アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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神様とお話した巫女らしい私。

 

 サラダにシチュー、くるみ入りのパン、鶏肉のソテーやらと洋風な食事は久々だったので新鮮に感じられた。咲夜のお手製らしく日本じゃあまり馴染みない味付けだったけれど、それでも料理上手というのは一口食べてすぐわかった。味のほうはもちろんすっごい美味しかったし、ドレッシングやらはもちろん、パンから何からお手製みたいなんだもん。一応私だってパンの作り方ぐらいは知ってるけど、わざわざ一から作ろうとは思わないもの。普段から作ってなきゃレシピなんかもすぐ出てこないだろうし。

 

「ねぇ、パチュリー。もしかして私ってそのレミリアお嬢さまって人に嫌われていたりした?」

「……以前の博麗霊夢という意味であるなら、人間相手にしては珍しく好んでいた方だと思うわよ」

 

 一足先に食事を終えて紅茶を飲んでいる私の問いかけに、口元を拭ったパチュリーがぼそぼそっと答えを返してくれる。気管支が弱いのかよくこんこんと咳をしているみたいだし、あんまり声を張れないみたいだ。図書館ちょっとかび臭かったものね。

 部屋の中央にあるクロスのかかった長方形のテーブルの側面には、私とパチュリーが向かい合わせに座っている。咲夜が食堂なんて庶民的な物言いをしていたそこは、横文字でダイニングルームと言った方がよほど相応しい洒落た装いだった。部屋自体広ければテーブルは十数人座れそうな大きなものだし、一緒に並べてある椅子の細工もすごい。中世ヨーロッパのお城みたいな赴きある内装には、一品物であろう調度品たちが当たり前のように鎮座している。目利きのできない私でも、ぱっと見てなんとなく高価なんだろうことがわかるぐらいだ。

 

「うーん。それなら、尚更お世話になるんだから挨拶ぐらいはしておきたかったのだけど」

 

 目を細め、暖炉側の上座に当たるだろう席をぼんやりと見やる。こうして私とパチュリーの食事が終わるまでその席に座る者は現れなかった。咲夜がこの館の主であるレミリアって子に私を宿泊させてもよいか許可を取りに行ったところ、客人としてもてなしてやれと指示された一方で私とは今は会わないとのことなのである。

 

「お嬢さまにも何か考えがあるみたいなの。霊夢と邂逅するには相応しい舞台をと仰ってたから」

 

 言いながら、テーブルの上の食器を下げた咲夜が私とパチュリーの前にデザートを並べる。続いて、給仕らしく「本日のプディングはクレームブリュレでございます」と述べると、すっと一歩退いた。

 咲夜はこうして私とパチュリーが食事している間、ずっと隣に控えて私たちの世話をしてくれていた。レミリアって子もいないとなるとパチュリーと二人っきりの食事になってしまうから、どうせなんだし一緒に食事を摂ろうとは言ったのだけど、いくら主が不在とはいえそんな無作法は出来ないと固辞されたのだ。

 とは言うものの、主人がいなかったからなのか話題を振れば咲夜も乗ってくれたし、最低限すら満たせていないであろう私の食事マナーにも眉根を寄せたりはしなかった。スープはすすらないで飲むとか、本当にその程度のことしか知らないから堅苦しくないのは正直助かった。なんにせよ、メイド服を着てメイドさんにお世話してもらうのはすごい変な感じである。

 

「そんな物言いをしたってことは、この紅白が記憶喪失になっていたことは事前に伝えておいたの?」

 

 掬ったプリンを口に運ぼうとしていたパチュリーが、手に持ったスプーンを器に戻してぽつりと声を上げる。

 

「記憶を失った霊夢と人里で会ったその日の内に、お嬢さまへのご報告は済ませておきました」

「その時、レミィは何か言っていた?」

「『初対面となる私がそこらの木っ端どもと一緒くたに認識される訳にはいかない』、そういった旨の発言はされていたかと」

「なるほどね」

「はい」

「え、何よ? どういうこと?」

 

 会得がいった風に頷くパチュリーと咲夜。何やら二人が納得しているけど、私はまったくわけがわからない。

 

「お嬢様は力のある吸血鬼。短命で虚弱な人間という種族を、個で認識することなんてそうないことなのよ。そのお嬢さまは、先ほどパチュリー様が仰られたように人間である霊夢を好んでいるわ。博麗神社で宴会があればよくよく参加されているし、そうでなくとも暇つぶしと称してわざわざ遊びに赴くほどお気に入りよ」

「毎度、咲夜をお供にして連れて行っているものね」

「はい。わたくし、お嬢さまの従者ですので」

 

 お気の毒に、という風に見るパチュリーに対して、咲夜はすまし顔ながら誇らしげに胸を張っている。理解し難いのだけど、どうやらレミリアって子に連れ回されるのは咲夜にとって光栄なことのようである。

 出不精のパチュリーからすれば外出とは億劫なものであるらしく、当然ながら私もまたインドア派を自称している為にパチュリー寄りの意見である。相手方の都合に合わせてあっちこっちに出張だなんだなんて仕事でもなければやってられない。

 

「えっと……『博麗霊夢』とレミリアって子が仲良しだったってことよね?」

「うーん、そういう訳でもないのよね。以前の博麗霊夢も妖怪や人間に関わらず相手が誰であれ付き合い方を変えたりしなかったけど、逆に特定の誰かと懇意にしているってのはなかったんじゃないかしら? 魔理沙とは付き合いが長い所為かよくつるんでいるようだけれど」

 

 パチュリーはそう言うと、お預けになっていたプリンを口に入れる。表情にこそ変化はないもののどうやらお気に召したらしく、すぐに器から次の一口を掬って口へと運んでいる。

 私もスプーンでプリンを掬いながら考える。レミリアって子はよく神社に遊びに行ってたけど、霊夢ちゃんは別にその子と仲良しだって意識はなかったと。つまり、レミリアって子の片思いってこと? まー、あるわね、そういうの。会社の同僚の女の子と何回か一緒にお昼しただけなのにいつの間にかその子の中で親友認定されてて、海外旅行のメンバーに入れられて連れて行かれそうになったりとかね。普通に断ったけど。

 

「で、何がなるほどだったのよ?」

 

 問いかけながらパチュリーに釣られるようにスプーンを口に運んでみる。……うん、確かにこれは美味しい。カスタードはまったりとしていて口当たり良く、卵と牛乳の甘みが濃厚。素材の味が前面に出ているから単調になりがちで、人によっては田舎っぽいと感じてしまうかもしれないけど、私はこういうの好き。何より甘いってのが素晴らしい。こんなの毎日食べられるなら神社とか博麗の巫女とかポイしちゃって紅魔館の子になりたい。

 うーむ。元に戻ったら紅魔館のメイドでした、ってのは流石に霊夢ちゃんに悪いのでそういう訳にもいかないかなぁ。せめて、こんなちゃんとしたのじゃないにしても神社で洋菓子を作れればいいのだけど。それにはまず砂糖と卵と牛乳をどうやって調達するか考えないことにはどうにもこうにも。あ、そういえばオーブンもない。……うん、無理ね。お金がないことにはどうしようもないわ。

 

「レミィは霊夢の実力と、その奇特な人間性を評価しているのよ。そんな風に自分が霊夢を特別視しているというのに、そのあなたにそこらにいるただの妖怪と一緒だとは思われるのは我慢ならない、といったところかしらね」

「ふうん」

 

 そんな風にデザートのプリンを味わいながら相槌を返したものの、実はよくわかってない。そもそもすごいのは霊夢ちゃんなわけで、私自身はそう大したものでもないので何と返せばいいものやら。そりゃグレイズのみならず霊撃とかいうのを教えられずに使えるようになって、もしかして私天才なのかもなんて天狗になったりもしたけど、パチュリーに聞けば出来て当然のそう難しいものでもないようだし。むしろ、そんなことも出来ないのに弾幕ごっこしてたってことに呆れられたぐらいである。

 それより、さらっと流してしまったけど新事実が発覚していた。レミリアって子も妖怪というか吸血鬼らしい。お世話になっちゃったし、悪いことしない子ならいいんだけどなぁ。やるとなったら仕事なんだから手心加えたりはしないけど、心情的に退治しにくくなるだろうし。

 

「誰に対しても特別扱いしない霊夢だからこそ気に入って、気に入ったからこそ自分だけ特別扱いしてほしい。いじらしい乙女心よね」

「お嬢さまもお年頃ですから」

「いや、そんな思春期だからみたいに言われても」

 

 うんうんと感慨深く頷きあっている二人。置いてけぼりにされる私。パチュリーは妖怪だから理解できないにしても、人間の咲夜が理解できるとしたら、きっと幻想郷での一般的な考え方なのだろう。

 一宿一飯の面倒はみてくれて寛大な感じなのに、その割には私には会わないなんて子供っぽいこともするし、なんかちぐはぐしてる。ライバル関係的な? うーん、なんとか理解しようとしたけど駄目だ。幻想郷の常識って変なの。

 

 

 

 昨夜のお夕飯は私をもてなす為、物珍しい外界由来の献立をわざわざ作ってくれたようである。普段出す食事はもっと日本食寄りなようで、実際に翌日の朝食はご飯に焼き魚、お豆腐のお味噌汁と納豆が並んだ。献立がこんなのだとダイニングルームが食堂といった方が似合いに見えてくるから不思議なものである。ちなみにレミリアって子は納豆が好物とのこと。なんかかわいい。

 

 にしても、眠い。寝不足である。パチュリーは夕食を済ませるとさっさと地下図書館へと引き上げ、咲夜もレミリアって子のお世話しにいってしまったので、暇をしていた美鈴とガールズトークしていたのだけれど彼女に寝る気配がなかったのだ。後に聞けば妖怪は寝なくても大丈夫なようで(もちろん寝る時間があるならちゃんと寝るらしいけど)、普段は夜九時になれば床に入っている私もついつい夜更かししてしまった。

 朝はいつもどおり五時ぐらいに起きると入れ替わりでレミリアと咲夜は就寝するとのことなので、起きっぱなしだった美鈴に教わりながら太極拳をやっていた。雨も止んでいたので門の前で二人でゆるゆるのんびりやっていたのだけど、これがまた見ている以上に大変なのだ。全身に力を入れないようにしながら姿勢を保って、一つ一つの動作を丁寧にってことなのだけど、普段使わない筋肉を使っていた気がする。今も腕の内側とかが張っている感覚が残ってるもの。毎日やるのが大切みたいなので、覚えてたら神社でもやろう。

 

「霊夢、このサンドウィッチはお昼に食べてちょうだい。ああ、昨日持って帰るって言っていたスコーンも一日置いたらしけってしまっているでしょう? どうせ持って帰るならそっちは捨てちゃって、こっちにしなさい。今朝焼いたばかりのクッキーだから」

「クッキーはありがたくいただくけど、スコーンは手放さないわよ。しけってようと食べれるのに、捨てちゃうなんてもったいないじゃない」

 

 雲間から青空が見える午前中。すっかりいつもの巫女服姿に戻った私は咲夜からお弁当の入ったピクニックバスケットと小さな紙袋を受け取ると、背負っていた風呂敷を懐に抱え込む。いくら咲夜が時間を止められるといっても、こうして抱え込んでいたらスコーンを奪い取ることは出来ないはずだ。せっかくの食料を取り上げられてたまるもんですか。

 威嚇するように中腰になって距離を取る私を見て、咲夜は「もう」と呆れた様子でため息をついた。どうやらあきらめてくれたようだ。それを見届けてようやく、安心してクッキーの紙袋を風呂敷の中に包み直す。よし、今夜のお茶請けになってくれるスコーンもちゃんと入ってる。

 それにしても私なんかより咲夜の方がずっと眠いだろうに、彼女はしゃんとしている。寝たと思ったらきっちり三時間後には起きてきて普通に働いているんだもの。さては時間止めてたっぷり寝ているのではないだろうか。

 

「うーん、なんだか咲夜さんが霊夢に対して過保護になっていっているような」

「なによ過保護って。ちゃんと美鈴の分のクッキーも作ってあるわよ。ほら」

「いやー、いつも通りの優しい咲夜さんでしたね。今日もお仕事頑張るぞー!」

 

 咲夜からクッキーを受け取った美鈴は、やったやった、と小さく呟いてはにかんでいる。美鈴から愚痴とか聞いたところ、門番していると結構暇になる時間があるらしい。無聊を慰めてくれるお茶菓子が何より嬉しいのだろう。侵入者は追い返すけど門番の話相手は絶賛募集中とのことなので、お茶でも持参してまた遊びに来ようと思う。

 

「パチュリー。それじゃ、レミリアって子にはよろしく言っておいて。助かったって」

「近いうちにでもまたあなたの方から出向いてくることになるでしょうし、礼ならその時にでも言えばいいんじゃないの?」

「なによ、それ?」

 

 あと、なんとパチュリーまでお見送りに来てくれた。ちょっと仲良くなれたのかな、なんて思ってにこにこしてたら「前の紅白よりも相手をするのが面倒だから、用事がないのなら極力来るな」って言われた。上げて落とすとかひどい。

 

「また来るわ。その時も絶対パチュリーと一緒にご飯食べてやる。覚えておきなさいよ」

「やっぱり面倒くさいわね。私のことは放っておけばいいのに」

「仲良しですねぇ」

「だから違うって言ってるでしょうに……」

 

 咲夜の言葉にげんなりしながらも否定だけは忘れないパチュリーを見て、また明日にでも遊びに来てやろうかと検討し始める私。嫌がる素振りされると逆に構いたくなるのは仕方ないのである。なんとなくだけど、本気で拒否されてはいないと思うので大丈夫な筈。たぶん。きっと。

 

「咲夜もありがと。今度、炊事と洗濯、掃除ぐらいでよければ手伝いに来るから」

「それじゃ霊夢用にサイズを合わせた、私とお揃いのメイド服を用意しておくわ」

「お願いやめて」

 

 自分でもびっくりするぐらいの即答をしていた。もう脳みそが咲夜の言葉を理解していたのかすら怪しいぐらいである。理性とか超越しているところでイヤだったのかもしれない。

 

 

 

 最後にまたみんなにお礼を言って、私は宙へと浮かび上がると妖怪の山へと向かってのんびり飛び始めた。昨日の大荒れが嘘みたいに風が凪いでいるけれど、そうでなくてもそれほど寒さを感じない。周囲にもう一枚服があるような、間接的に外気と接しているみたいな感じだろうか。日の光がほんのり暖かいぐらいである。とにかく昨日と気温はそれほど変わらない筈なのに体感温度が全然違っていて、だからこそ風除けの術がないのに上空を飛ぶのは自殺行為だとよくわかった。

 

 ニ十分ぐらい飛んだ辺りだろうか。遭遇した妖精が飛ばしてくる弾は全部避けて、なんとか麓と呼べそうなあたりにまで辿り着くことが出来た。それにしても妖怪の山が間近で見るとすごいでかい。これ、標高は何mぐらいあるんだろうか? 富士山ぐらい?

 まぁ、それは置いておいて。問題は妖怪姉妹がこの麓のどこにいるかということである。目前は木々ばかりで、闇雲に探しても見つかりそうにない。どうしたものかとうろうろ飛び回っていると、木のちょっと上辺りで何かしながら飛んでいる金髪の女の子を見つけた。ちょうどいい。こうなったら聞き込み調査だ。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「っ、な、何?」

「この辺りに人に悪さをしない妖怪姉妹てのがいる筈なんだけど、聞いたことない?」

「悪さをしない妖怪姉妹?」

 

 私に気づいていなかったらしい女の子は、わたわた慌てて佇まいを正した。赤い上着に赤と黄色のスカート。その裾が破れているのかと思えば、元々そういうデザインのようである。特徴的なのは、楓の葉っぱの髪飾り。全体的に赤、黄、橙と暖かそうな配色の、すらっとしたキレイ系の女の子である。

 その手に持っているのは小さな桶に筆、ハケのようで、赤の塗料が入っているのが見えた。塗装関係のお仕事の人なのかな? あ、妖精は悪戯好きって聞いたし、彼女は妖精なのかもしれない。日本でもシャッターとかにカラースプレーで落書きするの流行ってたみたいし。

 んー、でも彼女から妖精や妖怪が持っている妖気は感じないし、私のように霊気を使っている風でもない。かといってパチュリーや魔理沙のような魔力でもないし、見たことない感じの力である。

 

「この辺りに来てそこそこ長いけど、そんな妖怪は聞いたことがないわ」

 

 少しばかり考える素振りを見せた女の子から声が返ってくる。なんだか聞き込み一人目から雲行きが怪しくなった。

 そういえばすぐそこにある紅魔館の美鈴と咲夜も知らないって言ってたし、現地の子も聞いたことがないってことだと紫からの情報の方が信用できなくなってくる。

 

「うーん、それじゃその妖怪姉妹はどこにいるのかしら?」

「妖怪といえば妖怪の山だけれど、ここから先に行くのはオススメしないよ。人間には危険だもの」

「そんな危ない場所に行ったりするもんですか。麓にいるって聞いたのだから、そこにいないなら妖怪退治の依頼もご破算よ」

 

 仮にも、紫とは仕事という契約を交わしているのだ。聞いていた条件より仕事の内容が大変であるなら、きっちりと違約金を貰わねばなるまい。

 行ったけどいませんでした、ってのはあんまりにも情けないから今日一日は麓を探してみるけど、それで見つからなかったらもう知ったこっちゃないわ。

 

「妖怪退治?」

「そ。博麗の巫女らしいから、私」

「へえ、あなたが。道理でそんな格好をしている訳ね」

 

 初対面なのに、博麗の巫女がいて妖怪退治をしていることは知っているようである。そのあたり霊夢ちゃんの立ち位置は説明が省けて助かる。

 

「で、そっちは何なの? どうやら妖怪ではなさそうだし。新種の妖精?」

「巫女の癖に、神を見るのは初めてなの? 八百万の一柱、紅葉の神よ」

 

 八百万の神。あらゆるものに神様は宿るって考え方だったっけ? ご飯の時に食材と農家の方々に感謝したりはするけど、お米の中の七人の神様にお祈りを捧げたりはしてないなぁ。

 紫にも巫女の修行の一環として朝お祈りをするようにって言われたのも、やり方がわからなくてまだ一回もやってない。もちろんこれまで神様の声が聞こえたこともなければ、姿を見たこともない。

 

「ふうん。それじゃ今初めて神様と言葉を交わしたってことになるわね。何だか巫女らしくなった気がするわ」

 

 なるほどなるほど。神様だっていうなら今まで会ったことがないからどういう力なのかわからない訳である。神様の力だから神力でいいのかな?

 あごに手を当てて物珍しげにじろじろと神様の女の子のことを眺めていると、それを不躾に思ったのか半目で睨み返された。

 

「巫女なのに神を敬わないのね」

「私、うちの神社ではまだお祈りしたことないもの」

「本当に巫女なの?」

「一月前までは無宗教だったもので」

「あなたのところの神社の祭神、絶対に人選を誤ってるわ」

 

 私みたいなのが巫女になったりして博麗神社の神様に怒られないかって確認は取ったのに「あなた以上の適任はいない」なんて紫が太鼓判を押すんだもの。私は悪くない筈だ。

 それはそれとして、神様ってこんなはっきり見えるものなのね。もしかして私が巫女だから見えてるのかな。どっちにしてもびっくりである。普通に神様が空を飛んでいる幻想郷ってすごい。

 

「ところで、あなた神様なのにこんなところをうろついていていいの?」

「好きでうろついている訳じゃないわ。祀ってくれるところがあるならそこに定住してるわよ」

 

 純粋に何をしているのかと疑問を投げかけたところ、ふてくされた物言いで返された。しかもその言い方では、住むところがないと聞こえるのだけど。神様なのに。

 

「どういうこと?」

「人間にそれほど信仰されていない私たちを祀る神社なんてないってことよ」

 

 唇を尖らせ、そっぽを向く神様。つまり、神社は神様にとっての家みたいなものということなのだろう。人間にあんまり知られてないから家を作ってもらえないらしい。

 うーん、現状あんまり人助けをする余裕もないのだけど、相手は神様な訳だし、私も幻想郷に来てから色んな人に助けられて過ごしてきたのだから、そろそろ私から他の人に親切をしておくべきか。情けは人の為ならずとも言うし、いつか回り回って私のところに戻ってくるかもしれないものね。

 

「それなら、うちの博麗神社に来たらいいじゃない」

「……」

 

 神様が目を見開いて、固まった。あれ? 何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 

「もしかして神社って一人の神様しかいちゃいけない決まりとかあるの?」

「え、ううん。主祭神――主に祀られる一柱は決まっているけれど、一応、配祀神(はいししん)としてなら他の神も祀ることもあるわ。大抵は主祭神に縁のある神を配祀神として、その配祀神の総本宮から勧請して分祠とするのだけど、私たちにはその総本営がないから……」

「よくわからないけれど、一緒に祀ること自体は大丈夫ってことよね? それならいいじゃない。今まで祀っていた神様に悪いから、あなたにはその配祀神ってのになってもらっちゃうけど」

「えっと、いいの?」

「この辺りじゃ人里からも遠いし、その信仰ってのもされにくいでしょ。これから寒くなるのに住むところもないのは大変だもの。とりあえずあなたの神社を作ってもらうまでの仮住まい程度に考えておけばいいんじゃない?」

 

 ここまでしようと思ったのも、突然来訪した私に衣食住を賄ってくれた咲夜を見習ってのことである。ちょっと天然だけど、器量のいい子なのだ。年上として負けていられない。普通の一軒家じゃ神様なんて中々泊めたりできないだろうし、実家が神社ならではのホームステイというところだ。

 

「随分とあっさりと決めてしまえるのね」

「参拝する人だって少ないよりも色んなご利益があった方が嬉しいじゃない。私も一人で暮らしているより同居人でもいた方が気が紛れるし」

「うーん……。その物言いが何だか不安だけれど、これから冬になるしお言葉に甘えてご厄介になることにする。(あき) 静葉(しずは)、さっきも言ったけど紅葉の神よ」

「静葉ね。私は博麗霊夢を名乗っている巫女よ」

「これからよろしく。あなたのことは霊夢と呼ばせてもらうわね」

 

 なんだか話の流れで神様相手なのに呼び捨てにしてしまっているけど、流石にこれから神社で一緒に祀る神様を呼び捨てにするのはよくない気もする。ま、今のところ静葉本人も気にしていないようだし、たぶん私が家主になる訳だし、何か言われたら改めることにしよう。うん、そうしよう。

 それにしてもこれから神様と同居することになるのか。何だか本物の巫女さんになった気分である。意味もなくワクワクしてきた。

 

「…………その、私に妹がいるのだけど、その子も一緒に連れて行って大丈夫かしら?」

「その子も神様なんでしょ? この際一人も二人も変わらないわ。どんときなさい。その代わり、静葉にもその子にも参拝客獲得の為に働いてもらうから覚悟しておきなさいよ」

 

 とんと自分の胸を叩いて、ふんぞり返ってやった。静葉にはそんな私が逆に頼りなく見えたのか、くすりと笑みをこぼしている。会ってからどこか沈んだ顔だったけど、初めて笑顔を見せてくれた。やっぱり神様だろうと女の子は笑ってないと駄目よね。

 

 

 とりあえずはその妹さんと合流するとのことなので、静葉の案内で森の中を飛び始めることにする。その子と合流した後は紫に頼まれた妖怪姉妹を手分けして探して回ることになっている。

 うーん、それにしても静葉ってば結構飛ぶのが速い。何となしに飛んでいるだけのようだけど、ついていく私は全速力に近かったりする。これは本格的に速く飛ぶ訓練をしないと駄目かも。ちなみに不可抗力なのだけど、後ろをついていくように飛んでたので静葉のスカートの中が見えてしまった。ドロワーズじゃなかった。結構神様も大胆なのね。

 

「ねえ、霊夢。ところで、博麗神社の主祭神様って、なんていうお方なの? ご挨拶するにもせめてお名前ぐらいはお聞きしておかないと。居候になる訳だし、失礼のないようにしなきゃ」

 

 何とか速度を上げて前を飛ぶ静葉に並んだところ、何やら静葉が握りこぶしを作って鼻息荒く気合を入れている。神社に帰るのは最悪夕方になるというのに、今から緊張しているようである。

 

「さぁ? どこにも資料が残ってなかったから、名前はおろか何の神様でどんなご利益があるのかもわからないのよね。神社で暮らしているけどまだ見たこともないし。うちの神社って本当に神様いるのかしら」

 

 まるで姑との関係を気にするお嫁さんのようだ。私はまだ結婚したことないからその辺りはまだよくわからないけど、先に結婚していった友達の話では姑との同居は気苦労が絶えないらしい。偶に会うとすごい愚痴を聞かされる。

 その辺りの経験もあり、そういった方面に聡い私が『そういった心配はないから気負いしなくて大丈夫』と暗に言ってあげたというのに、静葉は私のことを呆れた目で見て顔をしかめている。何でよ?

 

「何よその『早まったか』みたいな顔は」

「ご明察ね。そのままその通り『早まったか』という顔よ」

 

 姑がいるんだかわからない家なら嫁入りした方はやりやすいものじゃないの? それとも他の心配だったのだろうか。

 考えてみても一向に答えが出てこない。私は静葉の妹さんに会うまで、空を飛びながらずっと首をひねっていた。

 

 


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