お前を認めない
週が明けて、6月最初の月曜日を迎えた朝のこと。
「今日は2名の転校生を紹介します!」
ホームルームで副担任の山田先生が発した一言を聞いた瞬間、私――セシリア・オルコットは妙な胸騒ぎを感じた。
「……なぜかしら。何かびっくりするようなことが起きる予感が」
突如もたらされたサプライズに湧きたつクラスメイト達を眺めつつ、静かに胸に手を当てる。
シックスセンス、いわゆる直感。日本では虫の知らせ、なんて言い方もあるらしい。
そんなものが本当に存在するのかどうかは不明だが、こういう時の自分の勘は割とよく当たると、これまでの私自身の人生が証明していた。
しかし、現在進行形で転校生の報せに驚いているところなのに、これ以上びっくりするような事態が起きるのだろうか――などとあれこれ考えているうちに、教室の扉が開かれ、2人の生徒が中に入ってきた。
「………っ!?」
教室全体が固まる。無論、私も例外ではなかった。
「だ、男性……?」
銀髪の小柄な少女。左目の眼帯が気になるが、こちらはさほど問題ではない。
だが、彼女の隣に立っているもうひとりの転校生は、間違いなく男子の制服を着ていた。
*
今日は午前いっぱいを実戦訓練にあてることになっているので、ホームルームが終わったところで全員がISスーツに着替えはじめた。
「デュノア。お前は私について来い。更衣室の場所を教える」
「はい」
ただひとり、シャルル・デュノアという例外を除いては、だが。
男子が女子と一緒に着替えるわけにはいかないので、彼は織斑先生に連れられて早々に教室を出て行った。
「………」
「どうしたのセシリア? ぼーっとして……そんなにデュノアくんに驚いた?」
「え? え、ええ、そうですわね。まさか転校生が男性の方とは予想していませんでしたから」
「だよねー。しかも織斑くんとはまた違ったタイプの美形だし」
ショックを引きずってうっかり言葉遣いが乱れないよう気をつけながら、近くの席の女子と言葉を交わす。……大丈夫、いつも通りお嬢様を演じられる。
「早くお近づきになりたいな」
しかしまあ、あの転校生には驚かされた。やはり私の直感は間違っていなかったらしい。
シャルル・デュノア。フランスの代表候補生で、世界で2人目のISを動かせる男性。
中性的な整った顔立ちに、首の後ろで束ねた金髪がよく映えている。外見から考えれば、女子達からも相当な人気が出るのは間違いない。性格の方はまだわからないが、自己紹介を聞いた限りでは物腰の柔らかそうな雰囲気を放っていた。
ただ、正直なところそういった特徴は大した問題ではない。
彼が『男』であること、その一点が私の心を焦らせていた。
「……困りましたわね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、なんでもありませんわ」
根本的な問題として、私は男性が苦手である。それも、結構深刻なレベルで。
苦手ではない男もいるにはいるが、アレはいろいろと特別な存在だ。
別に、あの転校生と必要以上に関わらなければいいだけの話ではある。それだけのことなら容易に可能だ。これまでと同じように、男性に対して見えない壁を貼っていればいい。
……ただ、この学園に来てあの男と出会ってから、少しずつではあるが男性についてわかり始めた気がする。
いい加減、男性嫌いを克服すべきではないだろうか。そういう視点で考えると、多少は積極的にデュノアさんと接するべきかもしれない。
精神的に向上心のないものは馬鹿だ、という日本の小説の一節を思い出す。……そうよね。頑張ってみるべきよね。
「よし」
人知れず拳を握りしめ、静かに精神的な成長を誓った。
とりあえず今はさっさと着替えて、授業に遅れないようにしなければ。
「………」
と、そこである人物の姿が目に留まった。私の近くの席に割り当てられたもうひとりの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
すでにスーツに着替え終わった彼女は、何やら眉間にしわを寄せて教室全体を見渡している。何かを探しているようにも見えるが――
「どうかしましたの? ボーデヴィッヒさん」
気になって声をかけると、彼女は視線だけをこちらに向ける。
デュノアさんのインパクトに隠れてしまっていたが、このボーデヴィッヒさんもかなりの異彩を放っている。なんというか、雰囲気が冷たいのだ。全身から近寄るなオーラみたいなものが出ていて、そのせいでここまで誰も彼女に話しかけていなかった。
ただ、私にとっては男に話しかけることに比べればずっと楽な話である。
「わたくし、セシリア・オルコットと申しますの。よろしくお願いします」
とりあえず自己紹介をしてみるが、あちらは私の名前には特に興味もないようだ。
「何かお探しで?」
このまま黙っていても会話が進みそうにないので、直球で尋ねてみる。どうやら当たりだったようで、彼女の眉がぴくりと動いた。
「……織斑一夏はどこだ。このクラスにいるはずだが」
「一夏さん?」
出てきた答えは意外なもの……でもないかしら。
ISを動かせる男を一目見ておきたいという気持ちは、抱いて当然のものと言えるかもしれない。
「残念ですけれど、彼は今日は欠席ですわ」
「なに?」
「体調不良です」
今朝朝食に誘おうと部屋を訪ねたら、どうやら風邪をひいてしまったらしいと言われた。症状は軽いから夜には治ると思うけど、一応学校は休むとのこと。
「……チッ」
ボーデヴィッヒさんの顔つきがひときわ厳しいものに変わる。
これは、ただ一夏を見てみたいというような様子ではなさそうだ。
「一夏さんと面識がおありで?」
「ない」
ないのにこの反応? やっぱり何かあるのだろうか。
「あの……よろしければ、放課後に一夏さんの部屋までご案内しましょうか」
「……お前がか」
「はい。私の方も一夏さんに用がありますし。ボーデヴィッヒさんは、彼の部屋の場所を知らないでしょう?」
「そうだな。……まあ、探す手間が省けるのなら問題はない」
こくりと首を縦に振り、彼女は唇の端をつり上げる。よくわからないが、とりあえず喜んでいるようだ。
「決まりですわね。では、グラウンドに行きましょうか」
話し込んでいるうちに、授業開始まで残りわずかとなっていた。遅刻すれば織斑先生の鉄拳制裁が待っているので、それは避けたい。
*
「では皆さん、明日も元気に登校してきてくださいね」
山田先生によるホームルームが終わり、放課後がやってきた。約束通り、私は右斜め後ろの席に座っているボーデヴィッヒさんに声をかける。
「行きましょうか」
「ああ」
鞄を手に取り、並んで教室を出る。ちらりと前の方の席をうかがうと、デュノアさんがたくさんの生徒に質問攻めにされていた。あれでは話しかけようにも話しかけられないだろう。
一方、隣を歩くボーデヴィッヒさんは今日一日あまり話しかけられていなかった。たまに勇気を出してコミュニケーションをとろうとする人もいたのだが、無表情の上ほとんど何も答えてくれないのですごすごと引き下がらざるをえなかったという次第だ。
なら私が会話できているのはなぜかと言えば、彼女の益になる行動をとっているからだろうと思われる。
「オルコットという名前、思い出した」
学生寮に向かう道の途中、初めて彼女の方から話を振ってきた。
「イギリスの代表候補生に、そんな女がいたな」
「あら、知っていてくださったとは光栄ですわ」
「知っていたというほどでもない。単純に、その名に聞き覚えがあっただけだ」
前を向いていた彼女の視線が、隣の私に向けられる。
「ブルー・ティアーズの操縦者。機体に恥じない実力は備えているのだろうな?」
「……どうでしょうね。わたくしもまだまだ未熟ですから」
品定めするかのような言葉と目つきに、一瞬ゾクリとしたものを感じる。それを表に出さないようにしながら、当たり障りのない言葉を選んでおく。
「………」
互いに足を止め、視線を交錯させる。無言のまま、目は逸らさない。
緊張感が体中に張りつめる、嫌な感覚に襲われる。
「フン、まあいい。いずれわかる時が来るだろう」
先に降りたのはボーデヴィッヒさんの方だった。もっとも、向こうは大して緊張もしていなかったようだけれど。
「どこに行きますの」
再び歩き出す彼女を呼び止める。
「決まっているだろう。織斑一夏の部屋だ」
「ですから、一夏さんの部屋ならここですわ」
すぐそばにあるドアを指さす。先ほど足を止めたのは、別に睨み合いをするためではない。単純に、目的地に着いたからだ。
「……先に言え」
文句を言いながら振り返った彼女は、少しきまりが悪そうな表情をしていた。
言いづらい雰囲気にしたのはそっちでしょう、と返したかったが、下手に波風を立てるのもよろしくない。
「一夏さん、いらっしゃいます?」
ノックをしてから、部屋の中へ向けて声を出す。ちゃんと体調が戻っていればいいのだけれど……
「開いてるから勝手に入ってくれ」
返ってきた声は、朝と比べて張りが戻っていた。少しほっとしながら、ドアを開けて中に入る。
「具合はいかがですか」
「ほぼ全快だな。そろそろベッドから出ようと思ってたところだ」
「それはよかったですわ」
ベッドの上で半身を起こしている一夏は、確かに体調が悪そうには見えない。枕元に文庫本が置かれているので、読書中だったのかもしれない。
「実は、一夏さんに会いたいという方を連れてきたのですが――」
「貴様が織斑一夏か」
用件を話そうとしたところで、背後から険のある声が割り込んできた。
「……誰?」
私に続いて部屋の中に入ってきたボーデヴィッヒさんは、そのまま私を抜いて一夏の目の前にまで移動する。ぽかんとしてる一夏の反応を見る限り、会ったことがないというのは本当らしい。
「体調管理も満足にできんとはな。専用機持ちとしての自覚が足りないのではないか?」
「いや、その前にお前誰――」
「一発殴ってやろうかと思っていたがその気も失せた。拍子抜けもいいところだ」
「あの、俺の話聞いてる?」
「とにかく、私は貴様のことを認めない。覚えておけ」
そう言って、彼女は長い銀髪をなびかせて部屋から出て行った。
残された私達は、しばし言葉もなく互いに顔を見合わせる。
「……なに、あれ」
「さあ……わたくしにも何がなんだか」
「お前が連れてきたんだろ」
「わたくしはただ、あの方が一夏さんを探しておられたので案内しただけですわ」
彼女がラウラ・ボーデヴィッヒという名の転校生だということ、およびこれまでの経緯を簡単に説明する。
「じゃああれか、あいつは初対面の俺をゴミを見るような目つきで好きなだけ罵ったあげく言いたいこと言って帰ったと、そういうことか」
「そうなりますわね」
私が頷くと、一夏は大きくため息をついて額に手を当てる。
「初めて会った人間をあそこまで嫌ってるって、普通ありえないだろ」
「あの……つい2ヶ月ほど前に、似たようなことがあったと思うのですが」
私もあなたも、同じことをしていたじゃない。
「……あいつも、直感で俺を嫌っているっていうのか」
「断言はできませんが……今回は、違うと思います」
「理由は」
「ボーデヴィッヒさんは、織斑先生とお知り合いのようでしたから。あなたを嫌う原因があるとすれば、そのあたりではないかと」
最初の自己紹介の時、彼女は織斑先生のことを『教官』と呼んでいた。先生の方も、彼女のことはよく知っている様子だった。
「千冬姉と? ……あいつの出身、どこだ」
「ボーデヴィッヒさんですか? ドイツの代表候補生のようですが」
「ドイツか。なるほどな」
「何かわかりましたの?」
そう問いかけると、一夏は首を横に振った。
「いや、俺が嫌われてる理由についてはさっぱりだ。とりあえず明日にでも千冬姉にいろいろ聞いてみることにする」
「そうですか」
私としても、ボーデヴィッヒさんについてはいろいろと気になることがある。
……けれど、それと同じくらい、あるいはそれ以上に懸念しているのは、もうひとりの転校生のことだった。
「少し相談したいことがあるのですけれど、よろしいでしょうか」
「ん? なんだよ改まって」
「実は、転校生はもうひとりいらっしゃるのですが――」
説明しようとしたところで、部屋の扉が控えめにノックされた。
「開いてるんでどーぞ」
一夏の適当な返事を聞いて、ひとりの生徒が中に入ってきた。
「えっと。ここは織斑一夏くんの部屋でいいんだよね」
男子の制服に身を包んだ彼の姿に、一夏の体が硬直する。
「はじめまして。1組に転入してきたシャルル・デュノアです。今日から僕もこの部屋で暮らすことになったので、よろしくお願いします」
来訪者は、今まさに私が話そうとしていた転校生その人であった。
「お、男……?」
まじまじとデュノアさんを見つめる一夏。他の生徒より遅れて数時間、彼はようやく『2人目の男子』の存在を知ったのだった。
お久しぶりでございます。
色々と忙しかったり、ポケモンやってたり、そんなふうに過ごしているうちに3カ月弱もの間まったく文章を書いていませんでした。
連載中の作品が他にあるのですが、続きをどうにも文章にしづらい(プロット自体はあるのですが)ので、リハビリがてらこの作品の続きを書くことにしました。
今回はセシリア視点で、わりと淡々と話が進んだと思います。一夏と違ってあまりふざけないのが原因な気がしますが、次回からはもう少し「他愛のない会話」みたいなものを増やしていこうと考えております。
感想等あれば、気軽に送ってくれるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします(週一更新目標)。