とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正体不明編 また、明日

正体不明編 また、明日

 

 

 

地下街

 

 

 

「……おい! あそこにいたぞ!」

 

 

「……」

 

 

周囲が煩い。

 

シェリー=クロムウェルはうっすらと両目を開けた。

 

どうやら、自分は意識を失っていたらしい。

 

拘束されているが左頬を除いてたいした怪我もなく、命に関わるものもない。

 

どうやら、綺麗に意識を刈り取られたらしい。

 

刈り取られる直後の記憶がない。

 

だが……何故殺さなかったのだろう、と彼女は思う。

 

殺されても文句は言えない、という気持ちも理解できたからこそ、シェリーは今回のテロを起こしたというのに。

 

でも……何故かすっきりしたような気がする。

 

理由は分からない。

 

ただ……両目を瞑ると……1人の女の子が見える。

 

自分の夢に向かって精一杯努力している女の子。

 

時折、挫折して泣きそうになるが、駆け寄った男の子に慰められすぐにまた笑顔になる。

 

幻想……そう、それは、幻想なのだろう。

 

ここは学園都市。

 

科学側の総本山にして、科学者たちの街。

 

そして……(エリス)が育った街。

 

 

再び、両目を開けると石像が、友の名を付けた<ゴーレム=エリス>が鎮座していた。

 

 

「エリス……負けちゃったよ」

 

 

それは、独り言のような呟きだった。

 

 

 

 

 

地下街 地上 入口前

 

 

 

魔術師、シェリー=クロムウェルによるテロ事件は終わった。

 

<特別警戒宣言>が発令された大規模なテロ事件ではあったが、重傷者は1人もおらず、<警備員>に数人の軽傷者のみと一部隔壁が破壊されたのが今回の被害状況。

 

……で、テロリスト、シェリーは勇敢な男子学生の協力で確保。

 

もう1人、その犯人確保に活躍した学生がいたのだが、

 

 

『少々~色々と~派手にやらかしたので、<警備員>はちょっと~……あはは、当麻さんは頑張って自力で脱出してくださいね。ファイト! さあ、風斬さん、インデックスさんに会いに行きましょう!』

 

 

『……え、あ…お任せ、します……』

 

 

と、(自分に面倒事を押し付け)こっそりと辞退した(自分は<警備員>に危うく捕まりそうになった)。

 

そして、当麻はやれやれとくたびれながら地上へと脱出した。

 

 

「あ、アンタ、大丈夫だったの? 詩歌さんから聞いたんだけど、また色々と無茶したそうね」

 

 

出待ちしていたのか分からないが、地上に出てすぐに美琴に声をかけられた。

 

一瞬ではあるが、自分を見た時、呆れ半分安堵半分の溜息を吐いたように見える。

 

 

「で、テロリストはどうなったの?」

 

 

「ん? ああ、<警備員>に後の事は任せたから、何とかしてくれるだろ」

 

 

「そーなの? まあ、ハデにやってくれた割に、怪我人は見当たらないし。いーけどね」

 

 

「そうか……色々とあったが、怪我した奴はいなかったのか」

 

 

重傷者はいなかった。

 

唯一、重症と言えるのは………

 

 

(詩歌にやられたヤツだな……)

 

 

惨劇を思い出し、下半身……に手を触れる。

 

今回の件で一番痛かったのはアレだったのかもしれない。

 

 

「あ、そうそう。詩歌さんが―――」

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

「ひょうかぁ……! 無事だったの!?」

 

 

「あ…うん…大丈夫、だよ………それでね……あなたに…聞いて欲しい…事があるの……私の事について」

 

 

 

 

 

 

 

朱色に染まる公園。

 

抱き合っている2人に少女を除いて、人の気配は全くない。

 

おそらく、『特別警戒宣言』で安全な建物内に避難している学生が多いからだろう。

 

そこに、上条当麻はやってきた。

 

美琴から聞いた妹からの伝言に従って……

 

妹、上条詩歌は公園内にいる2人から見えないよう公園の樹木に背中を預けながら、自販機で買ったお茶を飲んで一服している。

 

 

「当麻さん、ご苦労様です。喉が渇いたでしょう?」

 

 

当麻の気配に気付き、はい、と今、詩歌が飲んでいるのと同じお茶を差し出す。

 

全く……良く気が効く妹だ。

 

これでお仕置きがもう少しソフトならなぁ……

 

 

「見た所大した怪我は負っていないようですが、後で病院に行きましょう。万が一の事があったらいけませんしね」

 

 

「へいへい……で、あいつらは何をやっているんだ?」

 

 

と、そこで当麻は公園内にいるインデックスと風斬を視線で指し示す。

 

詩歌は一口お茶飲んで喉を潤してから静かに、しかし、不思議と良く通る声で答える。

 

 

「感動の再会です。……そして、風斬さんの青春暴露大会です」

 

 

風斬の石像から受けた傷は完治している。

 

見た目は普通の学生と何ら変わりない。

 

何も言わなければ、インデックスに自分の正体がバレる事はない。

 

 

「隠し事は悪い事ではない。だから、無理して言う事ではないと言ったんですけどね……」

 

 

―――大切な友達だから、知ってほしい。

 

 

それが、風斬の答えだった。

 

ぽたぽた、と透明な雫を落としながら、両手でインデックスと2人で撮った写真を握りながら、風斬は自分の答えを詩歌にそう伝えた。

 

苦しくても、哀しくても、風斬は自分の正体を大切な友達、インデックスに話す事にした。

 

命のように重い、大切な想いを1人で持つ事になるかもしれないと恐れているのに、彼女は決心した。

 

 

「そうか……やっぱり、風斬は化物なんかじゃねぇよ。月並みでベッタベタの台詞かもしんねえけどさ、あいつは人間だよ。俺が保証してもいい」

 

 

「ふふふ、そうですね。私も保証します」

 

 

そして、全てを受け入れたインデックスと恐る恐る背中に手を回して、彼女の体を抱き締めている風斬。

 

 

「ふふふ、紹介してもらうつもりでしたが、もう少しだけ、このままにしておきましょうか」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

そんな優しい幻想を見て、2人の兄妹は小さく笑った。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「あ、そうだ。ほれ、詩歌」

 

 

「はい?」

 

 

ふと思い出したように、当麻は鞄から、詩歌へ贈るゲームセンターの景品を取り出す。

 

 

「これは……財布、でしょうか?」

 

 

当麻がポイントで交換してもらったのは少し高級そうな洒落た財布。

 

あの時、以前、一緒に買い物に行った際、詩歌の財布が少しだけ痛んでいる事を思い出した当麻はゲームセンターの景品を見て、ピン、ときた。

 

これなら小物だし、財布の雰囲気的にもお嬢様が持っていてもおかしくはない。

 

 

「この前貰った時計のお礼だ。それに詩歌には普段、色々と世話になってるしな」

 

 

当麻から贈られた財布を詩歌は宝物のように両手で胸に抱きしめる。

 

 

「嬉しいです。……ありがとう、ございます」

 

 

その本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、全身で喜びを表現する詩歌を見て、当麻は―――

 

 

 

 

 

 

 

(はっ……これはもしかして、これからも家計を預かってくれというプロポーズ!?)

 

 

―――何だかツッコミを入れなければいけないような気がした……

 

 

「……なんか、お前……変な事、考えていないか?」

 

 

あれ? もう少し素直に感動できる思ったんだけどなー、と当麻が問うが、詩歌はどこかトリップしているようでもう聞いていなかった。

 

頬を上気させながら、何かをぶつぶつと呟き、熱い溜息を吐く。

 

その後、何故か上機嫌の詩歌から、『もう♪ 無駄遣いは駄目ですからね、当麻さん(ハート)』と初登校記念臨時ボーナスを貰った。

 

 

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「これで満足か?」

 

 

ドアも窓も廊下も階段もエレベータも通風孔すら存在しないビルの一室で、土御門元春は空中に浮かぶ映像から目を離して吐き捨てるように呟いた。

 

巨大なガラスの円筒の中で逆さに浮かぶアレイスターは、うっすら、と笑っている。

 

返事がない。

 

その嫌な静寂に、土御門はせっつかれるように言葉を絞り出す。

 

 

「また1つ<虚数学区・五行機関>を掌握する為の鍵の完成に近づいたようだが、危うく彼女にその全容がバレる所だったぞ!」

 

 

何故、カザキリヒョウカは学園都市中にAIM拡散力場が満たされているというのに<幻想殺し>、上条当麻の近くに出現したのか。

 

カザキリヒョウカは<虚数学区・五行機関>の鍵を握るとは。

 

そして、何故、テロリスト、シェリー=クロムウェルは今日“出現”したばかりのカザキリヒョウカを正確に狙ってこれたのか。

 

これらの謎の全ては、偶然、デマ、考え過ぎで済ませることができる。

 

しかし、土御門が恐れるほどのあの天才なら此処を嗅ぎつけるかもしれない。

 

 

「問題ない。その為のセキュリティは用意してあるし、そうなったらそうなったでプランを変更すれば良い。それに、彼女以外で、まさかその正体がAIM拡散力場そのものだなんて誰も思わないだろう」

 

 

AIM拡散力場によって作られる<五行機関>は、街に能力者がいる限り作られてしまうものだ。

 

<五行機関>は有害か無害か、それすらも分かっていない。

 

それは原子力のような巨大な力の塊ではない。

 

そんなものが街に溢れていれば、誰だって異常に気が付くだろう。

 

<五行機関>の正体はあくまでAIM拡散力場であり、普通なら機械を使って計測しなければ分からない程度のものなのだ。

 

ただし、<五行機関>は減圧下における0度の水のように不安定な存在でもある。

 

減圧下、つまり気圧の低い状態では、凝固点が下がるため水は0度になっても凍らない。

 

しかし、その水を棒や何かでかき回すと、減圧下の水は途端に凍りついてしまう。

 

<五行機関>もそれと同じ。

 

普段は機械で計測しないと分からない程度の力だが、一定の衝撃を与える事でその力は爆発的に増してしまう。

 

今回の風斬氷華が暴走した時に見せた力も、石像による攻撃、もしくは、<幻想投影>による同調、あるいは別の要因による“衝撃”が示した片鱗だろう。

 

だが、まだその力についてはほとんど解明されておらず、未知数。

 

どこまで踏み込んで良いのかも判別できず、何が起こるかも分からない。

 

従って、学園都市は不用意に<五行機関>を叩く事もできないのだ。

 

ならばこそ、滅ぼさずに制御するという方法が考えられた。

 

その為の鍵こそが―――

 

 

「風斬氷華、という訳か。全く、あくまで<虚数学区>の一部分とはいえ、あんなものに自我を植えつけて実体化の手助けをするなど、正気の沙汰とは思えない」

 

 

―――<幻想殺し>。

 

その存在は、<虚数学区>にとって、唯一の脅威とも言える。

 

―――<幻想投影>。

 

その存在は、<虚数学区>にとって、唯一の脅威に対する対抗手段とも言える。

 

食欲や睡眠欲のように、生命体が生み出す欲求は『生きる為の』、『死を遠ざける為の』シグナルとして生み出される。

 

つまり、生死を知らない者には最初から自我や本能といったものは芽生えない。

 

ならば逆に、<幻想殺し>で死を、<幻想投影>で生を教え込めば、心を持たぬ幻想は自我を持つようになる。

 

殺す力に、産む力。

 

両方とも危険過ぎる力だが、両極を司っているからこそ、互いが互いに対する歯止め、つまり、鞘である。

 

産み過ぎないように殺す。

 

殺し過ぎないように産む。

 

日本神話でもイザナミが『1日で1000の人間を殺す』なら、イザナギが『1日で1500の産屋を作る』。

 

神話と同じように生死を循環させる事で世界を発展させてきた。

 

そうする事で2つの力は調和を取り、安定して、幻想に自我や本能を芽生えさせる事ができる。

 

 

「これも<虚数学区>を御するための方策だ。『何をするか分からない』無自我状態よりも、敢えて思考能力を与えた方が行動を予測できるし、上手く立ち回れば交渉や脅迫なども行える」

 

 

「生み出される心がお前の予測範囲の善人ならば問題ないがな。それがとんでもない悪人だったらどうするつもりだったんだ」

 

 

「善人よりも悪人の方が御しやすい。両者の間にある違いなど、取引に使うカードの種類が異なる程度のものだろう」

 

 

くそったれが、と土御門は口の中で毒づいた。

 

そもそも、アレイスターの人間に関する取り扱いは常人のそれと大きく異なる。

 

 

「そこまでして、<虚数学区>を掌握する事に意味があるのか」

 

 

土御門は、問い質した。

 

 

「確かに<虚数学区>は学園都市の脅威だ。だが、脅威とは内側だけにあるものではないぞ。今回、お前が黙認した一件によって、世界は緩やかに狂い始めた。理由はどうあれ、イギリス清教正規メンバーを<警備員>の手を借りて撃破したのだ。聖ジョージ大聖堂の面々が黙って見過ごすとは思えない。まさか、お前はこの街一つで世界中の魔術師達に勝てるなどとは思ってないだろうな」

 

 

土御門の脅迫めいた声に、しかしアレイスターは笑みを崩さない。

 

 

「魔術師どもなど、“あれ”さえ掌握できれば取るに足らん相手だよ」

 

 

「“あれ”、だと?」

 

 

アレイスターの言葉に、土御門は眉をひそめる。

 

<虚数学区・五行機関>は確かに、学園都市の中ではどこまでが安全で何が危険かも分からないほどの不気味な存在だ。

 

だが、それは逆に言えば学園都市内部限定と言う事だ。

 

AIM拡散力場は、能力者の周辺にしか展開できないのだから。

 

そこまで考えて、ふと土御門は背筋に嫌な感覚が走り始めた。

 

 

(待て、よ……)

 

 

もう一度、彼はAIM拡散力場の集合体、<虚数学区・五行機関>について考える。

 

それは赤外線や高周波のように、そこにいるのに見ることも聞くこともできず、人間とは別位相に存在する、ある種の力の集合体によって構成される生命体。

 

土御門元春は知っている。

 

その存在を、魔術用語で述べるとどんな言葉になるのかを。

 

 

(まさか、<天使>?)

 

 

いや、<虚数学区の住人>――例えば風斬氷華が<天使>と表現されるなら、彼女達が住んでいるとされる『街』とは、つまり……

 

 

「アレイスター……お前はまさか、人工的に天界を作り上げるつもりか!?」

 

 

「さてね」

 

 

対して、アレイスターはつまらそうに一言答えるのみ。

 

人工的に天界を作り上げる……いや、あくまで科学的な力のみで作られるなら、それは天界や魔界などという既存の言葉では呼べない。

 

カバラにも仏教にも十字教にも神道にもヒンドゥーにも表記されていない、まったくの新しい『界』を生み出す事となる。

 

そして『界』の完成は、あらゆる魔術の破滅を意味している。

 

例えば地球上の浮力や揚力の基準値が大きく変化したとする。

 

それだけで設計図通りに作られた飛行機は空を飛ぶどころか、滑走路から離陸する事もできない。

 

新たな『界』の出現による魔術環境は激変は、それを意味している。

 

魔術師が魔術を使おうとすれば体が爆発し、魔術によって支えられている神殿や聖堂などは柱を失って自ら崩れていくだろう。

 

これはどんな宗教にも当てはまる。

 

考えてみれば良い。

 

あらゆる宗教・魔術は一定のルールに従って実行される。

 

もちろん、ルールは一つではない。

 

仏教には仏教のルールが、十字教には十字教のルールがある。

 

世界はたくさんの色彩が重なり合って描かれる巨大なキャンパスのルールようなものなのだ。

 

あらゆる宗教には何らかのルールに従っている事だけは変わりない。

 

そこへ、すでにルールが固まっている所へ、新たに『界』を突っ込んだらどうなるか。

 

これまで安定していたルールはかき乱され、何をやっても魔術師は自分の爆発に巻き込まれる。

 

どんなに素晴らしい料理人でも、食材そのもの味がメチャクチャなら料理などできっこない。

 

ルールをかき乱すとは、そういう意味だ。

 

今の所は<虚数学区>の鍵は未完成のようだが、それが完成すればあらゆる魔術師は学園都市の中で魔術を使う事ができなくなるだろう。

 

学園都市は世界の縮図。

 

能力開発を世界規模に発展させ、あらゆる人々が能力に目覚めた時、世界はAIM拡散力場で覆われる。

 

街の中限定で展開されていた<虚数学区>はそのまま全世界に埋め尽くす。

 

いや―――準備は、とうの昔に完成している。

 

上条兄妹の手によって救われた一万弱もの人工能力者達<妹達>は、治療目的で世界中に点在する学園都市の協力機関に送られている。

 

何故、技術が流出する恐れがあるのに、わざわざ『外』で体の調節をおこない必要があったのか土御門は疑問だったが、その答えはここにあったのだ。

 

自然に、全世界へと人工能力者を蔓延させる。

 

これが絶対能力進化計画の真の目的。

 

その目論見は成功と見て良いだろう。

 

イギリス清教を始めとする教会諸勢力は<妹達>が蔓延している事に気付いていないし、もし気づいたとしてもその重大性までには至らない。

 

世界全土を囲うように、<虚数学区>のアンテナたる能力者は配備された。

 

あとは未完成の<虚数学区>を完全に制御し、新たな『界』として起動すれば。

 

『界』の出現によって、全ての魔術師は己の力の暴走によって自滅し、そして能力者にとっては、AIM拡散力場は何の妨害にもならない。

 

そうなれば、科学世界と魔術世界の戦争の結果など目に見えている。

 

いや、それはそもそも戦争にならない。両手を挙げた敵達の頭を一人ずつ順番に打ち抜いていくようなものだ。

 

 

(いや……)

 

 

土御門はそこまで考えて、首を横に振った。

 

本当にこれが、アレイスターの最終的な目的なのか?

 

そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

この人間ならこの程度はほんの下準備だと笑うような気がするし、存外何も考えていない可能性もある。

 

分からない。

 

土御門が恐れ、称賛するあの天才少女も常識の枠を飛び越えるようなデタラメの思考の持ち主だが、致命的な甘さのせいでその行動パターンは読み易い。

 

だが、アレイスターにはその甘さがない。

 

それどころか、男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも、そして、賢者にも愚者にもアレイスターはなれる可能性を持っている

 

それ故、アレイスターの考えなど予測もつかない。

 

人類が考えうる限り全ての意見を持っていると言っても過言ではなさそうだ。

 

土御門は戦慄しながらも、なかば負け犬が吠えるように吐き捨てる。

 

 

「ふん。これがイギリス清教に知られれば即座に開戦だな。今にして少し思う、オレはシェリー=クロムウエルに同情すると。お前の言動を吟味する限り、ヤツのポジションは単なる悪役ではない。れっきとした、自分の世界を守るために立ち上がったもう一人の主役だろうさ」

 

 

「馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませるな。私は別に教会世界を敵に回すつもりは毛頭ない。そもそも君の考えにある人工天界を作るには、まずオリジナルの天国を知らねばならない。それはオカルトの領分だろう。科学にいる私には専門外だ」

 

 

「ぬかせ。お前以外に詳しい人間がこの星にいるか。そうだろう?」

 

 

土御門は、唇の端を歪めて、

 

 

 

 

 

「魔術師・アレイスター=クロウリー」

 

 

 

 

 

かつて、二十世紀には歴史上最大の魔術師が存在した。

 

彼は世界で最も優秀な魔術師であると同時に、世界で最も魔術を侮辱した魔術師でもあるとも呼ばれていた。

 

何故なら、極めた魔術を全て捨てて、一から科学を極めようとしたからだ。

 

しかも、名実共に世界一の魔術師が。

 

それは魔術の力よりも科学の力が上だと言ってしまったようなものだ。

 

彼が何を思って全てを捨てたのかは誰にも分からないが、全ての魔術師を敵――魔女狩り専門のイギリス清教のみならず、少しでも魔術を齧った者なら例外なく敵に回した。

 

イギリス清教は今も、これまでに蓄積した『アレイスター=クロウリー』の情報を元に追跡を続けているのだが、その情報は彼自身が意図的につかませている誤情報。

 

なので、今も同名を名乗るが、特徴などが科学的・魔術的に一致しない為、関わりを持つ人間のほとんどには同姓同名の別人、もしくは偽名と思われている。

 

しかし、土御門のように少なからず現在の彼は怪しいとは思う者もいる。

 

それでも実行する度胸と実行可能な技量に土御門は舌を巻く。

 

これが彼の力量の高さを証明していると言っても良い。

 

 

「丸っきり負け惜しみになるがな、お前に一つだけ忠告しといてやる。アレイスター」

 

 

「ふむ。聞こうか」

 

 

「お前はハードラックという言葉の意味を知っているか」

 

 

「『不幸』だろう?」

 

 

「『地獄のような不幸に何度遭遇しても、それを常に乗り越えていく強運』という裏返しの意味も持つ」

 

 

土御門は僅かに笑って、

 

 

「オレがお前の考えている事など分からないし。おそらく説明を受けても理解できないだろう。だが、<幻想殺し>と<幻想投影>を利用するなら覚悟しろ。あの2人は其々が“手榴弾”であり、其々の“セーフティ・ピン”だ。どちらか1人の“セーフティ・ピン”がなくなれば、もう1人は即刻爆発する。迂闊に触れれば、お前の世界(げんそう)は跡形もなく消滅させられるぞ」

 

 

彼は告げると、ちょうどタイミングを計ったように空間移動能力者が部屋に入ってきた。

 

30cm以上も背の低い少女にエスコートされ、土御門はビルから出て行く。

 

誰もいなくなった部屋の中、逆さに浮かぶ男は1人呟いた。

 

 

「ふむ。私の信じる世界など、とうの昔に壊れているさ」

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

インデックスと風斬氷華は病院の待合室のソファに並んで座っていた。

 

当麻は怪我の治療、詩歌はインデックスご要望の常盤台フルコースの準備の為ここにはいない。

 

三毛猫、スフィンクスも病院内は動物の持ち込み禁止の為、詩歌と一緒に当麻の学生寮に戻っている。

 

詩歌の作る御馳走が待ちきれないのか白いシスターはそわそわとしている。

 

そんなインデックスに、風斬は申し訳なさそうな声で、

 

 

「そろそろ……お別れ、だね」

 

 

「お別れ?」

 

 

インデックスは首を傾げて風斬の方へ首を向ける。

 

そこで、おかしな光景が目に入った。

 

曖昧な顔で苦笑している風斬氷華の輪郭が、まるで風で霧が揺らめくようにブレたのだ。

 

気を抜くと彼女の体が霧散して空気中の中へと溶け込んでしまうような錯覚すら感じる。

 

吃驚としたインデックスの前で、風斬の輪郭の揺れは大きくなったり、小さくなったりした。

 

ただし、その揺れが収まる事は1秒さえ存在しなかった。

 

 

「ひょ、ひょうか。それ……」

 

 

「う、ん。ちょっと、色々あったから……」

 

 

風斬は、笑っている。

 

 

「私の体は、言ってしまえば……超能力の塊みたいなもの、だから……どうやった所で、自分が不安定な存在である事には、変わりないの。私の存在だって、決して永遠ではないから…」

 

 

風斬はそう告げたが、インデックスは別の可能性を考えていた。

 

<幻想殺し>。

 

それは力の善悪を問わず、あらゆる異能の力を打ち消してしまう、必殺の力。

 

 

「ううん。それは、違うよ」

 

 

風斬は、インデックスの顔色から何かを察したように、

 

 

「あの人の力を、私は受けていない。……もし仮に、受けていたとしたら……私はその瞬間に跡形もなく消えているはずだもの。だから、彼は悪くないの……」

 

 

風斬は優しく告げたが、その声色は高低に揺らぐ。

 

 

「じゃあ、早く、しいかに!」

 

 

今、風斬を助けられると信じている力。

 

<幻想投影>。

 

それは力の善悪を問わず、あらゆる異能の力を生み出す、創生の力

 

 

「……大丈夫、消滅と言ってもそんなに早くは、起きないから。私の体は……230万人分の力で、できているんだよ…寿命と言っても、あなた達の何十倍の後の話なんだから……」

 

 

風斬は笑っている。

 

彼女の言葉と、自分の知識を統合すれば大丈夫だと思うはずなのに。

 

何故だか、インデックスの胸には重たい不安がのしかかってきた。

 

全く音を立てず、風斬の輪郭が不自然に揺らぎ続ける。

 

心なしか、少しずつ揺れ幅が大きくなっていくような気がした。

 

まるで、濃い霧が少しずつ薄らいでいくように。

 

 

「ああ……そうそう…これは、あなたにとって…重要な事か、どうかは分からないんだけど……」

 

 

「なに?」

 

 

「あの2人の、力について…私も、詳しくは……分からないんだけどね」

 

 

風斬氷華は、そこで一拍置いてから、告げる。

 

上条兄妹の力は、超能力では証明できないという事を。

 

え? とインデックスの動きがピタリと止まった。

 

 

「待って。ちょっと待って、ひょうか。そんなのないよ、だって、だって魔術にはとうまやしいかのような力なんて存在しないもん! 私の頭の中には10万3000冊分の知識があるけど、あそこまでデタラメな力の事なんて知らない! だったらあれは超能力じゃないと、説明がつかない!」

 

 

「ま、じゅつ? ……それが何なのか、分からないけど」

 

 

風斬は小さく笑って、

 

 

「少なくても、能力(スキル)、じゃないよ……大体、私の体は学園都市に住む……全ての能力者の力によって成り立っている。もし、あの人が能力者ならば……その微弱な力が私の中に侵入して、私の力は一瞬で分解されているはずだもの……」

 

 

そう言えば、とインデックスは思い出す。

 

詩歌が自分と当麻は<原石>、つまり、天然の能力者なのだと教えてくれた。

 

だとしたら、だとしたらあの力は一体何なのだろう、とインデックスは思う。

 

魔術でもなければ能力でもない、全く別次元の力。

 

 

「さて、と。私はもう、帰らないと……」

 

 

言って、風斬はソファから立ち上がった。

 

インデックスは頭の中に巡らせていた考えを吹き飛ばし、弾かれたように顔を上げた。

 

急に不安になった。

 

帰るとは、どこに帰るという意味なのだろう?

 

普通ならば時間も遅くなったから家に帰るという意味だろうが、インデックスは根拠もないのに何気ない一言に含みがあるような気がしてならなかった。

 

まるで置いてけぼりにされた子供のようなインデックスに、風斬は優しく笑いかけて、

 

 

「心配、しなくても……大丈夫。仮に私の体が消えたって、私が死ぬ訳、じゃないの。ただ、姿が見えなくなるだけ…触れられなくなるだけ。たとえ…あなたには分からなくても、私はずっとあなたの側にいるから……」

 

 

何で、こんなタイミングでそんな事を言うのだろう、とインデックスは思う。

 

それではまるで、もう2度と会えないような気がする。

 

何の根拠もないのに。

 

風斬は明確な別れなど、一言も告げていないのに。

 

 

「ひょうか!!」

 

 

立ち上がろうとする風斬の後ろ姿に向かって、インデックスは思わず叫んでいた。

 

風斬はゆっくりと振り返ると、

 

 

「なに?」

 

 

「明日も……明日も、一緒に遊んでくれるよね?」

 

 

インデックスはほとんど泣き出しそうな顔で言う。

 

風斬は笑う。

 

笑って答える。

 

 

「もちろん」

 

 

 

つづく


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