究極の安穏生活   作:もも肉

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森の暮らし編
第1話


 深い深い、鬱蒼たる森の中。

 まるで人の目を拒むかのように、その村はあった。村と言っても住人は30人にも満たない、とても小さな村。昼間だというのに薄暗い森を出て、ぽっかりと拓けた地に陽の光を浴びて存在するその光景は、まるで森の祝福を一身に受けているかのようだった。

 

 村の中心にある石畳の敷かれた広場では、朝から森の住人たちが忙しなく行ったり来たりと往復していた。広場の周辺に生える木々の間には、色形様々なガラスの装飾が架けられており、風が吹き抜けるたびにカラカラと透き通った音色を奏でている。石畳の中心には巨大な円卓が置かれ、その上に森の住人たちは次々と森の御馳走を並べていく。村から少し歩いた先に広がる海で穫った魚や貝の蒸し焼き、今朝狩猟したばかりの鳥を豪快に使った丸焼きや唐揚げ、デザートに村の果樹園のリンゴで作ったパイなど。

 今日はここ数年、久しく行われていなかった、森への感謝と村の発展を祝う祭りの日だった。

 

 ようやく最後の料理が机上に置かれる。住人たちは祭の準備が終わると皆口を閉ざし、木製のマグカップを片手に、円卓のすぐ側に設置された小さな木の壇上に注目した。その表情は緊張感を含んでいるが、それでも皆どこか、次の瞬間を心待ちにしているかのような表情であった。

 

「それでは村長からのお言葉です」

 

 司会の進行が始まり、程なくして壇上に上がったのは年端も行かない()()()少年だった。利発そうな黒髪黒目の、どこにでもいるような普通の少年。

 未だ子供の少年が、村長という肩書きを持って壇上に上がるのはかなり不思議な光景であったが、そんな少年を住人たちは当たり前のように受け入れていた。少年の姿を確認し、村の住人たちから歓声が上がり口笛が鳴った。

 その少年は勿体つけるように咳払いをすると、広場に集まった()()()皆を見渡した。

 えー……、と変声期を迎える前の少年の高い声が広場に小さく響く。

 

「村長です。オレがここに来てから2週間ほど経ちましたが、毎日、村の優しい皆様方のお世話になっております」

 

 少年の言葉に住人たちはくすくすと笑みを零した。その様子に少年はほっとしたように肩をおろす。

 

「改めて、こんなオレを受け入れてくれて感謝しています。話が長くなるのもあれなんで、村の今後の発展を願って……」

 

 かんぱーい!

 少年の号令とともに森の住人たちは手に持っていたマグカップを掲げた。

 

 サイハテ村万歳! コータロー村長万歳!

 

 歓喜の渦が獣人の村を包み込んだ。

 

 少年の名はコータロー。

 獣人の住まうサイハテ村唯一の人間にして、村の村長、そして異世界からやってきた迷い人だった。

 

 

 

…………

 

 

 

 朝靄のかかる森の中。時刻は未だ6時を迎えないというのに、村の道を熱心に整備する一つの人影があった。

 この世界のものではない文字がプリントされたTシャツにジーンズ素材の短パン、足にビーチサンダルを履いて、両手には土で汚れた軍手といった格好の少年。緑が多く、早朝の寒さが未だ覆うこの村で活動するのには随分と軽装に見えるが、少年にとって服装は汚れがつきにくいもの程好ましく、袖や裾が長いものよりも短い方が都合が良かった。

 

 少年の片手には身長に釣り合わないほどの、巨大な黄金の斧が。

 次の瞬間、ブンと風を切る音の後に木が傾き、そのまま重々しい音をたてて倒れ、湿った芝生の大地を揺らした。少年は木が上手く倒れてくれたのを確認すると、倒れた木はそのままに、別の木に向き合った。

 肩から地面まではあるだろう大きさの斧を、少年はまるで発泡スチロールを振るうが如く難なく扱ってみせる。そして不思議なことに、どんなに太い木も3度の切り込みのうちにたちまち倒れていった。

 今切り倒した木で丁度10本目だが、黄金の斧は刃こぼれ一つしていない。

 そんな黄金の斧は役目は終えたとばかりに、少年の手の中から次の瞬間には消えていた。少年はそれを気にせず、切り倒した木を村の木材加工場に運んで行くべく手をかけた。そしてその倒された巨大な木々も、少年が触れるたびに消えていく。

 

 ――圧巻の光景であったが、この村の住人にとって、少年の一連の働きは日常のものと化していた。

 

「今日はこんなもんでいっかな。あとは木材加工場に運んで終わりにしよう」

 

 そこでひと仕事終えた少年に声をかける村人が一人。

 

「コータロー、朝飯にするぞー」

 

 そう声をかけたのは体長2m近くはあるだろう、大きな黒いクマだった。クマと言っても首から下の骨格はまるで人間のようで、きちんと服も着用している、この世界における“獣人”という種族の青年だった。この村では少年以外の皆が、彼のような獣人である。

 彼は少年の作業していた場所からほど近い場所に住んでおり、ログハウスのデッキから手を振って、少年に朝食が用意できたことを伝えた。

 

「はーい! クロウさん、もう少ししたら行きまーす!」

 

 少年はそう応えると、文字通り、朝飯前の仕事をきちんと終わらせるべく、村の木材加工場へと急いだ。

 

 

 

…………

 

 

 

「お、戻ったか」

「ただいま戻りましたー!」

「朝からごくろうさん。今日の朝飯はスクランブルエッグとライ麦パン、コーンサラダと……あと、お隣のバニーラさんから頂いたバジルのウインナーとオレンジケーキだ」

「朝から豪勢ですね!」

 

 食卓にはすでに朝食が用意されており、食欲をそそる匂いが漂ってきた。人里離れた森ではなかなか味わえない食材が使われた朝食にオレは早く在り付くべく、若干駆け足で洗面所へと向かった。同居人のクロウさんは椅子に座り、オレが手を洗って席に着くのを待ってくれている。

 

「それじゃあ、いただきまーす!」

「どうぞ召し上がれ」

 

 食材や料理してくれたクロウさんに感謝を捧げ、まず最初にスクランブルエッグから手をつけた。

 とろとろとした玉子をスプーンで掬い、ケチャップを少し絡ませてパクリと口にする。ほどよいバターの風味が鼻から抜け、甘酸っぱい新鮮なトマトの味が舌の上で混ざり合う。そこでサクサクに焼かれたライ麦パンを口いっぱいに頬張った。ライ麦の香ばしさとスクランブルエッグの旨さに、食欲は留まる事を知らない。

 労働の後ということも手伝い、腹ぺこのオレにとってこれ以上無い御馳走となった。

 

「コータロー、午前はこれから何をする予定なんだ?」

「9時頃からシロちゃんと石橋の建設場所を下見する予定です。午後はまた雑草抜きと道の整備に当たろうかと」

「そりゃあ良い。橋は随分前に壊れたままだったしな」

「皆さんこれまで浅瀬を歩いて渡っていたみたいで……それじゃああまりにも不便なので、風車よりも先に、ということに」

 

 クロウさんはうんうんと頷くと、オレの皿にバジルのウインナーを2本追加してくれた。

 

「村長の思うようにしな。オレたちはコータローを信頼してる。任せたぞ」

「クロウさん……ありがとうございます……!」

 

 頑張ろうと思ったときに食べるご飯って、なんでこんなにも旨いのかなーと思いながら、オレは残すこと無く朝食を食べ終えた。

 

 

 

…………

 

 

 

 オレの名前は田中耕太郎。田中太郎にプラスアルファで『耕』の字がついただけの、ただの耕太郎だ。名は体を表すとはよく言ったもので、見た目はまるで普通を絵に描いたかのような人間である。

 頭の中で考えうる限りの普通人間、皆の『田中太郎』を想像してみたとしよう。一人一人思い描く姿形は少しずつ違うと思うが、その思い描いた顔に、せめて目は二重であるという情報を加えてあげるとしよう。大体オレに似ていると思われる。まさしく普通の権化。ゲームのメイキング時における所謂デフォルトのようなオレ。これといって困ったことはないが、もう少し特徴的な顔をしていたら、なんて思うことも多々あった。

 先ほどの話にもあったように、ここ、サイハテ村の村長をしている。

 

 皆様おわかりだろうが、オレは『どう○つの森』の世界にトリップしてしまったらしい。

 

 およそ2週間前、オレは大学の卒業を控え課題のレポートにとりかかっていた。現在大学4年生。夏にまあまあの業績を上げる広告代理店から内定を貰い、数ヶ月後にはブラックな毎日を送る予定である。そして卒業は出来るだろう程度のレポートを、ようやくの思いで完成させたのだ。

 もう昼かー、昼飯無いしコンビニ行って……飯食ったら寝よう。それにしても今日は暑いなー。ご褒美にアイス買っちゃお! コンビニ涼しー、アイスうまー。

 

 その矢先にこれだ。

 

 なぜどうしてどうやってこんな森に来てしまったのか、心当たりも原因も全く分からないが、とにかく今居る場所はどこまでも森だった。

 何の前触れもない。お昼を食べたら寝ようと決め、普通に帰り道を歩いていただけ。固いはずの歩道が柔らかいと感じたらコンクリートが草むらになっていた。それから訳も分からず、生い茂る草をかき分けながら森の中を進み、半泣きになっているところを現在の同居人であるクロウさんに保護してもらい、今に至る。

 はじめはクロウさんの姿にかなりビビったが、憔悴するオレにクロウさんはすごく親切に対応してくれた。こうして家の無いオレに部屋を分けてくれて、食事の面倒も見てもらっている。

 

 そこからどうして村長になるなんて展開になるんだ、っていう話だが……。

 オレがサイハテ村に来たばかりの頃、村の様子は酷く荒廃していて、雑草まみれの雑木林さながらだった。

 話を聞くと、なんでもサイハテ村の村長は代々()()()()()()()()()就任する決まりとなっているのだが、前任の村長がある日失踪してしまったらしい。

 獣人の人たちは村長がいないと森に関与することが出来ない決まりみたいで、長い時が過ぎ、雑草を抜くことも叶わず、荒廃した村へと変わり果ててしまったそうだ。

 雑草なんて普通に抜けるだろ、とそのときのオレは思ったが、それがこの森の“制約と誓約”だとわけの分からないことを教えられた。

 

 簡単に例えるとすると、村長がいない村で家を建てるとしよう。その家は翌日、陽が昇ると同時に姿を消してしまう。資材として伐採し、切り倒した木々も、何事も無かったかの様に元通りになってしまう。同様に橋を架けたとしても、雑草を抜いたとしても、翌日には橋は無くなり、雑草は再び生い茂る。そんなことが普通に起こり得てしまう森らしい。

 

 オレはその辺りでようやく気づいたわけだ。あ、ここって、どう○つの森の世界なんじゃないの、と。

 

 引っ越してきた村にやってきたプレイヤーは、その森に住む動物達に頼まれて村長になる。穏やかな村で動物達と仲良くなったり魚や虫を穫って遊んだり、公共事業で村を発展させたり……。のんびり気ままなスローライフを楽しめる、あのゲームだ。

 確かにゲームでも動物達は森の環境の殆どに手を加えることができなかった。若干の違和感はあるけれど、ゲームの設定を現実に表現してみるとこんな感じになるのだろう。

 

 その後、住人の皆から涙ながらに懇願され、オレは村長に就任。皆の必死の形相に、これまで周りに流されるまま緩い人生を送ってきたオレは、こんなにも誰かに頼られることがあっただろうか。そう思った。

 この世界がどう○つの森の世界なのだとしたら話は早かった。この村を、住み良い村に開拓してやろうじゃないか!

 しかし、村長就任の儀式を執り行い、事は起きた。

 

 オレの体が縮んでしまった。

 

 175cmあったオレの身長は140cm程まで縮んでしまい、見た目は小学校高学年の頃の姿に逆戻り。儀式を行ってこんな事態になることは今までなかったとクロウさんは言っていた。

 オレの予想では、儀式を通じて、体がどう○つの森仕様にカスタマイズされたのだと思う。ゲームのプレイヤーの見た目は子供だったし、その予想を証明するように、体が縮んでしまったその日から“きんのオノ”などの道具や“もちものらん”が使えるようになった。

 “もちものらん”は鞄などの入れ物を必要とせずに物を収納できる仕様だ。使うように意識をすると、まず16個の白い円が頭の中に浮かび上がる。内6個は最初から“きんのオノ”などの道具が入っていたため、既に金色に色づいていた。つまり残りの10個分“もちものらん”に収納することができる。物を取り出したいときは取り出すアイテムの名前を念じ、逆に収納するときには軽く手で触るだけでいい。

 村の皆も“もちものらん”があるのかとオレは思ったが、どうやらこれを使えるのはオレだけのようで、クロウさんには無闇にこの事を言いふらしてはいけないと釘をさされてしまった。

 

 そうなんやかんやで2週間経ち、昨日は村で歓迎会も開いてもらい、オレは村の一員として日々頑張っている。

 村長が就任している状態なら村の皆も森で作業が出来るらしく、最初の1週間は皆で雑草抜きと道の整備に精を出し、2週間目からはオレがトリップしてしまう前にコンビニで買っていたリンゴを使い果樹園作りをした。

 そして昨日、村の総務を担当しているシロちゃんが能力に目覚めたとか何とかで、公共事業がようやく解禁となった。何でかオレはシロちゃんにいたく感謝された。

 

 この2週間を簡単にまとめるとこんな具合だ。

 

 村長が就任した今でも村は無い無い尽くしだが、確実に良い方向へと向かいつつあるのは確かだ。

 オレ自身も元の世界で送っていた自堕落な生活は一変し、早寝早起き、一日三食、適度な運動、澄んだ森の空気と、体の芯から健康になってきている実感がある。筋力も徐々について肌もつやつや。唯一の悩みと言えばネット環境が無いことくらいか。それでも毎日ネトサしたいと思う暇もない程忙しいので、あまり気にはならない。

 元の世界に戻ったとしても、できればこのような生活を続けたい、が、都会の会社に就職が決まった手前難しいだろう。

 ……ところでオレは帰った時点で職がまだあるのか? 半年後なんて中途半端な時期に帰れたとしたも非常に困る。

 

 ……いっそ帰りたくねーなー。

 

 それでもオレは今の状況に悲観してはいなかった。この世界なら、自分は何かをやり遂げることが出来るかもしれない。そんな漠然とした確信があった。




色々ぼかした点はありますが、後々明らかにしていく予定です。
森の住人たちは魔獣ではなく獣人とさせていただきます。

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