アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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初めて妖怪に会った私。

 

 私という人間は人付き合いをあんまり好まない人間である。

 コミュ障というわけではない。仕事では当たり障り無く同僚と話せるし、上司との関係もまぁまぁ良好。以前に接客業に就いていたこともあって人見知りするわけでもない。

 ただ、なんというか私生活となった途端にそれらが非常に面倒くさくなるのである。

 

 SNSやらやっていても、必要最低限の付き合いはするものの頻繁に日記を書いたりコメントを残したりすることはしない。

 恋人も告白された相手と付き合ったことはあれど、メールの返信やら予定をあわせての休日のデートやら、自分のペースが崩れるのが嫌になって十日も持たずに別れてしまった。

 気の合う同性の友人だけで、たまたま休日が合った時に飲みや買い物、遊びに行くぐらいが私には丁度いい。あとミニー(ミニチュアシュナウザー♀三歳)がいればいい。

 どうでもいいけど、妙齢の独身女性がペットを飼っているだけで可哀想な目で見られる世の風潮は業腹である。許せん。あ、そういえば母さん、ミニーの世話してくれてるかな?

 

 とにかく、休日には家で自家菜園やったり掃除したり料理を凝ってみたり、ミニーの散歩いったりでマイペースに一人のんびりするのが好きなのだ。

 お陰で、自分のことはある程度自分でこなせるスキルが身についてしまった。図らずも家事の一通りはこなせるような生活を送っていたのだ。

 

 

 しかし、流石に難易度が上がりすぎである。

 電気ジャーを使わずにお米を炊くぐらいなら出来るけど、かまどに火を入れるのってどうすればいいのよ? そもそも火ってどうすれば起きるの? ライターどこ? 火加減の調節ツマミは?

 お湯が出ないから洗い物も常時冷たい水。水がめに溜めた水がなくなったらその都度裏口に汲みにいかなきゃならないし、お風呂に水溜めるのも沸かすのも大変だし。

 万が一参拝客が来たときの為に境内の掃除もしとかないと、次の参拝がなくなるかもしれないので手を抜けないわけである。ギブミー賽銭。賽銭は神社のもので私のものじゃないんだろうけど、巫女だから同じようなものよね。

 

 

 そうして始まった神社での生活であるが、非常に困難を極めた。

 ――朝は日が昇り始める頃に起床。まずは水がめに水を汲むことに始まり、雨戸を開けて空気の入れ替えをする。

 昨夜に炊いたお米の残りに一度沸騰させた水と僅かの塩を加えて、台所に漬けてあったお漬物と一緒に流し込む。食器は水に浸けて、天気と洗濯物の量を確認。乾きそうなら手洗いして干す。たったそれだけでもう昼を回ってしまう。

 お昼を過ぎてからは神社の掃除を始める。境内の掃き掃除、本殿(祭壇がある建物をそう呼ぶらしい)の拭き掃除、居住区の掃除とを敷地内を把握しながら行う。本当は正式な掃除の方法があるのかもしれないけど、文句をつける人もいないので我流である。

 早く終わって時間があれば書物の解読をするつもりだけど、掃除用具を探したりしてると思いの他時間が掛かってしまう。大抵は終わったらもう夕食の準備しなきゃいけない時間である。

 火打石と火打ち金とを使って優に三十分はかけて火を起こして(発火道具一式を一箇所に纏めておいてくれた『博麗霊夢』に感謝である)、お米を炊いて、お味噌汁、それと野菜を使っての小鉢料理を一品。かなり質素だけれど、神社の食料事情ではこれでも精一杯なのだ。

 必要以上によく噛みながらの食事が済んだら、かまどに残った火種をお風呂へ移し、雨戸を閉めて回る。洗い物をしながらお湯を沸かし、終わったらお茶を淹れて一服。

 その後はお風呂に入ってさっさと床に入る。灯りの油も湧いて出てくるわけでもないので、早く寝るに限る。早寝するとなると、自然と起床時間も早くなる。

 

 これが私の一日だけれど、食事は米ばかりで野菜と肉が不足している。早急な食材調達が望まれる。

 こんな食生活じゃ遠からず肌が荒れるようになるだろう。不摂生の末の十数年後の悲惨さを知っているのだ。

 

 

 

 

 

 初日には時間が足らずに夕食も作れず、お風呂にも入れなかった私だったが、人間慣れるものでいくつかコツのようなものを掴むことができた。

 そんなこんなして四苦八苦しながら五日ほど過ごしているうちに、次に何をすれば無駄なく動けるのかわかってきたのだ。

 

 毎日お風呂に入るのは流石に非効率なので、二日か三日にいっぺんにしよう。次の日には洗濯するようにして、その残り湯を使えば水を汲む手間が減る。上下水道完備は偉大なる現代文明の利器。

 早朝で寒くても、水がめに水がなくなる度に行くよりは朝に済ませた方が気分的に楽チン。川の水の煮沸の必要性を腹痛と共に知った。お酒がいっぱいあるから飲みたいけど肴になる食材もそんな時間的余裕もなくて断念する。

 火は、起こすのも消すのも時間が掛かって大変なので、出来る限りまとめて済ませる。よって朝食は火を使わずにさっと済ませるべき。電子レンジほしい。電気ほしい。

 

「……どうしてもこのトイレばっかりは慣れないけど」

 

 なにせ汲み取り式なのである。果たして汲み取り業者(農家?)は山の中ほどにあるこの神社まで来てくれるのだろうか。

 来てくれないんだろうなぁ……。

 

 

 

 試行錯誤しながらも生活が安定してきて、ようやくゆっくりできる時間を作れるようになった。

 今では午前中には掃除も半分終わるようになっていて、昼下がりには湯を沸かし、お茶を淹れて啜る余裕まである。

 テレビもなければ携帯電話もない。パソコンも漫画本も雑誌も音楽プレーヤーもないのだ。時間を潰す娯楽がないと、やるべきことに集中せざるをえない。

 

 さて。『博麗霊夢』ちゃんは結構ものぐさな少女だったようである。

 巫女として何かしなければならないのかといろいろ探してみたけれど、それっぽいので出てきたのは年間の神事日程といくつかの儀式の手順、『神降ろし』の方法、スペルカード決闘法なる巻物ぐらいである。

 特に、『天香香背男命』とかいう神様の力を封じる儀式についてだけは由来やら手順やら一から十まで全て書き記されている。逆をいえば、それ以外はそんな懇切丁寧に書いてあるわけでなかった。

 

 そんでもってそれらを読み終えてしまった私としては困ってしまう。

 なにせ結局巫女さんが何すればいいのかさっぱりわからない。初詣で見かけたぐらいのもので、そもそも神社なんてそんな足を運んだわけでもない。おみくじやお守りを売る人なイメージである。巫女さんごめんなさい。

 ということで、悪いけれどこの神社の神様には我慢してもらうことが決定した。書物に残っている儀式っぽいものはとりあえずその通りにやってみようと思うけれど、しっかりとあがめ奉るのは本職の『博麗霊夢』ちゃんが戻ってきた時に任せよう。

 

 

 妖怪退治に必須なようである霊力については、依然としてどんなものなのかさっぱりわからない。

 出てきた使えそうなものは、お札と針とはたきのような棒。後は私が触るとふわふわ宙に浮かぶ不思議な黒白二色のボールである。

 「破ッ!」とか「滅ッ!」とかそれっぽく言ってお札を投げれば何とかなるのだろうか。針もボールも投げて当てるのだろう。そんな気がする。駄目だったらこの二つの拳でなんとかするしかあるまい。

 ただ、練習台の妖怪がいないから実際に効くのかわからない。試しにいって効かなかったらたぶん死ぬのだ。何とかなってくれる気もするけど……一応、包丁も研いでおこうか。

 

 

 

 

 

 十日が過ぎた。参拝客は一人も来ていない。もちろん賽銭箱の中身も増えるはずもない。

 米はまだ残っているけれど、野菜が尽きかけている。天日干しにしてあった大根も残りはあと半分だけだ。

 今の私の生命線は米と調味料である。栄養が不足している。食物繊維は大事。

 

「そういえば、教科書で見たっけ……食べ物がなくて木の根っこ齧ってたって話」

 

 茹でて灰汁抜きして、やわらかくすればあるいは…………いや、これは最終手段としよう。

 縁側で寝そべりながらごろりと寝返りをうったところで、ゆっくりと上体を起こして振り向いた。

 

「……霊夢。じわりじわりと大結界への霊力を弱めているみたいだけれど、私のお説教が恋しくなったのかしら? 考えにくいことだけれど、まさか、あなたが体調でも崩したの? それとも、私に何か用事でもあるのかしら?」

 

 勘が働いた、とでもいうのだろうか。声をかけられる前に何かの気配を感じて振り向いて見れば、当然のようにそこには女性が立っていた。

 美人な金髪の外人さんである。なんか中国の導師服のような前掛けみたいのを着ていて、全体的に紫。日傘を差していて、妙な帽子をリボンでくくって被っている。なんかふわふわしていて印象が掴み難い。

 見覚えはない。しかし重要人物っぽい。東方とかいうので見たことあるのは、『博麗霊夢』を除けば箒を持った魔女みたいな金髪の子、ウサ耳ブレザーの女の子、銀髪メイドさんぐらいである。

 

「どちらさま?」

「まったく。いつもそうやってつれないのだから。……いえ、ちょっと待ちなさい。これはどういうこと?」

 

 名前を呼んだことから知り合いだと思っていたが、そこそこ親しい間柄のようだ。

 そんな『博麗霊夢』の知り合いらしい女性は眉をしかめて、薄目でじいっと見つめてくる。私はどうしていいものか、ため息をついた。

 しかし何だか落ち着かない。この人が近くにいると違和感がある。ざわざわするというか、なんか普通の人とは違う雰囲気があるというか。

 

「どういうことって言われても。私もよくわかってないのよ」

「意識が浮いている……あの子も随分と浮世からも浮いた子だったけれど、あなたはもう頭一個分浮かんでいる。あなたは誰? 霊夢じゃないのかしら」

「抽象的ね。誰と言われても、石段を転げ落ちて頭をぶつけてからはどうやらこの私よ」

「まさか。記憶が隠されてしまったのかしら。けれど霊力はあるみたいだし」

「ちょっと。会話をしなさいよ」

「あら、失礼いたしましたわ」

「ま、いいけど」

 

 まぁまぁ、何というか話してみても不思議な女性である。見た目は、十代後半に見えるけれど、見た目どおりではないというか。私(二十台後半)よりも遥かに老成している様に見えるというか。

 いや失礼か。しかし、明らかに私よりも十は若く見える相手に敬語を使うのもどうかと思うので、とりあえず普段どおりの口調で話してはいるけど。

 

「たまに覗いてはいたけれど、霊力の質も変わらなければ、いつもお茶を飲んでいるのも普段どおりだったものだから、異常に気づくのが遅れてしまったのは失点ね。とりあえず今が冬でなくてよかったわ。危うく春まで気づかないでいたところよ」

「さらりと言ってもピーピング暴露は許されないと思うわよ」

 

 うふふ、と妖しげな笑声で返す女性。どうもうさんくさい。

 念願の私以外の人に会ったけれど、十日間も一人で放って置かれては、考える時間もあって冷静にもなっている。初日に意味がわからなさ過ぎて枕を涙で濡らしたのも久しい。

 倒れてた日に会ってたら一も二もなく縋りついていただろうけど、他人の身体になっているなんて異常事態を戻す方法が常識的に考えるとあるとは思えない。魔法とかオカルトなものならあるいはってとこだろうか。

 ちなみに妖怪がいる上に巫女さんが霊力で退治しているというので、その辺の認識も「あるんじゃないかなー」という感じに変わっている。希望的観測も多分に含まれているのだけど。

 

 この人に今の私のことを話して、果たして問題は解決してくれるのだろうか。なんかうさんくさいし。

 中身は別人です、どうにかして元に戻せませんかなんていって戻せるものなのか。もし元に戻せるとして、『博麗霊夢』ちゃんが元に戻った時は私が消えるだけなんじゃないだろうか、それ。

 いや、そういえばそもそも何者なのこの人。いきなし背後に気配が現れたけれど。

 

「で、結局、誰なのよあなた」

「申し遅れました。そして、今のあなたには初めましてになるのね。私は八雲(やくも) (ゆかり)。この幻想郷を最も愛する妖怪ですわ。博麗の巫女」

「へえ、妖怪なの。見た目は人間と変わらないのね。てぇいっ!」

「力を持った妖怪は人の姿をとっているもの。私の知っている霊夢は本当にどこかへ隠れてしまったのね」

 

 妖怪だと自称したのでとりあえず紫に拳を振るってみたが、手でぺしんと払われてしまった。あっけない。

 やっぱり駄目だったか。拳ひとつで妖怪退治に向かわなくて正解だったと見える。あ、奥の手の包丁はまだ台所だ。しまった。

 

「いや、お腹いっぱい栄養満点だったならこの拳も紫に届くはず」

「霊力も乗せずに届くわけがないでしょう。やっぱりちょっとだけおかしくなっているわ」

「私が言うのもなんだけど、殴りかかっておいて『ちょっとだけおかしい』で済むって、『博麗霊夢』はどれだけぶっ飛んでたのよ」

「まだまだ誤差程度の範疇ですわ」

 

 紫には登場からずっと敵意がない。だからいきなり殴りかかるという蛮行にも出た私だが、そんな私に対してもまるで母親が幼子をあやすようにしている。

 ぐぬぬと紫をにらみつけていると、当の紫はそんな私を面白おかしそうに笑顔を浮かべている。おのれ。

 

「霊夢の記憶が隠れてしまったことはさておくわ。幻想郷に博麗の巫女がいるのでさえあれば、さほど重要なことでもないのだし。幻想郷は全てを受け入れる。博麗の巫女が、これまでどおり博麗大結界の維持をしてくだされば文句はありませんもの」

「大結界の維持? さっき言ってた霊力がどうこうってやつ? 悪いけど、霊力って言われても私にはわからないわよ」

「あら? でも、弱まってきているとはいえあなたから大結界へ霊力が流れているのは変わらないわ」

「そう言われても。それじゃ紫が私に霊力とやらの使い方を教えなさいよ」

 

 霊力とやらが大結界とやらに流れているらしいが、私は特に何の意識もしていない。大結界への霊力が弱まっているらしいが、それも同様である。

 素直に思ったことを紫へと言ってやったら、耐え切れない、といった風にその紫が声を出して笑い出した。

 

「妖怪の私に、博麗の巫女が霊力について教えを乞いたいと? ふっ、ふふっ! なんとまぁ、面白いことを言い出したものね」

 

 確かに、妖怪といえば霊力というよりは妖力やら魔力やらを使いそうなイメージではある。そんでもって妖怪退治に使う霊力なんてものをその退治される妖怪の紫が使えるとは思えない。

 けれど、今の私は正しく藁にも縋る思いなのだ。

 

「だって! しょうがないじゃない。何もわからないんだから。それに霊力が使えないと、その幻想郷に必要不可欠な博麗の巫女が餓死しかねない緊急事態よ。今の私に必要なのはその大結界よりも今日の糧。食物繊維にたんぱく質、ビタミン各種なのよ」

「まぁ、まぁ。それはそれは大変ね。けれど、そうね。教えてあげたいのは山々なのだけれど、既に使って見せている者に使えない者が教えるのは無理がある。私に出来る事は、ちょっとした助言をすることかしら」

 

 おお、と目を輝かせて身を乗り出した私に構わず、紫は私を見据えて考え込み始めた。

 

「そうねぇ……あなたに足りないものは、自覚かしら。博麗の巫女が誰であるかの」

「おい、それのどこが霊力を使えるようになる為の助言だってのよ。待ちなさい。こら、紫! 勝手に消えるな!」

「ああ。もちろん、ビタミン各種も足りていないわ」

 

 それだけ言い残して、紫は背後に出来たへんてこ空間へと消えていった。すぐに飲み込まれて紫の姿が消えていく。

 ……何それこわい! 

 

「ビタミン足りてないのは自覚してるっていうのに」

 

 消えた空間に向かって、呆然と呟く。

 お助けキャラ登場なのかと思いきや、結局よくわからなかった。紫が何のために私の前に出てきたのかさっぱりである。

 

 それにしても、巫女としての自覚があれば霊力が使えるようになるのだろうか。

 どちらにせよリミットは近い。食糧事情的な意味で。

 

 

 


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