銀雪のアイラ ~What a Ernest Prayer~   作:ドラケン

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お久しぶりです

恥ずかしながら投稿させていただきます

次回は未定です


狼と豹 ―Волки и леопарды―

 

 

 

 

 

 

 

 

【■■深度4】

 

 

 

 

【高■度伝■体との対話】

 

 

 

 

 

 

 

 

────暗闇の中で。

 

 

 

 

 

────■は、《古きもの》との対話を始める。

 

 

 

 

 

『なぜ、お前達はそこまで傲慢なのか』

 

 

 

 

 

 目の前には、白く凍えた塊。それは、雪。それは、氷。それは、怒り。それは、嘆き。

 

 

 靄のように、或いは曇った硝子のように。またはモザイク画か、凍てついた氷のように。その姿は、判然としない。ただ、白い────()()()()()()()()()()。そのくらいのことしか、分からない。

 

 

 

 

 

『妾の愛しきものを奪い去りながら、それでも、自らの愛しきものを守り続けるのか』

 

 

 

 

 

『なぜ、言葉を発さない。紡ぐ言葉すら持ち合わせぬか、人間よ。愚かなる者共、脆弱なる者共。狂える竜よりもおぞましく、恐ろしき者共よ。略奪者よ』

 

 

 

 

 

 胸が詰まる。喉から、溢れそうになる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、■は、言葉を持たない。

 

 

 持ち合わせない。持ち合わせているはずもない。なにを言っても、それは、ただの侮辱に過ぎないから。

 

 

 

 

 

『────────そうか』

 

 

 

 

 

 そんな■に呆れてか、見下げ果ててか。ため息混じりに吐き捨てた『彼女』は。

 

 

 

 

 

『そうか、()()か。貴様は────』

 

 

 

 

 

 ぽつりと、最後に。敵意だけ、吹き消して。宝石じみた輝きを一度、煌めかせて。

 

 

 

 

 

 それを、最後に。

 

 

 

 

 

『妾と同じ────《奪われたもの》、か』

 

 

 

 

 

 全てが、消えて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 意を決して、口を挟む。挟む、挟む。むっつりと黙りこくってしまっている、二人に向けて。

 

 

「それで、あの────」

 

 

 ゆっくり、ゆっくり。いきなりお湯に触れると熱いから、ゆっくりと足先から湯船へと。体を沈めるように。ゆっくりと。

 

 

「用意……できてる、の────?」

 

 

 むっつりと、むつかしい顔で腕を組んだままの、ガガーリン君とオジモフ君に向けて。

 そして────

 

 

「────端的に言えば」

「全く以て、間に合っていないな────」

「「────…………」」

 

 

 今日一番、聞きたくなかった台詞が。耳朶を震わせて────リュダとわたし、息を呑んで。

 

 

「ど────どうすんのよ、ユーリィ、イサアーク! 将軍方に元帥まで揃ってんのに、『用意できませんでした』なんて言い訳が通ると思ってんの!?」

「式典まで、あと、一週間しかないけど────だ、大丈夫、なの?」

 

 

 そう、一週間。現在時刻、午前九時。正直、絶望的な残り時間だけれども。それでも、碩学院きっての天才のオジモフ君に秀才のガガーリン君、何か考えがあっての事と期待して。

 うん、本当に。何かあってほしいと、期待して。

 

 

「────端的に言えば」

「全く以て、間に合っていないな────」

「「────…………」」

 

 

 苦虫を噛む潰した、なんてものじゃない。本当の本気で、困り果てた表情で。私たちを、絶望の坩堝に叩き落としたのだ────

 

 

「あ、あの────オジモフ君、ガガーリン君!?」

「言うな────分かってる。分かってるけどよ、俺等にも俺等なりの矜恃ってもんがあるんだ」

 

 

 なんて、ふふんと鼻を鳴らしているけれども。それってつまり、『全く目処がたっていません』って宣言しているだけじゃないの?

 ……とは聞けなくて。だって、あまりにも怖すぎて。わたしは、押し黙ってしまって。

 

 

「────失礼する、学生諸君」

「あ────ヴァシレフスキー閣下!?」

 

 

 そして、部屋に入って来られたお姿に驚く。三人の部下を引き連れて現れた、精悍な男性のお姿に。鷹のように鋭い目をした、狙撃兵団出身の将軍閣下のお姿に。

 

 

「静かに……宜しい」

 

 

 そして、高圧的なまでの言葉に全員が口を閉じて、次の言葉を待つのを確認して。ヴァシレフスキー将軍閣下は、その口を開かれた。

 

 

「同志ブジョーンヌイ閣下のご指示により、諸君らを今宵の晩餐会にお招きする。これは、その指示書である」

 

 

 すごく疲れたお顔でそう告げられた閣下の手には、一枚の紙。掲げられたそれに達筆なキリル文字で記された内容は、先程閣下が仰られた通りの内容。

 思い出すのは、恰幅のよい男性の姿。この、ソヴィエトで────日常的な酷寒と慢性的な貧困に支配されたソヴィエトで、肥え太ることを許された特権階級の老境の男性の姿。カイゼル髭を蓄えた、老人の姿。

 

 

「我らソヴィエト機関連邦の国威発揚の為に催される、国賓を招いた晩餐会である。諸君らには、それに応じた態度を求めたい」

「「「「………………………………」」」」

「発表は以上である。各員、気を引き締めて当たられたし」

 

 

 あまりと言えばあまりの物言いと、畏れ多い内容に頭がくらくらする。だって、晩餐会?

 晩餐会、だなんて。まるでかつての王朝時代の宮中のような言葉に。そんなこと、我が身ばかりか友達と一緒だなんて、想いもよらなくて。

 

 

「……済まないな、他ならぬ『賓客の筆頭』からのご依頼だ。ブジョーンヌイ閣下も一も二もなく頷かざるを得ないほどの、な。悪いが、付き合ってくれ」

 

 

 最後に、それだけ。申し訳なさそうに言い残して。ヴァシレフスキー将軍閣下は去っていった。心からと言う表情で、絞り出すように呟いて。

 

 

 

 

………………………………

……………………

…………

 

 

 

 

────困った。本当に、本当に困った。どうしたらいいのかしら?

 

 

 頭を抱えながら、わたしは灰色の雪が降り積もる町並みを歩く。英雄都市の一つ、歴史的建造物群であるこのヴォルゴグラードの市街を。

 外の空気が吸いたいとリュダ達に断って。頭を冷やしたくて。

 

 

────晩餐会、だなんて、そんな小説みたいな。そんな小説でしか知らないようなものにまさか、わたしが参加するだなんて。

────どうしたらいいのかしら。服は? 髪型は? 作法は? ああもう、本当に困ったったら────

 

 

 頭はぐるぐる、足もぐるぐる。市街地の大通りをぐるぐる。当て所なくぐるぐると。

 

 

「あ────」

 

 

────その時、目に入った。ああ、市街の外れに街を一望できそうな、小高い丘がある。

────すごく良い画が撮れそう、そう思うと居ても立ってもいられなくて。

 

 

「現実逃避じゃない、これは現実逃避じゃないわ……」

 

 

 そう自分に言い聞かせながら、篆刻写真機を握るわたしの足はそちらの方へ。見たところ一時間ほどもあれば戻って来れる距離、まだまだ今晩の晩餐会までは時間があるのだし大丈夫、大丈夫。

 そう言い聞かせて、大通りを曲がる────

 

 

「待て、そこの娘。一体どこに向かっている?」

「────!」

 

 

 響いた誰何の声に、体が竦む。恐る恐る振り向けば、そこには3名の兵士達の姿。機関式ライフルを携えた、まだ歳若い警ら兵。兄さんとそう、変わらないくらいの年齢の。

 

 

「この先にあるママイの丘(ママエフ・クルガン)はソヴィエト軍の管轄だ、民間人の立ち入りは禁止されている」

「あ……そ、そうだったんですか。申し訳ありません、ヴォルゴグラードには来たばかりで勝手が分からず……」

 

 

 まず、頭を下げる。兵士は苦手、苦手だからこそ事が荒立たないように細心の注意を払って。

 

 

「だとしても独り歩きなど不用心な話だ、うら若い娘が。送っていこう、宿は何処だ?」

 

 

 恐らく一番階級が高い兵士が、呆れ混じりにそう口にする。残る二人も文句はあっても口にする気はないらしく、わたしの返答を待っていて。

 苦手な兵士たちにじっと見詰められて。赤煉瓦造りのアパルトメントの下で。

 

 

「い、いえ、あの────」

 

 

────思い出すのは赤の広場(クラースナヤ・プローシシャチ)でのあの一幕。粗暴な二人の兵士にリュダと一緒に絡まれた時。

────あの時、颯爽と現れて、助けてくれたあの後ろ姿を。

 

 

「────彼女は俺の客人だ、問題はない。貴官らは警邏に戻るがいい」

「あ────」

 

 

────そして、わたしは見た。

────黒いベレー帽に、軽装の冒険家のような服装。背中にはまるで聖アンデレ十字のように二本のサーベルを、両の腰には大型機関式拳銃を二丁携えたひと。

 

 

「ハッ!左様でしたか!失礼致しました、少佐殿!」

 

 

 途端に兵士達はぴしりと背筋を正して、敬礼を。それに男性も敬礼を返して。

 少佐、少佐と。確かに兵士達はそう言ったけれど。確かに軍人めいた恰好だけど、ソヴィエト軍の軍服ではない。じゃあこの人は、一体?

 

 

「軍曹、名前は?」

「ハッ!ヤーコフ・フェドートヴィチ・パヴロフであります!」

「上官殿に伝えておこう、市民の安全を第一に考える良い警邏だ。これからも励むように」

「ありがとうございます!」

 

 

 そう口にしてわたしの手を引いて、見送る三人の兵士を置いて男性が歩き出す。わたしも慌てて、兵士達に一礼して後を追いかける。

 

 

「────もう安心だ。大丈夫かい?」

「う────す、すみませんでした……」

「なあに、良いってことさ。街には危険が一杯だ、送っていこう」

「えっ?いえ、あの」

 

 

 そして、歩きながら優しげに口にする。葉巻を燻らせながら、器用に口角を釣り上げて。垂れ目の、()()()()()をこちらに向けて。まるで豹が笑うかのように。

 人懐っこい笑顔で、肩に手を回して。ううん、それはどちらかと言えばそう、助けて頂いておいて大変失礼なのだけれど、酷く馴れ馴れしい。

 

 

────ひょっとして。ひょっとして、なのだけれど。助けてもらっておいて、ひどい言い草かもしれないのだけれど。

────この人の方がよっぽど、危ない人なのでは……ないのかしら?

 

 

「そうだ、自己紹介がまだだった。俺はキューバ軍少佐、名前はエルネスト」

「いいや、まだ一番の危険人物が残っている」

「え────?」

 

 

 刹那、わたしの真後ろからの声に凍り付く。それは、聞き慣れた声。わたしを庇い立つように現れたのは、見慣れた背中。束ねられた黒い髪が狼の尾のようにたなびいて。

 

 

ようダチ公(チェ)!エルネスト」

 

 

 その陽気な挨拶らしき男性の声よりも早く、速く────手を掛けていた機関刀(エンジンブレード)を、引き抜いて。

 

 

「────糞ったれ(ホデール)!?殺す気かよ!」

 

 

 一陣の風を思わせる速さのハヤトさんの薙ぎ払い、それを二本の剣を交差させて受け止めた男性。火花が散る程の勢いで、だけど男性は揺るぎなく。

 

 

「殺す気じゃなきゃ剣なぞ抜かん、そのよく回る口を切り落としてやろう」

「はー、これだ!やだやだ、これだからジョークの通じない日本人(ハポネス)は!どう思うこういうの?!俺ちゃん悪くないよね?悪いのは間に合わなかった間抜け(ヒリポジャス)の方だと思わない?バーカ(カブロン)バーカ(カブロン)う○ち(ミエルダ)!」

 

 

────そして無精髭を蓄えた口からは乱暴なスペイン語と、咥えた葉巻から立ち昇る紫煙が滔々と溢れて。

────同時に一瞬だけ、男性は何処か違う方向に向けて語り掛けたような気がした。

 

 

「え────えっ?」

 

 

 いきなりの言葉に面食らう。だって、だってあまりに唐突すぎて。

 何?何なの?何が起きてるのかもう分からないったら────

 

 

「今すぐにくたばりやがれ、死に損ない獅子豹(デッドプール)!」

テメェこそ地獄に落ちろ(アスタ・ラ・ビスタ)死に損ない日本狼(ウルヴァリーン)!」

 

 

────とにかく分かったのはただ一つ。

────この二人、とても仲が悪いってことだけで。

 

 

こんにちは(ドーブルィ・ジェーニ)Ms.(ガスパジャー)アンナ。それにしても全く、相変わらず仲が良い事だね。ハヤト、エルネスト?」

「「目玉が腐ってるのか磁界王(マグニートー)!」」

 

 

 ()()()()と笑いを噛み殺しながら揶揄する口振りで隣に立つ、長身の男性────真紅のスーツ、一目で最高級の物と判るそれを難なく着こなし、最新式の機関パイプを左手に携えた男性。色素の薄い灰色の髪に猫めいた黄金の右瞳と、青い左瞳の怜悧な美貌の。髭を蓄えていてもなお、精悍な印象の男性。

 ハヤトさんがここにいる理由であろう()()

 

 

Mr.(ガスパジーン)ジュガシヴィリ────」

 

 

 雪避けの傘を差し掛ける金髪碧眼の女性を連れた、()()()()()()がそこに立っていて────…………


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