side:リーゼロッテ/????
『リーゼロッテ、これから私は貴女に錬金術を教えることにした』
あれ? 師匠? 私は図書館島で……。ああ、これはもしかして、ヒトが死を目前にすると見るというあの噂の走馬灯とかいうヤツです?
ちなみに男らしい口調とハスキーボイスで電話口で誤解する人が多いけど、師匠は立派な女性……胸も結構ご立派。
幻覚の登場人物である師匠は私が錬金術を習い始める前の“格好”だ。当時、私は物心ついた直後で言葉通り右も左も分からない状態で「れんきんじゅつ? なにそれ、おいしいの?」という感想しか出て来なかった。
この直後、当時3歳の私に向かっていきなり錬金釜と必要資材だけ渡して、一切の予備知識を与えずに、
『ほら、中和剤作りなさい』
などと言い放った時は、途方にくれた。
この金属の入れ物はなに? この草とか色のついた水とか何? そもそもチュウワザイって何? それってどうやって作れば良いの?
そんな風にオロオロしている私に向かって、さらに追い討ちを掛けるように師匠がニヤニヤ声で、
『出来るまで駄菓子箱封印だからな』
駄菓子箱というのは、私が「食べていいと許可されたお菓子が入った箱」で、それ以外のお菓子は全部師匠のモノで、勝手に食べたらこっぴどくしかられる。栄養が取れれば良い思考の師匠+師匠の料理スキルは壊滅的のコンボで、まともな「おいしいもの」は市販のお菓子しかなく、楽しみも1日1度のオヤツタイムしかなかった私には、「駄菓子箱封印」はほとんど極刑に等しい。
「ふぇぇ!?」
鬼畜ですよ。マジで。
『フフフ、別にこのまま見てても楽しいのだが、ヒントをやろう』
よかった、なんとかなるかも! と、私はその時思った。
『錬金術という技術において、私がお前に最初で最後に教える1つ……、いや、2つ教えてやろう』
ドキドキしながら待っていると、師匠はめんどくさそうにため息を1度した後、
『いや、3つか。1つ、この話を聞く時はメモを取れ。一字一句間違えずメモし、意味が分からん語句は後で自分で調べろ。質問は一切無しだ』
無慈悲にも1つ目のヒントを出した。どう考えても「中和剤」を作る為のヒントではないけれど、その時の私は机の上にあった私のお絵かきノートと筆記用具を使って一生懸命に師匠の言っていることをメモした。
『2つ。私はもちろん、誰であろうと他人から教えを乞うな。自分の目で確かめろ。分からないことは本とか読んで調べろ、だがその内容を鵜呑みにするな。その正誤は自分の目で確かめろ』
師匠の前言通り、私の分からない単語が多かった。
『端的に言うと「ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん」ってやつだな』
そして師匠は、続けて『意味はすぐ分かるさ』と付け加えた。
『3つ。錬金術ってのは自分の為や、ましてや国・企業・団体の為の技術じゃない。ヒトが豊かであるため……、あー、簡単に言うと、皆のために錬金術を使いましょうって事だな。どっかのバカ達みたいに「無償奉仕で私ってえらい!」とか自己満足に浸ってるのもいかん。相応の苦労には相応の対価をもらう必要がある。その対価を以って、己の身を立て、あまった対価で原料を買って、もっと多くのヒトの依頼を受け、さらにもっと多くのヒトから対価をもらい、このループを繰り返し、ヒトに技術と幸福を与える。これが錬金術師だ』
長い上に難解。当時は『偉大な魔法使い』を目指すボランティア精神に溢れる人たちの事も知らなかったし、言っている意味が本当の意味で分かったのは九州の学校に通いだしてからだった。
『端的に言うと「錬金術師よ、大衆のためにあれ」ってやつだな』
今の私はあまり実践できていない部分だ。薬剤師の免許を取れればちょっとは一般の人達の役に立つ事もできるんだろうけど、まだしばらく先になりそうだなぁ。
『現在においては、単純に
師匠が何を言っているかサッパリだった。どう考えても3歳に言う様な内容じゃないよなぁ。メモを正確に取れた事は奇跡だとしか言いようが無い。
で、その後、オヤツの為に必死で「言葉の意味が載っている本(辞書)」を探し当て、師匠の言っていた意味の解読と理解に半月。
暗号まみれの錬金術書から『中和剤』のレシピを探し当てるのに1ヶ月。その理解にさらに1ヶ月。計2ヶ月半の間に材料が駄目になっていたので、その材料の採取に半月。合成の試行錯誤に3ヶ月かかった末に、ついに『中和剤』の合成に成功。
実に半年もの歳月を費やし出来た中和剤を師匠に渡すと、師匠はにっこり笑って受け取った。その笑顔が本当にうれしかった。オヤツが食べられくなった事とか、途中ですっ飛んでいた。
『良くやったな、リーゼロッテ。「ねだるな勝ち取れ」』
そう言うと、駄菓子箱にかかった鍵を開けて、私が大好きなスティックの先にイチゴ味のチョコレートが付いている駄菓子や、海苔と塩がたっぷりかかったポテトチップス、おなじみのコーラ味をはじめキワモノのスイカ味とか色んな味が詰まったキャンディーの袋、その他たくさんのお菓子を私の眼前に取り出した。
『「さすれば与えられん」ってな。何事も初めが肝心だ。中和剤の材料と作り方を渡して手取り足取り教えれば、たった半日で中和剤を作る事ができるようになるだろう』
「半日!?」
『だが、貴女は半年という長い時間を掛けて、ゆっくりと遠回りしながら、なんとか成果にたどり着いた』
研究に没頭した日々を思い出す。合成実験に入った後は合成失敗による爆発なんて日常茶飯事。むしろ爆発しなかった日の方が少なかった。
だけど、錬金術書の暗号が解けた時、新しい素材の特性や利用法を知った時。そして、中和剤が完成した時。私は何とも言い表せない感動に打ち震えた。
今思えば、錬金術という学問の学者として、私が本当に一歩目を踏み出したのは、お菓子をエサにして勉強を強いられた時よりも、こちらの方かもしれない。
『これから錬金術を研究する時はもちろん、あらゆる困難に直面した時、この半年を思い出せ。やる気と時間さえあれば、錬金術師に不可能は無い』
どうでもいいけど、師匠……。キメ顔してる所悪いですけど、その錬金術師のチカラであなたの借金を返してくださいよ。おかげで私はエライ目にあったんですよ!!
『フッ、すでにその借金は私のモノではない。お前のモノだ! ワハハハハハ!』
あれっ?! 過去の師匠につっこまれた?! いや、私の走馬灯の中の師匠だから、私の現状を知っていてもおかしくはないけど。
ちなみに、私が作った中和剤はトイレの芳香剤という、超どうでもいい物の材料に使われた。
師匠曰く『あんな粗悪品、客に出す薬に混ぜられるか』