなく嫌な助言に後押しされて当麻はテントの外へ出た。

 

熱帯夜なので、外も蒸し暑い。

 

そんな中を銀の燭台をたくさん束ねて抱える少女や古い聖書を何冊も重ねて両手で運んでいるシスターさん、馬車に使うようなデカイ木の車輪を担いだお姉さんなどが忙しそうに行き来している。

 

当麻にはどう使うのか分からないものばかり。

 

 

(さってと。なんか手伝える事はねーかなー……って、あれ?)

 

 

何かに気付いて当麻の動きが止まった。

 

当麻が出てきたテントのすぐ隣の、カードをべたべた貼られた詩歌とインデックス用のテント、その出入り口のファスナーが開いていた。

 

中には誰もいないようだ。

 

そういえば、天草式は隠密行動が得意な集団。

 

それにまだ天草式が空けた正三角形の穴はまだ残されている。

 

もしかすると、逃走ではなく奇襲を選択し、追跡者たるこの本拠地を潰しに来るかもしれない。

 

とはいえ、騎士達が占拠している薄明座が重要な拠点の1つだとは分かるが、当麻にはどれが重要なテントで何が重要でないテントなのか、区別がつかない。

 

とりあえず他のものより一回り大きめなテントを見て、あれなんか狙われそうだ、とか他人事のような感想を思い浮かべていたが―――

 

 

―――不意に、ゴン!! という衝撃音がその大きなテントから炸裂した。

 

 

「きゃあああああああっ!!!」

 

 

続いて、少女のものらしい悲鳴が後を追い駆ける。

 

 

「……っ!?」

 

 

当麻の喉が干上がる。

 

ついさっきまで自分で適当に考えた意見が、もう一度頭の中を飛び交う。

 

天草式は、地下から地上へと直接攻撃を仕掛けられる。

 

騎士達のいる薄明座も狙われる可能性が高いが、それよりもアニェーゼ達にとって重要なテントが狙われる可能性が高い。

 

 

(となると、まさか、本当に……?)

 

 

「ちくしょう!」

 

 

不幸中の幸いか、そのテントは当麻のすぐ近くにある。

 

彼は腕時計を右拳に巻き岩のように固く握って駆け出す。

 

周りにはたくさんのシスターさん達がいたが、彼女達は咄嗟の事に唖然としていた。

 

その間にも当麻は大きなテントの入り口まで走り、そのファスナーを一気に引き下ろして、

 

 

「天草式!!」

 

 

当麻が叫ぶと同時に、開いた出入り口から何か重たいものが、ドン! と当麻の腹の真ん中に激突。

 

それは重く、生温かく、水気を帯びているのかぬるりとした感触を伝えてくる。

 

 

(が……!?)

 

 

得体の知れない感覚に当麻は全身を総毛立たせながら拳を振り下ろそうとすると、

 

当麻の腹に両手を回して抱き着いているのは、全裸のアニェーゼ=サンクティスだった。

 

 

「………………………、えー?」

 

 

ごーん、と当麻の頭が鐘の音みたいな効果音と共に真っ白になる。

 

お湯で濡れているアニェーゼの体から湯気が立ち上っている。

 

ただ、小刻みにぶるぶる震えていて、当麻の腹に頭を押し付けたまま固く両目を閉じており、何か外国語で小さく呟いている所から尋常でない様子なのは窺える。

 

アニェーゼの言っている言葉は何一つ理解できないが、彼女が抱き着いたままどこかを指指しているので、当麻はそちらを見た。

 

広いテントの隅っこの方に、小さなナメクジが張り付いていた。

 

アニェーゼはそのナメクジを指差したまま外国語で何か言っている。

 

 

「まっ、待てアニェーゼ。とりあえず離れて服を着ろ。あと俺は日本語以外は分かんないから!」

 

 

当麻が真っ赤にして叫ぶと、彼女のぶるぶると言う震えがピタリと止まった。

 

アニェーゼは恐る恐るといった感じで顔を上げる。

 

当麻とばっちり目が合う。

 

そして、全裸だという事に気づく。

 

次の瞬間。

 

 

ふっ……、とアニェーゼが貧血でも起こしたように気絶。

 

そのまま真後ろへ倒れていった。

 

 

(うげっ!?)

 

 

地面は硬いアスファルトだ。

 

倒れそうになるアニェーゼの身体を当麻は慌てて抱き抱える。

 

妙に温かい感触がシャツ越しに伝わってきて当麻の全身の神経がおかしな具合に逆立った。

 

アニェーゼの体は全体的にインデックスよりも細く、それ故やや硬い印象もあったが、それが逆に部分的に柔らかい部分を強調しているようにさえ思えてくる。

 

 

(うっ……!?)

 

 

と、腕の中にすっぽりと収まったアニェーゼに対し、思わず上方向へ視線を逸らした当麻は別のものを見て再びビクリと震えた。

 

テントの中央には大きな金だらいとバケツを用いた簡易シャワーが設置されており、

 

 

「……、とうま」

 

 

とてもひくーい声を出す銀髪碧眼のシスターさんがいた。

 

今もシャワーを浴びている彼女に当然ながら来ているものなど何もなく、産まれたままの姿である。

 

元々色素の薄い肌をしているので、体を温められた事による赤みはより強調される形となっている。

 

 

「い、いや、ちょっとお待ち下さいよ当麻さんはてっきり天草式でも攻めてきたと思って心配だから駆けつけて見た訳でその辺りも加味していただけると幸いっていうか」

 

 

当麻は必死に、まだ見ぬ天草式に罪を擦り付けてでも、必死に減刑を申し立てる。

 

それほど彼にとっては生死の瀬戸際なのだ。

 

 

「うっ―――」

 

 

「??? う?」

 

 

当麻はインデックスの動き1つ1つをびくびくした目で注目していたが、

 

 

「―――ぅ、ひっく。うええ」

 

 

(なっ、泣いちゃってるううううううう!?)

 

 

ビックゥ!! と予想外の展開に当麻の全身が変な反応をする。

 

その間にもインデックスはポロポロと大粒の涙を零し、それを両手でごしごし擦っている。

 

ふと気付くと、周囲から当麻へとやたら冷たい視線が集中していた。

 

100人以上のシスターさん達から直々に『幼い少女を全裸のまま泣かしている男(+傍らに同じく全裸で気絶した上官つき)』という最悪のレッテルをペタペタと張り付けられていく。

 

そして……その先頭に灼熱のような殺気を迸らせ、仁王立ちする人物がいた。

 

 

「ひ、い、ひいいいいい!?」

 

 

当麻はその人物を確認すると、絹が裂けるような悲鳴をあげる。

 

 

「き、聞いてくれ! これは誤解だから……! これ全部不幸なアクシデントですから~~~~!!」

 

 

「ふむ」

 

 

応えたのは、華奢な女の子。

 

当麻よりも小柄で引き締まっている、しかし、出る所はしっかり出ている絶世のプロポーションに、お嬢様学校常盤台中学―――ではなく、繚乱家政婦女学院のメイド服。

 

月光を浴びて神秘的に輝く柳髪に、黒曜石のような綺麗な瞳。

 

滑らかな柳髪は腰の辺りを髪飾りでまとめている。

 

それは尻尾のように彼女の後ろで揺れている。

 

そして、彼女の名前は、上条詩歌――上条当麻の実の妹。

 

彼女もシャワーを浴びようとしていたのか、タオルなどを入れた籠を持っている。

 

100%のとろける天使の微笑みは見るだけで癒され、浄化していくようだ。

 

けれど……今はそれが逆にとてつもなく恐ろしい。

 

 

「ふむふむ」

 

 

彼女は微笑みながら、腕組みし、全裸の少女を抱き抱えている自分の愚兄の姿を眺め――偉く平坦な声で呟いた。

 

 

「安心してください。今の私はメイドです。理解力はあるつもりですから、言い訳くらいは聞くつもりです」

 

 

その全身から、爆裂の如き、しかし、絶対零度の怒気が噴出される。

 

 

「……火葬と土葬のどっちがいいですか?」

 

 

火葬と土葬か……今の日本は土葬は禁止されているけど……――――って、そこじゃなくて!

 

 

「殺すの前提? 待ってくれ、詩歌! これは不幸な事故なんだ!」

 

 

「殺され方から選びたいんですか? ふふ、しょうがないご主人様ですね。じゃあ、刺殺と撲殺からお選びください」

 

 

「だから、殺すな! 話を聞くって言いながら、根本的に話を聞くつもりがねぇな、お前!」

 

 

神よ……ちょっとでも自分を不憫に思うならどうか命だけは助けて欲しい。

 

頼むよこの野郎。

 

それともテメェには本当に血も涙もないのか!

 

 

「ええ、そうです―――よっ!!」

 

 

一瞬で間合いを詰める縮地。

 

その勢いを利用した体当たりのような発勁を当麻の左胸にぶちかます。

 

 

「―――がはっ!!」

 

 

ハートブレイクショット。

 

呼吸が止まり、当麻の全身の動きが凍りついたように固まる。

 

その間にアニェーゼを優しく地に下ろし、当麻の制服の襟元を掴み、外へ、天高く放り投げる。

 

 

「さて、少し本気を出しますか―――――はあああっ!!」

 

 

狂戦士モード。

 

空中で身動きが取れない当麻に詩歌が唸り声を上げて迫る。

 

少し前に、別の場所で21人の騎士団を一瞬で料理した<聖人>と全く同じ。

 

……だが、こちらはもっと酷い。

 

強靭かつ疾風のように迅速な足刀が当麻を抉る。

 

さらに、メチャクチャに殴り、また蹴った。掌底打ち。膝蹴り。肘鉄。頭突き。何でもありの滅多打ち。

 

目にも留まらぬ乱打―――周囲のシスターの誰一人にも数える事は出来ない。

 

舞うがごとく、詩歌は嵐のような乱舞を続ける。

 

そんなサンドバックのように、サッカーボールのように空中コンボを続けられ、薄れゆく意識の中、当麻は夢見た。

 

そう、空を天高く、風を切って、翔んでいける光景を。

 

そんなの事はないはずなのに……

 

自分にそんな力があるはずがないのに……

 

 

「人間は空に翔べない? いいえ、行けますよ。……どこまでだって……もしできないと思ってるなら―――」

 

 

乱舞の最後。

 

詩歌は右拳を固く握り締め、

 

 

「―――その幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

全身を右拳に集中させた昇竜拳。

 

当麻は最後に、最も高く、最も長く宙を舞った。

 

もし、これが格闘ゲームなら背後に『K.O』の文字が華々しく出ていただろう。

 

 

(ああ、空ってこんなにも深かったんだ……)

 

 

そして、兄の尊厳と共に当麻の身体も地に堕ちた。

 

 

 

 

 

当麻とステイルのテント

 

 

 

「だから迷惑をかけるな―――って、うお!? どうしたんだい?」

 

 

いきなり現れた詩歌に、そして、彼女が背負っているボロ雑巾よりもボロボロで、人なのかも怪しい当麻だったモノを見て、寝っ転がっていたステイルは飛び上がるように起きた。

 

もしかして、天草式の襲撃か!? と思ったのだが、

 

 

「ええ、ちょっと当麻さんと“組手”を……」

 

 

組手、だと……これが?

 

一体どんな事をすれば、こんなになるんだ!?

 

拷問・尋問のスペシャリストである<必要悪の教会>でも短時間でこんなに酷くは……

 

入口は閉まっていたので、外の騒ぎを彼は知らないのだろうが、その“組手”見た人の感想は大きく2つ。

 

 

『流石に……これ以上は可哀そう』と『彼女を怒らせないようにしよう』である。

 

 

過去に自分を破ったこの男が、こうまでやられるとは……彼女はひょっとすると自分よりも……

 

と、ステイルは詩歌の評価を上方へ修正する。

 

ぐっすりとダウンしている当麻を詩歌はステイルの横の毛布に横たえらせる。

 

ステイルはこの先の戦いで当麻が使い物になるか心配したが、詩歌はちゃんとデットラインギリギリに踏み止まるよう計算しており、当麻の<肉体再生>並の超回復力と詩歌の適切な治療で、1時間後には完全復帰した。

 

痛めつけられれば痛めつけられるほど強くなるサ○ヤ人ではないけれど、当麻の身体の耐久力と回復力は詩歌の拷問的なお仕置きで常人とは比べ物にならない程成長し、進化している。

 

おそらく、彼は拷問を受けてもそう簡単に屈するという事はないだろう。

 

 

「ステイルさん、聞きたい事があるんですけど」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ああ、生きてる。……人間って簡単には死なねぇんだな」

 

 

あれから30分後、当麻は目が覚めた。

 

まだ体の節々が痛むが、今までの経験からすればあと30分もしない内に回復するはず。

 

頭を動かし、周囲を見渡してみると、ここが自分達のテントだと分かる。

 

 

「なあ、ステイル」

 

 

今は体を休める時なのだろうか、痛みが引くまではとても眠れそうにない。

 

 

「おや、生きていたようだね。残念だよ。このまま目が覚めなければ火葬してくれと頼まれたんだけど」

 

 

その時、当麻は自分の胸の上にルーンのカードが一枚乗せられているのに気づいた。

 

 

「うおおおっ!? 詩歌さん、本気(まじ)!? 本気(まじ)ですか!? 本気(まじ)でございますか!? つーか、お前も協力してんじゃねーよ!」

 

 

当麻は慌ててカードを張り飛ばす。

 

詩歌は冗談のつもりで言ったのだろうが、隣にいるクレイジー神父はやる気満々だったろう。

 

本気で悔しそうに舌打ちしている。

 

とりあえず、もう一度生の実感を確かめてから、ステイルに話しかける。

 

 

「なあ、一個聞くけど」

 

 

「大体ここの人間は危機管理能力が低すぎるよ<法の書>が何だと言うんだ。たった一冊の魔導書で右往左往しているなら10万3000冊を管理する彼女がどれだけの数の魔術師に狙われているか分かるだろうが―――」

 

 

「お前の好きな子誰だよ?」

 

 

「ぶばっ!?」

 

 

当麻の問いにステイルは呼吸が詰まってわなわなと震え始めた。

 

お泊りにおける定番の問いだと思ったのだが、どうも日本文化特有のものだったらしい。

 

 

「なあステイル。一個聞くけど」

 

 

「尊敬する女性はエリザベス一世で好みのタイプは聖女マルタだ。愛と慈悲の祈りのみで悪竜を退治した逸話なんて痺れてしまうね。おっと、勘違いしないでくれよ。君の妹が好みだと言っている訳ではない。他に質問は」

 

 

「天草式十字凄教ってあれだろ。神裂が前にいた所だろ」

 

 

「……」

 

 

ステイルは目を細めて、少し黙った。

 

煙草を取り出そうとしたが、寝煙草は良くないと思ったらしく、その手が途中で止まる。

 

 

「君達兄妹は似たような事を聞いてくるんだね。ったく、土御門も余計な事を言ったものだ」

 

 

どうやら、当麻が気絶している間に詩歌も同じような事を聞いたらしい。

 

 

「あれだろ。天草式ってのは、神裂の仲間なんだろ」

 

 

魔術師同士が激突すると言う事は互いの生死をかけると言う事。

 

そこに甘えは許されないし、綺麗事も通じない。

 

強い方が勝ち、弱い方が負ける。

 

それ故にインデックスやステイルのような専門家が生まれたのだろう。

 

だが、プロとしての厳しさを自覚していても、いや、自覚しているからこそ躊躇ったりしないのか。

 

 

「やるよ」

 

 

しかし、ステイル=マグネスは1秒すら迷わず即決した。

 

 

「やるに決まっている。上の命令だろうが、あるいは上に止められてでも。僕はね、あの子を守る為なら何でもやるって決めているんだ。だから誰でも殺す。生きたままでも燃やす。死体になっても焼き尽くす。あの子を見ている前でも、あの子の知らない所でも」

 

 

自分で自分を突き刺すような言葉だった。

 

 

「勘違いするなよ、上条当麻。君の妹にも言ったが、僕がこうしているのはそれが全てあの子の為になるからだ。あの子の為にならないなら、僕は今この瞬間に君を骨まで灰に変えてみせる」

 

 

「……」

 

 

ごくり、と当麻の喉が動く。

 

結局は、それがステイル=マグネスという男の行動理由の全て。

 

イギリス清教に所属しているのも、魔術師としての戦う力を手にしているのも、誰かの命令を聞いて<法の書>とオルソラを助けに来たのも、全部が全部。

 

 

「ずっと昔に、誓ったんだよ。『―――安心して眠ると良い、たとえ君は全てを忘れてしまうとしても、僕は何一つ忘れずに君の為に生きて死ぬ』と」

 

 

その結論は、ゾッとするほどの台詞だった。

 

それでいて、ステイルの声にはひどく人間味が込められていた。

 

だとするなら、何故…

 

 

「でも、だったら何でこんな事にインデックスを巻き込んだんだ?」

 

 

「計画したのは僕じゃないし、できれば僕も巻き込みたくはなかったよ」

 

 

ステイルはすらすらとした声で答える。

 

 

「しかし、僕だけで解決しては駄目なんだ。それではあの子が『無価値』だと判断されてしまうから。現状のインデックスの利用価値をウチの上の人間に提示できなければ、彼女は本当にロンドンへ返還されてしまう恐れがある。今のあの子にとって、学園都市での生活を引き裂かれるのは何にも増して耐え難い出来事だろうからね」

 

 

投げやりな言葉だった。

 

イギリス清教の同僚としては、インデックスに戻ってきてもらった方が嬉しいはずなのに。

 

ステイルは、投げやりな声でそう言った。

 

 

「もう寝ろ。強襲まで2時間もない。これ以上話しても夢見が悪くなるだけだ」

 

 

それだけ言うと、ルーンの魔術は口を閉じて両目を閉じた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

当麻は夢を見た。

 

そこでは、詩歌が自分の側にいて、いつも通りに微笑んでいる。

 

その服に、殺したばかりの魔術師の返り血を飛び散らせて………

 

 

『本当に……本当に……私は当麻さんの事が大事です。何があろうと……例え、記憶を失おうと当麻さんが当麻さんでいる限り、その気持ちは絶対に変わりません』

 

 

ふと妹の言葉が甦る。

 

……もしかすると、彼女は自分の為に人を殺すのかもしれない。

 

彼女は甘いが、力がないと言う訳ではない。

 

だから……

 

 

『だから、当麻さんを守る為なら何だってします。何人だって、何十人だって、何百人だって、誰でも殺して見せます。そう、どんな事があろうと絶対に守って見せます』

 

 

自分を守る為に、妹が人を殺す……訓練された猟犬のように手際よく効率良く殺していく。

 

それでも、彼女は自分の側でいつも通り笑っている。

 

だが、それでも当麻は疑わなかった。

 

彼女の目元に拭えない影が落ちているのに。

 

そして、自分の知らない所で泣いて、たとえ涙が枯れ果ててでも、泣き続け、心の中でも泣きながら泣き虫な彼女は屍の山を築いていく。

 

地獄だ。

 

それは間違いなく上条当麻の地獄だ

 

もしそうなったら、絶対に自分を恨む、誰よりも弱かった自分を殺したいほど憎む、いくら自分を殺しても殺しきれないほどに……

 

 

『……やめろ……やめるんだ! 詩歌!!』

 

 

当麻が叫ぶ。

 

だが、それでも詩歌が困ったように笑った。

 

 

『仕方ないんです……』

 

 

駄々を捏ねる子供を前にした母親のように。

 

 

『ふざけんな! 仕方ねぇっつうんなら、まずはその幻想をぶち殺すっ!!』

 

 

当麻は叫び、拳を構える。

 

詩歌を止める為に。

 

 

『こればっかりはお願いを聞いてあげる訳にはいきません。だから……』

 

 

詩歌が耳穴式ヘッドホンを取り出す。

 

あれは彼女の武器、<調色板>。

 

あれさえ……あれさえなければ……

 

当麻はそれを掴み取ろうとした瞬間、

 

 

『<調色板>、――――』

 

 

彼女の姿が消えた。

 

たぶん弱者としての本能が、背後を振り向かせた。

 

いつの間に5m近くも向こうに彼女がいた。

 

 

『混成、――――』

 

 

世界最高の錬金術士、学園都市最強の能力者、嘘吐き、偽物、テロリスト……今まで相手してきたそれらと比べ物にならない“天災”がそこにいた。

 

“甘さ”を除いて彼女に弱点はない。

 

本気になった上条当麻は強い、と詩歌は良く言うが、当麻にとっても同じで、本気になった上条詩歌は誰よりも強い。

 

 

『大丈夫です。当麻さんは幸せになります。幸せにしてみせます。だから、私は大丈夫……』

 

 

そして、夢の中の上条詩歌は最後に優しく微笑みかけ、

 

 

『や…めろ……い、かないでくれ…詩…歌……』

 

 

『大丈夫……これは夢だから』

 

 

夢の中の上条当麻の意識を綺麗に刈り取った――――

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、真夜中の闇の中、上条当麻は目が覚めた。

 

緊張状態で眠れるか怪しいと思ったが、どうやら、思った以上に疲労が溜まっていたらしく、気がつけば眠っていたようだ。

 

だが、余計な話をしたせいか、ステイルの忠告通り、夢見は最悪。

 

でも、夢の内容はほとんど覚えていない。

 

内容は覚えていなかったが、何となく最悪だった事だけは覚えている。

 

だから、ここが現実であった事に心底安堵した。

 

 

(う…あ……?)

 

 

当麻の目が覚めた理由は単純で体の上に何か重圧を感じたからだ。

 

のっし、という人間一人前の重さと、何かやたら盛り上がった毛布に柔らかく温かい人肌の感触を捉える。

 

すうすう、という小さな寝息を立てている。

 

そして、小さい。

 

詩歌じゃない。

 

となると……

 

 

(おい、待て。ヤバイ、まさかまさか!? くそ、そう言えばテントにはカギがかからないんだった!)

 

 

当麻は普段、学生寮ではユニットバスに鍵をかけ、さらに南京錠をかけてお湯を抜いた湯船の中で眠るという生活を送っている。

 

理由は単純で、寝惚けたインデックスが当麻の布団に潜り込むのを死守する為である。

 

足が伸ばせるお風呂で本当に良かったと当麻は常々思っている。

 

ただでさえ布団侵入罪は青少年には刺激的で詩歌裁判では死刑、加えて今は隣にあのステイルが寝ている(しかも就寝前に誓いとか何とかシリアス台詞を聞いたばかり)。

 

事と次第によっては、詩歌とステイルの死のツープラントが見られるのかもしれない。

 

と、冷や汗をダラダラ流す当麻の体の上で、やや幼い少女の身体がもぞもぞと動く。

 

無防備に色々な部分が触れ合って当麻は心臓が止まるかと思った。

 

 

「……(う、うおお!? 待て、ちょっと待てインデックス! ってかお前、横からならともかく真上を陣取るってのはいくら何でもやりすぎだろ!!)」

 

 

当麻が小声で(と本人が思っているだけの大声で)慌てて抗議すると、

 

 

「むにゃ……なぁーに、とうま……?」

 

 

と、テントの入り口から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

見れば、寝惚けて半分目の閉じたインデックスがテントのファスナーを開けて今まさに当麻の布団の中へ忍び込もうとしている。

 

あれ? と当麻が首を捻っていると、

 

 

「むぎゃー……………………ままァ………ぱぱァ……………………Io non posso mangiare alcuno piu qualsiasi piu lungo.…………」

 

 

毛布から顔を出したのはアニェーゼ=サンクティスだった。

 

彼女はおそらく寝惚けて気付いていないが、両者との唇の距離はおよそ5cm弱。

 

 

(えーっ!? こっちも寝ぼけるとお布団侵入癖ありなのかよ!)

 

 

悲鳴を抑えつつ、ほぼゼロ距離射撃状態の小さな唇から顔を逸らして慌ててアニェーゼの下から這い出る。

 

転がる当麻に引き摺られるように毛布が取っ払われる。

 

 

「んなっ!?」

 

 

当麻は絶句した。毛布の中から出てきたアニェーゼは白いレースのブラと、両サイドが紐状になって蝶々結びしてあるパンツ以外何も身に付けていなかった。

 

普段からそうやって眠る癖でもあるのだろうか、彼女の修道服はテントの隅っこで丁寧に折り畳まれている。

 

インデックスは、ぼーっとしたまま当麻とアニェーゼの姿を見て、

 

 

「……、ぱぱ?」

 

 

と、首を傾げ、

 

 

「ふふふ、ちょっと気分転換に一人で散歩していたら、こうなっていたなんて……全くご主人様が娘に欲情する業の深い性癖の持ち主だったとは知りもしませんでした。本当、将来が不安になります」

 

 

その後ろでニコニコと顔だけ笑って、目が全く笑っていない詩歌さんがいた。

 

 

「待ってーっ! 詩歌さん、インデックスさん、これは俺も知らないって! 断じて幼い少女にそんな特殊ネーミングで呼ばせて悦に浸るような特殊性癖はありませんってーっ!!」

 

 

「「問答無用です(なんだよ)っ!」」

 

 

「不幸だーーっ!!」

 

 

こうして少年はまた再び散っていった。

 

 

 

 

 

パラレルスウィーツパーク

 

 

 

午後11時。

 

天草式の教皇代理の建宮斎字と以下本隊47名は特殊移動法<縮図巡礼>の特定ポイント『渦』へ集結していた。

 

と言っても、そこは神秘的な森や山の中ではない。

 

『パラレルスウィーツパーク』。

 

大手製菓メーカー4社が共同で建設した大規模な菓子専門のテーマパーク。

 

発電所ほどの広さの敷地に世界38カ国、75店舗の菓子店がある。

 

全体的にオリンピックのマークのようにいくつものドーナツ状の水路が重なり合い、水路の外側に屋台のような小さな、それでも確かな腕をもった菓子店を並べ、水路の内側には広場や各メーカーの展示館、イベントスペースがある構造になっている。

 

今の時期では残暑用企画の冷菓・氷菓子のキャンペーンを行なっているらしい。

 

伊能忠敬が設定した『渦』位置は固定されているが、街の開発状況は日々変化している。

 

他にも包囲網の中では2つあるが、両方ともアパートの一室や、銀行の大金庫という、移動手段には使えない場所に『渦』が重なってしまっているので使う事ができない。

 

すでに、『パラレルスウィーツパーク』の内部へと侵入していた天草式の面々は、早速<縮図巡礼>の為の準備を始める。

 

<縮図巡礼>の使用条件は午前0時体が、その前に準備を始めておくのが定石だ。

 

元々、使用できる時間はわずか5分間しかない。

 

条件が解除されてから準備を始めるのでは遅いのだ。

 

ちなみにその準備は午前0時ジャストに完了しなければいけないというルールはない。

 

それより前に終わらせてから、午前0時にスイッチを押しても発動する。

 

魔術の準備と言っても、怪しげな魔法陣を描いたり呪文を唱えたりはしない。

 

彼らは閉園後のテーマパークに忍び込んでいると言う事以外には、特におかしな挙動を取らない。

 

4,5人の青年が固まって世間話をしたり、ジャンクフードを袋から取り出してかぶりついたり、園内の案内の立て看板を指差して何か議論したり、立ち止まってガイドブックをパラパラとめくったりといった、ごくごく普通の動きしかしていない。

 

彼らの服装にしても、インデックスやステイルと比べたらかなり自然な方で、白いキャミソールにデニム地のハーフパンツを穿いた少女や、シャツを重ね着してぶかぶかの黒いズボンを穿いた少年、スーツの上着を脱いで腕に引っ掛けている女性などだ。

 

気になる点と言えば、せいぜい武具の輸送係として10名ほどがスポーツバックや弦楽器やサーフボードのケース、画板入れなどを手にしている所ぐらいか。

 

しかし、詳しい者なら分かるだろう。

 

彼らの服装や何気ない仕草には、もれなく計算された魔術的な意味が含まれている。

 

男女の性別、年齢の高低、衣服のカラーの組み合わせ。

 

4,5人で円を組む動作、世間話の内容、『食』という宗教的儀式、ハンバーガーの具材、色肉を食べるという術的意味、噛む回数、飲み込むタイミング、男女が歩く方角、立ち止まる位置、本を読む仕草、ページ数の数字を足した数の合計。

 

それらは全て『文字』や『記号』に分解され、蠢く人々の流れが1つの呪文や魔法陣を作り出す。

 

日常生活の中に僅かに残る宗教様式を拾い上げ、組み立て直す彼ら天草式の術式には『魔術を使った痕跡』が一切残らない。

 

それは幕府の厳しい弾圧から逃げ続けなければならなかった彼らの祖先の歴史が色濃く受け継がれている。

 

 

「教皇代理。<縮図巡礼>の準備が全て整いました」

 

 

建宮が捕まえた修道女、オルソラ=アクィナスを見降ろしていると、二重瞼がくっきりとしたショートカットの少女、五和が駆け寄る。

 

 

「さて」

 

 

建宮斎字は1人離れ、己の持つ剣を横に薙ぐ。

 

光の落ちた金属製の街灯が、斜めに裂けて転がった。

 

 

「お前さんに見せてやろうぞ、女教皇様(かんざきかおり)。多角宗教融合型十字教術式・天草式十字凄教の今の姿を」

 

 

軽く夜空を見上げ、静かに唱えた。

 

 

 

 

 

薄明座跡地

 

 

 

出発する少し前。

 

 

「ふぅ、今までの情報から推理しますと……このままだと、彼女に借りを作る羽目になるのでしょうかね」

 

 

天上の月を見上げながら、少女は1人愚痴る。

 

今この現状はもし少女の考え通りなら不味い。

 

いくら少女が天才だと言われようと1人では圧倒的な数の前では太刀打ちなどできはしない。

 

だから、事を収めるなら政治能力の高い人物の助けが必要なのだ。

 

幸いなことに、その能力を持った人物から手は差し伸べられている。

 

おそらく彼女側にも利益があるのだろう。

 

だが、彼女の手を借りるのはなるべく避けたい。

 

感情的にも、今後の為にも……

 

100%の善人なんてそうそういる訳ではないし、自分はまだ子供なのだ。

 

だから、解決できるというなら彼女の思い通りに事を進めても良い。

 

このまま消極的に、もしくはこっそり足を引っ張る行動をして、彼らを助けるという方法もあるが、それだと万が一の場合は非常に不味いし、根本的な解決にならない。

 

 

「全く、世の中は世知辛いですね」

 

 

とそこで、少女に1人の少年が近付いてきた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おーい、詩歌。そろそろ出発だぞ」

 

 

「当麻さん」

 

 

と、自分を捜してきた当麻に詩歌は笑みを深める。

 

昔、記憶を失う前、彼はよく自分が1人になると捜しに来てくれた。

 

学園都市に来たばかりの詩歌はあらゆるものに興味津津で、つい色んな所へふらふらと……それで、よく迷子になっていたがその度に当麻が見つけてくれた。

 

それが今も変わっていないと思うと心が温かくなる。

 

 

「?」

 

 

当麻の顔にどことなく悩みの色が浮かんでいる。

 

今まで多くの人と接してきたからか、詩歌は人の顔から、悩み、怒り、哀しみ、喜び、そして、企み、嘘などを察する事ができる。

 

特に、当麻に関しては見なくても話を聞いたり、近くにいるだけでわかる。

 

 

「当麻さん、何か悩みごとですか?」

 

 

そして、詩歌は当麻の目を真っ直ぐ見つめる。

 

もし彼に悩んでいる事があるなら、、力になってあげたい。

 

そう強く、誰よりも強く思っている。

 

 

「あ~、やっぱり詩歌には隠し事ができねぇか」

 

 

当麻は頭を掻き、少し悩んだ後、

 

 

「なあ……詩歌は天草式のヤツらをどう思う?」

 

 

「天草式ですか……」

 

 

当麻と詩歌は<御使堕し>の際、天草式十字凄教の元女教皇、神裂火織と協力し合い、彼女と天草式の過去をお節介なスパイ、土御門から聞いている。

 

『救われぬ者に救いの手を』……それが神裂の信念。

 

だから、彼女は自分の幸運のせいで犠牲になっていく仲間を助ける為に、天草式を抜けた。

 

 

「火織さんが守りたかった人達が、何故今回の事件を起こしたか……それについては情報が不足しています。火織さんの代わりの力を求める為に<法の書>という強大な力を手に入れようとしているのは否定できませんね」

 

 

と、そこで詩歌は少しだけ笑みに哀しげな色を浮かべ、

 

 

「私……火織さんの気持ち少しだけ分かります。もし、自分のせいで大切な者達がいなくなったりしたら……本当に悲しい」

 

 

詩歌と神裂は共に才能に恵まれ、天に愛されている。

 

違いというなら、『上条当麻』という愚直な兄が側にいたかいないか……

 

 

「例え話ですが……もし、私が当麻さんを守る為に遠くへ行ってしまったら―――」

 

 

その時、妹が薄れて消えてしまう幻想のように見えた。

 

その事にどうにもならない怒りと悲しみが腹の底から突き上げてくる。

 

 

「―――当麻さんは私の代わりを捜しますか?」

 

 

当麻の脳裏に、影を喪ったように悄然と作り笑いを浮かべながら去っていく詩歌の姿が映る。

 

力尽きて体も動かず、止めようと手を伸ばしても届かず、遠く、遠くへ行ってしまう……

 

そして、最後に彼女はこう言うのだ。

 

 

 

 

 

『大丈夫です。当麻さんは幸せになります。幸せにしてみせます。だから、私は大丈夫……』

 

 

 

 

 

「―――行くなッッ!!!」

 

 

「ッ!!?」

 

 

詩歌を抱きしめる。

 

彼女という幻想が自分の元から離れないように、どこへにも行かないように強く、強く、強く、強く、強く強く強く強く強く強く、力の限り強く抱きしめる。

 

 

「ちょ、当麻さん//// 例え話ですよ! 例え話! だから、落ち着いて―――」

 

 

その時、詩歌は気付く。

 

当麻が泣いている事に。

 

本当の涙を流している事に。

 

 

「……幸せになれなくても良い……どんなに不幸だって構わねぇ……だから、行かないでくれ、詩歌。お前の代わりなんてどこにもいない。世界のどこを捜してもお前の代わりなんているはずがない……どうしようもない……馬鹿で、弱くて、妹離れできねぇ、どうしようもなく格好悪いお兄ちゃんだけど、側にいてくれ……頼む……」

 

 

妹の前では決して泣かなかった兄が堪え切れなくなったように、目尻からひとすじ、ふたすじ、温かい雫を零れさす。

 

どういう訳だか分からないが、どうやら何か地雷を踏んでしまったらしい。

 

詩歌としては当麻の悩みを晴らす為に相談しようと思っていたのだが、これでは失敗。

 

しかし……

 

 

「全く、しょうがないお兄ちゃんですね。ホント」

 

 

当麻と詩歌は、愚者と賢者で、少年と少女で、落ちこぼれとエリートで、破壊と創生、と沢山違っているのに、やはり根っこの所で深く強く繋がっている似た者兄妹。

 

 

「ふふふ、じゃあ、当麻さんも私の事を絶対に置いていかないでください」

 

 

詩歌も当麻に応えるように全力で強く抱きしめる。

 

 

「ああ……あと、それから……例え、どんな事があろうと……絶対に人を殺さないでくれ」

 

 

「はあ!? ……ちょっと、本当に悪い夢でも見たんですか?」

 

 

「……頼む……約束してくれ……俺…強くなるから…絶対に詩歌を守るから……」

 

 

いきなりの発言に詩歌は少々困惑。

 

しかし、それでも当麻の震える声には彼の想いが込められていた。

 

だから、詩歌も真剣に応える。

 

 

「……分かりました。約束します。私は絶対に人を殺しません。……だから、当麻さんも殺さないでください……絶対に……例え、私の為でも殺さないでください」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

そこで、ようやく当麻の腕の力が緩む。

 

詩歌もそれに合わせるように力を緩め、

 

 

「それじゃあ、指切りしましょう」

 

 

自分の右手の小指を当麻の右手の小指に強引に絡ませる。

 

 

「指切りげんまん♪ 嘘ついたら♪ 針千本飲ーます♪ 指、切ったっ!!」

 

 

そして、詩歌は自信がついた。

 

そう答えを得たのだ。

 

さっきまでは情報不足で確信は持てなかったが、それでも当麻のおかげで信じようという気持ちになった。

 

大切なものに代わりなどない。

 

理論的ではなく感情的に………結局、上条詩歌は本能での答えを優先する。

 

 

「当麻さん、先ほどの質問なんですが……天草式の方達は力を求める為にオルソラさんを攫った訳ではないと思っています。だって、神裂火織さんが守ろうとした人達です。彼らにとっての神裂火織さんは代えようのない存在です。きっと……彼女を裏切る真似はしない。私はそう信じています」

 

 

ギュッと、右手の小指を左手で握りながら、詩歌は当麻に満開の花が咲いたように微笑みかけた。

 

 

 

 

 

パラレルスウィーツパーク附近

 

 

 

パラレルスウィーツパークから200m離れた百貨店の駐車場。

 

閉店時間を過ぎたテーマパークの電源は全て落とされている。

 

夜の闇に塗り潰された建物が不気味にそびえ立ち、子供向けに描かれたデザインは逆に気味悪く感じる。

 

当麻がパラレルスウィーツパークから目を離す。

 

百貨店の大きな駐車場には何十人という黒い修道女が集まっている。

 

これだけで一種異様な光景である。

 

そして、近くにはインデックスが、人差し指で掌に何かを書いている。

 

何らかのイメージトレーニングらしい。

 

やはり、当麻を魔術師同士の激突に巻き込みたくないようだった。

 

元々いたローマ正教の人員が大幅に削られた事で危険度が増したせいか、夕方よりもイライラしているように見えた。

 

一方で、ステイルはインデックスの少し後ろで、いつも通り煙草を吸っている。

 

が、内心では彼女を守る為に様々な案を練っているはずだ。

 

そして、詩歌はというと、すぐこの後に戦闘が始まるというのに笑っている。

 

 

「大丈夫です。皆で力を合わせれば何もかも万事解決です」

 

 

と、確信的で力強い言葉を口にする。

 

如何なる時であろうと彼女は先の事を考える。

 

先の……皆が笑っていられる光景を。

 

詩歌はその実現の為に力を振るう。

 

だからなのか、不思議と安心できる。

 

インデックスもステイルも、そして、当麻も余分な力が抜け、最高の状態(ベストコンディション)

 

そして、アニェーゼが厚底サンダルをパカパカ鳴らしながら当麻達の元へ近づいてくる。

 

シャワーだの毛布の中で寝惚け状態だのといった時は年相応に、どーん、と沈んでいた彼女だったが、今はもうそんな様子は見られない。

 

仕事で私情を忘れられるタイプのようだ。

 

初めて会った時の、緊張で足がふらつくような様子はもう見られない。

 

 

「例の『パラレルスウィーツパーク』で天草式の本隊を発見しました。ですあ、<法の書>とオルソラは確認できやしませんでした。まさかとは思うんですがこれが全て陽動である可能性があります。したがって他の部隊が辺り一帯に展開してる包囲網を解く事はせず、我々は今の人員でこのまま交戦に入っちまいます」

 

 

すでに決定した事柄を確認するように、アニェーゼは言う。

 

<法の書>は天草式の誰が保管しているのか。

 

本当に圏内にオルソラはいるのか。

 

そして、オルソラが人質にされた場合はどうするのか。

 

だから、包囲網を解かずに、『パラレルスウィーツパーク』から逃がしてしまった時に備える。

 

そして、オルソラに関しては向こうにとっても『<法の書>の解読に欠かせない重要人物』である為、盾にして、万が一死なせてしまっては計画が台無しになる。

 

天草式にとって今回の計画が失敗すれば、それは世界最大宗派ローマ正教への対抗手段を失うという事、つまり、組織の崩壊を意味する。

 

こちらとしても、天草式が破れかぶれになる前にオルソラを確保しなくてはならない。

 

この天秤の扱いは非常に難しい。

 

オルソラを見つける前に天草式を追い詰め過ぎれば、オルソラもろとも自滅する恐れがあるし、かと言って攻撃の手を緩めればオルソラを捜す余裕もない。

 

 

「そこで人員を分けちまいたいと思います。我々ローマ正教の8割の人員で構成する主力隊はオトリんなって、正面から天草式と激突します。その間にあなた達は遊撃隊の一つとして『パラレルスウィーツパーク』内を探索して、<法の書>とオルソラを確保しちまってください」

 

 

厚底サンダルをカツンと鳴らして、

 

 

「特殊移動法のタイムリミットである午前0時5分を過ぎても見つからないって場合は『いない』ものとしてみなしちまいます。あなた達は『パラレルスウィーツパーク』内から脱出しちまってください。一三騎士団が天草式を一気に無力化した後に、園内を捜索しちまいます」

 

 

今、包囲網を形成しているローマ正教一三騎士団は虎の子とも言える戦力を持っている。

 

もし彼らが動けば、あっという間に『パラレルスウィーツパーク』は蹂躙されるだろう。

 

つまり、リミットまでにオルソラを見つけられず、しかも園内に『いた』場合はそれだけ彼女の身に危険が迫る羽目になる。

 

『パラレルスウィーツパーク』の立地条件を考えれば、人捜しに向いていない環境というのはすぐに分かる。

 

何せ、園内に75もの店があるのだ。

 

当麻がごくりと唾を飲み込むと、インデックスが口を開いた。

 

 

「特殊移動法の『渦』もあるよ。あれを破壊しておかないとオルソラを連れて逃げられるかも。開いた『渦』自体はとうまかしいかがいれば対処できるんだけど、それだと午前0時に開くまで待たないといけないんだよ。午前0時より前に止めるためには、準備の為にアイテム類を壊せばいいんだけど、天草式の場合はカムフラージュされてて捜すのに苦労するかも」

 

 

「<法の書>とオルソラの捜索にポイントの破壊。割と窮屈なスケジュールになりそうだ」

 

 

ステイルが言いながら煙草を吐き捨て踏み潰す。

 

そして、詩歌も瞑目して頷く。

 

覚悟が決まったと判断したのか、アニェーゼは片手を挙げた。

 

背後にいた70人教のシスター達が一様に武器を担ぎ、冷たい金属音が夜に鳴り響く。

 

彼女達の武器は統一性がなく、剣や槍といった明確な武器から、銀の杖や巨大な十字架といった武器に使えなくもないもの、背丈ほどの直径のある巨大な歯車や松明など使い道の想像の出来ないものまで様々だ。

 

アニェーゼ自身も、シスターの一人から銀の杖を受け取っている。

 

 

「……許さねぇですよね」

 

 

アニェーゼ=サンクティスは銀の杖を担ぎながら、憎々しげな声を闇の先へと向ける。

 

 

「十字教ってな、本来皆を助ける目的で広めてったものなのに。それを逆手にとって、こんな事の為に力を使っちまうなんて。つまらない内容の為に暴力を振るっちまうから、それを止める為にさらにつまんねぇ暴力を振るわなくっちゃいけねぇんだって、どうしてそんな簡単な連鎖に気付けないんでしょうかね、彼らは」

 

 

「……、」

 

 

それは簡単な事で、一歩離れれば誰もが考え付くのだろうけど、当事者たちにとってはとても難しい問題だと当麻は思う。

 

もちろん、当麻だってアニェーゼの意見には大賛成だが。

 

 

「まぁこういう言い方は何ですけど……だから私は天草式に限らず、魔術師とか、ああいう人間があんまり好きじゃねぇんです。特に20世紀初頭に登場してきやがった近代西洋魔術結社なんざ、ほとんど十字教の屁理屈や裏技的な術式を並べた連中ですから……ヤツらは聖書を上から下までびっちり読み込んで、そこから矛盾や抜け穴を捜して甘い蜜をすする……恐るべきは“外敵”ならぬ忌むべき“内敵”ですよ」

 

 

十字教であるなら、卑怯な真似などしないで十字教のルールに従って大人しくしていろ。

 

少し十字教至上主義ではあるが、皆が守っているルールを無視する天草式を彼女は許せないようだった。

 

それを聞いた本職の『魔術師』、ステイル=マグネスはニヤニヤと笑ってアニェーゼの憤りを軽く聞き流し、インデックスはちょっと困った顔をしていた。

 

確かに、今の話は魔術師だらけの<必要悪の教会>の人間には耳が痛い話なのかもしれない。

 

 

(さっきとは全然違ぇな……女の子の表情ってこんなにも変わるモンなんだなぁ―――)

 

 

「―――痛っててててっ!?」

 

 

と、考え事していたら、いきなり頬を抓り上げられた。

 

横を見てみると、詩歌がジトーっとした目でこちらを見ている。

 

 

「ご主人様。女の子の顔を穴が開くように見つめるなんて、失礼ですよ。そんなに“娘”が良いんですか?」

 

 

「違ぇよっ! 当麻さんはそんなに罪深い性癖の持ち主じゃねーよ!」

 

 

当麻は必死に訴えるが詩歌の疑惑の目は変わらない。

 

方々からも冷ややかな視線が容赦なく心を突き刺す。

 

どうやら、このレッテルは呪われているので、しばらく取り外せないようだ。

 

 

「……一応、“念のため”に確認しますが、当麻さんは修道女(シスター)大好きなシスコンではなく、妹想いのシスコンですよね?」

 

 

「そんなの答えられるはずがねーだろ! 当麻さんは普通(ノーマル)。だいたいそういうのはプライバシーだ。胸に秘めるものであってだなぁ」

 

 

「だって……折角、メイド服着たのに。盛夏祭でもそうでしたが、何の感想がないんですもの。言葉にしなくても分かりますが、いくら詩歌さんでもちょっとくらいは言葉に………ごにょごにょ」

 

 

「あー……うん。メイド服着た詩歌も可愛いぞ。本当に……でも、当麻さんはシスコンかもしれないが、それはあくまで家族的なものであって………」

 

 

(はぁ……聞かれてから答えるのでは遅すぎですし、最後のも詩歌さん的に残念です。……でも、それで満足しちゃう詩歌さんも末期で残念です)

 

 

当麻が色々と褒めているような言い訳しているような何だかよく分からないことを小言で言う間、詩歌はそっぽを向き拗ねた風に唇を尖らせるも、すぐに長い、色々と苦労しているような吐息をそっと零す。

 

 

「………え、っとなんか呆れられているようだが、詩歌が可愛い、可愛いんです、可愛過ぎるのはお兄ちゃんが良く―――痛たたたっ!?!?」

 

 

「もう! 分かりましたから! これ以上は、もう許容オーバーです!」

 

 

思い切り抓ってから、火照った熱気を外へ出すようにもう一度長く吐息を零して、詩歌は当麻から手を離すと辺りをぐるりと見回す。

 

 

「しかし……本隊はこちらに割けないと仰っていましたが、一声かけただけでよくこれほどの人数が集まりましたね」

 

 

呆れたような感心したような声に、アニェーゼは笑った。

 

 

「数が多いのがウチの特権なんです。世界110ヶ国以上に仲間がいんですから。日本にだってたくさんの教会はありますし、今も『オルソラ教会』って新しい神の家を建設中なんですけど」

 

 

「ほう、『オルソラ教会』、ですか……そういえば、この近くに日本国内最大規模の教会が建設中だと聞きましたが、『オルソラ教会』とはこの事ですか?」

 

 

アニェーゼは少しだけ驚いたような顔をし、

 

 

「はい、そうです。よく知ってましたね。ええ、あの人は3ヶ国もの異教地で神の教えを広めたってな功績があって、自分の名前を冠する教会を建てる許可を特別にいただいたんで。上手な言葉を使う人だったでしょ」

 

 

言われてみればそんな気がするが、当麻の周りには日本語を流暢に使う外国人が多すぎてピンと来ない。

 

もちろん、日本語しか使えない当麻からすればありがたい事なのだが。

 

そして、詩歌は詩歌で『彼女のあのボケ……私もあれを見てさらに精進しようと気を引き締められました』と違う方向だが、感心していた。

 

 

「教会が完成したら招待状でも送りますんで。ですがその前に、目先の問題を片付けちまいましょう。後味良くて素敵な結末を迎えられますように」

 

 

「ふふふ、私もそうなる事を祈ってます」

 

 

そう言って、互いに不敵に笑い合うとアニェーゼはその手に持った銀の杖でバランスを取りながら両足の踵で地面を叩く。

 

すると、30cmもあった厚底が外れて厚底サンダルから普通の動きやすいサンダルとなった。

 

どうも修道服のファスナー同様、お好みに合わせて着脱可能な作りらしい。

 

が、

 

 

「………あの。動きやすいのは分かんだけどさ。だったら日頃から外しておけば」

 

 

「ご主人様……そのツッコミは減点です。自分の身長を気にしてる方もいるんですよ」

 

 

「ち、ちがいます。おしゃれなんです。自分的こだわりポイントなんです」

 

 

 

 

 

パラレルスウィーツパーク

 

 

 

午後11時20分。

 

『パラレルスウィーツパーク』の職員用出入り口に近い金網フェンスの辺りまで当麻、詩歌、インデックス、ステイルの4人はやってきた。

 

まだ戦場にも入ってないのに、当麻は静電気を帯びた空気のようなものをピリピリと肌に感じていた。

 

フェンスの向こうに広がる闇のどこから誰に覗かれているのか分からないのだ。

 

実際には園内の限られた場所に敵が潜んでいるだけなのだろうが、もうこの施設全体が巨大な敵の胃袋のように見えてしまう。

 

 

(こんな所に……)

 

 

女の子(オルソラ)が1人残されているのは、どれほどの苦痛なのだろうか。

 

まして、自分の周りを取り囲むのが剣や槍を取りそろえた数十人もの凶人達だとしたら。

 

くそ、と当麻は思う。

 

こんな事になるなら、やはり最初から無理してでもオルソラを学園都市へ入れておけば…と当麻は苦い思いに駆られる。

 

その思いを察したのか、

 

 

「過去を悔やんでもどうしようもないです。それに、あの時オルソラさんを学園都市に連れて行ったとしたら、最悪、学園都市内で戦争が起きたのかもしれませんよ」

 

 

そう言い、詩歌はステイルの方へ首を傾げる。

 

 

「ステイルさん。火織さんの動向が分かりますか?」

 

 

詩歌の問い掛けにステイルは少しだけ黙り、

 

 

「実はローマ正教には伝えていない情報が1つある」

 

 

『やはり……』と、詩歌は呟く。

 

 

「事件発生直後にイギリス国内にいたはずの神裂火織が消えた。おそらくかつての部下……いや、仲間を思っての行動だろう。天草式に決定的なダメージを与えようとすれば、あの<聖人>が襲ってくるかもしれない」

 

 

当麻は驚きと緊張で喉が干からびるかと思った。

 

神裂は<天使>を足止めできるほどの次元の違う魔術師だ。

 

直接戦闘している所を見た事はないが、敵に回せばどれほど危険な相手かは想像に難くない。

 

 

「まあ、アニェーゼさんの作戦のおかげで火織さんが出てくるような事態にはならないでしょう。それでも出てくるようなら―――私がお相手をします」

 

 

その発言に3人の視線が集中する。

 

ステイルはとにかく、詩歌の実力を知っている当麻とインデックスさえ<聖人>の神裂と対峙するのは無理だと予想した。

 

 

「しいか、いくら何でもそれは無茶なんだよ!」

 

 

だが、それでも、詩歌は不敵に微笑んで、

 

 

「大丈夫ですよ。火織さんの力は以前見させてもらいました。私だって、何の考えなしにそんな事を言ったのではありません。それに、火織さんの性格からすれば、命まで奪われる事はないでしょうね。まあ、その前に私が火織さんを倒してしまうかもしれませんが」

 

 

と、これ以上この議論をしても時間がない為、話を先に進める。

 

 

「とりあえず、私達は『オルソラ=アクィナスの救出だけ』に集中しましょう」

 

 

30分以内に『ポイントの破壊』、『<法の書>の探索』、『オルソラの救出』。

 

それを全部こなすのは不可能だと判断したのだろう。

 

詩歌は『オルソラの救出』に力を入れようと提案してきた。

 

 

(……ん? オルソラの救出だけ? ……なんか引っ掛かるような言い方だが……)

 

 

「ああ、そうだな。詩歌の案に賛成だ」

 

 

「僕は別に構わないさ。解読者がいなければ<法の書>は宝の持ち腐れだ。<法の書>の知識自体はその子の頭の中に入っているんだし、<原典>にも興味はない。それに<法の書>の持ち主はローマ正教なんだから紛失してもイギリス清教はどこも痛まない」

 

 

「私もそれでいいと思うよ。ただでさえ人数が少ないんだからみんなでまとまらないとね」

 

 

当麻だけでなく、インデックスやステイル、イギリス清教の魔術師たちは特に悩みもしないで答えてくれた。

 

おそらくプロとしての事情もあるのに、詩歌の頼みを聞いてくれたのだろう。

 

だが、しかし、

 

 

「それから、オルソラさんを救出した後、私が来るまで『絶対にローマ正教へ引き渡さないでください』」

 

 

「「「え!?」」」

 

 

 

つづく


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