アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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改めて異変であったことを知った魔理沙。

 

「ぐえっ! げほっごほっ! もうっ、何なのよいきなり!」

「痛ってて。まったくだぜ」

 

 ぐるぐるといくつもの目が見開かれ、墓石やら絵が描いてある板がついた鉄の棒やらがふわふわ漂う、いろんなものが乱雑に散らばった変てこ空間。そこに転がり落ちた私と霊夢は、すぐに別のところへ吐き出されることになった。

 ぼてぼてっと落っこちた先は、見覚えのある参道の上だ。私が打ちつけた尻をさすっているうちに身体を起こした霊夢はあたりを見回している。

 

「あれ? もしかしてここ、博麗神社?」

「みたいだな。こんな人気の無い寂れた場所は幻想郷でも無縁塚かこの神社ぐらいだぜ。……で、いったいどういうつもりなんだ?」

「あら、せっかく運んであげたというのに随分ね」

 

 私が呼びかけるとすうっと目の前の空間に横線が入り、内側から上下に押し広げられる。中からするんと出てきたのはもちろんスキマ妖怪だ。

 背後に見えるスキマの中身は私たちが先ほどまで漂っていた空間と同じものだ。やっぱり紫の奴が私と霊夢の足元にスキマを作って落っことしたようである。

 

「どういうつもりも何も、今回の異変について博麗の巫女に訊いておきたいことを訊くつもりよ。人里でする話でもなし、どうせなら落ち着けるところの方がいいもの。つれてくるのは博麗の巫女だけでもよかったのだけど、魔理沙もこの異変の解決に動いていたのでしょう? 手がかりが少ない今、情報の共有は必要ではないかしら?」

 

 紫が浮かべているのは、いつもの何を考えているのかわからない胡散臭い笑みだ。

 そして薄々感づいていたが、今ので確信が持てたことがある。やっぱり、紫は今のこの霊夢のことを『霊夢』とは呼ばない。呼ぶ時はいつも『博麗の巫女』である。私の記憶にある限りでは、一度たりとも霊夢と呼びかけたことはなかった。つまり、慧音の話を聞く前からこの霊夢が『霊夢』ではないと確信していたのだろう。

 

「へっ! お前が情報の共有だって? いつもは人知れず悪巧みしては勝手に動いて勝手に一人で満足しているっていうのに、随分とらしくないな! どうして、今回に限ってはそんなに焦ってるんだ?」

「焦りもするわ。現状で異変に近しい者はこの場にいる三人。他の者は異変が起こっていることにすらも気づいていない。異変解決をするべき博麗の巫女は力を持たず、その責務は果たせない。前に進めているのかは定かではないけれど、現時点で動けているのは私と魔理沙の二人だけだもの」

「まぁ、そりゃなぁ。今、別の異変が起こったなら霊夢が動けないのは痛手になるかもな。でもそれは代わりを立てれば済むことだろ。私とか咲夜とか、妖夢のヤツとか、代役には事欠かないぜ。外来人を外界に送り返すのだって、霊夢の代わりにお前がやれば済む話だ。そうしたら、冬の間も寝ている暇はなくなるだろうさ」

「……そして何よりの問題は、この通り今回の異変の重大性に気づいているのが私一人しかいないということね」

 

 冗談めかした私に向かって紫はそう言うと、肩を落としてこれ見よがしにため息をついた。

 それがどうにも気に食わない。妖怪の賢者だなんて呼ばれてるだけあっていつも訳知り顔で、こっちの行動どころか考えまで見透かしてます、みたいな顔をする。

 

 だいたい、慧音は歴史が途切れただのと言っていたけど霊夢は死んではいない。今も変わらず、どこかでのほほんと生きているに違いないんだ。殺したって死ぬようなタマじゃないことは、誰よりも私が知っている。

 きっと、時間が経てば何食わぬ顔でひょっこり帰ってくる。あいつに関しては、心配してやったほうが馬鹿を見るのだ。

 

「何だよ重大性って。今回の異変は霊夢の中身がちょっと別のに変わった、ただそれだけのことだろ。霊夢が死んだって訳でもないのに大げさに騒ぎ過ぎだぜ」

「霊夢に関しては心配してはいないわ。あの子のことだから、今もどこかでお酒でも飲んでるかお茶でも啜っているかしていることでしょうし。でも、残された私たちはそうもいかない。霊夢の中身が変わってしまった――ただそれだけのことで、この幻想郷が崩壊してしまうとしたら? 博麗の巫女の機能しなくなった幻想郷はいずれ外界と同化し、このままでは妖怪たちはみな死に絶えていくことになる」

「はぁ?」

 

 何だかいきなり話のスケールが大きくなったな。霊夢の中身がいなくなった途端に幻想郷が駄目になって妖怪全滅とか。

 まったく話の繋がりが見えてこない。風が吹いたら桶屋が儲かる的な話だろうか? 紫が冬眠しなくなったら霧雨魔法店が大繁盛したりするかもしれない。

 

「幻想郷が幻想郷として在れるのは、二つの結界によるものよ。ひとつは幻想郷内部の人妖の均衡を保ち、維持している『幻と実体の境界』。もうひとつは幻想郷の常識と外界との常識との隔たりで構築されている『博麗大結界』。今回、問題となっているのは『博麗大結界』よ」

「『博麗大結界』……」

 

 私だって、その二つについては人並み以上に知っている。この幻想郷で魔法やら妖怪やらを調べていけば、自然と耳に入ってくる知識だからだ。

 とはいえ、『幻と実体の境界』という結界を作り上げた第一人者のご講釈である。何が言いたいかは知らないが、ありがたく聞いておくとしよう。

 

「百数十年前より、博麗大結界の管理においては代々の博麗の巫女が務めてきた。博麗大結界は幻想郷と外界とを隔てる大結界。大妖怪であろうと通れないほど強固ではあるけれど、物理的なものではないから常時博麗の巫女が霊力を注ぎ込まねばならないものではない。幻想郷にいる博麗の巫女の霊力と大結界が反響することで維持されていて、その巫女が意図的に結界を緩めようとしない限りは綻びすらもしない」

「なるほど。巫女だけが結界を緩めることが出来るから、外来人を外界へと追い返す役目がもれなくついてきた訳だな」

 

 つまり、『博麗大結界』は博麗の巫女が幻想郷にいればこれといって霊力を消費することもなく、勝手に存在してくれるという全自動の結界のようだ。

 おまけに、結界を破ろうとしても博麗の巫女以外には手も出せないと。聞けば聞くほど良く出来た仕組みだ。管理する人間が一人だけしかいないってのさえ除けばな。

 

「ここで重要なのは、『博麗大結界』の維持に唯一にして必要不可欠なものが博麗の巫女であるということよ。では、『博麗大結界』に必要なその博麗の巫女がいなくなってしまったら、幻想郷はどうなるのかしら?」

「どうって聞かれてもな。そりゃ、博麗の巫女がいなくなったなら当然大結界も役立たずになるだろ。順当に考えるなら、急にとは言わないまでも大結界が弱まっていっていずれ消えるってところじゃないか?」

「そうね。これまでにも博麗の巫女が不在であった事態はあれど、概ねそのようになったわ。そうして今回もそうなることでしょう。だから人間を食べる妖怪たちも、妖怪退治を生業としている博麗の巫女の殺害は徹底して禁止されていた。――では、今の博麗の巫女のように外側だけが巫女であれば、それは果たして博麗の巫女であると言えるのかしらね」

「む……」

 

 そう言われると、自信はない。中身は霊夢に似てはいるが、あいつは決して霊夢本人という訳ではないのだ。

 おまけに霊力も使えず、空も飛べない。それじゃ霊力があるだけで、人里の一般人と変わらない。

 

「五日ほど前までは、どういう理屈なのか中身が別モノである博麗の巫女と博麗大結界は霊力を反響させ合っていた。ある程度弱まっていたとはいえね。けれど、今はそうではないわ。博麗大結界は博麗の巫女をいないものとしてしまっている。衰退していく一方よ」

「お、おいおい、そいつはマズイぜ。巫女が不在の状態だと、大結界はどれぐらい持つものなんだ?」

「以前の時は、一月後には結界が崩れ始めて外来人や外の物が度々この幻想郷に訪れるようになった。そうなってからは加速度的に崩壊を早める。遠くないうちに外界との同化の兆候が現れるでしょう」

「なんだ、一月後かよ」

 

 一日の半分は寝て過ごしているという紫が起き出してきてまで焦っていると言うぐらいなのだからよほど切迫した事態なのかと思いきや、思いの他余裕がありそうなので拍子抜けしてしまう。

 博麗の巫女がいない状態で一月持つのならば、一応始めの十日は博麗の巫女として認識されていたらしいので、少なくともあと二十日は猶予がある。それだけあればどうとでもなりそうである。

 

「それで、その巫女がいなくなった時はどうしたんだよ? 今回も同じようにすれば解決するってことだろ?」

「その時の巫女は病にかかってそのまま逝ってしまったから、次の巫女候補を探したのよ。霊力が強く、八百万の神との親和性の高い人間の女を探し出して、神社に住まわせ巫女とするの。でも、今回それは使えない。なにせ『博麗霊夢』はまだ生きているのだもの。次の巫女候補が出てくる筈が無いわ」

「いや、神社に住まわせたってんなら、今の霊夢だって神社に住んでいるじゃないか。霊力だってなくなった訳でもないようだし、そのまま暫定で博麗の巫女にしてしまえばいいだろ」

「私もね、そうなってくれないものかと考えていたのよ。あの子が霊力を使えるようになって神と交信できるようになれば、幻想郷の維持だけなら問題はなくなるのだから。けれど、十日が過ぎて、そろそろ二十日に差し掛かろうにも一向に霊力が使えるようにはならず、それどころか毎日お茶を飲んでの繰り返し。多少なら文献もあるだろうに、巫女としての修行をする気配もないのだもの」

 

 「そんなところまでそっくりでなくて良かったのに」と紫は続けてぼやいた。修行嫌いか。確かに今の霊夢は、本物の霊夢のいらないとこばっかり似ている気がする。

 その上、いきなり人の胸触ってきたり、キスしようとしたり、人にベタベタされるのが好きじゃないあいつがやらないようなことをしてくるから、正直その、なんだ。そういうことされると焦るというか、困る。

 

「つまりはだ。異変は霊夢の中身が別モノになってしまったこと。その異変を起こした犯人は霊夢。その霊夢は行方知れずの上に、どうやら幻想郷にも外界にもいないと。実質、手がかりはなし。かといって別の博麗の巫女を用意しようにも、霊夢は死んだ訳でもないから次の巫女候補は出てこない。その資格がある今の霊夢を巫女にしようにも、一向に霊力の使い方を覚えないときた。手詰まりじゃないか。紫はどうするつもりなんだ?」

「……霊夢を本来の身体に戻す方法がすぐに見つかるのであれば言うことはないわ。そうすれば万事が解決と言っていい。けれど、戻そうにも霊夢がどこにいるのかわからない。であれば次点の延命策、この博麗の巫女が博麗の巫女としての責務を果たせるようするしかない。根本的な解決とはならないけど、本物の霊夢が戻ってくるまでの時間ぐらいは作れるでしょう」

「まあ、一番現実的なのはそんなとこか」

「他に取れる手段もないもの。今日のところはあの子に素性を訊いて、手がかりを見つけないと。明日からは、巫女としての修行をさせなければならないわ」

「霊夢に修行させるか。そいつは考えただけで大変そうだぜ。で、その当の霊夢はどこに行ったんだ?」

「あら? そういえば……」

 

 面と向かって向かい合い、立ったまま話していた私と紫は、当人である霊夢がいないことに気がついた。

 いつからいなかったのかも記憶に無い。辺りを見回して、私と紫は顔を見合わせた。

 

 

 歩いて境内を見て回ると、霊夢はいつもの縁側に座っていつものようにお茶を啜っていた。真面目に話してる客二人を放って何一人だけお茶飲んでるんだ、こいつは。

 

「ん? 二人とも話は終わったの? さっきお団子を食べたとはいえ、こっちはそろそろお腹が空いてきたんだけど」

「……こっちはあなたの問題について真剣に話していたというのに。中身を消し飛ばしてやろうかしら。それで霊夢が戻ってくるなら迷うことなくそうしてやるのだけど、もしそうならなかったら霊夢が戻る筈の身体が先に死んでしまうし……」

「おいおい、物騒だな。こういうのんきなところは霊夢の頃から変わらないだろ?」

「霊夢ではない癖に、霊夢のように適当に何とかしてしまいそうに見えるから余計に不安なのよ」

 

 飄々としているというか、何考えているかわからなくて掴み所がないというか。紫は掴み所がなくてどうにも胡散臭いけど、霊夢の方は掴み所がなくてふわふわ浮いている。

 精神的に人間離れしているのもあって霊夢のような人間は世界中探してもいないだろうと思っていただけに、これで中身が別人だというのだから驚きだ。

 

「何話していたのか知らないけど、とりあえずご飯にしましょ。あ、あんたたちもお夕飯食べてくでしょ? 魔理沙にはお茶とお団子奢ってもらっちゃったし、紫にはここまで送ってもらっちゃったからお夕飯ぐらいはご馳走するわよ」

「おう、もちろんいただくぜ」

「まったく……食事してからでないと、まともに話も聞きそうにないわね」

「決まりね。それにしても、久々の誰かとの食事だわ。半月以上も一人で食べてると侘しくてしょうがなかったんだから。あ、お味噌汁は今温めてるから、もうちょっとすれば食べられるようになるわ。それまではお茶でも飲んでいましょ」

 

 霊夢は言うが早いか、靴を脱いで縁側へと上ると勝手に私と紫の分の湯飲みを取り出してお茶を淹れ始める。まったく、自分のペースを崩さない奴だぜ。

 私と紫は肩を並べて、揃ってため息を吐いた。正直、紫はあんまりいけ好かない奴だけど、この霊夢を相手に修行させようってんだから今ばっかりは同情してやらないこともない。

 

 

 


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