アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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シックスセンスに目覚めた私。

 

 なんだか知らないけど休憩しに空から降りてきたところを、こめかみに青筋をぴくぴくさせている紫に捕まってさんざん叱られた。

 私が宙に浮かんでいる間に魔理沙が事のあらましを説明してくれていたようなのだけど、それでどうして紫がぶち切れてるのだろう? 正直なところ心当たりがまったくなくて、何でもって私が紫に怒られなきゃならんのかわからなかった。普通に紫マジギレしてるっぽいんだけど、いやほんと、何これ?

 そうして十数分のお説教を聞くに、紫が激怒するに至った理由が何となくわかってきた。途中で二回ぐらい話がループしたので細かいとこまでは覚えてないけど、私なりに意訳してみるとこうだ。

 

『こっちは大変だ大変だって慌てて色々と修行方法を考えて来てみれば、もう空を飛んで遊んでいるとかありえないでしょう。おまけに正座で浮かんでいるとか、どう考えても博麗の巫女としての責任と自覚が足りてないわよね? 元の霊夢だって不真面目だったけれど、まだ見掛けだけでも博麗の巫女をやってたっていうのに。

 そもそも、修行をサボりたいが為に飛べるようになるとは何事なの? 巫女として自覚を持てと助言してやってから今までの約二十日間はいったい何をしていたのよ。出来るなら最初からやりなさい! やる気の感じられない元の霊夢にしたって十日も経てば流石に動き出すっての。

 もうそのへんどうでもいいから、さっさと私の可愛い霊夢を返しなさいよ、ばか、ばか! おたんちん! このアーパー(※死語)巫女!』

 

 ……合っているかはわからないけど、まぁおおむねのところはこんな感じではないだろうか。怒り心頭といった様子で、何かと『博麗霊夢』ちゃんを引き合いに出すものだから、ドラマとかでよく見るような、ねちねち姑にいびられている嫁のような気分だった。

 それにしてもなんだか私、紫のことを怒らせてばっかりだわ。そりゃあ紫と魔理沙が真剣に話をしている時に一人でお茶を飲んでたのは失礼だったとは思うけど横から口を挟めるような空気じゃなかったし、今回の事だって二人とも誤解してのことだし。私の信用がなさすぎてすっごい凹む。

 

「いいじゃない、巫女になる為の修行をする手間が省けたんだから。だっていうのに、紫は何を怒ってるのよ。それに言ったでしょ。あれは遊んでたんじゃなくて宙に浮く練習をしていたんだって」

 

 お説教を中断させるべく、紫がわずかに落ち着いた隙を見計らって何度目かの口を挟む。一通り怒ってクールダウンしたのか、今度は多少聞いてくれそうだ。

 真面目に取り組んでいたのだから褒められることはあれ、怒られる謂れはない筈なのに。きっと説明するときにでも魔理沙が余計なことを伝えたに違いない。あんにゃろめは、私がお説教を受けている間ずっと横でニヤニヤしてやがったし。

 

 どうやら紫と魔理沙は宙に浮かんで遊んでいるものと勘違いしていたようなのだけど、私は至って真剣に練習をしていた。空を飛ぶことも霊力が使えるようになることも出来なければ妖怪退治が出来ない、つまりはカツカツである神社の食糧事情を改善させる為に必要不可欠な技能である。不真面目でいられるはずがない。

 そして物事を覚えるには順序がある。初めて学ぶことであるならなおさらで、基礎からしっかりと固めておかないとその上に積み重ねたものは脆いものになってしまう。では空を飛ぶということにおいて土台である基礎にあたる部分は何かと考えれば、『宙に浮かぶ』ことではないだろうか。

 ただ、宙に浮かぶのも空を飛ぶのもそれ自体はどうというものでもなかった。どういう原理かは未だによくわかっていないけど、浮いてるからといって体力的に疲れるというわけではないようである。

 では、何で練習していたのかといえば、宙に浮かんでいるとどうにも自分の位置の把握が難しいのだ。前後左右なら歩いているのとそう変わらないのに、そこに上下が加わるとわけがわからない。さらに自分の体を固定していないので一箇所に同じ体勢で留まることが難しく、位置も風で流されたりしてしまう。必要なのは体力や霊力とかいうのではなくて、集中力と空間の把握であるらしい。

 

「それはそれは、殊勝な心がけで素晴らしいですわねぇ。あとは真面目に練習してくれればいいのですけれど」

「信じていないわね……。紫、いい? 私はこれまで宙に浮いたこともない初心者なのよ。もう飛べないこともないけど、段階を踏んで浮くところから練習するのは当然のことでしょ? その浮くってのにしたってあんたも魔理沙も飛べちゃってるからわからないだけで、立って浮くよりも座って浮いてるほうが難しいんだから」

 

 そんな理由があって、私は魔理沙と一緒に朝食を済ませると掃除をささっと終わらせて、紫が来る一時間前から宙に浮かぶ練習を始めていた。

 色々と試した結果、浮いていて体勢の保持が一番難しいのは逆立ち。次に仰向けやうつ伏せなどの寝そべる体勢全般。次に座った体勢で、一番楽なのが立ったまま浮かんだ状態だった。

 それを踏まえて空を飛ぶより先にまずは空中に浮かんでいることに慣れるべく、出来る限り横風に煽られないように宙に浮かんでいたのだ。紫が来たのは正に、立った状態での練習を終えて次の段階に進んだ時だった。

 

「それにしたって普通の人間は座って空を飛ぼうなんて考えないわよ」

「お生憎様ね。普通の人間は空を飛ばないわ。空を飛べる人間はみんな普通じゃないのよ。ほら、そこにいる空を飛べる変人を見てみなさい」

「お、なんだなんだ、私の噂か? 照れるぜ」

「……なるほどね」

 

 紫は寄ってきた魔理沙と私を並べて見て酷く納得した様子である。魔理沙を例として出したのに、何故私と見比べてるのか。おい、最後に私の顔を見てからしみじみと頷くな。

 すまし顔の紫を私がぶすっとした不機嫌な顔で睨んでいると、魔理沙が「そういえば」と声を上げた。

 

「なぁ霊夢。しっかし、何でまた正座だったんだよ? 別にあぐらでも何でも、他の座り方ならもう少しマシな光景だったろうに」

「え? そこってわざわざ説明しなきゃならないところなの?」

 

 視線が私に集まる。見れば、質問した魔理沙はもちろん、紫も同様に私の答えを待っている。

 もしや、幻想郷では常識的な考え方ではないのだろうか。そういえば登場からも魔理沙が気にしていた様子はなかったし、羞恥心が欠如しているのかなぁ。

 

「だって、あぐらじゃ足でスカート押さえられないでしょ?」

「んん? まぁ、そうかもしれないな。けど、それがどうして正座になるんだ?」

「どうしてって。だってそれじゃ下からスカートの中が見えちゃうじゃない。正座なら膝裏に挟んじゃえば下着は見えないし。いくら女同士でドロワーズだからって、ねぇ?」

 

 ドロワーズだと下着という気があんまりしない。なんだか下着なしでハーフパンツでも穿いてるような感じなのだ。そんな認識なので別にドロワーズ自体ならば見られても恥ずかしくもない。

 けれど、単純に肌を隠しているのが布一枚だけということが色々と不安ではある。肌に直接だから汚れやすいというか、気をつけているから大丈夫だと思うけど、万が一ということもある。トイレットペーパーが完備していればその不安のいくらかは杞憂となってくれるのだけど、残念ながらここ幻想郷はそうではない。あとは、階段を上る時にスカートを押さえる延長というか、現代日本で生きてきての習慣のようなものが何割か。

 

「……なぁ、おい紫。今の聞いたか」

「ええ。霊夢が周囲の目を気にして恥じらっているのを見るとなんだか背中が痒くなるわね。拳の骨がぐしゃぐしゃになるぐらい全力で何かを殴りつけたくなったわ」

「ああ、私もだ。なんだ、この行き場のないむず痒さ。今なら妖怪の山をまるごとマスタースパークで消し飛ばせる気がするぜ」

「な、何よ、その反応は納得がいかないんだけど。下着は見せびらかすようなものでもないでしょ」

 

 至極当然のことを言った筈なのに、やっぱりおかしいのは私みたいな空気なんだけど。

 魔理沙と紫は「むむむ……」と唸って天を仰ぐ。ちらちらと私の顔を見ては、二人揃って呆れた顔をしている。

 

「霊夢はそのへん無頓着だったからなぁ。風呂でも女同士だからって隠さずに堂々としてたし、畳の上に転がってスカートがめくれても面倒だからの一言でそのままなんだぜ。私も人目から隠れることはあれ人目を気にするほうじゃないけど、あいつには負けるな」

「いくら参拝客が来ないからといって参道から見える位置に下着を干していたのにはびっくりしたわ。流石に注意してからは裏に干すようにしたようだけれど」

「うん。それは年頃の女としてどうかと思うわ」

 

 心からの感想を述べてみると、魔理沙も紫も「お前が言うな」「お前のことだよ」みたいなジトッとした目で見てくる。いやいや、そんな目で見られても私のことじゃないんだけど。

 それでもなんか居心地が悪くてそっぽを向いていると、紫がこほんと咳払いをした。

 

「で、話を戻すけれどアレを練習だと言い張るからには、当然相応の成果はあったのでしょうね?」

「まぁね、当たり前じゃない。姿勢制御のコツは掴んだわ」

「あらそう、それではそれを見せてもらいましょうか。実戦で」

 

 実践? 実際に飛んで見せればいいのかね。練習を終えた私なら二時間三時間程度なら浮かんでいるのも苦にならないと思う。一番難しい逆立ちだって頭に血が上るまでは大丈夫じゃないかな。サイコキネシスなのかなんなのかわかんないけど、逆さになってもスカートが重力に負けてめくれないようにもなった。

 空を飛ぶことだって元々出来ないわけじゃないし、練習のお陰で自分の位置の微調整が可能になったから一通りはこなせるだろう。

 

「別に見せるのは構わないけど、何をすればいいのよ?」

「実戦といえばもちろん、弾幕ごっこですわ」

「……ん? なに、これ?」

 

 にいっと笑って言った途端に、彼女から発されているだろうぴりぴりとした変な空気を肌が感じ始めた。紫の周囲が蜃気楼のように歪んだ『もや』がどんどんと広がっていく。何か、おかしな力が紫の周りに働いているのがわかる。

 それを認識すると同時に、なんとなく理解する。これが、これまで紫や妖精、満月の夜の慧音に感じていた違和感の正体がこれだ。肌のひりつく感じと空気の層、妙な力。それらがぴったりと、私の感覚に当て嵌まった。

 空を飛べるようになったからか、紫に対して感じていた違和感――その空気の質の違いがわかるようになったようだ。まるで視界の色がいっそう鮮やかになったかのように、これまでに見えなかったものが視えている。

 

「どうやら、本格的に霊力にも目覚めているようね」

 

 私が声を上げたことで何かが見えているのを察し、紫の笑みが一層深まった。

 好戦的な笑みを浮かべる紫からじりじりと距離を取りつつ、腰を落として不測の事態にも反応できるように身構える。

 

「ねぇ、紫。その前に、ひとつ聞いておきたいことがあるのだけど」

「何かしら?」

 

 ふわり、と紫の身体が宙に浮かぶ。もやがさらに強くなり、彼女の背後の空間がひずんでいく。捩れるように開かれたのは、紫の能力だというスキマだ。スキマの中で私に向かって、何かがちかちかと光っている。

 私は警戒からその姿を視界の中央に置き続ける。何かあればすぐに宙へと舞い上がり、逃げてやる。でも、その前に聞いておかないといけない。

 

「その、ダンマクごっこって何なの? 『ごっこ』ってことはダンマクとやらの真似でもして遊んだりするの?」

「…………」

「紫?」

 

 紫の身体から立ち上っていた濃密な力が瞬く間に霧散していく。スキマも空気に溶けてあっという間に消えていった。そのまま力なく地面に落ちると、縁側まで歩いていって深々と座り込む。

 お盆の上に置いておいた急須にお湯を注ぐと勝手に湯飲みにお茶をついで、そのまま啜る。そしてため息。何だか紫、一気に年をとったように見える。

 

「魔理沙、説明してあげて。そしてその子の弾幕ごっこの練習相手になってあげてちょうだい」

「ん? なんで私が。紫が相手してやればいいだろ」

「なんかもうね、興が削がれたというか、疲れてしまったわ。修行してやるって大口叩いた手前ここで見ていることにするけど、出来ることなら早く帰って布団に飛び込んで寝たい」

「えらく疲れてるな。ま、この霊夢は他人を脱力させることに関しちゃ天才だから仕方ない。なにせ、この私が霊夢の『他人を脱力させる程度の能力』の第一被害者だからな。この前はこいつとは弾幕ごっこできなかったから、練習相手は任されてやるぜ」

 

 なんだかまた私が悪者みたいな空気になってない? 教えてもらってないんだから、当然出てくる疑問だったよね?

 つーか、魔理沙。勝手に私の能力決めんのやめて。本当にそんなのだったら立ち直れないから。

 

 

 


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