では、どうぞ!
父のチームメイトであり、友人であった本田さんが亡くなってから、親父は少し変わった。
「親父、明日は家にいるの?」
「わりい、明日も練習なんだよ」
「ふーん、体壊さないでね」
「……大丈夫だ」
親父は一言俺に告げると、仕事へ向かう。親父は前から家に帰って来るのは少なかったが、本田さんが亡くなってからはさらに少くなった。恐らく本田さんがいなくなって、空いた穴を埋めようとがんばってるのだろう。今日はお爺ちゃんが保育園に向かえに来る予定だ。
それと、親父がどう思ってるのか知らないが、俺は本田さんの件は事故だと思ってる。まぁ、スポーツで死人がでるなんて少ないわけじゃないしな。
俺は一人考えながら、保育園に行く準備をする。鍵は親父から預かってるので、戸締まりを確認し、鍵を閉めて、アパートから保育園へ向かった。
「はーい。今日は皆で絵を描きましょうね」
「……」
絵ね……何を描こうか。俺は考えると、今の時間と関係ないが、本田さんがデッドボールを受けた瞬間を思い出す。実際、あの試合はテレビで見ていた。しかし、本田さんには俺と同じくらいの息子がいたと言っていた。トラウマを抱いたり、恨んでなきゃいいんだが……いや、無理な話だな。俺も同じ立場なら、例え事故だと分かっていても同じ事を思うだろう。
「亮太くん」
「……」
俺が考えることでもないし、まぁいいか。
「亮太くん!」
「……えっ、なんか呼んだ」
「えっ、じゃないですよ。なんですかボーッとして、体調でも悪いんですか?」
「いえ、大丈夫です」
「そう……なら、早く絵を描きなさい」
「はい……」
俺は先生に言われ、絵を描こうとクレヨンを持つ。まぁ、野球のグローブでも描くか。
俺はやれやれとばかりに、絵を描き始める。その時、何故か先生に睨まれたような気がした。というか可笑しいんだよ、普通は保育園の先生って若くて可愛いお姉さんの筈なのに、ここの教室の先生はおばさん。しかも、三年間ずっと一緒とか…何故だ。
こうして、退屈な保育園の時間は過ぎていった。
俺は保育園で待っていると、見覚えのある人物がこちらに来るのが見えた。
「おお、お爺ちゃんが向かえに来たぞ」
「お爺ちゃん!」
俺のお爺ちゃんである……茂野友蔵だ。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
俺はお爺ちゃんと手を繋ぎ、帰り道を歩き始める。
「全く、英毅のやつ…孫の向かえにも来ないとは……けしからん!」
「ははは……」
お爺ちゃんはさっきから、親父に対する愚痴を俺に向かって言ってくる。というか、幼稚園児に愚痴って…どーよ?
そんな時、公園になんか外人っぽい顔の男が見えた。隣には七三分けをしている男の人がいる。んっ?あの人って、まさか…。
「ごめん、お爺ちゃん。忘れ物したから取りに戻るね」
「そうかそうか、なら速く家に帰ってくるのじゃぞ」
「はーい」
今ままで迷惑をかけて来なかった俺への信用力を使い、お爺ちゃんと別れる。俺はその後、あの男がいる公園へと向かって走って行った。
俺はその男に気づかれないように、後ろに回り、カバンにしまってあった落書き帳を持って言った。
「もしかして、ジョーギブソンさんですよね、メジャーリーガーの。サインください」
そこにはテレビで最近活躍中であり、そして事故という形でも、本田さんの命を奪った男……ジョーギブソンがいた。
俺が一言告げると、ギブソンはベンチに座りなが、こちらに振り向き、笑顔で落書き帳を受け取とる。隣にいた男の人……見た感じ、通訳の人だろう。その人は一応通訳している。
ギブソンはやっぱりメジャーリーガーだけあって、いい体つきをしている。というかでかい。後、風格が違う。これが、メジャーリーガーか……。
『君の名前は?』
ギブソンが英語で喋った後、通訳の人が訳してくれる。というか、前世で英語勉強したから、名前を聞く質問くらい分かるんだが……。
「亮太だよ」
俺は子供っぽく、自分の名前を答える。するとギブソンは落書き手帳にサインを書き始めた。というか、サイン貰うなら色紙が良かったな。
俺はギブソンを見る。確かニュースでギブソンは罪を償うために、これから日本で野球を続けるらしい。うーん、見た感じ、やっぱり悪い奴じゃなさそうなんだが……。俺はギブソンがどんな人物か、実際に見て確かめると、昔からお爺ちゃんが言っていたことを思い出し、聞いてみることにした。
『野球好きに悪い奴はいない』
お爺ちゃんが毎日言っていた言葉だ。
俺がその質問をすると、ギブソンと通訳の人は目を丸くして驚く。だが、ギブソンは笑顔でその答えを言う。俺はその一言に、ギブソンの野球への思いを感じた。俺はその答えに満足し、ギブソンたちに別れを告げ、家へ帰る。
野球か……今度やってみようかな。
「不思議な少年でしたね」
『……』
あの少年……いや、亮太だったか。最後の質問には、いろいろ驚いた。私はあの亮太の質問を思い出す。彼は最後、英語で質問してきた。
『あなたは野球が好きですか?』
あの質問は本当に短い質問のはずなのに、私にはとても大きな意味を感じ、私は笑顔で答えた。
『ああ、もちろんだ』と。
ふっ、また彼とはどこかで会えるような、そんな気がする。
私は彼が去っていった方向を暫く見つめていた。