11/22 19:10 21:54 再度修正致しました。大変お騒がせ致しました……!
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朝は必ず5時に起き、朝食を作るべく支度をはじめる。
オレが村に来たばかりの頃は、ひたすら雑草を抜いては捨て、木を切り倒しては運びの繰り返しを日課としていた。
今ではすっかり村は綺麗になったので、その仕事がなくなった代わりに、毎日の食事の支度を引き受けている。
これまで朝食の支度はクロウさんの当番だったのだが、最近のクロウさんはクラピカを立派な戦士として育てるべく、修行をつけることにしたそうだ。いずれはクラピカも狩猟グループで本格的に働くことになるわけで、その前にある程度の実力はつけておくべきだろう。目標が出来たのかクラピカ自身も修行に熱を上げている。
オレにはクラピカが何を目指しているのか分からないが、ものすごい剣幕で「何とか旅団が云々」と独り言を言っていたから、きっと将来はサーカスの団員にでもなりたいんだと思う。確かに生半可な覚悟と実力ではサーカスの団員なんて到底なれないだろう。
その応援と言っては微力なものだが、朝からクラピカが修行をできるよう、クロウさんの当番をオレが引き継ぐことにしたわけだ。
2人とも、もう少ししたら起きてくる時間だ。
オレは“もちものらん”から“きんのつりざお”を取り出して、早速海へと出かけた。
——早朝の海はすごく寒い。
海からの風を遮る建物が一つもないので、冷えきった空気が直に体を吹きぬけていく。
加えてサイハテ村は朝方に霧雨がよく降り始める。今日も例外ではなく、オレは年中半袖短パン。この子供の有り余った体温がなければ今頃凍えて動けないところだ。
しかし冷たく湿った空気と、朝日にキラキラと輝きながら揺れる水面の風景がオレは好きだった。
「サンマ釣れねーかなー……サンマ食いてー」
サンマなんて久しく食べていない。
沖に出ないと難しいよなー。せめてアジが釣れたら良いなー。
そう思いつつ釣り糸を垂らすこと10秒。
「……チッ。今日もスズキか」
あたりが強いということはつまりハズレだ。ハズレというのは釣った魚に対してあんまりだが、ここ最近こればかりが釣れるものだからいい加減飽きがきている。
前回はぶつ切りにしてフライにしたから、今日は豪快に塩焼きにしよう。少しはサンマっぽくなるかもしれない。
——そして案の定、釣れたのはスズキ。
異世界のスズキは黒い鱗に白い斑点がたくさんついてて何だか気持ち悪い。魚のくせに腕があるし、ヒレの数も多いから骨の量も多くて調理するオレをかなり悩ませている。
しかしスズキが食べれるのもひとえに海の恵みがあってこそ。オレは母なる海に感謝を捧げ、その場を後にした。
家まで戻り、室内に入る前に裏庭を覗くと、そこには既にクロウさんとクラピカの姿があった。
クラピカの体が宙を飛ぶ。クラピカの片足が木の枝に引っかかった。いつもの修行に加えてサーカスの練習だろうか。
時刻は5時30分を丁度過ぎた頃。もうそろそろ朝食が出来ていないと皆おなかを空かせてしまう。クラピカも頑張っているようだし、美味しい朝食を作ってあげなくては、とオレも気合いをいれた。
家の中に入り、オレは早速調理をはじめた。
ガスコンロに火を点け、家を出る前にといで水に浸けておいた米を鍋で炊く。その間今日釣ったスズキの鱗を取り、内臓を取り除き、丁寧に血を拭き取った。後は塩をふって、様子を見ながらバーベキューコンロで焼くだけでいい。
今日は和な朝食を作りたいところだったが、生憎とこの村には味噌がない。味噌汁は諦めて、コンソメスープで代用する。
それとお隣さんのバニーラさんから頂いた卵で卵焼きを作った。
オレは完成した朝食を食卓の上に並べた。
丁度2人も帰ってきて、クラピカはぐったりとした様子で椅子に座ると食卓に突っ伏した。
「修行の調子はどうだ?」
「つらい」
「頑張ってるな。ほら、ちゃんと食わないと大きくなれないぞ」
ぼさぼさになったクラピカの髪を、オレは手櫛で整えてやった。オレにとってクラピカは最早家族のような存在で、弟が居たらこんな気持ちになったのだろうかと思う。オレは頑張るクラピカを陰ながら応援することしか出来ないが、少しでもクラピカのためになればいい。
「そうだ、コータロー。タヌヨシがお前に用があるみたいだったぞ」
「タヌヨシさんが、ですか?」
「ああ。朝から何やら騒がしくてな。うるさくてかなわんから早く会いにいってやれ」
「なんだろう……とりあえず分かりました」
タヌヨシさんがオレに直接用があるなんて珍しい。最近の午前中は食事の用意をするだけで特別忙しくはないから、この後すぐ会いに行こう。
「クラピカは今日も1日中修行か?」
「……」
「昼飯楽しみにしててな。鳥のササミが手に入ったんだけど、ちょっと手を加えてチーズフライにしようかと思うんだ」
オレは朝食中なのに昼食のことを考えている。まるで世のお母さん方みたいだ。
一足先にオレは朝食を済ませ、流しに食器を片付けた。
「洗いものは流しに置いといてください。帰ってきたら洗っておきますんで」
そう言うと何だかクラピカが縋るような目でオレを見た気がしたが、それは帰ってきてからでも話を聞けばいいだろう。
…………
家を再び出て、オレはタヌヨシさんが居そうな場所を手当り次第に歩き回った。
どうやらタヌヨシさんは広場の中心に立ってオレを待っていたようだ。タヌヨシさんはオレの姿を見つけると「遅かったネ」と言ってニコリと笑った。タヌヨシさんの人柄を知っているオレからすれば、普通の笑顔もただの黒い笑みにしか見えない。
……分かるぞ。これは何か企んでいる目だ。
「……何ですか、用って?」
「前にも言っていたよネ。ボクの能力がついに目覚めたネ」
……能力?
「あー……そういえば」
「そういえば、って……もしかしてコータロー村長、完全に忘れてたネ?」
——石橋の建設地を決めた日の出来事だった気がする。確かその日、タヌヨシさんと能力がどうの、って話をしたっけ。
あれから随分と時間が経っているし、その日はオレがクラピカを見つけた日だったから、すっかり記憶から抜け落ちていた。
オレがすっかり忘れていたのを察したのだろう、タヌヨシさんはあからさまに落胆した様子を見せた。
「結構ボク、苦労したんだけどネ……まぁいいネ」
タヌヨシさんは気を取り直し、勿体つけるように咳払いをした。
——得意げな表情を取り戻したタヌヨシさんが取り出したのは、2台のノートパソコン。そして、その片方をタヌヨシさんはオレに手渡した。
「まずはこれをコータロー村長にプレゼントするネ」
「え!? 良いんですか!!」
こっちの世界に来て初めて見る電子機器だ。手のひらを返すようにテンションが上がるオレ。
見た目は普通のノートパソコンだ。最新鋭の薄型ノートパソコン、ではないが、電池で起動するタイプのパソコンで、未だ電気の通っていないサイハテ村でも気軽に使用することができるだろう。
興奮覚めやらぬまま、早速オレはタヌヨシさんに促されノートパソコンの電源をつけた。ネット環境は……当然ながらオフラインだ。
——分かってはいたが、何とも残念な気持ちになる。
そんなオレの気持ちは露知らず。タヌヨシさんは意気揚々と語り始めた。
「このノートパソコンの中には、ボクの能力でインストールしているアプリが入っているネ。このアプリがインストールされてるパソコン同士の間で、物質の送受信が出来るようになったネ。送る物の大きさに比例して送り主が疲れちゃうから、注意が必要だけどネ。クラピカ君にはまだ早いから、とりあえずコータロー村長には村長専用のパソコンを渡しておくネ」
「ありがとうございます……」
「何だか不満な様子だネ……まぁいいネ。とりあえず試しにアプリを起動してネ」
パソコンの中には、表計算ソフトやゴミ箱のアイコンの他、緑の葉っぱマークのアイコンがインストールされている。アプリとはこれのことだろう。
マウスがついていないので、タッチパッドを操作しアプリを起動する。
『タヌキの宅配便へようこそ。サービスを選択してください』
「わ、喋った!」
「とりあえず、送信を選んでネ」
画面では可愛らしいタヌキのマスコットキャラクターが愛想を振りまいている。これってタヌヨシさんがモデルじゃないよな……?
そんな疑問が浮かびつつ、オレはポップな書体で書かれた『送信する』のボタンをクリックした。
『送信する物に触れてください』
再び流れた音声案内に「今回はお試しだからネ。このリンゴをボクに送ってみてネ」とタヌヨシさんにリンゴを手渡される。
タヌヨシさんはオレと同じく起動させたノートパソコンを片手に、オレが現在立っている場所からおよそ10m距離をとった。
開始、中止の選択肢が現れたので、開始を選択する。
『送受信を開始致します。暫くお待ちください……』
暫くの間。
——フッ、と突然手にしていたはずの重さが消えた。
「え!?」
「成功したようだネ」
こちらに戻ってくるタヌヨシさんの手には、オレが先ほど前まで手にしていたリンゴが。
仕様とは分かりつつも、目の前で起こった常識を逸脱した現象にオレは唖然とする他ない。オレはまだこの村の常識に慣れきっていなかったようだ。
「これで遠く離れた場所で物を購入しても、荷物になることなく村に送ることが可能になったネ。逆に村から何かを取り寄せたいときも、簡単に受け取ることが出来るネ。村はネット環境がないから、使用する時間は事前に約束しておく必要はあるけれど、アプリの方はオンライン、オフライン問わず使用できるからネ、状況に寄っては色んな応用がきく能力だと思うがネ」
「ほぉ……でもオレ、これといって移動させたい物って無いんですけど」
……待てよ。ということはこの“能力”、結果得をするのは誰だ?
ニタリと笑うタヌヨシさんの顔を見て、オレはようやく思い至った。——嫌な予感しかしない。
「この能力を使って、コータロー村長には村から売り物となる物資を送って欲しいんだよネ。ボクら商人グループが荷物を持ったまま森を歩くのは色々危険なのでネ。その日送りたい商品は事前に教えておくし、ちなみに今日の分はもう倉庫にまとめてあるからネ」
「きょ、今日の分!? ちょっと待ってくださいよ!!」
「時間は13時に頼むネ」
先ほどタヌヨシさんは“送る物の大きさに比例して送り主が疲れちゃう”と言った。この場合、送り主とはオレのことではないか。
——タヌヨシさんが商売の度に持ち出す商品の量と、帰りに購入してくるビニール袋二つ分の物資をオレは思い出した。
たった1個のリンゴを移動させただけで、体に若干の疲れを感じるのだが……。
そしてオレにも午後からの仕事がある。今日はシロちゃんと新しい公共事業の視察の予定だった。
「不満そうだネ?」
「い、いえ……謹んでお引き受け致しマス……」
有無を言わさぬ威圧感を感じた。
……タヌヨシさんだって、村のために働いている。遠い村まで出向き、危険を冒してまで商売をしているのだ。
オレだってその恩恵を多分に受けているわけだから、引き受けないわけにはいかない。タヌヨシさんは村の生命線だ。それを助けると思えば……。
しかしなんかもやもやする。
「まぁ、色々不満はあると思うがネ。コータロー村長にとっても、そう悪い話ではないネ。最初は慣れなくて疲れると思うがネ、回数こなせば嫌でも慣れるネ」
タヌヨシさんの能力には不満というより、もやもやが多く残った。
「ボクはもう出発するから、よろしく頼むネ」そう言って去っていくタヌヨシさんを見送り、オレは遣る瀬無いまま帰路についた。
…………
家に戻ると、クラピカはまた宙を飛んでいた。
特訓はあれからも続いていたらしい。そこでオレは、はっとした。
「……そうだよな、クラピカだって頑張っているんだよな」
——ボロボロになっていくクラピカ。
それでもめげずに、夢に向かって頑張るクラピカを見て、オレは鬱々とした気分が晴れていくのを感じた。
自分より大変なのに頑張っている人がいる。午後からの仕事が何だって言うんだ。もっと頑張ればいいだけの話じゃないか。
物流を手助けするということは、お金が今より入り易くなるということだ。お金が入れば村の外で購入できる食材の数だって増えるだろう。公共事業だってはかどる。
当然のことなのに、オレはようやくそこで新たな仕事に踏み出す勇気を得た気がした。腑に落ちないからって、何を躊躇っていたんだ。
「お昼から頑張ろう……!」
そうと決まれば、まだちょっと時間は早いけれど昼食の準備にかからなければ。
最後にくたくたになっても立ち上がるクラピカの姿を視界におさめ、オレは何だか誇らしい気持ちで家の中へと入った。
——決意を新たに、こうして物資の運搬がオレの日課として加わった。
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今日の念能力
【
使用者:タヌヨシ
念系統:特質系
【能力】
コータローが村長になってからタヌヨシが発現した念能力。術者のパソコンと、専用アプリがインストールされているパソコンを起動すると、パソコンの間で物資の送受信が出来るようになる。距離を問わず、物資の送受信は10秒以内に完了する。使用する際は両者がアプリを起動している必要があり、送受信には送信者のみオーラを消費する。物の体積、重さによって送信者の必要とするオーラが変化する。
【制約】
・術者と面識のある者の間でしか能力を使用できない。
・術者が事前に念でアプリをインストールし、送受信のやり取りをする相手を設定する必要がある。
・送受信する相手はパソコン1台につき1人のみ。
・術者を介さないパソコン同士での送受信は出来ない。
・送受信をする際は双方の了承を得てのみ発動する。
・送受信の相手は念能力者でないといけない。
【誓約】
・なし
次回、あの人登場。