シャークリナーの航行テストや潜水テストに武装テストをしながら、おれとアグモンとブイモンはトロピカルジャングルの近くにある橋にシャークリナーを停めた。途中でゲソモンに襲われたが、クロンデジゾイド製のシャークリナーは、その頑丈さと鋭利な刃物の様なボディだけで、ゲソモンの両腕を切り落として追い払ってしまった。
そんなこともありながら、おれたちは再びナイトモンの館にやって来た。
既に他のみんなは屋敷に着いていて、あとはナイトモンに依頼した食糧や雑貨等をシャークリナーに載せればいつでも出発出来る。
だが様子が少しおかしい。何故だか屋敷中のデジモンたちが、屋敷の前の広場に集まっているのだ。
その集団から少し離れて、クロが佇んでいた。その手には訓練用の木の槍と盾。そしておれの使う木剣が握られている。
「もう元気そうで何よりだよ。クロ」
「…………」
だがクロはおれに返事を返さずに、木剣を差し出してくる。
「サイゴ、ショウブ……」
並々ならぬ気迫と覚悟がクロから伝わってくる。
クロが何のために、どういう意味合いがあって最後と言うのかはわからないが。
売られた勝負は買うのが男だ。
「わかったよ。手加減なし、で、良いんだな?」
「ゼンリョク、ノゾム……」
おれはクロから木剣を受け取ると、軽く身体を柔軟体操させてから、クロに向き直る。
「よろしくお願いします」
「ヨロシク、オネガイ……シマス」
互いに挨拶をして、クロもおれも自然体で向き合う。
相手に初手の動作を見極められないようにする構えだ。初見の相手にはしなくて良いものだが、互いにその動きは見慣れている。真剣勝負故に、もう既に戦いは始まっているのだ。
「ッ――!!」
先に動いたのはクロの方だった。
一瞬で姿を消すほどの速さでこちらに駆けてくる。
それをおれは、攻撃しようと一瞬だけスピードが弱まる瞬間に合わせてバックステップで間合いを崩す。
「はぁッ!!」
「クッ!」
槍である分、間合いはクロに有利。しかし切り返しの速さなら剣の此方に分がある。
槍を突き出したクロに、木剣を振るって槍の切っ先を逸らし、返す刀で斬りかかるも、クロの木の盾に防がれてしまう。
「ハッ!!」
「ちぃっ!!」
次はクロの突きを、身体を仰け反らせて避ける。なにもしなかったら脳天を突かれていた場所を、鼻先スレスレで木の槍が通り過ぎる。
「くっ!」
「フッ!」
木剣を抑えていた盾を打ち払い、クロはガラ空きになったおれの懐に入ってくる。しかし――
「せいっ!!」
「ウグッ」
左の拳でクロの身体を打ち据えるが、利き腕でない左の拳の威力なんぞ高が知れている。あまりダメージもなく、クロは間合いを開けながら、去り際におれの左腕を槍で強かに叩き付けた。
互いに咄嗟の一撃は痛み分け程度だろう。ヒリヒリするだけで全く支障はない。
次は木剣を両手で正眼に構える。小手先の小細工は付け焼き刃程度にしかならないなら、正攻法で行くだけだ。それはクロも同じだろう。今はクロも槍を構えている。
「っ、――!!」
今度は此方から先手を切る。クロの目の前で木剣を降り下ろすが、降り下ろした一撃は地面を砕くだけで、クロはジャンプすることで、こちらの一撃を回避していた。
「《ポーンバックラー》――!!」
クロの得意技。重力落下を味方につけた強烈な盾での突撃。
「うぉぉぉらああああ!!」
それをおれは右の拳で迎え撃つ。
「クッ、ハァッ――!!」
「っ、ちぃ!」
打ち据えた盾は粉々に吹き飛んだが、その盾の後ろから放たれる突きを、身を捻って回避するが、避けきれずに頬の薄皮が裂けて血が流れる。
「ナッ、アアアアッ――!!」
だが頬の横を通り過ぎた槍に噛み付いて、首の力だけで槍を振り回して、右の拳をクロの胴に打ち込む。
口の端しが摩擦で裂けて血が出てくるが、倒れたクロに木剣の切っ先を突き付けて勝負の終わりを宣言する。
「おれの……勝ちだっ」
その瞬間、周りを囲っていたデジモンたちから、ワッと歓声が沸き起こった。
「マケ、タ……ツヨイ」
おれはクロを立たせると、その身体の土埃を払ってやる。
「今日はたまたまおれが勝っただけさ。次も勝てるとは限らない。お前はやっぱつえーよ」
「…………」
物言わないクロを抱え上げながら、おれは屋敷に向かった。取り敢えず興奮が落ち着いてきてめちゃくちゃヒリヒリする頬とか口の端しを治療したい。
◇◇◇◇◇
私たちが有音君とは別行動でナイトモンの館に着くと、ナイトモンとクロちゃんが出迎えてくれた。
私たちはナイトモンに有音君から預かった手紙を渡すと、早速ナイトモンは、白いポーンチェスモンや剣道の防具に身を包むデジモン――コテモンに指示を出して、食糧の調達に動き出してくれた。
でもクロちゃんだけは館の外で有音君たちを待ち続けた。
並々ならぬ雰囲気に、誰も声を掛けることは出来なかった。
私たちがティータイム辺りにナイトモンの館に着いて、有音君たちはもう日の入りくらいの時間に館に着いたから、たぶん2時間は待っていたと思う。そして誰が言い出したか、有音君とクロちゃんの決闘が始まるという言葉が館中に蔓延して、いつの間にか結構なギャラリーの出来る事態になってしまった。
「有音が強いのは知ってるけど、あのクロってやつはどれだけ強いんだ?」
そんな事を太一君が口にした。そう言えば相手が相手だったから、みんなクロちゃんのちゃんと戦えてる姿を見たことないんだっけ?
「クロはすっごくつよいよ! ギルモンよりずっとつよい!」
ギルモンが両手を上げてクロちゃんの強さを語るけど、ギルモンもみんなの前ではちゃんと戦えてる姿を見せたことがないから、物差しとしては弱い。
「アグモンとどっちが強いんだ?」
「それは……どうだろう?」
「たぶん太一君のアグモンより強いと思う」
太一君が自分のアグモンに疑問を問い掛けるが、今一首を傾げる姿に、私が口を挟ませてもらった。
「クロちゃん、グレイモン相手に戦えるデジモンだから」
「グレイモンと戦えるって、普通に強いじゃないか…!」
野生のグレイモンと、太一君のアグモンが進化したグレイモンだとどう強さが出るかわからないけど、それでもグレイモンという太一君の身近な強い存在を引き合いに出せば、その強さは想像しやすいと思う。
そして有音君たちが屋敷に辿り着いて、重苦しい雰囲気の中。二人の勝負が始まった。
みんな誰かを応援したり、声援を送ることはない。ただ誰もが静かに二人の戦いを見ていた。
最初に動いたのはクロちゃん。でも一瞬消えて気づいたら有音君の目の前に居たから、そのスピードがとんでもないことを物語っている。
なのに有音君はそのスピードに対応している。
バックステップで間合いを開けると、クロちゃんの突き出した槍を弾いた瞬間に二の太刀がクロちゃんを襲っていた。
それをクロちゃんは盾で防ぐと、また槍を突き出した。それを身体を仰け反らせて避ける有音君。クロちゃんは盾で防いでいた木剣を打ち払うと、ガラ空きになった有音君の懐に飛び込むも、クロスカウンター的に、その懐に有音君の左の拳を受けて間合いを開ける。
左腕を擦る有音君と、槍を構え直すクロちゃん。
一瞬のうちに行われた攻防に、私は言葉が出なかった。私が見てきたクロちゃんの動きよりもさらに早く、でもそれに着いていく有音君。
レベルが違いすぎる。
「今の、誰か見えたか…?」
「ううん。まったく……」
「近づいて離れたようにしか見えませんでした…」
子供たちの中で、サッカーをしていて動体視力が培われていそうな太一君、空ちゃん、光子郎君でも見えなかったらしい。
私がその光景を見えたのは、たぶんデュークモンのお陰だと思うけど、それでも有音君が左腕を擦る理由がわからない辺り、私の眼もまだまだみたいだ。
次に動いたのは有音君からだった。
なんの変哲もない木剣で、地面にクレーターを作る辺り、もうセイバーズ次元出身なんじゃないかと思い始めます。
その太刀を避けたクロちゃんは、盾を構えて突撃するけど、木剣を左手に持った有音は、空いた右の拳でクロちゃんを迎え撃った。
盾と拳のぶつかった衝撃が私たちも感じられる。
衝撃に耐えきれなかった木の盾が砕け散って、でもその後ろからクロちゃんは槍の突きを放つけど、有音君はその突き出された槍に噛み付いて、強引に振り回しながら、右の拳でクロちゃんを打ち据える。
地面に転がるクロちゃんに、有音君が左手の木剣を突き付けて勝利を口にすると、固唾を呑んで見守っていたデジモンたちから歓声が沸き起こった。
一瞬の攻防。たぶん5分もしない時間。なのに濃密な時間だった。
それと同時に見えてくる私たちの差。
命を懸けて成長していく有音君と私たちの差。
今回の有音君とクロちゃんの立ち会いを見て、私は思う。
時間は掛かるかもしれないけど、私も有音君の様になろうと。
私ひとりじゃ無理かもしれないけど、ギルモンと一緒に、私たちも強くなろうと。そう思った。
◇◇◇◇◇
翌朝。ナイトモンの館でまた世話になり、朝の素振りをする頃に、何故か芹香が槍と盾を持って、突きや振り払いといった動作をしていた。
「あ、有音君。おはよう」
「ああ、はよー。って、何してるんだ?」
「えーっと、私も強くなりたいなぁって。ほら、デュークモンは槍と盾を使うから、使い方を身につければ強くなれるかなぁって」
「なるほどね」
確かに理に叶っている。使い方を知らない武器を振り回すのは苦労する。いざというときに、そういう努力は裏切らないものだ。
「おはようございます、有音さん」
「おはよう、タケルくん」
「あれ? タケルくん?」
屋敷から出てくるタケルくんに、芹香が首を傾げる。ああ、みんなには話してないからな。
「おはようございます、芹香さん。ぼく、有音さんに弟子入りしたんだ」
「で、弟子入り……」
「あ、でもお兄ちゃんには内緒にしてね? お兄ちゃん心配して危ないからやめろって言うと思うから」
「タケルくんの事が心配なんだ。行きすぎるかもしれないけど、良いお兄ちゃんじゃないか」
「でもそれでぼくのやりたいことを邪魔されたくないもん。お兄ちゃんの気持ちは嬉しいけど、ぼくだって男なんだもん」
「フフ、そうだな。タケルくんも男の子だもんな。なら、ヤマトが心配しないくらい強くならないとな」
「うん! ぼく、強くなって、ひとりでも大丈夫だって、お兄ちゃんを見返すんだ!」
うーむ。まだ子供だからそういう目標で強くなるのは構わないけど、まぁ、タケルくんなら間違った方向で強さを求めるようなことはしないだろうから大丈夫かな。
取り敢えず軽く素振りをして左腕の調子を確かめると、タケルくんと一緒に反復横跳びで朝の鍛練をすることにした。身体の切り返しと瞬発力は、相手の懐に入り込むのに必要だからな。
身体を低くして、脚と腰だけでバランスを取るのはかなり身体に負担が掛かるが、敵に近づくのにバカ正直に身体を起こして走るわけにもいかない。身体を低くして、攻撃される面積を減らすのも必要だ。まぁ、パンチする時はどうしても身体全体を使うから隙も大きいけど、それはそれだ。
朝食を終えて、シャークリナーに荷物を運ぼうとした時に、館には様々なデジモンが手伝いと見送りに来てくれた。
レオモンやエレキモン、他にはメラモン、モジャモン、ユキダルモン、ケンタルモン、ピョコモン、もんざえモン、さらにはアンドロモンとガードロモンにメカノリモンも見送りに来てくれた。
「アルト……」
「クロ」
その中で、クロは他のポーンチェスモンに混じっておれたちと離れていた。
「ワタシ、キタエ……ナオス」
「そうか……」
おれはクロの言葉を聞いて、手を差し伸べた。
クロはおれの手を握ると、しっかりと握手を交わした。
「ツギ、カツ……!」
「おう。お前に負けないように、おれも頑張るよ」
クロの身体を抱き上げて、最後にその暖かくて柔らかい身体を堪能する。すると今までされるがままだったクロが、首の後ろに手を回して、より互いの身体が密着する。
「クロ…?」
「オイツク……」
「ああ…!」
短い間の様で、濃い日々を過ごしたファイル島を背に、出逢ったデジモンたちに見送られて、おれたちはサーバ大陸への旅路に着いた。
不安なことは確かに一杯ある。エテモンやヴァンデモンだけじゃない。強いデジモンが他に居るかもしれない。
でも、おれたちはそんなデジモンたちに打ち勝たないとならない。デジタルワールドの平和を守る為に。
「さぁ、行くぞ! サーバ大陸へ!」
「「「「「おおーっ!!」」」」」
子供たちの声を背に、おれは一足先にシャークリナーの制御室に降りた。
まだまだ生まれたばかりのシャークリナーには補助に人間が必要だ。その役目を担うのはおれの仕事だ。なにしろ電脳核を積むのはおれの提案だからな。
シャークリナーの頭部。小さな制御室で、横になって操縦桿を握って、ゴーグル型のインターフェースを着ける。網膜投影で映像を見せる仕組みで、首の向きを変えるだけで周りの景色も見渡せる仕組みだ。
サブマリモンに乗るみたいに横になって操縦補助をすることで、最小限のスペースで済む様になる。
シャークリナーの中の案内は光子郎君に任せてある。
おれは眼を皿にして、ソナーの反応と、目に写る海の中を見詰める。
ホエーモンが見つかるなら良し、見つからないならタグのある海底洞窟を見つけなければならないのだから。
不安を抱えながらの航海。せめて万事上手く行く事を祈るしかなかった。
to be continued…
ポーンチェスモン(黒)
成長期 ウィルス種
チェスゲームのスパコンから流れたデータから生まれたデジモン。力は弱いが、強くなればなるほど究極体へと至れる可能性を秘めるデジモンでもある。ポーンの名の通り、兵士のクラスのチェス駒のデータから生まれている。必殺技は槍で突く『ポーンスピア』と円盾を構えて突撃する『ポーンバックラー』である。また、仲間が集まることで繰り出せる陣形突撃戦術『ピラミッドフォーメーション』は、完全体でさえも用意には攻略できない。