アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

22 / 28
思ったより面倒くさい能力だった私。

 

 パチュリーに「博麗の巫女に必要なければ風除けの術は死ぬまで使えない」なんて言われて、たぶん私はあからさまに不機嫌だった。だって、周りみんなが使えているのに私だけが寒いままとか絶対に不公平だ。

 私はお弁当に持ってきたおにぎり一個をお腹に詰め込んだ後、パチュリーに断固抗議の意を示すべく赤毛の女の子の持ってきてくれた霊術の本を読んで、独学でだって風除けの術を会得できるところを見せてやろうと挑戦を開始したのである。そうして数冊あるそれを熟読し、本から得た知識通りにやったのだけれども、昨夜に練習して駄目だったようにやっぱり手ごたえは感じられなかった。早速に行き詰ってうんうん唸っていると、読書に戻っていたパチュリーから静かにしろとの怒声が飛んでくる。ぶつぶつ独り言を呟く私が煩わしくてまったく集中できなかったらしい。ごめんなさい。

 さっさと私に風除けの術を覚えさせて静かにさせる作戦に切り替えたらしいパチュリーが言うには「必要ないから使えないのであれば、必要になればいい」とのことである。意味がわかんない。ここに来るまでの暴風雨に晒されていた時ほど必要としてた時なんてなかった。必要になれば使えるのなら、もう私は使えるようになっている筈なのだ。

 

 そうしてまたパチュリーからのご指導を賜ることになったのだけど、何故か『風除けの術』ではなくまったく別の『グレイズ』というテクニックの説明が始まっていた。「風除けの術についてじゃないの?」という私の疑問は、パチュリーの一睨みで黙殺される。いいから黙って聞いていろってことのようなので、訳がわからないままだけど静聴することにした。

 さておき件のグレイズとやらなのだけれど、全身を霊力などのエネルギーでまとって敵の弾をいなしたり、被弾した時のダメージを減衰させたりという効果があるもので、当然弾幕ごっこをするなら誰もが使っているとのこと。上手いことギリギリのところで相手の弾を避けると、周囲のエネルギーとが接触を起こして発光するからとても綺麗なのだそうだ。見てないから何とも言えないけど、発光して綺麗ってことはきっと花火みたいなものなのだろう。ただし、光が発生するほどの濃度は身体の周りにしか展開できないからギリギリで避けるしかない。紙一重で避けてお見事、弾幕ごっこに彩りを添えたということで芸術点がつくようである。勝敗にはまったく加味されないらしいけど。

 ともかく話を聞く限り、グレイズは確かに弾幕ごっこに不可欠な技能なのだろう。そして弾幕ごっこに必要ということはつまり、妖怪退治に必要ということである。

 

「それじゃパチュリー。使える気配のない風除けの術は置いておいて、とりあえずそのグレイズってのを教えてよ」

「いやよ。私の考察が正しいなら、あなたに物事を教えてやるほど時間を無駄にすることはないわ。使えるようにはしてあげるから、ほら、飛んでみなさい」

「無駄って、あんたねぇ……。ま、いいわ。とにかく浮かべばいいのね?」

「そこから動いちゃ駄目よ。動いたら死ぬから」

 

 教えることが無駄ってのがよくわからないのだけど、言われるまま宙に浮かんでぴたりと停止する。外だと風があるから止まったままでいるのは大変なのだけれど、無風の室内ならそれほど難しくない。

 空中で停止するのを見届けたパチュリーが人差し指を私に向け、そしてそこから僅かに逸らした。次いで、ぽう、と発光する指先を腕ごと振り上げる。

 

「『フォールスラッシャー』」

 

 パチュリーの足元から光が湧き上がる。その光がおさまると同じくして、パチュリーの背後の地面から剣が数本作り上げられて音も無く浮かび上がっていく。そのままパチュリーの頭上あたりで停止すると、揃って剣先をこちらへと向けた。明らかに標的は私、今にも降り注いでおかしくないそれらは引き絞られた弓矢のように見える。ランタンのぼんやりとした赤い光に照らされ、それが何らかの金属で出来ていることをこれでもかと知らせている。ぎらぎらと光を反射して、すんごくよく切れそうである。

 

「いや、何するつもりなのよ。せめて説明ぐらいしてくれないと……」

「念の為にもうひとつぐらい用意しておこう。そうね、『オータムエッジ』あたりでいいかしらね」

「聞きなさいよ!」

 

 次いでパチュリーが淡く光る手のひらを私へ向けるや、ナイフのような金属片が三つ私のいる方に向かって放射状に放たれる。咄嗟に身構えそうになるけれど、動いたら死ぬらしいので身体を強張らせて無理やり固まった。

 目を見開き、歯を食いしばった私に、三つのナイフが結構な速度で迫ってくる。鋭く空気を切り裂く音が空恐ろしい。そのまま視界に残像を残して、ナイフは私の横数センチの辺りを通り過ぎていった。おおお、当たらなかったとはいえ、腕が粟立ってる。

 

「あ、あっぶないわね……パチュリー、あんたね! 刃物が刺さったら人は死ぬのよ!」

「当たり所によっては妖怪も死ぬけど。あ、こら。動くなって言ったのに」

「あ」

 

 言われて気づく。パチュリーに物言いをつけてやろうとしてちょっと動いてしまった。言うが早いか、パチュリーの頭上の剣が私へ向かって降り注ぐ。もしかしなくても真っ直ぐ私に飛んできている。直撃コースだ。

 ちょっ、元の位置に戻らないと……あれ? さっきまで、どんなポーズで静止していたんだっけ? 思い出せない。っていうか、飛んでくる剣がかなり速い! 避ける暇もなければ、当然、お札を出す時間も……! もしかして、私死んだ?

 

「あらら、これは死んだかな。ご愁傷様でした」

「まだ死んでない!」

 

 おのれパチュリーめ、お悔やみを申し上げるな! あくまで他人事なパチュリーにむかっ腹が立った。絶対生き残ってやる。

 いちかばちかででも、霊力を使っていなすしかない。やり方は知ってるのだ。今しがた聞いたグレイズである。ええと、ええと、霊力は、確か手のひらに血が集まるようなイメージしたら使えた気がするけど、それで上手く手のひらだけグレイズ出来ても他のところに刺さったらどっちにしても致命傷だ。全身を護れなくちゃ意味が無い。

 

「ぐ、グレイズ!」

 

 上手くいくよう、声に祈りを篭めて宣言してみる。同時に音叉が共鳴するような甲高い音が鳴り響き、私の身体が白く発光する。体中から圧縮した霊力が溢れ出そうとするのを一旦押し留め、そのまま全身の血液を爆発させるようなイメージを想起して一気に起爆する。

 空気を入れすぎた風船が内部からの圧に負けて破裂するように、私の身体から霊力が弾けとんだ。私を中心にして霊気でできた衝撃波が全方位へと広がっていく。私に向かってきていた金属の剣がその奔流に押し負け勢いをなくすと、ぼろぼろと崩れて空気に溶けていく。しばらく呆然としてそれを見届ける私。

 

「…………やった? やったわね! よおし、グレイズ成功! 流石私、ぶっつけ本番にも強い女だわ!」

 

 どうだ! と言わんばかりの笑顔と一緒にふんぞり返ってパチュリーを見てやると、彼女は呆れた様子で私を見ていた。教えられたとおりの完璧なグレイズを披露して見せたというのに何が不満だと言うのか。

 

「うーん。成功と言えなくも無いけど、今しがたあなたが使ったのはグレイズじゃないわよ」

「ええ? 今のがグレイズじゃないの? 光って綺麗だったじゃない」

「さっきのは霊撃」

 

 言いながらもパチュリーが無造作に人差し指を私の横に向けると、そこからまたも光が発される。さっきまでと違うのは、その光に指向性があることだ。細いながらもレーザーである。

 私の左わき腹のすぐ横を貫いたレーザーはジリジリジリと耳障りな音を立てている。……わ、もしかして咲夜に借りているメイド服が焦げてるんじゃ、と慌ててわき腹の辺りを見るも、メイド服とレーザーが接触している様子はない。

 それよりも、私の身体の周りに何か膜のようなものが張っている。それとレーザーとが接触して、火花のようなものが散っている。今も鳴っている何かが削れているような音は、ここから発されているようだ。

 

「で、その音と光がグレイズよ」

「何だか、思っていたより綺麗なものじゃないのね。花火じゃなくて火花だったか」

 

 想像と違っていて、地味でがっかりである。買ってきたでかい打ち上げ花火に火をつけてみたところ、爆竹のようでしょんぼりした時の気分に近いかもしれない。ため息を吐いた私はすいっとレーザーから離れると地面に降り立った。

 遅れて数秒前まで自分が生死の境に立たされていたことを思い出し、大股ですまし顔のパチュリーへと歩み寄る。

 

「そんなことよりもよ! 何だっていきなり剣とか飛ばしてきたりしたのよ! 危うく刺さって死ぬところだったじゃない!」

「危ない目に遭わせれば使えるようになると踏んだのよ。実際に使えるようになった訳だし。それだって当たらないよう調節して設置したのに、あなたが勝手に当たる位置に動いたのでしょう」

「……ぐ。そう言われると」

 

 パチュリーなりに私の為にやってくれたことで、一応は安全についても考慮してくれていたようである。そうなると、言うことを聞かなかった私が全面的に悪いのだろうか。……んん? でもなんだか腑に落ちない。

 私が首を捻って考え込んでいると、パチュリーはふわっと浮いてゆったりした速度で飛び始める。最初に座っていた長机の横にふわりと降り立つと、机の上の本を手にとって着席した。

 

「さて、おめでとう。これであなたは当初の目的だった霊力による風除けの術が使えるようになったわね。じゃあ、私は読書に戻らせて貰うから静かにしてちょうだい」

「はあ? パチュリー、何言ってるのよ? これ、グレイズって言うんでしょ?」

 

 一回使ってみると簡単なもので、ちょっと意識すればグレイズは使えるようである。意図的に使おうとするなら、全身の毛穴を開くようなイメージだろうか(本当に毛穴が開いていたら嫌だけど)。逆に閉じるようなイメージをすれば霊気の膜も消えるようだ。

 グレイズを出したり消したりしながら本を開こうとするパチュリーに質問を投げかけると、彼女にすごい迷惑そうな目で見られた。どうやらパチュリーの中では、この話はもうとっくに終わっているらしい。

 

「勘が鋭い割に察しの方は悪いわね。グレイズは身体の周りの霊気を指した言葉じゃないの。『かすめて通る』って意味どおり、風除けや衝撃吸収目的に作った簡易防壁が相手の弾幕で削られる際に発生する、音と光を指しているの。つまり、今あなたの全身を覆っている霊気の膜は被弾時の衝撃吸収に加え、風除けの効果があるってこと」

「へえ、そうなの。これがねぇ……」

 

 私の身体の周りのこれが風除けの術になるらしいのだけど、言われてみれば確かに空気の流れが遮断されている気がする。多少なり物理的に干渉しているのだろうけど、私の周りの霊気の膜に触れようとしても、手の周りの霊気と同化してしまうので触ることが出来ない。どうも考えたところで無駄っぽいので、考察は断念することにした。下手の考え休むに似たりである。

 それにしても、そういう意図があったのなら事前に説明してくれてもよかったと思う。私はグレイズってテクニックを覚えさせるって言われたのだから、当然それで覚えたものはグレイズだと思うじゃない。パチュリーってば説明好きの癖に最後まで面倒見てくれないのだから。実は説明好きってより自分の知識を披露するのが好きなだけなのかもしれない。

 

 最後にパチュリーはアドバイスをひとつして読書へと戻ってしまった。やることはやってやったんだから、後は自分で考えろってことらしい。

 彼女が言うには、私の能力が『あるがままでいる程度の能力』であるとするなら、私の認識が要点となっているとのことだ。博麗の巫女の役職を引き受けたことで様々な霊術を使えたように、役職に必要だという認識があれば行使できる可能性が生まれるということである。

 今回のことを例にして挙げてみると、防寒を目的にする風除けの術は駄目で、博麗の巫女の仕事の一環である弾幕ごっこに必要となれば同様の効果がある術でも使えると。つまり今の私の立ち位置に『関連付ける』必要があるようである。面倒な。

 ともかく、パチュリーの言うとおりにして上手くいったということは、私の能力はこの『あるがままでいる程度の能力』なんて使いにくいので確定みたいである。むう。こんな訳のわからない能力より、どうせなら『家の中にほこりを吹き飛ばす程度の能力』とか、『火打金を使わなくても火付けが一発で出来る程度の能力』とか生活に役立つ能力がよかった。うーん、何とか博麗の巫女の仕事に関連付けられないだろうか。

 

 

 

 

 パチュリーの助言を参考に、弾幕ごっこに関する霊術なら使えるかもしれないと考えて色々読み漁っているとお腹が鳴りだした。体感時間でだいたい三時間ほど前に小さなおにぎりを一個食べたばかりなのだけど、きっと考え事をして脳みそを使ったからだろう。だってこんなにも甘いものが欲しい。

 もうちょっとしたらお夕飯時だと思うのだけど、窓がないと外が見れないから今が何時なのかわからない。訊こうにもパチュリーは黙々と読書していて、私と違って空腹かどうかなんて意識すらしていないようなので声を掛けづらい。赤毛の女の子は私に怯えて、視界に入らないよう本棚の影に隠れて回ってるし。あんまり遅くなると帰るの大変だから、そろそろ雨が止んでるかどうかも確認しておきたいのだけど。

 

「霊夢、そわそわしてどうしたの? お手洗いならその横の扉がそうよ」

「違うってば。そろそろ夕方だろうし、雨は止んでないかなって思って」

 

 パチュリーに声をかけるべきか否か。一階に勝手に戻っていいのかどうなのか。迷って階段辺りをうろちょろしていると、咲夜が紅茶の入っているだろうポットを手に下りてきた。ナイスタイミング。

 ちなみにお手洗いは事前に済ませてある。紅魔館は水洗だった。羨ましい。

 

「雨? 弱くはなってきているけどあの中を帰るのはおすすめできないぐらいかしら」

「おすすめできないって言うけど、このままお邪魔してるわけにもいかないでしょ」

 

 確かに、雨の中を飛んで帰るのはかなり抵抗がある。いくら風除けの術が使えるようになったとはいっても完全には防げないようだし、当然雨は言わずもがな。気温はお昼より下がっているので冷えることには変わりない。更にはポンチョが完全に乾いていても、神社に辿りつく頃には水が滲みてくるだろうし。

 それでもどっちにしろ濡れるなら、弱まるかどうかわからないのを待つよりも日が完全に沈む前に帰った方が賢いと思う。真っ暗な寒空を一人で飛んで帰るとか精神的に打ちのめされそう。もう、こんなことになるのなら速く空を飛べる練習をしておけばよかった。そうしたら少しはマシだったかもしれないのに。

 

「それなら泊まっていったら? 頼まれたっていう妖怪退治も済んでいないみたいだし、明日また朝からこの辺りまで来るのは面倒でしょう?」

「えっ、いいの?」

 

 私が陰鬱にそんなことを思っていると、咲夜が首を傾げてそんなことを言い出した。それが出来たならな、なんて考えていたので思わず眉を開いて食いついてしまった。

 

「構わないわ。お嬢様も雨では外出も出来ずに退屈を持て余すでしょうし、あなたが暇つぶしの相手になってくれるのなら、おゆはんは腕を振るわせてもらうわよ?」

「でも……」

 

 本当に願ってもないことなのだけど、濡れ鼠で尋ねては着替えを借りて、お茶を出してもらってお菓子を食べて、図書館を使わせてもらった上、更に晩御飯までご馳走になって泊めていただくのは悪い気もする。

 私がまごまごしていると何でか咲夜が眉根を寄せてため息を吐いた。

 

「何だか霊夢に遠慮されると調子が狂うわね。それじゃ言い方を変えるわ。泊まっていきなさい。女の子が身体を冷やすものじゃないわ」

「む……」

「ほら、わかった?」

「わ、わかったわよ。もう、それにしたって何だって咲夜はお姉さんぶってるのよ」

 

 私が唇を尖らせて悪態をつくと、何故か咲夜はにっこりと笑みを浮かべた。好意で言ってくれるのはわかるのだけど、その近所の子の面倒を見てる感じはやめてほしい。その上で不満をぶつけてそんな嬉しそうにされると、本当に子ども扱いされてる気になってくる。

 うーん、十歳ほども年下の咲夜に気を使わせてしまった。帰りたくないって気持ちが表情に出ていたのだろうか。よくないよくない。

 

 

 

 もうそろそろお夕飯の準備が整うということで、一階の食堂へと案内されることになった。

 読書を続けているパチュリーにも声を掛けたのだけれど、咲夜の持ってきたクッキーと紅茶で充分という答えが返ってきた。そんなのだからガリガリなのだ。もうちょっと太らないとおっぱい大きくならないぞ。

 というわけで、連れて行くことにした。絶対にご飯はみんなで食べたほうが美味しいもの。

 

「いや、だからね。私は魔法使いだから、食事しなくても大丈夫なの。そういう風に出来ているの」

「しなくても、ってことは食事しても大丈夫なんでしょ? 人生の楽しみなんて二度寝すること、呑むこと食べること、お風呂入ることぐらいなんだし、その食事を摂る回数だって一生のうち限られているんだから、一食も無駄にするなんてもったいないわよ」

「それはそれでどうなのよ……それに寿命だって、人間に比べたら不老不死のようなものだし」

 

 先頭に立って一階廊下を案内するのはメイド服の咲夜。その後ろには咲夜と同じメイド服の私と、パチュリーの姿があった。

 こんこんと咳をしながら、私に手を牽かれて引き摺られているパチュリー。そんな咳込みながら不老不死なんて言われてもねぇ。

 

「って、不老不死? ってことは、パチュリーってばもしかして私より年上なの? 何歳?」

「そうね、百以上とだけ言っておきましょうか。わかったら手を離しなさい」

「パチュリーったらそんなおばあちゃんだったの!? …………間違ったわ。パチュリーさんはそんなおばあちゃんでしたか!」

「……この際、食事には付き合ってあげる。だから、そのおばあちゃん呼びと、敬語は止めて。今までどおりでいいから。虫唾が走ったわ」

 

 百歳以上なのだから敬え的な感じが出ていたので敬語にしたところ、パチュリーに睨まれた。何が悪かったのだろうか。おばあちゃんって言われたくない乙女心だろうか。私が百年以上生きていようものなら女止めてそうなものだけど。

 

「ふふ。パチュリー様、この霊夢とは随分と仲良くなられたのですね」

「やめてちょうだい」

 

 パチュリーが肺の奥から搾り出したような本当に嫌そうな声を上げた。おおう、ちょっと仲良くなれたかなとか思っていただけにショック。つい牽いているパチュリーの左手をちょっと強く握り直してしまう。

 咲夜はというと照れ隠しだとでも思っているのか、にこにことした笑顔のままパチュリーに頭を下げている。いやいやいや、今の絶対本気の声だったって。

 

「失礼致しました。お嬢様からのお誘いがないとお食事をお摂りになられないパチュリー様が、半ば強制にとはいえ霊夢と食卓を囲まれるとは思いませんで」

「別に、霊夢に誘われたからじゃないわ。今日の献立にニンジンとカボチャのシチューがあると聞いたからよ。β-カロテンを摂取してビタミンAを補充しなきゃ」

「ん? 魔法使いだから食事の必要ないんじゃなかったの?」

「生きていられることと健康でいられることは別物ってことね。貧血になれば目も悪くなるのよ。死にはしないけど」

 

 なるほど。不老不死もそれはそれで大変なようだ。食べなくても大丈夫なら他に熱中することがあれば食事を忘れちゃうこともあるだろうし、もしかしたらそもそもお腹が減らないのかもしれない。食欲がないのにご飯を食べるのも、それはそれで大変なものだ。

 絶食は身体に悪そうだけど、食事を摂るのも突き詰めると死なないことが目的な訳で。最終的に死なないのであれば、身体を壊しても後から取り返しがつきそうな気もする。でもまぁどっちにしろ健康であるならそれに越したことは無い。何より食事を美味しく摂ることは、毎日を幸せに生きるということだもの。夕食とお茶を楽しみに毎日を生きている私が言うんだからきっと間違いない。

 

「尚更ちゃんと食事を摂るようにしなさいよ。死なないっていっても弱りはするってことでしょ? それに、目が悪くなるなら読書にも支障あるんじゃないの?」

「……余計なお節介よ」

 

 反論が見つからなかったのか、パチュリーがふてくされるように吐き捨てた。悔しそうである。素直じゃないなぁ、なんて思ってにやにやしていると、視線で人を殺せたらとばかりに睨みつけられる。……あれ、パチュリーの瞳が綺麗な金色になってる。さっきまで紫色だったのに。

 

「ちっ。やっぱり、邪視も効かないみたいね。随分と応用性のある能力だこと」

「何よ? じゃし?」

「何てことのない、ただの精神衰弱の呪いよ」

 

 パチュリーはふん、と鼻を鳴らして目を伏せた。その瞳の色は、普段の薄紫色に戻っている。……って、今の呪いだったの? 呪いって言ったら丑の刻参りみたいな奴よね? 別になんともないんだけど。

 あ、ふと思ったんだけど、見た目若いパチュリーが魔法使いで百歳以上だとしたら、魔理沙も魔法使いだし、あんなやんちゃな性格しながら結構お年を召していらっしゃるのかもしれない。アグレッシブおばあちゃんだ。今度から敬語使った方がいいのかな。

 

「仲良しですねぇ」

「違うって言ってるでしょう……」

 

 すっかり調子を崩されて疲れた様子のパチュリーだけど、しかし微笑ましそうに言う咲夜に反論だけは忘れない。そうしてぼんやりと物思いに耽っている私に手を牽かれながら食堂に引き摺られていったのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。