とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想御手編 幻想御手

幻想御手編 幻想御手

 

 

 

道中

 

 

 

夏のうだるような炎天下、昨夜の大停電により交通機能が一時停止している道路に、2人乗りしている真っ赤なバイクが駆け抜ける。

 

夏休みの初日の早朝の空いている道路に独走状態の真っ赤なバイクはとても目立つ。

 

さらに、そのバイクに乗っている1人があの常盤台中学の制服を着ているため、道行く人の目を引き、思わず振りむかさせる。

 

 

「はぁ……詩歌っち、たまたま見掛けたからって、親友をアッシー君にするのはどうかと思うよ」

 

 

バイクを運転している人物、鬼塚陽菜は溜息をつきながら、相乗りしている人物、上条詩歌に話しかける。

 

 

「ケチですね。親友の頼みなんですよ、立派な任侠者になるなら、どんな無茶でも叶えてやるのが筋ってものじゃないですか?」

 

 

「でもねぇ……」

 

 

陽菜は後ろを振り向き、詩歌を見る

 

灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーター……一応、フルフェイスタイプのヘルメットは付けている。

 

が、いやしかし、

 

 

「いくらなんでも制服はどうかと思うよ。ほら、道行く人が私達のこと見てるじゃん。詩歌っちは知ってると思うけど、私がバイクを持っているということは学校に知られてないんだよ。だから、あんまり目立ちたくなかったのに……」

 

 

陽菜はかつて<ビックスパイダー>という<スキルアウト>で走り屋のような事もやっていた。

 

そこでバイクの事を学び、運転技術を磨き、改造技術も手に入れた。

 

今のっているバイクは違法改造し、普通のより制限速度をぶっちぎるほどの最高速度が出る仕様になっている。

 

バイクを所持しているだけでも問題なのに違法改造まで手を伸ばしたとなれば、ばれたら大変なことになるだろう

 

少なくても、バイクは没収されることは間違いない。

 

 

「それなら、バイクを真っ赤にしなきゃいいじゃないですか? 前々から思っていましたが、自分のものを全て真っ赤にするのはどうかと思いますよ」

 

 

陽菜は自分のものを真っ赤にする傾向がある。

 

昔、制服のワイシャツを真っ赤にして、教師から呼び出しをくらったこともある。

 

陽菜曰く、鬼塚組のイメージカラーなんだとか。

 

 

「いいじゃん、お気に入りなんだからさ…」

 

 

詩歌の苦言に、陽菜は不貞腐れたようにぼそっと呟く。

 

陽菜もこれが目立つとは理解しているのだが、譲れない一線ではあるためどうしようもない。

 

それにこれでも陽菜は我慢しているのだ。

 

本当はさらに鬼の模様も付け加えたかった。

 

それを泣く泣く、教員、及び、あの女戦士の寮監にばれないようにと取り辞めたのだ。

 

まあ、高校に進学すれば速攻で改造する気は満々なのだが。

 

それまでは我慢の時期。

 

で、これ以上、話を進めると寮監と師弟関係にある親友が余計な事を言い出しかねないので、

 

 

「ところで詩歌っちはこんな早朝から病院に何の用なんだい?」

 

 

しゃーっ! これから夏休み! 走り回るぜーっ!! と陽菜がバイクで滑走していたら、親指を突き立てるヒッチハイクポーズを取る彼女に捕まった。

 

自分が乗るバイクは遠目から見てもやはりとても目立つので一発で分かったのだという。

 

で、行く先は病院というから、また彼女の兄、上条当麻が入院したのかと思えば、違うらしい。

 

だとするなら、カエル顔の医者に何か用でもあったのか?

 

だが、今行く水穂機構病院は彼がいる所ではない。

 

 

「さっき美琴さんからこの前の連続虚空爆破事件の犯人が突然意識不明になったと聞きまして、様子を見に行こうかと」

 

 

先日の事件で爆破事件を起こした介旅初矢が突如原因不明意識不明に陥ったのだそうだ。

 

美琴はそれが<幻想御手>という能力者のLevelを上げる謎のものが原因ではないかと睨んでおり、能力の開発や分析に詳しい詩歌に応援を呼んだのだという。

 

今朝、美琴から電話が入ったのはそういった内容だ。

 

詩歌も以前、介旅に触れた時、彼の能力に何らかの異物が混入しているような事は気付いてはいたが、その時はそれほど気にしなかった。

 

だが、こうして被害が出たのなら別だ。

 

 

「へぇ〜、たしか、あの事件の犯人、<幻想御手>を使っていたんだっけ」

 

 

陽菜は詩歌からその事件の内容を聞いている。

 

 

「ええ、そうでしたね。そういえば、陽菜さんは<幻想御手>について何か知っているんですか?」

 

 

「んにゃ、何も。ただ、最近、その売人があちこちにいて、学生から金を巻き上げていることをよく耳にしてね」

 

 

陽菜は<スキルアウト>とも交流があるためか、そういう話題に対して耳が早い。

 

確かにLevelを上げられるというのなら、この能力が一種のパラメーターとして認められる学園都市、全財産を貢ついでもいいという学生も出てくるだろう

 

 

「そうですか……なら、一刻も早くこの事件を解決しましょう」

 

 

詩歌が自身の<幻想投影>をひた隠しにしているのは、単に自分の時間を確保する為だけではない。

 

危険だからだ。

 

急に力を手に入れれば、その力に溺れ、介旅のように歪んでしまう者が出てくるかもしれない。

 

だから、詩歌は決してそうならないように指導するのだが、それには時間がかかり、一日にそう何度もできないため、一遍にこられてしまった流石の詩歌もキャパシティオーバーだ。

 

それだけでなく、高能力者狩りを行う<スキルアウト>が自身も力を望み、に強引な手段を取り、詩歌に交渉してくるかもしれない。

 

だから、詩歌は自身を<発火能力>のLevel3だと偽り、戦闘を行う際もなるべく能力を使わず素手で行うように心掛けている。

 

 

「そうだね……。私も手伝いたいけど、最近、三船の残党が裏で何か企んでいるらしくてね。調べているんだけど、なかなか尻尾がつかめなくてね」

 

 

ごめん、と陽菜は詩歌に申し訳なさそうに謝る。

 

彼女は何も学校からの解放感でバイクを乗り回していたのではない。

 

彼女は彼女でやる事があるのだ。

 

 

「そんな謝らないでください。確かに陽菜さんが来てくれたら心強いですが、陽菜さんは陽菜さんのするべきことがあるんですから…まあ、当麻さんの件があるので、少しでも早く終わらせたかったですけど」

 

 

瞑目し、早朝の事を思い出す。

 

負われる謎の少女、インデックス。

 

当麻の“不幸”。

 

当麻は一応、学生であるため少しだけ学校の補習を受けてから、インデックスを捜しに行くとは言ってたが……やはり、不安だ。

 

何か……うん、どことなく不安を覚える。

 

自身がとんでもない選択ミスをしてしまったのではないのかと。

 

 

「ん? 当麻っち、また何かに巻き込まれたのかい?」

 

 

詩歌は魔術のことは抜かして、インデックスという少女が追われているということを陽菜に簡潔に説明する。

 

 

(まあ、当麻さんなら大丈夫だと思いますが……そこらへんの不良なら束になっても敵いませんしね。いざとなれば私を呼ぶように約束しましたし……でも、何か見過ごしているような……)

 

 

その時、前方に白く、巨大な建物が見えてきた。

 

そして、病院に着き、詩歌を降ろした陽菜は何げなく感想を呟く。

 

 

「ほぉ~、当麻っち、今回は女の子を追手から助け出すってかぁ~。こりゃ、見事なフラグだねぇ。……こんなベタなフラグを立てるなんて流石、フラグ男だねぇ」

 

 

ピシャァーーン―――――ッ!!!

 

陽菜の呟きに、詩歌は頭に雷が落ちたような衝撃を受け、頭が真っ白になる。

 

 

(迂闊迂闊迂闊迂闊迂闊迂闊! ああぁぁーっ!! 何でこんなベタなフラグを私は見逃してしまったのでしょう!? 当麻さんにフラグを作らせないようにあれほど努力してきたというのに、なんたる不覚!! こうなったら、フラグが成立しないように祈らな――いやフラグを立ててしまったらもう遅い!! 当麻さんのことだから必ずフラグを立ててしまうに違いない! あれほど鈍感なくせして、フラグの一級建築士と言われている当麻さんがこんなベタなフラグを立てないはずがない!! こうなったら―――あっ)

 

 

見落としていたのはこれだったのか! 、と詩歌は急いで陽菜の姿を探すが、もう遅く。

 

真っ赤なバイクはどこにも見当たらなかった。

 

頭が真っ白になっている間に去っていってしまったのだろう。

 

詩歌は四つん這いになり自分の迂闊さを呪うしかなかった。

 

 

 

 

 

水穂機構病院

 

 

 

学園都市で一般的な大型の病院。

 

一般的とは言っても、その設備は科学の最高峰である学園都市製ではあるため、『外』と比べれば、相当技術が先に進んでいる。

 

で、御坂美琴と白井黒子は早朝からこの病院を訪れていた。

 

その理由は先日美琴達が関わった事件の取り調べの際、容疑者である学生が突然倒れたからだ。

 

医者から連続虚空爆破事件の犯人、介旅初矢の容態を聞き、さらに、彼と同じように原因不明で意識を失う患者がここ最近増えているということを聞いた美琴と黒子は目の前の現状に対処しかねていた。

 

それは、事件とは全く関係がなく、患者達の事ではなく……

 

 

「……迂闊迂闊迂闊迂闊……どうしてあのとき私はうっかり説得されてしまったのでしょう。……あんなベタなフラグを見逃してしまったのでしょうか……」

 

 

彼女達の先輩、上条詩歌の事だ。

 

詩歌は夢遊病患者のように、ふらふらとした足取りで、ここに来てから、あの<微笑みの聖母>と呼ばれるほどの笑みがどこかにいってしまったかのように無表情でずっとぶつぶつ何かを呟いている。

 

しかも視点がかなりぶれ、不気味な負のオーラを垂れ流しているので彼女の半径5mには2人しかいなかった。

 

近くを通る人は何かが伝染するのを恐れたのか、詩歌を視界に入れないようにして、駆け足で通り過ぎている。

 

正直、2人もここからすぐに避難したかった。

 

しかし、2人の先輩、しかも呼びだしたのは2人であるため彼女を放っておくという選択肢はない。

 

遠巻きに見ている人も2人にどうにかしろという視線を送り続けている。

 

 

「(お姉様……詩歌先輩をどうにかしてください! お姉様の幼馴染でもあり、お姉様のお姉様も同然なんでしょう!?)」

 

 

「(そんなこと言っても、あんな状態の詩歌さんに話しかけたら何が起きるかわからないじゃない。黒子が詩歌さんの力を借りようって言いだしたんでしょう!? 黒子が話しかけなさいよ!?)」

 

 

「(そんな後生な! お姉様は、黒子に死ねと仰るんですか!? 連絡したのはお姉様じゃないですか!? お姉様が話しかけてください! Level5なのですから何が起きても大丈夫ですわ)」

 

 

「(く、黒子、アンタ、私が詩歌さんに絞められているの何度も見てるでしょう? あの人、タイマンならLevel5の私ですら相手にならないのよ!)」

 

 

お姉様のためなら火の中水の中、という黒子であっても、今の詩歌には関わりたくはないらしい。

 

確かに詩歌の事も美琴と同じくらい尊敬しているし、本来はとても優しいし、頼りになる事も知っている。

 

だが、怖い事も知っている。

 

きっちりと躾けられた彼女からすれば、暴走気味の詩歌と対峙する事は、とんでもなく恐ろしい事だ。

 

お仕置きされるだけならまだしも、あの不気味なオーラに洗脳されてしまうのかもしれない……

 

2人が小声で言い争っている間に詩歌の妄想はますます酷くなっていき、

 

 

「……謎の少女に次々と襲いかかってくる刺客たち……そんな少女を我が身を省みないで助け出す当麻さん……追われる中、深まる2人の絆……やがてそれが恋へと……誰にも邪魔できない2人の世界……そして私は当麻さんに見捨てられ……フフフ、もしそうなったら、当麻さんを殺して私も……」

 

 

物騒なことを呟いてしまっている。

 

最早、遠巻きに見ていた人もいなくなってしまい、辺りには2人しかいなくなってしまった。

 

これは医者でさえも匙を投げるほど処置が不可能なのかもしれない。

 

何せ草津のお湯と同様、『恋の病』には手の施しようがないのだから。

 

そして2人も、

 

 

((あきらめましょう。触らぬ神にたたりなし))

 

 

潔く説得を諦めた。

 

世の中にはどうにもならないということもある、2人は中学生でありながらそのことを悟れる境地に至ってしまった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

2人以外誰もいなくなったこの空間に、向こうの廊下から研究員達がぞろぞろとやってきた。

 

研究員達は詩歌を見て腰を引けさせるなか、先頭にいた目元にクマがある女性の研究員が3人の前に出る。

 

 

「君が担当の<風紀委員>かな?」

 

 

「あっ、はいですの!」

 

 

「待たせたね。一通りのデータの収集は完了した」

 

 

彼女達は<風紀委員>の黒子達とは別に病院が、この事態は手に余る物だと判断し、呼んだとある大学の研究チームだ。

 

彼女達はこの原因不明の事態の究明を図り、患者達に一筋の救いの光をもたらすのが目的だ。

 

 

「それで……昏睡状態の学生たちは」

 

 

一応は、美琴も………そして、詩歌も一般生徒の分類に入るため、最も後輩ではあるがここは<風紀委員>である白井黒子が彼女と対応する。

 

 

「私は医者じゃないから治すことはできない。こうなった原因を究明するのが仕事だからね―――それにしても、彼女は……」

 

 

彼女は言葉を切り、美琴と黒子の後ろで、ズ~~~~ン、と落ち込んでいる詩歌を見る。

 

 

「……フフフ…ウフフフ……あらやだ。何かに目覚めてしまいそう……」

 

 

破綻した未来を想像したからなのか、詩歌からは壊れたようラジオのように乾いた笑い声しか聞こえてこない。

 

 

「いや、なんでもない……」

 

 

彼女はあまりに詩歌が不気味だと感じたのか、彼女から目をそらす。

 

彼女も今の詩歌に関わるのは避けたいみたいだ。

 

 

「それにしてもここは他と比べると涼しいな。……快適とは言い難いがな」

 

 

大規模停電のため冷房は入ってはいないはずだが、彼女の言うとおり、ここら一体は他と比べると2,3度温度が低いと感じられる。

 

何故か冷汗は止まらないが……

 

 

「さて、自己紹介をしておこう。私は木山春生、大脳生理学を研究している。専攻はAIM拡散力場。能力者が無自覚に周囲に放出している力の事だが……常盤台の学生さんにはいらぬ説明だな」

 

 

「<風紀委員>の白井黒子です」

 

 

「御坂美琴です。………そして、彼女は上条詩歌です」

 

 

美琴は視線を斜め下に向け、壊れている詩歌の代わりに彼女の分も自己紹介をする。

 

とそれを聞くと何やら木山は気付いたように、

 

 

「ミサカ……君が御坂美琴か」

 

 

「私の事、ご存知なんですか?」

 

 

「ああ、Level5ともなると有名人だからね」

 

 

美琴の評判に、黒子は喜び、美琴は顔を赤くして恥ずかしがる……

 

で、詩歌は自分の世界に入っているため反応はなかった。

 

 

「あの……それで、何かわかったでしょうか?」

 

 

と、そこに先ほど、美琴と黒子の2人に説明した医者が現れ、木山に質問する。

 

彼は、このウィルスでもなく、怪我が原因でもない、そして、今までに起きた事例もない。

 

しかもそれが他の病院でも発生しており、そちらも回復したとの報告が一切ないという手の施しようのない事態に陥ったのを何とか打開しようと、医者の観点ではなく、脳に詳しい研究者の見解を得ようと木山達を呼んだのだ。

 

最新鋭の設備を扱う医者として情けないかもしれないが、この事件は最早医者の手では負えない。

 

医者に必要なのは尊厳ではなく、患者を救ったという結果だ。

 

 

「今の所は何とも言えません。……こちらで採取したデータを持ち帰って研究所で精査するつもりです」

 

 

木山はその彼の意を察しているので、見下した対応ではなく、むしろ丁寧な口調で応える。

 

彼女は女性でまだ若いが、研究チームのトップだ。

 

非凡な才だけではなく、礼儀やこういった大人な対応も兼ね備えている。

 

といっても、感情の起伏が乏しい彼女では分かり辛いのかもしれないが。

 

 

「データならこちらから送ることもできましたのに、ご足労かけて申し訳ありません」

 

 

「いや、データだけではわからない生の情報もありますし。学生達の健康状態も気になりましたので」

 

 

学園都市には被験者の身を案じるタイプと何を犠牲にしても結果を求めるタイプの2つの研究者がいると言われてはいるが木山春生はどうやら前者側。

 

木山は学生達を案じており、その声音には心配の色が含まれている。

 

 

「あの、お尋ねしたい事があるのですが――――」

 

 

黒子が話しが終わるのを見計らって、木山に話しかけた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「<幻想御手>?」

 

 

「はい、ネット上で広まっている噂なのですけれど……」

 

 

介旅初矢はLevel4ではなくLevel2!?

 

実は最近、連続虚空爆破事件だけでなく、<書庫>に登録された能力の性能と被害状況が異なる事件が多発している。

 

1,2件なら<書庫>のデータミスと言えなくもないが、それが数件起きたのなら何か別の要因があるのではないか、と黒子達は推測し、そこで思い立ったのが都市伝説で話題になっている<幻想御手>。

 

黒子は研究者である木山に自分達の推理、<幻想御手>について説明し、意見をもらおうかと考えたが……

 

 

「それはどういったシステムなんだ?」

 

 

「それはまだ……」

 

 

「形状は? どうやって使う?」

 

 

「わかりませんの」

 

 

黒子達は<幻想御手>について何も知らない。

 

ネット上では、どこかの学者が遺した論文だとか、料理のレシピだとか、中身がバラバラでどれも真偽かどうかは定かではない。

 

情報が足りない。

 

だからこそ、研究者である木山に意見を貰おうと思ったのだが、

 

 

「それでは何とも言えないな」

 

 

<幻想御手>が存在するかどうかもわからない都市伝説程度の情報量では、研究員である木山も意見の出しようがなかった。

 

 

「そうなのですけれど。実は植物状態の患者の中に……」

 

 

調査が暗礁に乗り上げた時だった。

 

いきなり、周りに男性の目があるにもかかわらず、木山は、

 

 

シュ―――

 

 

ネクタイを緩め、

 

 

パサ―――

 

 

白衣を脱ぎ、

 

 

シュルシュル―――

 

 

ワイシャツのボタンを外し、

 

 

トサッ―――

 

 

脱ぎ捨ててしまった。

 

 

「えっ!?」

 

 

見事な清々しい脱ぎっぷりに美琴も含めて、周囲は亜然。

 

 

「ふう……暑い……」

 

 

上半身下着状態になって、ようやく一息つく。

 

 

「何をイキナリ、ストリップしておりますのっ!」

 

 

しかし、ここに治安維持を司る<風紀委員>、白井黒子が待ったをかける。

 

 

「? いや、だってここは少し涼しいが、やっぱり暑いだろう?」

 

 

黒子は当然、木山に注意をするが、木山はまるで何でもないことのようにキョトンとして、全く動じていない。

 

 

「殿方の目がありますのっ! 度を超した露出は慎んで下さい!」

 

 

「私は特に気にしないのだが……」

 

 

木山は特に気にしていないようだが、周囲の男性達は慌てて目をそむけ、この場から去っていく。

 

天才というのはやはり、一般とは感性がずれているのだろうか?

 

 

「<風紀委員>として風紀を乱す行為は許しませんっ!!」

 

 

黒子の注意に木山はしぶしぶと言った感じで服を着始める。

 

 

「下着を付けていてもダメなのか……」

 

 

木山のまるで知らなかったというかの表情に美琴と黒子は呆れ果ててしまう。

 

 

「採取したデータは研究所まで運んでおいてくれ」

 

 

黒子に身だしなみを整えさせながら、木山は部下達に指示を出す。

 

 

「続きは場所を変えて聞かせてもらおう。冷房の利いた場所で」

 

 

「はあ……」

 

 

意外や意外、どうやら木山は黒子達の話に興味を抱いたのか、場所を変えて詳しく話を聞くつもりらしい。

 

そして、黒子達は木山と共に冷房の利いた場所へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、詩歌は木山が服を脱ぎだしたとき、

 

 

「ッ!? ……そうだ。もはやこの手しかない。……いや、でも恥ずかしい」

 

 

「詩歌さんッ!? 一体何を!? お願いだから正気に戻ってください!」

 

 

意味不明なことを呟き、悶え始めてしまい、美琴を困らせていた。

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

「さて、先ほどの話の続きだが……同程度の露出度でも、なぜ水着はよくて、下着はダメなのか――――」

 

 

「「いや、そっちじゃなくて」」

 

 

「アレ?」

 

 

あれから4人は病院の近くにあるファミレスに移動し、各々、飲み物を注文し、木山がまじめな顔で話し始めた議題がこれである。

 

正直、常識がかなり欠けていて、駄目な大人だと言わざるをえない。

 

 

「とりあえず、話をまとめますと――――」

 

 

美琴が『大丈夫かな、この人』と思いつつも、<幻想御手>についての議論を再開させる。

 

詩歌は先ほどのように負のオーラを撒き散らせてはいないが、何を想像しているのか、顔を赤くしながら悶えているので、戦力外だった……

 

美琴と黒子も先ほどよりはましだと判断し、放置に徹している。

 

こちらは、駄目な先輩だった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「あー、つまりネット上で噂の<幻想御手>なる物があり、君達はそれが昏睡した学生達に関係しているのではないか――――と、そう考えているわけだ」

 

 

木山は先ほどとは打って変わって、研究者の目付きになり、雰囲気に真剣さが混じり始める。

 

 

「はい……上の方では学生達に注意を呼び掛けるという案も出たのですが、まだ実在の確認もとれていないうえ、情報の開示が<幻想御手>の被害を拡大する恐れもあるので、現段階では公表を見送り、実態を調査することになりましたの」

 

 

黒子が<風紀委員>としての今後の見解を木山に話す。

 

 

「……ふむ、君達の過程が正しいとするなら妥当な判断だと言える。能力の強さが簡単に上がるといった効能や使用者が植物人間になるといった情報がひとり歩きした日にはまとまるものもまとまらない」

 

 

木山は黒子達、<風紀委員>の判断が正しいと評価する。

 

<風紀委員>の仕事はあくまで治安維持。

 

<幻想御手>の危険性を呼び掛けたとしても、下手な騒ぎを起こして、二次災害を起こし、治安を乱すようではどうしようもない。

 

 

「で、そんな話をなぜ私に?」

 

 

そして、木山は肝心の本題へ移る。

 

 

「能力を向上させるという事は、脳に干渉するシステムである可能性が高いと思われます。ですから――――」

 

 

「<幻想御手>が見つかったら私にそれを調査してほしいと」

 

 

木山はどうやら黒子達が頼みたい事を理解したみたいだ。

 

 

「はい」

 

 

「構わんよ。むしろこちらから協力をお願いしたいくらいだ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

木山はその提案を快く了承する。

 

先ほどの駄目な大人という汚名を返上し、頼れる大人といったところだ。

 

で、

 

 

「……恥ずかしい…でも…これしか…ああっ……」

 

 

駄目な先輩はまだ駄目なままだった。

 

木山がいたからこそ良かったものの、彼女も能力関係に詳しい一参考人として呼んだのだ。

 

詩歌も悶えてないで、早く冷静に戻ってほしい。

 

一応、美琴と黒子の先輩なのだから……

 

 

「詩歌さん……はぁ……」

 

 

今日で美琴の詩歌に対する評価は駄々下がりである。

 

早くなんとかしないと詩歌は先輩の威厳が無くなってしまうに違いない。

 

 

「ところで、さっきから気になっていたんだが……あの子たちは知り合いかね?」

 

 

木山の指摘に、窓の外を見てみるとそこには、初春と佐天がこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「へー、脳の学者さんなんですかー」

 

 

あれから、外にいた初春と佐天も強引に話しに加わった。

 

2人は詩歌の様子に驚いたが、美琴と黒子のアイ・コンタクトで状況を察したのか、すぐに適応した。

 

アレには触れるな、と。

 

 

「なぜそのような方とお茶を……はっ、詩歌さんの脳に何か問題が?」

 

 

初春は心配するが、それは全く違う。

 

普段とは様子がかなりおかしいが、詩歌は、ただ想像―――いや妄想して、その内容に頭がショートしているだけだ。

 

 

(詩歌さん、お願いだから早く正気に戻って!)

 

 

頼む、早くいつもの頼りがいのある姉に戻って、と美琴は祈る。

 

しかし、そんな妹からの祈りも届いていないのか、えへへ~、と詩歌は蕩けるような笑みを浮かべている。

 

 

「……違います。<幻想御手>の件で相談してましたの」

 

 

黒子はすぐに違うと言いたかったが、正直、この相談の後に、木山に詩歌のことを診てもらおうかと頭の隅で考えていたので、しばらく言い淀んでしまった。

 

 

「ん?」

 

 

佐天がその言葉に反応する。

 

佐天は詩歌の豹変を目撃したり、躾けられた事があるのか、初春よりも耐性がある。

 

それに能力開発に協力してもらっている先生だ。

 

むしろこういった面を見られて、親しみやすいとも思っている。

 

なので、詩歌の様子に特に気にせずパフェを食べていた。

 

 

「<幻想御手>ですか? そういえば最近、友達がサイトで手に入れたって言ってましたよ。なんだか、音楽みたいだそうです」

 

 

「本当ですの!?」

 

 

思いがけない情報に、黒子が佐天に詰め寄る。

 

 

「は、はい。曲を聞いただけで今までできなかった事が簡単にできるようになったそうですよ――――一体、そんなに険しい顔してどうしたんですか?」

 

 

「<幻想御手>の所有者を捜索して保護することになると思われますの」

 

 

「なぜですか?」

 

 

事態の深刻さを知らない佐天は首を傾げる。

 

黒子は少し伝えるべきか言い淀んだものの……

 

 

「……まだ調査中ですので、はっきりしたことは言えませんが、使用者に副作用が出る可能性がある事。そして、急激に力を付けた学生が犯罪に走ったと思われる事件が数件確認されているからですの」

 

 

「その話、本当ですか!?」

 

 

友達のことを思ったのか、今度は佐天が黒子に詰め寄る。

 

 

「でも…音楽ソフトで能力の強さを上げるなんて事、可能なんでしょうか?」

 

 

佐天が興奮したからなのか、初春は冷静に情報を整理しようと木山に質問をする。

 

木山は少し考えた後、研究者としての見解を口にした。

 

 

「難しいね。能力を強化するという事は脳に影響を与えるシステムが使われているという事になる。本来能力開発とは年単位の時間をかけて、じっくり行われるものだという事は君達も知っているね」

 

 

「「「「はい」」」」

 

 

木山の言う通り、通常、能力開発は薬や機械などを使って、被験者である学生の安全も考慮しているため長い時間をかけて行うもの。

 

さらに、安全性を無視すればだが、

 

 

「短期間に大量の電気的情報を入力するための<学習装置(テスタメント)>という特殊な機器もあるが……あれは視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感全てに働きかけるもので、その分危険性も高い。聴覚しか使用しない音楽ソフトで同じことをするのは困難だよ」

 

 

木山の見解に、場が沈黙する。

 

……詩歌の<幻想投影>を用いた通常と比べて短期間で、才能がなくても開花させられる能力開発もあるがあれは例外中の例外だ。

 

なので、誰も言葉を発することができず、周囲の音さえ聞こえなくなった―――その時、彼女達の耳に、変な着信音が聴こえた。

 

 

 

 

『詩歌、メールだぞ 詩歌、メールだぞ 詩歌、メールだぞ』

 

 

 

 

その瞬間、今まで悶えていた詩歌は周囲にいつのまに、と思えるほどの極限まで無駄を省いた動きで携帯を取り出し、メールを見る。

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 

パタン。

 

そして、静かに携帯を閉じる。

 

すると先ほどまでの様子から激変し、いつもの聖母のような笑みが浮かび、その瞳に活力が溢れ始める。

 

 

「木山さん、『共感覚性』を利用する事で音楽ソフトだけでも<学習装置>と同じ働きができませんか? 仮定ですが、そうすれば<幻想御手>は音だけで五感に働きかけ、<学習装置>と同じ働きができると思います」

 

 

興味があるものは何でも吸収し、特に能力開発関連ではそれ専門の研究者を凌ぐかもしれない知識量を誇る詩歌。

 

彼女は先ほどの会話から<幻想御手>の説を組み立てていく………が、

 

 

「……あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 

 

たしかに、詩歌の<幻想御手>の説にも驚いたが、それよりも詩歌の豹変ぶりに驚き呆然している。

 

一体何があったのだろう?

 

それに先ほどの着信ボイスは誰?

 

そして、送られたメールの内容は?

 

っていうか、私達の話聞いてたんだ……

 

詩歌を除いた全員がそのような疑問を感じている。

 

 

(ん? 確かあの声って、アイツの声だよね)

 

 

美琴だけがその着信ボイスが彼女の愚兄の声である事が気付いてはいたが。

 

 

「な、なるほど、それは見落としていたな。確かに、そうすれば音だけの刺激で能力の強さが上がるかもしれない」

 

 

木山は、詩歌の豹変ぶりについて色々と質問がしたかったが、とりあえずそれは脇に置いて、話を進めることにする。

 

 

「詩歌さん、その『共感覚性』ってなんですか?」

 

 

佐天も先ほどの事はなかった事にし、詩歌に質問する。

 

 

「ああ、ごめんなさいね、佐天さん。『共感覚性』というのは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚を生じさせることをいうんです。そうですねぇ……例えば、佐天さんや初春さんは赤色を見たら冷たいと感じますか? それとも暖かいと感じますか?」

 

 

詩歌の質問に2人は少し考えた後、自分の考えを口にする。

 

 

「そりゃ、暖かいと感じると思います」

 

「はい、私も暖かいと感じます」

 

 

「そうですね、私も暖かいと感じます。つまり、ある感覚からイメージが連想し、そのイメージが他の感覚を刺激するという事―――これが『共感覚性』です」

 

 

2人はほぉ~と感心し、頷く。

 

どうやら、詩歌の説明で大凡の理解ができたようだ。

 

 

(ちなみに私は当麻さんの裸を見るだけで身体の奥底からポカポカしますが)

 

 

それはたぶん違う。

 

というか、まだ妄想から戻っていなかったのか……

 

何だか色々と残念だ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

すっかり先輩とした威厳を回復した詩歌は木山に研究所での調査を依頼した後、皆にテキパキと指示を出す。

 

将来は教師を目指す彼女はこういった指揮はお手のものである。

 

 

「……では、黒子さんと初春さんは佐天さんからサイトの説明を聞いて、<幻想御手>の調査を。美琴さんと佐天さんはお友達の所に向かい、保護を。できたら、<幻想御手>の曲が入った音楽プレーヤーの奪取をお願いします」

 

 

美琴と別行動という指示に黒子は不満げな表情を作ったが、詩歌が拳を作った右手を見せつけるように黒子の目の前に出すとすぐに初春と共に<空間移動>で移動した。

 

将来は教師を目指す彼女にとってこういった………のは必要なのか?

 

 

「佐天さん、お友達の説得を」

 

 

「はい」

 

 

ビシッ、とした詩歌のハキハキとした声に押され、佐天も力強く頷く。

 

そして、

 

 

「美琴さんは……お願いします」

 

 

美琴とは数秒だけ視線を交わす。

 

 

「はい、わかりました、詩歌さん」

 

 

長年姉妹のように親しい付き合いをしてきた幼馴染。

 

視線を交わしただけで2人は意思の疎通ができる。

 

そう、そこには強固な絆があった。

 

 

「そういえば、詩歌さんはなにするんですか?」

 

 

「私は晩御飯の支度を」

 

 

「「はあ?」」

 

 

だが、それでも分からない事はあった。

 

詩歌の突拍子もない返答に2人は唖然する。

 

 

「いえ、すみません。間違いました。私は病院に行って患者達の容態から私の能力で何か得られないかを見てみます」

 

 

詩歌は慌てて言い繕い、誤魔化そうとしたが、もう遅く。

 

折角、先輩としても威厳を回復したのに、2人の白けた視線は避けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

あのとき何があったのか?

 

 

詩歌がメールの着信音を聞いたとき、

 

 

『詩歌、メールだぞ 詩歌、メールだぞ 詩歌、メールだぞ』

 

 

その着信音を聞いた私は反射の域で携帯を取り上げます。

 

なぜなら、この(無理やり録音した)当麻さんの声の着信音は当麻さんからのメール専用。

 

つまり、もしかしたら当麻さんの身になにかが起きたかもしれないという事です。

 

しかし、メールの内容は私の心配とは裏腹のものでした。

 

 

『詩歌へ  インデックスは必ず連れ帰るから、いつも通りの旨い晩飯を用意しといてくれ。楽しみにしている』

 

 

その瞬間、私は蒙が啓けたかのように頭が冴えてきます。

 

そうです。私は今まであんなに当麻さんを(調教という)教育してきたじゃないですか。

 

1つや2つのフラグ程度で当麻さんが浮気? するはずがないです。

 

インデックスさんとのフラグなんてドンときなさい。

 

いえ、むしろこれを好機だと考えるのです。

 

そう将来の練習と……

 

 

 

以下妄想

 

 

 

『詩歌ー、帰ったぞ』

 

 

スーツを着た夫? 、当麻が仕事から帰ってきた。

 

 

『当麻さん、お帰りなさい』

 

 

エプロンを付けた妻? 、詩歌が当麻を出迎え、当麻からカバンを受け取る。

 

 

『おう、ただいま』

 

 

『ご飯にします、お風呂にします――――』

 

 

詩歌が定番の文句を言いかけたとき、

 

 

『パパー、ママー、お腹が空いたんだよ、早くご飯にするんだよ』

 

 

後ろからお腹をすかした娘? 、インデックスが現れ2人に催促をする。

 

 

『仕方ないな。それじゃあ、飯にするか……おまえ』

 

 

『はい、あ・な・た』

 

 

娘? のわがままには勝てず、夫婦? 2人は夕飯をいただくことにした。

 

そこには幸せな家族? の暖かな家庭? があった。

 

 

 

妄想終了

 

 

 

妄想に要した時間はたった3秒。

 

 

(いい! ものすごくいい! これこそ私の理想の未来像に違いない!! そうと決まれば、すぐに事件を解決して、夕飯の支度をしなければ)

 

そうして、詩歌にやる気の炎が点火した。

 

それも陽菜(Level4の学園都市最強の火炎系能力者)も真っ青な勢いで……

 

 

 

つづく


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