とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第7章
法の書編 行動開始


法の書編 行動開始

 

 

 

ロンドン中心街

 

 

 

聖ジョージ大聖堂。

 

大聖堂と名のつくものの、その正体はロンドンの中心街にある、たくさんの教会の一つにすぎず、そこそこ大きな建物なのだが、ウェストミンスター寺院、聖ポール大聖堂など世界的観光地と比べると格段に小さい。

 

無論、イギリス清教始まりの場所とも言えるカンタベリー寺院などとは比較にならない。

 

そもそも、ロンドンには『聖ジョージ』と名のつく建物はいくらでもある。

 

教会だけでなく、デパートやレストラン、ブティックに学校などにも付けられている。

 

さらに、『聖ジョージ』は国旗にも関わるほど有名な為、『聖ジョージ大聖堂』でも10以上はあるかもしれない。

 

その聖ジョージ大聖堂は、元々<必要悪の教会>の本拠地だった。

 

これは良い意味ではなく、教会のくせに汚れた魔術を使い、魔女を狩る、その名の通り『必要悪』の面々は、イギリス清教の中では鼻つまみ者であり、総本山のカンタベリー寺院から、この聖ジョージ大聖堂に左遷させられた経緯がある。

 

でも、実績ではトップであるため、イギリス清教の正式な心臓部はカンタベリー寺院だが、実質的な頭脳部は今の<必要悪の教会>が握っているので、英国首都中心部からやや外れたここが、イギリス清教の核となっている。

 

 

 

そして、そのイギリス清教第零聖堂区<必要悪の教会>のトップが<最大主教(アークビショップ)>。

 

 

 

簡素なベージュの修道服に身を包んだ、光り輝くような白い肌に、透き通った青い瞳、さらに、そのまま宝石店に売り出せるような黄金の髪を持つ、見た目は18歳ぐらいの少女。

 

聖職者が使える色は、白、赤、黒、緑、紫の五色と装飾用の金糸のみという規律を違反し、その髪の長さは異様で、真っ直ぐ伸びた髪をくるぶしの辺りで一度折り返し、頭の後ろにある大きな銀の髪留めを使って固定して、さらにもう一度折り返しても、腰の辺りまで届いてしまう、ざっと身長の2.5倍ほどの長さがあった。

 

そして、その纏う雰囲気は格別。

 

世界的に騒々しい混雑具合の中でも、彼女の周囲だけは静寂。

 

決して騒音を許さない、静粛令を出された聖堂の中に似た空気さえ感じ取れるほど。

 

普段は多忙なイギリス清教に代わって、イギリス清教の指揮を執っている―――という形で、実質的にイギリス清教を支配している。

 

学園都市の最高責任者と直接コンタクトをとり、魔術・科学間で起こる諍いを未然に防ぐ、各魔術勢力同士の摩擦や衝突も介入して仲を取り持つ、などの政治交渉権も所持している。

 

そんな絶大な権限を持つ<最大主教>の名は、ローラ=スチュアート。

 

ただし、能力面はとにかく、性格面が曲者だ。

 

敵に狙われる身分であるはずなのに防御術式の敷かれた聖堂内ではなく、外へ呼び出したり、

 

前に学園都市に言った時は、自分を終始圧倒した同年代の少女(自分の知らぬ所で、いつの間にその少女のペンフレンド………で恋人扱いにされていたらしいし、その詫びとして…………ちょっと返答に困る……画像添付されているメールが感想付きで送ってくる)のように振り回したり、

 

そして、義理の妹にメイド服を着せて悶絶しているようなシスコン軍曹というアジアでも屈指の変態代表から学んだ日本語で、学園都市の代表と協議しているなど。

 

不満を上げればきりがない……だが、

 

 

 

『ステイル。貴方は<法の書>の名は知り足るわね』

 

 

 

ステイル=マグヌスの紛れもない上司だ。

 

<法の書>。

 

エドワード=アレキサンダー、またの名をクロウリーという最高で最低な伝説の魔術師が記した魔道書。

 

『彼が召喚した守護天使エイワスから伝え聞いた、人間には使えない“天使の術式”を書き記したものだ』とか、『解読と同時に十字教の時代が終わり、全く新しい次の時代が訪れる』など、その内容には様々な学説が存在し、判然としていない。

 

しかし、<法の書>を記したアレイスターの力の凄まじさゆえに、それらが事実、あるいはそれ以上のものであっても何らおかしくないものとして恐れられている。

 

だが、その一番の特徴は『誰にも内容が解読できない』という点にある。

 

そう、暗号解読の専門家であるシェリーですら匙を投げ、魔術の叡智である10万3000冊の<禁書目録>ですら、未解読のまま暗号文章を記憶することしかできなかった。

 

唯一可能性があるとすれば、あの<幻想投影>だけ……と、思われていた解読不能の魔道書であったが、

 

 

『その何人たりとも読めん<法の書>を解読できる人間が彼女の“他”に現れんとしたら、どうする?』

 

 

今、<禁書目録>を学園都市で管理している2人の内の1人、<幻想投影>はありとあらゆる異能を“理解”できてしまう脅威の能力。

 

ステイルのその力は三沢塾で十分に目の当たりしている。

 

一度、彼女の許に<禁書目録>を置くのは危険ではないのかという議論も出たが、『投影するには実物に触れなければならない』という弱点があったので、<禁書目録>の記憶の中にある<原典>には文字通り手の出しようがない、という結論に終わっている。

 

それでも、彼女なら<原典>すらも理解できるのではないか、とステイルは睨んでいる。

 

しかし、彼女以外で解読できるような人物が……

 

ステイルはローラの顔を改めて見た。

 

彼女が冗談を言っているようには見えない。

 

 

『その者はローマ正教の修道女で、オルソラ=アクィナスと言うさうよ。あくまで解読法を知りけるだけで、今だ本文に目を通しとらんようなの』

 

 

『どういう事ですか』

 

 

『件のオルソラは部分的な写本を参考に解読法を探さんとしたそうなの。日本の序文の数ページだけしか手元になかったのよ』

 

 

確かに、<法の書>の原典は厳重に保管されている為、そう簡単に閲覧する事は出来ない。

 

それに<禁書目録>……と<幻想投影>のような人間でもない限り、迂闊に<原典>に手に取るのは危険だ。

 

 

『ローマ正教……まさか、奴らは<法の書>を勢力争いの道具にしようとしているのでは』

 

 

ローマ正教、それは世界最大の十字教宗派。

 

彼らがトップの座を守る為に、<法の書>の力を手に入れようとしているのでは―――とステイルは考えたのだが、

 

 

『その心配は無用なのよ。少なくとも今の所は』

 

 

『しかし……!』

 

 

『あーあ、大丈夫ったら大丈夫なのよ』

 

 

ローラはやけに自信たっぷりに言うが、何か根拠があるのかとステイルは眉を顰める。

 

イギリス清教とローマ正教の間で<法の書>使用禁止の条約でも結んであるのかとも思ったが、なら何故、ローマ正教はオルソラを使って<法の書>の解読を行う必要がある?

 

と、ローラはステイルの心の内を察したように、

 

 

『ひらさらローマ正教が何かをたくらんだ所で今のままじゃ実行は不可能なのだから』

 

 

どうして? とステイルが問う前に、

 

 

 

『<法の書>とオルソラ=アクィナス、この2つが一緒に盗まれたそうだから』

 

 

 

これが今回の事件。

 

稀代の魔術師により記された魔道書の<原典>とその解読法をしる修道女がさらわれた。

 

犯人はもう確認されており、日本の天草式十字凄教―――ステイルの同僚である神裂火織がかつて、女教皇(トップ)として君臨した宗派。

 

恐らく、その犯行理由は、大黒柱(かんざき)が抜けて力を欲する小さな組織となった彼らが国際展示会を開く為、バチカン図書館から日本の博物館に移送中だった<法の書>を奪取した、と。

 

今回の失態をすぐになかった事にしたいのか、オルソラを同派とするローマ正教は<法の書>とオルソラ=アクィナスの奪還の為、250人のシスター余りのシスター部隊を派遣し、さらに、イギリス清教の<騎士派>を模したとされるローマ正教一三騎士団を派遣するつもりらしい。

 

一方、元天草式のトップの神裂を有するイギリス清教も、

 

 

『神裂火織と連絡が取れんのよ』

 

 

“連絡がつかなくなっている” 世界に20人といないあの核兵器にも等しい<聖人>の部下が、世界最大宗派、総員20億人を超すローマ正教と対立してしまうような問題を起こす前に事件の解決を図るべく、

 

 

『神裂が下手を打つ前に、落を付けて欲しいのよ』

 

 

それがローマ正教と共同戦線に派遣されるステイルに与えられた指令。

 

<法の書>とオルソラを救出するか、交渉に依りて天草式を降伏させるか、あるいは神裂ごと天草式を力で排除してもいいから、事を収める。

 

 

『あの神裂と、戦えですって』

 

 

ステイルは同僚である神裂の力量の高さは十分に熟知している。

 

一応、イギリス清教からも日本にいるローマ正教の部隊に捜索隊を送る手筈になってはいるが、

 

 

『ステイル。貴方は先んじて学園都市と接触して頂戴』

 

 

ステイルは単独で行かねばならない。

 

何故なら、魔術師ステイル=マグネスは団体行動に向いていない。

 

一応、弟子はいるにはいるのだが、性格的な面はもちろん、使用する魔術が炎に特化している為、下手に全力を出すと周りを巻き込みかねない。

 

彼の扱う<魔女狩りの王(イノケンティウス)>は展開するカードの枚数によって強さが極端に変動するという不安定な一面を持っているもののその名に恥じぬ実力を持つ。

 

摂氏3000度の炎の塊が自在に踊って、鋼鉄の壁すら軽々と溶かして敵へ襲いかかるその姿は相手から見れば死神そのものだろう。

 

何せ、ある愚兄の右手という例外がなければ、如何なる敵を用いてもその進撃を止める事は出来ないのだから。

 

数多の魔術結社をたった1人で焼き払ったその戦績は壮絶の一言に尽きる。

 

たとえ、<聖人>の神裂であっても条件が揃えば対抗できるかもしれない。

 

しかし、今のローラの言葉に見逃せないものが、

 

 

『これは教会諸勢力の問題でしょう。そこで、何故、科学側の手がぼくたちかれらいるんです?』

 

 

そう、学園都市にわざわざ行けと言う事は、科学側をこの問題に巻き込めと言う事だ

 

その返答に、

 

 

『<禁書目録>』

 

 

ローラは人名……というより、道具名。

 

『魔導図書館』の叡智をもつ、<原典>の専門家であり、かつての同僚の手を借りる。

 

条件の1つとして『管理人』を同伴させる事になっているが、学園都市の『上』にはすでに話をつけてある。

 

 

『……管理人というのは、例の<幻想殺し>と<幻想投影>の事ですか』

 

 

『ええ。せいさい有効に使うといいわ。あ、(しい)ては駄目よ。あっちは借り物なんだから』

 

 

『学園都市所属の人間を、魔術師同士の争いに巻き込んでしまっても大丈夫なのですか?』

 

 

『其の方は色々と小細工を為せば大丈夫よ。というより、先方の交換条件につき外せんわね。いちいち交渉を長引かせている時間はないのよ』

 

 

『そう、ですか』

 

 

学園都市のトップも、そして隣を歩くローラも、いまいち考えている事が分からない。

 

何か水面下のやり取りがあるのだろうから、下っ端のステイルが口を出すべき問題ではないのだろうか。

 

 

『それからステイル。これを持ちておいて』

 

 

ローラは地味な? 修道服の袖の中から小さな十字架の付いたネックレスを取り出すと、それを無造作にステイルへと放り投げた。

 

彼は信仰の象徴を片手で受け取りながら、

 

 

『霊装の一種ですか? 見た所、それらしき加工は見当たりませんが』

 

 

『件のオルソラ=アクィナスへのささやかなる贈り物という所かしら。その者に出会いし機会があらば適当に渡しといてね』

 

 

ステイルはいまいち意図が掴めなかったが、ローラは特に詳しい説明を続けるつもりはないらしい。

 

言外に語られる台詞は『良いから黙って仕事をしろ』、と。

 

ステイル=マグヌスは複雑な内面を押し殺し、ただうなづいた。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

「だからなー、2学期というのは忙しいんだぞー。<大覇星祭>に、<一端覧祭>、遠足に宿泊学習に修学旅行、芸術鑑賞祭に社会見学祭に大掃除祭に期末試験祭に追試祭に補習祭に涙の居残り祭とお祭りづくしなのだからなー。その為の準備にみんな忙しいから仕方がないんだぞー」

 

 

9月8日。

 

午後の学生寮の通路で、土御門舞夏はのんびりとした口調で言った。

 

彼女はインデックスや詩歌と同じか少し幼いぐらいの年頃で、奇妙な事にメイド服を着ている。

 

さらに謎な事に、ドラム缶型の清掃ロボットの上にちょこんと正座していた。

 

清掃ロボットはプログラム通りに動くのだが、舞夏の華麗なモップ捌きによって、彼女の意のままに動かされてしまう。

 

 

「でも暇だよつまんないんだよとうまは構ってくれないししいかは遊んでくれないし」

 

 

そんな舞夏を前に、インデックスは口を尖らせて体を左右に揺らしながら抗議した。

 

彼女の細い腕の中に抱かれた三毛猫、スフィンクスも抗議するかのように前足をバタバタとさせる。

 

と言っても、インデックスに猫パンチをしているようなので、『姐さんに迷惑をかけるな』とインデックスに対して、抗議しているのかもしれない。

 

この三毛猫、猫であるはずなのに詩歌の命令なら『お座り』、『お手』、『待て』などもしてしまう犬のような奴なのだ(一方、インデックスや当麻だと全く聞かない)。

 

それほど、スフィンクスの中では詩歌は上の位置にいるのだろう(一応、家主は当麻なのだが……)。

 

さて、インデックスにも、上条詩歌だけでなく、最近は上条当麻も忙しそうなのは分かる。

 

しかし、学園都市の中では彼女の話相手は、上条兄妹しかいないのだ。

 

もちろん、2人はインデックスを学生寮の一室に閉じ込めている訳ではない。

 

部屋の合い鍵はもらっていたし、現に彼女は2人が学校に行っている間、暇を潰す為にあちこちを散歩してたりする(とはいえ、駅の自動改札や指紋・静脈・生体電気認証キーロックなど、ちょっとでも機械っぽいものが絡むと何もできず、さらには時々、ドラム缶清掃ロボットに追い掛け回される日々を送っているのだが)。

 

東京西部を一気に開発して作り上げた学園都市の人口は8割が学生だ。

 

当麻と詩歌が学校に行っている時間は小萌も姫神、陽菜も美琴なども学校に行っているらしい。

 

よって、インデックスが新たな話相手探しに出かけたところで、街は不気味なほどガラーンとしているだけだ。

 

一応この一週間で彼女なりに街を探索してみた結果、洋服店のお姉さんは商品の入れ替えをしている時以外は割と気さくに話しかけてもらえる事に気付いたインデックスだが、これは何かと違うと思う(1度、お好み焼屋の前を通った事があったが、東条という強面のおじさんが『ここは危険だから1人で来ないように』と周囲にガン飛ばしながら飴玉をくれた)。

 

そんな中で、土御門舞夏という人物は例外中の例外だった。

 

時間帯によって人の出入りが極端に変動する学園都市の中で、彼女だけが時間に縛られず、朝でも昼でもたまに街でその姿を見かける事がある。

 

コンビニ、デパート、公園、パン屋、駅ビル、学生寮、道路に学校など、場所も問わない。

 

舞夏はなおも前へ進もうとする清掃ロボットを掌でべしべし叩きながら、

 

 

「上条当麻にも上条当麻の、上条詩歌にも上条詩歌の事情があるんだから迷惑かけちゃ駄目なんだぞー。大体、あっちだって好きでほったらかしにしている訳ではないんだからなー。学校というのは色々と大変な所なのだぞー」

 

 

「むう。分かってるけど……じゃあ、どうして舞華はガッコーに縛られてないの?」

 

 

「ふふん、私は例外なのだよー。メイドさんの研修は実地が基本だからなー」

 

 

土御門舞夏が通う繚乱家政女学校は、単に時代錯誤なメイドを養成している訳ではない。

 

道路のガム剥がしから多国間の首脳会議まで、あらゆる局面で主人を“補佐”するためのスペシャリスト育成を目指している。

 

そのため舞夏の『実地研修』は様々な所で行われているのだ。

 

もっとも、全ての生徒が舞夏のように『実地研修』に出かけている訳ではない。

 

これは一定の試験を突破して、『見習いにしても見苦しい様は見せない程度の腕を持っている』と判断されたエリートのみが特殊ステップとして前に進めるものなのだ。

 

さらに、そのエリートの中でも見習いを卒業した並外れて優秀でSPも可能なスーパーエリートはマスター・オブ・メイドと呼ばれ、学園都市外で行われる国際会議にも出席できると言われている。

 

と、そういう汗と涙の事情を知らないインデックスは可愛らしく小首を傾げて、

 

 

「メイドになればいつでもどこでも出かけても良いの? ガッコーに縛られないの? とうまやしいかのいるキョーシツに研修に行っても大丈夫なの?」

 

 

「いや、メイドさんというのはそういうものじゃー……」

 

 

「じゃあ私もメイドになる! そしてとうまとしいかのクラスに遊びに行くかも!」

 

 

「その台詞は素敵だけどメイドさんの道は険しいのだぞー。毎日毎日お昼ご飯を作り置きしてもらっているような家庭的なスキルゼロの女の子には難しいなー」

 

 

「じゃあとうまとしいかをメイドにする! そして2人に遊びに来てもらうかも!」

 

 

「その台詞は素敵すぎて涙が出てくるから上条当麻には言わないのが優しさだぞー」

 

 

確かに、涙が出るだろう………当麻の。

 

 

「でも、しいかならやれると思うぞー。しいかは常盤台に通っているが、雲川鞠亜という私のクラスメイトのプライドをバキボキにへし折って、しばらくマジで凹ませるほど天才の―――」

 

 

とそこで、

 

 

「うん、そうだね。悪いけど、君がメイドになる時間も奴らをメイドにする時間もないんだ」

 

 

不意に、白い少女の背後から声が聞こえた。

 

は? とインデックスの思考が一瞬空白になる。

 

彼女の前にいる舞夏には、インデックスの背後に立つ人物の姿が見えるのだろう。

 

驚くと言うより、怯えるような色が顔に浮かぶ。

 

 

(誰が……)

 

 

インデックスが声に出して振り返ろうとする前に。

 

大きな手が、彼女の口を粘着テープのように押さえつけた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

不幸な兄と幸運な妹、だけど仲良し兄妹、上条当麻と上条詩歌は、夕暮れの買い物からの帰り道をとぼとぼと歩いている。

 

2人の前方のオレンジ色の空にはアドバルーンがいっぱい浮かんでいて、その下にぶら下がっている幕は単なる布上の看板ではなく、最新鋭の超薄型画面。

 

 

『備えあれば憂いなし <大覇星祭>の準備 がんばりましょう! ―――<風紀委員>』

 

 

という表示が縦長の電光掲示板みたいに下から上に流れている。

 

そう言えば、もうすぐ<大覇星祭>が始まる。

 

<大覇星祭>とは、学園都市中をあげて行われる合同運動会。

 

学園都市の全学生が参加する為、スケールが大きく、期間も1週間。

 

おまけに参加する学生は皆何らかの能力に目覚めた能力者であり、さらにおまけのおまけに『能力者同士の大規模干渉のデータ採集を目的とする』などと学園都市理事会が提唱している為、この日限りは能力の全力使用が推奨されている。

 

つまり、夏休みのレッズVSゲコ太ーズの灼熱ドッジボール対決のような激闘が学園都市全体で繰り広げられるというわけである。

 

その普段は見られないようなド派手な展開は、全世界でテレビ中継され、毎年かなりの視聴率を得ている。

 

なので、今、<風紀委員>は学園都市の数少ない全国公開日を使って、少しでもイメージアップを狙って、<大覇星祭>の準備に力を入れている。

 

 

「う、うだー」

 

 

当麻としては、あのようなドッジボール対決を連日でやるのは、たとえ異能なら何でも打ち消せる右手、<幻想殺し>があっても勘弁願いたい。

 

ここ最近、その修羅場になるようなイベントの準備で当麻はてんてこ舞い、しかも力仕事で、迎えに来た詩歌が途中参加で手伝ってくれなければ、買い物する余裕もなくへとへとになっていただろう。

 

まあ、どんなイベントにせよ。妹の手前、最高の兄となる為にできる限り頑張るつもりだ。

 

……そういえば、詩歌のいる名門常盤台中学は昨年の順位は2位だったらしい。

 

学園都市全学校中2番目とは結構な順位だが、常盤台四天王――上条詩歌、御坂美琴、食蜂操祈、鬼塚陽菜と一人で軽く一校を相手取れる人材がいるが、それでも1位ではないとは……

 

敗因は色々とあるらしく、彼女達のいない3年を中心にした事や、

 

詩歌が<幻想投影>を公にしないようにあまり目立てないようにしてた事や、

 

食蜂があまりやる気がなかった事や、

 

美琴が1年生だという事で他者に遠慮し、手加減していた事や、

 

そして、何より大きな敗因は陽菜がやり過ぎて、反則、レッドカードを貰いまくった事だ。

 

それらが重なって、常盤台は、同じ名門長点上機学園に僅差で負けてしまったのだとか。

 

なので、今年こそは打倒長点上機と、常盤台の番長さんは燃えているらしい。

 

と、その時、横に並んでいた詩歌が急に前に出て、背景に盛夏の避暑地が幻視されるような、ひどく涼やかなステップでくるり、と振り返る。

 

 

「当麻さん、しりとりしませんか?」

 

 

「しりとり?」

 

 

両手に大量の食材の入った買い物袋を持ちつつ首を傾げる当麻に、詩歌はニコニコと微笑みつつ、

 

 

「お互いに何か言葉を言い合って、言い合った言葉の語尾から始まる言葉を次々に言い続けていくゲームなのですが、もしかして、忘れちゃいましたか?」

 

 

「いや、しりとりなら知ってるし、忘れてねーよ」

 

 

「なら、やりましょう。しりとりは頭の体操になりますし、お金もかかりません。帰り道までの暇潰しにはちょうどいいでしょう? あと、当麻さんのおつむの弱さを鍛える為の特訓です」

 

 

こちらを窺うように覗き込むアイドル顔負けの詩歌の顔をみて、当麻は少しドキリ、とする。

 

記憶を失ってから、ほぼ毎日見ていたとはいえ、不意をつかれると簡単に揺さぶられてしまう。

 

時々、2人の父親である上条刀夜から詩歌の写真を送って欲しいとメールが来るが、その気持ちが良く分かる(一方、息子の写真は一度も要求された事がない)。

 

何でも刀夜は、母、上条詩奈に隠れて(いるつもりだがしっかりばれてる)、娘の写真集を作っているらしく、当麻がこっそり(と思っているがこっちも詩歌にはばれている)撮ったメイドやナース、さらには犬っ娘のコスプレの写真は大変喜ばれた。

 

今度、<大覇星祭>で会った時、こっそり特別お小遣いが支給される事になっている。

 

さて、父と息子の結束はともかく、詩歌が唐突なのは今に始まった事じゃないし、当麻にとって、大切な妹に付き合うのは兄としての義務であり責任であり喜びでもある。

 

他愛のないゲームで(しかもタダ!)詩歌の幸せを購えるのであれば、これほど安い買い物はない。

 

 

「ああ。じゃあ、やってみるか」

 

 

「はい!」

 

 

当麻が了承すると、両手を叩いて一点の曇りのない満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

という訳で、しりとりをやる事になった。

 

ルールは――といっても、特になく。簡単に『ん』で終わったら負け程度のもの。

 

罰ゲームも特になく、あくまでレクリエーションである。

 

 

「先攻と後攻はどっちにするんだ?」

 

 

「私が持ちかけたのですから、どうぞ当麻さんから」

 

 

ぶっちゃけレベルの低いお気楽なゲーム。

 

でも、ここまでレベルが低いならもしかすると詩歌に勝てるかもしれない、と当麻は意気込み、しりとりを開始する。

 

 

「じゃあ行くぞ。そうだな、最初は……『兄妹(きょうだい)』」

 

 

「ふふふ、『兄妹』ですか。どうしてその単語を最初に?」

 

 

「いや、特に意味はねぇよ。単に、何となく頭に思い浮かんだだけだ」

 

 

「そうですか。まあ、私と当麻さんとの関係は、まさしく『兄妹』ですからね。その単語が最初に思い浮かぶとは、当麻さんが私の事をとても大事に思っている証拠ですよね。ふふふ」

 

 

何か、しりとりだと言うのに、精神分析されているみたいだ。

 

何時から、しりとりはこんなに奥深いゲームになったんだ。

 

 

「ほら、次は詩歌だぞ」

 

 

「分かっていますよ。ふむ、それじゃあですね……」

 

 

人差し指を顎に当てて少しばかり考えてから、

 

 

「『(いと)しい』というのはどうでしょうか?」

 

 

(……いや、そこで意味ありげに視線を送られても反応に困るんだが……―――っつか、本当に、こいつは……)

 

 

詩歌のどこか色艶のある視線を受け流し、当麻は次の単語を述べる。

 

 

「そうか……じゃあ『インデックス』」

 

 

その時、当麻の体感温度が1度下がったような錯覚を覚えた。

 

 

「フ、フフ、そうですか、ならば―――」

 

 

そこで、やけにタメを作り、上目遣いで、顔を赤らめながら

 

 

「―――『すき』」

 

 

と、やけに感情を込めて言い放った。

 

 

「ッ!!?」

 

 

その時、当麻の鼓動が高く跳ね上がった。

 

 

「ふふふ、好き嫌いの方の『好き』ではなく、農具の方の『鍬』ですよ。もしかして、勘違いしちゃいましたか、当麻さん」

 

 

一瞬、赤く染まった当麻に詩歌は悪戯成功とばかりに口に手を当ててニヤニヤ笑いをする。

 

確かに、発音は『好き』にしてはおかしかったし、からかわれるのもいつもの事なんだが……どうも、以前、あの時の素の詩歌が一瞬、チラついて……

 

と、妹に嵌められた事にどこかやるせなさを感じつつも、

 

 

「はいはい、そーですか……『き』か……なら『キャビア』」

 

 

「『キャビア』ですか……もしかして、この前の料理が気に入りましたか?」

 

 

「ああ、詩歌の作ってくれた常盤台のフルコースは美味しかったぞ。でも、ああいうのは偶にでいい。俺はどちらかというと、まあ、いつもの家庭料理の方が好みだな」

 

 

「ふふふ、そうでしたね。当麻さん、テーブルマナーが全然なっていませんでしたし……今度、そのような事もお教えしましょうか?」

 

 

一応、平凡な男子高校生である当麻がテーブルマナーが必要そうな格式の高い料理を食す機会など早々ないだろう………たぶん。

 

当麻が適当に流すと、詩歌が次の単語を――――

 

 

「はむっ」

 

 

「ふぉおおお!!?」

 

 

いきなり耳たぶに何か温かいものが―――

 

 

「はむはむ」

 

 

いや、何かではない。

 

 

「はむぅ」

 

 

「詩歌さん!? 当麻さんの耳なんて噛んでも美味しくないですよ!?」

 

 

当麻はなるべく落ち着いて、冷静になって、今、背中に抱きついている妹に……

 

 

「はむはむぎゅぅ~」

 

 

(ちょっ、詩歌! これはやばい! 抱きつきながらはやばいって!)

 

 

背中に伝わるその極上のふわふわ感と温かさ、甘い匂い、そして、耳を、

 

 

「かぷかぷっ」

 

 

(ふぁおお!!? やばいって、やばいやばい!!! し、いか……やめっ……)

 

 

耳の次は、首筋に甘噛みされる。

 

 

「ぺろっ」

 

 

(ししし詩歌さん!? なっ、なんで当麻さんの首を舐めていらっしゃるのでせうか!?)

 

 

ぺろり くんくん ぺろぺろっ くぅん くんくんっ

 

 

と、仔犬が主人にじゃれつくように、甘噛みした所を舌で舐めたり、鳴きながら鼻先を擦りつけてくる。

 

当麻は両手に買い物袋を持っているし、そもそも詩歌は当麻の師匠格なので振りほどく事ができない。

 

妹とはいえ、詩歌は絶世の美少女。

 

健全な男子高校生にとったら、これは刺激が強すぎる。

 

顔が真っ赤に染まり、思考も真っ赤に染まる。

 

何故か視界の先で、土御門が親指を突き立てて、『グッジョブ、カミやん』とかほざいている幻想が見える。

 

 

(くっ、俺はい、妹に欲情するような変態なんかじゃ――――って、今、俺何をやってたんだっけ?)

 

 

当麻の考えていた事を察知したのか、

 

 

「はまひまへん。はまはみへふ」

 

 

もう一度、耳に、はむはむしながら答えてくれた。

 

 

「い、いや頼むから日本語で」

 

 

当麻の頭から蒸気が出てきたのを頃合いと察したのか、ようやく詩歌は噛むのを止めてくれた。

 

そのまま当麻に抱きつきながらやれやれと溜息をつき、

 

 

「わかりません。『甘噛(あまが)み』ですよ『甘噛み』。『キャビア』の『あ』から『甘噛み』です。言葉ではなく動作で表してみたのですが伝わらなかったみたいですね」

 

 

そうか、そうですか、そういう事ですか。

 

つまり、詩歌さんは当麻さんをからかった訳ではなく、しりとりをしていたと言う訳ですか―――

 

 

「―――って、わかるか!! いきなり、そんなことされて伝わる訳ねーだろ!!」

 

 

幸い、この辺りに人気がなかったから良かったものの、もしクラスメイトとかに見られたら明日は異端尋問だったに違いない。

 

当麻の魂のツッコミをハイハイと受け流し、『当麻さんの番ですよ』と急かし立ててくる。

 

くっ、何時からしりとりはこんなに精神HPが削られる遊びになったんだ。

 

しかし、これは妹孝行も兼ねたレクリエーションなので、決着も付かずに止めるといわけにはいかない。

 

それに、しりとりでもいいから、詩歌に勝ちたい、と兄の負けず嫌い精神も働いている。

 

当麻はそのまま詩歌を背負いながら(これを見られてもヤバいと思うのだが、どうやら先ほどの出来事が強烈過ぎて思考が麻痺しているらしい)次の単語を、

 

 

「ええと、『み』か……じゃあ、『御坂(みさか)』―――「ガブッ」」

 

 

述べた瞬間、思いっきり噛まれた。

 

 

「痛ったあああああああぁぁっ!!?」

 

 

さっきのような甘噛みではなく、本気噛みである。

 

いきなり何すんだよ、と言おうと振り返った当麻の視界にまず入ったのは、

 

 

「フフ、フフフフ」

 

 

とても“威圧感”のある妹の笑顔だった。

 

……え、なんか、俺悪い事言った?

 

 

「全く、もう当麻さんときたら……ぶつぶつ」

 

 

小鼻を鳴らして、当麻の背から降りる。

 

呆れ半分、嫉妬半分といった所である。

 

……あれ、怒るの俺の方だよね?

 

 

「『か』ですか。では、『上条当麻(かみじょうとうま)』はどうでしょうか。当麻さんの名前です」

 

 

ああ、全然いい。

 

先ほどのようなボディランゲージは無しにしてくれ。

 

 

「そうか……じゃあ、『魔術師(まじゅつし)』で」

 

 

魔術師……それはお伽噺の存在ではない。

 

実際に当麻と詩歌は、インデックス、ステイル、神裂、土御門など、そのオカルトの存在に遭遇している。

 

というか、インデックスに至っては共に生活もしているし、土御門はお隣さんだ。

 

 

「次は『し』ですね。それじゃあ『詩歌(しいか)』でお願いします」

 

 

そういえば、だが、当麻はしりとりが始まってから妙なプレッシャーを感じる。

 

これは一体何なのだろうか……

 

当麻は気付いていないようだが、詩歌の回答を並べてみると、

 

 

『愛しい』 『鍬(好き?)』 『甘噛み』 『上条当麻』 『詩歌』

 

 

……これが偶然なのか意図的なものなのかどうかは分からないが、これだけの単語を全て用いて、文章を作れと言われたら、どんな文章が仕上がるのだろうか、誰でも容易に思いつくだろう。

 

まあ、気付かなければ、ほとんど意味がないのだが。

 

 

「……『か』か…なら、『風斬(かぜきり)』で――「はぁ~~~~~~」」

 

 

相当長い溜息を突かれた。

 

何だか“嫉妬”どころか“呆れ”を通り過ぎて、“悲嘆”までいっているような感じである。

 

当麻は突然の、詩歌の嘆きにどうしていいものかと驚く。

 

というか、俺なんか悪い事言った、マジで…といった感じである。

 

これまた、当麻は気付いていないようだが、当麻の回答を並べてみると

 

 

『兄妹』 『インデックス』 『キャビア』 『御坂』 『魔術師』 『風斬』

 

 

と、なんと5割、半分が女の子の名前で埋まっている。

 

ふとした拍子に、女の子の名前がポンポンと思い浮かぶなんて……

 

詩歌としたら色々と、それはもう色々とやるせない。

 

 

(今度、当麻さんに交友リストを作らせてみましょうか)

 

 

そんな事を考えつつ、同時並行でしりとりの単語を記憶の海から掬い出す。

 

 

「……………『リナリア』」

 

 

「ん? 何だそれ、人の名前か?」

 

 

首を傾げる当麻に詩歌は、またまた溜息をつきながらも、

 

 

「違います。全く、当麻さんは……(女の子の名前はすぐに思い浮かぶのに……)まあ、あまり期待していませんでしたが」

 

 

あれ? なんか諦められてる?

 

 

「『リナリア』は花の名前です。……それから、その花言葉は『幻想』という意味なんですよ。ふふふ、当麻さんが触れたら枯れてしまうのかもしれませんね」

 

 

「んな訳ねーだろうが……<幻想殺し>はあくまで、『幻想』しか打ち消せねーよ」

 

 

リナリア。

 

ゴマノハグサ科ウンラン属の一年草または多年草。

 

北半球の温帯に分布。

 

数種が観賞用に花壇などに栽培される。

 

和名 ヒメキンギョソウ。

 

そして、リナリアの花言葉は、『幻想』という意味もあるが、『この――に気付いて』や『乱れる――心』という意味もある。

 

そんな事、当麻は知らないし、詩歌も教えるつもりはない。

 

あくまでこれは『しりとり』なのだから……

 

 

「―――ん?」

 

 

その時、詩歌の携帯に着信が入った。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

『しっ、しししっしっ、上条詩歌ー! 緊急事態だ緊急事態だぞ! 銀髪シスターが何者かにさらわれちゃった!』

 

 

土御門舞夏からの緊急連絡。

 

2人はすぐに舞夏がいる学生寮へと急ぐ。

 

 

「上条詩歌ー! 上条当麻ー!」

 

 

学生寮の入り口近くまでやってくると、7階通路にある金属の手すりから、舞夏が上半身を乗り出して右手を振っていた。

 

いつも通り清掃ロボットの上に正座している状態である為、物凄くバランスが危うく見える。

 

左手はモップを握り、それで床を突いている。

 

どうも、前進しようとしている清掃ロボットの動きをそれで封じているらしい。

 

目視で舞夏の位置を確認した2人は一気に二人三脚のように並列で階段を駆け上がる。

 

当麻の部屋のある7階に到着すると、舞夏はモップの戒めを解放した。

 

清掃ロボットはのろのろとした動きで2人に近づいてくる。

 

いつもインデックスと一緒にいるはずの三毛猫が、何故かポツンと通路に座ってぺたりと耳を伏せている。

 

三毛猫は、しょんぼりしたままインデックスの携帯電話を咥えていた。

 

 

 

舞夏を乗せた清掃ロボットが前に到着すると、

 

 

「舞夏さん! 犯人からの手紙を見せてください!」

 

 

先ほど、世間話をしていたら、インデックスが誘拐。

 

彼女が誘拐される理由などいくらでもある。

 

彼女は10万3000冊もの魔導書を頭に記憶している『魔導図書館』だ。

 

世界中の魔術師がその叡智を欲しているし、現に一度、それが目的で8月31日に誘拐騒ぎが起きている。

 

舞夏から誘拐された時の状況は移動中に聞いてある。

 

インデックスと世間話をしていたら、突然背後から彼女の口を塞いで、連れ去ってしまった。

 

通報したら人質(インデックス)を殺す、と舞夏は当麻(携帯の電源が切れていた為通じなかった)と詩歌に連絡した後、犯人から受け取った手紙を胸に抱えて震えるしかできなかった。

 

単に恐怖だけでなく、自分が何もできなかった事に対して負い目があるのだろう。

 

舞夏からダイレクトメールに使われるような、横に長い封筒を受け取ると詩歌は安心させるように彼女に微笑みを向ける。

 

 

「舞夏さんの判断は正しい。素人が闇雲に動いても下手に状況を悪化させる可能性が高いです」

 

 

その言葉は舞夏を安心させる為のものだったが、彼女は余計に困ったような笑みを浮かべた。

 

ジリジリと肌を焼くような緊張感は、普通に学校生活を送っているだけではあまり縁がないものだから仕方がない。

 

 

「それから、“犯人”がインデックスさんに危害を加える可能性は皆無です」

 

 

その自信ありげな発言に、舞夏は、今度は頭上に『?』を浮かべる。

 

その根拠は舞夏から聞き出した犯人の特徴。

 

 

・身長が180cm以上。

 

・見た目だけではどこの国の人かは判別できなかったが、日本語が上手だった。

 

・神父みたいな恰好をしていた。

 

・でも、香水臭くて、肩まである髪が真っ赤に染まっていた。

 

・そして、両手の十本指には銀の指輪がごてごてついていて、右目の下にバーコードの刺青(タトゥー)が入っている。

 

・最後に咥え煙草で耳にはピアスが満載。

 

 

詩歌はその特徴を聞いた時、即座に1人の人物が脳裏に浮かんだ。

 

それと同じような事を詩歌から説明された当麻も同意している。

 

見るからに危ない奴だがインデックスを守ると誓った彼が彼女を殺す訳がない。

 

詩歌が封筒から一枚の便箋を取り出し、当麻にも見やすいように広げる。

 

そこには、定規を使って書いたようなシャーペンの字で、

 

 

『上条兄妹 彼女の命が惜しくば 今夜7時に 学園都市の外にある 廃劇場『薄明座(はくめいざ)』跡地まで やってこい』

 

 

と書かれていた。

 

 

「……今時、定規で筆跡隠しかよ」

 

 

本人は真面目にやっているつもりなのだろうが、狙って笑いを取っているのではないかと当麻は少し呆れてしまう。

 

今日び、定規で筆跡を隠した程度で身元が割れないと考えているのだろうか。

 

CDの表面をレーザー光で読み取る技術を応用した、個人差のある細かい『指先の震え』を文字の溝から調べる鑑定方法もあるし、何より学園都市には読心能力者(サイコメトラー)なども珍しくないし、それに……

 

 

「……匂いがします」

 

 

と、詩歌が呟く。

 

当麻は分からないが、麻薬捜査犬並みの鋭敏な鼻を持つ詩歌が微かな匂いを嗅ぎ取った。

 

 

「これは……香水の匂い、そしてこの香水の匂いは間違いありません」

 

 

そこで、詩歌はほっと溜息をつき、

 

 

「ステイルさんです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(ナニ考えてんだか。一足遅い夏休みでももらって遊びに来たのかあの馬鹿)

 

 

詩歌の推理が正しいと言うなら、インデックスを連れ去ったのは彼女の同僚のステイル=マグネス。

 

彼がインデックスの命を脅かす事は絶対にない。

 

むしろ、彼女を守るためなら敵地だろうが要塞だろうが迷わず突撃するような人間である。

 

つまり、舞夏の心配は杞憂、取り越しご苦労という訳である。

 

 

「あー、大丈夫だぞ舞夏。多分この犯人は俺や詩歌、そして、インデックスの知り合いだ。だから、心配しなくても―――」

 

 

「は、犯人は知り合いだったのか!? 動機は歪んだラブなのかー?」

 

 

「あ、え? いや、そういう意味じゃねーんだけど……でも、歪んだラブはありそうだな」

 

 

余計に顔を真っ青にさせる舞夏を見ながら、当麻は溜息を突く。

 

その横で詩歌は封筒の中から、御丁寧に学園都市の外出許可証と関連書類が入っていた。

 

すでに、両方とも必要事項は記入済みだ。

 

一体どこで手に入れたんだろう、と当麻は首を捻る。

 

 

「これは手間が省けてラッキーですね」

 

 

詩歌の言うとおり、これがあれば堂々と正面から学園都市の外へ出られるが、入手するには一定のステップを踏まなければならない。

 

当麻は脅迫状の馬鹿馬鹿しさと、それに反比例して妙に手の込んだ準備に呆れ返る。

 

しかし、本当にあの神父は何を考えているのだろうか?

 

 

 

閑話休題

 

 

 

舞夏を外して、兄妹会議。

 

インデックスをさらったのがステイルだという事は、どうやら魔術サイドのトラブルに巻き込まれるだろう。

 

いや、当麻のいつも通りの“不幸”から考えれば確定事項だ。

 

今、ここでステイルに連絡した方が早いのかもしれないが、まずは直接内容を聞く事を決めた。

 

だが、それには1つ問題があり……

 

 

「で、詩歌はどうするんだ? 一応、どちらか1人が行けば問題がないと思うが……」

 

 

そこで、詩歌の方に顔を向ける。

 

当麻にとったら、大事な妹でもあるが、彼女も<禁書目録>の管理人の1人でとても頼りになる存在でもある。

 

そんな詩歌は、常盤台の学生。

 

常盤台の女子寮にはとても厳格なルールが敷かれており、門限を破って学園都市の外へ行く事など許されない。

 

なので、

 

 

「仕方ないです。当麻さん、1人で行ってきてください」

 

 

「お、おう」

 

 

ちょっと拍子抜け。

 

詩歌の事だから何が何でも当麻と一緒に行くと言うと思ったのだが…まあ、これは信頼されていると言う事なのだろうか。

 

とりあえず、当麻は買い物したものを冷蔵庫に入れる為に部屋の中へと入る。

 

その後ろ姿を見て、詩歌がポツリと呟く。

 

 

「ええ、1人で行ってください……先に、ね」

 

 

そうして、詩歌は携帯を取り出し、

 

 

「まずは陽菜さんに。それから舞夏さんにもちょっとお願いして……それから……」

 

 

 

つづく


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