くしゃみが出てしまって、千時は目をしょぼつかせた。
「おいおい、こんなところで風邪を引いてくれるなよォ?」
隣でジョセフが呆れている。エヘヘと笑えば、大きなため息が返ってきた。
船で夜を越して更に一日航行し、このアブダビに着いたのは昨夜遅く。ホテルに一泊して、昼前からこのカーディーラーに居る。
車を買うというのは、これでなかなか書類が多い。ここまでは個人取引が主だったようで、多少書面が怪しくてもなあなあで間に合ってきたらしいのだが、このアブダビは整備されきった大都会である。ジョセフに連れられて来たこの店も、日本で見かけるのと同じ…いやそれ以上に豪奢だ。
カウンターで書類を書くジョセフと居るのは、一緒に来たポルナレフが、早々にお店のお姉さんを口説きに行っちゃったからである。
他の三人は、近くのカフェで待っている。千時は何となくアヴドゥルと居たくなかったため、ジョセフにくっついてきたが、正直、退屈だ。
振り返ると、ポルナレフは今も向こうのソファで…しかしさっき口説いていたおねーさんとは別の…女性と談笑している。変な格好をしているくせに、あれでけっこう当たりが良い。彼を気に入らない女性はツンとして無視するが、そうでもない人はちょっと話すとニコニコしだす。
見るともなく見ている内に、サインを書き終わったジョセフへ、封筒が手渡された。
「行くぞ」
「はーい」
何気なく手を繋がれて引っ張られ、やっと千時は笑った。もう意志の疎通はできているのに、何となくそうされている。子供扱いの延長かなとも思うが、ジョセフ相手では腹も立たない
ソファの方へ行くと、ポルナレフの口説き文句が聞こえてきた。。
「いやーあ、きみみたいなカワイイ子にお願いされたら、俺も車買っちゃいそうだよ?」
「まあ、お上手」
どうかなソレ、あんた資金あるのかね。チラッとジョセフを見上げると、御老体もちょっと彼女を見てから、ムスッと鼻に皺を寄せた。
「今度改めて、食事でもどうかなァ?」
「ポルナレフくん」
電柱頭に書類の封筒が直撃。あまりに見事な箒頭になっちゃって、千時はブフッと噴いてしまった
「お忙しいところ大変申し訳ないのだが、出発するぞ」
「ジョースターさん! ちょっとぉー! 髪はやめてくれよ、ヘアースタイル整えるの、大変なんだぜ!」
ポルナレフは慌てて席を立ち、乱れたと言うには乱れすぎた間抜けな髪を整えた。ていうか何かどっかのアニ感だかで、あれは電柱じゃねえ割けるチーズだって意見を見かけた覚えがあるな。確かに。今見た。現物見た。この感動を伝えたい。なんでじょじょちゃんねる系じゃないんだろう! ちょっと悔しい。
「ヘアスタイルなんぞ知らんよ。運転を頼む」
「はいよ。バーイ、マドモアゼル!」
名残惜しく手を振るポルナレフを連れ、ジョセフは買った高級車のところへ向かった。
売り物を、割合、ゆっくりと見て回ったジョセフだったが、結局たどり着いたのはお定まりのベンツ。千時は車に興味が無いので、言われてからこれがベンツってやつかという程度。何が良いのかはよく分からない。
ポルナレフが、何とも言えない顔で車を眺めた。
「しっかしジョースターさん、こんな砂だらけの土地で、何でまた洒落た高級車になんか乗るんだ? もっとこう、オフロードに向いた、よオ」
「ふっふーん。なぁに、すぐに分かる」
千時は覚えている。これ、ラクダになっちゃうやつ。一番お気に入りのエピソードだ。しかしジョセフが楽しそうだから、ネタバレは我慢した。
さっきカウンターで対応していた店員が、もう一人連れて来て、表のほうへ回しますのでと、こちらにキーを見せた。途端、千時は何ということもなく、テンションが下がってしまった。ああ、まだピッていうやつじゃないんだ。電子式のキーが普及するのは、まだだいぶ先。そんな小さな事の方が、気分を落ち込ませる。
「どうした?」
ジョセフがこっちを見おろしている事には気付かなかった。
「ん? 何も?」
「本当に大丈夫なんだろうな。倒れられたら困るぞ」
「だから何ともないって」
言いながら一歩外に出た途端、ぎょっとするほど暑い。
船で夜風に当たりすぎ、冷えたのは確かだ。ただ、この昼夜の気温差も酷いもので、昼は30度を超えようかというほどなのに、夜は15度前後まで下がる。
千時は手のひらで、強い日差しを透かした。
体調を崩すくらい勘弁してくれ。こちとら君らみたいな筋肉だるまじゃないんだから。
「しかしたまげたなあ、この国は。どの家もこの家も、ぜェんぶ豪邸だらけじゃあねえか」
運転席から周囲をキョロキョロ、ポルナレフはさっきから、街並みに感心しきりである。
千時は、一生縁が無いだろうと思っていた対面式の座席の端で、ぼんやりと情報を思い出した。アブダビの事は知らないが、船で通り過ぎてきたドバイ、あそこが石油を元手にうまいこと整備され、一大経済地域になり、観光でも有名な場所だったはずだ。二〇一四年時点での話だが。
「んん。東京なら三十億四十億しそうな家ばかりだ」
あ、このひと不動産屋だった! ジョセフの一言に、思わず助手席の方を見る。
「これが、この国の普通の人々の暮らしぶりらしい。ほんの20年前までは砂漠だったが、オイルショックによる莫大な利益のせいで、夢のような都市に成長したのじゃ」
千時の思い出した通りで合っていたようだ。ドバイの事を口にしかけたが、何となく面倒になって、やめてしまった。
「日差しは強烈だが、車内はエアコンが効いていて、快適そのもの。言うことねえぜ」
運転手はご機嫌である。何しろ、道幅はやたらに広い。綺麗で真っ直ぐ。他の車の往来も少ない。
たしかこの辺りの国は、気温の上がる昼の間は出て来ず、夕方から先に人の往来が始まる。それを千時は、ずっと前に父から聞いた。
「…オマーンか…」
「隣国が何だ」
独り言のつもりだった囁きほどの呟きは、隣の承太郎に拾われた。
「あ、ごめん。何でもない」
と千時は謝ったが、承太郎は学ランのポケットから律儀に地図を取り出して、ここだ、と指さしてみせた。今居る国の、すぐ下だった。千時もアラブの手前で地図を見ていたはずなのに、なぜ気付かなかったのだろうと首を傾げる。
「どうした」
「どうもしない。中東の気温事情とかを、お父さんが話してたのを思い出しただけ」
「ほう」
承太郎は興味を持ったのか、続きを待っている。別に隠すことでもないのだが、何となく視線を逸らして、千時は答えた。
「お父さんが、仕事で行ってたことがあって、その時に」
「何の仕事だ」
え、まだ突っ込むの? 珍しいな。
「IT…えっと、インフォメーションテクノロジー。情報技術。要するにパソコン使って情報を扱う仕事。インフラ整備しに行ったんだって」
「パソコンでインフラってのが分かんねえが」
「えっとね…パソコン同士で通信するのに、コード繋ぐのは分かる?」
「ああ」
「それを世界規模の拡大版にしたのがインターネット」
「…ああ、バスで言ってたな」
「そうそれ。未来じゃそれを構築するのも、インフラ整備の一環なの。経済活動に深く食い込んでるから。繋ぐための長距離コード…か、無線式なら電波飛ばす装置が必要でしょ。あと、パソコン側がそれに対応してなきゃいけないじゃない? 対応させるためのソフトとか、管理側のサーバーシステムとか、そういういろいろ…を…ごめん。なんかごめん」
「いや」
全員が聞き耳立ててるのがいたたまれない。言い出しっぺの承太郎さんも、ちょっとついて来れてない。そりゃそうだよね、普及するの、もっと後だもんね…。
「日本へ帰ったら、紙にでも書いて説明しろ」
「えっ…」
言葉に詰まると、何だ不服かとでも言いたげな視線だ。
「いいけど、承太郎、そんなの興味あるの?」
「いかにも未来っぽいじゃあねえか。お前がこれまで話した事の中で、一番、それらしいぜ」
「違いない」
承太郎の言いぐさに、花京院が笑う。
「ええー? 敵の事とかいっぱい話してるのに!」
つられ笑いで、千時は運転席を指さした。
「それじゃ、未来っぽいこと教えとこ! 車のキーはピッてなるよ」
「ピッてなる?」
「そー。小さい電子式のキーになる。数メートル手前からボタンを押すと、ピッつってドアのロックが開くよ。ドアの取っ手ひっぱるだけの自動ドアな車もあるよ。そんで、エンジンにカギ刺さない」
「なにィ?」
ジョセフが振り返る。
「電波でキーと車が認識し合うの。キーをそばに置いて車のボタン回したら、エンジンついちゃう」
「空は飛ばない?」
「アッハハハハ! 残念! 飛ばない!」
花京院の言葉で本当に笑ってしまって、千時は話をやめた。運転席と助手席は、なんだそりゃーとやりあっている。
未来っぽい、か。
窓の外へ視線を戻すと、承太郎がなぜ話させようとしたのか、少し分かった気がした。元気が無い。それは千時自身、わかっている。できるだけそう見えないように振る舞ってはいるつもりだが、体調不良と相まってしまって、なかなか難しい。
こういう時は寝るに限る。どうせこの後、人生初の砂漠を、人生初の駱駝で渡るという、とんだイベントが待っているのだ。
千時は靴を脱ぎ、座席の上に足を上げて、小さく丸まった。
驚いたことに、承太郎が無言で学ランをかけてくれて、千時はちょっと目を丸くした。が、それ以上は余計なリアクションを抑えて、おとなしく礼だけ言った。彼の感情の機微は、読むのが難しい。親切にしてくれたのに、機嫌を損ねては悪い。
学ランは、たぶん襟足に付いた整髪料、の匂いがした。
「池上さん。着いたよ。まだここで寝ている?」
肩を軽く揺らされて、千時はハッと目を覚ました。思ったより寝入ってしまって、車中の記憶が無い。周りを見るとドアが開いていて、外の風が吹き込んでいた。
車内にはもう、起こしてくれた花京院しか居ない。
「らくだだ!?」
「おや、聞いていたのか。てっきり寝ているのかと」
「あ、ごめん、違う、知ってた」
「知ってたって、駱駝で砂漠を行く事?」
「そー。…そーだよ…人生初だよ、砂漠で駱駝なんて」
「ハハハ。僕らもだ。まだ準備に時間がかかるから、寝ていてもかまわないと思うが」
「行く行く」
承太郎の学ランを片手に、足もとのバッグを取って、外へ出る。
とんでもねえ。暑い。なんつー気温差。
「やっべー…絶対日焼けする…」
思わずこぼすと、花京院があっけらかんとして胸ポケットからチューブを出してきた。
「日焼け止めあるよ」
「うわ! ノリさんナイス!」
「きみも女の子なんだな」
「何だと思ってたの!?」
「いや別に」
「ていうか、焼けるのはいいんだけどさー…」
千時はげんなりとしながらチューブを受け取った。
「痛いのがヤなんだ。いっそこんがり肌になれるんなら嬉しいのに、赤くなってバーッと皮剥けて痛いだけで終了、みたいなタイプなんだよね…ツラい」
「僕もだよ」
「なんだ。思わぬところに同士が居た」
「ジョセフさんがシュマーフを揃えてくれているから、被るといい」
シュマーフは要するにこっちのスカーフで、よく男性が頭に巻いているやつだ。外に積まれた荷物の山から、新入りの麻袋を開くと、大きめの白い布が…五枚。
「あれ? 一枚黒い…」
「それはアバヤ用だな。きみのだろ」
「なんてこった! 絶対暑い!」
このアラブという国、ローカル衣装が極端で、頭からつま先まで男性が白、女性が黒。アバヤはあの特徴的な漆黒のドレスである。ジョセフの事だから、店先で余計な事を言ったに違いない。女性用になんかしないでほしかった。
花京院とぐだぐだ話して、そういえば紫外線吸収は黒、遮熱には白がいいんだったなあ、なんてどうでもいい事を思い出す。
太陽に目を眇めながら見回せば、だいぶ郊外まで来たようで、小さな村だ。なんていうかこう、ほんと、マンガみたいに砂漠の国だなあと思わされる色合いである。ポツポツ、かなりの間隔を取って建つ四角い建物。恐らく、もとは白かったものが、砂で茶色くなるのだろう。地面の砂色と絶妙な同化具合で、ほんと、全体的に、茶色い。
ジョセフ達は、少し先に張られた大きなテントのそばに居た。傍にはかなりの数の駱駝が、柵で囲われている。
車と交換でどうだ! と言ったところのようで、ジョセフが乗ってきた高級外車を指さした。ポルナレフと、交渉されていた村人のおじさんが、おもしろいほどギャーギャーしている。隣の花京院も面食らって、え、と小さくこぼした。
「ジョセフさんは、次にこんなことを言う」
お得意のパターンを拝借して。
「小切手切れない、現金は信用ない、こういうとこでは物々交換が一番。安全を安く買おうとすると逆に危険。ついでに水のタンクちょうだい」
ほぼ同時通訳状態だったらしく、花京院の顔はせわしなくジョセフと千時を往復した。ジョセフが話し終わったところで、ははあ、とため息。
「今のは凄い。きみがこんなに詳細に予言したのは初めてだろう?」
「いやー、アニメのこの回、好きでね。これだけは録画して取っといたんだよねぇ」
フクフク笑いながら答えると、なんだか花京院はちょっと薄気味悪そうに千時を眺めた。
「ジョセフさん、ほんとおもしろいんだよ。見にいこ」
ほらほら、と花京院の手を引き、ジョセフのところへ向かう。
「承太郎! ありがとう!」
とりあえず学ランを返却。相変わらず無言で受け取ったが、袖に腕を通しかけて、承太郎は止まった。
「まだ使うか?」
「え。んーん、大丈夫。車は冷房寒かったけど、外は暑いよ」
「そうじゃねえ…、まあいい」
煮えきらないまま学ランを着込んで、承太郎は、承太郎らしくなった。うん、もうシルエットがコレで定着してるしな、なんて見上げる。アヴドゥルがローブを貸してくれる時もやっぱり違和感があって、それはたぶん、アニメで半年見ていた分のイメージだ。今、目の前の彼らは生身の人間としてそばに居るが、千時からすると彼らには、ぼんやり見ていただけとはいえ、半年の期間があった。
「ソレ着てるのが承太郎なんだよなあ」
何気なくそう言ってしまったら、妙な顔をされた。千時は苦笑いでごまかして後ろへ下がり、花京院の隣あたりへと戻った。ちょうど、交渉されていたおじさんが手綱を引いて、柵から駱駝を出している。…ラクダさん、近くで見ると気軽には近付けない巨大さだ。
ポルナレフが早速、一匹とやりあっていた。鼻息かけられ既に涙目。
「おおォい! ジョースターさん!! どうやって乗るんだ、高さが3メートルもあるぞ!?」
「あのじゃなあ、駱駝っていうのはなあ」
ジョセフはおもむろに近付き、ご高説をぶち始めた。
「まず座らせてから乗るのじゃ」
と、駱駝の手綱を引っ張る…引っ張るが、引っ張って…も、駱駝はいうことをきかない。もうこの時点で、千時は笑い出してしまった。
「ぐぬうう…! ま、まず! 座らせてから! のッ…! 乗るんだよォッ!」
「ジョ、ジョースターさん…」
おじーちゃん手綱にぶらさがっちゃってるよ。綱引きかソレは。リアルに腹筋返せ状態です。
アヴドゥルがおろおろしているのは、彼、たぶん知ってるからだろう。エジプトにも駱駝は居る。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待っておれ!! 今すぐ座るからなあ!!」
ラクダちゃん、ツンとそっぽ向いて乗せない。元気極まる老人は、座れええ! と叫びながら、鞍によじ登ろうと必死こいてらっしゃる。
「おいイィ…。ホントに乗ったことあるんだろうなァ…!?」
お笑い担当ポルナレフも、さすがにツッコむ。
出るぞ出るぞ! せっかくここまで来たんだから、このコントだけは絶対聞き逃すまい! 千時は両手で口を押さえて、笑いをこらえた。
「わしはあのクソ長い映画ッ『アラビアのロレンス』を三回も見たんじゃぞォッ!! 乗り方はよぉおーく知っとるわい!
二回は半分寝ちまったが!!」
「えッ映画ぁあああー!? ホントは乗ったことねえのか…!!」
ここでラクダちゃんが良いお仕事。ベッと唾を吐きかけて、ジョセフびしょぬれ。全員がため息をつく中、千時はその場に腹を抱えてしゃがみ込み、思う存分、爆笑した。
「アハーッハッハッハッハ! ひゃはは! ふヒヒヒヒヒ」
「千時ッ! 笑うなッ!」
「だってええぇ!!」
「いいか! 動物なんてものはなあ、気持ちを理解してやることが大切なんじゃ! 気持ちをな!!」
さっすが我らのジョセフ・ジョースター。ここでめげない。よーしよしよし、とリンゴを差し出して、やっとこさっとこ誘導し、どうにか座らせギャーギャー自慢しながら乗っ、た、はいいが、
「鼻の穴は砂が入らないように、フタができるんだよーン!」
なあぁぁに言ってんだこのおじーちゃん!
最初アニメを見た時もそーとー笑ったが、これはヒドい。リアルで見たらこれは、ラクダさんと一緒にお笑いグランプリ出るべき! しぬ、腹筋がしぬ。このいたたまれない笑いは、何を間違っても孫には取れない。
「駱駝というのは馬と違って、だく足歩行と言って片側の前足と後ろ足が同時に前へ出て歩くので、結構揺れる。だがな、そのリズムに逆らわずに乗るんじゃ、こういうふうに!」
ドタタタタタ! うぬわあああ! 待てこら! 早い! ドタタタタタタタおわああああ! いっ言うことを…ドタタタわっわああそっちじゃあないと言ってるうわああああドシャーン!
「…池上さん、大丈夫かい…?」
頭上で花京院がボソッと言ったが、千時は返事もできずに笑い転げた。
ヒトコブラクダさん一同、なぜかジョセフ以外の言うことはよく聞く。騒いでいたポルナレフも、呆れ返っていた承太郎も、慣れた様子のアヴドゥルも、あっさり座らせあっさり乗った。
千時はというと、
「なんかごめんね…。一人のほうが楽しいだろうに…」
「いや別に、というより、楽しさは求めていない」
男性陣の中で一番細身の花京院と、二人乗りにさせられている。
千時だって、駱駝を売ってくれたおじさんが教えてくれて、ちゃんと一人で乗れたのだ。が、ジョセフの騒ぎで集まってきた村人達から、口々にやめておけと言われてしまった。慣れていない子供一人で駱駝が暴走したら、砂漠のド真ん中で死ぬぞという事だった。子供じゃないとは言ったが、体重と慣れを言われると現地人に従うのが賢明なのはあきらかで、促されるまま花京院と乗ることになった。代わりに荷物だけを背負った駱駝さんは、途中からの交代要員。最後尾を大人しくついてきている。
交換したのが高級車だけあって、鞍をつけてもお釣りがくるよと、おじさんは親切だった。二人乗りに良い鞍を出してきてくれたので、とっとことっとこ、安穏として進んでいる。
千時は、手綱を取る花京院のじゃまにならないよう、両足まとめて駱駝の首に置いた。
「ラクダって力持ちだね。二人乗せてヨユーなんだもんなあ」
「僕はむしろ、一人乗りに驚いたよ」
「どういうこと?」
「鳥取砂丘へ行ったことがあるんだが、観光用の駱駝がほとんど二人乗りだったんだ」
「あれ? 乗ったことはないんだよね?」
「見ただけ」
「乗ればよかったのに」
「両親がはしゃいで乗っていた」
なんとまあ涼しい顔で。千時は、見も知らない花京院典明の両親に、心の底から同情した。
僕は馬なら乗ったことがある、私もあるよポニーじゃないからそういう顔すんな、と世間話をしながら、五頭横並び、荷物の一頭が後ろで、砂漠を進む。
この日の千時は、無言になってしばらくすると、すぐうつらうつらしてしまっていた。どうもこう、やはりちょっと具合が良くない。
「池上さん、水を飲め」
「ハ?」
急に言われて振り返ると、花京院が横手の手提げから水筒を寄越した。
「承太郎が気にしていた通りだ」
「承太郎が何?」
「体調が悪いんだろう。マメに飲まないと熱中症になるぞ。飴か何か持っていたら」
「ノド詰めそう…」
「…それも怖いな」
「大丈夫だよ、すぐ暗くなるでしょ」
12月、この辺の日の入りは17時半過ぎだ。15時前に出発しているから、そう長くは歩けない。夜は一度野営して、明日の15時前後にヤプリーン村へ到着予定だというから、もう気温が下がり始める頃のはず。
「きみ、本当に大丈夫か」
「なんでよ」
「自分で言っていたろう、太陽のスタンドが尾行していると。もう5時を過ぎたが、太陽は真上で、気温は30度を越したまま。襲撃の真っ最中だぞ」
「わーほんとに頭ヤバいかもしんない。すっかり抜けてた…」
千時は、ぼんやりする頭に、ちょっとごめん、と水筒の水をかけた。
「アヴさん!」
声を張り上げ、二つ向こうを覗く。
「どー? めっかったァ?」
「だとしたら撃退するんだが」
向こうからは少々疲れた調子で返ってくる。この炎天下で、熱を発するスタンドを持っていては、そりゃへたばりもするだろう。
マジシャンズレッド自体が出ているわけではないのだが、彼には生物探査を頼んでいる。花京院もまた、砂の下からハイエロファントを延ばして敵を探しているし、両隣のジョセフと承太郎、端のポルナレフは、何度も双眼鏡を覗いている。実は砂漠に入った最初の一歩から、総動員でザ・サンの本体を捜索中なのだ。
駱駝の揺れで、千時の頭のネジは落っこちたらしい。頭にかけた水で填め直したつもりで、背筋を伸ばす。
前後左右のどこから来ているのかが分からない。アニメでは尾行云々と言っていたが、その実、途中から先回りして待ち伏せしていた可能性もあった。改造バギーの装備が整いすぎていたからである。
倒し方は承太郎に説明してある。単純だから良い。ただ、今回の敵はなかなか自分から来ない。本体を見つけるまでにアニメ通りの展開へ追い込まれる可能性も十二分。
「やはりどうも、誰かに見られているな」
「俺も先刻からその気配を感じてしょうがねえ」
花京院と承太郎が言い合う。
近いのかな。千時がそう思った時だった。
「ああぁぁぁーッ!!」
ポルナレフが叫んだ。
「あれかァ!?」
「大声を出すなポルナレフ!」
思わず花京院が制するが、ポルナレフは双眼鏡に目を当てたまま駱駝を止め、自分の左後方を指さした。
「アレじゃねーの!? ほれ、あそこあそこ! 見ろよ、動いてるだろ!」
「バカ! 喚くな!」
「どこだ!?」
「アレだよ! 砂が四角くなってんだろーが!!」
「なるほど分からん」
花京院お前、未来人じゃあるまいな。
なんてやってる間に、気温が跳ね上がり始めた。体感がおかしい。
「こっちが気付いた事に気付いたらしいな」
「スタンドが太陽って凄いよね…」
「きみはおとなしくしていろよ。倒れられるのが一番困る」
「わかってる」
汗を拭って水筒の水を飲む、まさに簡単なお仕事。
「アレだってば! 見ろよ! 誰でもいいから早くしろ、見失っちまうじゃねえか! しかも、クソッタレの気温がいきなり上がってきやがったぞ!」
情けない声をあげるポルナレフは、目を離したら分からなくなると思うのか、双眼鏡を顔に押しつけっぱなしだ。
「…見えた」
「さっすが承太郎!!」
で、ようやくこっちを向いたら、目の回りに双眼鏡の跡が付いちゃって、珍妙な格好がますます珍妙なことになっている。
「暑すぎるぜ、早くやっちまってくれ!」
「ああ」
承太郎は、ひらりと駱駝を飛び降りた。が、周囲は足が潜るほど砂だらけで、石が無い。
「何か投げていいモンを寄越せ」
「みんな! 水筒一個ダメにしていいかな!?」
咄嗟に千時がステンレスの固まりを振り上げる。異論は出なかったので、ぽいと承太郎へ投げた。任せろ、的は外れた。承太郎が、例の驚異的な運動神経で背後へ手を伸ばしてキャッチ。すごい。
「テメェ、もうちょっと練習してから投げろ」
「これからしたって役に立たないよ!」
返事は無視で、承太郎はスタープラチナの手に水筒を乗せた。
中には水も残っているから、鏡を割る程度の強度はあるだろう。
大きくぅー、振りかぶってぇー…、一球! 投ァげましたッッ!!
…わあ。ピッチングマシン作ってる会社が絶望しちゃう。
遠くで、ガチャン! という音がして、気温は急に下がった。空が薄紫に陰り、ちらほらと小さく星が現れ始める。
「敵スタンドを倒したので、夕方になりましたよ。いや、戻ったと言うべきか」
「やれやれ。ようやく日が暮れたぜ」
顎の下に垂れた汗を拭って、承太郎は駱駝の手綱を引いた。
全員で気絶した敵を見に行って、結局、水のタンクとクーラーは頂戴した。その他は毟ったりしていないので…いやもう一個、飲みかけのジュースをポルナレフが持ってきちゃったが…、目を覚ませばアラブ方面へ帰るくらいはできるだろう。
一行はそこから二時間ほど進み、砂の薄い岩場で止まった。
千時は驚いたのだが、駱駝というのは本当に力持ちだ。いつ積んだのか、薪やら何やら山ほど出てくる。薪は燃やすし明日は軽いね、なんて首を撫でていたら、フスンと鼻を鳴らされた。重かったかな、ごめん。
夕飯は、缶詰に豆を入れて煮込んだスープ。それにジャガイモ、ニンジン、パンが出てきたため、千時が、チーズを溶かしてフォンデュをやってみた。鍋とにらめっこ、牛乳ないから伸びが悪い、なんて言ってたら、ジャジャーン! フランス人のズダ袋から、なんと白ワインの小瓶が出てくるではないか。何持って来てんだと全員ツッコんだが、とにかくフォンデュは塩胡椒を強めに振って出来上がり。あとは、ジョセフが出してきたビーフジャーキー。砂漠のど真ん中と思えば、なかなか豪華だった。
まず雨は降らない。たった一泊。急ぐ道のり。というわけで、テントは荷物から省略されている。焚き火を、燃え移るものが少ないためそのままにして、エアマットとシュラフで凌ぐ算段だった。
千時は、これはダメかもしれないと最初から覚悟はしていた。何しろ男性諸氏とは体温も体感も違う。しかもかなりの冷え性。絶対寒い。…と思ったから明日の詰め直しの手間は惜しまず、荷物をひっくり返してパーカー、ジャケット、ジーンズは厚手のほう、靴下も二枚目を装備…したのだが、結局、やっぱり、寒かった。
お風呂入ったら寝られるのに。シャワーじゃなくて、ユニットバスでもなくて、日本の肩まで浸れるお風呂。一度あったまったら、寝られる程度の気温なのに。
恨めしく夜空を見上げても、満天の星が美しく瞬くばかり。幸い、たき火がそのまま残っている。封筒型のシュラフを開いて肩からくるまり、そばに座って暖を取れば、震えだけは止まった。
しばらく、静寂には深い寝息が響いていた。
「おい、どうした」
遮ったのは、ポルナレフの小さな声。
千時は驚いて振り返った。
「いやむしろポルナレフがどうした」
「は?」
「びっくりしたア。寝てたよね?」
「いやあ、寒くて起きちまった」
「バカだねー。散々言われてたじゃん、薄着すぎるって」
「うるへー。てめえは寒がりすぎだろーが」
ポルナレフは千時を真似してシュラフを開き、肩から巻いてノソノソ、隣へやってきた。千時は無言で、手を首筋に突っ込んでやった。
ギャッ! と思ったよりでかい悲鳴が上がり、あわててシーッと人差し指。ポルナレフはものすごい顔をした。
「お前なんだその手! 凍ってんぞ!」
「そうですよ。冷え性ナメんな、このチューブトップ」
「ハッハー! マーイリーマシタ!」
何故か日本語。両手バンザイを上から下へ。モスクのお祈りみたいになってるが。
「合ってる?」
「誰に教わったの?」
「花京院」
…承太郎という説もあったが、やっぱあのパン2○見えはヤツの仕込みか…。男子三人が仲良しなのは見てて分かるが、花京院は一体、ポルナレフをどうしたいんだろう…。一番普通の高校生らしいバカっぽい事をするのが、顔に似合わぬ彼である。
「その手じゃあ寝らんねえな。今まで付き合った娘にも冷え性は居たが、そこまでひどくなかったぜ」
ポルナレフは眉根を寄せて、シュラフに引っ込んだ千時の手を見た。
「ちなみに、問題は手より足だから」
「マジか…」
「マジだよ。けどそれより、早く寝な」
「何でお前が言うんだ」
千時の上から口調に、ポルナレフは苦笑い。
「戦闘要員は体力温存が仕事! ほらほら」
「ちぇっ。じゃあ協力しやがれよ。ほらほら」
ポルナレフは千時をシュラフごとひょいと抱え上げ、自分が寝ていたエアマットへポンと降ろした。
「靴脱げよ」
「ちょっと待、あ!」
シュラフを取られた。一体何事かと見ていると、自分のシュラフとジッパーを合わせて、ジャーッと上げていく。封筒型のシュラフを二枚一組にして、なんと倍の大きさのシュラフが完成。
「ジャジャーン! いいかー、雪山ではな、遭難したら犬が」
「みなまで言うな」
「何だって? 今の日本語、何て意味? みなだから、全部言うなか?」
「ポルナレフってさ」
「ん?」
「語学力だけは高いよね」
「だけってなんだよ!」
シーッ! 大声出さない! わりーわりー。
ポルナレフは器用に人一人抱えたまま、シュラフへ潜り込んだ。
…………。
「くさい!」
今度は千時が、思わず大声を出してしまった。
「はア!?」
「ポルナレフ、香水くさい…!」
「文句言うなよ、寒いよりいいだろ。…いやあ、今朝ちょっと付けすぎちゃったのは確かだけど」
「よりによってぇー…!」
「それよりお前、あっち向け」
「ん?」
「そのほうがくっつけるから、あったけーだろ」
「うーん…」
微妙…。背中からだっこされ、もぞもぞやっていたら、ポルナレフの片手が、千時の両手を包んだ。
「つッめてぇー!」
「手ェでっかいね。承太郎とどっちが大きい?」
「そりゃ俺様よ」
「即答?」
「こないだ比べっこしたもんね」
子供か! クスクス笑うと、頭の上からもう片手も伸びてきて、千時の両手はすっぽり収まってしまった。
「背は負けてっけど、俺の方がガタイは良いんだぜ」
「アヴさんはどう? あの人も手でかいよ」
「お前からしたら、俺ら全員、倍くらいあるんじゃねえの」
ハハハ。笑って、少し沈黙。
千時は、ゴメンね、と呟いた。
「何が」
「私ばっかりあったかいんじゃない?」
「そんなこともねえよ」
「そう?」
「ああ。昔は妹と、よくこうしてくっついて寝たもんだ。フランスの冬もけっこう寒くてよ」
「へえ。ちょっと田舎なんだっけ…」
「おッ前、怖ェなあ。なんで知ってんだ」
「アニメで見てたから」
あまり思い出して気分の良いシーンではないが。
「シェリーの事も?」
「ポルナレフは、髪、染めてるの?」
「ほんとお前は怖ェなあ。俺、妹がブルネットとかどこで言った?」
「見てたんだってば」
ポルナレフは微かに笑い、ほんの少し寂寥の滲んだため息をついた。それから、その大きな手を千時の頭に移動して、黒い髪を撫でた。
「俺のブルネットカラーはな、家族と一緒に行ったのさ。誰もいなくなった後、しばらくして気付いたら、こうなっちまってた。だからきっと、一緒に墓へ入ったんだろう」
千時は目をぎゅっと閉じた。これまで、ただ美しい色のシルバーブロンドだと思っていた自分が、本当に愚かしかった。それでもそれを悲しむのは、彼への冒涜だ。彼の強さを哀れむべきではない。絶対に。
「あいつは本が好きだった」
ポルナレフは掠れるほど小さな声で言い、もう一度、両手で千時の手を掴んだ。そうして、本を読むように広げてみせる。
「小さい頃、こうして読んでやってた。お気に入りは年によって違ったんだが、…七つかなあ。それくらいの頃、シリーズものを読まされてな」
「うん」
「宇宙旅行の話で、主人公がいろんな星へ行くんだ。いろんな宇宙人に会って、冒険する話。最初にお前の事を聞いた時、それを思い出した」
「私?」
「ああ」
「宇宙人に見えた?」
「フフ。ちょっとな。ウソウソ」
幻の本はパタンと閉じられ、ポルナレフの大きな両手に妹の手は残らなかった。千時は、掴めるところにあった彼の親指を握りしめた。
「そのシリーズは、どの話の最初も、こういう言葉で始まっていた…「星を渡るということは、世界を渡るということだ。」…それをな、シェリーに言われた気がしたんだ。背中を押された気がした。だからお前を、信じようと思ったんだぜ」
「…そう」
千時はしばらく考え込み、やがて、応えた。
「私を信じるって言うなら、もうあなたが一人ぼっちじゃない事を私が保証するから、幸せになるって約束して」
ポルナレフは肩を揺らして笑った。
「変なヤツだな。なんでそうなる」
「悪を許さなくていい。思い出とか、想いとか、ぜんぶ抱えて生きたらいい。でも、シェリーさんが生きてたら何て言うか、まず頭の隅で考えてから行動して。
ジョセフさんもね、若い頃、家族との縁が薄かったの。でもちゃんと幸せになったし、今はそれを守るために戦ってる。ポルナレフにも、そうなってほしい。私がここに来た理由の一つはあなただから、それを覚えていて」
「何、お前、俺のこと好きなの?」
「そんなボランティア精神は無い」
「ひっでえ!」
「酷いのはあなたの一生」
だって最後、亀だってよ?
思い出すと冗談のようだが、実際、スタンド達を目にしてからそれは、あまりに具体的だった。たとえ亀でなくても…ミミズだろうがダンゴムシだろうが、ちょっと間違ってカメムシだろうが、笑う気にならなくなった。
「茶化さないで聞いて。怯えなくていい。充分間に合う。
あなたはずっと、一生懸命だったみたい。最後まで何かを救おうと必死で、だけど、それは具体的な誰かじゃなかった。それを言ってるの。具体的な誰かを見つけなさいって。恋人でも家族でも友人でも良い。そうしたらきっと、ジョセフさんみたいに戦っていける」
千時は、口と一緒に目を閉じた。
少ししてから、ポルナレフは低く喉を鳴らしたが、それが否定か肯定かは、わからなかった。
翌朝の目覚ましは、ジョセフの絶叫だった。
「なになになに!? なんか起きた!?」
千時は飛び上がって目を覚まし、頭をシュラフに引っかけて、ボーンとエアマットへ沈んだ。
「もー、なんだようっせえなあ…」
振動で起きたポルナレフが、見上げてポカーン。
「ジョースターさん、どーした? そんな顔して」
「どっ…、どーした? じゃないわい!! お前達、いつの間にそんな事にイッッ!!」
「ハァ?」
千時は、少々頭痛のする頭を手で押さえながら、シュラフを出た。
「うー…香水臭くて頭痛い…」
「ええ!? そんなほど臭うかァ!?」
「もとより鼻が良くてね…」
エアマットから降りようと靴を履いている内に、花京院も起きてきて、目を丸くしている。
「きみら、一緒に寝てたのか?」
「あらら。高校生には刺激が強すぎたかなァン?」
ポルナレフがフザけて、花京院が顰め面。千時はポルナレフの後頭部を思い切り叩いてやった。
ジョセフは両手で頬を押さえたままだ。
「黙れポルナレフ」
あくびをかみ殺しながら起きあがったのは、たき火の向こうのアヴドゥル。
「こっちはお前達がうるさくて寝られなかったんだ。今日こそその口にセメントを詰め込んでやりたい」
「なんだよアヴドゥル、聞いてたんなら千時の口にも詰め込めよ」
「それは断る。お前なら路地裏に捨てても良かろうが、千時じゃ児童虐待で逮捕されてしまう」
「何の話してるのかな失礼な外人どもが」
「お前さあ、ガイジンガイジン言うけどよ、俺らからしたらお前なんかスマーフかコロポックルなんだぜ」
「無礼千万そこへ直れ成敗してくれる!!」
「今の何!? ニンジャ!? サムライ!? 教えてジャッポーネ!!」
「ワハハハ小童めが。そこな花京院殿に伏して教えを請うが良いわ」
「僕を巻き込まないでくれ」
花京院は心底迷惑そうに断って、隣で固まっているジョセフの肩を叩いた。
「ジョースターさん、この調子です。心配する事はありませんよ」
「わ、ワシには保護責任というものがだなアー…!」
「どうせ寒かったからとかそんな事でしょう」
それでようやく頭が回った千時は、半眼でジョセフを睨んだ。
「それ以外に何があるって言うんだろうね? ジョセフさんてホント若いよ。さっすが現役。大学生の愛人でもいるんじゃあないでしょうね?」
「ムぐぅッッ!? ちょちょちょッ千時!」
「あーあー、そういう事」
ポルナレフもシュラフを出てきて、千時の頭に手を置いた。
「いやーあ、ジョースターさん。俺にだって選ぶ権利ってのがあるぜ。もーちっと背が高くて、もーちっと尻が良くなきゃ。…胸のサイズは悪くねえけど」
「この電柱ぶん殴って良いと思う人ー」
ジョセフ、花京院、アヴドゥル、一斉に挙手で許可が下りたため、千時は遠慮なくその垂直ヘアーに手を突っ込んだ。
「わあああああーッ! だから頭はやめろってのにイィ!」
「ポルナレフ相手じゃ私にこそ選ぶ権利ってもんがあるわ」
「なにをぅ! ああ、種族が違うもんなコロポックル!」
「ハハハ。無機物の電柱が何言ってんだかよ」
「ダメだ…口じゃ勝てる気がしねえ…」
やっとこ電柱が折れて決着が付いた頃、タンクの水で顔を洗っていた承太郎が戻ってきて、面倒臭そうにため息をついた。
「うるせえコントは終わったか。チャンネルを変えろ」
「それじゃ悪いニュースを発表します」
すかさず千時は手を挙げた。
「何だ」
「頭がすっごい痛いです」
「原因ブン殴っても治まらねえのか」
「ガチのほうです」
「…やれやれだぜ」