シックスセンスな織斑君とオルコットお嬢様   作:キラ

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本編は完結したのですが、少しだけ続きのネタを思いついたので番外編(前編)投稿です。半年ぶりですが……


番外編
だから買いかぶり過ぎだっての


 青い空、白い雲。輝く太陽が、丁度いい具合に視界を明るく照らしてくれる。

 海から吹いてくる風は潮の香りを運んできて、俺の鼻孔をかすかにくすぐる。

 IS学園の屋上、学び舎のてっぺんで読書にふけるこの時間は、俺こと織斑一夏にとってまさしく至福のひと時だった。だからこそ、もうじき梅雨に入ってしまうであろうことが残念で仕方ない。雨だと外に出られないからな。

 

「今日もいい天気だ」

 

 本から目線を外し、頭上に広がる空を眺める。

 当たり前だが、空は広くて大きい。あれに比べれば、人間ひとりの存在なんて小さいものだ。多少何かやらかしたところで、世界が変わるなんてことはない。

 ゆえに、たとえばこれから俺が午後の授業をサボったとしても別に問題はないのである。生徒ひとりが教室にいないくらいで、授業の進行に支障はきたさない。腹が痛いから保健室に行ってきますとか言っておけばそれで十分。あとは本を読むなり好きにすればいい。

 

「授業をフケてのんびりと読書を楽しむイケメン。絵になると思わないか?」

「……はぁ」

 

 隣に座っている女子に同意を求めると、彼女はどういうわけだか顔をしかめてため息までついていた。

 

「そうですわね。あなたの読んでいる本が成人向け雑誌でなければ、の話ですが」

 

 彼女――セシリア・オルコットの冷ややかな視線は、俺が膝の上で広げている一冊の本に向けられている。若い女性の裸体が惜しげもなくドアップで載せられたその本は、通称エロ本と呼ばれるジャンルのものだ。

 

「イケメンってところは否定しないのな」

「一夏さんの顔立ちが整っているのは事実ですから。それを自分で言うのはどうかと思いますけれど」

「下手な謙遜はかえって他人を傷つけるんだよ。自分がイケメンだと思ったら堂々と宣言するべきだ」

 

 ちなみにこれは俺のセカンド幼馴染の意見を参考にしている。あいついわく、自分より胸の大きい女子が『えー? 私そんなに胸大きくないよー? どっちかっていうとむしろ貧乳でしょー?』とか言ってると非常に腹が立つとのこと。ならば顔面偏差値についても同じことが言えるはずだ。

 

「日本の方は謙遜を美徳とするとお聞きしたのですが」

「何事にも例外はあるってことだ。……ところでお前、よく俺がここにいるってわかったな」

 

 今は昼休みだが、教室を出る前に今日は昼食をとらないということは伝えておいた。その後屋上に移動してひとりでお宝本を楽しんでいたのだが、そこでセシリアがふらりと現れて俺の隣に腰を下ろしたのだ。

 付け加えると、俺が陣取っていたのは入口の真上の部分で、つまり他の場所より高いせいでここに人がいることを下から察知するのはちょっと難しい。もっとも、こんな微妙に狭い場所に座るような物好きもなかなかいないだろうから、別に問題はないのだが。

 

「よい勘をしているでしょう? 一夏さんは高いところに昇りたがる性格だと思いましたの」

「お前、それは俺が馬鹿だと言いたいのか」

「まさか。煙のようにつかみどころのないお方だと言いたいだけです」

「うまいこと言ったつもりか」

「どうでしょうか。まだまだ日本語には自信のない部分もありますので」

 

 ふふ、とおしとやかに笑うセシリア。しっかり謙遜してるあたり俺よりよほど日本人らしい言動じゃなかろうか。

 

「そんだけ流暢に話せれば何の問題もないだろ。将来は通訳にでもなったらどうだ」

「そうですわね。選択肢のひとつには入れておきましょうか」

 

 このセシリア、実はイギリスの名家の御令嬢――もとい、両親が亡くなってるから当主みたいなものか。とにかくそういうすごいやつなので、実際は通訳なんて職業に留まることはまずないだろう。

 

「で? わざわざ俺を探し当てて、何の用だ」

 

 貴重な昼休みの時間を費やして来たんだし、何も用事がないなんてことはないはずだ。

 

「実は、ひとつお願いしたいことがありますの」

「お願い?」

「ええ。わたくしの家のメイドのひとりが、今週末に日本に来るのですが、その機会にぜひ一夏さんにお会いしたいと」

「お前のメイドがか? そりゃまたどうして」

 

 思ったことをそのまま口にすると、セシリアは少し困ったような顔つきになる。

 

「わたくしが男性と友人関係になるのは初めてのことなので、その男性がどんな方なのか確かめたいそうです」

「なるほどねえ」

 

 ひとり異国の地で暮らしているお嬢様に近づく虫が害虫かどうかをチェックしたいってとこだろうか。

 

「そのメイドと仲いいのか」

「ええ、まあ……年齢も近いですし、主従関係こそありますがわたくしの一番の友人と言っても間違いはないですわ」

「そうか」

 

 おそらくそのメイドはセシリアとそれなりの頻度で連絡を取り合っていて、その際彼女に俺のことを教えてもらったのだろう。

 友達の一番の友達の頼みとあっては、無碍に断るわけにもいかないか。

 

「俺は構わないぞ。どこで会うことになっているんだ?」

「詳しいスケジュールはこれからあちらと話し合いますわ。一夏さんはとりあえず、日曜日の予定を空けておいてください」

「わかった」

「了承してくださって、ありがとうございます」

「どうせ暇だったからな」

 

 それに、英国の本場のメイドに会えると聞いて若干テンションが上がってきた。今まで直接目にしたことがないからである。容姿が俺のストライクであることを切に願うが……

 

「一夏さんがいやらしい目つきをしています」

「シテナイヨ。ゼンゼン」

「なんで片言なんですの」

「別に。俺は邪な気持ちなんて一切抱えてないからな」

「そうですか。先に言っておきますけど、メイドだからといってはるばる日本にまでメイド服を着てくるわけではありませんわよ」

「てめえふざけんなよ! メイド服が堪能できると思った俺の純粋なワクワクドキドキを返せ!」

「清々しいほど邪な感情でいっぱいですわね……どのあたりが純粋なんだか」

 

 義憤に燃える俺に対して、セシリアは呆れたといった表情になる。彼女がちらりと目をやったエロ本の見開きには、メイド服を着た女が股を開いている写真がばっちり掲載されていた。

 

「……メイド服、好きなんですの?」

「あ?」

「別に、あなたの変態的な趣向に興味はないのですけれど。一応、聞いておこうと思いまして」

 

 何やらそわそわし始めたセシリア。普段は相手の目を見て話すくせに、今は俺ではなく俺の背後の壁に視線を向けているっぽい。

 

「まあ、確かに好みだが……なんだ、お前が着てくれるのか」

「なっ……違うわよ! なんで私が……頼まれたって着るもんですか」

「いや、別に頼みはしねえけど」

 

 というか口調崩れてるし。学園内では常にお嬢様言葉で通しているこいつにしては珍しい光景だ。

 

「こ、こほん。とにかく、わたくしのメイドに不埒な真似をしたら承知いたしませんわよ」

 

 怒っているからか、あるいは別の理由からか。顔をほんのり赤くしたセシリアは、そう言い残して足早に屋上から出て行った。

 

「なんだありゃ」

 

 ちょっとエロ本の刺激が強すぎたか? 普段は落ち着き払っているわりに、あっち方面の耐性は年相応なんだろうか。

 

「ま、男嫌いだったんだし当然っちゃ当然か」

 

 むしろわたくしヤりまくりですわよとか言われたら絶対引く。対等に話せる自信がなくなる。俺童貞だし。

 

 

 

 

 

 

「そういえば一夏。今日はなんでお昼食べなかったのよ」

 

 夕食の時間にとんかつを頬張りながらそう尋ねてきたのは、4月の末にこの学園に転入してきた幼馴染、凰鈴音であった。

 

「腹が減ってなかったんだよ。朝から布仏とデザート食い勝負なんてやってたからな。おかげで午前中は胃もたれがやばかった」

「私は止めたのだがな。一夏はまったく聞き入れもしなかった。しかも勝負には負けていた」

「アホね」

「アホですわね」

「うっせ」

 

 箒や鈴、セシリアに白い目で見られ、俺はごまかすようにご飯をかきこむ。

 一緒に学食で飯を食うようになってから、こいつらの連携度が地味に上がっている気がするのは俺の思い過ごしなのだろうか。主に俺を貶す方面で。

 入学当初は箒と2人で食べることが多かった。イギリスでの一件以来、セシリアが仲間に加わった。そのうち鈴が転入してきて、気がついたら馴染んでいた。

 女だらけの空間でうまくやっていけるかどうか不安だったのだが、なんとか生活が軌道に乗ってきた感じだ。本当に、知り合いが多くて助かった。

 

「じゃあ、お腹壊すといけないからあたしがから揚げ食べてあげるわ」

「あっ!? 何しやがる鈴!」

 

 少し目を離している隙に、鈴が俺のトレーに置かれていたから揚げをひょいっと取り上げていた。

 

「とんでもない女だ」

「ぼーっとしてる方が悪いのよ……って、あたしのとんかつが消えてる!?」

 

 勝ち誇っていた鈴の顔が一瞬で歪み、あたふたとメインディッシュの行方を探しはじめる。

 

「どこ行ったんだろうな。もぐもぐ」

「アンタの口の中か! しかも二切れも、この欲張り!」

「お前に言われたくねえよこのいやしんぼめ。トレードで妥協してやったんだからありがたく思え」

「から揚げ1:とんかつ2じゃとんだ詐欺トレードよ!」

「どうでもいいが、2人とも流れるような動きでおかずを奪っていたな」

「あれは相当手慣れていますわね。多分こういうやり取りも1度や2度ではないのでしょう」

「どちらも卑しいな」

 

 箒の厳しい言葉を聞かぬふりしつつ、俺はから揚げを強奪しようとする鈴の攻撃を避けていたのだが。

 

「いっ!?」

「たいっ!?」

 

 突如襲ってきた頭部への衝撃に、俺と鈴は揃って間抜けな声をあげる。

 

「まったく。食事も静かにとれんのか、お前たちは」

 

 見上げると、そこには鬼教官である姉の姿があった。どうやら俺たちは出席簿アタック(威力抑えめ)を食らったらしい。

 

「ち、千冬姉……」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 公私混同を嫌う千冬姉は、学園内での姉弟としての付き合いを禁じている。当たり前のことなんだろうが、俺としてはなかなか慣れづらい。

 

「いつまでも小学生のような真似はするな」

「は、はい」

「わかりました……」

 

 一通り注意を終えた後、千冬姉はすたすたと歩き去って行った。

 確かに、高校生にもなってガキの喧嘩のようなことをしてしまったな。姉に恥をかかせないためにも、学園内での行動には気をつけよう。

 

「……あれ、俺の青りんごゼリーが消えてる」

「あたしのプリンも……って」

 

 まさか。

 互いに顔を見合わせた俺と鈴は、そのまま去りゆく千冬姉の背中にぐるりと目を向ける。

 遠ざかっていく姉の姿。その右手に、いつの間にかカップが2つ。

 

「………」

 

 俺たちの視線に気づいたのか、千冬姉がこちらに振り返る。そして、にやりと笑いながら口を開いた。距離が離れていたため声は聞こえなかったが、唇の動きからしてこう言ったものと思われる。

 

 じゅ・ぎょ・う・りょ・う・だ。

 

「や、やられた……」

「いつの間に取ったのかしら……さすがブリュンヒルデ、あたしたちなんて足元にも及ばないわね」

「あの、ブリュンヒルデは手癖の悪さを示す称号ではないのですけれど」

 

 

 

 

 

 

 日曜日。約束通り、俺はセシリアと一緒に外出していた。

 

「少し前から、気になっていたことがあるのだけれど」

「ん?」

 

 学園の外に出ると、セシリアの話し方がごく普通のものになる。俺と出かける時はいつもこうなので、今さら驚くことでもない。

 

「一夏は、箒さんや鈴さんのことをどう思っているの?」

「どうって、えらく抽象的な質問だな」

「詳しく言わなくてもわかるでしょう? あなただって鈍感なわけじゃないんだから」

 

 ね? と俺に視線を送るセシリア。要は察しろということらしい。

 

「まったく。女がこの手の話題に目がないってのは世界共通なのか?」

「そうかもしれないわね」

 

 他人の恋愛事情なんて聞いて楽しいものなんだろうか。俺には理解できないが、彼女にとっては気になることのようだ。

 

「わからない」

「……答えたくないってことかしら」

「そうじゃない。単純に、そういう方面の感情に自信が持てないってだけだ」

 

 箒も鈴も、いいやつなのは間違いない。俺も2人が気に入っているからこそ、昔も今も仲良くしてきた。

 

「人間として好きかと聞かれたら、もちろん答えはイエスだ。けど、お前が知りたいのはそういうことじゃないだろ」

「そうね」

「確かに、しばらく会ってなかったあいつらと再会して、成長した体にこうふ……ちょっと待て。なんで俺は同年代の女の前で恥ずかしい話を暴露してるんだ」

「惜しい。あなたが気づかずいろんなことを話してくれるのを期待していたのに」

 

 危ないところだった……ぶっちゃけすでにアウトだった気がしなくもないが。

 

「まあ、あれだ。とにかく、わからねえってことだ」

「ふうん、なるほど。ちょっと意外な回答だったわ」

 

 俺の曖昧な返事に一応納得してくれたらしく、セシリアは小さく首を縦に振った。

 

「一夏って、なんだかもっと大人な感じかと思っていたから」

「前から思ってたんだが、お前俺のこと過大評価し過ぎだろ」

 

 以前は優しいと言ってみたり、今度は大人だと言ったり。正直反応に困る。

 

「でも、校舎の屋上で堂々とああいう雑誌を読んでいたじゃない。だから異性とのあれこれはある程度わかっているのかと」

「いや、むしろわかってない奴ほどエロ本読みたがるんじゃないか? 相手がいないから余計雑誌に頼るんだ」

 

 休日の街中で、俺はいったい何を語っているのだろう。悲しくなってきたが、頑張って気にしない方針でいくことにした。

 

「そういうものかしら……でも、あなたを大人っぽいと感じた理由はそれだけじゃないわ」

 

 ちょっと安心した。エロ本読んでただけで大人という評価を受けたんじゃなくて。

 

「あなたって、頭いいでしょう?」

「はぁ?」

「出会って2ヶ月近く経つけれど、私は一夏を賢い人間だと思っているわ」

 

 ……やっぱりこいつ、俺を買いかぶり過ぎだ。

 

「気のせいだっての」

「そこまで否定されると、私の人を見る目がとんだ節穴だということになるのだけれど」

「残念ながらそうらしいな」

 

 セシリアがむっとした表情で俺をにらむ。どうやら怒らせてしまったらしい。

 

「前から思っていたの。あなたはどうして、自分の価値を落とそうとするの?」

「落としてなんかいない。お前が俺を賢いと思ったのなら、それは俺が自分を賢く見せようとしているからだ」

「賢く見せる?」

「そうだ。わかったらこの話は終わりな。せっかく外に出てるのに、つまんねえことで言い争う必要はない」

「……そうね」

 

 まだ何か言いたげな様子のセシリアだったが、俺の意見を正しいと思ったのか、これ以上の追及はしてこなかった。

 

「行きましょう。チェルシー……私のメイドが待っているわ」

「聞き忘れてたが、その人美人なのか?」

「ええ、美人よ」

「メイド服は?」

「ちゃんと着てこないように念を押しておいたわ」

「………」

 

 ま、別に期待してなかったからいいけどな。

 ……いいけどな。

 




番外編ということで、チェルシーさんの出番を用意しようと考えました。今回は登場していませんが。
加えて、本編であまり触れられなかった一夏自身についても少しだけ掘り下げてみようかと思っています。性格が違う以上、半分オリキャラみたいなものですし。

感想等あれば、気軽に送ってくださると喜びます。
では、次回もよろしくお願いします。

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