シックスセンスな織斑君とオルコットお嬢様   作:キラ

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GWなのに結局1話しか書けませんでした。


いつから知っていたのですか

「織斑くん!」

「デュノアくん!」

「私とタッグを組んで!」

 

 月曜日の夕方。ホームルームが終わって先生方が退室した瞬間、クラスメイトたちが一夏とデュノアさんを取り囲んでいた。

 原因は先ほど山田先生の口から伝えられた、今月末のトーナメントのルール変更にある。当初は例年通り1対1形式だったのだが、今日になって突然2対2のタッグマッチに変わってしまったのだ。その時のみんなの動揺ぶりは、いちいち説明するまでもないだろう。

 タッグとなれば、当然相方を見つけなければならない。気の合う友人同士で組むのも良し……そして、距離を詰めようと異性にアプローチするのも良し。

 

「ちょ、ちょっと落ち着けお前ら!」

 

 困惑している一夏の声が聞こえてくる中、私は荷物をまとめて席を立つ。彼と組みたいという気持ちもあるにはあるが、この人の波を突破するのは相当難しいと思われる。誘うにしても、もう少し時間が経ってからでいい。

 ……それに、私自身の心の問題が解決していない。一夏のことを考えると、頭がこんがらがってしまう症状は、昨晩から相変わらず続いていた。正直、今の状態で彼と話すのは少し怖い。

 

「出遅れたー!!」

「やっぱり1組はずるいよ!」

 

 教室を出ようとした瞬間、廊下からさらに多数の生徒がなだれ込んできた。他のクラスの人たちも、2人しかいない男子を狙ってきたということだ。

 それ自体は別に予想できていたこと。だから驚くことでもない。

 ただまずいことに、入口付近にいた私はその生徒たちの波にのまれてしまった。

 

「あっ、ちょっと」

 

 勢いに逆らうことができずに、流されて流されて。

 

「きゃっ」

 

 最後には、弾き飛ばされるように人ごみから押し出されてしまった。しかもその際に足をとられて、バランスを崩すというおまけ付き。

 踏ん張ろうとしたけれど、体が倒れるのを止めることはできず。

 

「えっ?」

 

 眼前にいたデュノアさんを巻き込んで、床に押し倒す形になってしまった。

 直後、体に伝わる衝撃。でも、大したことは――

 

「………?」

 

 何か、右手が妙な感触をとらえている。

 

「ごめんセシリア! こけさせちゃったの私かもしれない!」

 

 うしろから謝る声が聞こえてくるが、反応するだけの余裕がない。

 

「デュノアさん……?」

 

 右手は、彼の胸の上に置かれていた。見た目には、どこにも異常は感じられない。

 ただ、ありえないはずの触感がそこには存在していた。

 デュノアさんの顔を見ると、目をいっぱいに開いて私の手に視線をやっている。心なしか、顔色も悪い。明らかに、何かにショックを受けているような。

 

「みんな、とりあえず道開けてくれないか。そう大勢でがっつかれてもどうしようもない。今日は帰らせてくれ」

 

 固まっていた私たち2人をよそに、近くにいた一夏が女子の集団に呼びかける。彼女たちも納得したようで、ぞろぞろと教室を出て行った。

 

「……さて」

 

 一夏がこちらを振り向く。数秒ほど私とデュノアさんを見つめた後、彼は小さく息をついた。

 

「シャルル、部屋に戻ろうぜ」

「え? あ、うん」

「それとセシリア。お前も来い」

「は、はい」

 

 平静を取り戻せないまま、私たち2人は一夏の言葉に頷く。

 彼ときちんと話せるのだろうかという不安は、予想外のハプニングによる衝撃で吹き飛んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 一夏とデュノアさんの部屋に入って、座布団の上に座らせてもらう。

 

「日本茶と紅茶、どっちが飲みたい?」

「……では、紅茶でお願いします」

「紅茶だな」

 

 一夏が台所に向かい、私とデュノアさんは机を挟んで向き合った状態で取り残された。

 正直なところ、気まずい。けれど、口を開かなければ状況は前に進まない。

 

「デュノアさん」

「……何かな」

 

 神妙な面持ちで返事をする彼を見ていると、先ほど抱いた疑念がどんどん大きくなってくる。

 彼の胸を触った時の、想像以上の柔らかな感触。それはまるで――

 

「あなたは、女性なのですか?」

 

 至った結論は、馬鹿みたいに単純なもの。女性のような体をしているから、シャルル・デュノアは女性である。なんの捻りもない、小学生でも出せる答え。

 

「……うん、そうなんだ。今まで騙してて、ごめんなさい」

 

 恐ろしいことに、それが正解。

 頭を下げる彼……彼女を見つめながら、私はデュノアさんが転入してからの日々を思い返す。

 

「ですが、どうしてそんなことを……」

「なんだ。俺が紅茶淹れてる間にもうばらしちまったのか」

 

 お盆を持ってやって来た一夏が、机に紅茶入りのティーカップを置く。そしてそのまま床に座り、会話に参加してきた。

 

「こうなった以上、ごまかしきれるものでもないからね。全部話すよ」

 

 デュノアさんの口から語られたのは、『なぜ男装してIS学園に入学することになったのか』を説明するものだった。

 

「そんなことが……」

 

 開いた口が塞がらない。デュノア社の業績が伸び悩んでいるのは知っていたが、まさかそこまで追い詰められていたなんて。愛人との間の子とはいえ、実の娘にこのような命令を下すのは、どうかしているとしか思えない。

 

「到底許容できる事態ではないですわね」

 

 オルコットの家を守るという自らの目標に手を抜けるわけではない。ただ、それでも彼女を放っておきたくはなかった。まだ1週間とはいえ、同じ学園で学んできた仲間なのだから。

 

「安心なさってください。デュノアさんの秘密は誰にも話しませんわ」

「……ありがとう。そうしてくれると、本当にうれしい」

 

 再び頭を下げるデュノアさん。そんな私たちを見て、一夏は心なしか表情を柔らかくしていた。

 

「一夏さん。いつから知っていたのですか? デュノアさんが、女性だということ」

「先週の月曜」

「……それ、転入初日じゃありませんか」

「一目見た時からおかしいと思ってたんだ。今まで見つからなかった『ISを動かせる男』が、たった数ヶ月で2人も出るなんてな」

 

 確かにその通りだ。私も若干の違和感を抱いてはいたが、それで男装しているという考えにはたどり着くことができなかった。

 

「あと、俺がシャルルを見て一瞬ときめいたことだな。こいつが女じゃなけりゃ俺がホモということになってしまう。ゆえに早急に白黒はっきりさせる必要があった」

「あの日の夜、いきなり不意打ちで胸を揉まれちゃって……初日にばれるなんて、自分の迂闊さを呪ったよ」

「女の敵ですわね」

「そんなに睨むなよ。わかりやすく真実を解き明かすためには仕方なかったんだ」

 

 むう……なんだか納得いかないけれど、彼の言うことも一理ある。これ以上突っ込んで話を脱線させるのはよくない。

 

「それで――」

「一夏。入るがかまわんか」

 

 これからどうするのかを尋ねようとしたその時、ノックの音とともにボーデヴィッヒさんの声が聞こえてきた。会話の内容を考えると、今彼女を招き入れるのは都合が悪い。

 

「おう、いいぞ」

「ちょっ、一夏さん!?」

「心配すんな」

 

 驚く私を制して、彼女を部屋に入れる一夏。

 

「オルコットもいたのか。なんの話をしていたのだ」

「それが、僕の男装のこと、彼女にもばれちゃって」

「なんだと? ……はあ、このぶんでは全員に知れ渡るのも時間の問題だな。手を打つのなら早めに打たねばならん」

 

 あっさりと事情を説明するデュノアさんと、それを普通に受け入れるボーデヴィッヒさん。2人の様子を見て、私は一夏の言葉の意味を理解した。

 

「彼女も知っていましたのね」

「ああ。つっても、あっちは本当に見ただけでシャルルが女だって確信できたらしいけどな」

「どうしてですの?」

「挙動とか体つきでわかるんだとさ。あいつが服に詰め物入れたりして、男っぽい体型に見せかけてたのも見抜いたらしい」

 

 すごいわね……さすがは本物の軍人といったところかしら。人間の動作の観察とかが得意なのだろう。

 

「あの様子だと、ボーデヴィッヒさんも秘密を守ってくれていますのね」

「私としては、すぐにでも教官に突き出してよかったのだがな」

 

 会話が聞こえていたらしく、ボーデヴィッヒさんは私たちの方に目を向けてため息をつく。

 

「そこのお人好しが駄目だと言って聞かなかったのだ」

「しょうがないだろ。これでシャルルが捕まったりしたら後味が悪いなんてもんじゃない」

「わたくしも同意見ですわ」

「オルコットもか……まあいい。デュノアが嘘をついている可能性もあるが、尋問した限りはひとまずその心配もなさそうだからな」

 

 すっと目を細めてデュノアさんを見るボーデヴィッヒさん。視線を受けた彼女は困ったように笑った。

 

「尋問って、何をしましたの?」

「荒っぽい真似はしていない。普通に問い質しただけだ。あまり信用はできないが、一応ポリグラフも使った」

 

 ポリグラフって、嘘発見器に利用したりするものよね。どうしてそんな物を持っているのか、すごく気になる。

 

「しかし、結局お前には知られちまったな。ばれないように特別気をつけてたっていうのに」

「わたくしに知られないように、ですか?」

「ああ」

 

 一夏の言葉に、何か引っかかるものを感じる。秘密を守るために、彼は特別な行動をとっていた?

 

『お前とシャルルに、あんまり仲良くしてほしくないんだよ』

 

 ……あ。

 

「ひょっとして、わたくしとデュノアさんがコミュニケーションをとることに反対なさっていたのは」

「お前は勘が特別いいからな。シャルルに近づいたら、すぐに見抜いちまうかもと思ったんだ。お前のことを信用してないわけじゃないが、だからって簡単に秘密をばらすわけにもいかなかった。俺のことならともかく、シャルルのことだったから」

 

 ああ、そうだったのね。

 私と彼女を近づけまいとしていたのは、彼女を守るためだった。真実を知った今となっては、十分に納得のいく理由だ。

 だというのに、どうして私はこんなに落ち込んでいるの?

 

「ところでラウラ、お前何しに来たんだ?」

「ああ、そうだった。トーナメントのタッグの組み合わせについてだが」

「私と組め、なんて言わないよな」

「よくわかっているではないか。申込書は用意してあるから、さっさと書け」

「いつもしごかれてるのに、なんでトーナメントでまでお前と一緒じゃないといけないんだ」

「いつもやっているからこそだ」

「ったく……セシリア、お前からもなんか言ってやってくれ」

 

 一夏が嫉妬しているだなんて、本気で信じていたわけじゃない。そのはずなのに……

 

「……セシリア?」

「ごめんなさい。少し、気持ちを整理する時間を下さい」

 

 立ち上がって形だけの一礼をした後、逃げるように部屋を出た。

 自分で自分の考えがわからない。制御が効かなくなって、とにかく誰もいないところに行きたいと思った。

 

 

 

 

 

 

『お嬢様は、もうその答えをご存知なのではありませんか』

 

 寮の外まで出た私は、昨晩チェルシーから聞いた言葉を思い出していた。

 

『どういうこと?』

『そのままの意味です。落ち着いてこれまでの経緯を振り返れば、おのずとおわかりになると思います。ご自分で経験されるのが初めてだとしても、本で何度も目になさったことがあるでしょうし』

 

 私の気持ち。

 ボーデヴィッヒさんが一夏にどんどん近づいているのを見ると、なんだか嫌な気持ちになる。

 彼の胸に体を預けた時のことを思い出すと、無性に体が熱くなる。

 先ほどのちょっとした勘違いで、想像以上にダメージを受けている。

 

「答えは」

 

 素直に、単純に、ピースをつなげる。それだけで、おそらくひとつの答えが出てくるだろう。

 でも、私はそれをしたくなかった。見えている答えを、認めることをしなかった。

 理由は……怖かったから。だって、私は少し前まで男嫌いで、浅いつきあいしかしてこなかったのだ。

 自分で自分の心の変化を受け入れられない。だから私は、戸惑うことしか――

 

「こんなところで何やってんだ、お前」

 

 背後から、声をかけられた。入学以来、聞きなれた男性の声だ。

 

「どうして、ここに?」

「お前の様子が気になったから、追いかけてきた。外にいるってわかったのは……まあ、ただの勘だ」

「そうですか」

 

 振り返ることはしない。多分、ひどい顔をしていると思うから。

 

「心配なさってくれてありがとうございます。ですが、わたくしは大丈夫なので」

「ごめん」

 

 並べ立てようとしていた言葉が、彼の一言によって止まる。

 

「正直、配慮が足りてなかった。いきなりあんな話されたら、そりゃショックだよな。なのに勝手に話を先に進めちまった」

 

 一夏に真面目に謝られたのは、これが初めてのことだった。黙って話の続きを待つ。

 

「普段から落ち着いてるし、目指してるものも大きい。だから俺は、勝手にお前を強い人間だと思い過ぎていた。……けど、そうじゃないよな。お前だって、年頃の女子だもんな」

「だから、謝りに来ましたの?」

「ああ」

 

 強い人間じゃない。年頃の女子。

 そう評されて、なぜかうれしい自分がいた。

 

「ですが、一夏さんは十分気遣ってくれていたと思います」

「え?」

「わたくしとデュノアさんを遠ざけようとしたのは、わたくしのためでもあったのではないですか? 男嫌いを克服できたと、ぬか喜びしないように」

 

 男性に接しているつもりだったのに、本当は女性が男装しているだけだった。それを知った時、デュノアさんと親しくしていればしているほど、私はショックを受けることとなっていただろう。

 

「そうだな。それも理由のひとつとして確かにあった。でも、それとこれとは別だろ」

「……一夏さんらしいですわね」

 

 変なところで律儀なのは、彼のいいところだと思う。

 

「………」

「……セシリア?」

「ねえ、一夏」

 

 言葉遣いを切り替える。学園の中では、初めての試みだ。

 

「謝罪ついでに、私の悩みも聞いてくれないかしら」

「あ、ああ。それはいいが、お前」

「誰も周りにいないから、ちょっとだけ、ね」

 

 一夏の言う通り、私は強い人間などではない。生まれて15年、財産を得て独立してからたった3年の、未熟な女にすぎない。

 だから、ひとりで抱え込んでいても解決しない問題もある。

 

「私は」

 

 怖いという気持ち。それをなんとかしたいから、またあなたを頼らせてほしい。

 

「あなたのことが、好き……かもしれない」

 




次回で多分最終回です。あんまり長くなるようなら分割も考えますが、その心配もないでしょう。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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