ワールドトリガー-女神の名を持つ黒トリガー- 作:ぼいら~ちん
「おぉ、ここが……!」
「そうです。
ここが私達の拠点、玉狛支部です」
川を跨ぐように建っている三階建ての建物、これが私達の基地「玉狛支部」です。元々は「川の何かを調査する施設」だったらしく、それが使われなくなったためにボーダーが買い取ったところにこの建物は建てられました。
今は玉狛支部となっているものの、ボーダーの活動が世間に公になる前-所謂大規模侵攻以前の「旧ボーダー」だった頃の拠点はここであり、その名残からか建物の入口に付いているボーダーのエンブレムは当時のものを使っています。ちなみに玉狛支部所属の隊員の制服にもこのエンブレムを使っており、現に私や悠一、玉狛支部のメンバーだった彰もこれを隊服のデザインに組み込んでいるんです。
「今うちの隊員は……吹上姉弟が残ってるだけだな。
あ、ほかにも何人かいるみたいだ」
悠一がスマートフォンを操作しながらそう呟きます。そして2人でただいまーと言いながらドアの横についた端末に手をかざすと、機械仕掛けの玄関扉が開きました。
するとそこにはカピバラの雷神丸さんに跨る陽太郎くんがいました。傍から見たらシュール極まりないというか、珍妙というか、そんな光景に言葉を失った修たち。今更なのですが、カピバラって動物園にいるような生き物ですよね?
「あ、陽太郎くん。
今誰かいらっしゃいますか?」
「……しんいりか」
「新入りかじゃなくてさ」
「おぶっ」
私の質問に対して少し間を開けてやけに偉そうな返答をした陽太郎くん。そんな態度は修たちに失礼だぞと言わんばかりに悠一はヘルメットの上から軽く頭をチョップしました。暴力はいけないんですよ、19歳職業ボーダー隊員の迅悠一さーん。
「迅さんに湊さん、おかえりー。
え?何、お客さん?!」
吹き抜けとなっている支部の玄関、そこから覗ける2階から元気な女性の声が聞こえてきます。上を向くとそこにはなんだか重そうにたくさんの荷物が入ったダンボール箱を抱えている我が玉狛支部が誇る第一部隊がオペレーター、
彼女は一年ほど前に本部から転属してきており、以前は現在A級3位に位置する風間蒼也率いる風間隊のオペレーターでした。彼女は蒼也さんと共に使用者のトリトン体を視認できなくするカメレオンというトリガーを用いた隠密戦闘特化チームをオペレーターという立場から作り上げた張本人です。
「あ、彰さんにかがりさんもいるの?!
待って待って、今お菓子準備するから!」
「いいっていいって。
俺は支部長に挨拶しに来ただけだからさ」
「私はレイジの飯待ちだからほっといていいよ」
「え、レイジさん今日非番だよ?」
「なにぃっ?!?!」
荷物を持ってパタパタと走って行く栞。かがりの一言に急ブレーキをかけて振り向きながら返すと、かがりは驚きの声を上げてその場で固まってしまった。慌ただしく止まったり走ったりを繰り返す栞に、彰は苦笑いしながら遠慮がちに大丈夫だと言いました。
「やっぱりここはいいな、賑やかでさ」
「ええ、この居心地の良さが好きなだけにこの支部に籍を置かせていただいているようなものですからね」
ここに居た頃の日々を懐かしんでいるのか、しみじみとした雰囲気で彰は呟きます。私もそれにつられてそう答えました。特に意識はしていないが、少しだけ口角が上に上がったような気がしました。
◇ ◇ ◇
「失礼します、支部長」
「お久しぶりです、支部長」
「おぉ、湊に彰か、おつかれさん。
迅も色々と根回しありがとな」
ドアを開けると部屋の奥に置いてある机に座っている眼鏡をかけた短髪の男性がニカッと微笑みながら挨拶をしてくれました。彼は玉狛支部の支部長である
「これくらいなんてことありませんよ。
俺なんてただ遊真と千佳ちゃんと一緒に飯食べてただけだし」
「お前がそこで警戒してるってだけで手出ししにくい状況になるんだからそれだけでも十分な成果だろ?
流石はA級部隊の隊長ってところだな」
頭の後ろを恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべながらぽりぼりと掻く彰に対して再びにっと口角を上げて笑みを浮かべる支部長。黒トリガー使いである遊真くんとA級隊員である彰を組ませれば司令もそう簡単には刺客を送ってこれまいと提案したのは彰本人で、その采配が見事的中したとも言えます。流石ですね。
「さて……なあ湊、空閑さんの息子はどんな感じだったか?」
「どんな感じ……ですか。
その言葉を皮切りにここ数日で知った彼のことを淡々と話していきます。彼の黒トリガーは攻撃、防御、機動力などの性能がどれも高く、故に高い汎用性を誇っているということ。そして黒トリガーでの戦闘以外でも修のトリガーを使ってモールモッドを一撃で倒したという意味で個人の能力として高い戦闘力を持っていること。それらを自分の解釈と分析を織り交ぜながら報告します。
「彼が対人戦闘をしているところは見たことはない上に全ての能力を出しきっていない可能性もあるのでなんとも言えませんが、戦力としては十分です。
修や千佳ちゃん、うちには他にも面識がある隊員がいるので余程のことがない限り危害を加えられることはないでしょう」
「……聞き入っちゃったけどそういう事じゃないんだよなぁ……うーん」
あ、戦闘力とかの意味ではなくて普通に人柄なんかを聞いていたんですね。失念していました。
「迅、お前は?」
「普通にいいやつだと思いますよ。
悪い奴ではなさそうですし、メガネ君達とか黎奈とも仲良くやってるみたいだったし、大丈夫だと思います」
「どうだ湊、これが模範解答だ」
「はーい……」
そのからかわれているような口調に少しだけ頬を膨らませながら抗議するようににやにやと人の悪そうな笑みを浮かべる彼らを軽く睨みつけてやりました。ぐぬぬ。
「彰はどうだったんだ?
他愛もない話を沢山してたらしいし」
「俺もですか?
そうですね……あ、親父さんが亡くなったから遺言に従ってこちらの世界に来たみたいです。
近界の色々なところを転々としながら生活してたのもあって性格的な意味では少しドライで現実主義的なところもあるかも。
あと「ボーダーに親父の知り合いがいる」とも言ってました」
「そうか……彰のそういう分析能力は流石って感じだな。摩梨や
志織というのは彰の部隊の隊員である
「ねえ彰、遊真くんはその「親父の知り合い」の名前などは言っていましたか?」
「そこは教えてくれなかったんだよね……あんま深いところまで聞くとかえって不快に思われるかもしれないと思ってそこまでは聞かなかったんだ。
支部長は何かご存知ですか?」
「空閑さんと言ったらやっぱり最上さんしか思い浮かばないな……湊もそうだろ?」
「ええ、私が有吾さんと一緒だったのはひと月ほどですが宗一さんとはよくお話していた気がします。
あと模擬戦も」
「やっぱりそうだよなぁ……」
先程までの笑顔とは打って変わって支部長の表情が暗く神妙なものへと変わります。最上さんこと
「最上さんが亡くなったことを知らせた上で私達が彼を本部から守りたいという意思を伝えれば……」
「そうだな、それでいこう。
迅、空閑さんの息子さんを連れてきてくれないか?」
「了解、
そう言って悠一は支部長室を後にした。残っているのは私と彰の2人。支部長はまだ神妙な面持ちを崩さないことからまだ私たちに言うことがあるのでしょう。
「迅の予知だと、本部の連中が遠征部隊を空閑さんの息子の黒トリガーを目当てに送り込んでくるらしい。しかも十中八九今週中だそうだ。
その時は彼を守るために働いてもらうことになると思うが、いいか?」
「はい、俺達松風隊に任せてください!
A級トップ部隊だろうが何だろうがやってやりますよ!」
「それなら頼もしいな。
一応お前らの直属の上司の忍田からも許可は貰ってるから気にしないでくれ。
で、湊なんだが……」
彰ににやりと期待の意味を込めた笑みを返す支部長。私の方に体をむけなおすと、少し落ち着いたようであり、何かを企んでいるかのような人の悪そうな笑みを向けました。
「なんでも、最善の未来に進むには空閑さんの息子の『無防備な姿』をなるだけ見せる必要があるらしい。
向こうは現状相手の戦力を知らない状態だからな」
「なるほど、偵察部隊に隙を見せて襲撃の時間を絞らせるというわけですね。
ただ……まだ足りませんよね?」
「足りない?
時間だけじゃダメなのか?」
私の言葉に対して彰が疑問の声をあげた。彼は首を傾げながら顎に手を当てうーんうーんと唸り始めます。
「襲撃の日にちが読めないってことさ。
それを確定させるには黒トリガーの
「私……ですか?
レイジさんや桐絵ではなく?」
「ああ、迅の予知ではお前がその役目を担うみたいだ」
心底人が悪そうな笑みを浮かべながら支部長は私たちに語る。この人は何かを企んでいる時はすごく楽しそうに語るのです。いいことも悪いことも同じ調子で。ちなみに城戸さんからは「常に何かを企んでいる」ように見えているらしいですね。
「……黒トリガーの使用許可は?」
右手のブラウスの袖からちらりと見える黒い腕輪に視線を向ける。これは私が所有する黒トリガーだ。悠一と同じで私の師匠だった人が作ったものであり、いつも肌身離さず身につけている。
「状況次第だな。
向こうがそれを使って欲しいと言ってきたら迷わず使ってくれ」
「了解です、精一杯努めさせていただきます」
「そう言ってもらって助かるよ」
安堵したかのようににっと笑う支部長。ちょうどそのタイミングで背後のドアからコンコンっとノックする音が聞こえてきた。多分悠一が遊真くんと修を連れてきたのでしょう。
「それでは俺達も失礼しますね、支部長」
「ああ、長話に付き合ってもらって悪いな」
去り際に支部長からの労いの言葉を貰いながらお辞儀をして支部長室を後にさせていただきます。
ドアの近くで待っていた修と遊真くんにひらひらと手を振りながらリビングまでの道を辿っていきます。
「あ……アイツこんなところに来てたのか」
彰が途中で足を止めると、外へと繋がる扉に付いた小窓を覗きながらそう呟いた。私も同様にそれを覗くと、あぐらをかきながら川下をじーっと見つめている黒い短髪の少女の姿がそこにはあった。少女は頭頂部から生えているアホ毛を風になびかせながら先に当たりが来たのを知らせるための鈴が付いた釣竿を構え、その先に繋がっているオレンジ色のうきをじーっと眺めていました。
「志織?
玉狛に居るなら言ってくれればよかったのに」
「ああ……湊か、久しぶりだな」
多分今年はこれが最後の投稿になるかな?
みなさん良いお年を