「はあああああああっ!!」
有音の振るう木剣がナイトモンの木剣に叩き付けられる。
「うぬ」
「くっ…」
ナイトモンが切り払うが、今度は弾かれる前に身を引く。そして弾かれる反動を利用して間合いをあける。
「ふぅー……っ、はっ!!」
今度は身を低くして飛び出す様に駆け出す。まだ二日目だが、ナイトモンは身体も大きく、そんな相手に対する戦い方も少しずつ身に付き始めていた。
「アニキ、カッコいいなぁ……」
「……、……ウン」
日に日に確実に強くなっていく有音に感嘆の息を漏らすアグモン。
ナイトモンと互角に切り結ぶ有音を見て、ポーンチェスモンも頷いた。
ポーンチェスモンが有音とアグモンを見つけたのは、クワガーモンとの戦いの最中だった。
成長期のポーンチェスモンだが、その実力は成熟期デジモンとも渡り合える程強い。だがその実力に対して、内面は少し引っ込み思案という欠点があった。
中々出るタイミングが掴めなかったポーンチェスモンはクワガーモンと戦う二人を見ていた。
強大な敵と一歩も退かずに戦う有音とアグモンの姿に、ポーンチェスモンの目は釘付けだった。そして極めつけが、拳を叩き付けた有音の姿だった。
命の危機を前にして、一歩を踏み出して活路を開いたその姿に見惚れてしまったポーンチェスモンは、戦いのあとにアグモンが寝てしまったのを確認してから館に戻り、仲間のポーンチェスモンやコテモンを連れて、有音とアグモンを保護したのだった。
「もらった!」
ナイトモンの横凪ぎの攻撃を跳んで避けた有音はナイトモンの懐に入って木剣で突きを放った。
「だが、まだ甘い」
「ちぃっ!」
しかしナイトモンの刃の切り返しは速く。例え一撃を躱しても間髪いれず次の一撃が返ってくる。
「こなくそっ」
デジソウルを纏わせた木剣に手を添えて、両手の力で防御する。
「あ、くぅぅぅっ」
だがナイトモンの力は人間程度で受け止められるはずもなく、軽々と弾き飛ばされてしまう。
「よし。少し休憩としよう」
「はぁ、はぁ、いや。まだやれる」
衝撃が身体に走り、片膝を着きながらも有音は反論する。
「事を急いでは本命を為損じる。焦りは禁物だ」
「わかっている。だけど」
今は二日目。もう一日しか余暇がない。今は少しでも強くなりたい有音からすれば、休む時間も惜しいくらいだ。
「戦士も休息は必要だ。追い詰めても効率が悪くては意味がない」
「わかったよ、ナイトモン。すまない」
素人の自身の反論にも、頭から否定するのではなく、柔らかく論じるナイトモンに、有音も少しだけ落ち着き、謝罪する。
話が終わったところで、ポーンチェスモンが有音の怪我を治療する。
「アルト。きみはどうして力を求める」
「どうしてって。選ばれし子供たちを助けるためさ」
彼らの冒険には常に危険がたくさんあった。そんなところにただの大人が乗り込んだところで、却って足を引っ張りかねない。だから少しでも戦える様になりたかった。子供たちを守って戦える大人になりたいと思ったからだ。
「ふむ。その考え方は悪くはない。騎士たるもの。守るものがなければ、ただの戦士と同じ」
騎士は守るものがあるから騎士足り得るのだとナイトモンは言う。
「だが、きみの考え方はでは些か傲慢になってしまう。選ばれし子供たちはきみがすべてを守らなければならないほど、弱いわけでもないだろう」
「それは、そうかもしれないけど」
既に選ばれし子供たちについての噂は、ナイトモンの守るこの館にも届いている。メラモンやアンドロモン、もんざえモンを黒い歯車の呪縛から解き放ったと言うことだ。
「彼らも己の力で道を進んでいる。きみも焦らずに、自分の道を進むことだ」
「自分の道……」
◇◇◇◇◇
休憩も終えて、午後の稽古も過ぎ、夕食も済ませてあとは寝るだけなのに、どうにも眠れずに館のエントランスで、ナイトモンに言われたことを考えていた。
自分の道。つまりは自分のやるべき事なのだろう。
「おれのやることなんて……」
選ばれし子供たちは、デジタルワールドの危機を救うために選ばれた。でも自分はそうじゃない。気づいたらファイル島に居た。
偶然にアグモンと出逢って、デジソウルとデジヴァイスでアグモンを進化させられたから、子供たちと関わって、彼らを守ろうと思ったまでだ。でなかったら、今ごろクワガーモンにやられていたかもしれない。
つまり状況がそうさせただけで、本当の意味での自分のやるべき事を何一つ決められていないし、わかってもいない。
それは難しいことだ。子供たちには常に帰るべき場所があるから、帰るために今を頑張っている。
でも自分はそうじゃない。
リアルワールドへ行っても、そこは自分の居た世界じゃない。例え自分の世界に帰れても、トラックに轢かれたはずの自分が五体満足でいるのかもわからない。もしかしたら、今ここに居る自分は魂だけの電子情報でしかないのかもしれない可能性もある。だとしたら、元の世界に帰るのは少し恐いものがある。
そうでなくても自分のやるべき事はなんなのか、本当にわからない。
デジタルワールドを救う? 自分一人でそんな大それたこと出来るはずがない。
アグモンはまだジオグレイモンにしか進化できない。その上の完全体や究極体になるには、必ず自身の成長も必要になってくる。そのファクターがなんなのかわからないが、ひとつは自身の強さも直結するはずだ。
だからナイトモンに修行を頼んだのだが。自分が本当に強くなれているとは自信が持てない。
漫画やアニメじゃない。2日3日で直ぐに強くなれるはずがない。そんなの主人公補正の掛かっている子供たちでしか働かない。
ナイトモンの課題は今のところ順調にクリアしているが、それはナイトモンもまだまだ手加減しているだろうし、動きにも慣れてきているからだろう。
完全初見の相手に、自分の動きが通用するかどうかなんて自信があるほど、楽観的にはなれない。
「マダ、ネムラナイ……」
「クロ」
後ろから声がすると、いつも修行のあとに治療してくれる黒いポーンチェスモンが居た。ナイトモンの騎士団はそれなりの数が居て、ポーンチェスモンも大勢居るのだが、黒いポーンチェスモンは一人だけだった。それでも他のポーンチェスモンと区別が付くように、おれは黒いポーンチェスモンを『クロ』と呼んでいた。
「アシタ、アル……」
クロのいう通りだ。明日もあるのに眠らないと身体が持たない。それでも――
「なぁ、クロ。おれは強くなれると思うか?」
おれとナイトモンの稽古を見ているから、ナイトモンの騎士団でも一二を争う腕の持ち主のクロだから問いた。
「ワカラナイ、ナイトモン……ツヨイ」
「そりゃそうだよな」
ナイトモンが強すぎて、おれが強くなっているかどうかクロにもわからないだろう。
「デモ、アルトモ……ツヨイ」
「そっか。ありがとな、クロ」
気を使ってくれたんだろうか。クロの優しさが、ちょっぴり胸に痛かった。
「アルト、ワタシヨリ……ツヨイ」
「クロ…」
「ダカラ、ワタシ……ワカラナイ」
「おれがクロより強いわけがないだろう。おまえにかかれば、おれなんてイチコロだぞ、たぶん」
「ワタシ、ココロ……ヨワイ。アルト、クワガーモン……タオシタ」
クロの話を聞いて、少しバツが悪くなった。あんな泥だらけになりながらひぃひぃ言っていた自分を見られていたのが恥ずかしくなった。
「いや、クワガーモン倒したのはアグモンで」
「ワタシ、クワガーモン……ツヨイ。デモ、ミテタ……。ココロ、ヨワイ」
「クロ…」
俯くクロに、おれは歩み寄ると、その身体を抱えて向かい合った。
「アルト……?」
「お前はもう少し自信を持て。お前は強い。おれが保証する」
ナイトモンとの稽古の合間に、おれは他のポーンチェスモンやコテモンとも刃を交えているが。完全体のナイトモンと違って、成長期のポーンチェスモンやコテモンは良い意味での手加減を知らずに本気で掛かってくる。
そんな彼らに逃げ回っているのが精一杯のおれが、クロより強いはずがない。言ってて悲しくなるが、クロは絶対おれよりも強いデジモンだ。
「だから自信持ちなって。お前は強いデジモンなんだ」
「アルト……」
ひょうっと風が吹いて、身体が震える。
「うぅ、寒いな。中に入るか」
「……、……オロシテ」
「いや~、お前抱き心地良いから抱き枕になってくれないかな~?」
「……、……ヤダ」
「えー? お前温かいし軟らかいし、良いじゃん」
パペット型デジモンだからか、ポーンチェスモンの抱き心地は結構良いんだよな。いや、パペット型は関係ないのか?
「……、……アツイ」
「細かいこと気にすんなよ~」
to be continued…