リズのアトリエ 麻帆良の錬金術師   作:マックスコーヒー

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※ライトなGL要素を含みます※
苦手な方は読み飛ばしても問題ありません。
また、読み飛ばした方のために、次話の前書き部分に「20時間目のあらすじ」を添付する予定です。


20時間目「文系少女と理系少女」

side:綾瀬夕映/図書館島・地底図書室

 

 

「だからってトイレの芳香剤はあんまりだー! って、アレ?」

 

 地底なのに暖かい光に満ち溢れて数々の貴重品にあふれているといわれる、本好きにとっては幻の楽園「地底図書室」を私はレア本を探しに探索する事にする予定でした。勉強? そんなの知った事じゃねーですよ。

 

 しかし、目当ての本を発見する前にバカゴールドこと音無さんを発見してしまったです。どうやら上から落ちてきた際に妙な蝶の意匠の仮面を落としてしまったらしく、素顔の状態でした。トイレの芳香剤がどーとか叫んでますが、寝ぼけてるんでしょうか?

 

「あのー、音無さん? 怪我とかないです? 主に頭とか」

 

「うん、大丈夫」

 

 砂浜の上にうつぶせになった音無さんを手を貸して助け起こし、立ち上がらせる。パッと見は傷一つ無く見えるです。

 

 というか、アレです。むしろ傷とかシミとかホクロとか一切無くてきれいです。よく見たら、塗れて乱れた髪が色っぽいとか、無駄にヒラヒラした白くて薄い衣装が水で肌に張り付いて……うっすら透けて艶かしいとか。

 

「うー、びちゃびちゃして気持ち悪いよー。レースとかいっぱい付いてるから水を吸い込んで、服が重いっ!」

 

 とか言いながら無警戒でスカートが吸い込んだ水を搾らないでください! み、見えそうです……。

 

 ああ、そんな胸元の開いた服で屈んだら。あ、ピンク。……何がとは言いませんが。

 

 私は何を考えているのでしょうか……。私にそんな趣味は無いはずです。のどかとお風呂に入った事はありますが、なんとも無かったですし。そもそも、今日のオフロで音無さんも一緒で、「全部」を見たはずです。なのに何故わたしはこんなにも動揺しているんでしょうか。

 

「どしたの?」

 

 靴と靴下を脱ぎながら、私に笑いかける音無さん。軽く上目遣いのその表情は、色々ヤバいものがあるです。

 

「い、いえ。なんというか、音無さん。隙が多い女性だと言われた事はありませんか?」

 

「え? うん。なんかね、師匠にも前の学校の人にも言われた。特に女の人から『わざとなの?』とか言われるんだけど。私はかなりの鉄壁ガードだと思うんだけどなぁー」

 

 どうやら無自覚な様子。もしこれで計算でやってるなら、とんだ役者です。

 

「それより、綾瀬さん。ちょっぴりオデコのところに怪我してるよ」

 

 音無さんが私のオデコの右側を指差す。触れてみると軽い痛みがあるです。地底図書室に来れた事で興奮して気づいていなかったみたいですが、こうして意識してしまうとジンジンとした痛みを感じてしまうです。

 

 他のメンバーには前髪で見えなかったんでしょうか。

 

「じっとしててー。傷薬を塗るよー」

 

 考え事をしていると、目の前に音無さんの顔がっ! 手にはどこから取り出したのか「ヒーリングサルヴ」とラベルが付いているプラスチックのケースを持っているです。

 

「おっ、おっ、おおお、音無さん! ち、近いです!」

 

「ん? 近づかないと塗れないよ?」

 

 私の視界の6割ほどが真剣な表情の音無さんで占められる。音無さんの白いレースの手袋を付けた手が、そっと怪我をしている部分に触れないように前髪を持ち上げる。

 

「あー、これくらいなら傷薬を塗れば痕も残らないで、すぐに治ると思うよー」

 

 傷を確認した音無さんは、まるで花が咲いたかのような華やかな笑顔になった。

 

「やっぱり女の子だからねー。折角の綾瀬さんの可愛い顔は1ミリだって傷が付いたらもったいないもん!」

 

 音無さんが手袋を取って、私のオデコに薬を塗ってくれたです。なんか恥ずかしくなって、うつむいて目をつぶってしまう。

 

「あ、ゴメン。痛かった? 一応、ほんのちょっとだけど鎮痛剤っぽい成分も入ってるからじきに痛みは引くと思うけど」

 

「だ、大丈夫です」

 

 薬が塗られた部分が暖かくなって、ジンジンする傷の痛みが収まってきているのがわかる。

 

「スゴイですね。これが雪広財閥御用達の薬の実力ですか」

 

「雪広さんの所に薬を作ってたのは、ほとんど師匠だけどねー。師匠の傷薬だったら、もっと大きい傷まですぐに治せるし、それに加えて自然治癒力アップ効果まで付いてるよ。私はまだ修行中だから、治せるのは擦り傷や軽い切り傷までが限界だし、完治まで時間がかかるんだよ。これでもちょっと頑張ってるんだけどなぁ」

 

 音無さんの師匠さんって凄い方なんですね。自然治癒力までまでアップさせるのは、インチキ臭いですが。

 

 それよりも、少し陰のある表情で笑う音無さんの方が、なんか痛々しくて気になったです。

 

「んー、これで大丈夫かな? ガーゼが無いから治療は完璧じゃないし、傷が残ったり、かぶれたり、なんか異常があったら言ってね?」

 

 次の瞬間には陰は消え、私の知っている音無さんに戻る。音無さんとは、まだ出会って半日しかたっていないですから、どちらが素なのかは判断に困る所ですが。

 

「い、いえ。大丈夫です」

 

 音無さんの質問に答えながら、私は彼女との交友について考える。どうも先ほどから彼女と話していると私の感情がおかしな方向に向く事が多いですね。

 

 彼女はその辺のつまらない人とは根本的に違う感じがするので、今後も付き合っていきたいのですが……。過去に似たようなケースが無いのが悔やまれるです。

 

 ノドカやパルのように、『本好き』という共通点があるわけでもなく、お爺さまのように哲学について語り合えるわけでもない。

 

 もちろん、怪我を治療してくれたとかそんな安っぽい恩でもなく――もちろん感謝していないという訳ではないですが――、なぜか無性に彼女が気にかかるです。

 

 彼女が笑うと私も嬉しい、彼女が暗い表情をしていると私も何故か不安になるです。これは一体どういう状態なのでしょうか? 今までに体験した事のない心理状態です。

 

 むー、これは今後の付き合いで、少しづつ研究していくしか無いかもですね。

 

 

 

 

 色々悩んでいたが、ふと肩に怪我をしたアスナさんの事を思い出した。

 

「あ、そうです! アスナさんが肩に負傷をしているのです! もし良ければ治療をして頂ければ!」

 

「え!? ホント!?」

 

 私の話を聞いてすぐに駆け出した音無さん。

 

 あ、そんな風に前後確認しないで走り出したら――

 

「へぶっ」

 

 ――やっぱり躓いたです。

 

 音無さんは砂浜に足をとられて、踏ん張った所の砂が崩れ、見事に頭から砂浜につっこんだ。そのあまりの見事さに私は声もでないです。今時、コントだってこんな見事なコケっぷりは見られないですよ?

 

「だ、大丈夫です?」

 

「あはは、大丈夫、傷薬に砂は入ってないよ? さっきちゃんとフタをしたし」

 

「え? あ、いえ、薬じゃなくて、音無さんの事を言ってるんですが」

 

「ん? あ! 大丈夫、大丈夫! 昔から身体だけは丈夫だから!」

 

 音無さんはそう言うと、全身についた砂を払いながら胸を張る。

 

 こういうのを医者の不養生というのでしょうか? 彼女の場合、薬剤師ですから、なにか違うような気がしますが。

 

「ふふ、やっぱり音無さんは面白いヒトですね」

 

「えー、私ってお笑い担当って事? 綾瀬さ――」

 

「夕映でいいですよ」

 

「じゃあ、私も『音無さん』じゃなくて、リズってことで」

 

「これからよろしくです。リズさん」

 

「うん、よろしくね。夕映ちゃん!」


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