とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想御手編 シンデレラ

幻想御手編 シンデレラ

 

 

 

シンデレラ

 

 

 

親元を離れ、この街に1人の少女がやってきた。

 

彼女はこの街の『舞踏会』に憧れを抱く。

 

いつかはその『舞踏会』に参加できる『お姫様』になろうと彼女は夢を見ていた。

 

でも、そのためにはこの城を囲む壁を乗り越えなければならない。

 

必死に、必死に、手を伸ばす。

 

だが、その手は届かない。

 

何度も手を伸ばすが届かない。

 

そんなある日、1人の『魔法使い』が彼女の前に現れた。

 

その『魔法使い』は『灰被り』の少女に『ガラスの靴』を与えた。

 

そう自分を『お姫様』にしてくれる『ガラスの靴』を。

 

『灰被り』だった少女は『魔法使い』がくれた『ガラスの靴』を履き、『お姫様』となって生まれて初めて『舞踏会』の世界へ。

 

まさに別世界。

 

何もかもが刺激的で、満ち足りた世界。

 

だが、魔法は時間が過ぎれば消えてしまう。

 

でも、

 

 

『ふふふ、1人前になるまでは、また付き合ってあげますよ』

 

 

よかった。

 

まだ、あたしは『お姫様』になれる。

 

 

『ああ、今度はお友達も連れてきても構いませんよ』

 

 

やった。

 

これであたしと同じ『灰被り』も『お姫様』に――――

 

と、その時、少女はふと気付いた。

 

 

『あ、1人だけだよね――――』

 

 

『ガラスの靴』は1人分しかない事に。

 

 

 

 

 

風紀委員第177支部

 

 

 

ごくごく普通のコンクリートの四角い校舎。

 

その指紋、静脈、指先の微振動パターンを調べる厳重なロックの先にある関係者以外は立ち入り禁止の一室。

 

そこが、白井黒子と初春飾利が所属する<風紀委員>の第177支部。

 

しかし、今この部屋にいるのは彼女達2人しかいない。

 

本来は、彼女達の先輩である固法美偉などがいるのだが、

 

 

『コラ、そこの赤いバイク! 陽菜でしょ! アンタ制限速度ってもんを―――』

 

 

『うげっ!? 美偉の姉御だ。面倒だし、とっととズラかろ』

 

 

と、彼女達は昨夜の大規模停電のせいで現在使用不可の道路信号の代わりに交通整理に出払っている。

 

 

「ダウンロードできたみたいですわね」

 

 

「これを聴くだけでレベルアップができるらしいですね」

 

 

あれから2人は詩歌の指示に従って、<風紀委員>の権限を生かした<幻想御手>の調査を行っていた。

 

初春飾利は情報処理の一点突破で<風紀委員>の試験を突破した猛者。

 

おそらく、彼女にパソコンを使わせたら右に出るものはそういないだろう。

 

初春はキーボードを弾きながら、何気ない口調で、

 

 

「ちなみに、業者に連絡して、ここを閉鎖するまでのダウンロード数は5000件を超えてますね」

 

 

「げ」

 

 

あまりの多さに黒子は思わず辟易する。

 

 

「全員が全員使用したわけではないと思いますが、ダウンロードできなくなってからは、詩歌さんが言っていた通りに金銭で売買する人が増えているみたいです。直接取引だったり、振込だったり…」

 

 

「広まるのは完全に止める事は無理…か。その取引場所はわかりますの?」

 

 

「ちょっと待って下さい……はい時間と場所です」

 

 

と、初春はキーボードを弾き、必要な情報をまとめ、備え付けられたプリンターから印刷。

 

そして、黒子に出来立ての大量のレポート用紙を渡す。

 

 

「って、こんなにっ!?」

 

 

「でも、できる限り拡大を止め、危険性を証明する、これは詩歌さんに頼まれていることですしね」

 

 

「仕方ない。一つ一つ回っていきますか…面倒ですわね。初春は木山先生の見解をお願いします」

 

 

黒子はこの多さに少し辟易しながらも、1枚目のレポート用紙を暗記し、カバンに入れる。

 

 

「あ、はい」

 

 

そうして、いつも通り後方支援は初春に任せ、黒子は支部を飛び出した。

 

 

(お姉様…お姉様がいるなら大丈夫だと思いますけど、無事でいてくださいの)

 

 

 

 

 

棚川中学附近の公園

 

 

 

ここは佐天涙子と初春飾利が在籍する中学校の近くにある公園。

 

停電騒ぎのせいで夏の熱さにやられる者が多く、この公園のように太陽の日差しが降り注ぐ場所にはあまり人が近寄らない。

 

しかし、ここに、

 

 

「ここにいるの? 佐天さんのお友達は」

 

 

「はい。最近、ここで能力の特訓をしているそうです」

 

 

美琴と佐天の2人は<幻想御手>を使用している佐天のお友達の保護及び<幻想御手>の譲渡を説得しにその友達がいるという公園にやってきた。

 

公園の入り口で、ふと、佐天は立ち止まる。

 

美琴もそれに気付き、足を止め、

 

 

「御坂さん、頼みたい事があるんですがいいですか?」

 

 

佐天は真剣な表情で美琴の目を見る。

 

そこにいつものようにおちゃらけた雰囲気はない。

 

 

「何? 佐天さん」

 

 

「あたしに…あたしだけに説得を任してくれませんか? 御坂さんには隠れて見ているだけにして…」

 

 

「えっ」

 

 

「詩歌さんが言っていたみたいに、もしアケミが逆上したら怪我をするかもしれません。その逆上を防ぐために、圧倒的に格上の相手、Level5の御坂さんが近くにいればその心配はなくなると思います」

 

 

そこで佐天は一拍呼吸を置く。

 

 

「あたし、わかるんです。どんなに努力しても手に入らなかった力が簡単に手に入れられる物があるなら、どんなに非難されようと没収されたくない。もし、取り上げようとするなら、たぶん攻撃もしちゃうと思います。だから、アケミも攻撃をしてくると思います…」

 

 

佐天は言いきった後、すぐに腰を90度に曲げ、頭を下げる。

 

 

「でも! あたしは、そんなふうに友達を力で脅したくないんです! お願いします、御坂さん。御坂さんは手を出さないで貰えますか」

 

 

美琴はその意思のこもった言葉を聞き、やれやれと溜息をつく。

 

 

「わかったわ、佐天さん。私は後ろで隠れて見てるわね。でも、危なくなったらすぐに飛び出すから…」

 

 

「ありがとうございます、御坂さん」

 

 

佐天は嬉しそうに顔を上げる。

 

 

(たぶん、詩歌さんはこうなることを予測していたのね…だから、あのとき私に、もう一度お願いするように頼んだんだわ)

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。この前の特訓で、詩歌さんからLevel1~2になったって言われてたんですから」

 

 

そして、2人は公園の中へと入った。

 

 

(詩歌さんは大丈夫かな?)

 

 

 

 

 

病院 患者達の病室

 

 

 

ここは先ほどの水穂機構病院とは別の病院。

 

評判も良く、患者の数はかなり多く、病院内には毎日学生達を見かける。

 

何せ、ここには世界最高の医者が勤めている。

 

彼は、治療技術だけでなく医療技術も極めているだけでなく、誰であっても平等で差別はせず、患者を救うためならどんな事も厭わない信念を持っており、彼はその信念を今も一度も折れた事なく真っ直ぐ貫き続けている。

 

 

「この人でこの病院にいる患者は最後ですね」

 

 

あれから上条詩歌はこの病院に来て、病院の許可を得て、患者達に触れ、<幻想投影>で患者の能力の解析をしていた。

 

幸い、ここの医者の1人、冥土返しは昔、よく兄である当麻が怪我をするたびにお世話になっていたので顔馴染である。

 

さらに、自身の能力について相談に乗ってもらった相手でもあり、詩歌にとっては、常盤台の寮長に並ぶほど、学園都市で敬意を払っている相手である。

 

彼の方も詩歌の事を気に入っており、市場では出回らない彼が監修した治療セットを与え、その扱いも手解きした。

 

そのため、患者に触れるという行為も許可をもらえる事ができた。

 

 

「これは、一体……」

 

 

最後の患者から手を放し、その手をそのまま顎に添える。

 

微笑んではいるが、その目には険しい色が浮かんでいる。

 

 

「何かわかったかい?」

 

 

詩歌の後ろからカエル顔の医者、冥土返しが現れた。

 

彼は詩歌から<幻想御手>の事を聞いており、そして、今も眠る患者達のためにも詩歌に協力している。

 

 

「はい、先生。私の能力で解析してみたところ、患者達のAIM拡散力場―――脳波に共通する部分があります。普通このような事は、同系統の能力者にしか起こり得ない事なんですが……これは<幻想御手>が関連している事なんでしょうか?」

 

 

「そうかもしれないね? 人間の脳波は活動によって揺らぐんだね? それを<学習装置>等で無理に正せば……まあ、人体の活動に大きな影響が出るだろうね?」

 

 

「でも、誰が一体何のために……」

 

 

困り果てた詩歌に冥土返しは、

 

 

「僕は職業柄、色々と新しいセキュリティを構築していてね? その中の1つに人間の脳波をキーにするロックがあるんだね? それに登録されている人物を探せば見つかるかもしれないね?」

 

 

これは越権行為なのかもしれないが、彼は患者のためなら躊躇わない。

 

それに彼にとって幼い頃から面倒を見てきた詩歌は娘や孫のような存在だ。

 

 

「ありがとうございます、先生」

 

 

詩歌は頭を下げて冥土返しにお礼を言う。

 

 

「僕が調べておくからね? 君は休んでいなさいね? 君の能力は確かにすごいけど、その分負担も大きいからね?」

 

 

冥土返しの言うとおり、詩歌の能力、<幻想投影>はどんな力も複製・解析・使用ができるが、その分負担も大きく、学園都市に来て間もない頃は、限界がわからず、しょっちゅう気を失い、彼の世話になっていた。

 

 

「ご心配ありがとうございます、先生。でも大丈夫です。あれから成長してますし、自分の限界もわかってます」

 

 

「そうかい? でも、君はお兄さんと同じでよく無茶をするからね?」

 

 

そう言われて、うっ、と言葉が詰まる。

 

当麻も事件体質ではあるが、詩歌もそれに負けず劣らずの事件体質だ。

 

不器用な当麻とは違い、器用である詩歌も当麻と同じように不器用な選択肢をよく選ぶ。

 

兄妹よく似ていると言うべきか。

 

それ故、詩歌も彼にはよくお世話になっている。

 

 

「はい。それではお言葉に甘えて少し休憩したいと思います」

 

 

「それが良いと思うね? そこのベットを使ってもいいからね?」

 

 

そうして、冥土返しが去った後、詩歌はすぐさまベットで横になった。

 

 

(ふぅ~、実はそろそろ限界だったんです。あんなに能力を使ったのは久しぶりでしたしね。これはしばらく休ませてもらいますかね)

 

 

そして、詩歌は結果が出るまで病室で仮眠をとることにした。

 

 

(佐天さんは無事説得が成功できるかしら……少し、心配ですね)

 

 

 

 

 

棚川中学附近の公園

 

 

 

「おーい、アケミ、むーちゃん、マコチン」

 

 

「おっ、この前見事Level1になったルイコじゃん。こんなところに何の用だ?」

 

 

佐天が公園に入り、アケミが最近能力開発をしているところに行くとそこにはアケミの他に2人の友達がいた。

 

彼女達もアケミと同じLevel0だ。

 

どうやら、アケミは2人にも<幻想御手>を使わせるらしい。

 

このままでは、2人も危ない。

 

佐天は一刻も早く彼女達を説得するため前に出た。

 

そして、美琴は30mくらい離れた木の後ろで様子を窺っている。

 

 

「ルイコ、見てみろよ。ほら、私、紙コップを持ち上げんのがやっとだったのに」

 

 

どうやら、アケミは<念動能力>の能力者として開花しているようだ。

 

嬉々として、2人の友達を宙へと浮かばせている。

 

 

「え~と、さぁ……あのぉ~……」

 

 

わかる……

 

詩歌さん、白井さんや御坂さんに比べたらささやかな力だけど。

 

他人から見れば何という事もない力だけど。

 

本来なら苦労して身に付けなければならないものだけど。

 

それでも、能力者になったんだ!

 

欠陥品と呼ばれる自分達が、努力では決して超えられない壁を乗り越えたんだ!

 

その喜びようは計り知れないはず……

 

あたしも詩歌さんに目覚めさせてもらったとき、物凄く嬉しかった……

 

でも、守るためにもその力の源である<幻想御手>をアケミから取り上げないといけない……

 

佐天は意を決し、アケミに話しかける。

 

 

「あ、あのさぁ! その<幻想御手>を、こっちへと渡してくれないかな、アケミ」

 

 

「ん? 大丈夫だよ、心配しなくてもちゃんとルイコにも使わせてあげるからさ。あ、でも、マコチンとむーちゃんのあとだからね」

 

 

2人の方が先だからね、とアケミは佐天が自分も<幻想御手>を使いたいと勘違いしているようだ。

 

急激な『能力開発』は危険。

 

研究者である木山もそう言っているし、『能力開発』を受ける際、詩歌はいつも佐天にそう忠告している。

 

佐天も調子に乗って、一度限界まで使った事があったが、その時激しい頭痛に襲われた(その際、詩歌に相当怒られた)。

 

しかもその<幻想御手>は得体が知れない。

 

何の理由でネット上に配布されたかは分からない。

 

こうやって植物人間を増やすのが目的なのか。

 

もしそうだとするなら、その悪意が友達に―――

 

駄目だ。

 

早く止めなきゃ。

 

 

『力というのは簡単に人を変えますからね。良いようにも悪いようにも。だから、<幻想御手>を手に入れるまでは、その危険性を教えないでください。こちらが手にしてから、相手を落ち着けさせ、ゆっくりと事情を説明しましょう。―――じゃないと、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれません』

 

 

その焦りが佐天の口を滑らせる。

 

 

「違うの! その<幻想御手>は、とても危険な代物なの! 使用者はみんな植物人間になってしまうの!」

 

 

佐天の突然の訴えに場は鎮まる。

 

それでも佐天の口は止まらない。

 

 

「今は何でもないように使えているけど、急に意識を失って倒れたりしてしまう。……実際、大勢の人が<幻想御手>を使ったせいで、今、病院で入院している。……そんな危険な代物なんだよ、アケミ!」

 

 

きょとん、と必死に訴える佐天の顔に視線を集中させていたが、しばらくして、

 

 

「はあ、何を言っているんだ? ルイコ。そんな人、私達の近くにはいなかったし、もし、そんなに大事になっているなら<風紀委員>や<警備員>から何か言ってくるはずじゃん」

 

 

<風紀委員>は混乱が起きることを避けるため、<幻想御手>の使用者が意識不明になるという事は公表をしておらず、一般人は誰も知らない情報である。

 

なので、なにも知らないアケミは佐天の訴えも冗談の一種だと受け取ったようだ。

 

 

「もしそれが事実だとしてもさぁ、私は気絶しないかもしれないじゃん。折角、能力を手に入れたんだから、いくらルイコの頼みだって、それは聞けないな」

 

 

自分の都合の良いように、情報を変える。

 

<幻想御手>は得体の知れないものではなく、Levelを上げる魔法の道具。

 

佐天の言う事は警告ではなく、冗談。

 

 

「お願い――――」

 

 

佐天はそれでも友人に向かって頭を下げる―――が、

 

 

「やだ!!」

 

 

アケミは佐天の訴えを明確に拒絶した。

 

 

「絶対にやだ! いやだよ、だってこれのおかげで私、能力者になれたんだよ! ルイコだって、この前まで無能力者だったから、わかるでしょ! 私の気持ちが!」

 

 

「わかる、うんわかるよ、その気持ち…何やっても駄目で、能力が目覚めないその気持ち、本当によくわかる。あたしだって能力が目覚めたのはとっても運が良かった事なんだって思ってる。……でも、それは危険なの。だから――――」

 

 

「だから、いやだっていってんだろ!!」

 

 

ビュオッ、と。

 

アケミは叫ぶと佐天の身体を宙に浮かし吹っ飛ばした。

 

目覚めたばかりなのにもかかわらず、その力は本人の感情に呼応して力が増している。

 

 

「キャッ!?」

 

 

佐天は10mほど吹っ飛ばされてしまい、擦り傷を負う。

 

その様子を木陰から、

 

 

(ッ!? 交渉決裂ね、今すぐ彼女を止めないと)

 

 

美琴は佐天の説得が失敗して、相手が逆上したためすぐに飛び出そうとする。

 

詩歌が美琴に頼んだ事。

 

それは佐天が本格的に友達と喧嘩をする前に止める事だ。

 

もし後に彼女達が真実を知っても、大怪我を負わせてしまっては彼女達の人間関係に罅が入るのかもしれない。

 

だから、そうなる前に止める。

 

美琴が圧倒的な力を振るえば彼女達も頭を冷やすだろう。

 

それでも抵抗するなら、悪役になるかもしれないが強引に事を収める。

 

だから、姉は自分にもう一度頼んだのだろう。

 

辛い目に合わせるかもしれないお願いだから。

 

しかし、

 

 

「来ないでください! まだ、あたしの説得は終わっていません!!」

 

 

佐天はすぐに立ち上がり、後ろにいる美琴に訴えかける。

 

佐天の美琴に対する訴えに足を止めてしまう。

 

 

「力で押さえつけるようなやり方では駄目なんです。……お願いだから……あたしに任せてください!」

 

 

美琴は数瞬、迷う。

 

そして、数歩下がる。

 

とりあえず、まだ見守る。

 

でも、もう一度攻撃されたらすぐに飛び出す。

 

その意思を籠めて、美琴は佐天へ視線を送る。

 

 

「ありがとう、御坂さん……」

 

 

美琴が出る気配が無くなったことを感じたのか、佐天は美琴が自分の訴えを聞いてくれたと思い、礼を言う。

 

 

「急に何を言っているんだよ、ルイコ」

 

 

美琴がこの場にいることを知らない彼女は、いきなりの佐天の訴えがなにを意味するのかがよくわからない。

 

だから、彼女は自分の都合の良い幻想で―――

 

 

「あ、わかった。わかったよ、ルイコ。……ルイコは私の持っている<幻想御手>を奪いに来たんだ。実は近くに誰かいるんでしょ! 嘘情報で私から<幻想御手>を奪おうとして、もし駄目なら隠れている仲間が襲いかかって、強引に奪おうとするんでしょ! で

も、甘いよ、ルイコ!」

 

 

アケミは先ほどの佐天の訴えから、佐天が<幻想御手>を奪おうとしているのだと勘違いし、さらに、使用者は倒れてしまうという情報も自分を騙す偽情報だと思い込んでしまったようだ。

 

そして、アケミは裏切られたと、感情のまま佐天を宙に浮かせ、絞めつける。

 

 

「うっ……!?」

 

 

他の2人の友達は急な出来事に何をしたらいいかがわからず、どちらの味方になる事が出来ないでいた。

 

 

「こうして、ルイコを人質にとれば仲間も迂闊には手を出せないでしょ!?」

 

 

もうすでにアケミの目には正気の色がなかった。

 

力は人を変えさせる。

 

良いようにも……悪いようにも……

 

美琴はその様子を見てすぐに佐天を助けよう後ろから飛び出した。

 

 

「そこまでよ! 今すぐ佐天さんを解放させなさい!」

 

 

美琴は電撃を周囲に発生させ、アケミを脅す。

 

しかしそれでも、

 

 

「御坂さん! あたしは大丈夫です! だから、御坂さんは何もしないでください!」

 

 

佐天はこんな状況になろうとまだ説得をあきらめてはいなかった。

 

 

「でもッ」

 

 

「……あたしが悪いんです。こうなったのはあたしが嘘をついたから……」

 

 

佐天には罪悪感があった。

 

それはどうやって能力が開花したのかを友達に教えなかった事だ。

 

上条詩歌の『能力開発』。

 

魔法使いのように自分を能力者(シンデレラ)にしてくれた。

 

彼女は<幻想投影>を教えなければ、友達も紹介しても構わないと言っていた。

 

佐天はすぐにこの事を友人達に教えようとした―――が、迷った。

 

上条詩歌は1人。

 

そう、ガラスの靴は1人分だけ。

 

そして、彼女はいつも忙しそうだ。

 

いつも誰かを助けたり、自身を高めたり、そして、佐天にしたように手を差し伸べる。

 

自分のために都合の良い時間など簡単には作れない。

 

実際、今日まで取れた時間は1日1時間で2日取れたから2時間程度。

 

だから………

 

 

 

もし、アケミたちも呼んでしまったら、この幸せの時間は減ってしまうのではないか。

 

 

 

アケミに、むーちゃんに、マコチン―――彼女達を入れたら時間は1/4。

 

いや、自分は経験者だからその分時間はもっと減るかも。

 

まだ満足に1人では能力を使えないのに……

 

忙しい詩歌にこれ以上無理を言う事は出来ない。

 

だから、佐天は言えなかった。

 

魔法使いの力でお姫様になった灰被り(シンデレラ)はガラスの靴を履いてもっと踊っていたかったから。

 

もう少し待とうと、ガラスの靴がなくても1人で踊れるくらいにLevelがもう少し高くなってから誘ってみよう。

 

詩歌には友達は都合が合わなかった、と言った………誘ってなかったのに。

 

その自分の迷いがこの事態を招いてしまったのなら、

 

 

「アケミは私の友達なんです! だから、あたしが…あたしが―――御坂さんや詩歌さんみたいにけりをつけます。……友達であるあたしの手じゃなきゃ駄目なんです!」

 

 

「うッ」

 

 

美琴は再び踏み止まった。

 

その様子を見ていたアケミはますます訳がわからなくなり、混乱してしまう。

 

 

「もう意味がわからないよッ!! あれ、何で!? ……力がだんだん制御が効かなくなって!?」

 

 

あまりの混乱に暴走状態になってしまったのか、アケミはとうとう佐天を締め上げようとする。

 

このままいけば佐天は大怪我を負ってしまうかもしれない。

 

しかし、それでも佐天はあきらめない。

 

 

(あの頃のあたしじゃない。ほんの些細な力だけど、あたしの手には力がある。だから、あのときの詩歌さんみたいに……)

 

 

佐天は詩歌との『能力開発』の事を思い出す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『はい、今日はここまでにしましょう、佐天さん』

 

 

詩歌の終了の合図に宙を飛んでいた佐天は詩歌の元に戻ってきた。

 

詩歌は降りてきた佐天に詩歌特製の栄養ドリンクを渡す。

 

 

『ん~、おいしい! いつもありがとうございます、詩歌先生。この前の先生の前でちょっと“これ”を見せたらすっごく褒められたんですよ! 早く、お父さんやお母さん。それに弟にも見せてやりたいです』

 

 

佐天は詩歌に近況報告をし、礼を言う。

 

あの連続虚空爆破事件から佐天はお互いの都合がいい時間にこうして詩歌に能力開発に協力してもらっていた。

 

 

『ふふふ、よかったですね。今の佐天さんは<空力使い(エアロハンド)>ベースに、<風力使い(エアロシューター)>が少し混ざっている能力で、強度としてはLevel2に近づいてきています。これは予想以上に早いですね。佐天さんは飲み込みが早いです』

 

 

『え、本当ですか? やったぁ!!』

 

 

佐天は詩歌からの評価に思わず飛び上がる。

 

 

『この調子でいけば、すぐにあたしも高位能力者に……!!』

 

 

『甘いですよ、佐天さん。すぐに無能力者から高位能力者になれるわけがありません。美琴さんでも高位能力者になるまで1年近く時間が掛かったんですから』

 

 

佐天が調子に乗ろうとしたのをすかさず、詩歌は釘を刺す。

 

 

『うぇ~、1年も~』

 

 

佐天は気の遠くなる時間に思わず辟易する。

 

良し……こうなったら、あたし一人で…――――

 

 

『あんまり急ぎ過ぎるとこの前みたいに倒れてしまいますよ、佐天さん。だから、『能力開発』をあまりしすぎないようにしてください』

 

 

詩歌は佐天が無茶をしようとするのを見抜いたのだろうか、刺した釘をトンカチで叩きつける。

 

 

『ゆっくりでいいんです。力は着実についてきてるんですから』

 

 

『は~い、わかりました。特訓は詩歌先生とやるようにします』

 

 

『ふふふ、よろしい』

 

 

詩歌は素直に言う事を聞く佐天に笑みを浮かべる。

 

 

『あ~あ、早くあのときの詩歌さんみたいにピンチを拳一つで切り抜けるようになりたかったんだけどなぁ~。詩歌さん、何かコツってありますか?』

 

 

佐天は、人質として捕らわれたとき拳一つで解決したときのことを思い出していた。

 

あの時、詩歌は拳からの一撃であのエリート校の長点上機学園の学生を倒した。

 

その学生は今ではあの時の恐怖がトラウマとして染みついてしまったのか、女性に近づく事が出来なくなってしまったらしいが、佐天にとったらそれは憧れだ。

 

 

『そうですねぇ。……色々とコツはあるんですけど、絶対に必要なものは1つですね』

 

 

『え、それはなんですか!?』

 

 

『それはね――――勇気です』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あの頃の幸せなお姫様の時間は終わった。

 

だが、時間は過ぎてもシンデレラにはガラスの靴が片方残されている。

 

そう佐天には、詩歌から教わった大切な事がその胸に刻まれている。

 

 

(そうだ。勇気があれば、あの時の詩歌さんみたいに……)

 

 

佐天は片手に自身の力を集中させる。

 

 

(今の私には一発しか放てない。……でも、絶対に外さない。外すもんか!)

 

 

佐天は<念動能力>による締め付けに逆らい、拳を作り、振り上げ、

 

そして、ちっぽけな勇気を籠めて―――

 

 

 

「その……―――幻想をぶち殺す!」

 

 

 

あの時の詩歌の掛け声――――彼女の愚兄の掛け声を叫び、拳を思いっきり突きつけた。

 

 

ビュオ―――ッ!!

 

 

風を切り、空を裂く、不可視の弾丸。

 

繰り出された拳から、佐天が自分の手で大気を掴み、固めた空気の塊に付けられた噴出点の推進力で飛び出し、アケミの胸に直撃。

 

そして、その胸にある<幻想御手>がはいった音楽プレーヤーを破壊。

 

でも、<念動能力>による拘束がとれたのか、佐天は宙から落下してしまう。

 

 

「痛たたたぁ……」

 

 

打ちつけられた腰を叩きながら、壊れた音楽プレーヤー―――友達に害をなす大元を破壊できた事を確認し、にかっと笑う。

 

どうやら、成功したみたいだ。

 

 

「佐天さん! 大丈夫!?」

 

 

美琴は慌てて佐天の元に駆けつける。

 

彼女は最後まで自分の意を酌んでくれて自由にやらせてくれた。

 

 

「御坂さん、大丈夫ですよ。……それから、見守ってくれて、ありがとうございます。おかげで勇気が出ました」

 

 

「私は見ていただけで何もしてないわよ。佐天さんが自分一人の力で切り開いたんだから」

 

 

「それでも、ありがとうございます。……ほら、あたし、詩歌さんみたいに拳一つで見事解決できたんですよ」

 

 

佐天が自分の願いを聞いて見守ってくれた美琴にお礼を言っていると、佐天の一撃を喰らい、倒されたアケミが立ち上がる。

 

 

「ルイコ……疑ったりしてごめんね。それにルイコに攻撃するなんて……もし、ルイコが<幻想御手>を壊してくれなかったら取り返しのつかない事をしていたかもしれない……」

 

 

「いいよ、気にしなくて。だって、あたし達、友達じゃん」

 

 

詩歌や美琴と比べればまだまだなのかもしれないが、友達を助ける事が出来たのだ。

 

この幸せを友達にも分けてあげたい。

 

だから、今度こそ――――

 

 

「そっかぁ……ありがとぉ、ル、イ……――――」

 

 

しかし、その勇気を出す前に、

 

 

トサッ、と。

 

事態が解決したかに見えたそのとき、アケミは急にふらつき倒れてしまった。

 

 

「アケミーーーッ!!」

 

 

 

 

 

AIM解析研究所

 

 

 

「ここにいるようですね」

 

 

詩歌はあの後、冥土返しが患者達の共通する脳波を持つ人物を特定してくれ、その人物がいると思われるこのAIM解析研究所へとやって来ていた。

 

 

「……木山さんは一体何故こんな事を」

 

 

冥土返しから提示された人物は―――木山春生。

 

しかも、木山は『音楽を使用した脳への干渉』や他にも数多くの『共感覚性』に関わる論文を出している。

 

犯人である可能性が非常に高い。

 

だが、彼女が病院で見せたあの患者を思いやる表情は本物だ(病んでる間もちゃんと話は聞いていたようです)。

 

彼女はそう自身の企み事に他人を巻き込む事を良しと言う性質ではないはずなのに……

 

詩歌はその答えを聞くために、その人物のいる部屋の前までやってきた。

 

そして、深呼吸をしてから、

 

 

「先ほど、電話した詩歌です」

 

 

「ああ、入りたまえ」

 

 

ドアをノックし、声をかけると返事はすぐに返ってきた。

 

詩歌は<幻想御手>についての研究者としての見解が聞きたいと木山に急ではあるが予め約束を取り付けており、木山のいる研究室へと足を踏み入れた。

 

 

「さて、何の用だね? <幻想御手>について聞きたい事があると言ってたが」

 

 

木山が訊いてくる。

 

詩歌はそれに余裕をもった笑みで答える。

 

 

「ええ、<幻想御手>については大凡の事が分かりました。あと分からない事と言えば―――この事を仕出かした犯人の動機だけでしょうか?」

 

 

「ほう……それで?」

 

 

「ここはストレートに行きましょう。木山さん、自首してください」

 

 

詩歌は木山に自首を促した。

 

 

「なぜ、私が犯人だと……?」

 

 

木山は特に動揺したりせず、詩歌に理由を促す。

 

どことなく愉快そうな表情が浮かんでいる。

 

そう教師が教え子と答え合わせをする時のように。

 

 

「患者達が倒れたのは脳波のズレが原因です。<幻想御手>は使用者の能力を引き上げるものではなく、ある人物と共通の脳波に塗り替える<学習装置>。能力の向上も共通した脳波で作られた患者達のネットワークによる副産物。一体化する事で能力の処理能力を向上させたのでしょう。そして……」

 

 

少し躊躇うように間を置いた後、

 

 

「あなたの脳波が患者達の脳波と一致していることがわかりました。この事は、もう<警備員>に連絡してあります。あと30分もしないうちにここにやってくるでしょう」

 

 

詩歌は木山が犯人である理由を述べ、<警備員>へと連絡した事を告げる。

 

 

「……そうか。……やはり、君が最初に気づいたか。彼女達の中で私のことを疑っていたのは君だけだからね……」

 

 

「はい。興味があって、あなたの論文は以前から読ませていただいてました。だから、あの時、どうして『共感覚性』について自分から言い出そうとしなかったのかが気になってたんです」

 

 

「そうか……。あの論文を読んでくれてたのか……迂闊だったな。まさか、中学生が見てくれてたなんて思いもよらなかったよ」

 

 

木山は頭に手を置き溜息をつく。

 

 

「それでは、自首してください。今なら、自首逮捕として扱われるかと思います」

 

 

詩歌が再度自首を促し、木山に背を向け扉に手をかざしたとき

 

鋭い音共に詩歌の後ろからいきなり電撃が走った。

 

 

「ッく!」

 

 

詩歌は間一髪でその攻撃を回避した。

 

しかし、これは一体何なのだ!?

 

確か木山春生は能力者ではなかったはず……それなのに彼女は能力を使った。

 

 

「うッ」

 

 

今度は、見えない力に拘束されたかのように身動きが取れなくなった。

 

<幻想投影>を通して判明したこの力は――――<念動能力(テレキネシス)>!?

 

先ほどの<発電能力(エレクトロマスター)>とは違う。

 

 

「あんまり、手荒なことはしたくなかったんだが……それに、まだワクチンソフトもできていない。……だが、仕方がない」

 

 

しかし、初撃で倒せないようなら―――

 

 

「何故……能力が……使えるんですか?」

 

 

―――複製。

 

―――解析。

 

―――干渉開始。

 

 

「それは、<幻想御手>の副産物みた――――」

 

 

詩歌は木山が話している間に<幻想投影>で干渉し、拘束を解き、一気に木山の懐へ駆け抜け、手刀を繰り出す。

 

しかし、

 

 

スッ、と。

 

避けられた。

 

完全に不意をついたはずなのに……

 

詩歌の手刀は紙一重で避けられてしまった。

 

 

「危ないな、あらかじめ<精神感応(テレパス)>で察知していたが、身体能力と動体視力を向上させていなければ避けられなかったな」

 

 

(何!? まさか、今度は<精神感応>と<肉体操作>!?)

 

 

詩歌は木山の発言に驚愕に染まる。

 

 

「やれやれ、人の話は最後まで聞くものだ。<幻想御手>の副産物的なものだが、私は統べるものとして複数の能力を使用することができる。さしずめ、<多才能力(マルチスキル)>といったところかな」

 

 

詩歌の<幻想投影>が投影できるのは1つのみ。

 

<多才能力>という他人から借りた複数の能力の前では対応する事が困難だ。

 

異能ではなく、その根本である木山に触れなければ。

 

詩歌は木山に手を伸ばす。

 

しかし――――

 

 

――――バチッ。

 

 

その眼前にかざされた木山の手の平から電流が走る。

 

 

「うっ――――」

 

 

詩歌は呆気なく電撃に気絶させられた。

 

今度は初撃で。

 

 

「<警備員>が来るなら、時間がないな。……寝ているところを悪いが、君には人質となってもらおう」

 

 

 

つづく


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