何処とも知れぬ森の中を、私は必死に駆け抜ける。茂みの枝が引っ掛かって擦り傷を足や腕に作っていくけど、痛みよりも恐い物が後ろから追い掛けて来るのだから、気にしてなんていられない。
「ギルモン、速く走って!」
私は走りながらこの世界に来て唯一の味方であるパートナーデジモンに呼び掛ける。
「うぅ…ぎるぅ、ギルモン、もう疲れたぁ……」
無理もない。もうずっと走り通しだもの。私だって疲れているけれど、まだ若干の余力は残ってる。
「ギルモン、頑張って!」
私はギルモンの手を引きながら、足を動かす。少しでも足を止めたら直ぐに追い付かれる。
足音と地響きを響かせながら私たちを追い掛けるデジモン。
「ギュアアアアアアアアーー!!!!」
オレンジ色の身体の恐竜みたいなデジモン――グレイモン。
襲われる理由はわからない。でもグレイモンは強くて、ギルモンじゃ敵わないから、私たちは必死に逃げるしかなかった。
◇◇◇◇◇
私は枢木芹香(くるるぎ せりか)。
私立高校に通うごく普通の女子高生です。ちなみに3年生で、友達に面白半分で生徒会に立候補させられて、至らぬながら生徒会長なんてやっています。トレードマークは左に垂らしている三つ編みのおさげです。
「直ぐ立ち上がらなきゃぁ、チャンスは逃げていくぅ。わかぁってるさーー♪」
歌を口ずさみながら、いつも通りの帰り道を歩いて、青信号を渡った時。物凄い衝撃を受けて身体が宙に舞ったのが、現実世界での最後の記憶。
気づけば私は森の中で横たわっていた。
「ここは……」
私が居たのは国道の信号の横断歩道。身体が宙に舞ったのが最後の記憶なら、車に撥ね飛ばされたとしても、こんな森の中で目を覚ますはずがない。
「いたい……」
軽く手の甲をつねってみたけれど、普通に痛かったから夢じゃないと思う。
どうしようか、ここは何処なのか、なぜこんなところに自分は居るのかと思考が堂々巡りになる私の耳に、草を掻き分ける音が聞こえた。
「な、なに……?」
少し怖く思ったけど、物音のする方に顔を向ける。もしかしたら猫とか犬かもしれない。そしたらこの不安と寂しさを紛らわす相手になってもらおうかと思っていた時だった。
「ヌーン」
「へ……?」
茂みから出てきたのは、スライムみたいな身体にギョロリとした目がカタツムリみたいに生えている生き物だった。
私はこの生き物を知っている。
「ぬ、ヌメモン……?」
ヌメモンとは、デジモンアドベンチャーというアニメに出てくるデジモンの1体で、とっても弱くて、それでも主人公の子供たちを時には助けてくれるけど、キタナイという印象の強いデジモンである。
「おネェちゃ~ん」
「えっと、わ、私……?」
ヌメモンの言葉に私は周りを見渡すけれど、私以外には誰も居ない。だから私のことを言っているのかと思って、恐る恐る言葉を返した。
「オイラとアツいサタデーでナイトなフィーバーをおくらな~い?」
「え、えーっと……」
土曜で夜で、フィーバーは……ハッチャケるって意味で良いのかな? もしかして私、ヌメモンにナンパされてるの?
「ご、ご遠慮させていただければなぁ~っと……」
ヌメモンは決して悪いデジモンじゃないと、私は思うけど、相手を選ぶ権利くらい私にも下さい。
「ヌーン……。おネェちゃんも固いねぇ。だったらオイラのテクニックでやわやわにしてやんよォ!!」
そう言いながらヌメモンは私の方に飛び掛かって来た。
「き、きゃあああああああっ!!!!」
私はそれがとにかく恐ろしくて、横に転がることでヌメモンの飛び掛かりを避けた。制服のブレザーとかスカートが土埃で汚れちゃったけれど、ヌメモンに飛び掛かられるよりかは数千倍マシに思えた。
「おネェちゃん、中々素早いねぇ。いっちょオイラと勝負といこうか?」
「い、いやあああああああーーー!!!!」
私は直ぐ様立ち上がって逃げようとするが、踏み出した足が何かを踏みつけて盛大に滑って転んでしまった。
「きゃあああ!?」
転んだ痛みを気にしてる暇もなく、何を踏んで転んだのか気になってしまった。
「どーだい? オイラのウ○チトラップは?」
「ひっっっ!?」
見なければ良かった。聞かなければ良かった。
「うっ、ぅぅっ、うわあああああああんっっ!!!!」
「ヌヌ、おネェちゃん?」
私は恥もなにもかもかなぐり捨てて泣き出した。
普通に家に帰っていたはずなのに、今頃シャワーを浴びてゆっくりとベッドでゆったりしていたはずなのに。
なのにどうしてヌメモンにナンパされて、挙げ句にはウ○チなんて踏んですっ転ばなければならないのか、世界を呪った。嘆いた。怒った。もうどうでも、なんでも良かった。
「どんな敵でも味方でも構わないから、このヌメモンを追い払ってええええええ!!!!」
「ヌメ!? おネェちゃん、そりゃ酷いんだぜ」
うら若き乙女にウ○チ踏ませて転ばず方がよっぽどヒドイわっと、突っ込みを入れそうになった時。私の耳に機械の電子音の様な物が聞こえた。
ピコピコピコピコ♪ ピコピコピコピコ♪
そんな連続した電子音が鞄の中から聞こえてきていた。
鞄の中から取り出したのは、子供の頃に買ってもらったオモチャのデジヴァイス。私がデジモンを知る切っ掛けになったアニメ、デジモンテイマーズで主人公の子供たちが使っていたデジヴァイス――Dアーク。
壊れていて、もう電源も入らないのに、電子音がなりやまない。
私の指は、吸い込まれる様にDアークの電源スイッチを押した。
「きゃっ!?」
「な、なんだヌメぇぇぇ…!」
するとDアークの画面から眩い光が溢れて、その中からデジモンが飛び出してきた。
「あっ……」
私を守る様にヌメモンと対峙するそのデジモンを、私は知っている。私が初めて好きになって、今も一番大好きなデジモン。
「セリカを泣かせるデジモン、ゆるさない!」
「ギルモン!」
赤い身体の小さな恐竜型のデジモン――ギルモンは唸りながらヌメモンを威嚇する。
「ぐるるるる――!!」
「ヌメぇぇぇ……」
両者睨み合って動かない緊迫した空気が漂う。
「ヌメ!」
最初に動いたのはヌメモンだった。ウ○チをギルモンに向けて投げつけた。
「《ファイヤーボール》!!」
でもギルモンが口から放った火の玉に、ヌメモンのウ○チは一瞬で蒸発した。
それから空かさずギルモンはヌメモンに向かって一気に駆け寄って行く。
「《ロックブレイカー》!!」
ギルモンは振り上げた爪でヌメモンを殴り飛ばした。
「ヌメぇぇぇぇぇーーー…………(キランッ」
殴り飛ばされたヌメモンはお星さまになって消えた。
「ギ、ギルモン?」
ウェットディッシュで靴を入念に拭いた私は、ギルモンに歩み寄る。
「セリカ……やっと会えた」
「やっと会えたって……」
どういう意味なのかと疑問に思う暇もなく、ギルモンにじゃれつかれた。
「ちょ、ギ、ギルモン!?」
「ギルモン、ずっとずっと、またセリカと会えるの待ってた!」
犬みたいに頭を擦り付けてくるギルモンの言葉をそのまま間に受けるなら、ギルモンは私と以前何処かで会って、しばらく会えなくて、今久し振りに会ったと言うことになる。
「もしかして……」
私はギルモンが光の中から出てきたDアークを見た。
小学生になるくらいの頃に買ってもらったDアーク。
最初は全く遊び方なんてわからなくて、アニメのマネしかしてなかったけど、遊べる様になってからギルモンを一生懸命に育てた。でも中学生の頃に壊れてしまって以後今日まで電源スイッチを触ることはなかった。
デジモンだって生き物。もし私のDアークに居たギルモンも生きていて、そのギルモンが目の前のギルモンだったら、足掛け5年振りの再会になる。
「……ありがとう、ギルモン。私の声に応えてくれて」
私はそれが嬉しくて、ギルモンを抱き締めた。
「ぎるるぅ…、セリカ、くるしぃ……」
「あっ、ご、ごめんね、ギルモン」
ギルモンを慌てて離すと、私はここが何処なのかダメ元で聞いてみた。
「わからない。でも、デジタルワールドなのはぜったい。だからギルモン出てこれた」
「そっか……」
デジタルワールドの何処なのか。少なくともテイマーズ次元のデジタルワールドじゃないとは思う。空にリアルワールドが見えていないから。
私は服の土埃を払うと、適当な木の棒を見付けて地面に垂直に立てると、手を離した。
「ギルモン、こっちに行ってみましょ」
「セリカ、どこ行くの?」
「わからないけど、とにかく何処かに行き着くまで」
なにもわからない。デジタルワールドに来てしまった意味すら。でもギルモンも一緒ならなんとかなると思って前に進むことにした。
to be continued…