「では! お題は『英単語野球拳』がいーと思いまーすっ!」
6時間の社会の時間の意地悪な集中砲火によって、ぐったりしていた私は、帰りのホームルームでなにやらとんでもない単語を耳にした気がする。
沸き返り、拍手喝采のノリの良いクラスメート。
「じゃあ、それで行きましょう」
なぜか『野球拳』がどんな物なのか確認もせず、ゴーサインを出す十歳のイギリス人教師。
やばい、やばいよ。
よりにもよって英語とか、真っ裸にひんむかれるのは火を見るより明らかなわけで。
「あんた、野球拳が何か知ってんの!?」
「ほらほらアスナもこっちこっち」
「いやー!! アタシ、脱がされる役に決まってるじゃん!」
あ、明日菜さんが椎名さんに捕まった。
よし、せっかく一番後ろの席になったんだし、気づかれないようにこっそりと脱出しよう。
幸い、明日菜さんに注目がいってるし。
「こっそり、こっそ――」
「どこに行こうというのだネ? マ……リーゼロッテ?」
振り向くと、私の肩を手で押さえて、逃亡を阻もうとするお団子+みつあみヘヤーの中国人留学生、チャオさんが!
「ちゃ、チャオさん!?」
なんか、笑顔なんだけど、目が据わっている。
俗に言う、目が笑ってない笑顔ってやつ?
「あはは。その、お手洗いに」
「逃げようなどとは、そうはいかないネ!」
ごまかそうとしたけどあっさり看破されたー!
チャオさんは単語帳を取り出し、私をクラスの中央へ連行する。
それに気づいた他のクラスメートが私を包囲する。
「おっとー! 新入りのリズちゃんが『麻帆良の最強頭脳』超鈴音と対決だー!」
あああああ、朝倉さん! 煽って注目を集めないで!
「最強……頭脳……?!」
「そうやでー。超ちゃん、いっつも中間・期末テストで学年順位で1位なんよー」
隣にいた木乃香さんが解説してくれた。
あ、あれだ、きっと、うん。
学年1位の優秀な娘が私に優しく教えてくれるんだ、きっとそうに違いない。
さっきの表情は私の幻覚だ、妄想に決まってる。
「日ごろの鬱憤、晴らさせてもらうヨ!」
「なんかストレス発散の的にされたー!」
なんで、こんなに気合入ってるのー! そんな恨まれることなんてしてないのにー!
「あうー」
あっさり、ひんむかれました。
現在、私が身につけているのはパンツのみ。ああ、ブラまで取られてしまった。
10歳とはいえ、男の子いるのにぃ。あ、ネギ君の頭の上に誰かのブラが……。
ってか、あれ私のじゃん!
「な、なにやってるんですかー!」
ようやくクラスの異常に気づいたネギ先生。
あうううー、ブラ返してくださいー。
「何ってホラ、答えられなかった人が脱いでくんだよ! 野球拳だもん」
ごく当たり前のように答えないで下さい、椎名さん。
「やっぱりこの5人が一番かー! 集中的に鍛えるよー!」
「あと、リズちゃんもねー!」
や、やめて! 切実にやめて!
「これは、バカレンジャーに新メンバー追加でござるな」
ビシッと他の成績不良のメンバーとポーズをキメながら、やったら背の高くて糸目の長瀬さんが話しかけてきた。
なぜかブラの代わりにサラシを巻いているのがとっても印象的だ。
「バカレンジャー?」
「クラスで成績が残念な5人のことアルよ! ちなみに、私がバカイエローで」
返答してくれたのは、色黒金髪の中国人留学生クーフェイさん。
私が言うのもなんだけど、このクラス本当に外国人多いなぁ。
「拙者がバカブルーでござる」
「私がブラック、アスナがレッドで、まき絵がピンクです」
次はおでこがチャーミングな綾瀬さん。
明日菜さんと佐々木さんを指して、ついでに紹介してる。
どうやらこの三人はともかく、残り二人はバカレンジャーを自称するのをためらっているようだ。
「うむ、リーゼロッテ殿は、追加メンバー故、バカゴールドでござろうか」
「ば、バカゴールド……」
確かに、戦隊モノの追加メンバーって他の色と違うのが多そうだけど、バカゴールドって……。
バカブラックとかイエローとかと比べると、格段に致命的にバカそうだ。
イメージ的には志●ケンのバカ殿みたいな? 豪華で金持ちだけど、致命的にバカな感じ? いや、あの人は別のベクトルで頭よさそうだけど。
なんとかブラとシャツを取り返して、落ち着いた所でネギ先生に目を向けてみると、椎名さんが話しかけていた。
「せんせーもやるー?」
「や、やりませんー!」
こともあろうか、英語教師かつ男の子のネギ先生を野球拳に誘った?!
明らかに色々おかしい所がありすぎてどうしようもねーですよ。
椎名さんはあきらめて、またも明日菜さんに狙いをロックオンして駆けていったけど、ネギ先生はどうやらお悩みの様子。
そりゃあ、担当してるクラスがこんな有様じゃあねー。
「ハッ……そうだ! 思い出したぞ!」
お、なにやら解決策が思いついたもよう。
私もこの惨劇に終止符を打てるなら、ぜひそのアイディアに協力――
「3日間だけとても頭が良くなる禁断の魔法があったんだ……それを使えば!」
――協力するしか――
「副作用で1ヶ月くらい頭がパーになるけど仕方ない」
「するかアホ!」
「コラーッ! やめやめーっ!」
私と明日菜さんのツッコミと言う名のダブルパンチがネギ先生の頭に左右両側から炸裂!
「ホニョ!」
まともに食らって奇声をあげるネギ先生。
「お! ナイスツッコミね、リズちゃん!」
「あはは、つい手がでちゃった」
「ア、アスナさん……、それに音無さん?」
「なにバカやってんのよ! いいからちょっとこっち来なさい!」
あっという間にネギ先生は明日菜さんに引きずられていった。
その光景を眺めながらボーっとしていたけど、私も付いていった方がよかったかも。
そうだ、そうしよう! これで英単語野球拳という煉獄から逃げられる!
「そうと決まれば、早速――」
「知らなかったノカ? 超鈴音から逃げられナイ!」
再び私の前に立ちふさがる『麻帆良の最強頭脳』ことチャオさん。
勝ち目がないのは明白で、そのセリフの元ネタでたとえるなら、メラも覚えてないようなレベル1の魔法使いが一人で
私は、一瞬で、脱がされた。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
「ああ、転校初日で全裸って……」
「同情するわ」
「あ、明日菜さん」
夕焼けに黄昏てる私に、そっと明日菜さんが声をかけてきた。
彼女も、何かの遠くのものを見ているような、そんな哀愁漂う雰囲気をかもしだしていた。
明日菜さんは語り始めた。ネギ先生のせいで想い人の前で毛糸のクマさんパンツ晒してしまった事、あまつさえ完全に「はいてない」状態を見られてしまった事。
そんな、どう考えたって黒歴史確定の思い出を。
「私なんかまだマシなほうなんだねー」
「うん、だから気にしないで」
「……明日菜さん」
明日菜さんとの間に、強い友情が芽生えた瞬間だった。
※3/27:バカレンジャーの配色が間違っていたのを修正。