スターダストテイル   作:米俵一俵

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4.銀の騎士

「すみません、ここ、閉める直前に教えてもらえませんか」

 飛行機に乗り込むなりそんな事を言うものだから、アテンダントはきょとんとしている。

 千時は、こそこそと小声で、作り話を聞かせた。

 ややこしい人物を遠方に送り届けたいが、一人では行かないと言うから、仲間全員で囲んで飛行機に乗せることにした。申し訳ないけど、直前でその人だけ置いて降りたい。私が仲間に合図したら、みんなですぐに降ります。内緒にして。料金はちゃんと払ってあるから。お願い。

 千時がそのまま、出入り口付近のスペースにあるカーテンの影に立つと、アテンダントはニコリとして、搭乗者への接客に戻った。

 やはり飛行機なので、これが結構長い。

 千時がうんざりしてあくびをし始めた頃、ようやく、頼んだアテンダントがそろそろですよと教えてくれた。

 見渡せば、座席がかなり埋まっている。

 千時は前方の座席へ向かって、パッと手を挙げた。囮役のスタープラチナが見ていてくれる手筈だ。

 すぐに男達四人が席を立ち、小走りにこちらへ向かって来る。隣で、まさかアレが連れだとは思わないアテンダントが目を白黒させていて、ちょっとおかしい。そりゃそうだよね、小さめの一般人が、あんな外人勢と一緒じゃね。

「ありがとうございました、失礼します。よいフライトを!」

 千時が言って、外へ駆け出す。四人も続いて飛行機を降りた。

 搭乗ロビーの方まで戻ってきてから、ジョセフが口を開く。

「本当にこれで良いのか」

「じゃないとまた落ちるよ」

 アテンダントが気を利かせて、敵を乗せたまま飛行機が出るか。

 それとも、一人、慌てて男が出てくるか。

 敵の名前もスタンドも覚えていなかったが、最初の飛行機がさっそくジョセフの呪いにかかることだけは覚えていたのだ。…ごめん。落ちるの笑って見てたもんで、そこしか。

 ただ、コクピットまで全滅させるようなスタンドだから重々気をつけろ、とは全員に予告しておいた。

 搭乗口が閉じる瞬間ギリギリ。回避したかと思った時、老人が一人降りてきたのが見えて、千時は叫んだ。

「あれだ!!」

 全員が少し戸惑っている、それはわかる、まだスタンドが見えていないからだ。千時本人も覚えているわけではなく、炙り出しや消去法のような方法論だという乱暴さも、多少の躊躇の理由。

 老人は、きょろきょろと辺りを見回していた。

「ノリさん出番!」

「もう出ているよ」

 花京院が一歩進み出、警戒を露わに虚空を睨んでいる。千時には見えないが、気配を消せるハイエロファントが索敵を始めているのだろう。

「それじゃ、気をつけてね!」

 千時は駆け出し、ロビーを抜けて一番近くの売店へ入った。木は森の中、モブは人混みの中に隠せ。助けに来たのに、余計な足を引っ張りたくない。戦闘となったらできるだけ引っ込むと約束している。

 これで自分が置いてかれたら最悪だなあ、などとちらほら考えつつ、商品を見て回り、暇を潰す。

 雑音を切り裂くような、キャーッという女性の悲鳴が響いて、思わず身が竦んだ。スタンド戦の心配はしていないが、被害者が出ただろうか。

 ジョジョは存外、残酷な物語だ。もとは飛行機ごと落ちるほどだし、それと比較すれば、きっと軽微な被害だろう。けれど、実際目の前にするとそれは単なる数字ではなく、命になる。

 ざわつく周囲を縫って、目立たないようその場に留まること十数分。

 目立つ四人連れが、人の流れに逆らいながら壁沿いを来た。

 駆け寄ると花京院の口元が少し血に汚れていて、慌てる。

「うわ!! 大丈夫!? 何! どうしたのそれ!!」

 慌てすぎてポケットのハンカチを出し、そのまま拭おうとして笑われた。

「大丈夫、怪我はもうジョセフさんが治療してくれたよ」

「ごめ、いや、血が」

「そうか、拭ったつもりだったんだが。心配させたね」

 王子はやんわりハンカチを受け取った…が、唇の血はぺろりと舐めとってしまった。そーだこの人レロレロの人だった。思い出した途端に噴き出すのを辛うじて堪え、千時は四人を見上げた。

「じゃあ次。行きましょう」

 全員、チケットカウンターへ逆戻り。

「本当に空路を諦めた方がいいのか?」

 長い通路の途中、ジョセフが千時の手を掴んで訊ねた。

「これで飛行機は落ちないんじゃろ?」

「ここではね」

 千時は渋い顔で正面を睨んだ。

「前にも言ったけど、あんまり一気に距離と日数稼ぎすぎたら、敵を一カ所に集めちゃうだけな気がするんだよなー…」

 ジョセフには一度話してある。

 ただ、その時は具体例を挙げなかった。

「順番に話すべきかと思って言ってなかったけど、例えばこのあとね」

 全員がジロリと視線を寄越した。今まで的中してきた予言だ。やはり気がかり…はいいけどそんな目してたらおまわりさんに誘拐と間違われないかな、なんて危惧しつつ、簡単に説明する。

「海で水中戦があって、その直後、同じ海上で別の敵とも戦うことになるわけ。さらにだいぶ行った先でも、海中で仕掛けてくるのが居る。それをみんな飛び越して先に行ったら、あとでどこか海に差し掛かった時、同時に襲われる可能性が無い? 

 もっとすると、カイロへ着いちゃってから、市街地の人混みで大勢の敵が一度に襲ってきちゃうという可能性もあるわけよ。ファンが考察してたけど、この第三部は、敵が数押ししてきてたらこっちがあっさり全滅な気がする、とか怖いことも書いてあった。

 そういう対処は、間違うと逆に日数食わされる気がする」

「まあな…」

「確かに、各個撃破は戦闘の基本ですからね」

 とはアヴドゥル。

「敵にチームワークが無いなら、順に始末した方が良い。私もそう思います」

「そーそー」

 千時は大仰に何度も頷いてみせた。

「多勢に無勢って言葉があるくらいだし。敵がそれぞれ単独なら一対五、こっちが最初から数で勝ってるわけだから。アドバンテージ投げ捨ててまで飛行機乗る必要無いかなって」

「一対四だ」

 花京院が割って入った。

「君をカウントしてはいけない。危険な考えだぞ」

「は? ああ違う違う、このあと五人目ひろうの」

「拾う?」

「そー。そのために、どっちにせよ途中下車だし」

 顔にハテナを浮かべる花京院をおいて、ジョセフと二人、チケットカウンターに立つ。

 さあ、J=P・電柱頭。実際の髪型やいかに。

 

 飛行機の中で、千時は、次の「予言」を伝えた。

 香港の刺客は、レストランで仕掛けてくる事。花京院と同じく肉の芽で忠誠を誓わされている事。スタンドの能力はダメージをほぼフィードバックしない鎧で、その鎧を外すと格段にスピードが上がる事。

「肉の芽さえ処理できれば、自分から理由を話して同行してくれるはず。だけど、最終手段を教えておくね、もし万が一にも彼が来ないようなら、こう伝えて。「犯人を知ってる」って。そうしたら絶対ついてくる。私が仲間に引き入れるから。絶対に連れてきてよ」

 あえて名前も、人物像も伝えずに。

 

 

「頼むよー…! 変に影響しませんよーに…!」

 待ち合わせ場所であるホテルの一室。

 かれこれ半日、千時は独り言を繰り返していた。花京院の時にも祈った事だ。

 物語の上で、仲間になるには理由が在る。花京院には承太郎に助けられた恩義と、スタンドへの理解。ポルナレフには妹の仇討ち。ただそれ以上に、互いの精神を認めた、という一大事が根底にある。無用の情報を流して戦いに水を差し、精神性を確かめる機が失われれば、うまく仲間にならないかもしれない。

 花京院のバックボーンについては、承太郎もスタンドの存在に悩んだ経緯があったため、知っている方が助けやすいだろううと思って話した。

 だが逆に、千時は今、ポルナレフのバックボーンを話さなかった。彼の凄惨な過去が同情を引いたら、本来あるはずの戦いを壊してしまうかもしれないと考えたからだ。できるだけ怪我を減らしたいと思うあまり、犯人を知っている、なんて保険をかけてしまったが、それすら危険だったかも。

 落ち着かずにベランダへ出て、青い空を見上げた時だった。

 カチャリとキーの開く音がして、千時は振り返った。

「あっ!」

 思ったよりガッツリ電柱!! 

 開いたドアの向こう、まさにジャン=ピエール・ポルナレフ以外の何者とも思えない男が立っていた。

 その後ろには承太郎と花京院。

 安堵して思わず駆け寄った瞬間の、

「動くなッ!!」

 承太郎の怒声と同時、

「ぉうっぷ?」

 体が何かに引っかかって足が止まる。

「なになになに?」

「まったく君というヤツはッ!」

 花京院にまで怒鳴られて目を白黒させていると、承太郎がポルナレフを横合いへ突き飛ばした。

「予言がどうだか知らないが、少しは警戒心を持て! 串刺しになりたいのか!!」

 花京院が飛んできてドアへ向き直り、背中に庇われる。

 ここまで十秒。

 忙しい状況に理解が追いつかない。

「あー…。ごめんなさい…?」

 謝りながら考えて、ようやく気付く。串刺しと言うのだからこれは、自らシルバーチャリオッツの剣先に向かって行ってしまったのだろう。なら、体に引っかかったと思ったのは、ハイエロファントの触脚か。へーちゃんと触れるもんなんだなあ、なんて暢気に思う。

 花京院は大仰なため息をついた。

 見えないんだからしょーがないじゃんよ、とは言い募らず、千時は一歩前へ出、隣に並んだ。

「ジョセフさんを呼んで、ポルナレフさんと三人にしてくれる?」

「危険だ」

 花京院が一蹴した。

「君の言った通り、この男は僕らに同行すると言ったが、本当に敵でない保証はまだ無い」

「メンドくさ」

「めんどッ…、きみなあ!」

 花京院典明、この人、かなりの心配性だ。

 さらに、まだ出入り口で大男二人がもめている。立ち上がったポルナレフの片腕を、承太郎が掴んで離さない。ポルナレフは何やら文句を付けているようで、ガーガー叫んでいるが、英語ではなかった。

「ノリさん、あれフランス語? みんなやっぱスタンドで会話してるの?」

 千時はポルナレフの母国語を全く知らない。花京院の無用の心配より、せめて英語が通じるだろうかとそのほうが気懸かりだ。

「君は本当にスタンドを持っていないのか?」

 花京院は感心したようで、目を丸くした。

「は? 持ってたらさすがに突撃しないで済んだと思うけど」

「スタンドで意志の疎通が可能な事まで知っているんだな…。僕ですら、最近まで知らなかったのに」

「あー、そうだよね。ノリさん、自ら進んでぼっちだったもんね」

「ぼっち?」

「独りぼっち」

 ムッとさせたのか、返事は無い。

 千時は気にも留めなかった。何しろこっちも、元から友人が少なかったところへこの世界へ迷い込み、現在進行形の天涯孤独だ。花京院どころではない。

「それよりあれ。ノリさんもわかるの?」

「あ、ああ」

「ミスターポルナレフ! クジュースピークイングリッシュ?」

 千時は見事な電柱頭に向き直り、カンッッペキなカタカナで言い切った。向こうは不審げに千時を見、すぐに承太郎へ話しかける。言葉を交わして、ハァーッ!? というような声と仕草。

 承太郎が帽子の鍔を引き下げて、ふっと笑った。

「こんなガキ連れてんのか、だとよ」

「白人めッ!! あんたらが老けすぎなんだ!!」

 頭から湯気が立つかというくらいの憤慨で花京院を振り切り、ズカズカと詰め寄れば、ポルナレフは気圧されたのか一歩退いた。

 その青い目を見上げ、ああもう大丈夫、と思う数秒。

「承太郎くん。通訳してくれたまえよ」

 そう断って、千時は言った。

「シェリーさんが死ぬ前に来れなくてごめんねって、伝えて」

 

 ポルナレフは、英語なら十分使えると言った。が、自動翻訳機もといジョセフが、財団との連絡中でアヴドゥルを連れたまま戻ってこない。

 ジョセフが戻ったら詳細を、という事にして、千時は男三人とホテルに缶詰となった。

 暇に飽かして花京院に詳しく訊ねたところ、言語は基本的に英語だそうだ。スタンドでの会話はけして翻訳ではなく、あくまでも意志の直接的な疎通であるため、微妙な言い回しがうまくきかないらしい。花京院は、充分話せるが、違う言語同士だと何となくニュアンスのようなものが再現できない、と、難しそうに説明した。

「そうだな…例えば、変な話だが、時代劇の侍の言葉を使ったとしても、言葉の意味は通じるが時代がかった雰囲気は伝わらない、と言えば分かるか?」

「ルパン三世の五右衛門が現代語ぺらっぺらな感じか」

「…自分で出した例えだが、ものすごい台無し感だな…」

 何とも言い難い様子で眉根を寄せる花京院。よかった、ルパン三世は通じた。

 千時は座っていたベッドを立ち、ウェルカムドリンクのティーバッグで人数分のジャスミンティーを煎れた。承太郎と花京院にカップを手渡し、視界の端で少しばかり渋い顔をされつつ、もう一つのベッドに座るポルナレフの前にも行って、直接、手渡す。

 メルシー、は雰囲気でわかる。アニメでも使っていた。たぶん、ありがとう、だ。

 近付くのが躊躇われるような、肩出しのけったいな服を着て、垂直絶壁のけったいな髪型をしているのに、笑ったとたん青い目が人なつこい。特徴的な印象にもっていかれがちな外観だが、気付いてしまうとその顔立ちはとても整っていた。…くそう。結局イケメンしかいねえ。お前トイレのお笑い担当だろうが! なんてのは理不尽か。

 ふと目がいって、千時は、カップを受け取った男の腕に火傷を見つけた。

「ケガ治さなかったの?」

「いや」

 振り返って高校生二人に訊ねたが、答えたのは花京院。

「火傷はかなり広範囲でね。大部分はジョセフさんが治療した」

「まだ残ってる。薬とか無い?」

「荷物に入れてあったと思うが…。承太郎、どのザックか知ってるか」

「知らん」

 花京院はポルナレフに向かって、少しばかりゆっくり、英語で話しかけた。頭の中で組み立てながら話しているらしい。そういえば彼は表面上ごく普通の高校生だったから、そんなに流暢に話せるわけではないのだろう。

 ポルナレフも英語で答え、足もとに置いていたズダ袋…どこでだったかゴミ袋と間違われていたアレ…から、薬を引っ張りだした。

 ところが、きょとんとして千時へ差し出す。

 え? あれ? この人、自分に使うって発想じゃないんだ? 

 千時はそれを受け取り、キャップをサイドボードに置いて、薬を塗ってやった。ポルナレフは慌てたようだったが、言葉がわからないのに顔を見ても仕方がない。ひとつ間近にしてしまうと、あちこちの傷が視界に入って、ここも、あそこもと気になる。ジェスチャーで腕を上げさせたり、後ろを向かせたり。首や背中にも小さな火傷が残っていて、服の下も怪しい。

「ちょっとォー。このひと大丈夫なの?」

 さすがに服を脱がすわけにはいかず、言いながら振り返っ、て、面食らう。

「…え、なんか怒ってる?」

「ピンチに陥ってもきみのことは助けない事にした」

千時は額を手で覆った。リアル花京院メンドくせぇー…! 

 

 ジョセフが戻ってきたのは、若干気まずい夕食の後だった。

 他の三人に別室へ席を外してもらい、ジョセフと手を繋ぐと、ポルナレフがものすごい素直さで鳩が豆鉄砲という表情をするものだから、二人は顔を見合わせて笑った。

 千時についてジョセフが簡単に説明し、千時が名乗ると、彼は間髪入れずに訊ねてきた。

「さっきのはどういう事だ。あんた、シェリーの知り合いか?」

「いいえ。それを今から説明する」

 千時はもう飽きてきた身の上話を、それでも、最初から最後まで丁寧にし直した。ポルナレフと目を合わせたまま、逸らさずに。

 なんとなく、他の誰より信じてくれるような気がしたからだった。その通りだったのかはわからないが、ポルナレフもやはり目を逸らさず、身動きもせずに千時の話を聞いた。

「私がもし三年前に来ていて、気付いていたら、電話したし会いに行ったかもしれない。だから、ごめんね」

「…いいや。あんたには無関係だ」

 意外にもポルナレフは首を横に振った。その口調は、本当にそう思ってのことのようで、今度は千時が面食らった。もっと泣き喚かれるかと覚悟していたからだった。

 隣で黙っているジョセフを見上げれば、こちらに気付き、頷く。

 背中を押された気がして、千時は視線を戻した。ポルナレフもちらりとジョセフを見てから、口を開いた。

「花京院が犯人の事を言っていたのは、あんたがいたからなんだな」

「ノリさん? なんて言ってた?」

「犯人はディオの手下だと」

「ああ…、そうだね。うん。私が知ってるって事はそういう事だって判断か。その通り」

 千時は何度も頷いた。

「私は犯人の名前と、スタンドを覚えてる。一緒に行けば絶対にカチ遭うはずだから、その時は持ってる情報、ちゃんと教えるよ。あなたは必ず敵を討つ。安心してついてきて」

「今教えろ、と言ったら?」

 千時がハッと息を詰めると、繋いだ手をさらにジョセフの義手が覆った。思わずジョセフに身を寄せ、ポルナレフから視線をはずす。

 青い目はその色を、一瞬にして憎悪と激怒に塗り変えていた。きっと戦う時の目だ。これまで承太郎にもジョセフにも怯えたが、こんなに怖くはなかった。竦みあがった体が震えて、いうことをきかない。繋いだ手と、ジョセフの腕に寄せた肩の体温が無かったら、腰を抜かしていただろう。

「その…、その前に、何人か敵を倒さなきゃならないから。けして弱い相手じゃないし、物語ではそこそこ苦戦してる。一つずつ、目の前に集中してほしい。…それに」

 どう言ったらいいのだろう。

 毎晩考えた。昼の間も手が空くと考えてしまっていた。けれど、何と言えば伝わるのか。もしかすると主人公より数奇な運命を辿る、この男に。

「あなたには、生き急がないでほしいから。あなたは何も悪くない」

 今度はポルナレフが息を飲む音が聞こえた。

 おそるおそる正面を見上げれば、青い目は、もう元の色を取り戻していた。

 

 

 どうせいずれは、誰かと相部屋になったり、野宿で雑魚寝でと苦労するに決まっている。レディを別にと取られた贅沢な一部屋で、千時はたっぷり眠った。

 翌朝7時半、身支度をして荷物を抱え、隣の部屋の戸を叩くと、そちらはすでに空だった。待ち合わせのレストランへ行ったのだろう。

 もう一部屋はとその隣もノックすると、中からバタバタ音がして、ポルナレフが顔を出す。

「グッモーニン」

 カタカナ発音よりは通じる、と言うジョセフの助言に従って挨拶。

 ポルナレフは目を丸くしたが、すぐにニコニコべらべら喋りだし、騒ぎながらウインクして荷物を取ってきた。背後の部屋は片付いていて、アヴドゥルとジョセフは先に行ってしまったらしい。

 さて、一緒に行こうとは思っていたが、いきなり肩を抱かれて、千時は泡を食った。フランス人はお構いなし。結局、階下の待ち合わせ場所に辿り着くまでそのまま。

 レストランのテーブルには、目を丸くする一行と、うんざりした千時と、なんだか知らないペラペラ喋っているポルナレフ。

「…おい、きみ、口説かれてるが分かってるか?」

 花京院が唖然としながら教えてくれたが、千時は肩の手を振り払う気力も削がれて、重いため息をついただけだった。

「なに喋ってようが知ったこっちゃないよ。通じないって昨日言った」

 席は六つで、ジョセフの隣と、その向かいが空いている。

 肩の手をポンポンと叩いて白人の顔を見上げると、ん? とでも言いたげにニコリとする。

 千時は、満面の笑顔と甲高い声を、わざわざ作って言い放った。

「前日ガキっつった相手くどいてんじゃないよ」

 うん。通じてない。

 承太郎が鼻で笑ってから、こらえきれずにジョセフが爆笑した。

 笑いっぱなしのジョセフの手を握って、今度は英語で。

「私こっちに座るね。手を繋がないと話ができないから」

「んー! そうだった!」

「いっぱいおしゃべりしてくれてありがとう。でも何を話してたの?」

「いやぁ、花があるっていいなあってさ」

「あー廊下にいっぱい飾ってあったね」

「そうじゃなくて」

「チトキ、よしなさい」

 アヴドゥルが一連の事を理解したらしく、半笑いで遮った。

「子供をからかうものじゃない」

「はーい」

「なに? 何の話?」

 ポルナレフ、おいてけぼり。

「なんだよー。俺も仲間に入れろって」

 口を尖らせたが、彼はおとなしく席についた。まずは朝食を、と言われて、千時もジョセフから手を離す。他愛ない事を、なんとなく喋ってくれる花京院と日本語で話しながら、フレンチトースト一枚と、目玉焼きをもぐもぐ。

 途中で、ベーコンいらない食べるひとー、と訊くと、意外なことに承太郎がフォークをのばしてきた。手をつけなかった皿ごと差し向ければ、ごっそり全部、器用に取っていって自分の皿へ。食べ盛りだもんなあ。ならばついでに。

「ねー、残りで悪いんだけど、余裕あったらこれ食べてもらえない? もったいないけど多くてさあ」

 二枚出てきて、一枚で足りたフレンチトースト。承太郎がまた無言で手を出し、千時は皿ごと渡した。

 さて、残しておいたデザートのプレートからは、アメリカンチェリーを取って花京院のプレートにちょんと乗っけてやる。

「好物までバレているなんて!」

「向こうの世界じゃキミのあだ名はチェリーだよ。花京院くん」

「いろんな意味で敵より怖いな。お礼にこのメロンを進呈しよう」

「えっいいの!? わー! ありがと!」

 それを見ていたポルナレフからもメロンが届いて、千時の機嫌は一気に上々となった。フルーツ大好き! 甘いのは別腹! ご満悦で食べていると、テーブルの上で空いていた左手を、ジョセフが握り込む。

「そろそろ作戦会議といこう。このあと出発するが、千時、予言を話してくれ」

 ん、むぐむぐ、ぺろり。

「財団は言っといたのを用意してくれた?」

「ああ。確認してきた」

「それでは」

 千時はコーヒーを一口飲んで、凝視してくる面々を順に眺めた。

「船の船長が偽物。敵です。乗る前にボコっちゃって」

「確信はあるのかい?」

 と花京院。千時は頷く。

「海がテリトリーのスタンドだから、海上へ出ると厄介になる。しかも船に爆弾仕掛けてるから、乗る前に叩かないと海上漂流コースです。この後、移動の車で港での配置と手順をジョセフさんに説明してもらうから、言う通り動いて。

 それと、早い内に話しておきたい、スタンドについての事があるんだけど。いい?」

「かまわんぞ。何じゃ」

「アヴドゥルさん」

「ん?」

「ポルナレフのチャリオッツと戦った時…」

 言った途端、まるで電気でも走ったような緊張が、朝の空気を割った。

「…えっと…」

 少々詰まりながら、続ける。

「鎧を脱いだチャリオッツの…」

 さらに空気が。あダメだこの人ら。

「ちょっと待って。みんな、そんな殺気立ってたら怪しいよ。敵に狙われちゃう、なーんて…」

「敵ならすでに居るかもしれないじゃないか」

 あんたさっきメロンくれたじゃん! …いやわかっている、花京院が警戒しているのは目下、千時でなくポルナレフだ。千時がもしスタンドを持っていたとしても、本体をねじ伏せてしまえばどうにでもできる。だが、ポルナレフは本体も大柄で、屈強な戦士。厄介と考えるのは、当然といえば当然。

「あのねえ、ノリさん」

 だが千時は呆れ返った調子で咎めた。

「この人は味方。良い人。物語通りでいくと、死ぬまでどころか死んでも苦労人の、世界の味方の人なんだよ」

「おいおい、どんな話だ」

 ポルナレフのほうが苦笑する。

「たしかに昨日いきなり敵から味方になったとこだけど、私が保証するから、しばらくトゲトゲしないで見ててよ。ね? いちいち突っかかられたらやりづらいの。そもそもノリさん、むしろこの人と一緒でしょ。操られてた元敵で」

「だからこそ警戒している」

 花京院は口角を吊り上げ、おそろしく静かに淡々と言い放った。

「僕の事例に倣って、操られたふうを装い、こちらに潜入したとすればどうだ? 彼は昨日、きみに剣を向けたじゃないか。身の上話が本当かどうかも」

 席を立つのは千時の方が早かった。バチーンと派手な音をたてて、フルスイングした手が花京院にヒット。頬ではない、側頭部です。勢いだけでノーコン。ははは。けどナメんなよ、こちとら暴れる超大型犬しつけてたんだ、一番酷かった時期は蹴った殴ったしょっちゅう叩いた。愛ゆえに。ごめん今カッとして手加減もしなかったわー。

 同じく席を立とうとしたポルナレフは、中腰のままポカンと目を丸くしている。

 千時は後ろに倒れたイスを直して座り、こちらもポカンとしているジョセフの手を取って、アヴドゥルに視線を戻した。

「鎧を脱いだチャリオッツには、残像があったでしょ?」

「あ、ああ」

「残像を炎で同時に攻撃した時、それぞれ別のポーズでダメージを受けてたかどうか、おぼえてない?」

 アヴドゥルは気まずそうだったが、身を乗り出して考え、頷いた。

「そうだったように思うが」

「ポルな……、あの、もういいから、座ってどうぞ?」

「お、おう…」

 電柱頭さん、なんともいえない顔で着席。

「ポルナレフ、残像が残像だって確信はある?」

「は?」

「ネッ…とじゃない…」

 ネットと言おうとして、それがこの時代に普及していた記憶がない事に気付いた。どうだったろう、自分が使い始めたのはいつ頃だったっけ。

「ファンがまとめた文書で読んだ考察だから、情報源としては怪しいんだけど」

 言い直してポケットのメモを取り出し、後ろの方からめくる。時系列に無関係なので、後ろにメモった。

「えー、時止めの亜種の可能性があります」

「…ンン? なんだって?」

「チャリオッツの能力の話。順に説明するね。

 スタンドには大体一つ、特別な能力があるでしょ。ハーミットパープルは念写。マジシャンズレッドは炎熱。ハイエロファントグリーンは、たぶん射出。エメラルドスプラッシュね。ほかは伸縮からの拡張機能だろうから」

 花京院は目を伏せたまま答えない。まあ今はどうでもいい。

「で、承太郎さんのスタープラチナは、操作を突き詰めると時間を止める能力を発現する。

 物語の経緯を考えるに、本当は、旅で敵と戦う内に性能が磨かれていって、最後にヒントみつけて気付いて、やっとパズルのピースが揃うって展開のはずだった。今は、私が最後のピースを先に渡したけど、それに至るピースが揃ってない。だからまだできてない」

 承太郎が帽子の鍔を少し下げた。同意だろう。

「で、そういう、時間を操る能力が存在する、という事実が、物語では最後のほうまで明かされないの。だから誰も気付かなかった。ここまで意味分かる?」

「な、なんとなく?」

 あー安定のポルナレフだ、と、意味もなく少し安心する。

「あなたも気付かなかったんだとしたら、っていう考察があったの」

 そう、ここで本題に戻ってくる。

「もし残像なら、攻撃を受けた時は、最初の一点で止まるはずよね? それが…何体見えるんだっけ?」

「七体だ」

 アヴドゥルが答える。

「七体同時に攻撃を受けて、別個に止まるっておかしくない?」

「…そうだな。…そうか、そうだ」

 ポルナレフは驚愕し、目を瞬かせた。

「だから、時止めの亜種の可能性があって、それにポルナレフが気付かなかっただけかも、っていう考察があったの」

「そうか…。…いや、けど、そうは言ってもなあー…」

 両手で頭を押さえ、あーとかうーとか悩んでいる。彼は生まれつきスタンドを発現していたはずだから、今日日今更になって違うかもと言われたって、きっと簡単には入らない。そういう意味では、発現したての承太郎の方が吸収率は良さそうだった。

「ちょおぉーッと意味がわかんねえんだが、時間の何をどうしたらチャリオッツが増えることになるんだア? 承太郎のも止めたら増えんの?」

「増えない。んー…。予言とかファンの考察とかじゃなく、私個人の考えを話してもいい? 単なる私の考えよ?」

「おう話せ話せ」

「時間を止める云々じゃなく、時間操作の一種と考えるとしてね。アニメって、何枚もの絵を連続で見せて、動かすでしょ」

「なんで急にアニメ?」

「時間を、たとえば一秒に一枚の絵と考えてみて」

「おう」

「未来か過去の六枚をもってきて、現時点の一枚に結合できる能力…なのかなと、私は考察読んだ時に思った。別の時点のチャリオッツを呼び出して使えるのかなって。だって、今あなたも言ってた通り、時間止めて増えるってなんなのって話じゃん? ほかに思いつかなかった」

「ふぅむ…。一考の価値はあるな」

 黙っていたジョセフが口を開いた。

「だが、能力というなら、もっと単純な可能性もあるぞ。ダメージをほとんどフィードバックしないアーマーじゃ。普通、スタンドのダメージは本体に反映されるじゃろ」

「それも書いてあった。そうかもしれない」

 千時は頷いた。

「ただ、スタンドって精神で出来てるモノよね? 鎧の重さって関係ある? 脱いだ後にスピードが上がるのは、防御に割いていたエネルギーが本体に戻るだけじゃない? ってのも書いてあった。てのは、さっき言ったハイエロファントが、触脚の延長でいろいろできるから。本体の性能と、特殊な能力は、別になってるパターンが多いよ」

「ああー…。確かにそうじゃなあ」

「というわけで、ポルナレフはそれを踏まえてコントロールを意識してみてくださいっつー、戦力アップの可能性の話でした、以上です。はい、質問あったらどーぞ。無ければ出発、偽船長をぶっ飛ばしに参りまァす」

 ちょっとふざけてバスガイド風に言ってみたが、全員が考え込んでいるようで、返事はなかった。

 


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