ミミちゃんが純真の紋章を手に入れたとなると、次は確かピッコロモンとの出逢いが待っているはずだ。
太一とアグモンが進化に対して恐怖を抱いてしまって、それを克服する話なのだが。
正直今の太一が進化に対してどう思っているのかはわからない。
「ん? なんだギルモン?」
「ぎゅる。アルトあそぼ!」
「わっ、わかったわかった。よしよし、良い子良い子」
「ぎゅるる」
じゃれついてくるギルモンの頭を撫でながら歩く。
人懐っこいイヌみたいにじゃれついてくるけど、おれの体格だとギルモンは十分大型犬のサイズがあるから、背中にのし掛かられたりすると結構重い。
元々人懐っこいデジモンではあったけど、今日は一段と懐っこい。少しでも暇になると構って構ってとじゃれついてくる。
「あはははは、ごめんね?」
「いや。良いさ。って、ギルモン、うわっ!?」
「うぎゅぅっ、ギルモンちからもち!」
少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる芹香に、気にしないでという意味で笑い返すと、いきなり身体が持ち上がって驚く。
足の間から頭を入れて、背中というかほぼ肩車の形でおれを乗せて立ち上がるギルモン。
「わっ、わっ、わっ、あ、アニキぃ」
「大丈夫だから落ち着け」
腕に抱えていててるコロモンを落ち着けさせながら、倒そうになる身体を腹筋だけで起こして、ギルモンの重心に自分の重心を合わせてバランスを取る。
「こら、ダメだよギルモン。急にそんなことしちゃ危ないよ」
「んぎゅぅ。ごめんセリカ」
「謝るのは私じゃなくて有音君とコロモンにだよ」
「うん。ごめんアルト、コロモン」
「おれたちは気にしてないさ。なぁ、コロモン」
「うん。気にしないでよギルモン」
そんなやり取りをしつつ。おれは考えを巡らせ始めた。
今までよりも急に懐かれる原因。思い当たる節はとするなら、芹香と関係を持ったくらいだけだ。ただ、それだけでこうも好かれる様になるのだろうかと考えてひとつの答えが浮上する。
芹香とギルモンは、太一たちやおれと違ってより親密なパートナー関係を築いているテイマーとパートナーだ。それを後押しするデジヴァイス、Dアークも持っている。なによりも、テイマーズは熟知している芹香は、自分の強さがパートナーとの絆の強さというのを自覚している。
そしてテイマーとパートナーデジモンが心を通わせて究極体へ進化するテイマーズを体現している芹香とギルモンなら、Dアークを通じてか、そもそも素の状態で心の奥底で繋がっているのなら、ギルモンの異様な懐かれ様も少しは理解できる。
あれだけ芹香に好かれていれば、少なからずギルモンも影響を受けて、おれに懐いてくるのも理解できる。
とまぁ、そんなことをギルモンの上で考えていたわけだけども、実際どうなっているのかはおれにもわからない。
「ん?」
急にギルモンの雰囲気が張り詰め出した。
ギルモンの上から降りて、おれも地面に降りると気配を感じた。正確にはおれの存在に気づいた気配を察した感じだ。
「みんな止まれ!」
◇◇◇◇◇
有音の声が後ろから聞こえたとき、俺たちの目の前で地面の砂が盛り上がって、中からデジモンが現れた。
「く、クワガーモン!?」
現れたデジモンはクワガーモンとよく似ていた。ただファイル島で見たクワガーモンより倍以上に巨大で、両手もハサミになっていてしかも身体が灰色になっている。
「オオクワモン!?」
有音が驚く程のデジモンという事は、相当強いデジモンかもしれない。
「クカカカカカカカ!!」
「太一!」
「うわっ」
オオクワモンが腕を俺に向かって降り下ろしてきた。アグモンが咄嗟に俺を押し倒してくれたお陰で、オオクワモンの攻撃は空振りに終わった。
「オオクワモンは完全体だ。しかもアゴのハサミはダイヤモンドすら両断する力があるから絶対に捕まるな!」
完全体――。つまりそれはスカルグレイモンと同じくらい強いデジモンというわけだ。
「ここは私たちに任せて。ギルモン!」
「うん。ギルモンがみんなをまもる!」
芹香さんの目の前に光が集まって、それが青いカードになると、指で挟んでデジヴァイスにカードを通していく。
「カードスラッシュ!!」
「芹香、下!!」
「え? きゃあああっ」
カードを切る瞬間。芹香さんの足元から黒いケーブルが現れて、芹香さんの身体を締め上げてしまう。
「セリカ! うわあああっ」
芹香さんを助けようとしたギルモンも黒いケーブルに巻かれて捕まってしまう。
これはいったいどうしたってんだ。
「太一前だ!」
「う、うわっ」
ヤマトの声で前を見ると、オオクワモンの腕が迫っていた。アグモンを抱えながら横に転がって避けるけど。このオオクワモンと戦うにはどうしたら良いんだ!?
「アグモンっ」
「ごめん太一。進化したいけど…。出来ないんだ」
デジヴァイスがなんの反応もしない。
わかっている。アグモンも俺も、進化することを恐がっているんだ。進化したら、またスカルグレイモンみたいになってしまうのかもしれないって。
「バカ野郎! 立って戦え、死ぬぞ!!」
「まったく世話が焼けるっ」
地面に寝たまま立ち上がれない俺とアグモンに向かって叫ぶ有音と、こっちに向かって走ってくるブイモン。
「デジメンタル――アーーーップ!!」
「ブイモン、アーマー進化!!」
有音が持つデジヴァイスからオレンジ色の光がブイモンに向かって放たれる。
光を受けたブイモンの身体を光と炎の渦が包み込み、炎に包まれた身体が大きくなる。
そして炎の中から赤と黄色に彩られた激しく燃え盛る炎をイメージする鎧を身に纏い、頭に鋭い刃の角を生やしたデジモンが姿を現す。
「――燃え上がる勇気、フレイドラモン!!」
ブイモンが進化したフレイドラモンが俺たちの横を駆け抜けてオオクワモンに向かっていく。
「クカカカカカカカ!!」
「遅いっ!!」
オオクワモンが腕を振り払ってフレイドラモンに攻撃する。でもフレイドラモンはそれより先にオオクワモンの懐に入ると、思いっきり地面を蹴って飛び上がる。
「《ナックルファイア》――!!」
「シャギャアアアアアッ」
フレイドラモンは炎を纏った拳でオオクワモンのアゴを下から殴りあげると、その巨体を殴り飛ばしてしまった。
着地したフレイドラモンは背中を向けたまま後ろに居る俺に振り向いて睨み付けて来た。
「な、なんだよ…?」
「フン、怖じ気づいたのなら下がっていろ。戦いの邪魔だ」
そう言い捨てて前に向き直るフレイドラモンに、俺は何も言い返せなかった。
「ぐぅぅあああっ」
「くそっ、芹香っ! ぐああぅっ」
悲鳴が耳に入って振り向けば、黒いケーブルが黒い電気を発していて、それに芹香さんと芹香さんを助けようとケーブルに触っている有音が苦しんでいた。
「くっ、アルト!」
「っぐ、構うな! オオクワモンを頼む!」
フレイドラモンが振り向いて助けに行こうとしたのを、有音は止めた。どうしてだ? フレイドラモンに助けてもらえばすぐに済むことだろ?
「クカカカカカカカ!!!!」
オオクワモンが体勢を立て直して空に吼えると、他からも地面の中からクワガーモンが姿を現して俺たちを囲った。前にオオクワモン、両横と後ろにクワガーモン。しかもクワガーモンもファイル島で見たやつよりも倍近く大きい。
「みんな、進化よ!」
空の声がみんなに指示を出した。みんなそれぞれいつも通りに進化していく。
「ガブモン進化――ガルルモン!!」
「ピヨモン進化――バードラモン!!」
「テントモン進化――カブテリモン!!」
「パルモン進化――トゲモン!!」
「ゴマモン進化――イッカクモン!!」
進化したデジモンたちがそれぞれ周りを囲うクワガーモンと対峙する。ただ後ろを囲うクワガーモンにはガルルモンだけが対峙している。アグモンがグレイモンに進化できればガルルモンと一緒に戦えるのに。
「くっ」
「太一……」
アグモンを進化させようとすると、スカルグレイモンの事が頭の中に甦る。また進化して、それで正しく進化できなかったら、みんなを危険に晒してしまうんじゃないかと。
「パタモン、お願い!」
「任せて!」
タケルの願いを受けて、パタモンがガルルモンの方に飛んで行きながら光に包まれていく。
「パタモン進化――エンジェモン!!」
パタモンが進化したエンジェモンがガルルモンと一緒にクワガーモンと対峙して、3体のクワガーモンに対して2対1でデジモンたちは対峙する。
「くっそおおっ」
「あ、アニキ!」
「有音君! っあああ」
見れば芹香さんを助けようとしていた有音も黒いケーブルに捕まって、黒い電流を受けていた。
どうすれば良いんだ!? 戦えないならせめてふたりを助ければ良いのか?
「コロモン!」
「アニキ!」
有音が自分のパートナーの名前を呼ぶと、コロモンの身体が白い光に包まれていく。
「コロモン進化――アグモン!!」
コロモンが大きなアグモンに進化すると、口の中に火を溜めている。いやまさか。
「やれっ、アグモン!!」
「《ベビーフレイム》!!」
「ぐううっ」
たまげたというか。無茶も良いところだ。ベビーフレイムで自分ごと黒いケーブルを焼いて脱出した有音は、目にも止まらない速さで何か手を振ると、白い魔方陣みたいなものが現れて、その中から白い光の剣を抜いた。
「少し痛いかもしれないから、歯ァ食いしばれよ!」
「うん。私、有音君の事信じてるから平気だよ」
光の剣を持つ有音に向かって穏やかに返す芹香さんに向けて、有音は光の剣の剣で芹香さんごと黒いケーブルを切り裂いた。
「くっ、うぐぅ」
「芹香!」
黒いケーブルは切り裂かれて自由になった芹香さんが呻きながら倒れそうになるのを、有音が慌てて支えた。
あとはギルモンを助けるだけだ。
「ぐあああっ」
「っ、フレイドラモン!!」
オオクワモンと戦っていたフレイドラモンが地面に落ちてきた。砂煙を上げる中にはフレイドラモンが地面に横たわっていた。
「クカカカカカカカ!!」
空に飛んでいるオオクワモンが、フレイドラモンに向けてトドメを刺そうと急降下してくる。
「フレイドラモン!!」
「あ、有音君っ、うぐっ」
フレイドラモンの危機に走り出す有音。
フレイドラモンの目の前に辿り着くと、有音は向かってくるオオクワモンに拳を突き出した。
ドスンッと地面が陥没する程の衝撃を受けても、有音は立ったままオオクワモンの突進を受け止めていた。
「ぐうっ、く、おれのパートナーが世話になったな…。こいつはそのお返しだあああああああーーーーっ!!!!」
「シャギャアアアアアアア!!!!」
オオクワモンをフレイドラモンに負けず劣らずの力で殴り飛ばした有音は、デジヴァイスを手に自分のアグモンに向けて振り向いた。
「あとは頼むぜ、アグモン!」
「おう! アニキたちの分の借り、利子つけて倍返しにしてくる!!」
有音の身体が白い光に包まれて、その光が右手に集まっていく。
「デジソウル――フル、チャージ!!」
光が集まった右手を、左手に握るデジヴァイスに添えると、光がデジヴァイスに吸い込まれて激しい光が有音のアグモンに向けて放たれた。
「アグモン進化!!」
光に包まれて一気に巨大化するアグモンは、光の中から機械の翼と巨大な銃の腕を着けたグレイモンに進化して現れた。
「ライズグレイモン!!」
「やったれえええ、ライズグレイモン!!」
「うおおおおおっ」
機械の翼から炎を噴き出してオオクワモンに向かって突進していくライズグレイモン。
メタルグレイモンの時もそうだった。でもライズグレイモンを見てより感じるもの。
何故有音には進化に対する迷いみたいなのがないんだ。どうしてライズグレイモンも、メタルグレイモンも、あんなにも力強い存在感を放つのか。
同じアグモンなのに。何かが違うとするなら、パートナーの俺の所為だ。俺がアグモンを正しく進化させてやれないから。
「ギルモン、進化するよ!」
「ぅぐ、セリカっ」
まだ黒いケーブルに捕まっているギルモンに向かって言い放ちながら、強い光を放つデジヴァイスを自分に押し付ける芹香さんが光に包まれて、そしてギルモンも同じ様に光に包まれた。
MATRIX
EVOLUTION_
「マトリックス――エヴォリューション!!」
光の中で黒いケーブルが弾けたギルモンが光になって、光を放つ芹香さんと重なっていく。
「ギルモン進化!!」
光がひとつになって人の形となって、ギルモンが鎧姿に変わっていく。
光の中から騎士の鎧を身につけて、盾と槍を携えて赤いマントを靡かせて現れたのもギルモンが進化したデジモンだ。
「デュークモン!!」
完全体よりも上の進化。究極体というレベルのデジモンに進化したギルモンと芹香さん、デュークモンが佇みながらケーブルの残骸を睨み付ける。
「まさかこの様な卑劣な手段でテイマーを狙ってくるとは」
『ごめんね、ギルモン。すぐに助けられなくて』
「謝る必要はないさ。私とて、テイマーを救えずに捕まってしまったのだ」
『その分、有音君の力にならなくちゃ』
「そうだな。我等らの力で、この苦難を乗り越えてみせよう! 行くぞグラニ!!」
「キュアアア!!」
デュークモンの盾が光って、光の中からグラニが現れると、デュークモンはその背に乗ってオオクワモンと空中戦をするライズグレイモンに向かっていく。
他のみんなが戦っているのに、俺だけがこんなんじゃ、アグモンをいつまで経っても進化させてやれないじゃないか。
to be continued…
オオクワモン
完全体 ウィルス種
クワガーモンがより強力かつ凶暴に進化した完全体デジモン。身体が赤から灰色に変わり、両手もハサミに、二足が四足に強化されている。強靭なアゴも強化され、モース硬度10のダイヤモンドも両断する力がある。必殺技はその強化されたアゴのハサミに敵を捕まえて両断する『シザーアームズ