11/21 19:15 誤字修正いたしました。ご指摘ありがとうございました!
世界七大美色の内の一つに数えられるクルタ族の緋の眼は、彼らの感情の昂りに呼応し変色する。しばらく時間をおけば元に戻ってしまうこの現象も、変色したままの眼を抉り出すとその感情を内包するかの様に、緋色はいつまでも褪せることはない。クルタ族はその点を除けば、普通の人間となんら変わりなかった。
——しかし世界の人々はこの現象を“異端”と判断する。
クルタ族は人の世から隠れるように生きることを余儀なくされ、例え各地を転々としてもいずれは見つかった。緋の眼を狙って返り討ちに遭う者は後を絶たず、狙わずともその正体を知れば、誰もがその緋色の瞳に畏怖し決して理解しようとはしない。
異端とは人を寄せ付け、同時に人が拒む厄介なものだった。
一族を孤独にさせる眼。しかしクルタ族の誰もがこの眼に誇りを持ち、誰を恨むことなく慎ましく暮らしていた。
——その眼が。あるはずの眼が、あの日、同胞たちから一つ残らず奪われていた。
クルタ族の100を超える同胞たちを弔った後、クラピカは何日かじっと家の跡地を動かなかった。もしかしたら生き残った誰かが戻ってくるかもしれない。一人残らず弔ったはずのクラピカはそれでも期待せずにはいられなかった。
一日、二日、三日と経った。
自分がいれば何かが変わったとは思わない。ただ奪われた眼が二つ増えただけ。
怒りか、悲しみか、とうとうクラピカは走り出した。否、逃げ出したかったのかもしれない。どれだけ走ったかは分からない。何度も立ち止まったがそれでも再び走り出した。
やがて拓けた草原にたどり着き、漆黒の闇の中、ぽっかりと浮かぶ白い月を見上げた。遠くに見える暗い海。ざわざわと風に揺れる赤と紫の花畑。次第に真っ赤に染まる夜空。亡き同胞たちの嘆きの声が、クラピカには聞こえた気がした。
——この光景を、自分は生涯忘れることはないだろう。
緋色の瞳に情景を焼き付け、そこからクラピカの記憶は途切れている。
…………
時刻は午後8時を過ぎ、外灯のない村は真っ暗闇に覆われていた。
この家の居候であり村長のコータローは「すまんが寝る」と言い残して既に就寝し、別室を充てがわれたクラピカは一人、家主の帰りを待っていた。
シロエからは長年森の番人を務めている戦士で、厳つい見た目をしているが怖がらなくても大丈夫な人物だと聞いている。
暫くすると玄関の方向から物音がし、クラピカが休む寝室に小さなノックが響いた。クラピカはおそるおそる返事をすると、扉を開いた先に居たのは大きな黒いクマの獣人だった。
彼の眼光を視界に入れた瞬間、クラピカは言い知れない恐怖に襲われた。そしてすぐに理解した。
彼は強者だと。
クラピカは以前クルタ族長老より、迷いの森に住む獣人たちについての知識を僅かながら得たことがあった。
曰く、獣人には2種類いる。
穏やかな生活を好み、集団をつくり協力することで安定した暮らしを送る獣人。一方は、戦いを好み、他人を受け付けないが故に数が極めて少なく、個々が強靭な肉体を持つとされる獣人。彼が圧倒的後者であることは明白だった。
その日のクロウはクルタ族の滅亡を目にし、相当気が立っていたため、クラピカに与えた威圧感は通常のそれを凌駕していた。それでもクラピカがクロウから逃げ出さなかったのは、彼の両手に抱えられていた荷物があったからだった。
「それは……!」
クラピカは思わずベッドから出て、ふらつく足取りでクロウに近づいた。
「大事な物だろう。すまないが破損の少ないものを選んで、あとは燃やしておいた」
死した後も人間の手で汚されるのは、あまりにも忍びない。
クロウはそう言って抱えた荷物を机の上に置いた。
クロウが抱えていたもの、それはクルタ族の遺品だった。
服、本、陶器、タペストリー、小さなアクセサリー、その数々。
あの日、全てを捨てて駆け出したクラピカが、二度と触れられるはずのない物たちだった。
「っ……ありがとう!」
思い出の品をクラピカはもう離すまいと抱きしめる。
「相当衰弱していたと聞いている。この村にたどり着けたのは本当に良かった」
彼は「オレはサイハテ村のクロウだ」と右手を差し出し、クラピカも「クルタ族のクラピカです」と握手に応えた。
「安穏を望む森は侵入者の時間を狂わせる。どういうわけか悪人が意図して村を訪れることは出来ないからな。君がここにたどり着いたのは幸運だった」
「……それが迷いの森と呼ばれる所以、ですか?」
「迷うのはこの森に悪意を持ち込む者だけだ。そんな連中にとっては、そうだな……迷いの森に違いない」
クラピカは集落にて得た迷いの森についての知識を思い出す。
昔、人間から迫害を受けた獣人たちが北の森に逃げ込み、その後を追った人間も、先に森に入った獣人もとうとう森から戻らなかった、と。森に入った人間たちは行方不明。生き延びた獣人が森の中に村を作り、その森を砦とし、それから何人も寄せ付けなかった。
それからのことらしい。この森が『迷いの森』と呼ばれ始めたのは。
どうやら自分はこの森に無害であると判断されたようだ。
「森に招かれた以上、君を歓迎しよう、クラピカ」
「……感謝いたします」
しかし、とクラピカは言葉を続けた。
「明日の朝には森を出て行きます」
クラピカはそう言い放った。
それはクロウを部屋で待つ間、ずっと考えていたことだった。しかし一方のクロウはその言葉に顔を顰める。
「……懸命な判断とは言えないな」
「でも……オレは戦わないといけないんです。奪われた同胞たちの眼を取り戻し、復讐を果たすまで」
クラピカはその決意を口にすると、再び激しい怒りに心臓が燃えるような感覚を味わった。
そしてクラピカの心情を理解するクロウは、やはり駄目だと首を振る。
「賛成しかねる」
「っ……なぜ!!」
当然クラピカには自分が何をするべきか判断する権利がある。反対など無視することもできた。
しかしクラピカには、同じく人間から嫌厭され、迷いの森で暮らすことを余儀なくされているという、自分と似た境遇を持ったクロウがどうして否定するのか理解できなかった。
「数週間後にはクルタ族虐殺のニュースが世界中に発信されるだろう。クルタ族が滅亡したと知っている人間が、今のお前の瞳の色を見て何を考えると思う。お前の気持ちは分かる。しかし残念ながらお前はまだ子供だ。体も弱ければ感情に振り回される。大人は子供を護る義務がある。……故に賛成できない」
——コータローの厚意を無駄にするつもりか。
クラピカは昂った感情が落ち着いていくのを感じた。
今のクラピカの瞳の色は緋色。
自分でも突拍子のないとこだと分かってはいるのだ。たったこれだけのやりとりに感情を振り回される。
一族全員を相手にし滅亡へと追いやった、まだ正体の知らない敵。そんな連中を今の無力な自分が相手にできるなど、思い上がりも甚だしい。
クラピカはサァァと怒りが鎮まるのを感じ、代わりに残ったのは遣る瀬無い感情のみであった。
「……彼は、何者なんですか?」
クラピカは自分を助けてくれた、コータローの存在を思い出していた。
自分と同じくらいの歳、背格好。人間でありながらこの村の村長を自称する少年。クラピカの目から見ても、コータローは不思議なことこの上ない少年だった。獣人だからと彼らに偏見を持っている様子もなく、まるで“それが当然である”と言わんばかりの様子だった。
クラピカの素朴な疑問に、クロウは「あいつは紛れもなく、この村の希望の光だよ」と返すだけだった。
「それはクラピカ、お前も同じだ。クルタ族亡き今、最早お前しか彼らの希望の光たりえない。お前は亡き同胞たちに誓って、決して命を粗末にすることは許されない」
クラピカは「お前は隠れろ」という最後の短いメールを思い出す。死の迫る危機であっただろうに、最期まで彼らはクラピカの今後を憂慮していた。それを粗末にすることの意味。
「今は休みなさい。そして力をつけろ。それがお前の今出来ることだ」
——とうとうクラピカは小さく頷いた。
…………
——オレがクラピカを拾って1週間が経った。
クロウさん曰く、先日村のお偉いさん方とクラピカのこれからを話し合った結果、クラピカがこの村に住むことが確定したそうだ。それから同じ人間同士、(見た目)年齢も近いから丁度いいだろうと、同じ家に住むという計らいとなった。ひとりよりふたり、ふたりよりさんにん。
クラピカが新たな仲間として家に加わり、はじめは陰気だったクラピカも少しずつだが元気な様子もみせるようになった。静かな家に会話が生まれ、これまでの暮らしよりも随分と楽しく明るいものとなった気がする。
——それからクラピカは体力を回復させた後、オレに付き添い、村で働くことになった。
クラピカのお陰で道の整備は予想以上の早さで片付いたし、開発予定にあった新しい果樹園の整地も完了。今後はリンゴの木を増やし収穫量を上げていく。
タヌヨシさんは「希少価値をつけた方が高く売れるネ」と言って収穫量を上げることに難色を示していたが、協議の末『収穫量は上げるが主に村の食料として利用し、今後は加工品にも力を入れていく』という方針でまとまった。
この調子でいけば、新しい果樹園の手入れ作業もすぐ終わらせる事ができるだろう。
そしてこの1週間、これまでなあなあになっていた住人たちの役割も一新させた。
これまで各々自由に、自分のためだけに仕事をしているだけだったが、当然だが効率が悪かった。協調性がないわけではないのに協力する場面が少なかったため成果も薄く、一つのことを終わらせるのに倍以上の時間がかかっていたのだ。
オレが提案したのは住人たち希望を出来るだけ叶えたグループ化だった。
村の公共事業を進め、よりよい村づくりの構想を練って進める開拓グループ。その日の糧を得に森へと繰り出し加工品の製作も担う狩猟グループ。森の外の村々との交流を進めて村の商品を売り、外の文化を研究する商人グループ。大きく分けてこの3つだ。
住人達にはこのうち必ず一つは所属してもらう。
狩猟グループはこれまで通りとして、問題は商人グループだった。
公共事業を進めていく上で今後はどうしてもジェニーが必要となってくる。
しかしこれまでそのジェニーを村にもたらしてきたのが、タヌヨシさんたった一人だった。もしタヌヨシさんの身に何かあったとして、代わりの人材が圧倒的に不足していたのだ。しかし外は危険も多く、ある程度自分の身を守れる人じゃないといけない。
これを提案した当初は反発もあるかと思ったのだが、村が綺麗になってきた今、村を強くしていくなら今と考えている住人が多いようだった。どのグループもバランスよく希望が出て、商人グループも腕に自信のあるメンバーが集まった。皆の意欲も充分といえそうだ。
グループリーダーは開発グループにシロちゃん、狩猟グループにクロウさん、商人グループにタヌヨシさん。オレはそのうちの三つを束ねる司令塔的な役割を果たす予定だが、割合で考えると、シロちゃんがこなす仕事の内容もあって、やや開拓グループ寄りだ。
クラピカも今のところはオレに付き添っているが、いずれ狩猟グループに移りたいと希望を出している。細身のクラピカには荷が重いんじゃないかと心配もしたが、クロウさんが「オレが助力するから心配いらない」と快諾してくれた。
——内政とよぶには程遠いが、これで随分と暮らしやすくなるんじゃないかと思う。
現在朝食を摂っている最中で、食事が終わり次第、昨日費用を全額支払った公共事業の様子を見に行く予定だ。
そう、今日ついに村待望の石橋が完成したのだ。
「1週間でよく資金が集まったもんだよ……クラピカも見に来るだろ?」
橋の完成にwktkしているオレに対し、クラピカの反応は冷静なもので
「1日で橋が完成するわけないだろう」
と、そっけない。
……
「どうして橋が完成しているんだ!?」
「だから言ったのに」
完成した石橋は見事なものだ。腐りかけのボロ橋は既に撤去され、住人たちはこれまで川の浅瀬を渡るしかなかったのだが、今後はそういった危険を冒さなくてもいい。
「昨日は奇怪な人形が踊っているだけだったぞ!!」
今日のクラピカは随分と噛み付いてくるなぁ。奇怪な人形とはもしかしなくてもドグウ君のことか。ドグウ君をはじめて見たときのクラピカも腰を抜かして面白かったが、今日はもっと面白い。
「ドグウ君は仕事人でね、ドグウ君が一晩でやってくれました」
「あ、あの人形が……!? どういう理屈でどうやって!?」
「理屈とか言われても……そういうもんだからとしか……」
公共事業を展開する場所を指定し、それに見合った対価、ジェニーを払う。
翌朝には完成している。誰が何と言おうとそういう理屈だ。
「いいのかそれで!」
やれ昨晩は作業音はしなかっただの材質がこの村には無い石だのなんだのとクラピカは喚く。
そこでどうしたものかと困り果てたオレの前に登場したのが、狩りを終えたばかりのクロウさんだった。片手には鴨っぽい鳥を掴んでいる。今日の晩ご飯は鴨鍋かな。
「クラピカよ、この森には精霊が住んでいる」
「精霊、ですか?」
あのドグウ君が精霊だと? とクラピカは胡散臭そうにしているが、それ以上にクロウさんの表情が確信に迫る(ようにみえる)からクラピカは口を噤んだ。
「よく考えてみるんだ、そもそもこの森は外敵を拒む神秘の森。無害な者を招き入れ、害悪のみの侵入を防ぐなど、そんなことが人間に出来る仕業か?」
「そ、それは……確かに」
「話題のドグウ殿も精霊の御業により現界したに過ぎん。対価を渡し、橋を造り、役目を終え精霊の懐に帰った。神秘の成せる業だと考えれば頷けるだろう」
「神秘……」とクラピカは繰り返し呟く。
「クラピカよ、私たちは神秘を見たのだ」
「!!」
クラピカは雷を受けたような衝撃を受けた。そうか、そうだったのか、とぶつぶつ呟いている。
クロウさんはオレをちらりと見て「あとは任せた」と残し去って行った。なんだかよくわからないが、クラピカがうまいこと丸め込まれたということだけは分かった。
「クラピカ、次は果樹園へ果物を植えに行くぞ」
「あ、ああ、すまない」
クラピカはようやく我に帰り、目の前の現象と折り合いをつけたようだった。
どうやら完璧にクラピカはこの森のプレイヤーではないみたいだ。そしてこれまでの会話から、異世界の人間でもないことも確認がとれている。
この世界に生まれた人間。
外ではドグウ君を用いた公共事業も常識ではないそうだ。クラピカが常識はずれなわけではなくて、おそらくこの村の仕組みが普通ではない。
オレはもっとこの世界のことについて知るべきなんだろうな。
思えばゲームでは外の世界がどういうふうになっているか、なんて描写は無かった。
しばらくオレは森の外に意識を向けるつもりはないし、まずは身近な情報源であるクラピカに話を聞いてみたいところだったが……。つい最近、ようやく元気を取り戻したクラピカに話を聞くのもなんだか躊躇われる。
クラピカがオレに気を許していない、というわけではなさそうだ。それでも事情を知っているクロウさんにはそっとしておけと言われている。
クラピカによっぽどのことが起きてしまった。それだけ分かるのだから、オレはただクラピカが話してくるのを待っていよう。
…………
「どうして芽がすぐ出るんだ!!?」
果樹園でも暫く面倒は続きそうだ。
【ちょっと考察】ハンター1巻においてクラピカは「うち捨てられていた同胞の亡骸からは1つ残らず目が奪い去られていた。今でも彼らの暗い瞳が語りかけてくる」と言っていることから、クラピカは同胞の死体を見ているはずです。少なくともクルタ族虐殺のニュースが世界に広まる前に、クラピカは同胞たちの悲劇を知ったと推測しました。原作ではその後のクラピカの行方は描写されてない(はず)ですが、おそらくたった一人で各地を放浪したのだと思います。今後の展開で矛盾が生じる可能性が多分にあるのですが、拙作では原作32巻までを参考にさせていただきます。