涼子が仲間になってから時間は過ぎて、放課後になる。俺は涼子に説明をして、放課後、自分のアパートの近くにある公園で野球をしていることを教えると、元気のいい声でもちろん行くと答えた。
ちなみに、何で川瀬を下の名前で呼んでいるのかというと、俺とジュニアは下の名前で呼び合っているのに、私だけ上の苗字で呼ばれるのは不公平だとか。まぁ、別にいいけどさ。
そして俺たちはいつもの公園で、手始めにキャッチボールを始めようと思ったんだが……。
「……」
「……」
相変わらずジュニアと涼子が嫌な空気を出している。ギブソンを嫌う者、片やギブソンに憧れる者……まぁ、普通に考えて、仲良くするのは無理だよな。しかし、めっちゃ仲良くとまでは言わないが、せめてこの空気だけはなんとかしてもらいたい……。
俺は普段使わない頭を回転させ、考えた。
どうするか……あっ、そうだ!
俺は前世で見ていたスポーツ漫画を思い出しす。いっそのこと、お互いに好きな野球で対決させれば、最後は熱い握手で終わるのではないかと。
よし、考えたら即実行。俺はさっそく二人に、俺の意見を伝えた。
「勝負?」
「そう、俺がキャッチャーやるから、涼子がピッチャー、ジュニアがバッター」
「ルールは?」
二人の顔つきが変わった。おっ、やるきだな。
「ルールは簡単。涼子がジュニアを三振させたら、涼子の勝ち。逆にジュニアは打球をあの木よりも後ろへとばせたら勝ちだ」
俺は涼子から少し後ろに離れている木を見ながら説明した。
「本当はもっと詳しくルールを作りたかったけど、どこがヒットとかよく分からないし。後、判定とかも分からないから適当で」
「いや、大丈夫だよ」
「……」
俺の説明を聞くと、ジュニアは手に持ったバットを振り、涼子は肩を動かした。
「あっ、涼子。できるだけ顔には、投げないでくれよ。マスクとか被ってないから」
「気を付けるわ」
涼子は口ではそう言っているが、目はなんか、とてもそんな感じではなかった。
……アカン、言い出したの俺だけど、ちょっと怖くなってきたな。
俺は所詮は小学三年生の球と思い込み、自分を落ち着かせた。
この後、二人に準備が出来たか確認すると、俺を含め三人はそれぞれの位置に着く。
「それじゃあ、プレーボール~。なんちゃって……」
こうして俺のふざけた声で、二人の勝負が始まった。
目の前で、ジュニアがバットを構える。やっぱマスクなどがないのは怖い。しかし、俺はそれでも二人の仲のため、強い意思で後ろへ下がりたい思いを抑えた。
そして涼子の第一球、そのギブソンに似ているフォームで投げたボールはちょうど、ど真ん中に入る。ジュニアはバットを振らず、そのボールを見送った。
「これは文句なしの、ストライクだな」
「うん……」
ジュニアは俺の判定に、頷く。球速は小三の割りには速い方だと思う……たぶん。俺はナイスボールって言って、球を返した。
第二球、涼子が投げたボールは、さっきの真ん中、球一個分左に外れてとんでくる。しかし、ここでジュニアがバットを振る。バットに当たったボールはキャッチャーである俺の後ろへ
とんでいく。
「ファール……だな」
まさか、二球でボールを当てるとは……恐るべし、ジュニア。
これでカウントは二ストライク……涼子が追い込んだ。
俺は気を取り直して、グローブを構える。涼子を見るが、特に動揺した様子はない。
第三球はさっきまでの明らかなストライクとは違い、ボールは思いっきり右に反れた。
「ボール」
ジュニアはまたしても、バットを振らず見送る。まぁ、今のは分かるか。それにしても、涼子の奴はやっぱり、動揺してたのかな。
俺は涼子を見るが、彼女は自分の握りを確認している。
そして第四球、涼子は大きく振りかぶり、投げる。投げられたボールはこの四球の中で一番速い、それに対しジュニアはバットをフルスイング。ボールはバットに当たらず、俺のグローブへと収まった。
「ストライク、バッターアウト!涼子の勝ちだな」
「……はぁ、僕の負けだよ」
俺はジュニアの顔を見る。負けて落ち込んでいるように思えたが、むしろやりきった顔をしていた。どうやら、もう大丈夫そうだな。
涼子はというと、勝負に勝ったことが嬉しいのか、ガッツポーズしている。……本当に嬉しいんだな。
俺はとりあえずそんな、二人を集めた。
「はい、今回の勝負は涼子の勝ち。お互いに礼」
「「ありがとうございました!」」
二人は声を合わせて、礼をする。いやー、このセリフ言って、みたかったんだよね。
そして二人は顔を上げると、お互いの顔を見て突然笑い出した。
なんだ?なんだ?
俺は突然の二人の笑い声に混乱する。
「ごめん、自分でも分かってたはずだったんだけど、ちょっとむきになってた」
「それは、こっちのセリフだよ。そっちの都合もあるはずなのに……ごめんね」
二人はお互いに謝り合う。よかった、よかった。その後二人は握手をし、まさかのこのタイミングで俺に声が掛かった。
「ほら、亮太も手を合わせて」
「えっ、なんで?」
「なんとなくだよ」
「なんだよそれ。まぁ、別にいいけどさ」
俺たち三人はお互いの手を合わせて、笑い合う。
こうして、涼子は本当の意味で俺たちの仲間になった。