「……そろそろ、時間ですわね」
オルコットによるISの指導が始まって、今日が9日目。そして明日は予定通り、1年1組のクラス代表を決めるための模擬戦が行われる。
つまり、毎日続いていた彼女との時間の共有は、今日この日をもって一区切りということになるわけだ。
「はあ、はあ……ああ、もう閉館か。相変わらず時間が経つのが速く感じるな」
みっちりしごかれた影響で乱れていた息を整えながら、俺は現在時刻を確認する。……確かに、そろそろ帰り支度を始めなければならない時間だ。
「ま、とりあえず礼は言っておく。始めた経緯はどうあれ、この9日間世話になった」
「……いえ、誘ったのはわたくしの方なのですから、織斑さんが感謝する必要はありません」
「感謝する必要があるかどうかはお前が決めることじゃない。俺の判断だ」
「……そうですか。でしたら、素直にお言葉を受け取っておきます」
実際、オルコットの教えのおかげで俺のISに対する理解はかなり深まったと言えるだろう。だから、自分に利益を与えてくれた存在として礼の一言くらいあるのは当然だ。
「思えば不思議な関係でしたわね。お互いがお互いのことを嫌っているにもかかわらず、わたくしたちは毎日一緒にいました」
「びっくりするほど今さらな指摘だな。どう考えても歪な関係だった。おかげでクラスのみんなが妙な勘違いをしかけたくらいだ」
「そういえば、そんなこともあったような気がしますわ」
「過去形にしてるところ悪いが、現在進行形で噂は存続中だからな」
女っていうのはどうしてすぐに色恋沙汰に持っていきたがるのか。……いや、この学園が特別なだけなのかもしれない。青春真っ盛りのこの時期に、こんな極端な男女比の環境に置かれているんだ。唯一の男である俺の人間関係に敏感になるのも致し方なしな部分はある。
「……ですが、その関係も今日で終わりです」
ふっと笑いながらオルコットがこぼした言葉からは、どことなく哀愁のようなものが感じられた。
「なんだ、俺のことが嫌いなくせに、俺と一緒にいる時間がなくなるのが寂しいのか?」
「嫌いだとしても、今まで当たり前のように存在していた時間が消えてしまうのは淋しいものです。……あなたは、そうではなくて?」
「俺は過去を振り返らない男だからな。終わったことは終わったこと。もしお前との関わりが切れたなら、また別のやつとつるむようになるだけだ」
「そうですか……」
顔は笑っていたが、オルコットは本当に落ち込んでいるようだった。間違いなく、俺との訓練の時間がなくなることに大きな未練を感じている。
「……なんか勘違いしているようだから言っておくが、今日が終わっても俺とお前の関係はまだ終わらないぞ」
女子の元気のない様子を見て愉しめるような性癖の持ち主ではないので、確認の意味も込めてフォローの言葉を入れてやることにする。
「忘れたわけじゃないだろ。俺がお前に料理を教えるって約束」
「あ……」
「少なくともお前の料理が食えるレベルに達するまでは、まだまだ俺たちの絡みは続いていくってことだ」
「……そう、でしたわね。その時は、またよろしくお願いします」
言葉に明るさが戻ったオルコットを見て、やはりこいつが俺に対して抱いている感情は『嫌い』という一単語で表せるような単純なものではないと確信した。
「オルコット」
「なんですの?」
「前に聞いたよな。ISに賭ける思いがどうのこうのって。あれ、教えてやるよ」
さらりと自分が前に話した答えが嘘だったことを明かしつつ、俺は眼前の少女に向かって話を続ける。
「思いといっても単純なもんだ。ここで教師をやってる千冬姉にあまり恥をかかせないようにするため。あと、単純にISに関する知識を学んでいくうちに興味が湧いてきて、今以上に詳しく知ってみたいと感じたっていうのが、俺が訓練に精を出していた理由だ。すべての男にとって巨大メカはロマンなんだと、改めて認識させられた」
言ってしまえば、なんてことはない思いの数々。それでも俺が最初に聞かれた時に答えなかったのは、オルコットという人物を『自分の内面を彼女に対して曝け出す必要はない』ものとして扱っていたから。
「そうでしたのね……でも、なぜ今になって正直に話してくださったの?」
「なに、ちょっとした交換条件ってやつだ」
疑問を浮かべるオルコットに、俺は俺の望むものを簡潔に答えた。
「俺は本当のことをお前に教えた。だから、お前も本当のことを俺に教えてくれ。……もっとも、お前のそれと俺のそれが等価かと言われると微妙なところだが」
「………!」
オルコットの表情が驚愕に染まり、続いて目を伏せ俺から視線を逸らす。
まあ、簡単に口を割ってくれないのは想定済みだ。
「今すぐにとは言わない。だけど、いつかは話してくれると助かる」
これ以上ここにいても気まずい空気になるだけだろう。
最後に一言だけ残して、俺はオルコットを残してアリーナを後にした。
*
IS学園での2週間目の授業が終わった土曜日の午後、俺は自分の部屋のベッドに転がって天井を見上げていた。
「あー、面倒だな……」
お互いに全力を出した模擬戦の結果は、ある程度予想していた通り俺の完敗だった。向こうに代表候補生であるがゆえの慢心があるならまだわからなかったかもしれないが、俺の練習を見てきたオルコットにそんなものが存在するはずもない。多少は抵抗できたものの、容赦ないビットによる射撃にシールドエネルギーを削り取られてしまったのだった。
そしてその翌日の投票の結果、代表に選ばれたのは俺の方だった。これも想定内のことではあったが、クラスメイトたちは実力よりも話題性を重視するという結論を出したらしい。
「昼間から元気がないようだな、一夏」
「昨日の代表の集まりでいきなり雑務押し付けられて参ってるんだ」
どこの学校でも学級委員的ポジションは損な役回りをやらされる運命にあるんだなー、などという他愛のない話を箒としながら自室でだらだらしていたところ。
「織斑さん」
ノックとともに聞こえてきたのは、もう十分すぎるほど聞きなれた、金髪ロールの女子の声だった。
「どうした」
模擬戦の日以来、オルコットとはほとんど言葉を交わしていない。別に避けているわけではなく、俺としてはただ機会を待っていただけ。あいつが俺の望んだことに対する答えを話してくれるまでは、特に語るべき話題もないのである。
「以前約束したことを覚えていますか? 私が模擬戦で勝ったなら、何かひとつ言うことを聞いてくれると」
ドアを開けて用件を聞くと、オルコットは何かを決意したような表情でそんなことを尋ねてきた。
「ああ、確かに言ったな」
「今から出かけるので、わたくしと一緒に来てください」
「それが命令か?」
「ええ」
「どこに行くんだ」
「イギリスです」
……え?
「イギリスです」
「いや、別に聞き取れなかったわけじゃないんだが……マジで?」
「マジです。心配なさらずとも、明日中には戻ってこられますから」
英国式のジョーク……にしては目が本気すぎる。つまり、オルコットは本当に今から俺をヨーロッパの島国にまで連れて行くつもりらしい。
「命令には、従わなくちゃならないしな……」
*
というわけで、やって来ました紳士の国。
「なあ、あとどのくらいで目的地に着くんだ?」
「もうすぐです。……ほら、見えてきましたわ」
飛行機に乗り、列車に揺られ、イギリスの街を自らの足で歩き、最終的にたどり着いたのは。
「墓地……?」
そこでようやく、俺は先ほどオルコットが近くの店で花を購入していた理由に気づいた。日本じゃあんな華やかな色の花を供えたりしないから、あいつの目指していた場所がここだとわかるまで察することができなかったのだ。
「………」
十字の墓標が数多く並ぶ中を歩いていたオルコットは、その中の一つを前にして足を止め、持っていた花を静かに横たえる。
「……親族、か」
英語に自信があるわけではないが、その墓に刻まれている文字に『オルコット』を表すものが含まれているのはなんとなく理解できた。
「ええ。私の母と、父のね」
「………」
驚いた。
オルコットの両親がすでに亡くなっていたこともそうだが、それ以上に――
「『どうして俺をここに連れてきた?』と、あなたは思っているでしょうね。……ここでなら、すべてを話すことができると思ったからよ」
「……そっちが、お前の本来の日本語か?」
「その通り。あなたが嫌悪していた話し方は、IS学園に入学が決まってから練習したものなの」
一般的な日本人女性の言葉遣いを、今のオルコットは実に流暢に使いこなしている。そして、今まで俺がオルコットのしゃべり方に感じていた『気持ち悪さ』も消滅していた。
「なんだってそんなことをしたんだ」
「……それは、今から私がする話を聞いてくれればわかると思うわ。あなたが望んだとおり、私は私の『本当』をあなたに伝える」
「ああ、わかった。聞かせてもらう」
俺が首を縦に振ると、ここに来るまでずっと硬い表情をしていたオルコットの頬がかすかに緩んだ。
「ありがとう」
そして、彼女は自身の辿ってきた軌跡を語り始めた。
*
セシリア・オルコットは、由緒正しき名家の娘である母と、そのオルコット家に婿入りした父との間に生まれた子供だった。
ISの発表、つまり女尊男卑の社会が形成される以前から、彼女の母親はいくつもの企業において強い発言権を持ち、かつ成功を収めてきた。セシリアはそんな母を尊敬し、彼女のような強い人間になりたいと常々思っていた。
一方父親の方は、いつも母親や周りの人の顔色ばかりをうかがっている人だった。女尊男卑の風潮が加速してからはさらにその傾向が強くなり、本当に腰の低い男になってしまった。
当然彼らのひとり娘は母を敬愛し、父を疎んだ。
父に対する悪感情は、やがて男性そのものに対する感情にも波及していった。娘にとっては、父親がもっとも近くにいる男性の象徴たる存在であったからだ。
だが――
「3年前のある日、私は人生で初めて高熱で寝込んでしまったの」
それまでは少し体調を崩しても自力で動ける程度に収まっていたのだが、その時はベッドの上で寝返りをうつことすら、かなりの労力を費すほどであった。両親はともに仕事で家を空けていて、たまに様子をうかがいにやって来るメイドに世話をしてもらいながら、セシリアは1日中寝たままで過ごしたらしい。
「……その日の夜中だったかしら。ふと目が覚めると、隣に父が座っていたの」
いつ家に戻ったのか、いつからこの部屋にいたのか。
父は穏やかな表情で、彼女の左手を優しく両手で包んでいた。
「その手は、私が思っていたよりもずっと大きくて……暖かかった」
何かを言おうと思ったセシリアだったが、すぐに頭がぼーっとしてしまい、気づけば再び眠ってしまっていた。
「朝起きると熱はすっかり下がっていて、父は部屋からいなくなっていたわ。また仕事に出かけたんだろうと思って、私は帰りを待った」
……しかし、彼女の父親が家に戻ってくることはなかった。鉄道の事故により、母親ともども若くして命を奪われてしまったのだ。
「私には莫大な遺産が残された。家を守るために、私はあらゆる分野の知識を身につけた」
やがて彼女に高いIS適性が備わっていることがわかり、国は代表候補生になることを持ちかけてきた。その報酬は、彼女の家を守るよう努める、といったものだった。
セシリアは国の力を借りることを選んだ。そして、ブルー・ティアーズという名のISの稼働データを集めるため、IS学園へと入学することになった。
「私の母は昔から日本という国を気に入っていたわ。だから私自身も小さい頃から日本語を教えられていた。だから、わざわざ語学をやり直す必要はなかったのだけれど……その時、母の言葉を思い出したの」
母は、女性とは気高くあるべきだと言っていた。他人に負けないよう、常に強い心を持ち続けるのが理想だと。
幼いセシリアは、どうすればそのようにできるのかを母に尋ねた。すると彼女は少し悩む素振りを見せてから答えた。『まずは、言葉遣いから変えてみるのがいいかもしれない。気品のある口調に影響され、自然と心も余裕を持てるようになる可能性がある』と。
「国家代表候補生という肩書きを背負うこと。祖国から遠く離れた異国の地で生活すること。それらのプレッシャーに押しつぶされないように、私はあの話し方を使うことを決めた。お嬢様言葉は、母が私に遺してくれた、私を守る盾のようなものだったの。……まさか、その盾を初日から壊そうとする人が現れるなんて予想外もいいところだったけれど」
そんなセシリアの心の中には、いまだに父のことに関する後悔の気持ちが残っていた。
「……あの夜、どうして一言だけでも話すことができなかったのか。私は、そのことをずっとずっと引きずっていた」
ずっと嫌いだった父。弱いと思っていた父。その父の手が、最後にとても頼もしく感じられた。
それが意味するところがわからないうちに、彼は二度と手の届かぬところへ行ってしまった。結局、セシリアは父親が――男性がどういうものなのか、理解できないままなのだ。
「そして……私は、あなたに出会った」
*
「最初にあなたを見た時は驚いたわ。どうしてかはわからないけれど、亡くなった父の姿が少し重なって見えたんだもの」
「俺とお前の親父さんが? 顔が似てたりとかしたのか」
「いいえ、全然。体格も顔も、父とはまったく異なっている。……でも、確かにその感覚は存在したの。シックスセンス、というやつかしら」
……なるほど。俺が初対面のオルコットに何かを感じたのと同じで、逆方向の現象もあの時起こってたってわけか。
ここまで来れば、こいつのとってきた行動の理由はほぼわかったも同然だろう。
「だから俺に近づいたんだな。父親を連想させた俺と接触することで、お前は過去に見つけられなかった答えを手にしようとした」
「そうよ。結局あなたと父の共通点は読書好きというところくらいだったけれど……」
「そうなのか?」
「ええ。あなたが読書のためなら3日間徹夜できると言った時、父もよく同じことを自慢していたのを思い出して少し驚いたわ」
……あの時妙な反応をしていたのは、それが原因だったのか。
だが、これでようやくすべての糸が繋がった。
オルコットが俺を嫌いだと言ったのは、俺の背後に嫌いだった父親の影を見ていたから。
わざわざ嫌っている人間に近づいたのは、亡き父親と、そして男性そのものを理解するために必要なことだったから。
ここまではオルコットが直接口にしたことなので、九分九厘正しいだろう。
ただ、俺の推測を付け加えると、彼女の行動理由は父の理解のためだけではないと思われる。
「この前の日曜。お前、俺にサンドイッチを作って来たよな」
「そうね」
俺はあの時のことがずっと頭に引っかかっていた。オルコットは味見を怖がったと言っていたが、普通は誰かに料理をふるまう場合に味見をするのは常識だ。それをやらずに他人に食べさせるなんてナンセンスに近い。
あの日まで礼儀正しさをもって俺に接してきたこいつが、なぜそんな非常識な……言い換えれば、わがままな行動をとったのか。
「あれは、ひょっとして俺に何かを望んでのものだったんじゃないのか?」
はっきり言ってしまえば、オルコットは俺に、父親に甘えたかったのではないだろうか。他人に味見をさせ、結果自らの弱みを相手に見せつけるような結果になったあの昼食は、そんな彼女の想いの表れだった。そう考えると、一応の辻褄は合う。
「……そう、かもしれないわね。私も、自分が何を考えているのかはっきり言葉にはできなかったのだけれど……今あなたに言われて、それが正しいと感じたわ」
そこまで言ってから、オルコットは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたに勝手に父を重ねて、勝手に嫌ってしまって。……でも、ひとつだけ言わせて。私は確かにあなたを通して別の人を見ていたけれど、あなたをまったく見ていなかったなんてことは決してない。あなたの好み、あなたの言葉、そしてあなたの優しさ。それらはすべてあなた自身のものだと、ちゃんとわかっているから」
「………」
謎はすべて解けた。俺がオルコットの話し方に嫌悪感を抱いたのは、それが作り物であることを無意識のうちに感じとっていたから。そこに気づくのに、結構な日数がかかってしまった。
そして、オルコットに関する不可解な点も、今の会話で答えが示された。
もう、俺が気になっていることは何もない。このままオルコットとの関係が『ただのクラスメイト』になったとしても、それはそれで何の問題も発生しないのだ。
だが……
「お前の話を聞いてわかったことがある。……俺は、お前のことが嫌いじゃない」
家族の遺したものを守るために、オルコットはひとり努力を続けてきた。
俺は受け付けられないと感じてしまったものの、わざわざ言葉遣いを新しく覚えるなんて面倒なこともやってきた。
そういう人間を、俺は素直にすごいと思えるし、性格的にも好みだと言える。
「お前の理想の男性像に近づけるよう努力する、なんて殊勝な心がけは持ち合わせちゃいないが……ま、お前が男ってものを理解できるように手伝うくらいのことはできる」
「え……?」
「つまり、これからもお前と絡むことになるってことだ。セシリア・オルコットの近くにいる男性、としてな」
いつかこいつに親しい仲の男ができるまでは、そういう関係でいても構わないだろう。
「……やっぱり、あなたは優しいのね」
「別にそんなんじゃない。というか、やっぱりってなんだやっぱりって。俺が優しいなんて印象を抱かせる出来事なんて存在したっけ」
「何度かあったわ。私が落ち込んでいるのを見て、料理を教えると約束してくれた時とか」
「たった数回の優しさに騙されるな。それはあれだ、不良が捨て犬を可愛がっているのを見てキュンと来てしまうあの現象だ」
「そんなに躍起になって否定しなくても……まあいいわ」
俺の説得を諦めたらしいオルコットは、こほんとひとつ息を整えて、改めて俺の顔を真っ直ぐ見据える。
「ありがとう、一夏」
「……ああ」
初めて俺を下の名前で呼んだ彼女は、本当にいい笑顔をしていた。
「手、握ってもいいかしら」
「そのまま握りつぶすようなことをしないんなら」
「そんな握力、女性にあるわけないでしょう」
いや、身近に本気でそういうことできそうな姉がいるもんで。
「……大きいのね。なんだかごつごつしてる」
俺の差し出した右手を両手で包み込んだオルコットは、率直な感想としてそんな言葉を漏らした。
「ま、男だからな」
「そう……じゃあ、次はこういうことしてもいい?」
ぽすり、と、オルコットの頭が俺の胸板に乗せられる。
そしてそのまま、こちらに軽く体重を預けてきた。女性特有の柔らかな感触と鼻孔をくすぐる香りが、俺の身体に伝わってくる。
「お前、男はオオカミって言葉を知ってるか?」
「あなたのことは、ある程度信用してるから。……胸、硬いのね」
軽率ともとれる行動に説教してやろうかとも一瞬思ったが、なんだか気持ちよさそうにしている姿を見ていると、その気も失せてしまった。
「……ま、男だからな」
しばらくの間、オルコット――セシリアは、俺の感触を確かめるように静かに体を寄せていた。
*
第六感。別名シックスセンス、あるいは直感。
それらは確かに存在するのだろうと、この一件で俺は信じるようになった。セシリアのお嬢様言葉を気持ち悪いと理屈抜きで感じとった俺の直感は、結果として正しいものだったからだ。
同時に、論理的な思考も直感と等しく大事なものだという考えも抱いた。ただ直感で感じたとおりにセシリアを嫌い、避けていただけだったなら、俺は真実にいたることはできなかっただろうから。
つまるところ、第六感に冷静な思考を組み合わせるのが最も優れている、というわけだ。……結局、当たり前の結論に当たり前のように舞い戻っただけなのだが、これでいいのかもしれない。無駄に悩むことこれ人生――うん、なんかいい感じにまとまりそうだ。
「――夏。一夏! 私の話、ちゃんと聞いてるの!?」
「なんだよ、折角うまい具合にまとめようとしていたところだったのに」
「またわけのわからないことを……女性と一緒に出かけている最中なんだから、もっとしっかりするべきだと思うわ」
「俺が日曜だから古本屋に立ち読みに行くって言ったら、お前が勝手についてきただけだろうが」
セシリアの打ち明け話から、およそ1週間が経過していた。あの日以降も、彼女は例のお嬢様言葉を使い続けている。それは俺と2人きりの時も同様で、本人いわくどこで誰が聞いているかわからないからとのこと。俺としても、事情を聞いたことでこいつのしゃべり方に対する得体の知れない悪感情は消えていて、今は受け入れられるくらいの違和感を感じるだけとなっているので特に問題はない。
しかしこうして2人で学園の外に出ている時は違うようで、セシリアは両親の墓の前で見せた普通の言葉遣いを再び使用していた。まあ、ここなら他の生徒に察知される可能性はほとんどゼロだしな。
「だって日本の本屋がどんな感じなのか気になるもの。面白そうな本があれば買っておきたいし」
「先に言っておくが、俺の本屋は長いぞ」
「別にかまわないわよ。私も長い方だし」
「そうか」
隣を歩くセシリアは、まだ見ぬ日本の本というものにうきうきしているようで、態度にもそれが表れていた。
「なら、ついてくればいいさ」
こいつといると、なかなか退屈しないですむ。
退屈しないというのは、それだけでとても素晴らしいことだ。それを与えてくれるのがセシリアであるなら、俺は喜んで彼女が近くにいることを受け入れよう。
「あ、本屋が見えてきた。あそこに行くの?」
「いや、あそこは店長のおっさんが立ち読みにうるさいから駄目だ。俺が目指しているのはだな――」
以上が、俺とセシリア・オルコットという少女の、なれ初めの物語である。
というわけで、「シックスセンスな織斑君とオルコットお嬢様」これにてひとまず完結です。気が向いたら続きを書くかもしれませんが、あくまでそれは番外編扱いで本筋の話はこれで終了です。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。感想等あれば他の作品の参考にもしたいので送っていただけるとうれしいです。
以下後書きという名の裏事情なので、気になる人だけ読んでください。
この短編が出来上がった最初のきっかけは「セシリアのお嬢様言葉をなくしたらどうなるのか」という一発ネタでした。ただ話し方を変えるだけでは山もオチもあったもんじゃないので、そこからいろいろ肉付けした結果がこれです。
セシリアは結構性格変えちゃいましたが、芯の部分はあまり変えていないつもりです。両親への隠れた依存の心は原作でもあるんじゃないかと思っていますし、仲良くなった男性にすぐ体を預けるちょろいところもある意味変わっていません。
逆に一夏は本質ごと変わっちゃってる気がします。というか彼に関してはあまり掘り下げられなかったので、変わってるとか変わってないとかかなりわかりにくいです。ただ、原作よりも好奇心旺盛だというのは特徴のひとつです。本を読むのが好きなのもその影響です。
セシリアが自分の料理を味見しない理由についてですが、もしかすると原作でもこんな感じである可能性が本当に低い確率で存在しているかもしれないとか考えてます。実は料理がまずいことにはとっくに気づいていて……みたいな。
裏事情としては、とりあえずこんな感じです。短い話なので、語るべきことも多くないですね。
IS二次創作のさらなる繁栄を望みつつ、後書きを終わらせたいと思います。
最後にもう一度。ありがとうございました。