とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第6章 LP
閑話 ラブ・プリンセス・ファンタジー 義姉妹の誓い


閑話 ラブ・プリンセス・ファンタジー 義姉妹の誓い

 

 

 

荒野

 

 

 

上条当麻は愕然とした。

 

目の前の光景……見た事もない、だだっ広い平野。

 

右は見渡す限りの地平線。

 

左に広がるのは隆々と聳える高き山脈の数々。

 

そして後ろを振り向けば、木々が鬱蒼と生い茂る深き森。

 

その全てが当麻の日常の情景とかけ離れていた。

 

 

「いや、すげーな。流石、学園都市の最新の3D技術を使ったゲームだけあるな」

 

 

そう、これは仮想空間の中だ。

 

今、吹き抜ける砂塵混じりの風も、ただの非現実、幻想にすぎないのだ。

 

が、

 

 

「「「ご主人様(ハート)|ご、ご主人様////|お兄ちゃん!!」」」

 

 

正面にいる男のロマンを体現した幻想的ともいえる魅力を持つ美少女3人……しかし、彼女達は現実的存在で上条当麻の知り合いであった。

 

 

 

 

 

ゲームセンター

 

 

 

少し時を遡る。

 

放課後。

 

上条当麻とインデックス、上条詩歌と御坂美琴がこの、以前、9月1日に遊んだゲームセンターへとやってきた。

 

きっかけは昨夜の当麻が、

 

 

『はぁ~、インデックスとビリビリの奴って、どうして仲が悪いんだろなぁ』

 

 

と、詩歌の目の前で愚痴を零した事から始まる。

 

御坂美琴とインデックス。

 

割と社交的な2人なのだが、どうも互いが互いの事を気に喰わない、といつの間に宿敵関係が出来てしまっているのだ。

 

2人の姉的なポジションにいる詩歌が目の前にいる時は、普通にしているのだが、詩歌がいなくなり当麻だけになると色々と競い合うようになり、とばっちりとして当麻が毎回不幸な目に合っているのだ。

 

そんな事を露も知らなかった詩歌は、この寝耳に水のような当麻の愚痴を聞いて、すぐさま当麻と一緒に2人を仲良くしよう作戦を計画した。

 

 

 

 

 

 

 

「はい! それでは今日は皆で遊びましょう!」

 

 

と、言ったものの、計画なんて大それたものではなく、ただ皆で遊んで交流を深めようと言うものである。

 

はっきり言えば、学校のクラスで初顔合わせの際に行うレクリエーションみたいなものだ。

 

 

「では、ゲームセンターへレッツゴーです」

 

 

「うおっ!? 肩が! 詩歌さん!? 当麻さんの肩が!?」

 

 

当麻の腕をその華奢な身体からは想像もできない馬鹿力で強引に引っ張りながら、美琴とインデックスを置いて、詩歌はゲームセンターの中へと。

 

 

「は~、いきなり連れて来られたらと思ったら……」

 

 

「しいかと久々に遊べると思ったら……」

 

 

2人は同時に息を吐く。

 

暗黙の了解があるのか、詩歌の前では大人しており、

 

 

「……まあ、詩歌さんに免じて」

 

 

と、当麻を引っ張ってゲームセンターへと突入する詩歌を見ながら美琴が。

 

 

「そうだね、短髪」

 

 

と、美琴の意見に賛同するインデックス。

 

そうして、頷き合うと、2人も並んでゲームセンターへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

と入る直前に、

 

 

「……ひょうか」

 

 

ぼそっと隣にいる美琴にも聞こえないようなか細い声で、インデックスは呟いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

そして、4人が始めたのはとある研究所『Heat Haze Town』が作り上げたと言う『ラブ・プリンセス・ファンタジー』という今日設置された『内部系』最新の仮想現実を用いたRPGゲーム。

 

最新のホログラム技術を使っており、脳とリンクして行うため五感も現実とほぼ同じ。

 

しかし、こと学園都市においてはこの程度の事は珍しい技術ではない。

 

実際にいろんな所で運用されており、それを最新と言うのにはもちろん理由があった。

 

よくアニメや漫画などであるように、意識だけを仮想世界へ飛ばしてその世界を冒険したり楽しんだりする物があるが、学園都市はそれを再現し、現実世界に引っ張ってきたのだ。

 

まあ、何のために作られたのかはわからないが、『内部系』は大抵こういうものだ。

 

ついでに今はまだ試作段階であるため、感想・意見を書かされるが、無料で遊べて、財布にも優しい。

 

で、体験できる世界は三国志“っぽい”世界。

 

三国を統一したらゲームクリアなのだそうだ。

 

ちなみに、出てくるノンプレイキャラクターは使用者の記憶から忠実に再現されたもの。

 

そして、『キャラ補正』と言うのが付くらしい。

 

そのキャラが一体どういったので決まるかは分からないが、ゲームのAIがその人物に合ったのを自動で選んでくれる。

 

好奇心旺盛なインデックスはもちろん、詩歌も美琴も、そして当麻もこのゲームの説明を聞いただけで楽しみになり、さっそくカプセル状の物に入り、仮想世界を堪能しようと目を閉じた。

 

 

 

 

 

荒野

 

 

 

そして、現在に至る。

 

 

「はい……?」

 

 

いきなり見知らぬ世界へ飛ばされ、背後を振り返ると美少女3人が、

 

 

 

「「「ご主人様(ハート)|ご、ご主人様////|お兄ちゃん!!」」」

 

 

 

……………………………………。

 

 

さて、考えよう。

 

今、普段着ている制服や修道服ではないが、その3人は、一緒にゲームをプレイしている3人で、当麻の妹、後輩、居候……という訳なのだが……

 

服装については、ここが仮想空間だから勝手にAIが設定したのだろう(自分の服装は制服のままだが)。

 

しかし、言動については一体……

 

……まあ、妹は以前、自分の事を『ご主人様』と言っていたのだろうが、後の2人が問題だ。

 

後輩が自分の事を『ご主人様』だなんて口が裂けても言いそうにないし、居候も『お兄ちゃん』なんて言わない。

 

という事は、これは、

 

 

「偽物か?」

 

 

と、ぼそりと呟くと後輩と居候が、

 

 

「か、勘違いすんじゃないわよ! 私は、あ――ご主人様の事なんて、ご主人様と思ってないわよ!!」

 

 

「そうだよ! 私も、と――お兄ちゃんの事をお兄ちゃんなんて呼ばないんだよ!!」

 

 

ふむ。

 

まったくの理解不能だ。

 

何を言っているのかさっぱり分からない。

 

2人は一体何を言おうとしたのだろう。

 

と、当麻が首を捻っていると2人を宥めながら最も違和感なくこの場に適応していた妹が前に出た。

 

 

「まあまあ、落ち着いてください。美琴さんにインデックスさん。どうやら、これはご主人様の『キャラ補正』の効力とやらですね。つまり、ご主人様を呼ぶ時は、それぞれの『キャラ』に決まった呼び名に強制的に変換させられてしまうそうです」

 

 

『キャラ補正』

 

言ってしまえばRPG等における『クラス』『職業』『ジョブ』のこと。

 

選ばれるには条件があるそうなのだが、現実世界の時よりも何かしらの特殊な効果やその人の性能を向上させるらしい。

 

と、考えるとハーレム的な……

 

 

「ご主人様~っ!!」 「お兄ちゃんっ!!」

 

 

―――感じになるはずがなかった。

 

 

「ちょ、待て!? これは俺のせいじゃないだろ!? お前らそんな物騒なモン人に向けたら―――不幸だ~~~っ!!」

 

 

男のロマンなんて幻想はそうそうに打ち砕かれる。

 

ゲームに入っていきなり、逆上した後輩と居候が物騒な武器を持って、襲い掛かってくる。

 

やはり、どこへ行っても上条当麻は上条当麻なのだろうか?

 

身長以上の長物の武器ではあるが、少女達は難なく振り回し、横に振り回せば颶風を巻き起こし、地面に叩きつければ土砂が天高く舞い上がる。

 

災害級のパワーである。

 

今の所、当麻の培われた回避スキルで避けているようだが、もし掠ればそれだけでゲームオーバーなのかもしれない。

 

 

「ふむ。どうやら、美琴さんとインデックスさんは武将タイプの『キャラ補正』があるのでしょう。いやはや、相当なパワーです。あれならご主人様も一発で死んじゃいますね」

 

 

「詩歌さんっ!? 分析しているとこ申し訳ありませんけど当麻さんは今ものすっごくピンチなんですけど!!?」

 

 

のほほんと温かく見守っている妹に、当麻は泣きながらSOSを送る。

 

このままだと仮想世界であるものの本気で死ぬかもしれない。

 

が、

 

 

「助けたいのは山々なんですけど、どうやら私の『キャラ』は武将タイプではないようでしてね。はっきり言って、現実とそう大差ないんですよ。申し訳ありませんが、一発ずつ貰っちゃってくださいな」

 

 

「いやいや、詩歌さん!? 先ほど一発でも死んじゃうって言ってませんでしたっけ!? 当麻さんに2回死ねと!? それにお前は元々が馬鹿力だろーがっ!?」

 

 

その時、あ、と声を上げ、当麻を追い掛けていた2人は立ち止まる。

 

そして、何を馬鹿な事を言ってんだこの愚兄は、と当麻の事をとても可哀そうなものを見るように視線を向け、

 

 

「ほう、馬鹿力?」

 

 

「あ―――」

 

 

気付いた時にはもう遅かった。

 

 

ビュンッッ―――ズバッ――――

 

 

と、華奢な女の子の居合抜きで発したとは思えないような魔風めいた音。

 

どこぞの女教皇のようだ。

 

 

「フフフ」

 

 

にっこり笑って人を斬る。

 

上条当麻、死亡。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「………で、ご主人様はどうやら救世主みたいな『キャラ』らしくてですね。他の『キャラ』とは違う、特殊な役割を持っているそうなんですよ。まあ、主人公みたいなものかと。とりあえず、一度、ステータス画面でも見てみてください」

 

 

「は? どうやんだ?」

 

 

『キャラ補正』なのか、それとも元々備わっていたのかは分からないが、当麻にはギャク体質と言う人外の回復力があり、一刀両断(実際に斬った訳ではないが)されても1分も待たずに元に戻った。

 

そして、当麻が無惨に制裁されるのを見たせいか2人の溜飲も下がり、今は落ち着いてくれているようだ。

 

しかし……『キャラ補正』で強化された自分達と互角なら、もし彼女も武将タイプだとするなら一体どれほどの……

 

……軽く地割れくらいは起こせそうな気がする。

 

まあ、そんな事は思っても絶対に口に出したりはしないのだが。

 

彼女の前では特に。

 

 

「ご主人様。一度、意識を内側に集中してみてください。顎に手を置く考え事をするポーズでやればやりやすいのかもしれません」

 

 

「ん? わかった―――うおっ!?」

 

 

と、助言に従い、顎に右手を添えながら、意識を内側に集中させると、視界に重なり合うように一連のメニュー画面が浮かび上がる。

 

正確にはそれは視界、というよりは意識の内側に在ったものと言った感じである。

 

当麻はその現象に息を詰めるが、次の瞬間には興味深く観察を始めると、RPGゲーム等でお馴染みのデータ群が見つけた。

 

 

(お、これは……)

 

 

その中で自分のものではなく、仲間達、インデックスに、美琴に、詩歌のデータに意識を集中させてみると、

 

 

 

『インデックス

 

・張飛。

 

・並外れた大食い。

 

・活発で元気。

 

・子供っぽい。          』

 

 

と、これは居候――インデックスのデータ。

 

下から3つの項目は、そのキャラに選ばれた理由なのだが、インデックスならこのようなものだろう、と納得がいく、が、何故これで張飛になるのか? と当麻は頭を捻る。

 

 

 

『ミコト

 

・関羽。

 

・面倒見が良い。

 

・素直になれない。

 

・口よりも先に手が出る。     』

 

 

そして、お次は後輩――御坂美琴のデータ。

 

まあ、こちらも美琴の特徴を把握していると思うが、何故これで関羽となるのか?

 

一応、この仮想世界は、あくまで三国志“っぽい”お話(フィクション)であって、実在した人物とは異なるのか、と当麻は思う。

 

 

 

『シイカ

 

・劉備。

 

・並外れた仁徳の持ち主。

 

・聖母のような人格者。

 

 

 

最後は、妹――上条詩歌のデータだ。

 

こちらも割と詩歌と―――

 

 

 

・のほほんとしているが、実は腹黒い』

 

 

 

「………、」

 

 

当麻はデータから意識を外し、メニューを閉じる。

 

そして、何となくこちらに向かってニコニコと微笑んでいる詩歌から視線をずらす。

 

うん。

 

このゲームは割と―――

 

 

「―――割と、何ですか? ご主人様」

 

 

妹が恐ろしくポップな笑顔で問い掛けてきた。

 

 

(心の声まで読まないでくれ!?)

 

 

うん、この世界においても当麻は詩歌に隠し事はできないようだ。

 

当麻はコメカミ辺りに冷汗を滲ませながら、

 

 

「腹黒いなんて、清廉潔白な詩歌様とはまったく似合わないお言葉でありまして、割とこのAIはいい加減である、と愚行致します次第でございます」

 

 

どうやら、こちらも兄の威厳はどこかへと飛んで行っている模様。

 

実の妹にへりくだる兄の姿を見て、インデックスと美琴は若干、憐みの視線を向ける。

 

 

「ふふふ、そうですか? まあ、このおかしな仮想空間をみれば、このAIがいい加減である事も良く分かりますからね」

 

 

「で、詩歌さん。これからどうします? 王朝の腐敗とか、官匪の横行とか、太守の暴政とか色々とあるそうですけど」

 

 

「うん。それで、最後は三国を統一させればクリアなんだよ」

 

 

「ふむ。一応、この仮想世界は『三国志』に沿っているものらしいです。それに、私や美琴さん、インデックスさんの『キャラ』から考えれば、まずは『黄巾の乱』を収めないといけませんね」

 

 

劉備、関羽、張飛……中国の史書『三国志』でも人気の高い蜀の将軍達。

 

実際は男なのであるが、この仮想世界はフィクションだ。

 

ついでに『真名』とかいうのもあるそうなのだが、あまり深く考えても仕方がないだろう。

 

 

「と、その前にやるべき事がありましたね」

 

 

ポン、と手を叩くと、詩歌は周囲を見渡し、

 

 

「お、あそこですね。では、皆さん、私についてきて下さい」

 

 

 

 

 

桃園

 

 

 

見事な桃の木が数多く群生している園。

 

木の先端には桜に似た綺麗な花弁が満開で、散って風に舞い、辺りを桃色に染め上げている。

 

その中央で、向かい合う3人の少女は、それぞれの武器を天に掲げる。

 

 

「上条詩歌が、ここに誓う」

 

 

宝剣『靖王伝家』を掲げた劉備――シイカが高らかに謳う。

 

 

「御坂美琴が、ここに誓う」

 

 

自身の身長を越える『青龍偃月刀』を天に突きつけた関羽――ミコトが雄々しく告げる。

 

 

「インデックスが、ここに誓う」

 

 

幼い身体に不似合いなまでに巨大な蛇矛を軽々と抱えた張飛――インデックスが元気な声で叫ぶ。

 

そして、3人共に、

 

 

 

「「「我ら3人、姓は違えど、ここに姉妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を――――」」」

 

 

 

――――カンッ

 

 

 

最後は軽く己の武器をぶつけ合う。

 

その残響が、波紋のように空間を震わし、桃園を満たすと…

 

 

「何だかカッコ良く決まったかもっ!!」

 

 

「まあ、私もアンタに同感よ」

 

 

「ふふふ、バッチリ決まってましたよ、インデックスさん、美琴さん。これで私達は3義兄弟ならぬ3義姉妹ですね」

 

 

今、3人がやったのは三国志で劉備、関羽、張飛がやる義兄弟の誓い――『桃園の誓い』。

 

あの時、詩歌が折角、蜀の3義兄弟の『キャラ』が揃っているのだから、ここはゲームクリアを願って、景気付けに提案したのだ。

 

その結果、3人の結束は深まり、一種の連帯感のようなものも生まれてきたような気がする。

 

 

「それでは皆さん。これからゲームクリアを目指して頑張りましょうね!」

 

 

「うん!」 「はい!」

 

 

士気の高まった3人は、そのまま、しばらくこの桃花が咲き誇る園で佇みながら空を仰ぎ見る。

 

雲ひとつない蒼穹と、澄み渡った空。

 

それらは、3人の旅立ちを祝福するかのように晴れやかで、陽の光が大地に降り注ぎ、桃園を眩く照らす。

 

そう…これから始まる3義姉妹の激闘の幕が今、ここに開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

3人から少し離れた所で、

 

 

「あのー……これって、当麻さんは必要ありますかね」

 

 

省かれた愚兄がどことなく哀愁を漂わせながら呟く。

 

一応、『ラブ・プリンセス・ファンタジー』では主人公のこの男。

 

彼に出番は用意してあるのだろうか?

 

と言うか、そもそも必要なのか?

 

その答えは神のみぞ知る。

 

 

 

つづく


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