シックスセンスな織斑君とオルコットお嬢様   作:キラ

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来週中に投稿すると言っていましたが、今週中に書きあがりました。早い分には問題ないですよね。


仲良くしてほしくないんだよ

 ボーデヴィッヒさんの掃除講座が終わった後、私は一夏を人気のない場所――具体的に言うと、寮の裏庭へ連れ出した。

 あたりに人影のないことを確認してから、昨日から伝える機会をうかがっていた話を切り出す。

 

「男嫌いを克服したい?」

「ええ」

 

 私の話を聞いた一夏は、特に大きな反応を示すこともなく、ただ小さく頷いた。

 

「そうか、頑張れよ」

「はい」

「………」

「………」

「……手伝えってこと?」

「そうは言ってませんわ。ただ、協力してくださるならとてもうれしいな、と」

 

 両手を合わせ、お願いしますのポーズをとる。

 

「……わかったよ」

「ありがとうございます」

 

 面倒くさそうながらも、しょうがないといった感じで頷く一夏。

 やっぱり、一夏は優しい。だからついつい甘えてしまうのだけれど、どうか許してほしい。

 

「それで、具体的にどうするんだ」

「デュノアさんとコミュニケーションをとってみようと思いますの。うわべだけのものではなく、もっと深い形で」

 

 私としては、妥当な案を示したつもりだった。まずは身近な男性と接するところから――何もおかしなところはないと思った。

 でも、一夏にとってはそうではなかったらしい。その言葉を聞いた途端、表情が一瞬固まったのだ。

 

「あー、シャルルか。あいつはやめとけ」

「どうしてですの」

「聖人君子すぎて男らしさを感じない。仲良くなっても効果は薄いとみえる」

「そうでしょうか」

「ああ。俺を信じろ」

 

 納得できるような、そうでないような。

 

「今度俺の知り合いを紹介してやる。年中彼女募集してるやつだから、男臭さは十分だ」

「は、はあ……ですが、男らしさを感じないなら逆に接しやすいのではありませんか? それなら、効果は薄くても最初はデュノアさんからの方が」

「かーーーっ!!」

「ひっ」

 

 突然怒鳴りつけられ、びくりと体が震えてしまった。な、なに、私何か怒らせるようなこと言ったかしら?

 

「最初から甘ったれたことを言うんじゃない! そんなんじゃいつまでたっても女しか愛せないままだぞ」

「それはそうかもしれませんが……って、わたくし同性愛者ではありませんわ!」

「マジで!?」

「どうしてそんなに驚いてますの!?」

「いや、だって……なあ? 後輩にお姉様って呼ばれてそうだし」

「なんなんですのそれは……」

 

 英国にいたころ、慕ってくれる子が多かったのは事実だけれど、邪な関係を結んだことなんて一度もない。

 

「まあ、この際お前が百合かどうかは置いとくとしてだ」

「あまり放置してほしくない事柄なのですが」

「とにかく、シャルルとコミュニケーションとっても意味はないと思うぞ」

 

 そう言って、一夏はくるりと回れ右をする。

 

「腹減ったな。これから食堂行くけど、お前も来るか」

「あ、はい。ご一緒させていただきますわ」

 

 彼の態度に、妙な違和感を覚える。なんだか強引に会話を打ち切られてしまったような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏の登校時間は、基本的にいつも遅めだ。逆に私は早めに起きてそのまま寮を出るので、必然的に教室に着くのはこちらが先になる。

 

「あら」

 

 でも、今日は珍しく彼の方が先に教室にいた。まだクラスメイトたちもほんの数人しか来ていないので、私の登校が遅れたというわけでもない。

 

「おはようございます。今日はお早いですわね」

「おう。俺もこんな朝っぱらから来たくなかったんだけどな」

「何かありましたの?」

「ラウラに叩き起こされた」

 

 大きな欠伸をしながら、一夏は今朝の出来事を説明してくれた。

 

 

『朝だ。起きろ』

『……なんだ、なんでお前ここにいるんだ』

『早起きは三文の徳。日本にはこういう言葉があるらしいな。まったくその通りだ』

『あの、もしかして起床時間まで管理するつもり?』

『昨日はお前に合わせてやったが、さっさと起きて脳を目覚めさせなければ授業の内容が頭に入らないだろう。わかったら体を起こせ』

『うおっ、やめろ布団を剥ぎとるな! シャルル助けてくれ! 寝込みを襲われている!』

『ふたりとも仲いいね』

『これが仲いいんならテントウムシとアブラムシも仲いいことになるわ!』

 

 

「とまあ、こういうわけだ」

「ごめんなさい。声真似が気持ち悪いです」

「俺も途中で吐くかと思った」

 

 毎度毎度無理に女声を出そうとしなくてもいいのに。

 

「俺の生活があいつにどんどん浸食されている気がする」

「ですが、早起きはいいことだと思いますわよ?」

「それはそうなんだがな。でも俺は他人に強制されるのが好きじゃないんだよ」

 

 不満そうに頬杖をつきながら、机の上の教科書に視線を落とす一夏。

 

「勉強していますの?」

「いきなり登校時間が早くなったせいで、他にやることがないからな」

「そういうところ、真面目ですのね」

「本を読むのが好きなだけだ」

 

 他の生徒と比べて知識に欠ける部分もあるが、ISについて学び始めて2ヶ月ということを考慮すれば、彼は十分優秀だ。

 

「そういえば、当のボーデヴィッヒさんの姿が見当たりませんわね」

「なんか千冬姉のところに行くって言ってたな。そろそろ戻ってきてもいいころだと思うが……げっ、マジで戻ってきた」

 

 噂をすれば、といったところかしら。

 教室に現れたボーデヴィッヒさんは、そのまま一夏と私のところに歩いてくる。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう。……なんだ、私が言わずとも勉強しているではないか。褒めてやろう」

 

 一夏が教科書を広げていることに気づいた彼女は、うれしそうに笑って……なんと、彼の頭を優しく撫で始めた。

 

「って、いきなり何しやがる!」

「む? 先ほど教官から、お前は頭を撫でられるのが好きだと聞いたのだが」

「それは小さい頃の話だ! 千冬姉のやつ、言わなくてもいいことを」

 

 すぐさま頭の上に置かれた手を払いのけようとする一夏。ボーデヴィッヒさんは残念そうな顔をしている。

 でも、頭を撫でられた瞬間、一夏の表情が若干緩んでいたような……

 

「とにかく、今後も朝は予習復習に使うといい。脳のウォーミングアップにもなるだろう」

「マジで明日からも朝に襲撃かけるつもりか」

「お前がひとりで起きられるようになれば、行かなくてもよくなるな」

「シャルルに起こしてもらうから、それでいいだろ?」

「デュノアは甘いから無理だな。結局お前に合わせてしまうのが目に見えている」

「ぐぬぬ」

 

 一夏に圧力をかけるためか、ずいっと顔を近づけるボーデヴィッヒさん。

 ……ちょっと、距離が近すぎないかしら。

 

「なあセシリア、お前からなんか言ってやってくれ……あれ、どうした? そんな難しい顔して」

「え?」

「いや、眉間にしわが寄ってるから。なんか考えごとか」

「い、いえ。別にそういうわけでは」

 

 眉間にしわって……私今、そんな顔をしていたの?

 

 

 

 

 

 

 それから数日間、特に何事もなく日々が過ぎて行った。デュノアさんを取り囲む女子の数も収まってきて、週初めにやってきた非日常が日常に溶け込み始めていた。

 そして、今日は土曜日。午前中で授業が終わる代わりに、午後はアリーナが全開放される。

 

「ああ、オルコット。いいところに」

「はい?」

 

 食堂で昼食をとり、アリーナへ向かおうかと思っていたところで、ボーデヴィッヒさんに声をかけられた。

 

「一夏の、やつのISの位置座標はわかるか」

「一夏さんの? ええ、お互い許可登録は済ませていますから」

 

 ISの中心であるコアは、独自のネットワークを構築したうえで、ある程度の情報を共有している。さらに当事者同士でコアの許可登録を行えば、登録したISの正確な位置を特定できるようになるという仕組みだ。ちなみに登録していなくても、おおよその位置くらいは表示される。なので、たとえば学園内にいるかいないかくらいなら判断できる。

 

「あの馬鹿者め、午後から私が稽古をつけると言ったのに逃げたのだ。しかも学園外にな」

「確かに、白式の反応が市街地にありますわね」

 

 この場所は、おそらく彼の行きつけの古本屋だ。私も何度か通っているので覚えている。

 

「ふむ、ここにいるのか。時間をとらせて悪かった、感謝する」

 

 ブルー・ティアーズから彼女のISへ転送された情報を確認すると、ボーデヴィッヒさんはお礼を言ってこの場を去ろうとした。

 

「もしかして、今から追いかけるおつもりで?」

「そういうことになるな。一夏もずっと同じ場所に留まっているとは限らないが、その時は手当たり次第探してみるつもりだ」

「わたくしもご一緒します。それなら、一夏さんを見失うこともないでしょう?」

「それはありがたいが、いいのか?」

「ええ。あなたとふたりきりでお話ししてみたい、というのもありますし」

 

 席を立つ。少し街に出るくらいなら、大して準備に時間もかからないだろう。

 

「私と話したい、か。……わかった、では行くぞ」

「はい」

 

 ちょっと驚いたような反応を見せたボーデヴィッヒさんだが、すぐにいつもの調子を取り戻した。彼女のあとに続いて、私も食堂を出る。

 

 

 

 

 

 

「一夏さんのこと、すごく気にかけていますのね。わざわざ街まで連れ戻しに行くなんて」

「当然だ。あいつを鍛えると、私が自分で決めたのだからな」

「織斑先生の弟として恥ずかしくないように、ですか」

「そうだな。以前私はあの方に鍛えてもらった。その恩返しという意味もある」

 

 道中のモノレールの車内で、私たちは言葉を交わす。一夏の話題を振ったのは、私の方だ。

 

「ですがそれは、押しつけに近いものじゃありませんの? 織斑先生に頼まれたとか、そういう事情があるわけではないのでしょう」

 

 一夏は束縛されるのが嫌いだと言っていた。彼に限らず、人というのは基本的に自由を好み、規制を疎む生き物である。

 無理にISの訓練を強要したり、生活に干渉したりするのは、行き過ぎると問題が生じる可能性がある。押しつけ、と評した私の判断は、おそらく間違っていない。

 

「それは違いない。私の一夏への干渉は、多少過剰な面もあることは自覚している」

 

 意外なことに、彼女はあっさりとそれを認めた。つまり、わかっているうえで行動を起こしているということだ。

 

「だがやつの立場上、ISに関する知識、技術を磨くことは決して無駄にはならないはずだ。早起きや掃除の習慣をつけることも、やつにとってはプラスになる」

 

 一夏の立場。ISを世界で唯一動かせる男という肩書きを持つこと。

 今後、ISが一般男性にも扱えるように改良されれば話は別だが……今の段階では、彼とISを切り離すことはできないだろう。だから、ボーデヴィッヒさんの言い分は正しい。

 

「それに、本気で拒絶されれば私も素直に引くつもりだ。今のところはまだ、文句を言いながらも朝は起きるし、部屋もきれいにしている」

「なるほど。よくわかりました」

 

 そういうことなら、私から言うことは何もない。

 

「それにしても、あの掃除の腕には驚かされました。短期間で身につくものでもないと思うのですが」

「大したことはしていない。教官がドイツにいたころ、よく部屋の掃除をさせていただいているうちにコツをつかんだだけだ」

「織斑先生の、ですか?」

「あの人は整理整頓が上手ではなくてな。数日放っておくとすぐに部屋が散らかり放題になるから、どうしても放置しておけなくなったのだ」

 

 あの織斑先生が、そんな弱点を抱えていたなんて。ちょっと意外だ。

 

「……今の話は、くれぐれも内密にな。私が教官に怒られる」

「あら」

 

 そんな話をあっさり私に言うあたり、意外とお茶目な部分もあるらしい。

 

「さて、どうしましょうか」

「なっ……お前、思いのほか意地悪だな」

 

 お互いに、少しだけ相手のことを知ることができた、そんな土曜の午後だった。

 

 

 

 

 

 

 1時間ほど使って、私たちは無事古本屋にたどりついた。その間、白式の座標はずっと店内をうろうろしているだけだった。

 

「1時間も本屋で何をしているのだ、あいつは」

「あら、別に普通じゃありませんか? ついついいろいろな本に目移りしてしまううちに、2時間3時間経ってしまうこともよくありますけれど」

「私にはわからん」

「残念です。……それはそうと、いましたわね。一夏さん」

 

 文庫小説のコーナーで立ち読みをしている、白い制服姿の男性。紛れもなく一夏だ。

 そっと足音を消して近づき、ぽんと肩に手を置く。

 

「ごぎげんよう、一夏さん」

 

 びくりと震えて勢いよく振り返る一夏。今の反応はちょっと面白かった。

 

「……お前ら、なんでここに」

「訓練をすると伝えてあっただろう。今からでも遅くはない、さっさと帰るぞ」

「わたくしはただのつきそいです」

 

 腕を組んで睨みつけるボーデヴィッヒさんを見て、一夏ははあーっと深いため息をつく。

 

「先週の土曜はちゃんと箒たちと訓練したんだ。だから今日は自由にしてもいいだろ」

「駄目だ。きちんと毎週やらねば効率が落ちる。お前はもっと上を目指さなければならない」

 

 どちらも自分の意見を曲げるつもりはないらしく、しばらく互いの視線がかち合う。本気で拒絶されたら諦めるとボーデヴィッヒさんは言っていたが、どのような基準で判断するつもりなのだろうか。

 

「なんでお前にそこまで拘束されなきゃならんのだ。別にISが人生のすべてってわけじゃないだろうが」

 

 苛立ちを含んだ声で反論する一夏。間違いなく怒っている。このままだと、ふたりの口論は平行線をたどってしまうのでは――

 

「なら織斑一夏。お前には、他人に胸を張って誇れる部分があるというのか」

 

 しかし、ボーデヴィッヒさんがその言葉を口にした途端、一夏の表情から怒りがふっと消え失せた。

 

「………」

 

 無言のまま、彼は一瞬私の方を見て、再びボーデヴィッヒさんに向き直る。

 

「わかったよ。お前の言うことを聞く」

「う、うむ。わかればいい」

 

 急な態度の豹変に驚いたのは私だけではなかったようで、彼女も若干返事にまごついていた。

 

「じゃ、行くか」

 

 立ち読みしていた古本を棚にしまい、出口へ向かう一夏。私たちふたりも、彼のあとに続いた。

 足を進めながら、先ほどの彼の反応を思い起こしてみる。

 すぐに無表情になっていたが……一瞬だけ、とても寂しそうな顔つきになっていた。少なくとも、私にはそう見えた。

 『他人に誇れる部分』。一夏は、このフレーズに何か特別な感情を抱いているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「あ、オルコットさん」

 

 学園に戻ってふたりと別れた後、寮の廊下でデュノアさんと出会った。

 

「ごきげんよう、デュノアさん」

「そうそう。昨日借りた推理小説、面白いね。まだ途中までしか読んでないけど、犯人が気になってしょうがないよ」

「気に入っていただけたようならなによりです」

「読み終わったら、またおすすめの小説を教えてほしいな。そういえば、オルコットさんはどんなジャンルが一番好みなの?」

「基本的に雑食ですわ。頭を使うミステリー系も、気軽に読めるコメディ物も、面白いものは面白いので」

「へえ、そうなんだ」

 

 デュノアさんとは、この1週間で本を貸すくらいには仲良くなることができた。一夏はああ言っていたけれど、彼とある程度深いコミュニケーションをとることで少しでも男嫌いが改善できるのなら、それでいいと考えている。

 まあ、そういう打算的なことを抜きにしても、彼は親しみやすい人間だった。人当たりはいいし、教養もある。加えて、どういうわけか男性特有の近寄りがたさを感じない。

 一夏の言う通り、聖人君子すぎて男らしくないからなのかしら。

 

「オルコットさん、どうかした? ぼーっとしていたみたいだけど」

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 とにかく、ちょっとは自信をつけることができた……かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 翌日のお昼のこと。

 

「で、セシリアさん。ぶっちゃけ織斑くんとはどんな感じですか」

「ABCDどこまで行ったの?」

「ユー吐いちゃいなYO!」

 

 なぜか自室に押しかけてきたクラスメイト3人に囲まれていた私は、はっきりと首を横に振る。

 

「わざわざ私の部屋を訪ねてまで聞こうと思われた理由はわかりませんが、わたくしと織斑さんとの間にそのような浮いた話はございませんわ」

「えー?」

「だって嫌い嫌い言ってたのに結局仲良くなってるし」

「マイナスからプラスに振れる時は勢いが大きいって言われてるし」

「そう言われましても、友人以上の関係ではありませんし」

 

 以前にメイド服絡みでひと騒動あった時は、危うく妙な噂が立ってしまうところだった。でも、きちんと事情を説明したことで事なきを得たはずだ。

 

「でも、もしかしたらフラグはすでに立っているのかもしれないよ!」

「何かない? 織斑くんが嫉妬したりとかさ」

「嫉妬、ですの?」

「ほら、セシリアデュノアくんとも仲いいじゃない? それで織斑くんが、『俺以外の男と話すんじゃねえよ』とか」

「それ、少し独占欲強すぎませんか?」

 

 会話まで禁止されたらたまったものではないと思う。

 まあ、私には関係ない話ではあるけれど。

 

「でもいいじゃない? ちょっと視線を外してさ、ぶっきらぼうに『お前とあいつにはあんまり仲良くしてほしくない』って言うの」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

「お前、シャルルと仲いいみたいだな」

 

 食堂でばったり会ったので、一夏と一緒に夕食をとっていると、デュノアさんのことに話題が移った。

 

「ええ。あなたにはああ言われましたけれど」

「やめといた方がいいと思うけどな、俺は」

「どうしてそこまで反対しますの? 仮に男嫌いの克服に役立たないとしても、彼個人と親しくなることに問題はないと思いますわ」

 

 先日寮の裏庭で話した時もそうだったが、やはり一夏の反応は変だ。どうも頑なに私とデュノアさんが接触することを拒んでいるように感じられる。

 一夏のことだから、きっと何か理由がある。そう考えて、率直に尋ねてみたのだが。

 

「……困るんだよ」

「はい?」

 

 私から目を逸らして、一夏は小さな声でつぶやく。

 

「お前とシャルルに、あんまり仲良くしてほしくないんだよ」

「えっ……?」

「言えるのはそれだけだ。じゃあな」

 

 そう言い残して、空になったトレーを持って一夏は去ってしまった。私の皿にはまだ料理が残っているので、ついていくわけにもいかない。

 

「……え?」

 

 これって、昼間に聞いた話の状況に、すごく似ている?

 

 

 

 

 

 

 ありえない、ありえない、ありえない。

 

 ベッドの上で布団をかぶり、自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を頭の中で繰り返す。

 時刻は午後10時。夕食をとった時から3時間以上経つというのに、私の心は異常なほどに乱れっぱなしだった。

 

「……ありえない」

 

 一夏が嫉妬? そんなことあるはずない。普通に考えればわかることだ。なぜなら、今まで彼は私に恋愛感情を抱いている素振りなんて見せたことがないから。

 ……でも、もし万が一、億が一、そうだったとしたら?

 

「………」

 

 体が熱い。体調を崩したわけじゃないのに。

 

「そうだとしたら」

 

 一夏は、優しい人だ。普段は辛辣なことを言ったり、わけのわからない発言をしたりすることもあるけれど、それでも私のわがままに付き合ってくれる。箒さんも鈴さんも、彼のそういうところが好きになったのではないかと思う。

 そして、私にとって一夏は、初めての男性の友人で、初めて男性の感触を教えてくれた人で――

 

「~~~っ!」

 

 布団を頭まで引き上げ、ルームメイトに今の自分の姿を見られないようにする。多分、相当おかしなことになっている。いきなり悶えだすなんて明らかに不審だ。

 

 どうしちゃったの、私? こんなこと、今まで経験したことがない。

 さっきまで、ほんの数時間前まで、全然普通だったのに。一夏のことを考えても、平気でいられたのに。

 

「……ふう」

 

 深呼吸をして、なんとか少しでも気持ちを落ち着けようとする。

 そして、布団から出て机の上の携帯電話を手に取った。

 

「あれ? セシリア、寝たんじゃなかったの?」

「それが、なかなか寝つけませんの。少し、外で電話をしてきますわ」

 

 ルームメイトに説明してから部屋を出て、今の時間なら人がいないであろう休憩室を目指す。

 

「こういう時は、頼りになる人に聞くのが一番、ですわ」

 

 イギリスはまだ昼間だから、特に問題はないはずだ。

 私の姉代わりのメイド――チェルシーに、相談してみよう。

 




IS9巻が発売されました。設定追加により悩んでいる作者の方々もいらっしゃるようですが、僕はまず最近ISバトルというものをほとんど書いていないので問題なさそうです。決して誇れることではないですが。

一夏とラウラの距離が近いと顔をしかめるセシリアさん。身悶えするセシリアさん。ちょっと急展開かもしれませんが、あまり長くやるのもあれなのでこの調子で進みます。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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