究極の安穏生活   作:もも肉

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12/14 最新3話分をまとめて投稿しております。未読の方は第8話からご覧ください。


第9話

 オレは自分が村長であることをメンチに明かし、しかしそれによって村長となった成り行きを説明する羽目となった。これが中々骨の折れる事態となり、昼頃にクラピカに打ち明けた内容に加え、少々真実をぼかした説明が必要とされた。

 

 オレはある日、迷子になって森を彷徨っていたところをサイハテ村の人に助けてもらった。サイハテ村は長期間村長が不在で、村長は人間しか就任できないという決まりがあった。帰る場所が無かったオレは丁度空いていた村長の席に就くこととなった。

 

 簡単にまとめるとそんな感じで。

 決して嘘は言っていない。

 何で迷子になったのとか色々掘り下げられるところだったが、少し寂しげな表情をして俯き「言えない」と言えば何とか黙った。

 ……今思えば別にオレが村長であると明かす必要はなかったし、何も言わずに役場のお偉いさんに会わせてもよかったのではないかと思う。

 あまり上手く説明は出来なかったが、それでもメンチは納得したようだった。

 

「つまりは名ばかり村長っていうことね!」

「そ、そんなことないし! 違うし!」

 

 実際、村に居るだけで大方役割は完了していると思ったことはあった。でもただ存在するだけというのは恩を返すことにならないから、オレは村長として日々奮闘している。

 しかし、オレはメンチの言う通りの名ばかり。オレの他に村のまとめ役は存在する。その人が居たからこそ、村長が不在だった村でも村として成り立ってこれたと言えるだろう。当然その人の方がオレよりも人望は厚い。

 その人の元にこれからメンチを案内するつもりだ。

 

「もう夕方だし、早く役場に行こう」

 

 メンチは緊張したように頷き、クラピカも心配だからとついてくることとなった。オレがいるし何が心配なのか良くわからなかったが、メンチがしきりに同意していたので黙っておいた。なんか不満が残る。

 

 

 

…………

 

 

 

 役場は広場から少し北西に進んだ方向にある。村では一番大きな建物で、緑の三角屋根をした古い屋敷だ。

 オレは古く重厚な扉を開けると、横長のテーブルが置いてあるだけの窓口に歩み寄った。テーブルの向こうには誰も居らず、窓からオレンジ色の光が差し込むだけで明かりは点いていない。時間帯も相まって閑散としていた。

 いつもならシロちゃんが居る筈なのだが、もう帰ってしまったのだろうか。

 

「シロエさんなら図書室の方ではないか?」

「あぁ、そうかも。もし居なかったら明日に改めよう」

 

 役所は自宅も兼ねており、今会いに来た村のまとめ役のお爺さんが一人で暮らしている。不在ということはあり得ないのだが、メンチの立場もあるし、きちんとした取り次ぎをした方が印象は良いだろう。

 オレたち三人は図書室への廊下を進んだ。

 

「それにしても暗いお屋敷なのね……昼間はそうでもないのかもしれないけど……」

 

 そう言ったのはメンチだった。それにはオレも同意する。

 古い建物な上、未だに村では電気ではなくランプを使用している。それ故夜に近づくと薄暗いという印象が拭えず、絵画などの装飾品が廊下の雰囲気を一層不気味なものにしていた。

 丁度今日の昼にシロちゃんとの打ち合わせで、今ある風車をもう三基造る計画を立てたので、今後は家の中をもっと明るく出来るようになるだろう。

 怖がるメンチをクラピカは不思議そうな顔で見つめていた。

 

「迷いの森が平気だというのに、屋敷の中は怖いのですか?」

「それとこれとは別なのよ」

 

 メンチって意外と女子っぽいんだな。怒られそうだから言わないけれど。出会って間もないのに何となく分かる。

 そうこうしているうちに廊下の突き当たりへと差し掛かり、図書室の前へとやって来た。

 

 扉を開くと、そこには10畳ほどのスペースに天井まで届きそうな本棚がびっしりと陳列した光景が広がっていた。童話をはじめ、歴史の本も納められており、部屋中古い本独特のにおいに包まれていた。

 蔵書は確か千を超えると前に聞いたことがあった。

 オレはあまり来ない場所だが、クラピカは暇を見つけてはこの場所に足しげく通っているようだ。

 本棚の隙間からは光が漏れており、どうやら誰かが居るようだ。

 

「シロちゃーん? いるー?」

 

「はーい、居りますよー!」

 

 オレがそう呼びかけると、奥から数冊の本を抱えたシロちゃんが出て来た。シロちゃんはオレとクラピカを順に視界におさめたが、メンチを見た瞬間に目を丸くした。

 

「えっと、村長……この方は一体……?」

 

 シロちゃんの疑問にオレは答えようとしたのだが、その前にメンチが口を開いた。

 

「私は美食ハンターのメンチと申します。訳あってサイハテ村を来村したのですが、来村の理由について代表者の方にお会いしたく、お取り次ぎをお願いしたいのですが」

 

 至極丁寧な口調でシロちゃんに語りかけるメンチ。

 その口調には違和感を覚えたが、それより今メンチは“美食ハンター”と言っていなかったか? それが職業なのか、称号なのか……オレには分からなかった。けれどシロちゃんとクラピカは美食ハンターが何なのかを理解しているようで、驚きに目を見張った。

 

「すぐにお取り次ぎするのは難しいかもしれません……現在村の代表は来客中でして」

「……分かりました、ご迷惑でなければ待ちますし、今日中ではなくても構いませんので!」

 

 メンチの言葉にシロちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、少し考えると「窓口の方でお待ちいただけますか?」と言って図書室を出て行った。

 オレたちも図書室を出て窓口の方向に戻り、近くにある椅子に腰掛けた。数分の間、シロちゃんが戻ってくるのを待った。

 ……なぜか先ほどからメンチがうっとりとしている。

 

「あたし、獣人って初めて見たわ……なんだかとても可愛いかったわ」

「獣人って一括りにそういっても色んな人がいるよ。シロちゃんは中でも特別。特別に可愛い」

「他にはどんな獣人がいるの?」

「えーっと、オレがお世話になってるのは黒いクマのクロウさん。お隣さんはキャラメル色の犬のバニーラさんで、見た目も黒ければ腹の中も黒いタヌキのタヌヨシさんってのも居る」

「獣人って一口に言うけど、色々な獣人が共存しているのねー……よくよく考えると本当に不思議」

 

 これが獣人ではなく、ただの動物同士だったなら共存など出来はしないだろう。オレはこれを当然だと思っていたが、言われてみると確かに不思議だ。

 オレは先ほどから黙りきっているクラピカの方に視線を向けるが、何やら気になることがあるのか、メンチの方を見つめながら何か考えている様子だった。

 クラピカはオレの視線に気づき、ようやく思い詰めた様子で口を開いた。

 

「その……メンチさんはハンターだったのだな。もしかしたらと思っていたが、まさかプロのハンターなのですか?」

「ええ、こう見えてもあたしプロハンターなの。まだ新米の域を出ないけどね」

「ハンター? なぁ、ハンターって猟師みたいな?」

「実は、私もいずれはハンターの資格を取ろうと考えているんだ」

 

 オレの言葉は無視された。

 

「試験は過酷と聞きますが、メンチさんのような若い女性もハンターになれるのですね」

「そうね。実力さえあれば年齢性別国籍、その他諸々かんけーないわ。まぁハンターになるまでに沢山苦労をしたけどね」

「私も自分を鍛え続ければ、いずれは……」

「ええ。新米ハンターのあたしが言うのもなんだけど、十分素質はあると思うわよ」

「ありがとうございます」

「あれ? ってかクラピカは将来サーカス団に入るんじゃなかったのか?」

「……コータローは何を言っているんだ?」

 

 違うのか?

 問い質す間もないまま、そのときシロちゃんが窓口の方に戻って来た。どうやら今から会えるそうだ。

 

「ご案内致します。同席者が1名おりますが、どうかお気になさらないでください」

「……分かりました。お願い致します」

 

 メンチはいよいよかと意気込んだ。オレたちも先を歩くシロちゃんとメンチの後に続く。

 

 窓口の側にある階段を上り、廊下をしばらく左に歩くと、一際古くて大きな扉がこの役所の応接室だった。木材のプレートにこの世界の文字で“おうせつしつ“と書いてある。

 シロちゃんはオレたちを一瞥すると、応接室の扉をノックした。

 

「シロエです。ご来村のメンチ様とコータロー村長、クラピカ君をお連れ致しました」

 

 扉の向こうから「うむ」と短く返事が聞こえてきた。シロちゃんはゆっくりと扉を開き一礼する。

 

 応接室の中はまるで会議室のようになっている。ムラの無い土壁に、床は古いフローリングで柔らかな赤い絨毯が敷かれており、今は使われていないがレンガで出来た暖炉がある。部屋の中心には存在感のある大きな円卓が。その奥に書類と本がうずたかく積まれたデスクとロッキングチェアが置いてある。

 オレの役割の都合上この部屋には良く来るが、オレもこの村に来て初めて通された場所がこの応接室だった。

 

 部屋には最初にこの部屋を訪ねていたクロウさんと、目的の人物、村の代表のジュコウさんがロッキングチェアに座っていた。

 

 ジュコウさんはしわしわの肌に老眼鏡をかけており、白く長い立派なひげが顎から生えている、この村最高齢の亀の獣人だ。何でもこの森にサイハテ村を作ったときから村のまとめ役を引き受けていたそうだ。ちなみにオレを村長に推薦したのもジュコウさんだ。

 ジュコウさんはオレとシロちゃんが今日提出した新たな公共事業、三基の風車の建造案に目を通していた。今日はもう何もしねーと決めたオレとは違ってこの時間になってもお仕事をされていたようだ。

 ジュコウさんは書類を読む手を休め、オレたちを見ると和やかに笑った。

 

「よくぞいらっしゃいましたな、ハンター殿。こんな辺境の村にようこそ」

「と、突然の訪問失礼致します。美食ハンターのメンチと申します」

 

 非常に優しい嗄れた声だが、見る者が見ればその老練されたオーラに圧倒されるだろう。

 メンチはそのくくりに入るようで、緊張した面持ちでポーチから一枚のカードを取り出し、ジュコウさんに提示した。

 提示したカードはまるでトランプのようなデザインで、片面にバーコードが書かれており、同面には遠目でよく見えなかったが、オレが以前勉強した文字と同じ文字が書かれていた。免許証、みたいなものだろうか。

 オレとクラピカは食い入るようにカードを見つめた。

 

「……ふむ。確かに」

「この度迷いの森に足を踏み入れましたのは、森に生息しているとされる短銃燕(ピストルスワロウ)の狩猟が目的でした。しかし森を抜けてコータロー君とクラピカ君に出会い、まずはジュコウ様にお許しを頂いた方が良いだろうと助言を得て、お目通りをお願い致しました」

「短銃燕、とな……」

 

 メンチの言葉にジュコウさんは「う〜ん」と小さく呻いている。

 メンチはさらりと行き倒れていたことは伏せておくことにしたらしい。別に良いけど。

 しかしこれは……あまり良い反応でないのでは……? そう察し、オレは約束通りジュコウさんの説得に当たることにした。

 

「ジュコウさん、メンチも短銃燕を全部狩ろうっていうつもりじゃないんです。ほんの1、2羽でいいんだ。折角遠いところから来たんだし、狩猟を許してあげて欲しいんです」

「私からもお願いします。実際彼女は森に許されこの場に立っています。けして悪人ではありません」

 

 オレの説得の後にクラピカもそう付け加えた。どうやらクラピカはメンチが言っていた“森に許された”という言葉を信じているらしい。あれはメンチの詭弁だ。クラピカはまだ子供だしな……人の言葉を全て鵜呑みにしても仕方が無い年頃だ。

 

 説得の甲斐あったのかは分からないが、「構いませんぞ」とジュコウさんは言い渡した。

 ——しかし、と言葉は続く。

 

「ワシら森の住人としては一向に構いませぬ。しかし短銃燕はその生態上、警戒され攻撃対象となってしまえば命に関わりますぞ。じゃから非常に美味ではあるが、村でも積極的に狩猟はせんのじゃ」

 

 ジュコウさんは狩猟を許可したが、メンチの身を心配し頭を悩ませていたようだ。そんな心配を他所に、狩猟の許可を得たメンチは気分の高揚を隠しきれていない。

 

「ありがとうございます! ご心配には及びません。私もハンターの端くれ、危険は承知の上です!」

 

 難しい表情を浮かべるジュコウさんと、今まで口を閉ざしていたクロウさんが視線を交わす。

 

「クロウよ、頼まれてくれるか」

「……お引き受け致します」

「?」

「メンチ殿、あなたが短銃燕を狩猟するに当たって三つ程、条件を付けたい」

「は、はい、なんでしょう」

「なに。とりわけ難しいことではない」

 

 ジュコウさんは「まず一つ目」と指を一本立てた。

 

「狩猟は三羽まで」

 

 二つ目。

 

「短銃燕の巣までの案内、兼狩猟のサポートとしてここにいるクロウを同行させること」

 

 三つ目。

 

「……今のあなたの状況を、あなたの上司に報告すること——以上ですな」

 

 メンチはこの最後の条件に固まった。

 ハンターという職業はそれぞれが様々なことに精通するプロフェッショナルであり同業者である。新米ハンターのメンチにとって格上は何百人と居るが、明確に上司という人物は存在しない。

 しかし、その存在を強いて挙げるとすれば……。

 

「会長に……ですか?」

「うむ」

 

 ハンター協会会長が最も当てはまる。

 

「会長って?」

「……コータローにはそもそも、ハンターという職業がどんなものかを説明しなければならないな」

「?」

「後で説明するよ……」

 

 なぜオレはクラピカに呆れられているんだ? ハンターって、動物や魚を穫る狩猟者、っていう意味とは違うのか?

 そう思ったが、メンチは“美食ハンター”だと名乗っていたし、他にも色々なハンターがいるのだろう。

 とりあえず、この場でハンターが何か分からないのはオレだけだということは分かった。

 

「メンチ殿は森を抜ける際におそらく、森に何かを約束したじゃろう。大方想像は付くが……これは森だけの問題ではないのじゃよ。ネテロだけには連絡をしておきなさい」

「……わかり、ました」

「何にせよ、あなたを歓迎致しましょう」

 

 短銃燕の狩猟はメンチが三つ目の条件を果たしてからということに決まった。そしてそれまでメンチはシロちゃんのお宅でお世話になるということも。確かに我が家に泊めるにしても男所帯だし、メンチにとって居心地はよくないだろう。

 狩猟の許可は得られたものの、全体的に見るとメンチにとって頭の痛い結果となってしまったようだ。

 

 

 

…………

 

 

 

 役場を後にし、外に出るとすっかり日は落ちていた。今は外灯の明かりがあるから道が分かるが、少し前まではこの時間帯、外を歩くことなんて出来なかった。これもシロちゃんをはじめ、村の皆の頑張りがあってこそだと常々思う。

 現在シロちゃんとクロウさんを加え、5人で帰路についている。

 無事狩猟を許されたはずなのに、メンチの顔色があまり良くない。

 

「ネテロ会長に連絡かぁ……それがどんなに難しいことか……」

「電話すれば良いじゃん」

 

 一応村にも携帯電話が1台あるし、電波もギリギリ届く。

 そう思って言ったのだが、メンチはやれやれとため息を吐いた。

 

「あのねぇ、相手はハンター協会会長なのよ? いちハンターであるあたしが会長とすぐ連絡がとれると思うの?」

「メンチさん、コータローはそもそもハンターが何かを知らないようだ」

「さっきから人を無知呼ばわりしやがって……」

 

 外の世界の職業なんて知るかよ。さっきから何だか皆して意地が悪い。

 思わず悪態をつきそうになったが、隣を歩いていたクロウさんが説明を初めてくれた。

 

「ハンターという職業はコータローが思う狩猟者と大方意味は変わらん。しかしハントする対象は動物、財宝、犯罪者、メンチ殿のように美食だったりと様々でな」

 

 その説明を今度はクラピカが引き継ぐ。

 

「世界的にハンターは最も重要な職業とされている。アマチュアのハンターならごまんといるけど、プロのハンターとなると世界に千人もいない。

 プロハンターとなるための試験は最難関と言われている。そんな試験を潜り抜けた者にはハンター免許証(ライセンス)が発行され、それさえあれば国を問わず様々な優遇措置が得られるそうだ。

 そんなプロハンターたちを束ねるのがハンター協会。先ほどメンチさんが条件として提示されたのが、そのハンター協会の会長とのコンタクトなんだ」

 

「ふぅん……何となくわかった」

 

 ハンターが何かは分かった。

 しかしそのプロハンターの中にメンチも名前を連ねているとはな……。全くそうは見えない。

 オレはメンチを横目で見たが、メンチはぐったりと今もぼやき続けている。

 

「ネテロ会長なんて試験以来会ったことも無いわよ……なんとかするけど……」

 

 オレはふと疑問に思った。

 聞く限りではメンチはとても難しい条件をつけられたかに思えるけど、あのジュコウさんが無理難題を引っ掛けるとは思えない。それに、あのときのジュコウさんの口ぶりだと、そのハンター協会会長とジュコウさんは知り合いなんじゃないか? 知恵のある人だし、意地悪じゃなく、メンチにとって最善を提案したと考えられる。

 

「そういえば、クロウさんはジュコウさんと何を話していたんですか?」

「ああ……最近少し、色々あってな」

 

 帰りが遅いクロウさんのこともオレは気になっていた。クロウさんもジュコウさんの知恵を借りて解決したい何かがあるのだろうか。

 

 家までの距離はあっという間で、クロウさんに関してオレは何も聞き出せず、話はぼかされたまま終わってしまった。

 クロウさんはオレたちを家まで送り届けると、自分は家に戻ることなく、散歩をしてくると言ってそのまま真っ暗な森の中へと消えて行った。

 その後ろ姿は何だか寂しげで——いつもは大きく見えるクロウさんの背中が、少しだけ小さく見えた。


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