息苦しさに目を覚ますと、ホテルの一室の様な天井が見えた。
隣から芹香の甘い香りがした為、近くに居るのかと声を掛けると、ここは豪華客船の中だと言われて、暗黒進化のあとに豪華客船とくればコカトリモンの船の可能性も大いにあり得る。
完全に目を覚まして気を張りながら立ち上がると、多少ふらつきつつもしっかりと立つ。
そしてあちこちから忙しない気配を感じながら、ブイモンが警戒している気配を感じる。そして周りの気配がこの部屋に集まってくると入り口のドアを盛大に開いてブイモンが入ってきた。
「アルト!」
「わかってる。ベッドをバリケードにして時間を稼ぐ! 芹香!!」
「は、はい!」
おれは芹香に向かって声を掛けながらベッドを持ち上げてブイモンがドアを閉めた所に放り投げる。ブイモンが床に落ちたベッドを蹴りつけてドアにピタリと着ける。芹香はバスルームに走っていくのを確認して新しいベッドを、今投げたベッドに向かって投げつけ、さらに三つ目をドアと床に対して突っ張り棒になるように立て掛ける。
その合間にもドアは激しく廊下側から打ち付けられているが、相手がヌメモンなら暫く持ち堪えられるだろう。
「コロモンとギルモンは?」
「揃って食堂に向かった。無事だと良いが…」
うちのコロモンと芹香のギルモンを心配するブイモンだが、おそらく既にコカトリモンにやられている可能性もある。
相手は成熟期にしてはやたら弱いヌメモンだが、多勢に無勢。しかもコカトリモンまでこられたら本調子でもないれたちではどうにも出来そうにない
。
今回は空ちゃんとミミちゃんが要であり、絶対防衛ラインだ。ピヨモンとパルモンが進化して戦えるスペースのある船の甲板までふたりとそのパートナーを逃がさなければならない。
こんなときにも奇跡のデジメンタルはうんともすんとも言わない辺り、やっぱりおれに奇跡のデジメンタルを使う資格はないのだろう。
ないならないで他の方法を見つけなければならない。せめてブイモンをエクスブイモンかブイドラモンに進化させてやれればこれくらいの窮地は脱して行けるはずだ。
とはいえ今はないもの強請りをしても仕方がない。とにかくコカトリモンを抑える為に囮役は此方でするしかない。
「有音君! 取り敢えず空ちゃんたちに敵が来たことは伝えたけど」
「ならバスルームに窓があるはずだろ? そこから部屋を出て甲板に向かわせろ。狭い屋内じゃ進化して戦えないだろ。足止めはおれとブイモンでやる」
「な、なら、私も残る!」
「いや。芹香は空ちゃんたちに着いていってやってくれ。女の子ふたりだけじゃ心細いだろ?」
ここに残ると言い始めた芹香に、おれは空ちゃんたちに着いていくように言い渡す。はじまりの街で見た様に、芹香ひとりだけでもカードを切って敵の攻撃を防御することくらいは出来るだろうから、甲板まで確実に空ちゃんとミミちゃん、そしてピヨモンとパルモンを無事に送り届けて欲しいからだ。
「い、イヤ、有音君を置いて行くなんてっ」
「行け芹香! 空ちゃんたちがやられたらほぼ詰み状態になる。そうならない為に芹香があの子たちを守るんだ!」
ドアからはもうドンッドンッという音に混じってメキメキッと木に皹の入る音が聞こえてきている。ドアが砕ければ、ヌメモン軍団との戦闘は避けられない。
「「「「「ヌメェ~~!!」」」」」
組体操の様にピラミッドを作ってドアを押していたのか、ドアが砕け散るとベッドのバリケードを押し流してヌメモンたちが部屋に雪崩れ込んでくる。数は……とにかくいっぱいだ。
「ブイモン!」
「わかっている!」
ブイモンに声を掛けながら共に駆け出す。
「《ブイモンヘッド》!!」
「でええええいっ」
「「ヌメ~~~!!」」
ブイモンの頭突きとおれの拳が近場に居るヌメモンを吹き飛ばす。
「ここから先は一方通行だ。痛い目をみたくなけりゃウチに帰んな!」
「さもなければ我等が相手をしてやる。どこからでも掛かってくるが良い!」
仲間がやられて、更におれたちの気迫に当てられてヌメモンたちが及び腰になる。
――今のうちに行け!
「っ、……必ず無事で居てね」
踵を返してバスルームに走り出す芹香。これで当面こちらは派手に暴れながら敵の注意を引き付ければ良い。
「に、逃がすなヌメ!」
「言っただろう? ここから先は一方通行だとな!」
芹香を追おうとするヌメモンに向かって、近くに落ちていた枕を思いっきり投げつける。
「ニュメッ!?」
バァンッといった盛大な炸裂音を立てて枕が直撃したヌメモンは吹き飛んだ。
「《ブイモンパンチ》――!!」
「「「ヌメ~~~!!」」」
その間にもヌメモンを拳で打ち倒して行くブイモン。弱いとはいえ多勢の成熟期相手に大立ち回りをしているブイモンの姿は頼りになる。
「「ヌメェ~~!!」」
ブイモンが前衛で暴れてる間に、孤立したおれを倒そうと2体のヌメモンが飛び掛かってくるが、懐がお留守過ぎる。
「せいっ、はっ!」
「「ヌメ~~~!!」」
飛び掛かって来たヌメモンをアッパーカットからの身体を回転させた肘打ちで撃退する。
「ぐっ、頭が……」
まだまだ頭痛の響く頭に、飛んで来るサッカーボールだかバスケットボールを殴り返した様な衝撃を受けて響く鈍痛に顔を顰める。
「アルト!」
「心配するな! 後ろっ」
「わかっている。《ブイモンキック》!!」
「ヌメ~~~!!」
後ろから襲い掛かろうとしたヌメモンを回し蹴りで撃退するブイモン。うちのアグモンと違って、ロイヤルナイツとして場数を踏んでいる安定感というものがある。
これでマグナモンにさえ進化させてやれれば良いのだけれど。
「…………くっ」
デジヴァイスはなんら反応を示さない。アグモンを進化させるときはデジヴァイスにデジソウルをチャージ出来るという感覚みたいなものがある。なのに今はそういった感覚がまるでないのだ。
「アイツが弱っているヌメ! 畳み掛けろ~!」
「「「「「ヌメェ~~!!」」」」」
デジヴァイスを気にして動かないおれを勘違いして襲い来るヌメモンたち。
「フッ、やって、みろよォォォッ!!」
バック転で後ろに下がって、まだ残っているベッドから枕を二個掴んでヌメモンたちに投げつける。
「ヌメ!!」「ニュメッ」
「「「ヌメェ!!」」」
取り敢えずこっちに向かってきた5体内2体を沈めて、残り3体がウ○チを投げてくる。
「そうは問屋が卸さないぜ!」
ベッドを蹴り上げて盾にしてヌメモンの攻撃を回避しつつ、ウ○チの着いたシーツを振るって、ウ○チの着いた面でヌメモンたちの顔面を打ち付ける。
「「ヌメ~~~!!」」「オエッ、ボエッ、グェェッ」
ひとり汚く呻いているヌメモンが居るが気にしない。ウ○チは自分の排泄物だからな、もう一回身体の中に戻るだけだ。
いやおれスカの趣味はないからな。ヌメモンがあんなにあんぐり口を開けてるのが悪い。
「コカカカカ! たったふたりだけで良く持ち堪えるがや。他の選ばれし子供とデジモンは何処へ行ったがや?」
「フンッ、口が割けても誰が言うもんかよ!」
ヌメモンを相手にしていたら、部屋にコカトリモンが入ってきた。
「ブイモン!」
「ああ」
おれの声を受けて、ブイモンはヌメモンとの小競り合いをより激しくする。今はコカトリモンとのタイマンの場を設けて貰うつもりだ。それもブイモンは理解してくれている。
「お前たちも石にしてエントラスの飾りにしたるがや!《ペトラファイアー》!!」
コカトリモンの目が妖しく光った瞬間に、その場から横に飛び退くと、今居た場所の床が石化した。
そのまま床を蹴って一気にコカトリモンの懐に向かう。
「ヌメェ~~!!」
「ッ、邪魔を――するなあああああああっ!!」
床に伸びていたヌメモンが目の前に飛び出してきたのを回し蹴りで撃退するも、ヌメモンが視界から消えたとき、既にコカトリモンが待ち構えていた。
「喰らうだぎゃ! 《ペトラファイアー》!!」
回し蹴りをして技後硬直を狙われた今、無理矢理軸足だけで床を蹴って直撃だけは回避しつつ受け身を取る。
「…くそっ」
直撃だけは回避したが、軸足だった右足が逃げ遅れて太股から爪先までが石化してしまった。脚が石になるなんていう経験はまず出来ないが、太股から下の感覚が消えている。
こんな脚じゃもう戦うことは困難だ。
「アルト! くっ」
こちらを気にしつつヌメモンからの攻撃を回避するブイモン。
クソッ、横槍があったとはいえ、一騎討ちで対応を見誤った所為でお荷物になっちまったっ。
「逃げろブイモン!」
「何を言って――」
「脚をやられた。お前まで付き合う必要はない」
ブイモンだけならまだヌメモンを退ける力はあるし、芹香たちに合流させれば更に勝利への布石は万全となる。マトモに戦えない今、勝利への捨て石になるくらい喜んでしてやるさ。
「コカーッカカ! 心配せんでもそっちのパートナーも石像にしてやるだぎゃ!」
「させるか!」
無事な左足だけでも床を蹴って、ブイモンの方を向くコカトリモンに突撃する。
「邪魔がや!!」
「ぐああっ」
だがコカトリモンの羽根によってカウンターを喰らい、おれは吹き飛ばされた。
「くっ、退けザコ共!!」
そう叫びながらヌメモンを蹴散らして此方に向かってくるブイモン。
「バカ! 逃げろと言って――な、なにをっ!?」
逃げずに此方に戻ってきたブイモンを非難する間も無く、ブイモンはおれの身体を担ぎ上げた。いくらおれの身体が子供とあまり変わらないとはいえ、米俵を頭の上に担いでいる様なものだろう。そんなので逃げ遂せるわけがない。
「うるさい! テイマーを救えずして何がパートナーか、何がロイヤルナイツか!!」
ブイモンの言葉を聞いて、おれは剣指を作り虚空に指を走らせる。
白い魔方陣が描かれ、その中から光の剣がコカトリモンが居る丁度真上の天井に向けて射出された。
聖剣グレイダルファー――。
アルファモンの技の一つ。光を収束させた剣で相手を刺し貫く技だ。
デジタルワールドでは高級プログラム言語に属する魔術の一端を使うアルファモンの能力は未だ熟練度が低い。それでも目眩まし程度には使う事は出来る。
「な、なんだぎゃ!?」
頭上で聖剣が炸裂し、コカトリモンやヌメモンたちは破片や埃で視界を奪われている。
「《聖剣グレイダルファー》!!」
もう一度聖剣を放ち、廊下に続く壁に穴を開ける。
「行くぞ!」
「ああ!」
ブイモンがおれを担ぎ上げたまま走り出す。
「に、逃がすながや!」
「《聖剣グレイダルファー》!!」
「「ヌメ~~~!!」」
コカトリモンの命令で行く手を阻むヌメモンたちを聖剣を撃ち放って追い払う。
「ありがとう、ブイモン」
「その言葉は事態が無事終わってから聞く」
「ああ」
ブイモンの頭の上で揺られながら、何時でも次の聖剣を放てる様に備えておく。
これは本格的にどうにかしないとならないな。
◇◇◇◇◇
「ハァ…、ハァ…、ハァ…」
有音君とブイモンを置いて、私たち女子組みはバスルームの窓から抜け出して走っていた。
「何処へ向かってるんですか、芹香さん?」
「取り敢えず甲板まで。こう狭いとピヨモンもパルモンも戦えないし、グラニもリアライズできないから」
後ろから訊ねてくるミミちゃんに、私は答える。
その間も、私の胸の中では有音君への心配一色。今すぐに引き返して有音君のサポートをしたいけど、私は有音君に頼まれたから、空ちゃんとミミちゃんをピヨモンとパルモンを連れて無事に戦うための場所に連れていかないとならない。
「ヌメェ~~!!」
「見つけたヌメー!」
「いやあああっ、出たぁ!」
この大きな豪華客船で働いているヌメモンたちが丸ごと相手だもの。途中で見つからないなんて甘い考えはしてないわ。
「カードスラッシュ!!」
今はギルモンも居ない。有音君も居ない。私が、子供たちを守らなくちゃいけない。
イメージするのは、いつも私を守ってくれる有音君の姿。でも私には有音君みたいに拳で戦う力はない。
でも私にも戦える術はある。
有音君がすべてを打ち砕く拳があるなら、私はすべてを貫く聖槍がこの手にある。
「リアライズ――聖槍グラム!!」
カードをスラッシュすると、手の内にあったカードがデジタルコードに解けて私の腕を包み、私の右腕にデュークモンの槍がリアライズする。
「手加減は出来ないから、怪我をしたくなかったら下がって!!」
「捕らえろ~~!」
「ヌ~~~!!」
取り敢えず警告はしたけど、向かってくるヌメモンたちを前に私は槍を突き出す。
「ええいっ」
「ヌメ~~~!!」
飛び掛かってきたヌメモンを聖槍で打ち払う。壁に叩きつけられたヌメモンが目を回して伸びる。
デュークモンに進化した時みたいには動けないけど、なんとかなりそう。
「ヌメェ~~!!」
でももう1体のヌメモンが私に向かって飛び掛かってくる。槍を振り切ったばかりで切り返しが間に合わないっ。
「《マジカルファイアー》!!」
「ヌメ~~~!!」
「ナイスよピヨモン!」
ピヨモンの攻撃を受けて吹き飛ばされるヌメモン。
守ると言いながら私が守られてちゃ意味ないじゃない……。
「ありがとう、ピヨモン。助かったわ」
「えへへへへ。セリカに褒められちゃったぁ♪」
私のお礼に、手を頬に当てて首をフリフリと振るピヨモン。
ギルモンも良いけど、女の子っぽく振る舞うピヨモンのかわいさも良いなぁ。
「無理しないでください芹香さん。私たちも一緒に居るんですから」
「うん。ありがとう。でも大丈夫だから、先を急ぎましょ」
空ちゃんに返しながら、私はまた歩き出す。
確かに空ちゃんの言う通りだけども、私は空ちゃんたちを無事に甲板まで連れていかなくちゃならないんだもの。
私は物語の展開を良く覚えているわけじゃないから、有音君の言うことは正しいと信じてその望みを叶えるだけ。言わば有音君の意思の分身。だから有音君が望む事をなんとしても実現しないとならない。
「芹香さん」
「ん? なぁに、ミミちゃん」
私は前を見張ってないといけないから、言葉だけを声を掛けてきたミミちゃんに返した。
「芹香さんは、恐くないんですか? 戦うこととか」
「うん。恐くないよ」
ミミちゃんの質問に、私は即答した。
「今は確かに私たちだけだけど、私には有音君に託されたものがあるから」
有音君の望みを叶えるためなら、私はなんでも出来る。有音君の望みを叶えられないことの方が、私は怖い。有音君に失望されたくないから、有音君に捨てられたくないから。
「それに、今は居なくてもギルモンがいつも一緒だから」
ギルモンが一緒に居てくれるから、私も頑張って戦えるの。今だって聖槍グラムを手にして戦っているから恐くない。まだまだ付け焼き刃過ぎて有音君の様には立ち回れないけど、丸腰よりも私に戦う勇気をくれる。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…、ハァ…っ、次は……どっちだ…っ」
「あ、待てブイモン! 芹香たちだ」
「有音君! ブイモンも」
息を切らすブイモンが現れて、その上に担がれている有音君の姿があった。
「有音君、その足!」
「あー、ごめん。ミスった」
ブイモンに担がれていた有音君の右足が石化しているのを目にして、私は慌てて有音君に駆け寄る。
「ねぇ、大丈夫なの? ねぇ! 大丈夫なの!?」
脚が石になっちゃうなんてどうかしてる。無事に戻るの? まさか砕けちゃうだとかないよね!?
「落ち着け。コカトリモンを倒せば元に戻る」
「で、でもっ」
太股から爪先までが石化している有音君の右足。これじゃ戦うどころかマトモに歩くことさえ出来ないはず。
「おれは見ての有り様だ。ここに来る途中で食堂を見たけど、太一のコロモンとゴマモン以外のパートナーたちがみんな石になっていた」
「そ、それじゃあ…」
「最悪ここに居るおれたちだけがみんなを救える鍵だ。そして要はピヨモンとパルモンがコカトリモンを倒せるかに掛かってる」
「だ、ダメだよ有音君。右足が砕けちゃったらどうするの!」
額に汗を浮かべながら、立ち上がり難そうに左足だけで立ち上がる有音君。
慌てて私は有音君の右側に回って身体を支える。
「わたしたちが?」
「みんなを助ける要?」
有音君の言葉を聞いて首を傾げるピヨモンとパルモン。
確かに今まで有音君だけでほとんどの事をこなしてきたから、その有音君から頼りにされるというのも新鮮な気持ちになるのかもしれない。
脚が無事だったら多分コカトリモンというデジモンをボコボコにしているんだろうけど。それかブイモンが進化出来れば余裕で事態の収集はしていそうだけど。
「そういえばブイモンはどうして進化出来ないの?」
有音君にだけ聞こえる様に耳元で囁く声で口にする私。確かブイモンはアーマー進化の他にもエクスブイモンにも進化できるはずなのに。
「おれもブイモンを進化させてやりたいさ。でも――」
有音君の右手からはいつも通りデジソウルが光っているのに、左手に握るデジヴァイスにはまるで反応がない。
「他にもデジメンタルがあれば或いは。確証なんてないけど…」
苦虫を噛み潰した様な顰めっ面を浮かべる有音君。
有音君はアグモンのテイマーであると同時にブイモンのテイマーでもある。
テイマーがパートナーの為に最善の手を戦いで尽くすのは当たり前。でも今のブイモンにはそれのひとつもしてあげられていない事を悔いているのは考えなくてもわかる。
他のデジメンタルか。確かブイモンは勇気のデジメンタルと友情のデジメンタルでそれぞれ、フレイドラモンとライドラモンに進化できる。他のデジメンタルでも進化できるけど、私はアーマー進化に詳しくないから、ブイモンがデジメンタルで進化するならフレイドラモンとライドラモン、そしてマグナモンのイメージだ。
フレイドラモン……勇気のデジメンタル――勇気の紋章。
「出来るかもしれない」
「え…?」
私なら、多分有音君の望む事が出来るかもしれない。
……だって、私はその為に存在しているもの。
「見つけただぎゃ!」
「ちっ、見つかったか。案外と早かったな」
舌打ちするブイモン。私たちの目の前に現れた白くて巨大なダチョウだかガチョウだかニワトリみたいなデジモン。あれがコカトリモンね。確かに見てみれば見覚えがあるようなデジモンだった。
そのコカトリモンの言葉に返しながら構えるブイモン。
「コカトリモンは成熟期のデジモンで、空を飛べないデジモンだ。バードラモンを主軸にトゲモンとブイモンが連携すれば勝てる相手のはずだ。でもあいつの目から放つ石化光線のペトラファイヤーには注意しろ」
有音君が簡潔にコカトリモンについての説明をしてくれる。ポケモン図鑑ならぬデジモン図鑑の有音君の言葉は、見慣れていなかったり初見の相手にはかなり助かる。
「選ばれし子供5人は捕みゃあて干物にしてるがや。デジモンたちは石にしてただの飾り。あとはおみゃあらだけだぎゃ!」
「ひどい…っ」
太一君たちが捕まっているのは確からしい。ミミちゃんが悲痛な声を漏らすけど、しっかりしないと私たちまでやられてしまう。
「芹香…?」
私は有音君から少しだけ身体を離すと、デジヴァイスを手にして集中する。
デジヴァイスが私の意思を受けて淡く、柔らかな温かさを持つオレンジ色の光を発する。
「な、なにをする気だぎゃ?」
デジヴァイスから光が溢れて全身を包み込み、そして光は私の右手に集まっていく。
「なにかされる前に石にしたるがや!」
「そうはさせるか!」
コカトリモンが攻撃する意思をみせると、ブイモンがそれを阻止しようと走り出す。
「ピヨモンもお願い!」
「パルモンも、芹香さんを守って!」
「任せて!」
「足を止めるわ! 《ポイズンアイビー》!!」
「コココ、コカーッ!?」
コカトリモンの足にパルモンの放った蔦が絡み付いて転ばせる。
「《マジカルファイアー》!!」
「《ブイモンヘッド》!!」
「コギャーーッ!!」
さらに追撃にピヨモンとブイモンの攻撃を受けて吹き飛ばされるコカトリモンが壁を破って外に投げ出される。
そして丁度私も準備が出来た。
「コカッ、コカッ、ぐぅ、多勢に無勢とは卑怯だぎゃ…!」
「ヌメモンたちを使ってわたしたちを追いかけ回したアナタに言われたくない!」
苦し紛れのコカトリモンに、ミミちゃんが言い返す。コカトリモンが吹き飛ばされた外は、私たちが目指していた甲板だった。あそこなら足場は十分。一気に此方が攻勢に出られる。
「カードスラッシュ!!」
私は右手の中に創造したカードを人差し指と中指で挟み、カードをデジヴァイスへスラッシュする。
「リアライズ――勇気のデジメンタル!!」
そう、私が切ったカードは勇気のデジメンタル。いつも私たちを守る為にデジモンと戦っている有音君なら使いこなせるはずのカード。
それにブイモンの戦い方をみてライドラモンよりもフレイドラモンの方が相性が良さそうに思えたから選択したデジメンタルでもある。
「受け取って、有音君」
「――恩に着るよ、芹香」
私のデジヴァイスから有音君のデジヴァイスに向かって熱い闘志を宿したオレンジ色の光が放たれた。
その光は有音君のデジヴァイスに収まって、有音君の身体を淡く、柔らかな温かさを持つオレンジ色の光が包み込みさそして光は有音君が左手に握るデジヴァイスへと集まっていく。
「行くぞブイモン! 芹香のくれた力で、お前を進化させてやる!!」
「ああ、いつでも来い!」
背中を向けつつも返事を返すブイモンに向けて、有音君はデジヴァイスを向けながら口を開いた。
「デジメンタル――アーーーップ!!」
有音君の言葉と共に、その左手に握るデジヴァイスから放たれた光がブイモンを包み込んでいく。
「ブイモン、アーマー進化!!」
ブイモンの身体を光と炎の渦が包み込み、炎に塗れた身体が大きくなる。
そして炎の中から赤と黄色に彩られた激しく燃え盛る炎をイメージする鎧を身に纏い、勇気の紋章が刻まれた胸当てを着け、頭に鋭い刃の角を生やしたデジモンが姿を現す。
「――燃え上がる勇気、フレイドラモン!!」
勇気のデジメンタルの力でブイモンが進化するアーマー体デジモン。フレイドラモンに進化した。
「この力――。この力ならばやれる!」
「し、進化したがや!?」
今まで進化しないまま戦っていたブイモンが急に進化したのだから、コカトリモンの驚きと焦る様な顔も無理もない。
究極体に匹敵するらしいマグナモンには及ばないかもしれないけど、体格差を縮め成熟期クラスの力を手にした今のブイモン――フレイドラモンなら、成熟期のコカトリモンに負けないはず。
「今までの礼を返してやる、覚悟しろコカトリモン!」
「フレイドラモン、態勢を立て直す間、時間を稼いでくれ!」
「フッ、時間を稼ぐのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
コカトリモンの能力を警戒してか、慎重になっている有音君に対してフレイドラモンは背中を向けたまま自信満々の声で返す。
大丈夫だとは思うけど何故だろうか、その台詞は果てしなく負けフラグ臭がするのですけど。
「……わかった。でも、言ったからには絶対に勝て。自分の言葉には責任を持つ。それが男だ!」
「了解した。我がテイマー!」
まるで風が吹き抜けたかの様な衝撃を置き去りにして姿を消すフレイドラモン。
「だぎゃ!?」
「遅い――」
気づいた時には既にフレイドラモンはコカトリモンを間合いに捉えていた。
胸が地面に着きそうな程に姿勢を低くしてコカトリモンの視界から目一杯避けているフレイドラモンの右手に炎が宿る。
「《ナックルファイア》!!」
「んぎゃっ!! あちち、あちちぃ!」
「ちっ、意外と素早い…」
フレイドラモンが下から突き上げた拳をギリギリで避けたコカトリモン。でもフレイドラモンの拳に纏う炎に、嘴の先を炙られたらしく、嘴を手というか羽根で払っている。
「お返しだぎゃ! 《ペトラファイヤー》!!」
「はっ!」
「ど、何処に行ったがや!?」
コカトリモンが目から怪しい光を放つも、既にフレイドラモンは大きくジャンプして間合いを開けて回避していた。
「ピヨモン、わたしたちも行くわよ!」
「あたしたちも、パルモン!」
そして甲板に出た空ちゃんとミミちゃんがパートナーに向けてデジヴァイスを翳す。
「待ってくれ!」
でもそれを有音君が言葉で制止する。
「どうして? フレイドラモンだけじゃ」
進化するのを止めた有音君に、パルモンが問い掛ける。確かにさっきまではピヨモンとパルモンが私たちの頼みの綱だった。だけど今はフレイドラモンが一騎討ちでコカトリモンを翻弄している。
「コカトリモンの相手はフレイドラモンだけで大丈夫だ。空ちゃんとミミちゃんは太一たちを助けに行ってくれ。この暑さじゃ身体が脱水症状とか日焼けで火傷しないとも限らない」
確かにフレイドラモンだけでコカトリモンは倒せる。なら捕らえられているみんなを助けに行くほうが効率が良い。
「わかりました。気をつけてください。ピヨモン、進化よ!」
「ようやく出番ね。任せて!」
有音君の言葉に返事を返した空ちゃんがデジヴァイスをピヨモンに向ける。
「ピヨモン進化――バードラモン!!」
ピヨモンがバードラモンに進化すると、バードラモンの足に空ちゃんが掴まると、ミミちゃんに声を掛けた。
「ミミちゃんとパルモンも乗って! 干物にするって言うなら、みんなは日干しにされてる可能性も高いわ!」
「わかりました! 空から探すんですね? 行きましょパルモン!」
「ま、待ってよミミ!」
ミミちゃんとパルモンがバードラモンの足に掴まると、バードラモンは空へと羽撃いて行く。
「そ、空を飛ぶなんて卑怯だぎゃ!!」
「安心しろ。お前の相手は私だ――!」
そう宣言するフレイドラモンが再びコカトリモンに向かって駆けていく。今度は両手に炎を纏っている。
「そう何度も同じ手に――」
「いいや。掛かって貰う」
「んぎゃっ!!」
フレイドラモンはコカトリモンの目の前でジャンプして頭を踏みつけながら後ろに着地する。そしてコカトリモンが振り向いた時にはコカトリモンのボディにフレイドラモンの裏拳が突き刺さっていた。
「でえい!!」
「ぐぎゃっ!!」
「でやあああっ!!」
「ぐがががががが!!」
裏拳を叩き込んだあとに連続で蹴りのラッシュを叩き込んでコカトリモンを打ち上げていくフレイドラモン。
「せいやぁ!!」
「コゲーーーッ!!」
そして打ち上げたコカトリモンをさらに下から拳を打ち込み打ち上げる。
「はああああっ!!」
さらに全身に気を纏う様に炎を纏ったフレイドラモンは、ロケットが飛び立つように甲板の床を蹴ってコカトリモンを追って跳び上がる。
「ファイアアアアッ、ロケットッ!!!!」
全身に灼熱の炎を纏ったフレイドラモンがさらに加速してその名の通り炎の弾頭となってコカトリモンと激突した。
「コケーーーーー!!!!」
ちょっと間抜けな断末魔と共に、コカトリモンはフレイドラモンの纏う炎の竜の中に呑み込まれていった。
甲板の上に降り立ち、私と有音君に振り向くフレイドラモンの姿は素直にかっこよかった。
「やったな。フレイドラモン」
「ああ。お前と、そしてセリカに感謝する。お陰で私はまた戦える。ありがとう」
「気にするな。テイマーとしてお前になにもしてやれなくてすまないな。芹香もありがとう。お陰でフレイドラモンに進化して行けそうだ」
「えっと、いや。私はただ必死だっただけだたから」
フレイドラモンと有音君に頭を下げられた私は照れ臭くって頬を掻くしか出来なかった。
そのあとはコカトリモンもやられてしまってヌメモンたちも逃げ出してしまった船の中で休むことになった。
有音君の足も元に戻ったし、デジモンたちも元気だった。まぁ、結果オーライかな?
to be continued…
フレイドラモン
アーマ体 属性フリー
勇気のデジメンタルによってブイモンが進化した竜人型デジモン。全身に炎の意匠を持つ鎧を身に付け、胸当ての背中には勇気の紋章を背負っている。格闘戦能力と強烈なパワー、そして炎の扱いを獲得したフレイドラモンはガチガチの前衛ファイターとして活躍することができる。必殺技は全身を炎で包みロケットの様に敵に体当たりして粉砕する『ファイアロケット』だ。