ベル・クラネルが魔術師なのは間違っているだろうか(凍結中) 作:ヤママ
これはある村のあくる日の話。
突然たった一人の家族である祖父を無くしてしまった少年は失意に沈み、やがて祖父の語っていた英雄談を思い出すわけでもなく、祖父が残してくれた羊たちと家を守っていかなければと自分に言い聞かせ、仮初の笑顔とから元気で日々を送っていた。
いくら村の人に助けられても、いくら雄大な土地でほのぼのと、ゆっくりとした時間を過ごしても、少年の心が癒えることはなく、祖父が、家族がいないという現実を、広くなった家で一人感じる毎日。
深い谷に落ちたらしい
人づてに聞いた話では納得がいかない。
誰か死体を見つけたっていうのか?違うだろ?まだどこか生きているかもしれない。おじいちゃんはまだ死んでいない!死んでいないんだ!
呪いの様に少年は自分にいい聞かせる。
頭ではわかっている。
おじいちゃんのことだ、どうせひょっこり戻ってくるだろう。自分に言い聞かせつつもやはり探しに行かなくてはと思い立った少年は谷へと足を運んだ。
―――無理だ
見下ろせば、底の見えない深く深い闇。足を踏みいれれば、決して這い上がってくることは叶わないと誰でも分かる。
―――――生きているはずがない
だがもしかしたら、万に一つの可能性があるのなら。おじいちゃんは今もあの谷の底で痛みにもがいているかもしれない。少年は祖父がよく聞かせてくれた英雄談を思い出し、足を踏み入れんとする。
―――――――死ぬぞ
しかし一歩が踏み出せない。当たり前だ。馬鹿でもわかる。あそこに飲まれた者が生きているはずがない。あの谷はそういう場所だ。
飛び込まなければ祖父を取り戻すことは出来ない。だが足は意志とは逆に村の方角へと後ずさる。
「おーい!!ベルーーー!いるかーーー!!いたら返事しろーーー!!」
っっっっ!!
自分を呼ぶ声に一瞬驚くものの、少年は声のする方向へと必死に走った。
まるで人を見つけた遭難者の様に。戦闘から逃れる無力な市民の様に。
声の主は村の大人達だった。少年がどこにもいないので、村総出で探しに来たようだった。
心配したんだぞ。なぜ一人で出歩いたんだ。安堵と叱咤のこもった声で話しかけられる。
そんな中、一人が少年に心配するように声をかけた。
「大丈夫かベル?足が震えっぱなしだぞ?」
少年自身も気付いていなかった震えに他の大人達が同じように心配をし始める。
ベル、何か怖い思いをしたんだな。もう大丈夫だ。家に帰って、あったかいスープを飲んでお休み。
だが少年に大人達の声は聞こえない。
少年は気付いてしまった。自分が先程、逃げ出してきたことに。
「―――――――あっ」
――――――――あんなところに落ちて、生きていられるはずがない。
「――――ああああっ」
そんな印象をもってしまった自分が、
祖父を助けるためにと意気込んでいた自分が、
恐怖することで祖父の死を認めてしまった。
「――あああああああああっ」
それは少年にとって、大好きな祖父を、たった一人の家族を自ら殺してしまったのと同義であった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ごめんなさいおじいちゃん
僕は――――
ベル・クラネルは――――
――――――――――――――――――――英雄にはなれない