side:リーゼロッテ/麻帆良学園・女子寮
私は戸惑っている。
どうしよう。焦る。
『ソレ』はけたたましく音を発し振動し、今も私を急かし続けている。
ぶっちゃけ、学園長からもらった携帯電話だ。
しかも最近増え始めたデジカメが付いた二つ折り式のモデルで、機種代だけでもけっこうしそうな代物だ。
大浴場から帰ってきたら、なんかピロピロ鳴ってるし、ピカピカ光ってるし、パカっと開いたら「着信中:近衛 近右衛門(麻帆良学園・学園長)」と表示されてるし。
今までの人生で、人が持っているのを見たことはあるものの、自分自身で触れた事のない文明の利器というヤツなのだけれど、なにをどうすれば良いのか分からない。
万が一、『ソレ』に自爆スイッチみたいのがあって、うっかり押してしまったら、大変な事になってしまうかもしれない。
そ、そうだ! こーゆー時は分かる人に聞けばいいんじゃないかな?
クラスの人で機械に詳しそうな人……、葉加瀬さん! 葉加瀬さんとか詳しそう!
メガネだし! 名前がハカセだし!
「よ、よし、葉加瀬さんとこに……」
私は自室からとびだした瞬間に、私は気づいた。気づいちゃったのデスよ。
「葉加瀬さんの部屋わかんねーし!!」
こ、こうなったら、適当に隣の人に聞くか?
で、でも、そこそこ遅い時間だし、迷惑になりそうだし、隣の人にネームプレート見たら知らない人だったし。
もしかしたらまだ名前を憶えてないクラスの人かもしれないけど、1学年だけでも24クラスもあるし、単純計算で知ってる人に会える可能性は4.17%!
なんで、無駄にそんな計算はパッと出てくるのにー。
えっと、部屋を知ってる人っていたかなぁ。
「あ、明日菜さん! そう、明日菜さんならなんとかしてくれる!」
side:近衛木乃香/麻帆良学園・女子寮
さーて、そろそろ図書館島探検に為の機材を用意しとかんとなー。
直前でドタバタせんでええようにしとかんとな。
「ヘッドランプに、ロープにー、えっと、予備の電池はどこやったっけ~?」
「たしか、ベッドの下の収納にあったはずよ」
「あ、アスナ。ありがとな~」
収納には、年に2回ある停電の時用の電池とかランプとかがはいっとる。
「でも、今はウチの探し物より、勉強に集中せなあかんえ~♪」
「うう、木乃香のいぢわるー」
そんな風に、今日の『魔法の本探索』の準備をしていると、部屋の呼び鈴がなった。
「あ、明日菜さ~ん! 助けてー!」
「この声は、リズちゃん?」
「アスナ、呼んどるえ?」
「あー、ワタシはー、勉強にシューチューしてるから、まったく聞こえないわー。誰か来たとしたら木乃香かネギが出るべきよねー」
「あははは、さっきの仕返し? しょーがないなぁ」
で、ウチがドアを開けると、涙目になったリズちゃんがおった。
「あら? リズちゃん、約束の時間までもうちょっとあるで?」
「こ、木乃香さん! 明日菜さんは?」
リズちゃんは、なぜか真新しくてストラップも付いていない携帯電話を握り締めてた。
ついでに言うと、着メロもデフォルトっぽいシンプルなコール音が鳴っていて、女子中学生が使う携帯電話としては、なんちゅーか、華がない感じやなぁ。
「アスナなら、そこにおるけど、ケータイなっとるで?」
「あの、その、その携帯電話のことで明日菜さんに聞きたいことが――」
「アスナに?」
なんでアスナに携帯電話の事について聞くんやろ?
アスナ携帯電話持ってへんのに。
アスナが携帯電話を持っていないから、たぶん教えられへんことをリズちゃんに伝えると、へなへなと座り込んだ。
「もうだめだー、おしまいだー」
携帯電話にぎりしめながら、絶望するめっちゃかわいい女子中学生って、なんかシュールやなぁ。
「ウチならわかるで?」
「ほ、本当!?」
「リズちゃんのウチと同じ会社のヤツやし」
二つ折りの携帯電話を受け取ると、ディスプレイによく知った名前が表示されていた。
近衛 近右衛門って、ウチのおじいちゃんやん。
「あら、おじいちゃんから? なんで、リズちゃんの携帯電話におじいちゃんからかかってきとるん?」
「あ、その、自爆装置で、依頼で、ハカセさんで、わかんないから、明日菜さんに!」
「じ、自爆装置!?」
ハカセちゃんなら携帯電話に自爆装置とか喜んでくっつけそうやけど。
「あ、いや、その。あ! どうやったら通話できるん?」
「お、おちつかなあかんえ? なんかウチの京都弁うつっとるし」
とりあえず、今は電話がかかっとるし、通話ボタンを指してリズちゃんに返す。
「ほら、これで通話できるで~」
「わわっ、ありがと」
リズちゃんはあわてて携帯電話を耳に当てると、一言二言会話しただけで、
「えっと、どうやって通話終了すればいいの?」
と、聞いてきた。
「へ? もうええの?」
「うん。転校する時の書類に書き忘れがあったみたいで、ちょっと学園長室まで行かなきゃならなくなっちゃった」
「あー、大変やなぁ」
「うん、これだと私は図書館島探索へは行けないっぽい」
しょんぼりな表情で落ち込むリズちゃん。
さっきからそうやけど、リズちゃんの喜怒哀楽の表情がくるくる変わるのは見てるとおもしろいなぁ。
「わかった。ウチが皆に伝えとくから」
「ごめんね~。こんど、皆に埋め合わせするって言っといて! じゃ、また!」
とぼとぼと学園長室へ歩きだす悲壮感すら漂うリズちゃんの背中を私は見送った。
side:リーゼロッテ/麻帆良学園・女子寮前
「はぁ」
さすがにちょっぴり罪悪感。
書類の不備は嘘。
直接的な戦闘力が皆無な私は、普通の魔法生徒のような学園の守備につかなくていい代わりに、わりと良くこんな風にいきなり呼び出されて、魔法先生に「○○作れー」とか頭ごなしに言われる。今回は錬金釜の輸送と
前の学校では現場主義の先生&生徒が多かった関係で、補助部門の諜報担当の人とか、私みたいな装備・技術担当とか、かなーり肩身の狭い思いをしたわけですよ。
エヴァさんとかみたいに十分な研究費と材料費を、前金としてドンとくれるってのはひじょーにありがたいし、そこまでしてくれる人は少ない。
かなり無茶な依頼をされることが多く、借金で錬金釜を差し押さえられた後で、本格的な錬金術が出来ない状態だという事を伝えても、注文伝票を押し付けるのがけっこういた。
私たち技術畑の人間を下に見るくせに、当てにする魔法世界出身の現場至上主義が多かったのですよ。
しかも、ボランティアが基本で、お金のない魔法生徒さんたちは「偉大な魔法使いになる為には奉仕の心が基本だよね?」とかぬかして注文代金を踏み倒しやがった。
あの時はさすがに腹が立って、師匠から教わった『交渉術』を使って、きっちり3割増しの値段でお買い上げいただきました。
「ふふっ。ピーピーキャンディーの時は面白いくらいに引っかかってくれたなぁ」
1.頭にきた私が『キーワード』を唱えると下痢になる薬剤を開発
2.お菓子作りが得意な諜報部の女の子に頼んで、キャンディーにまぜる
薬品の味をごまかすために諜報部の技術とアイディアを使用する
3.ドラゴン●ールのブル●さんがウー●ンに使った「ピーピーキャンディー」のできあがり
4.ニコニコしながらチョコレート味のキャンディーをバレンタインデーに配る
5.トイレを一時的に使用不能な状態にする
6.諜報部に校内放送をハッキングしてもらい、全校集会のタイミングで『キーワード』を流す
7.私はトイレの前で唯のビタミン剤を持って待機しておく
8.彼らがビタミン剤を飲んだタイミングで『キーワード』の放送を止める
いやぁ。あの時はボロかったっすわー。
元値がたった10円のビタミン剤が1万円で売れる売れる。
最後はオークションまで始まって、3万円出したのがいたなぁ。
ちなみに、利益の半分は私の生活費に、もう半分は諜報部のオヤツ代になった。
ま、そんな事はどうでもいいとして、学園長室へ急ごう。
エヴァさんの依頼もあるし、早めに