銀雪のアイラ ~What a Ernest Prayer~ 作:ドラケン
恥ずかしながら投稿させていただきます
次回は未定です
────暗闇の中で。
────■は、《古きもの》との対話を始める。
『なぜ、お前達はそこまで傲慢なのか』
目の前には、白く凍えた塊。それは、雪。それは、氷。それは、怒り。それは、嘆き。
靄のように、或いは曇った硝子のように。またはモザイク画か、凍てついた氷のように。その姿は、判然としない。ただ、白い────
『妾の愛しきものを奪い去りながら、それでも、自らの愛しきものを守り続けるのか』
『なぜ、言葉を発さない。紡ぐ言葉すら持ち合わせぬか、人間よ。愚かなる者共、脆弱なる者共。狂える竜よりもおぞましく、恐ろしき者共よ。略奪者よ』
胸が詰まる。喉から、溢れそうになる。
持ち合わせない。持ち合わせているはずもない。なにを言っても、それは、ただの侮辱に過ぎないから。
『────────そうか』
そんな■に呆れてか、見下げ果ててか。ため息混じりに吐き捨てた『彼女』は。
『そうか、
ぽつりと、最後に。敵意だけ、吹き消して。宝石じみた輝きを一度、煌めかせて。
それを、最後に。
『妾と同じ────《奪われたもの》、か』
全てが、消えて────
……………………
…………
……
意を決して、口を挟む。挟む、挟む。むっつりと黙りこくってしまっている、二人に向けて。
「それで、あの────」
ゆっくり、ゆっくり。いきなりお湯に触れると熱いから、ゆっくりと足先から湯船へと。体を沈めるように。ゆっくりと。
「用意……できてる、の────?」
むっつりと、むつかしい顔で腕を組んだままの、ガガーリン君とオジモフ君に向けて。
そして────
「────端的に言えば」
「全く以て、間に合っていないな────」
「「────…………」」
今日一番、聞きたくなかった台詞が。耳朶を震わせて────リュダとわたし、息を呑んで。
「ど────どうすんのよ、ユーリィ、イサアーク! 将軍方に元帥まで揃ってんのに、『用意できませんでした』なんて言い訳が通ると思ってんの!?」
「式典まで、あと、一週間しかないけど────だ、大丈夫、なの?」
そう、一週間。現在時刻、午前九時。正直、絶望的な残り時間だけれども。それでも、碩学院きっての天才のオジモフ君に秀才のガガーリン君、何か考えがあっての事と期待して。
うん、本当に。何かあってほしいと、期待して。
「────端的に言えば」
「全く以て、間に合っていないな────」
「「────…………」」
苦虫を噛む潰した、なんてものじゃない。本当の本気で、困り果てた表情で。私たちを、絶望の坩堝に叩き落としたのだ────
「あ、あの────オジモフ君、ガガーリン君!?」
「言うな────分かってる。分かってるけどよ、俺等にも俺等なりの矜恃ってもんがあるんだ」
なんて、ふふんと鼻を鳴らしているけれども。それってつまり、『全く目処がたっていません』って宣言しているだけじゃないの?
……とは聞けなくて。だって、あまりにも怖すぎて。わたしは、押し黙ってしまって。
「────失礼する、学生諸君」
「あ────ヴァシレフスキー閣下!?」
そして、部屋に入って来られたお姿に驚く。三人の部下を引き連れて現れた、精悍な男性のお姿に。鷹のように鋭い目をした、狙撃兵団出身の将軍閣下のお姿に。
「静かに……宜しい」
そして、高圧的なまでの言葉に全員が口を閉じて、次の言葉を待つのを確認して。ヴァシレフスキー将軍閣下は、その口を開かれた。
「同志ブジョーンヌイ閣下のご指示により、諸君らを今宵の晩餐会にお招きする。これは、その指示書である」
すごく疲れたお顔でそう告げられた閣下の手には、一枚の紙。掲げられたそれに達筆なキリル文字で記された内容は、先程閣下が仰られた通りの内容。
思い出すのは、恰幅のよい男性の姿。この、ソヴィエトで────日常的な酷寒と慢性的な貧困に支配されたソヴィエトで、肥え太ることを許された特権階級の老境の男性の姿。カイゼル髭を蓄えた、老人の姿。
「我らソヴィエト機関連邦の国威発揚の為に催される、国賓を招いた晩餐会である。諸君らには、それに応じた態度を求めたい」
「「「「………………………………」」」」
「発表は以上である。各員、気を引き締めて当たられたし」
あまりと言えばあまりの物言いと、畏れ多い内容に頭がくらくらする。だって、晩餐会?
晩餐会、だなんて。まるでかつての王朝時代の宮中のような言葉に。そんなこと、我が身ばかりか友達と一緒だなんて、想いもよらなくて。
「……済まないな、他ならぬ『賓客の筆頭』からのご依頼だ。ブジョーンヌイ閣下も一も二もなく頷かざるを得ないほどの、な。悪いが、付き合ってくれ」
最後に、それだけ。申し訳なさそうに言い残して。ヴァシレフスキー将軍閣下は去っていった。心からと言う表情で、絞り出すように呟いて。
………………………………
……………………
…………
────困った。本当に、本当に困った。どうしたらいいのかしら?
頭を抱えながら、わたしは灰色の雪が降り積もる町並みを歩く。英雄都市の一つ、歴史的建造物群であるこのヴォルゴグラードの市街を。
外の空気が吸いたいとリュダ達に断って。頭を冷やしたくて。
────晩餐会、だなんて、そんな小説みたいな。そんな小説でしか知らないようなものにまさか、わたしが参加するだなんて。
────どうしたらいいのかしら。服は? 髪型は? 作法は? ああもう、本当に困ったったら────
頭はぐるぐる、足もぐるぐる。市街地の大通りをぐるぐる。当て所なくぐるぐると。
「あ────」
────その時、目に入った。ああ、市街の外れに街を一望できそうな、小高い丘がある。
────すごく良い画が撮れそう、そう思うと居ても立ってもいられなくて。
「現実逃避じゃない、これは現実逃避じゃないわ……」
そう自分に言い聞かせながら、篆刻写真機を握るわたしの足はそちらの方へ。見たところ一時間ほどもあれば戻って来れる距離、まだまだ今晩の晩餐会までは時間があるのだし大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かせて、大通りを曲がる────
「待て、そこの娘。一体どこに向かっている?」
「────!」
響いた誰何の声に、体が竦む。恐る恐る振り向けば、そこには3名の兵士達の姿。機関式ライフルを携えた、まだ歳若い警ら兵。兄さんとそう、変わらないくらいの年齢の。
「この先にある
「あ……そ、そうだったんですか。申し訳ありません、ヴォルゴグラードには来たばかりで勝手が分からず……」
まず、頭を下げる。兵士は苦手、苦手だからこそ事が荒立たないように細心の注意を払って。
「だとしても独り歩きなど不用心な話だ、うら若い娘が。送っていこう、宿は何処だ?」
恐らく一番階級が高い兵士が、呆れ混じりにそう口にする。残る二人も文句はあっても口にする気はないらしく、わたしの返答を待っていて。
苦手な兵士たちにじっと見詰められて。赤煉瓦造りのアパルトメントの下で。
「い、いえ、あの────」
────思い出すのは
────あの時、颯爽と現れて、助けてくれたあの後ろ姿を。
「────彼女は俺の客人だ、問題はない。貴官らは警邏に戻るがいい」
「あ────」
────そして、わたしは見た。
────黒いベレー帽に、軽装の冒険家のような服装。背中にはまるで聖アンデレ十字のように二本のサーベルを、両の腰には大型機関式拳銃を二丁携えたひと。
「ハッ!左様でしたか!失礼致しました、少佐殿!」
途端に兵士達はぴしりと背筋を正して、敬礼を。それに男性も敬礼を返して。
少佐、少佐と。確かに兵士達はそう言ったけれど。確かに軍人めいた恰好だけど、ソヴィエト軍の軍服ではない。じゃあこの人は、一体?
「軍曹、名前は?」
「ハッ!ヤーコフ・フェドートヴィチ・パヴロフであります!」
「上官殿に伝えておこう、市民の安全を第一に考える良い警邏だ。これからも励むように」
「ありがとうございます!」
そう口にしてわたしの手を引いて、見送る三人の兵士を置いて男性が歩き出す。わたしも慌てて、兵士達に一礼して後を追いかける。
「────もう安心だ。大丈夫かい?」
「う────す、すみませんでした……」
「なあに、良いってことさ。街には危険が一杯だ、送っていこう」
「えっ?いえ、あの」
そして、歩きながら優しげに口にする。葉巻を燻らせながら、器用に口角を釣り上げて。垂れ目の、
人懐っこい笑顔で、肩に手を回して。ううん、それはどちらかと言えばそう、助けて頂いておいて大変失礼なのだけれど、酷く馴れ馴れしい。
────ひょっとして。ひょっとして、なのだけれど。助けてもらっておいて、ひどい言い草かもしれないのだけれど。
────この人の方がよっぽど、危ない人なのでは……ないのかしら?
「そうだ、自己紹介がまだだった。俺はキューバ軍少佐、名前はエルネスト」
「いいや、まだ一番の危険人物が残っている」
「え────?」
刹那、わたしの真後ろからの声に凍り付く。それは、聞き慣れた声。わたしを庇い立つように現れたのは、見慣れた背中。束ねられた黒い髪が狼の尾のようにたなびいて。
「
その陽気な挨拶らしき男性の声よりも早く、速く────手を掛けていた
「────
一陣の風を思わせる速さのハヤトさんの薙ぎ払い、それを二本の剣を交差させて受け止めた男性。火花が散る程の勢いで、だけど男性は揺るぎなく。
「殺す気じゃなきゃ剣なぞ抜かん、そのよく回る口を切り落としてやろう」
「はー、これだ!やだやだ、これだからジョークの通じない
────そして無精髭を蓄えた口からは乱暴なスペイン語と、咥えた葉巻から立ち昇る紫煙が滔々と溢れて。
────同時に一瞬だけ、男性は何処か違う方向に向けて語り掛けたような気がした。
「え────えっ?」
いきなりの言葉に面食らう。だって、だってあまりに唐突すぎて。
何?何なの?何が起きてるのかもう分からないったら────
「今すぐにくたばりやがれ、
「
────とにかく分かったのはただ一つ。
────この二人、とても仲が悪いってことだけで。
「
「「目玉が腐ってるのか
ハヤトさんがここにいる理由であろう
「
雪避けの傘を差し掛ける金髪碧眼の女性を連れた、