ベル・クラネルが魔術師なのは間違っているだろうか(凍結中) 作:ヤママ
ゴブリンの群れが村に近づいていることを知った住民は混乱していた。
「どうするんだよ村長!このままじゃゴブリンが村に着いちまう!そうなったらここにいるみんな殺されちまうぞ!」
「・・・土地を捨てるしかあるまいて。皆に支度をさせなさい。」
「そんな!それじゃあ連れていける羊の数も限られる!明日からどう生きていけばいい!」
「明日のことより今生きることを優先せんか!馬鹿者か!」
突然のゴブリンの襲撃に村人は混乱し、どうすればよいか分からない状態だった。
今家を離れたとして次はどこで暮らせばよい?
自分たちはかえって来ることができるのだろうか?
誰しも不安に煽られ、まともではいられない状況だった。そんな中、
「誰か、うちの子供を見ませんでした!?」
「あいつなら確か、森の方へ遊びに行くって・・・」
「そんな!?今ゴブリンがたむろしているところじゃないか!?」
母親は自分の子供が危険にさらされているかもしれないと知るや否や、避難のための集まりから抜け、一人森へ行こうとする。が、他の村人に止められてしまう。
「まって止めないで!行かせて!あの子が!あの子が!」
「待て!今行ったら二人とも殺されちまう!無事に帰ってくることを祈るしかない!」
「いやぁ!離して!アンリ!アンリィィ!!!!」
母親は制止を振り切ろうとするが、夫に脇を押さえつけられ身動きが取れない。目に涙を浮かべ、必死に子供の名前を叫ぶ姿は痛々しい。
誰もがこの母親の涙を、激情を、止めてやれるのであれば止めてあげたいものだ。
だが出来ない。
ここにいる誰も、ゴブリン一匹倒す力を持ち合わせていない。ましてそのゴブリンが群れでくるのだ。
子供は死んだものと考えて避難を進める村長。一人の為に全員の命を危険にさらすことは出来ない。
母親は遂に暴れることをやめ、地面にうずくまるようにして涙を流す。
母親を助けたのが村人であるのなら、母親の子供を殺したのもまた村人。
誰も声をかけることなどできはしない。誰も母親を失意の中から引っ張り出すことなどできはしない。
「僕が行きます。」
声の先には少年がいた。その目は決意と恐怖に揺れている。
村人はみな、何を言い出すのだと口を開こうとする。
お前が行って何になる。犠牲が増えるだけだ、と
だがそれより早く母親が涙ながらに少年に懇願する。この世のすべてを託すかのように。嗚咽交じりに、この世で最も大事な我が子の無事を願って。
「お願いベル・・・!!あの子を・・・アンリを助けて・・・・!!」
少年は頷くと一言、母親にお願いするように、自分へのまじないの様に一言
「信じて」
そういうと少年はかなぐり捨てるように勢いよく森の方へと走っていった。
少年が自ら死地に飛び込むような真似をしたのは、母親の姿に自分を重ねてみたからだ。
少年は、谷の魔的なものにあてられて祖父の死を肯定してしまった。
僕にはおじいちゃんの無事を信じる「勇気」がなかった。
だから自分の中でおじいちゃんを殺してしまった。
でもアンリのお母さんはまだ信じている。アンリの無事を。
この絶望的な状況の中で。
――――――その「勇気」を決して絶やしてはならない。ベル・クラネルの二の舞をさせてはならない。
決心を決めた少年は一言村人と母親に伝えると、全速力で森へと駆けだした。
今も子供の無事を祈り続ける母親の「勇気」を本物だと証明するために。
あの涙で濡れた顔が、これ以上絶望で塗られないように。
森へと入り、子供を見つけるまではたいして時間がかかることもなかった。
子供は茂みの陰で目をつむり、耳を塞いでプルプルと縮こまっていた。
少年が肩をたたくと、「ヒッ!」と声をあげたが、少年の顔を見るなり今までこらえていた分の涙を一気に流すようにわんわん泣き始めた。
その姿をみて少年は安心する。
よかった。無事で。さぁ、早くお母さんのところへ帰ろう?
そう子供に言い聞かせ、立ち上がった矢先、近くでゴブリンの鳴き声が聞こえた。
そして、草木の隙間に視線を動かすと
―――――目が合った。
ゴブリンの鳴き声が先ほどよりも一際大きくなり、棍棒を片手にこちらへ向かってくるのが分かる。
少年の脚は恐怖ですくんでいた。
自分では勝てない圧倒的な強者
絶対に覆せないであろう死の運命
――――やっぱり無理だ。僕には――――勇気なんて―――――
「ベルおにいちゃん・・・」
――――――――!!!!
子供の声に少年は意識を引き戻される。
子供は不安そうな表情を浮かべ、弱弱しく、そしてすがるように少年のシャツの裾をつかむ。
その姿に少年は自分の目的を、使命を思い出す。
―――――そうだ。僕がすべきことはアンリを無事にアンリのお母さんの許へ届けること
―――――勇気を絶望へ変えないこと
―――――――ベル・クラネルの二の舞をさせないこと!!
頭を入れ替えた少年は子供の手を引き、走る。
一刻も早く、この危険地帯から逃げ出し、母親と子供の笑顔を取り戻すため。
走る。走る。走る。
しかし、子供が木の根に足をとられつまずいてしまい、そのすきにゴブリンに距離をつめられてしまう。
少年は子供を何とか立たせようとするが、足を擦りむいたらしく、走れる様子ではない。
子供は近づいてくるゴブリンの群れに目に涙を浮かべながら後ずさりをしている。
抱えようと試みるが、少年の腕では子供を抱えることは出来るが、今までの速さで走ることは出来ず、ゴブリンに追いつかれてしまう。
そんなことをしている間にゴブリンは二人に追いつき、棍棒を振り上げる。
少年は覚悟を決める。
子供を覆う様に抱きしめ、その身でゴブリンの攻撃を受ける。
鈍い痛みが体を走る。
殴打の頻度が一度、また一度と、下品なゴブリンの鳴き声と共に増えていく。
腕の骨が折れた感覚
足はおかしな方向へと曲がっている
背中は今あざだらけだろう
―――――あぁ、自分は死んでしまうのだろうか
当然の結果だ。
戦えもしない、剣を持ったことすらない、ましてや子供がモンスターに捕まって生きられるわけがない。
既に理解していたことだろう。分かり切ったことだろう。
ベル・クラネルはたかがゴブリンに恐怖する弱者だ。このまま殺されて終了するだけだ。
――――やはりお前には無理だ
どこからともなく、声が聞こえる
――――お前には他人どころか自分すら救うことが出来ない
ねちっこく、いやらしい声
――――ベル・クラネルは英雄にはなれない
よく聞かなくても分かる。その声は自分自身の声だ。
祖父の死を認めた自分が、語り掛けてくる。
―――――あぁ、その通りだ。僕は英雄にはなれない。
―――――臆病で、弱くて、「信じて」ってしか言えなくて、
―――――でもそれでも、だからこそ、やっぱり
―――――英雄になれなくたっていい
―――――誰かの「勇気」を守りたい
自分が守れなかった想いを託したい――――――
―――――それが、
―――――だからこそ
「黙ってろ」
自分自身に言い聞かせる決意。誓い。声はもう聞こえない。体に鞭打って無理やり力を入れる。刺さる様に体全体に痛みが走るが無視する。
少年のドスの効いた言葉にゴブリンたちは一瞬ひるんだ。そのスキを見逃さず、少年はそれまで自分が守っていた子供を立ち上がらせ、背中を押し、力強く叫んだ。
「早く行け!走れ!勇気を出せ!お母さんを泣かせるな!」
少年の想いのこもった瞳を感じ取ったのか、子供は村の方へと走っていく。振り返ることなく、求めるように、つかむように。
ゴブリンが子供を追わんとするが、少年は曲がった足を無理やり動かしてゴブリンの前に立ちはだかる。
その姿は尋常ではない。
左足は曲がってはいけない方向に曲がり、右腕をダランと垂らし、頭からは血を流し、背中はあざだらけ。
ゴブリンは恐怖する。
さっきまでいたぶっていた相手がとてつもなく強大な、かなうはずのない存在だと感じた。
何より目だ。
意識を固め、揺るぐことのない精神を持つものしか出来ない目を少年はしていた。
その本質を知能の低いゴブリンが捉えることはできないが、呑まれるような雰囲気を感じていた。
だが、さっきまでいたぶっていたことがあるからだろうか、何匹かが少年に再度攻撃を加えようとする。
殺すなら今しかない、と。
少年を殺さんと振り上げられる棍棒。
だが来るはずの一撃は突如、銀色の斬撃によってゴブリンの腕ごと吹き飛ばされた。
少年とゴブリンたちは唖然とする。
一体何が起きたのだ?誰がやったことなのだ?
答えは腕を飛ばされ、痛みに声を上げているゴブリンの首が新たな斬撃で飛ぶことによって明らかとなる。
「あーあ、こんなところにゴブリンだなんて。ついてないなぁ。」
男は、頭の後ろを掻きながら現れた。自らの周囲を嬉しそうに踊る水銀を従わせて。
ゴブリンは群れの一匹が瞬く間にやられたことで自然と足を後ずさりさせる。
しかし男はそれを見逃さない。何やら一言呟くと、水銀が刃となり、ゴブリンの体を両断する。
男自身も、水銀の一部も槍に変形させ、薙ぎ、払い、突く。
その姿は凛々しくも猛々しい強者。台風の目。全てを吹き飛ばす暴風。
少年は男の戦いに魅せられた。
それは「ダンジョン・オラトリア」で読んできたアルゴノートの英雄談よりも惹かれる、初めて間近に見る戦闘。
先ほどまで、自分の信念に立ちはだかっていたものが次々に狩られていく光景。
そして少年は確信する。
自分の欲するものはこの力だと。
誰かの「勇気」を紡ぐには、脆弱な自分では役者不足も甚だしい。
――――力が欲しい。
「勇気」を紡ぐために。
「信じる」ことを止めないために。
そしてなにより、これ以上弱い自分に負けないために――――
ゴブリンが全て血だまりの中の魔石と化した頃に、男は少年に声をかけてきた。
「君、大丈夫かい?災難だったねぇ。」
「・・・にして下さい。」
「え?何って言ったの?」
「弟子にして下さい!」
「はい?」
「力が欲しいんです!勇気を!信じることを!負けないことを!」
「あー、君何言ってるか訳わかめだよ。まぁその目を見れば覚悟というか信念というか、なんとんくのフィーリングは感じ取れるが。よしいいだろう!よく分からないが知りたいことを教えてあげよう。そうするとまずは自己紹介だね。さて少年、名乗りたまえ。弟子になりたいんだろぅ?」
「・・・・ベル。ベル・クラネルです。」
「おぉ君が!そうかそうか!君がベル・クラネルか!外見から何となく察しはついていたがやはりそうだったか!いやぁ嬉しいねぇ!だが残念でもある。私は君がこれから紡いでいくであろう物語は好きだが英雄になりたいなんて精神は実に気に食わない。よって君に授けるものは知識含めて一文たりともありはしない。」
「・・・・あなたが僕の何を知っているかは知りませんが、僕は英雄にはなれない。」
「・・・ほぅ!!」
「それよりも僕は力が欲しい。ゆう「OKOK!採用だよクラネル君!弟子にしてあげよう!」
「・・・え?」
男はそれまでのふざけような、しかし芯は冷めているような声を一転させ、ノリの良い兄ちゃんの様に弟子入りを承諾する。本当に、心の底から楽しんでいるように。
「どうやら君は私の知っている君とは少々違うようだ。素晴らしい!そうでなくてはな!!」
「あの、なぜ僕のことを?」
「そんなことはどうでもいい!知っているから知っている!ただそれだけだよクラネル君!あぁ、そういえば私の自己紹介を忘れていたね!私の名は――――――」
これが少年「ベル・クラネル」と彼がのちに「師匠」と呼ぶ男の邂逅。
そしてベル・クラネルが迷宮都市「オラリオ」において、
師匠は転生者さんで、ベル君のことを知ってます。ずっと山奥で転生特典の型月知識魔術の研究と武術に没頭してきたのであまり人と接してません。さすがに人恋しくなって山から下りてきました。
「英雄とは成ろうと思った時点で英雄ではない」という言葉を知っているが故、ベル君に会っても関わる気はありませんでしたが、原作ベル君と微妙に違うようだったというのと、久しぶりの人間に歓喜、ベル君自身の頼みもあったため、色々教えてあげることにしました。
師匠のつかえる魔術は宝石魔術に月霊髄液、固有時制御とシエルの黒剣投げ(メルブラ アークドライブ)などなど、色々だと思っていただければ幸いです。
ベル君はそれなりなオールマイティにさせたいと思っています。